Severus Snape
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ぐらり。視界が揺れる。もう何度この不快感を味わったのだろう。
最初は黄色の似合う男の子だった。勇敢で、誰よりも優しく、聡明で思慮深い人だった。そして、私にとっても希望の子にとっても、これが初めて直接視た「死」だった。
次は魔法の義眼を持ち、その類稀なる魔術を遺憾なく扱う男だった。義足というハンデをものともせず、襲いくる死喰い人を薙ぎ倒して行ったその様は、正に歴戦の戦士だった。
誰かの「死」という区切りで、またしても視界がぐらりと歪む。慣れない不快感に目を瞑る。
その他にも沢山の痛ましい光景を見ては揺れる視界に目を瞑り、次の場面へと移って行った。
心の奥底に秘めた後悔と自責の念を嫌でもほじくり返される不快感に、顔を顰める。
そうして最後。黒ずくめの服装に身を包み、教鞭を振るっていた男。全てを一人で抱え込み、そこに他人を招き入れるなどもってのほかだった。沢山の人に誤解をされても尚、自分の信念だけは貫いた人だった。最後に見た光景は、彼がその赤い瞳に襲われる――その直前だった。その後のことはわからない。
もうたくさんだ。
ぐらりと視界が歪む。次はどこなんだ。次は誰なんだ。もう何も見たくない――
そう思ってぎゅっと瞑った目に、仄かな光を感じた。恐る恐るゆっくりと目を開けば、そこは真っ白な空間だった。視線の先にはランプが見える。おそらく天井だろう。必然的に自分が白く清潔なベットに横たわっているのが見てとれた。周囲を確認しようと起きあがろうにも、体に力が全く入らなかった。
一体どうなっているんだ。
片肘をベッドに付いて、ありったけの力をぐっと込める。ようやく持ち上がった体を整えて、横たわった状態からベッドに腰掛ける。
きょろきょろと視線を動かすと、骨と杖が交差した紋章が掲げてあるのが目に入った。ということは、ここは聖マンゴ魔法疾患傷害病院――?
なぜ自分がこんな大病院に?記憶の紐を辿ってみても、全くと言っていいほどさっぱりだった。
「――ナマエ?」
自分の耳を疑った。記憶の中で反覆された、あの低く、そして心地よい声が自分の鼓膜を震わせた気がした。
でもそれは自分の気のせいだ。起きたてできっと夢と現実が混濁しているのだろう。そう決めつけようとした時だった。
「――目が覚めたのか……」
全くと言っていいほどに気づかなかった気配に驚きつつも、不意にかけられた声に振り向く。その姿に、覚醒して間もない目をこれでもかと言う程に見開く。
だって、そんな。あなたは――
そこにいた人物に、口から漏れ出た声が掠れるのが自分でもわかった。
「――セブ、ルス」
呼ばれた名に、セブルスは目を見開く。お互いの視線が長い時間交差していた様に思えたが、先に意識を現実に戻したのは彼の方だった。
「今、癒者を呼ぼう」
来た道をバタバタと戻っていくセブルスの姿に、彼が生きている事を実感する。
ああ、よかった。生きていてくれた。
何にも変え難い安堵の息が自然と漏れた。彼が生きていてくれた事が何よりの幸せなんだ。そう噛み締めて窓の外をぼんやりと眺める。
「まぁ!本当に目が覚めたのね!」
「あ――ええと、はい」
「脈も大丈夫。でもあなた、体力が無いと思うからまだ安静になさって?」
しばらくしてバタバタと駆け足で病室を訪れた癒者の言葉にこくりと首を縦に振る。癒者はそれを見て満足した様に微笑むと、窓際に立つ、おおよそこの空間には似つかない服装の男に向き直った。
「あなたずっと着いていてくださったでしょう?これからも支えてあげてください」
「言われずとも」
「もう運び込まれてから半年が経つのですから、魔法界で起こったことでも話してあげてください」
癒者の言葉に声をあげたのは私だった。
「は――半年⁉︎」
私の言葉に目の前の男はいつもより深く眉間に谷を作った。驚きのあまりセブルスの方にちらりと視線をやると、じっとりと湿気を帯びた視線を返された。
癒者は私たちの一連のやりとりに微笑むと、お大事にと一言添えて病室を出ていってしまった。
しん、と重苦しい空気が部屋中を満たした。
どれくらいそうしていただろうか。先に空気を裂いたのはセブルスだった。
「……どこから話せば良いのか、考えあぐねていた」
ぽつりと零される言葉に、右往左往する視線に、彼が一つ一つ慎重になっている事が伺えた。
ゆっくりで構わないよ。そう伝えたくて、一つ大きく瞬きをする。
セブルスは大きく息を吐くと、じっとこちらを見つめてきた。その漆黒のような瞳に吸い込まれてしまうのではないかというくらい、強い視線だった。
「戦争は終わった。ポッターの勝利でな」
セブルスの言葉に、肩の力が抜けた気がした。無意識に身構えてしまっていたのだろう。自分が目を覚ます直前の記憶は、ちょうど戦いの真っ最中だったから。
「そっか……よかった……」
「……ああ」
「みんなは……ホグワーツのみんなは無事、なの?」
「……生憎、我輩は癒者ではない。無事とは言えないが……命に別状はない者が殆どだ。これは我輩自身がこの目で見た事象だ。そこの下世話な新聞よりかは信憑性はあると思うがね?」
彼はこれでもかというほどに顔を歪め、椅子の上に乱雑に置かれた日刊預言者新聞を指差した。見出しには大々的に【ホグワーツ、その後の復興に尽力した英雄と影の英雄!その二人の姿に迫る!】と書かれていた。あまりにも嫌悪感の塊を滲ませたその様子から、彼と新聞社の間に何かあったのは明白だろう。久しぶりに聞いた彼の皮肉に、くすりと笑みが溢れる。
ふん、と短く鼻を鳴らしたかと思うと、彼は椅子に深く腰掛け直した。みしり、と椅子の軋む音が室内に響く。
「……君は、半年間眠っていた。先ほどの癒者が言っていた通りだ」
セブルスの言葉に、自分が本当に半年という長い期間、目を覚まさなかった事実を痛感させられる。
「何度呼びかけても、少しも反応しなかった」
セブルスが苦しそうに眉根を寄せて、いつも以上に深く谷を作った。
そう告げられて、自分が意識を手放す寸前のことを思い出す。あの時、叫びの館で私は、今ここで苦虫を噛み潰したかのように声を絞り出している彼と同じ痛みを味わったのだ。
「癒者共は“待つしかない”としか言わなかった」
あの時の私もどうしようもなくて。ただただ必死に、ありったけの回復魔法とありったけの薬剤を使ったんだっけか。
「……我輩は」
どうか死なないで。生きて、と。
「我輩はこれまで、失う事を恐れては来なかった。自分の命すらも、だ。だが今は……アキラ、君を失うのが、とてつもなく怖い」
掠れた声色に思わず息を呑む。
――それはまるで、私があの時あなたに抱いた、我儘な願いみたいじゃないか。
何かを返さなければならないのに、喉がひどく乾いて声にならない。
セブルスの視線は膝あたりを右往左往していたかと思えば、一つ大きく深呼吸をすると、そのじっとりと強い意思のこもった視線をこちらに寄越した。
「……我輩をこんな風にしたのは君だ」
低く落とされた声が、静かな病室に滲む。
「責任を、取りたまえ」
するりと遠慮がちに伸びてきた、彼のかさついた節くれだった手で頬を撫でられる。その感触が嬉しくて、つい頬を緩ませてしまう。
そのまま射殺されてしまうんじゃないかというくらい強い双眸から目が離せない。
驚きに乾き切った喉を必死に動かす。
「……私の責任、重たいですね」
「当然だ」
「……じゃあ、ちゃんと長生きしてください」
「……努力はしよう」
窓の外では、柔らかな陽光が静かに揺れていた。
最初は黄色の似合う男の子だった。勇敢で、誰よりも優しく、聡明で思慮深い人だった。そして、私にとっても希望の子にとっても、これが初めて直接視た「死」だった。
次は魔法の義眼を持ち、その類稀なる魔術を遺憾なく扱う男だった。義足というハンデをものともせず、襲いくる死喰い人を薙ぎ倒して行ったその様は、正に歴戦の戦士だった。
誰かの「死」という区切りで、またしても視界がぐらりと歪む。慣れない不快感に目を瞑る。
その他にも沢山の痛ましい光景を見ては揺れる視界に目を瞑り、次の場面へと移って行った。
心の奥底に秘めた後悔と自責の念を嫌でもほじくり返される不快感に、顔を顰める。
そうして最後。黒ずくめの服装に身を包み、教鞭を振るっていた男。全てを一人で抱え込み、そこに他人を招き入れるなどもってのほかだった。沢山の人に誤解をされても尚、自分の信念だけは貫いた人だった。最後に見た光景は、彼がその赤い瞳に襲われる――その直前だった。その後のことはわからない。
もうたくさんだ。
ぐらりと視界が歪む。次はどこなんだ。次は誰なんだ。もう何も見たくない――
そう思ってぎゅっと瞑った目に、仄かな光を感じた。恐る恐るゆっくりと目を開けば、そこは真っ白な空間だった。視線の先にはランプが見える。おそらく天井だろう。必然的に自分が白く清潔なベットに横たわっているのが見てとれた。周囲を確認しようと起きあがろうにも、体に力が全く入らなかった。
一体どうなっているんだ。
片肘をベッドに付いて、ありったけの力をぐっと込める。ようやく持ち上がった体を整えて、横たわった状態からベッドに腰掛ける。
きょろきょろと視線を動かすと、骨と杖が交差した紋章が掲げてあるのが目に入った。ということは、ここは聖マンゴ魔法疾患傷害病院――?
なぜ自分がこんな大病院に?記憶の紐を辿ってみても、全くと言っていいほどさっぱりだった。
「――ナマエ?」
自分の耳を疑った。記憶の中で反覆された、あの低く、そして心地よい声が自分の鼓膜を震わせた気がした。
でもそれは自分の気のせいだ。起きたてできっと夢と現実が混濁しているのだろう。そう決めつけようとした時だった。
「――目が覚めたのか……」
全くと言っていいほどに気づかなかった気配に驚きつつも、不意にかけられた声に振り向く。その姿に、覚醒して間もない目をこれでもかと言う程に見開く。
だって、そんな。あなたは――
そこにいた人物に、口から漏れ出た声が掠れるのが自分でもわかった。
「――セブ、ルス」
呼ばれた名に、セブルスは目を見開く。お互いの視線が長い時間交差していた様に思えたが、先に意識を現実に戻したのは彼の方だった。
「今、癒者を呼ぼう」
来た道をバタバタと戻っていくセブルスの姿に、彼が生きている事を実感する。
ああ、よかった。生きていてくれた。
何にも変え難い安堵の息が自然と漏れた。彼が生きていてくれた事が何よりの幸せなんだ。そう噛み締めて窓の外をぼんやりと眺める。
「まぁ!本当に目が覚めたのね!」
「あ――ええと、はい」
「脈も大丈夫。でもあなた、体力が無いと思うからまだ安静になさって?」
しばらくしてバタバタと駆け足で病室を訪れた癒者の言葉にこくりと首を縦に振る。癒者はそれを見て満足した様に微笑むと、窓際に立つ、おおよそこの空間には似つかない服装の男に向き直った。
「あなたずっと着いていてくださったでしょう?これからも支えてあげてください」
「言われずとも」
「もう運び込まれてから半年が経つのですから、魔法界で起こったことでも話してあげてください」
癒者の言葉に声をあげたのは私だった。
「は――半年⁉︎」
私の言葉に目の前の男はいつもより深く眉間に谷を作った。驚きのあまりセブルスの方にちらりと視線をやると、じっとりと湿気を帯びた視線を返された。
癒者は私たちの一連のやりとりに微笑むと、お大事にと一言添えて病室を出ていってしまった。
しん、と重苦しい空気が部屋中を満たした。
どれくらいそうしていただろうか。先に空気を裂いたのはセブルスだった。
「……どこから話せば良いのか、考えあぐねていた」
ぽつりと零される言葉に、右往左往する視線に、彼が一つ一つ慎重になっている事が伺えた。
ゆっくりで構わないよ。そう伝えたくて、一つ大きく瞬きをする。
セブルスは大きく息を吐くと、じっとこちらを見つめてきた。その漆黒のような瞳に吸い込まれてしまうのではないかというくらい、強い視線だった。
「戦争は終わった。ポッターの勝利でな」
セブルスの言葉に、肩の力が抜けた気がした。無意識に身構えてしまっていたのだろう。自分が目を覚ます直前の記憶は、ちょうど戦いの真っ最中だったから。
「そっか……よかった……」
「……ああ」
「みんなは……ホグワーツのみんなは無事、なの?」
「……生憎、我輩は癒者ではない。無事とは言えないが……命に別状はない者が殆どだ。これは我輩自身がこの目で見た事象だ。そこの下世話な新聞よりかは信憑性はあると思うがね?」
彼はこれでもかというほどに顔を歪め、椅子の上に乱雑に置かれた日刊預言者新聞を指差した。見出しには大々的に【ホグワーツ、その後の復興に尽力した英雄と影の英雄!その二人の姿に迫る!】と書かれていた。あまりにも嫌悪感の塊を滲ませたその様子から、彼と新聞社の間に何かあったのは明白だろう。久しぶりに聞いた彼の皮肉に、くすりと笑みが溢れる。
ふん、と短く鼻を鳴らしたかと思うと、彼は椅子に深く腰掛け直した。みしり、と椅子の軋む音が室内に響く。
「……君は、半年間眠っていた。先ほどの癒者が言っていた通りだ」
セブルスの言葉に、自分が本当に半年という長い期間、目を覚まさなかった事実を痛感させられる。
「何度呼びかけても、少しも反応しなかった」
セブルスが苦しそうに眉根を寄せて、いつも以上に深く谷を作った。
そう告げられて、自分が意識を手放す寸前のことを思い出す。あの時、叫びの館で私は、今ここで苦虫を噛み潰したかのように声を絞り出している彼と同じ痛みを味わったのだ。
「癒者共は“待つしかない”としか言わなかった」
あの時の私もどうしようもなくて。ただただ必死に、ありったけの回復魔法とありったけの薬剤を使ったんだっけか。
「……我輩は」
どうか死なないで。生きて、と。
「我輩はこれまで、失う事を恐れては来なかった。自分の命すらも、だ。だが今は……アキラ、君を失うのが、とてつもなく怖い」
掠れた声色に思わず息を呑む。
――それはまるで、私があの時あなたに抱いた、我儘な願いみたいじゃないか。
何かを返さなければならないのに、喉がひどく乾いて声にならない。
セブルスの視線は膝あたりを右往左往していたかと思えば、一つ大きく深呼吸をすると、そのじっとりと強い意思のこもった視線をこちらに寄越した。
「……我輩をこんな風にしたのは君だ」
低く落とされた声が、静かな病室に滲む。
「責任を、取りたまえ」
するりと遠慮がちに伸びてきた、彼のかさついた節くれだった手で頬を撫でられる。その感触が嬉しくて、つい頬を緩ませてしまう。
そのまま射殺されてしまうんじゃないかというくらい強い双眸から目が離せない。
驚きに乾き切った喉を必死に動かす。
「……私の責任、重たいですね」
「当然だ」
「……じゃあ、ちゃんと長生きしてください」
「……努力はしよう」
窓の外では、柔らかな陽光が静かに揺れていた。
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