Whole Lotta Love
name change
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「バレンタイン……?」
初めて耳にする単語にセツは不可解な顔で名前が教えてくれた言葉を復唱した。
「うん。昔は女性が好きな男性にチョコをあげて愛の告白をする日だったんだけど、今は大切な人に感謝を伝える日ってかんじかな」
「へぇ」
名前の過去の記憶は曖昧なものの、ふと思い出した故郷のものであろう文化にノスタルジックな気持ちになる。
「その時にチョコを作って……親しい人にプレゼントしたような記憶はあるんだけど……「SQちゃんもやりたい‼︎」わっ⁉︎ SQ⁉︎ いつからいたの?」
SQの突然の登場に、故郷を懐かしむ気持ちはどこかへ行ってしまった。SQは名前の話したバレンタインに興味津々らしく、教えて教えてと瞳で訴えてくる。
「SQ……こんな非常事態に何を言っているの?」
「だってぇー、楽しそうなんだもん!」
セツは呆れ顔だ。たしかに今はこの船の中にグノーシアが潜んでいて、興に乗っている時ではないのだ。
しかし名前はSQの提案に乗った。もしかしたら、これをきっかけに過去のことを何か思い出せるかもしれないと思ったからだ。
「どうせならみんなでやりたいね。女子メンバーに声掛けてみよっか」
「ヒュー! 名前はノリがいいね!」
「名前まで……」
「たまにはこんな時があってもいいんじゃない? セツの分も作るから!」
心配しているのだろう。セツは不安げな表情を浮かべる。
「だって……いろんな行動を選択しないと、みんなのことわからないから。私も、こんなこと初めてだよ? でも初めてだから何か良いことが起きるかもしれないじゃない?」
「名前……」
「ま、裏目に出ることもよくあるけどね」
「……わかった。応援してる」
「セツは一緒にしない?」
「私は私で、できることをするから」
セツは納得してくれたようで名前と信頼の視線を交わす。
「SQちゃん、みんなに声掛けてきまっす!」
もう待ちきれない!といった様子でSQは駆けていった。
SQの招集に集ったメンバーは、ジナ、ステラ、ククルシカ、オトメ。オトメが随分張り切っていて、ヨシカドさんにあげるの!と意気込んでいた。ちなみに夕里子にはもちろん断られ、コメットは粘菌が熱が嫌いだから、と断られた。
意外だったのが地球出身のジナで、このバレンタインという文化を知っているらしい。ジナが言うには随分古い文化らしく、文献で読んだ知識があるくらいだと言っていた。ジナの出身の地球と故郷は近いのかもしれないと名前は思い出せない故郷に想いを馳せた。
「LeVi、板チョコと生クリームってある?」
〈チョコレートは保存食ですのでたくさん有るのですが、残念ながら生クリームはありません〉
「だよね……あ! それじゃあ牛乳と無塩バターってあるかな?」
〈それでしたら用意できます〉
「じゃあ、それで代用しようか」
LeViとのやり取りでどんどん準備される材料に、皆は物珍しい様子で見ている。
「あの、こちら使えませんか?」
そう言ってステラが取り出したのは紅茶の葉だ。
「わあ、使えるよ! でもいいの?」
おそらく高価な品で、おいそれと使えるようなものではない。
「はい。たくさんありますので」
「……ありがたく使わせていただきます!」
名前は恭しくその紅茶缶を受け取る。たくさん作るとなると材料も多く必要だし時間もその分必要だ。早速チョコレートを溶かすために板チョコを刻んでいく。
「みんなはどんなチョコ作りたい? 誰にわたす?」
「SQちゃんはレムにゃんにあげるんだ〜」
「ふんふん。ステラは?」
「わたしは……知り合いはジョナス様だけですので、ジョナス様に差し上げようと思います」
「うんうん。しげみちにはどう?」
「しげみち様ですか?」
「うん。あー……男性陣だと一番素直に喜んでもらえそうだなーと思って」
「そうですね。せっかくですからしげみち様にもお渡ししようと思います」
(よし!)
名前は密かにガッツポーズをした。しげみちはきっとステラにプレゼントなんてもらったら大喜びするだろう。その姿が目に浮かんで思わず笑みがこぼれる。ジナはここに集まった女子メンバーに作ってくれるらしい。ちなみにククルシカは可憐な笑みで名前の問いをかわした。
「オトメはヨシカドさんにあげたいんだよね。だったら保存が効くようにチョコレートだけで固めたほうがいいかもね。ナッツとかドライフルーツで飾りつけたら可愛くなると思うよ」
「キュッ! そうします!」
チョコに牛乳とバターで作った生クリームを混ぜて、冷やしている間に、ステラの持ってきてくれた紅茶を淹れて、みんなでティーブレイクだ。
「SQちゃん初めて料理したけどぉ、楽しいね!」
「私も……みんなとできて楽しかった」
SQとジナの言葉に、皆うんうんと頷く。
チョコの香りと紅茶の香りが混ざるこの空間はなんとも言えない穏やかな空気が溢れていて、幸せに香りがあるならきっとこんな匂いがするのだろう。思わず今が非常事態だということを忘れてしまいそうになる。実際、チョコ作りの最中は夢中で忘れていたかもしれない。終わってしまうのがもったいなくて、名前は少しでも感受しようと目を閉じる。
「名前は?」
「ん? 私?」
名前が幸せな香りに浸っていると、突然ジナに名前を呼ばれてハッと我にかえる。
「そうそう、名前は誰にあげるの? いいかげん白状しなさい!」
「そうですね。さっきから名前様は人に聞いてばかりで、全然教えてくれませんねぇ」
「えーと……」
皆がぐいぐいと名前へ迫る。ククルシカも言葉はないが、目は口ほどに物を言う。そして美人の真顔は迫力がある。
「私は、この船のみんなに渡そうかなあと思って……」
「名前、つまんない」
ジナの辛辣な言葉。ステラとククルシカもはぁ……とわざとらしく大きなため息をつく。
「ほら! そろそろチョコ固まってきたんじゃない?」
「あ。ごまかした」
居た堪れなくなって名前はさっと席を立つ。本当にあげたい相手もいるのだが、それは——まだ内緒だ。
その後も慌ただしくチョコを成形して飾り付けて、簡単にラッピングもすればようやく完成だ。
「キュッ! 名前さんすごいの!」
「ふふっ、オトメのチョコも可愛いよ!」
皆も納得のいくものが作れたみたいで喜んでいるのが伝わってくる。その中でSQが暗い顔をしているのに気づいた。作っている最中はとても楽しそうだったのに。
心配になった名前は声を掛ける。
「SQ、どうしたの?」
「……SQちゃんのあんまり美味しそうじゃないかも。でこぼこしてるし」
名前から見れば初めてにしては充分うまくできていると思うのだが、SQ自身が納得していないなら仕方ない。下手なお世辞を言うのもかえって傷付くだろう。
「こういうのは見た目よりも、気持ちがこもってるかどうかが一番大事だと思うな」
「どういうこと?」
うるうると縋るような、仔犬のような瞳に心がキュンとときめきを感じた。
「SQがレムナンのためを想って作ったなら、レムナンにとってはSQのチョコが一番美味しいよ」
「そう、かな……?」
「私も、そう思う」
「そうですよ。それにお味は大変おいしかったじゃないですか!」
「キュキュッ! あたしも、SQさんのチョコ好きなの!」
ククルシカも同意するように微笑めばSQは自信を取り戻したようで、元の晴れやかな笑顔が戻る。
「SQちゃん、ふっかーつ‼︎ さっそくレムにゃんにチョコ渡してきまっす!」
「あ、ちょっと待って。その前にこれ……私からSQへのチョコ、渡しておくね」
「きゃあー! 名前まじ神! 大好きー!」
「ふふっ、私もSQのこと大好きだよ。それからこれはみんなの分ね」
ジナ、ステラ、ククルシカ、オトメ、それぞれにありがとうの気持ちを込めたチョコレートを渡す。それからはお互いのチョコレートを交換し合って、夢のように楽しかった時間はあっという間に過ぎていった。
(さあ、私が本当に頑張るのはここからだ)
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