Severus Snape
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「待たんか!」
「そんな形相で待てって言われて、誰が待ちますか!」
バタバタと廊下を駆ける二つの影。それを追うように、目を丸くし、固唾を飲んでそれを見守る生徒達の姿がそこにはあった。
理由は簡単だった。追う側があのセブルス・スネイプだったからだ。そして追われている側が高確率で彼の標的となるグリフィンドール生ではなく、彼が贔屓をしているスリザリン生という珍しい光景だったからだ。
緑色のローブを翻し、生徒達に脇目も降らず全速力で廊下を走る彼女の名前はナマエ・ミョウジ。スリザリン寮の三年生だ。
スリザリンの中でも、彼女は稀有な存在だった。寮や出生など気にもせず、誰にでも分け隔てなく接することで有名だった。寮内では知り合いだというのも烏滸がましい、あの忌々しいグリフィンドールですらもだ。
そしてその彼女がどうして寮監のセブルス・スネイプに追われているのかというと、それは数時間前に遡る――。
***
ナマエはその日、別段特別なことはしていなかった。いつものように魔法薬学の授業を受けるため地下牢教室へと赴き、お気に入りである後ろから二番目の席へ座る。
途端に扉が大きな音を立てた。風を切るようにローブを靡かせ、足早に教壇へ立つのはこの地下牢教室の主人であるセブルス・スネイプ。彼の登場と共に、教室内には重い空気が漂った。
「二人一組でペアを作れ。諸君らには【縮み薬】を調合してもらう。材料はここに。出来た者から提出をしたまえ」
入室して早々の一言に呆気に取られる生徒達。微塵も動こうとしないその姿に、スネイプの眉間は深く谷間を作った。
「……何をしている?さっさと始めろ」
「あの、先生」
ふと静寂を切るようにグリフィンドールの方から声がした。そばかすが可愛い男の子が小さく手を挙げているのが見えた。
「調合の手順とか……何も黒板に書かれていないので……」
その声にスネイプは皮肉を込めて鼻を鳴らした。
「手順?手順など先日の授業で教えたはずだが?それとも何かね?貴様は我輩の授業をちゃんと、まともに、真面目に聞いていなかったと自己申告する訳かね?」
スネイプの痛烈な一言に、そばかすの子は顔を真っ赤にして項垂れた。その姿にスリザリンではクスクスと笑い声が上がる。
「グリフィンドール、二点減点。……二人一組でペアを作れ、二度も言わせるな」
スネイプの苛立ちの含まれた言葉を皮切りに、生徒達はのろのろと二人一組を作り始める。ナマエも例外ではなく、きょろきょろとペアを作るため周囲を見渡した。周りは既にペアを作り終えているところが多く、自分の入る余地はないように見えた。
この状況に「さて、どうしようか」と頭を悩ませているところだった。不意に両の肩をトントンと二回叩かれたので、どちらを向いて良いのか決めあぐねていると、空いた両隣の席に赤毛の男の子が勢いよく座った。
「やあやあ、スリザリンの慈悲深い聖母さん」
「僕らに救いの手を差し伸べてくれないかな?」
「フレッド!ジョージ!」
両隣の同じ顔にナマエは声を上げた。グリフィンドールの悪戯双子は同じように口元をニヤリと上げると、ずいっと体をナマエに寄せ、ボリュームを落とした声で囁いた。
「頼むよ、君だけが唯一の理解者なんだ」
「僕たちにご慈悲を」
どうにも芝居がかった二人の言葉にナマエは僅かに顔を顰めたが、彼らが魔法薬学というこの授業で、わざわざ寮の違う――ましてや犬猿の仲のスリザリンに――自分に声をかけてきた興味の方が勝ってしまった。
「救いの手?一緒に調合しようってこと?」
「違う違う。ああ、いや、違うことはないんだけど」
ナマエの言葉にジョージが首を小さく横に振る。
「ジョージと君が調合をしてスネイプの気を引いている間、俺がスネイプの倉庫にこっそり忍び込んでコウモリの脾臓を取って来ようって訳さ」
フレッドがスネイプの倉庫へと続く扉をちらりと見る。固く、何人たりとも侵入を許さない雰囲気を放つその扉の中に忍び込み、あまつさえ材料を盗んでくると言い放ったこのグリフィンドールの悪戯小僧達に、ナマエはくらりと眩暈がした気がした。
「あなた達、本気?あのスネイプ教授だよ?」
不安げなナマエの言葉に、フレッドとジョージは同時に肩をすくめた。
「分かってないな、聖母様は。いいか?君はスリザリンだ。俺たちグリフィンドールとは違う」
「スネイプがこちらを気にしたとして、だ。俺たちとナマエ、どちらの言い分を聞いてくれると思う?」
フレッドとジョージの言葉に、ナマエは教壇で黙している我が寮監をちらりと盗み見た。
確かに目の敵にしているグリフィンドール生であり、ましてや色々な場所で騒動を起こしているウィーズリーの双子と、自身の監督するスリザリンの生徒の自分。スネイプがどちらの肩を待つかなんて、ホグワーツで過ごしていれば頭の悪い庭小人でも解ることだった。
「と、言うわけで決まりだ。よろしくな聖母様!」
「報酬は弾むぜ?」
「スネイプにもいい顔できるしな!」
「ちょ……やめてよ!二人とも!そんなんじゃないって!」
フレッドの予想もしていなかった言葉にかあっと顔に熱が集まる。
そんな、私はただスネイプ教授の事を尊敬してるのであって!そんな、そういう好意っていうのじゃなくて……!
誰に抗議するわけでも無いのだが、うんうんと理由を探して頭を悩ませていた事を承諾と捉えたのだろう。グリフィンドールが誇る悪戯小僧達は二人揃ってぱちりとウインクを飛ばすと、フレッドは席を立ってスネイプの倉庫へと続く扉付近に腰をかけた。残されたジョージはまるで真面目に調合を行っているかのように、鍋に刻んだ材料を入れ始めている。
もう逃げ道はないのだろう。ナマエは一つ長いため息をつくと、ジョージの横に着いた。
ちらりとスネイプを盗み見てみるが、特にこちらに刺さる視線は無かったように思えた。
スネイプはいつものようにグループを周り、スリザリンには加点を、グリフィンドールには嘲笑と減点を食らわせていた。いつも通りすぎて、逆に苦笑いが出てくるくらいにはいつも通りの薬学であり、普通だった。
そしてそのいつも通りの中でのイレギュラーであるジョージとの調合は、それはそれは平穏だった。そう、びっくりするくらい何もなかったのだ。
調合をして気を引いているうちに……なんて脅しがあったものだから、飛んだ肩透かしを食らってしまった。
調合した【縮み薬】を煮えたぎる鍋から小瓶に入れ替え、蓋をする。これを提出すれば授業は終わりだ。
「ジョージ、調合の相手、ありがとうね。助かったよ」
「なぁに、こっちも首尾は上々だからな。むしろお礼を言いたいのはこっちだぜ?スリザリンの聖母様」
ニヤリと笑うジョージとニッコリと笑いながらこちらに小さく手を振るフレッドに、彼らも目的は果たせたのだろう。
「その呼び方やめてよね」と冗談混じりに笑い合うと、ナマエはガタリと音を立てて教壇へと足を進める。
教壇へ近づけば近づくほどに空気が重くなっていくのがひしひしと感じられた。ぴたりと重苦しい空気の原因である黒の前に立てば、ベタついた髪の毛から覗く黒く鋭い双眸がこちらを射ぬくかのように捉える。
「えっと、スネイプ教授、縮み薬です」
緊張で少し上擦ってしまったが、あの人をエバネスコできそうな視線に耐えたのだ。褒めて欲しいものである。
スネイプはナマエが恐る恐る差し出した緑色の液体の入った小瓶を素早く受け取ると、品定めをするかのように小瓶を傾け始めた。
しばらくしてスネイプは小瓶を机に置くと、ゆっくりと顔をあげた。ナマエの丸いヘーゼルの瞳と、漆黒で塗りつぶしたかのような暗い瞳がかちりと合う。
「上出来だ。スリザリンに一点」
不意に加点を言い渡され、ナマエは驚愕に目を開き、また喜びに口を開けた。
あのスネイプ教授が褒めた、だって?しかも薬学の時間に?
あまりの現実味の無さに、ナマエはまるでハニーデュークスのフィフィ・フィズビーをたらふく食べた時のようにふわふわと胸が躍った。
「だが――」
そんなナマエの心境に知ってか知らずか、スネイプは言葉を続けた。
「――調合の相手はしっかりと決めておくと良い。今回は上手くいったが、次回は鍋に穴が空いているかもしれませんからな」
スネイプはちらりとグリフィンドールの席を一瞥すると、ふんと鼻を鳴らした。ナマエもスネイプの視線の先を辿ると、フレッドとジョージがペトリフィカス・トタルスでも食らったかのようにぴしりと止まっていた。
スネイプの目の敵にされたフレッドとジョージには申し訳なさが募ったが、秘密裏にやっていた計画を知っている手前、擁護するにできない状況になってしまった。全てを知っている身というのは辛いね。
すまないが、私はできることはやった。あとは頑張ってくれ。と、石のように固まって動かないウィーズリーの双子に激励のウインクを飛ばす。
「では、失礼します」
スネイプからの返事はなかったが、これもいつも通りだった。こうしてナマエは薬学の授業を平和に終え、次の変身術の授業まで昼寝でもしようと地下牢教室を出て中庭へと向かっていた。向かっていたはずだったのだ。
そうして騒ぎは冒頭へと戻る――。
***
「いやいやいや!なぜ私なんですかぁ⁉︎」
「ウィーズリーどもに聞くんだな!」
押し問答をしながら全力で長い廊下を駆ける。ヒューヒューと口の端から息の漏れる音が聞こえる。
いくら全力で走ろうと、相手は成人男性。体力の差というものが出てきてしまい――ついでに教授は脚も長いからね――、距離をどんどんと詰められる。
ホグワーツ中の何事かという好奇と憂いの視線を掻い潜り、突き当たりを右に曲がってすぐの部屋へと駆け込む。よかった、間に合った。と思ったのも束の間で、手にかけたノブは回らず、扉はガチャガチャと重い音を立てるだけだった。
「嘘でしょ、鍵……⁉︎」
懐から杖を出してアロホモラを唱えている暇はない。かといって、踵を返してまた長い廊下を駆ける体力も時間もない。頭が真っ白になった瞬間、ナマエの背後から影が降りた。
「鬼ごっこは終わりだ」
低く、そして愉悦を孕む声が降ってきた。先ほどまで嫌というほど聞いた猫撫で声に、ナマエの動きはピシリと固まる。
振り向くな。いや、振り向かないと。はやく。
ナマエの葛藤も虚しく、彼女の思考の時間を遮るかのように、突然両頬を掠めるように何かが伸びてきて、目の前の開かない扉がダン!と大きな音を上げた。
「ひ……⁉︎」
突然の大きな音にびくりと肩を揺らす。
よく目を凝らせば、両隣から伸びているのは真っ黒のローブに包まれたスネイプの腕だった。ということは必然的に、真後ろのこの気配は――。
そこまで考えて、ナマエの頬はかあっと赤くなった。
「さて……まずは我輩から脱兎の如く逃げた理由を伺いましょうかな?」
スネイプが喋るたびに首筋に息がかかって、耳がぞくぞくとする。
恥ずかしさとこの非日常的な状況に、感情がぐちゃぐちゃになったナマエは顔をどんどん下げた。そんなナマエの反応は、スネイプの加虐心を擽るだけだった。
「ミス・ミョウジ。いや……ナマエ。我輩の問いに答えて頂きたいものですな?」
ゆっくりとナマエの耳元で囁くように言葉を投げかける。観念したのか、ナマエは勢いよく顔を上げると、くるりと器用に腕の中でスネイプに向き合った。その頬はいつもより赤みを帯びていた。
ナマエの思っても見ない行動と、思ったよりも近かった物理的な距離に、スネイプも思わず腰を反らせる。
赤く色づいた形の良い唇が息を吸う。
「お答えします!そりゃあ、スネイプ教授が……」
ナマエがそこまで言葉を発した時だった。
ガコンという何かが起動したかの様な音が聞こえたかと思うと、床を引きずるような重苦しい音が左右から絶え間なく聞こえてくる。その不穏な音にスネイプが顔をあげれば、スネイプ達が居る入り口の両壁がゆっくりとこちらに迫って来ていた。
「えっ、な、え⁉︎」
「……チッ」
何事かと目を大きく開き驚くナマエとは対照的に、スネイプは眉間に深く谷を作りながら一つ舌打ちをすると、素早く左腕でナマエの腰をぐっと己に引き寄せた。
突然先ほどまで見えていた視界は漆黒に塗りつぶされ、ナマエは今どういう状況なのか、真っ白になった頭でなるべく情報をかき集めようと必死だった。
そんなナマエの事など気にも止めず、スネイプはするりと右手で杖を構えると、鍵を二回トントンと叩く。すると鍵は一人でに回り始め、扉は重苦しい音を立てながら開いた。その間にも隣の壁はスネイプ達を押し潰さん勢いで迫って来ていた。
「捕まっておけ」
スネイプはもう一度強くナマエの腰を自身に寄せるように抱くと、壁に杖を向ける。
「イモビラス」
スネイプが呪文を唱えた途端、壁の動きが明らかに緩やかになる。しかしスネイプ程の実力を持ってしても、動きを遅くするのみで、壁を完全に止めることは不可能だった。
「……仕方がない、駆け込むぞ」
スネイプの声を皮切りに、ナマエは抱えられるようにスネイプと共に目の前の扉を潜った。
瞬間、ガチャン!と後ろで大きな音がしたかと思うと、扉が勢いよく閉まった。
静かな空間に、二人の呼吸音だけが響く。
「……助かった……!」
ナマエがボソリとつぶやく。
ホグワーツにはよくわからない場所があると聞いた事はあるが、まさか寮監に追われた挙句、死にかけるなんて!
一呼吸おいて横で同じように座り込んでいるスネイプを見る。スネイプが居なければどうなっていたか。
そこまで想像して、ナマエは最悪の想像を振り切るように頭を横に幾度と振った。
「……この部屋は……?」
ボソリと呟いたナマエに、スネイプは一つため息を吐いた。
「我輩にも分からん。こんな場所、存在すら知らぬ」
呆けているナマエを横目に、スネイプは部屋を見渡す。真っ白の空間に、特に装飾などない一つの部屋だった。試しに扉へ杖を向けてみるが、扉は固く閉ざされたままだった。
どのくらい時が経っただろうか?ふと異変に気づいたのはスネイプだった。
「……部屋が小さくなっていないか?」
「え?」
スネイプの言葉にナマエも顔を上げる。確かに、さっきまで部屋の隅は遠かったはずなのに、四隅が近づいている気がする。
そこまで気づいた時に、不意に扉の上に文字が浮かび上がった。
【質問に答えよ】
「質問に答えよ?」
ナマエが読み上げた途端、文字はふわりと消え、また新たに浮かび上がった。
【己の大切な人物を答えよ】
はっ、と空気を飲む。
この場でそんな事を答えろと?この部屋を作った主人はなんて馬鹿げた魔法をかけたんだ!と憤慨するが、こちらにはあのスネイプ教授が居るんだ。いつものように鼻で笑った後に、するりとこんなところから脱出してしまうだろう。
「……な、何かの冗談ですよ!ほら、こんなものに構わずとも、スネイプ教授ならこのヘンテコな部屋からの脱出方法だって――」
くるりと体をスネイプに向ければ、当の本人は右手を額に当てて、大きくため息を吐いていた。
「……この部屋は、この質問に答えない限り出られはしないだろう。そして……」
一呼吸おくスネイプに、ごくりとナマエの飲んだ生唾の音が響く。
「……互いが答えるまで、この部屋は縮み続けるだろうな。いや、正確には――正当を答えさせるまで、か」
するりとスネイプが一つナマエへと近づけば、今までのゆっくりとした速さから一転、ものすごい勢いで部屋が縮んだではないか。あまりの速さに、ナマエもばたばたと這いつくばりながらもスネイプへと近寄る。
「な、な……⁉︎」
「やはりな……」
どんどんと縮む部屋に、ナマエとスネイプの距離もどんどんと近くなる。再度部屋の縮むスピードが極端に落ちたのは、座るスネイプの脚の間にナマエがすっぽりと落ち着いた頃だった。
先ほどまでのように、背中にスネイプの存在を十二分に感じられるこの状況に、ナマエの羞恥心は限界だった。
ふわりと香る薬品の匂いに頭がくらくらしそうだ。
忌々しい目の前の扉は未だに【己の大切な人物を答えよ】と質問を表示している。
どうしようかとナマエが決めあぐねていると、スネイプがこほん、と一つ咳払いをした。
「本来ならば、こんなところで吐露するものではないのだが……致し方ない」
意を決したかのような仕草に、ナマエが何事かと振り返る。
そこに居たのは、真剣な眼差しでこちらを見つめるスネイプだった。
いつもの暗く憂いを帯びた双眸とは違う、獲物を狙うかのように熱を孕んでこちらをじっと見つめる瞳だった。
「我輩の大切な人物は、君だ。ナマエ・ミョウジ」
一瞬、自分の呼吸が止まったかのように思えた。スネイプの言葉に射抜かれたのではないかと。
言葉を発しようにも声が出ず、口だけがぱくぱくと餌を乞う金魚のように動く。
「っ、な、んで……」
ようやく出て来たのは疑問の言葉だった。スネイプはまた一つため息をつくと、口を開いた。
「……最初は特に何も無い、ただのスリザリンに所属する生徒だった」
スネイプはナマエから少し下に視線をやった。あまりの衝撃に、ナマエの視線はスネイプから逸らせなかった。
「他の生徒と同じ、ただの教え子。そう思っていた。別段特別な感情も抱いていないつもりだった。だが、今回の薬学の授業で――その感情を嫌でも思い知らされた。そう、あの忌々しいウィーズリー共にな」
***
ナマエが縮み薬を提出して地下牢教室を出た後。スネイプは先ほどの調合時に何があったのか、大方の予想がついていた。
どうせ、ウィーズリーの双子がナマエに対して何か吹き込んでいたのではないかと。そしてそれは自分にも被害が及ぶものなのではないかと。
ガタリと席を立ち、足早に赤いローブの集まる一角へと足を運ぶ。
「ウィーズリー。両方だ。先ほどの反応についてお伺いしようか」
思っても見なかったスネイプの登場に、フレッドとジョージの周りにいたグリフィンドール生は我先にと足早にその場を後にする。蜘蛛の子を散らしたように散開するその様は見事と言わざるを得なかった。
「こ……れはこれは!スネイプ先生じゃないですか」
「ご……ご機嫌麗しゅう?」
フレッドとジョージの反応に片眉をあげてみると、「やっぱりダメだったか」「聖母様は意地が悪いぜ」となにやらコソコソと話しているのが聞こえる。
「今話に出たミス・ミョウジの件だ。ここで何を吹き込んだ?」
「あー……」
腕を組みジョージを見れば、ジョージはチラリと片割れに視線をやる。
「えーっと……スネイプ先生?吹き込んだなんてそんなタチの悪い」
飄々とした態度を崩さないフレッドに、スネイプのこめかみがひくつく。
「吹き込んだと言わずしてなんと言う?」
「えーっと、そうだな……おしゃべりですよ!おしゃべり!」
「……そう!おしゃべり!ナマエが俺たちに協力してくれるって!なぁ、兄弟!」
「そうさ!なんてったって、報酬には俺たちの作った【ウィーズリー特製、眠り薬】をプレゼントしようってんだ!」
「そうそう!だってナマエの奴、夜も全く眠れないなんて言うんだもんな!」
そこまで二人で喋って、この悪戯小僧達ははたと気づいた。俺たち、喋りすぎたか?と。
ギギギ……とブリキのおもちゃかのように首をスネイプの方へと向ける。はたりと顔に落ちた黒髪が表情を隠していて、今スネイプがどんな感情でどんな表情をしているのか、全くもって分からなかった。
そして、うんともすんとも言わず沈黙を破らなかった蝙蝠が、その固く閉ざしていた口を開いた。
「だからあの小娘に、わざわざ我輩の薬品庫から、生ける屍の水薬にも使われている材料を取る手伝いをしろと命じたわけか?え?」
スネイプの地を這うような冷たく低い声に、フレッドとジョージは悟った。これは地雷を踏んだ、と。そして同時に思った。どうしてそんなに感情を剥き出しにするのかと。
いつものスネイプはスリザリンを贔屓しグリフィンドールに悪態をつく悪癖はあるものの、特定の誰か一人を贔屓にすることは無かった。
しかし、最近妙にナマエ絡みの事件になると、途端にスネイプが駆けてくることが多くなった。今回の件だってそうだ。寮監だからという枠では収まりきらない過保護っぷりだ。
ふとした疑問にフレッドが声を上げる。
「いやでも先生。どうしてそんなナマエにだけ過保護なんですか」
間髪入れずにジョージも続く。
「もしかして」
「もしかしなくても」
フレッドとジョージの言葉に、スネイプははっと口を押さえる。
指摘されるまで自分ですら気づかないとは愚かにも程がある。
スネイプはくるりと踵を返し、地下牢教室の出口へと向かう。向かう先は、自身の心にいつの間にか棲みついたあの一人の少女の元だ。
はたと口を押さえていきなり出口へと向かっていったスネイプに対し、フレッドとジョージは安堵のため息を吐いた。が、それも一瞬のことだった。
出口付近まで来て、スネイプがくるりと振り返り双子を指差す。
「ああ、そういえば余計な事に気づかせてくれたお礼をしていませんでしたな。グリフィンドール、二点減点。貴様らウィーズリー共、一点ずつだ」
スネイプはニヤリと怪しい笑みを浮かべて、勢いよく扉を閉める。残された生徒達は、ぽかんと地下牢教室の主人が出ていってしまった扉を眺める事しかできなかった。
***
そうしてホグワーツ中を走り回り、ようやく中庭で目当ての少女を見つけたのも束の間、あろうことかこの小娘は自身の姿を目に入れた途端、脱兎の如く逃げ出すでは無いか。
「そ、それで私を追いかけ回したんですか⁉︎」
「逃げる貴様が悪い」
逃げられたら追いかけたくなるだろう。と悪びれもなく言い張る目の前の男性は教師としてどうなのだろうか。
「我輩はこの言葉を伝えたかった。ただそれだけだ」
君はどうだ?と問われ、ざわりと胸が騒いだ。
ナマエがスネイプをどう思っているかだなんて、もう答えが出ているようなものなのに。じっと逸らされない視線に、ナマエはぎゅっとローブの裾を握った。
「……スネイプ教授は意地悪なんですね」
「あいにく、我輩は人の感情というものには到底疎くてな。言葉でないと伝わらぬが故」
片眉をあげて遠回しに催促をしてくるスネイプにナマエはくすりと笑みをこぼすと、顔をあげて目の前の漆黒の双眸をじっと見つめる。ぺたりとスネイプの痩けた頬に手をやれば、その上からスネイプの大きくあたたかな手が乗せられる。
「……私の大切な人は、セブルス・スネイプ教授。あなたただ一人です」
その言葉と共にスネイプの首に腕を回せば、しっかりとナマエの腰にスネイプの腕が絡みつく。
「……なかなか恥ずかしいですね」
「……そうだな」
二人でくすりと笑い合う。そうして二つの影は重なった。
部屋の縮みは止まり、扉の上の文字はふわりと消え、代わりに【おめでとう】と浮かび上がっていた。
***
想いが通じ合ったあの部屋から脱出してすぐのことだ。
やはりあんな部屋があんな偶然、ピンポイントで自分たちの目の前に現れて、しかも閉じ込められるなんて、なにかの策略なのではないかと考えていた時だ。
ばさばさと梟が通り過ぎ、そのうちの一羽が窓際にふわりと留まる。
梟をひと撫でし、ナマエはそういえばと口を開いた。
「あの部屋って、一体誰がなんのために作ったんでしょうか?」
ナマエの素朴な疑問に、スネイプの顔に影が落ちた。いつものように眉間に深く皺を作っている。
「……あまり考えたくはないが……一つ心当たりはある」
「え?心当たり?」
「ナマエ。君はホグワーツの中で、どんな事でも把握している人物に心当たりは無いかね?」
スネイプの言葉に、ナマエは自身の周りから友達、果ては教師や屋敷しもべ妖精まで考えたが、ぱっと思いつく人物は居なかった。
先ほど撫でた梟がホゥとひと鳴きする。
「うーん……?」
「頭を回せ。偉大なる魔法使いは、全てを見通しているのだ」
「……あっ⁉︎」
「余計な真似をしてくれるものだ」
窓際に留まっている梟をこれでもかという眼力で睨みあげ、今までで一番深いため息をつくスネイプと、驚きをあらわにするナマエ。その様子に、先ほどの梟がまたホゥと高く鳴き声を上げた。
「そんな形相で待てって言われて、誰が待ちますか!」
バタバタと廊下を駆ける二つの影。それを追うように、目を丸くし、固唾を飲んでそれを見守る生徒達の姿がそこにはあった。
理由は簡単だった。追う側があのセブルス・スネイプだったからだ。そして追われている側が高確率で彼の標的となるグリフィンドール生ではなく、彼が贔屓をしているスリザリン生という珍しい光景だったからだ。
緑色のローブを翻し、生徒達に脇目も降らず全速力で廊下を走る彼女の名前はナマエ・ミョウジ。スリザリン寮の三年生だ。
スリザリンの中でも、彼女は稀有な存在だった。寮や出生など気にもせず、誰にでも分け隔てなく接することで有名だった。寮内では知り合いだというのも烏滸がましい、あの忌々しいグリフィンドールですらもだ。
そしてその彼女がどうして寮監のセブルス・スネイプに追われているのかというと、それは数時間前に遡る――。
***
ナマエはその日、別段特別なことはしていなかった。いつものように魔法薬学の授業を受けるため地下牢教室へと赴き、お気に入りである後ろから二番目の席へ座る。
途端に扉が大きな音を立てた。風を切るようにローブを靡かせ、足早に教壇へ立つのはこの地下牢教室の主人であるセブルス・スネイプ。彼の登場と共に、教室内には重い空気が漂った。
「二人一組でペアを作れ。諸君らには【縮み薬】を調合してもらう。材料はここに。出来た者から提出をしたまえ」
入室して早々の一言に呆気に取られる生徒達。微塵も動こうとしないその姿に、スネイプの眉間は深く谷間を作った。
「……何をしている?さっさと始めろ」
「あの、先生」
ふと静寂を切るようにグリフィンドールの方から声がした。そばかすが可愛い男の子が小さく手を挙げているのが見えた。
「調合の手順とか……何も黒板に書かれていないので……」
その声にスネイプは皮肉を込めて鼻を鳴らした。
「手順?手順など先日の授業で教えたはずだが?それとも何かね?貴様は我輩の授業をちゃんと、まともに、真面目に聞いていなかったと自己申告する訳かね?」
スネイプの痛烈な一言に、そばかすの子は顔を真っ赤にして項垂れた。その姿にスリザリンではクスクスと笑い声が上がる。
「グリフィンドール、二点減点。……二人一組でペアを作れ、二度も言わせるな」
スネイプの苛立ちの含まれた言葉を皮切りに、生徒達はのろのろと二人一組を作り始める。ナマエも例外ではなく、きょろきょろとペアを作るため周囲を見渡した。周りは既にペアを作り終えているところが多く、自分の入る余地はないように見えた。
この状況に「さて、どうしようか」と頭を悩ませているところだった。不意に両の肩をトントンと二回叩かれたので、どちらを向いて良いのか決めあぐねていると、空いた両隣の席に赤毛の男の子が勢いよく座った。
「やあやあ、スリザリンの慈悲深い聖母さん」
「僕らに救いの手を差し伸べてくれないかな?」
「フレッド!ジョージ!」
両隣の同じ顔にナマエは声を上げた。グリフィンドールの悪戯双子は同じように口元をニヤリと上げると、ずいっと体をナマエに寄せ、ボリュームを落とした声で囁いた。
「頼むよ、君だけが唯一の理解者なんだ」
「僕たちにご慈悲を」
どうにも芝居がかった二人の言葉にナマエは僅かに顔を顰めたが、彼らが魔法薬学というこの授業で、わざわざ寮の違う――ましてや犬猿の仲のスリザリンに――自分に声をかけてきた興味の方が勝ってしまった。
「救いの手?一緒に調合しようってこと?」
「違う違う。ああ、いや、違うことはないんだけど」
ナマエの言葉にジョージが首を小さく横に振る。
「ジョージと君が調合をしてスネイプの気を引いている間、俺がスネイプの倉庫にこっそり忍び込んでコウモリの脾臓を取って来ようって訳さ」
フレッドがスネイプの倉庫へと続く扉をちらりと見る。固く、何人たりとも侵入を許さない雰囲気を放つその扉の中に忍び込み、あまつさえ材料を盗んでくると言い放ったこのグリフィンドールの悪戯小僧達に、ナマエはくらりと眩暈がした気がした。
「あなた達、本気?あのスネイプ教授だよ?」
不安げなナマエの言葉に、フレッドとジョージは同時に肩をすくめた。
「分かってないな、聖母様は。いいか?君はスリザリンだ。俺たちグリフィンドールとは違う」
「スネイプがこちらを気にしたとして、だ。俺たちとナマエ、どちらの言い分を聞いてくれると思う?」
フレッドとジョージの言葉に、ナマエは教壇で黙している我が寮監をちらりと盗み見た。
確かに目の敵にしているグリフィンドール生であり、ましてや色々な場所で騒動を起こしているウィーズリーの双子と、自身の監督するスリザリンの生徒の自分。スネイプがどちらの肩を待つかなんて、ホグワーツで過ごしていれば頭の悪い庭小人でも解ることだった。
「と、言うわけで決まりだ。よろしくな聖母様!」
「報酬は弾むぜ?」
「スネイプにもいい顔できるしな!」
「ちょ……やめてよ!二人とも!そんなんじゃないって!」
フレッドの予想もしていなかった言葉にかあっと顔に熱が集まる。
そんな、私はただスネイプ教授の事を尊敬してるのであって!そんな、そういう好意っていうのじゃなくて……!
誰に抗議するわけでも無いのだが、うんうんと理由を探して頭を悩ませていた事を承諾と捉えたのだろう。グリフィンドールが誇る悪戯小僧達は二人揃ってぱちりとウインクを飛ばすと、フレッドは席を立ってスネイプの倉庫へと続く扉付近に腰をかけた。残されたジョージはまるで真面目に調合を行っているかのように、鍋に刻んだ材料を入れ始めている。
もう逃げ道はないのだろう。ナマエは一つ長いため息をつくと、ジョージの横に着いた。
ちらりとスネイプを盗み見てみるが、特にこちらに刺さる視線は無かったように思えた。
スネイプはいつものようにグループを周り、スリザリンには加点を、グリフィンドールには嘲笑と減点を食らわせていた。いつも通りすぎて、逆に苦笑いが出てくるくらいにはいつも通りの薬学であり、普通だった。
そしてそのいつも通りの中でのイレギュラーであるジョージとの調合は、それはそれは平穏だった。そう、びっくりするくらい何もなかったのだ。
調合をして気を引いているうちに……なんて脅しがあったものだから、飛んだ肩透かしを食らってしまった。
調合した【縮み薬】を煮えたぎる鍋から小瓶に入れ替え、蓋をする。これを提出すれば授業は終わりだ。
「ジョージ、調合の相手、ありがとうね。助かったよ」
「なぁに、こっちも首尾は上々だからな。むしろお礼を言いたいのはこっちだぜ?スリザリンの聖母様」
ニヤリと笑うジョージとニッコリと笑いながらこちらに小さく手を振るフレッドに、彼らも目的は果たせたのだろう。
「その呼び方やめてよね」と冗談混じりに笑い合うと、ナマエはガタリと音を立てて教壇へと足を進める。
教壇へ近づけば近づくほどに空気が重くなっていくのがひしひしと感じられた。ぴたりと重苦しい空気の原因である黒の前に立てば、ベタついた髪の毛から覗く黒く鋭い双眸がこちらを射ぬくかのように捉える。
「えっと、スネイプ教授、縮み薬です」
緊張で少し上擦ってしまったが、あの人をエバネスコできそうな視線に耐えたのだ。褒めて欲しいものである。
スネイプはナマエが恐る恐る差し出した緑色の液体の入った小瓶を素早く受け取ると、品定めをするかのように小瓶を傾け始めた。
しばらくしてスネイプは小瓶を机に置くと、ゆっくりと顔をあげた。ナマエの丸いヘーゼルの瞳と、漆黒で塗りつぶしたかのような暗い瞳がかちりと合う。
「上出来だ。スリザリンに一点」
不意に加点を言い渡され、ナマエは驚愕に目を開き、また喜びに口を開けた。
あのスネイプ教授が褒めた、だって?しかも薬学の時間に?
あまりの現実味の無さに、ナマエはまるでハニーデュークスのフィフィ・フィズビーをたらふく食べた時のようにふわふわと胸が躍った。
「だが――」
そんなナマエの心境に知ってか知らずか、スネイプは言葉を続けた。
「――調合の相手はしっかりと決めておくと良い。今回は上手くいったが、次回は鍋に穴が空いているかもしれませんからな」
スネイプはちらりとグリフィンドールの席を一瞥すると、ふんと鼻を鳴らした。ナマエもスネイプの視線の先を辿ると、フレッドとジョージがペトリフィカス・トタルスでも食らったかのようにぴしりと止まっていた。
スネイプの目の敵にされたフレッドとジョージには申し訳なさが募ったが、秘密裏にやっていた計画を知っている手前、擁護するにできない状況になってしまった。全てを知っている身というのは辛いね。
すまないが、私はできることはやった。あとは頑張ってくれ。と、石のように固まって動かないウィーズリーの双子に激励のウインクを飛ばす。
「では、失礼します」
スネイプからの返事はなかったが、これもいつも通りだった。こうしてナマエは薬学の授業を平和に終え、次の変身術の授業まで昼寝でもしようと地下牢教室を出て中庭へと向かっていた。向かっていたはずだったのだ。
そうして騒ぎは冒頭へと戻る――。
***
「いやいやいや!なぜ私なんですかぁ⁉︎」
「ウィーズリーどもに聞くんだな!」
押し問答をしながら全力で長い廊下を駆ける。ヒューヒューと口の端から息の漏れる音が聞こえる。
いくら全力で走ろうと、相手は成人男性。体力の差というものが出てきてしまい――ついでに教授は脚も長いからね――、距離をどんどんと詰められる。
ホグワーツ中の何事かという好奇と憂いの視線を掻い潜り、突き当たりを右に曲がってすぐの部屋へと駆け込む。よかった、間に合った。と思ったのも束の間で、手にかけたノブは回らず、扉はガチャガチャと重い音を立てるだけだった。
「嘘でしょ、鍵……⁉︎」
懐から杖を出してアロホモラを唱えている暇はない。かといって、踵を返してまた長い廊下を駆ける体力も時間もない。頭が真っ白になった瞬間、ナマエの背後から影が降りた。
「鬼ごっこは終わりだ」
低く、そして愉悦を孕む声が降ってきた。先ほどまで嫌というほど聞いた猫撫で声に、ナマエの動きはピシリと固まる。
振り向くな。いや、振り向かないと。はやく。
ナマエの葛藤も虚しく、彼女の思考の時間を遮るかのように、突然両頬を掠めるように何かが伸びてきて、目の前の開かない扉がダン!と大きな音を上げた。
「ひ……⁉︎」
突然の大きな音にびくりと肩を揺らす。
よく目を凝らせば、両隣から伸びているのは真っ黒のローブに包まれたスネイプの腕だった。ということは必然的に、真後ろのこの気配は――。
そこまで考えて、ナマエの頬はかあっと赤くなった。
「さて……まずは我輩から脱兎の如く逃げた理由を伺いましょうかな?」
スネイプが喋るたびに首筋に息がかかって、耳がぞくぞくとする。
恥ずかしさとこの非日常的な状況に、感情がぐちゃぐちゃになったナマエは顔をどんどん下げた。そんなナマエの反応は、スネイプの加虐心を擽るだけだった。
「ミス・ミョウジ。いや……ナマエ。我輩の問いに答えて頂きたいものですな?」
ゆっくりとナマエの耳元で囁くように言葉を投げかける。観念したのか、ナマエは勢いよく顔を上げると、くるりと器用に腕の中でスネイプに向き合った。その頬はいつもより赤みを帯びていた。
ナマエの思っても見ない行動と、思ったよりも近かった物理的な距離に、スネイプも思わず腰を反らせる。
赤く色づいた形の良い唇が息を吸う。
「お答えします!そりゃあ、スネイプ教授が……」
ナマエがそこまで言葉を発した時だった。
ガコンという何かが起動したかの様な音が聞こえたかと思うと、床を引きずるような重苦しい音が左右から絶え間なく聞こえてくる。その不穏な音にスネイプが顔をあげれば、スネイプ達が居る入り口の両壁がゆっくりとこちらに迫って来ていた。
「えっ、な、え⁉︎」
「……チッ」
何事かと目を大きく開き驚くナマエとは対照的に、スネイプは眉間に深く谷を作りながら一つ舌打ちをすると、素早く左腕でナマエの腰をぐっと己に引き寄せた。
突然先ほどまで見えていた視界は漆黒に塗りつぶされ、ナマエは今どういう状況なのか、真っ白になった頭でなるべく情報をかき集めようと必死だった。
そんなナマエの事など気にも止めず、スネイプはするりと右手で杖を構えると、鍵を二回トントンと叩く。すると鍵は一人でに回り始め、扉は重苦しい音を立てながら開いた。その間にも隣の壁はスネイプ達を押し潰さん勢いで迫って来ていた。
「捕まっておけ」
スネイプはもう一度強くナマエの腰を自身に寄せるように抱くと、壁に杖を向ける。
「イモビラス」
スネイプが呪文を唱えた途端、壁の動きが明らかに緩やかになる。しかしスネイプ程の実力を持ってしても、動きを遅くするのみで、壁を完全に止めることは不可能だった。
「……仕方がない、駆け込むぞ」
スネイプの声を皮切りに、ナマエは抱えられるようにスネイプと共に目の前の扉を潜った。
瞬間、ガチャン!と後ろで大きな音がしたかと思うと、扉が勢いよく閉まった。
静かな空間に、二人の呼吸音だけが響く。
「……助かった……!」
ナマエがボソリとつぶやく。
ホグワーツにはよくわからない場所があると聞いた事はあるが、まさか寮監に追われた挙句、死にかけるなんて!
一呼吸おいて横で同じように座り込んでいるスネイプを見る。スネイプが居なければどうなっていたか。
そこまで想像して、ナマエは最悪の想像を振り切るように頭を横に幾度と振った。
「……この部屋は……?」
ボソリと呟いたナマエに、スネイプは一つため息を吐いた。
「我輩にも分からん。こんな場所、存在すら知らぬ」
呆けているナマエを横目に、スネイプは部屋を見渡す。真っ白の空間に、特に装飾などない一つの部屋だった。試しに扉へ杖を向けてみるが、扉は固く閉ざされたままだった。
どのくらい時が経っただろうか?ふと異変に気づいたのはスネイプだった。
「……部屋が小さくなっていないか?」
「え?」
スネイプの言葉にナマエも顔を上げる。確かに、さっきまで部屋の隅は遠かったはずなのに、四隅が近づいている気がする。
そこまで気づいた時に、不意に扉の上に文字が浮かび上がった。
【質問に答えよ】
「質問に答えよ?」
ナマエが読み上げた途端、文字はふわりと消え、また新たに浮かび上がった。
【己の大切な人物を答えよ】
はっ、と空気を飲む。
この場でそんな事を答えろと?この部屋を作った主人はなんて馬鹿げた魔法をかけたんだ!と憤慨するが、こちらにはあのスネイプ教授が居るんだ。いつものように鼻で笑った後に、するりとこんなところから脱出してしまうだろう。
「……な、何かの冗談ですよ!ほら、こんなものに構わずとも、スネイプ教授ならこのヘンテコな部屋からの脱出方法だって――」
くるりと体をスネイプに向ければ、当の本人は右手を額に当てて、大きくため息を吐いていた。
「……この部屋は、この質問に答えない限り出られはしないだろう。そして……」
一呼吸おくスネイプに、ごくりとナマエの飲んだ生唾の音が響く。
「……互いが答えるまで、この部屋は縮み続けるだろうな。いや、正確には――正当を答えさせるまで、か」
するりとスネイプが一つナマエへと近づけば、今までのゆっくりとした速さから一転、ものすごい勢いで部屋が縮んだではないか。あまりの速さに、ナマエもばたばたと這いつくばりながらもスネイプへと近寄る。
「な、な……⁉︎」
「やはりな……」
どんどんと縮む部屋に、ナマエとスネイプの距離もどんどんと近くなる。再度部屋の縮むスピードが極端に落ちたのは、座るスネイプの脚の間にナマエがすっぽりと落ち着いた頃だった。
先ほどまでのように、背中にスネイプの存在を十二分に感じられるこの状況に、ナマエの羞恥心は限界だった。
ふわりと香る薬品の匂いに頭がくらくらしそうだ。
忌々しい目の前の扉は未だに【己の大切な人物を答えよ】と質問を表示している。
どうしようかとナマエが決めあぐねていると、スネイプがこほん、と一つ咳払いをした。
「本来ならば、こんなところで吐露するものではないのだが……致し方ない」
意を決したかのような仕草に、ナマエが何事かと振り返る。
そこに居たのは、真剣な眼差しでこちらを見つめるスネイプだった。
いつもの暗く憂いを帯びた双眸とは違う、獲物を狙うかのように熱を孕んでこちらをじっと見つめる瞳だった。
「我輩の大切な人物は、君だ。ナマエ・ミョウジ」
一瞬、自分の呼吸が止まったかのように思えた。スネイプの言葉に射抜かれたのではないかと。
言葉を発しようにも声が出ず、口だけがぱくぱくと餌を乞う金魚のように動く。
「っ、な、んで……」
ようやく出て来たのは疑問の言葉だった。スネイプはまた一つため息をつくと、口を開いた。
「……最初は特に何も無い、ただのスリザリンに所属する生徒だった」
スネイプはナマエから少し下に視線をやった。あまりの衝撃に、ナマエの視線はスネイプから逸らせなかった。
「他の生徒と同じ、ただの教え子。そう思っていた。別段特別な感情も抱いていないつもりだった。だが、今回の薬学の授業で――その感情を嫌でも思い知らされた。そう、あの忌々しいウィーズリー共にな」
***
ナマエが縮み薬を提出して地下牢教室を出た後。スネイプは先ほどの調合時に何があったのか、大方の予想がついていた。
どうせ、ウィーズリーの双子がナマエに対して何か吹き込んでいたのではないかと。そしてそれは自分にも被害が及ぶものなのではないかと。
ガタリと席を立ち、足早に赤いローブの集まる一角へと足を運ぶ。
「ウィーズリー。両方だ。先ほどの反応についてお伺いしようか」
思っても見なかったスネイプの登場に、フレッドとジョージの周りにいたグリフィンドール生は我先にと足早にその場を後にする。蜘蛛の子を散らしたように散開するその様は見事と言わざるを得なかった。
「こ……れはこれは!スネイプ先生じゃないですか」
「ご……ご機嫌麗しゅう?」
フレッドとジョージの反応に片眉をあげてみると、「やっぱりダメだったか」「聖母様は意地が悪いぜ」となにやらコソコソと話しているのが聞こえる。
「今話に出たミス・ミョウジの件だ。ここで何を吹き込んだ?」
「あー……」
腕を組みジョージを見れば、ジョージはチラリと片割れに視線をやる。
「えーっと……スネイプ先生?吹き込んだなんてそんなタチの悪い」
飄々とした態度を崩さないフレッドに、スネイプのこめかみがひくつく。
「吹き込んだと言わずしてなんと言う?」
「えーっと、そうだな……おしゃべりですよ!おしゃべり!」
「……そう!おしゃべり!ナマエが俺たちに協力してくれるって!なぁ、兄弟!」
「そうさ!なんてったって、報酬には俺たちの作った【ウィーズリー特製、眠り薬】をプレゼントしようってんだ!」
「そうそう!だってナマエの奴、夜も全く眠れないなんて言うんだもんな!」
そこまで二人で喋って、この悪戯小僧達ははたと気づいた。俺たち、喋りすぎたか?と。
ギギギ……とブリキのおもちゃかのように首をスネイプの方へと向ける。はたりと顔に落ちた黒髪が表情を隠していて、今スネイプがどんな感情でどんな表情をしているのか、全くもって分からなかった。
そして、うんともすんとも言わず沈黙を破らなかった蝙蝠が、その固く閉ざしていた口を開いた。
「だからあの小娘に、わざわざ我輩の薬品庫から、生ける屍の水薬にも使われている材料を取る手伝いをしろと命じたわけか?え?」
スネイプの地を這うような冷たく低い声に、フレッドとジョージは悟った。これは地雷を踏んだ、と。そして同時に思った。どうしてそんなに感情を剥き出しにするのかと。
いつものスネイプはスリザリンを贔屓しグリフィンドールに悪態をつく悪癖はあるものの、特定の誰か一人を贔屓にすることは無かった。
しかし、最近妙にナマエ絡みの事件になると、途端にスネイプが駆けてくることが多くなった。今回の件だってそうだ。寮監だからという枠では収まりきらない過保護っぷりだ。
ふとした疑問にフレッドが声を上げる。
「いやでも先生。どうしてそんなナマエにだけ過保護なんですか」
間髪入れずにジョージも続く。
「もしかして」
「もしかしなくても」
フレッドとジョージの言葉に、スネイプははっと口を押さえる。
指摘されるまで自分ですら気づかないとは愚かにも程がある。
スネイプはくるりと踵を返し、地下牢教室の出口へと向かう。向かう先は、自身の心にいつの間にか棲みついたあの一人の少女の元だ。
はたと口を押さえていきなり出口へと向かっていったスネイプに対し、フレッドとジョージは安堵のため息を吐いた。が、それも一瞬のことだった。
出口付近まで来て、スネイプがくるりと振り返り双子を指差す。
「ああ、そういえば余計な事に気づかせてくれたお礼をしていませんでしたな。グリフィンドール、二点減点。貴様らウィーズリー共、一点ずつだ」
スネイプはニヤリと怪しい笑みを浮かべて、勢いよく扉を閉める。残された生徒達は、ぽかんと地下牢教室の主人が出ていってしまった扉を眺める事しかできなかった。
***
そうしてホグワーツ中を走り回り、ようやく中庭で目当ての少女を見つけたのも束の間、あろうことかこの小娘は自身の姿を目に入れた途端、脱兎の如く逃げ出すでは無いか。
「そ、それで私を追いかけ回したんですか⁉︎」
「逃げる貴様が悪い」
逃げられたら追いかけたくなるだろう。と悪びれもなく言い張る目の前の男性は教師としてどうなのだろうか。
「我輩はこの言葉を伝えたかった。ただそれだけだ」
君はどうだ?と問われ、ざわりと胸が騒いだ。
ナマエがスネイプをどう思っているかだなんて、もう答えが出ているようなものなのに。じっと逸らされない視線に、ナマエはぎゅっとローブの裾を握った。
「……スネイプ教授は意地悪なんですね」
「あいにく、我輩は人の感情というものには到底疎くてな。言葉でないと伝わらぬが故」
片眉をあげて遠回しに催促をしてくるスネイプにナマエはくすりと笑みをこぼすと、顔をあげて目の前の漆黒の双眸をじっと見つめる。ぺたりとスネイプの痩けた頬に手をやれば、その上からスネイプの大きくあたたかな手が乗せられる。
「……私の大切な人は、セブルス・スネイプ教授。あなたただ一人です」
その言葉と共にスネイプの首に腕を回せば、しっかりとナマエの腰にスネイプの腕が絡みつく。
「……なかなか恥ずかしいですね」
「……そうだな」
二人でくすりと笑い合う。そうして二つの影は重なった。
部屋の縮みは止まり、扉の上の文字はふわりと消え、代わりに【おめでとう】と浮かび上がっていた。
***
想いが通じ合ったあの部屋から脱出してすぐのことだ。
やはりあんな部屋があんな偶然、ピンポイントで自分たちの目の前に現れて、しかも閉じ込められるなんて、なにかの策略なのではないかと考えていた時だ。
ばさばさと梟が通り過ぎ、そのうちの一羽が窓際にふわりと留まる。
梟をひと撫でし、ナマエはそういえばと口を開いた。
「あの部屋って、一体誰がなんのために作ったんでしょうか?」
ナマエの素朴な疑問に、スネイプの顔に影が落ちた。いつものように眉間に深く皺を作っている。
「……あまり考えたくはないが……一つ心当たりはある」
「え?心当たり?」
「ナマエ。君はホグワーツの中で、どんな事でも把握している人物に心当たりは無いかね?」
スネイプの言葉に、ナマエは自身の周りから友達、果ては教師や屋敷しもべ妖精まで考えたが、ぱっと思いつく人物は居なかった。
先ほど撫でた梟がホゥとひと鳴きする。
「うーん……?」
「頭を回せ。偉大なる魔法使いは、全てを見通しているのだ」
「……あっ⁉︎」
「余計な真似をしてくれるものだ」
窓際に留まっている梟をこれでもかという眼力で睨みあげ、今までで一番深いため息をつくスネイプと、驚きをあらわにするナマエ。その様子に、先ほどの梟がまたホゥと高く鳴き声を上げた。
