半純血のプリンスと謎の先輩
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しんと静まり返った誰もいない教室。その中でセブルスは一人調合に勤しんでいた。
ふぅ、とひとつ短く息を吐き、結果を羊皮紙に刻み込む。個人的な興味から調合をしてみたく、いてもたってもいられなくなりスラグホーン先生に声をかけたところ、それはもう一瞬で魔法薬学教室の使用許可を得ることができた。あまりの呆気なさに許可をとりに来たセブルスが「本当にいいのか?」と尻込んでしまうくらい呆気なかった。
もう一度統計をとらなければ。
セブルスが鍋に材料を刻み込もうとナイフに手を伸ばしたのと同時に、がちゃりと扉の開く音がした。
ここには自分以外ほとんど来るはずのない場所なのだが――?
また誰かが邪魔をしに来たのか。あるいは、揶揄いに来たのか。どちらにせよ、大切な研究に没頭しているセブルスにとって歓迎できるものではなかった。
眉間にこれでもかと皺を刻み込み、射殺すかのような視線を携えて振り返る。しかしその場に立っていた人物を目の当たりにして、一瞬にしてセブルスの深く谷を作っていた皺は更地へと変化することとなった。
そこには自分の想い人であるスリザリンのプリンスことアキラ・ヤヨイが立っていたのだ。
ジェームズやシリウスでない事にほっと胸を撫で下ろし、セブルスは声をかける。
「先輩……?」
声をかけてもぴくりとも反応を示さないアキラに、セブルスは一歩近づく。アキラの肩に触れようと手を伸ばした時、その手はアキラの右手によって進行を阻まれた。
「セブルス……」
いつもと違うアキラの雰囲気に、セブルスの心臓は大きく跳ねた。
いつものしっかりと意思を持ったアーモンド型の目はとろんと垂れ、優しく自分を呼ぶ形の良い桃色の唇はわずかに開き、こちらを誘惑しているかのようだった。
「先輩……?どうかしたのか……?」
「セブルス……先輩じゃない……アキラと……名前を呼んで欲しい……」
伏目がちにそう言われ、またしてもセブルスの心臓は大きく跳ねた。それに比例して顔に熱が集まって来るのがわかる。
セブルスがドギマギしている間にも、アキラはセブルスとの距離を詰める。そしてあろうことか――その身に纏うローブを脱ぎ始めた。
「な……⁉︎」
ぱさりと落ちて行くローブに、しゅるりと解かれる緑と銀のネクタイ。セブルスは息を潜め、目を丸くしてその様子を伺っていたが、布の擦れる音にはっと我に帰り、アキラの驚きの行動に静止をかける。
「何をしている⁉︎」
下のスラックスに手をかけたところでアキラの動きはぴたりと止まり、焦点の合っていない双眸がセブルスを捉える。いつもの夜を映したかのような漆黒ではなく、星さえも全てが吸い込まれてしまいそうな漆黒にセブルスはひゅっと息を呑む。
しばらくして、アキラはにこりとその艶やかな唇を持ち上げた。
「だって、今日はセブルスの誕生日だろう?一番欲しいものをあげようと思って」
「な……にを……」
「一番欲しいものだよ、君のね」
そう言うとアキラはどこからともなく出した杖を振る。ふわふわと緑のリボンが宙を舞い、それはまるでラッピングをするかのようにアキラの体にぐるりと巻き付いた。と、同時にぱさりとスラックスも床に落ちた。今のアキラはかろうじてワイシャツを纏っているが、もはやほとんど裸同然だった。
「さあ、君の一番欲しいものだよ。ハッピーバースデー、セブルス」
ワイシャツ一枚の姿にリボンを巻きつけ、あろうことか自身をプレゼントと言い張る目の前の少女にセブルスはくらりと眩暈を覚えた。
何をしているんだ。そんなものどこで覚えたんだ――と。
しかし自身の想い人にここまでされて、それを押し除けられるほどセブルスは紳士で居られなかった。むしろこの場でノーと言えるならば、君は修行僧にでもなるつもりか?と苦言を呈するくらいだ。
ごくりと口内に溢れ出た唾を飲み込む。
壊れものを扱うかのように、そっとその白い体躯に巻かれたリボンを解く。
「……ッ……アキラ…………」
呼びたくても呼べなかった名を口にしたところで、セブルスの理性の糸はぶちぶちと千切れる音を立てた。
小さな肩に手をそっと回して、しっかりと留められたワイシャツのボタンに手をかける。ぷつり、ぷつりと、ゆっくりと、一つづつ丁寧に外して行く。
この高揚感は天にも昇る心地だ――。セブルスは柄にもなくそう思った。
三つ目を外そうとボタンに手をかけた時だった。ガン!という音と共に、凄まじい衝撃と痛みがセブルスを襲った。
ハッと目を開ければ、目の前には先ほどまでの妖艶なアキラの姿はなく、飛び込んできたのは見慣れたベッドの足だった。
「おーい、スネイプ起きろ」
「いや、今のでかい音なら衝撃で起きただろ」
「それもそうか」
混乱の最中、笑い合うエイブリーとマルシベールの声が耳に入ってきた。そこで初めてセブルスはここが自室であり、先程までの光景が全て自身の夢であることに気がついた。
あんな夢をどうしてこんな日に限って。
先ほどの夢を思い出して、また顔に熱が集まるのが分かる。
もぞりと起きあがれば、打ちつけたであろう頭が少し痛んだ。
「おい、スネイプどうした?顔が赤いぞ?熱か?」
「……うるさい」
「よし、普通だな」
出来立てのたんこぶを抑えながらぶっきらぼうに言葉を返す。エイブリーとマルシベールの二人はそんなセブルスを気にする様子もなくローブを羽織ると、「先行ってるからな!飯無くなっても知らないぞ!」と一声かけて部屋を出て行った。
残されたセブルスは大きく一つため息を吐くと、ゆったりとした動きで椅子にかけてあった自分のローブを掴んだ。
あの夢は本当に心からの自分の願望なのだろう。
彼女にそういう感情を持っていたと嫌でも自覚させられて、乾いた笑いが込み上げてくる。
邪な想いを捨て去るようにパジャマを脱ぎ捨てる。着替えを済ませて部屋を出れば、いつもなら朝食へ向かう生徒たちでごった返している談話室はがらんとしていた。
セブルスは深呼吸をするように息をゆっくり吐くと、少し遅めの朝食を摂るために談話室を後にした。
***
朝食を摂りに来た生徒達で賑わう大広間で、アキラは黙々と食事を摂っていた。
今日は大切な後輩の誕生日。大事な日だ。
アキラは緊張していた。この日の為に、色んな人――主にジェシカとリリーだ――にアドバイスと言う名のお節介を焼かれ、あれよあれよとプレゼントを渡すことが決定してしまったのだ。
それは数日前の出来事だった。
セブルスの誕生日はどうやって声をかけようか。いつものように、飄々としていようか。
そんな風に考えていた時に、偶然にも廊下ですれ違ったリリーに声をかけられた。
「プリンス、セブはこの時期いつも寒そうにしているの」という、何故か自分の目をしっかり見て伝えられたセブルスの情報をジェシカに伝えたところ、「ならホグズミードね」と、とんとん拍子にことが進んでしまった。
ジェシカの助力もあり、こっそりとホグワーツを抜け出してホグズミードに行ったアキラは、ふらりと立ち寄ったグラドラグス魔法ファッション店でどうしようかと悩んでいた。
セブルスに似合いそうなもので、暖かいもの……。
そう頭の中で呟いていると、ふと視界の端に小物コーナーが入ってきた。そちらに足を動かせば、そこに大々的に陳列されていたのはマフラーだった。
七色に光るマフラーや、急に首を締め付けるマフラーなんかもあったが、アキラが気に入ったのはマグル式マフラーだった。【特に何もギミックのない味気ないマフラー】と添えられていたそれを手に取り、この季節は余計に猫背で丸まっている後輩の姿を思い浮かべる。
これなら彼に似合うんじゃないだろうか?
無意識に口元を綻ばせて、購入を決める。店員に「彼氏へのプレゼントですか?いいですね!」と謎の勘違いをされて、綺麗なラッピングを施されメッセージカードを同封させられてしまった。
「彼氏じゃないんです!」と断ってみたものの、にっこり笑顔を貼り付けながら「みなさまそう仰るので!いいんですよ、隠さなくても!」と押し通されてしまった。
そんなガチガチに恋人宛のラッピングを施された黒いマフラーを引っ提げてホグワーツに戻ってきたのは記憶に新しい。
もう何度目かわからないため息をつき、目の前にあったソーセージにフォークを突き刺す。
そんなアキラの様子にジェシカは眉根を寄せた。
「あんたねぇ……そんな緊張しなくても大丈夫よ」
「これが緊張せずに居られるかい!……もう、寝る時からドキドキだよ。ちゃんと受け取ってもらえるかな……」
「はあ?そんな心配してるの?あのスネイプが受け取りを拒否するなんて事、絶対有り得ないわ!」
スネイプの想いとアキラの想いを知っているジェシカはそう言いのけたが、そんな事はつゆ程も知らないアキラはぼんやりと宙を仰いだ。
これは重症だわ。ジェシカは片眉を上げると、ぼんやりしているアキラから目を離して目の前のポテトに齧り付いた。
「にしても、あんたがそんなに消極的なんて珍しいわね」
「あー……うん、まぁ……その、ね」
明らかに視線を右往左往させて言い淀むアキラにジェシカは少し加虐心が芽生えた。
「何よ、もしかしてプレゼントとか渡した事ないって感じ?」
ジェシカの一言にアキラはひゅっと息を呑むと、徐々に視線を下に下げていった。
「……え、本当に?あんた、あんだけスネイプのこと気にかけてたのに、プレゼント渡した事なかったの?」
ジェシカの驚きを孕んだ声に、アキラは頬を紅潮させた。
「だ、だって!セブルス、あんまり物とか欲しがらないじゃん……?だから……」
「だから?」
「だからいつも、会った時におめでとうって言葉だけ……」
しゅんと丸まっていくアキラに、ジェシカはくらりと眩暈がした。
この子はどうしてこうも自分の気持ちが絡むものには消極的になってしまうのか。
ジェシカは長いため息を吐くと、子猫のように背中を丸めている親友の肩を叩いた。
「大丈夫よ、自信を持ちなさい。万が一そうね、あいつがプレゼントなんていらないなんて言い放ったら、あたしがブン殴ってやるんだから!」
ジェシカが意気揚々と腕をまくりながら放った言葉にアキラはきょとんと目を丸くした後、ぷっと吹き出した。先ほどまでの見えない何かに対する不安はどこかへと吹き飛んでいた。
「しかしあいつ、遅いわね。もう朝食の時間が終わっちゃうわよ?」
確かにジェシカの言う通り、大広間からは既に朝食を終えて出ていく生徒の方が多くなってきた。アキラの目の前にある皿も、たんまりと乗っていたソーセージとベーコンの姿が消えかけていた。
寝坊か?いや、体調でも悪いのだろうか?
いつもなら挨拶はないものの、自分たちが朝食を取り分けている間には同じテーブルに着いていることが多いのに。
不安に駆られながらも、最後の一つであるベーコンにフォークを突き刺す。すると、視界の端に出ていく人々の波を逆らい、スリザリンのテーブルに勢いよく腰をかけた生徒の姿が見えた。
そちらに目をやれば、それは待ちに待っていた後輩のセブルス・スネイプの姿だった。暖簾のように垂れ下がっている黒髪がいつも以上に乱れてぼさぼさだ。大方走ってきたのだろう。肩を上下させ、息も少し上がっていた。
「アキラ!ほら!」
「わ、わかったよジェシカ」
ジェシカに肘で突かれて危うくフォークに刺したベーコンを落としかける。それをぱくりと頬張ると、アキラは今し方席に到着したセブルスの元へと足を動かした。
「お、おはよう、セブルス!」
片手を上げていつものように挨拶をする。
その垂れ下がった前髪から覗く暗い双眸がアキラを捉えると、途端にセブルスの顔はほんのりと紅く染まっていった。
「どうしたんだい?」
「いや……なんでもない……」
不思議がるアキラが左隣に腰をかければ、セブルスは間髪入れずに右に一つずれた。距離を取るその仕草に、アキラの胸はちくりと痛んだ。
「あー……えっと、セブルス、今日はその……天気もよくて……えっと……」
「……なんだ、藪から棒に。それに、こんな普通の天気の日にそんな話の切り出し方をしたことは無かったじゃないか」
眉根を寄せて訝しげにこちらを見るセブルスに、うっと言い淀む。それはそうだ。今までセブルスに声をかけるのは日常だったからだ。それなのに、今日という日にプレゼントを渡すという行事が絡んだだけでこの様だ。声をかけることすら難しく感じてしまっている自分にほとほと呆れてしまう。
「……何もないなら、僕は食べ進めても?」
こちらを伺うようなセブルスの声がアキラを現実へと引き戻す。
「あ!待って……えっと……」
今にもパンへと齧り付きそうなセブルスに待ったをかけて、アキラは一つ深く息を吐いた。
「セブルス、今日は君の誕生日だろう?だからその……プレゼントが」
――あるんだ。そう続けたかったのに、目の前の後輩は勢いよく立ち上がると、見たこともないくらいに顔を真っ赤にして、餌をねだる鯉のように口をパクパクと動かした。
「……やめろ……!」
喉から絞り出したような声でぼそりとつぶやいて、セブルスは齧りかけのパンを掴んで足早に大広間を出ていってしまった。
その場に残されたアキラはどうすれば良いのかわからなかった。
勢いよく吐かれた拒否の言葉。今までそんなことなどなかったのに。
何がいけなかったのか?
視線をどこに合わせたらいいのか分からなくなって、キョロキョロと目を動かしてしまう。呼吸がうまくできていない気がする。どことなくじんわりと嫌な汗もかいてきた。
「アキラ!アキラ!」
ジェシカの自身を呼ぶ声にはっと我に帰る。
「アキラ!大丈夫⁉︎なによあいつ!」
「大丈夫、ジェシカ。大丈夫だから」
痛む胸に気づかないふりをして、笑顔を貼り付ける。
大丈夫、大丈夫。セブルスの虫の居所が悪かっただけだ。このくらいで諦めるものか。
でも少しだけ――そう、ほんの少しだけ、心の距離がぐんと離れてしまったような気がして、アキラの心は黒く澱んだ。
***
大広間を駆け出して、寮へと戻る生徒の波を縫う。体力の限界が尽きたところで立ち止まる。ひんやりとした外の空気が気持ちいい。
切らした息を整えれば、右手に嫌な感触を覚えた。顔を顰めてそちらに目をやれば、先程無意識に掴んでしまった朝食のバターロールが見事にぺしゃんこに潰れていた。
その感触がセブルスを冷静にさせた。
やってしまった。
どっと後悔の念が押し寄せてきて、ずるずると壁伝いに腰を下ろす。
先輩は悪くない。頭では理解しているつもりだ。
自分の欲望に塗れた夢が現実のアキラと重なって、どう接していいのか分からなくなってしまった。
やるせなさに膝に顔を埋める。
「あら、セブじゃない!こんな所で何をしているの?」
ソプラノ調の聞き馴染みのある声が不意に聞こえた。顔をあげて声のした方に視線をやれば、そこには赤い裏地のローブをひらりと翻してこちらへと駆け寄る幼馴染の姿が見えた。
「リリー、どうしてここに?」
セブルスの疑問を気にも留めず、リリーはセブルスの隣に腰掛けた。いつもより近い距離に少し身じろいでしまう。
リリーはそんなセブルスを見てくすりと笑うと、期待を込めた眼差しでセブルスの光の灯っていない双眸をしっかりと見据えた。
「寮へ戻る廊下からあなたの姿が見えたからよ。それより、プリンスからプレゼントは貰えた?」
リリーの一言にぴくりと肩が揺れてしまった。
そんなセブルスの態度に、リリーは眉を顰めた。
「もしかしてあなた……貰っていないの?」
「……どうしてその事を?」
半ば答えているような状態だったが、リリーの質問には明確な言葉を返さなかった。光を潜めてしまった暗い双眼が右往左往する。
リリーはそんなセブルスを見て長くため息を吐いた。そして、左手を上にあげて――勢いよくセブルスの背中を叩いた。ばちん!という小気味の良い音が廊下に響く。
「いっ……何をするんだ!」
叩かれた背中がじんじんと熱を持つ。
めちゃくちゃだ。どうして質問に答えなかっただけで叩かれなくてはならないんだ。
セブルスは不満げに眉根に谷を作った。
「あら?何をするのかですって?それはもちろん、私たちがアドバイスをして、プリンスが準備したプレゼントを貰う事になぜか躊躇しているあなたへ喝を入れるためよ!」
少し怒気を孕んだ声でリリーは言った。
その言葉にセブルスは目を見開き、リリーを見た。緑の宝石のような双眼と、暗く闇を孕んだ双眼がぱちりと合う。
震える唇から必死に声を紡ぐ。
「君たちが……アドバイスをした……?」
驚きの表情を浮かべるセブルスとは対照的に、リリーはふんすと鼻を鳴らし、「そうよ!」と述べた。
「プリンスが危険を冒してまでホグズミードまで行って……ってセブ⁉︎」
そこまで聞いて、セブルスは勢いよく廊下を駆け出した。いつもなら足を止めるリリーの声も、駆け出したセブルスの足を止める事はできなかった。
一人で勝手に妄想して、それを現実に投影して馬鹿みたいだ。
日常的に運動をしていない自身の体力をここまで恨む事は一生ないだろう。そのくらいセブルスは必死に足を動かした。
どこにアキラが居るかなんて見当もつかないけれど、それでもと動かした足は功を成して、ちょうど闇の魔術に対する防衛術の教室へと入っていくアキラとジェシカを視界の端に捉えた。
息も絶え絶えで、口の中は鉄の味がするが、なりふり構ってられなかった。
「――先輩!」
必死で吐き出した声は自分の物とは思えないくらいの声量だった。
ぴたりと一瞬動きが止まったアキラの腕を掴み、そのまま勢いに任せて引き戻す。
「っ、わ!セブルス⁉︎」
アキラの声も右から左へと流れて、そのまま廊下を走り去る。ぼんやりと人攫いみたいだ。なんて思いつつ、足の動くままその場を走り去った。
***
セブルスに半ば連れ去られる形で足を動かす。
ぴたりと止まった場所は、いつも読書をしている湖のほとりだった。
「ゲホッ、っ、せ、んぱ……」
肩で息をしながら、それでもなおこちらへ声をかけようとするセブルスに、同じように肩で息をするアキラは右手を突き出した。
「大丈夫、大丈夫だから、ちょっと深呼吸をしようか……」
お互いがいつものようにいつもの場所へ腰を下ろす。木の幹に凭れて息をゆっくりと吸い、そして吐く。
どれだけそうしただろうか。ようやく互いの呼吸が整ったところで、アキラはふとなぜ自分がここに居るのか考えた。本当なら今頃、ジェシカと共に闇の魔術に対する防衛術を受けている最中なはずだ。
それはいつものようにセブルスの勢いに流されたからだよ。そう、もう一人の自分が告げる。
でも、これってチャンスだよ!そう、もう一人の自分も告げる。
どうやって会話を切り出そうか――悶々と自問自答していると、隣からふんと鼻で笑う音が聞こえた。
「まるで百面相だな」
くつくつと肩を震わせて笑うセブルスに呆気に取られる。それに釣られて自身の口角が上がるのがわかった。
ひとしきり笑い終えて、お互いがいつもの調子に戻ったように思えた。
この好機を逃すまい。すかさずアキラは口を開く。
「あの……セブルス、さっき渡せなかったんだけど……これ……プレゼント」
ローブから杖を取り出し、トントンと小気味よく手のひらを叩く。そして現れた、寮のカラーである緑の包装紙に厳重に包まれているそれを、おずおずとセブルスの前へと差し出す。
セブルスは器用に眉間に皺を寄せながらも、目を零れ落ちるのではと思うくらいに丸くさせた。そして、そのまま石にでもなったかのように固まった。
これ自体に魅了の魔法でもかかっているのではないのかと疑ってしまうくらいに、差し出された包装紙から目が離せない。
しばらくして、ようやく乾き切った口が静かに動いた。
「……これを、僕に……?」
黒の双眸はなおも目の前の綺麗な包装紙から離されない。つぶやきにも似た問いに、アキラはにこりと微笑んだ。
「そうだよ。セブルス、他でもない君のために」
アキラの優しい声色に、セブルスの瞳が揺らぐ。
こんな事は初めてだった。誕生日は特別だなんて、そんな事すら考えたこともなかった。自分の誕生日だから何だ。なんら変わらない、勝手に過ぎゆくものだと思っていた。
だから、こうやって【特別】と思い知らされている今の現状に、セブルスはほとほと困惑していた。
「これを……僕が、貰っても……?」
「もちろんだよ!むしろ、貰ってくれないと困るっていうか……」
セブルスに似合うと思って選んだんだけどな。
そう小さく呟かれた声は、困惑と歓喜の間にいるセブルスの胸をいっぱいにするには十分だった。
否が応でも上がっていく口角を隠すように、眉間に皺を作りコホンと一つ咳払いを吐く。
包装紙に縫い付けられていた視線をちらりと移せば、どこか緊張しているような面持ちのアキラがこちらの様子を窺っているのが見てとれた。
「……開けても?」
「ど、どうぞ」
かさりと紙の擦れる音が湖畔に広がる。薬学の材料を扱うように、ゆっくり、ひとつづつ、丁寧に解いて行く。紙を広げ終えれば、そこにあったのは黒いマフラーだった。
飾り気のないシンプルなマフラーだったが、それが逆にセブルスの心を掴んだ。
「……暖かそうだ」
「セブルス、寒がりって聞いたから……あ、でもあんまり飾り気なくてごめんね」
「このくらいシンプルな方が僕は好みだ」
どこにでもありふれている黒いマフラーだったが、セブルスにはこの上なく特別なマフラーへと変貌した。
包装紙だって、リボンだって。アキラが自分の為にと考えてくれた事が、セブルスには何よりも心が躍る出来事だった。
ゆっくりと首に巻いていけば、寒さに晒されていた首元に暖かみを感じる。そして、胸の内にも。
「お誕生日おめでとう、セブルス」
にっこりと微笑んでこちらを見るアキラに、セブルスは目を細めた。
「……ありがとう」
誕生日なんて、いつもと変わらない日々だと思っていた。
何が嬉しいのか、全くもって理解ができなかった。
けれど、彼女が祝ってくれるのなら、特別な日になるのかも知れない。
なんとなく、ぼんやりと――セブルスはそう思った。
***
自室へと戻り、プレゼントの包装紙を畳もうと手を伸ばした時だった。何重にも重ねられた包装紙の間に、カードが刺さっているのが見えた。
好奇心に負けて、するりとカードを抜き取る。メッセージカードのようだった。
自分に宛てたプレゼントに挟まっていたんだ。自分が開けてもいいだろう。
節くれだった指でカードを開けば、カードは一通り文字を浮かべた後、ひとりでにハートの形に折り畳まった。
「……なんだ……?【あなたの素敵な彼女さん、彼氏さんのためにたくさん悩んでたわよ?マフラーも彼女さんも、大事にしてあげなさいね!】……」
そこまで読み上げて、セブルスはローブから杖を引き抜くと、宙に浮いた文字たち目掛けて杖先を向けた。
「エバネスコ」
呪文を唱えれば、浮かんでいた文字は綺麗さっぱり無くなってしまった。
そしてハートの形になったメッセージカードにも杖先を構えたが――その瞬間、ガチャリと自室のドアが開いた。
「なんだ、スネイプ。お前ここに居たのか」
「……部屋で杖なんか出して、新しい呪文でも練習してたのか?」
目を丸くして扉の前に居たのは、ルームメイトのエイブリーとマルシベールだった。
「お前に伝言。スラグホーン先生が探してたぞ〜」
そう言うと、エイブリーはひらひらと手を振って自室を出ていった。
マルシベールは「俺は忘れ物」と机からインクを取り出すと、エイブリーの後を追うように忙しなく部屋を出ていった。
またしても部屋に残されたセブルスはチッと大きく舌打ちを鳴らすと、ハート形に折り畳まれたメッセージカードを勢いよくそこら辺にあったノートに挟んで、自身も部屋を後にするために、ひとつお気に入りの黒いマフラーを引っ掴んだ。
後の授業でそのメッセージカードが見つかり、一時的に教室内で【スネイプがラブレターを貰っていた】という噂が流れたのは秘密にしておこう。
ふぅ、とひとつ短く息を吐き、結果を羊皮紙に刻み込む。個人的な興味から調合をしてみたく、いてもたってもいられなくなりスラグホーン先生に声をかけたところ、それはもう一瞬で魔法薬学教室の使用許可を得ることができた。あまりの呆気なさに許可をとりに来たセブルスが「本当にいいのか?」と尻込んでしまうくらい呆気なかった。
もう一度統計をとらなければ。
セブルスが鍋に材料を刻み込もうとナイフに手を伸ばしたのと同時に、がちゃりと扉の開く音がした。
ここには自分以外ほとんど来るはずのない場所なのだが――?
また誰かが邪魔をしに来たのか。あるいは、揶揄いに来たのか。どちらにせよ、大切な研究に没頭しているセブルスにとって歓迎できるものではなかった。
眉間にこれでもかと皺を刻み込み、射殺すかのような視線を携えて振り返る。しかしその場に立っていた人物を目の当たりにして、一瞬にしてセブルスの深く谷を作っていた皺は更地へと変化することとなった。
そこには自分の想い人であるスリザリンのプリンスことアキラ・ヤヨイが立っていたのだ。
ジェームズやシリウスでない事にほっと胸を撫で下ろし、セブルスは声をかける。
「先輩……?」
声をかけてもぴくりとも反応を示さないアキラに、セブルスは一歩近づく。アキラの肩に触れようと手を伸ばした時、その手はアキラの右手によって進行を阻まれた。
「セブルス……」
いつもと違うアキラの雰囲気に、セブルスの心臓は大きく跳ねた。
いつものしっかりと意思を持ったアーモンド型の目はとろんと垂れ、優しく自分を呼ぶ形の良い桃色の唇はわずかに開き、こちらを誘惑しているかのようだった。
「先輩……?どうかしたのか……?」
「セブルス……先輩じゃない……アキラと……名前を呼んで欲しい……」
伏目がちにそう言われ、またしてもセブルスの心臓は大きく跳ねた。それに比例して顔に熱が集まって来るのがわかる。
セブルスがドギマギしている間にも、アキラはセブルスとの距離を詰める。そしてあろうことか――その身に纏うローブを脱ぎ始めた。
「な……⁉︎」
ぱさりと落ちて行くローブに、しゅるりと解かれる緑と銀のネクタイ。セブルスは息を潜め、目を丸くしてその様子を伺っていたが、布の擦れる音にはっと我に帰り、アキラの驚きの行動に静止をかける。
「何をしている⁉︎」
下のスラックスに手をかけたところでアキラの動きはぴたりと止まり、焦点の合っていない双眸がセブルスを捉える。いつもの夜を映したかのような漆黒ではなく、星さえも全てが吸い込まれてしまいそうな漆黒にセブルスはひゅっと息を呑む。
しばらくして、アキラはにこりとその艶やかな唇を持ち上げた。
「だって、今日はセブルスの誕生日だろう?一番欲しいものをあげようと思って」
「な……にを……」
「一番欲しいものだよ、君のね」
そう言うとアキラはどこからともなく出した杖を振る。ふわふわと緑のリボンが宙を舞い、それはまるでラッピングをするかのようにアキラの体にぐるりと巻き付いた。と、同時にぱさりとスラックスも床に落ちた。今のアキラはかろうじてワイシャツを纏っているが、もはやほとんど裸同然だった。
「さあ、君の一番欲しいものだよ。ハッピーバースデー、セブルス」
ワイシャツ一枚の姿にリボンを巻きつけ、あろうことか自身をプレゼントと言い張る目の前の少女にセブルスはくらりと眩暈を覚えた。
何をしているんだ。そんなものどこで覚えたんだ――と。
しかし自身の想い人にここまでされて、それを押し除けられるほどセブルスは紳士で居られなかった。むしろこの場でノーと言えるならば、君は修行僧にでもなるつもりか?と苦言を呈するくらいだ。
ごくりと口内に溢れ出た唾を飲み込む。
壊れものを扱うかのように、そっとその白い体躯に巻かれたリボンを解く。
「……ッ……アキラ…………」
呼びたくても呼べなかった名を口にしたところで、セブルスの理性の糸はぶちぶちと千切れる音を立てた。
小さな肩に手をそっと回して、しっかりと留められたワイシャツのボタンに手をかける。ぷつり、ぷつりと、ゆっくりと、一つづつ丁寧に外して行く。
この高揚感は天にも昇る心地だ――。セブルスは柄にもなくそう思った。
三つ目を外そうとボタンに手をかけた時だった。ガン!という音と共に、凄まじい衝撃と痛みがセブルスを襲った。
ハッと目を開ければ、目の前には先ほどまでの妖艶なアキラの姿はなく、飛び込んできたのは見慣れたベッドの足だった。
「おーい、スネイプ起きろ」
「いや、今のでかい音なら衝撃で起きただろ」
「それもそうか」
混乱の最中、笑い合うエイブリーとマルシベールの声が耳に入ってきた。そこで初めてセブルスはここが自室であり、先程までの光景が全て自身の夢であることに気がついた。
あんな夢をどうしてこんな日に限って。
先ほどの夢を思い出して、また顔に熱が集まるのが分かる。
もぞりと起きあがれば、打ちつけたであろう頭が少し痛んだ。
「おい、スネイプどうした?顔が赤いぞ?熱か?」
「……うるさい」
「よし、普通だな」
出来立てのたんこぶを抑えながらぶっきらぼうに言葉を返す。エイブリーとマルシベールの二人はそんなセブルスを気にする様子もなくローブを羽織ると、「先行ってるからな!飯無くなっても知らないぞ!」と一声かけて部屋を出て行った。
残されたセブルスは大きく一つため息を吐くと、ゆったりとした動きで椅子にかけてあった自分のローブを掴んだ。
あの夢は本当に心からの自分の願望なのだろう。
彼女にそういう感情を持っていたと嫌でも自覚させられて、乾いた笑いが込み上げてくる。
邪な想いを捨て去るようにパジャマを脱ぎ捨てる。着替えを済ませて部屋を出れば、いつもなら朝食へ向かう生徒たちでごった返している談話室はがらんとしていた。
セブルスは深呼吸をするように息をゆっくり吐くと、少し遅めの朝食を摂るために談話室を後にした。
***
朝食を摂りに来た生徒達で賑わう大広間で、アキラは黙々と食事を摂っていた。
今日は大切な後輩の誕生日。大事な日だ。
アキラは緊張していた。この日の為に、色んな人――主にジェシカとリリーだ――にアドバイスと言う名のお節介を焼かれ、あれよあれよとプレゼントを渡すことが決定してしまったのだ。
それは数日前の出来事だった。
セブルスの誕生日はどうやって声をかけようか。いつものように、飄々としていようか。
そんな風に考えていた時に、偶然にも廊下ですれ違ったリリーに声をかけられた。
「プリンス、セブはこの時期いつも寒そうにしているの」という、何故か自分の目をしっかり見て伝えられたセブルスの情報をジェシカに伝えたところ、「ならホグズミードね」と、とんとん拍子にことが進んでしまった。
ジェシカの助力もあり、こっそりとホグワーツを抜け出してホグズミードに行ったアキラは、ふらりと立ち寄ったグラドラグス魔法ファッション店でどうしようかと悩んでいた。
セブルスに似合いそうなもので、暖かいもの……。
そう頭の中で呟いていると、ふと視界の端に小物コーナーが入ってきた。そちらに足を動かせば、そこに大々的に陳列されていたのはマフラーだった。
七色に光るマフラーや、急に首を締め付けるマフラーなんかもあったが、アキラが気に入ったのはマグル式マフラーだった。【特に何もギミックのない味気ないマフラー】と添えられていたそれを手に取り、この季節は余計に猫背で丸まっている後輩の姿を思い浮かべる。
これなら彼に似合うんじゃないだろうか?
無意識に口元を綻ばせて、購入を決める。店員に「彼氏へのプレゼントですか?いいですね!」と謎の勘違いをされて、綺麗なラッピングを施されメッセージカードを同封させられてしまった。
「彼氏じゃないんです!」と断ってみたものの、にっこり笑顔を貼り付けながら「みなさまそう仰るので!いいんですよ、隠さなくても!」と押し通されてしまった。
そんなガチガチに恋人宛のラッピングを施された黒いマフラーを引っ提げてホグワーツに戻ってきたのは記憶に新しい。
もう何度目かわからないため息をつき、目の前にあったソーセージにフォークを突き刺す。
そんなアキラの様子にジェシカは眉根を寄せた。
「あんたねぇ……そんな緊張しなくても大丈夫よ」
「これが緊張せずに居られるかい!……もう、寝る時からドキドキだよ。ちゃんと受け取ってもらえるかな……」
「はあ?そんな心配してるの?あのスネイプが受け取りを拒否するなんて事、絶対有り得ないわ!」
スネイプの想いとアキラの想いを知っているジェシカはそう言いのけたが、そんな事はつゆ程も知らないアキラはぼんやりと宙を仰いだ。
これは重症だわ。ジェシカは片眉を上げると、ぼんやりしているアキラから目を離して目の前のポテトに齧り付いた。
「にしても、あんたがそんなに消極的なんて珍しいわね」
「あー……うん、まぁ……その、ね」
明らかに視線を右往左往させて言い淀むアキラにジェシカは少し加虐心が芽生えた。
「何よ、もしかしてプレゼントとか渡した事ないって感じ?」
ジェシカの一言にアキラはひゅっと息を呑むと、徐々に視線を下に下げていった。
「……え、本当に?あんた、あんだけスネイプのこと気にかけてたのに、プレゼント渡した事なかったの?」
ジェシカの驚きを孕んだ声に、アキラは頬を紅潮させた。
「だ、だって!セブルス、あんまり物とか欲しがらないじゃん……?だから……」
「だから?」
「だからいつも、会った時におめでとうって言葉だけ……」
しゅんと丸まっていくアキラに、ジェシカはくらりと眩暈がした。
この子はどうしてこうも自分の気持ちが絡むものには消極的になってしまうのか。
ジェシカは長いため息を吐くと、子猫のように背中を丸めている親友の肩を叩いた。
「大丈夫よ、自信を持ちなさい。万が一そうね、あいつがプレゼントなんていらないなんて言い放ったら、あたしがブン殴ってやるんだから!」
ジェシカが意気揚々と腕をまくりながら放った言葉にアキラはきょとんと目を丸くした後、ぷっと吹き出した。先ほどまでの見えない何かに対する不安はどこかへと吹き飛んでいた。
「しかしあいつ、遅いわね。もう朝食の時間が終わっちゃうわよ?」
確かにジェシカの言う通り、大広間からは既に朝食を終えて出ていく生徒の方が多くなってきた。アキラの目の前にある皿も、たんまりと乗っていたソーセージとベーコンの姿が消えかけていた。
寝坊か?いや、体調でも悪いのだろうか?
いつもなら挨拶はないものの、自分たちが朝食を取り分けている間には同じテーブルに着いていることが多いのに。
不安に駆られながらも、最後の一つであるベーコンにフォークを突き刺す。すると、視界の端に出ていく人々の波を逆らい、スリザリンのテーブルに勢いよく腰をかけた生徒の姿が見えた。
そちらに目をやれば、それは待ちに待っていた後輩のセブルス・スネイプの姿だった。暖簾のように垂れ下がっている黒髪がいつも以上に乱れてぼさぼさだ。大方走ってきたのだろう。肩を上下させ、息も少し上がっていた。
「アキラ!ほら!」
「わ、わかったよジェシカ」
ジェシカに肘で突かれて危うくフォークに刺したベーコンを落としかける。それをぱくりと頬張ると、アキラは今し方席に到着したセブルスの元へと足を動かした。
「お、おはよう、セブルス!」
片手を上げていつものように挨拶をする。
その垂れ下がった前髪から覗く暗い双眸がアキラを捉えると、途端にセブルスの顔はほんのりと紅く染まっていった。
「どうしたんだい?」
「いや……なんでもない……」
不思議がるアキラが左隣に腰をかければ、セブルスは間髪入れずに右に一つずれた。距離を取るその仕草に、アキラの胸はちくりと痛んだ。
「あー……えっと、セブルス、今日はその……天気もよくて……えっと……」
「……なんだ、藪から棒に。それに、こんな普通の天気の日にそんな話の切り出し方をしたことは無かったじゃないか」
眉根を寄せて訝しげにこちらを見るセブルスに、うっと言い淀む。それはそうだ。今までセブルスに声をかけるのは日常だったからだ。それなのに、今日という日にプレゼントを渡すという行事が絡んだだけでこの様だ。声をかけることすら難しく感じてしまっている自分にほとほと呆れてしまう。
「……何もないなら、僕は食べ進めても?」
こちらを伺うようなセブルスの声がアキラを現実へと引き戻す。
「あ!待って……えっと……」
今にもパンへと齧り付きそうなセブルスに待ったをかけて、アキラは一つ深く息を吐いた。
「セブルス、今日は君の誕生日だろう?だからその……プレゼントが」
――あるんだ。そう続けたかったのに、目の前の後輩は勢いよく立ち上がると、見たこともないくらいに顔を真っ赤にして、餌をねだる鯉のように口をパクパクと動かした。
「……やめろ……!」
喉から絞り出したような声でぼそりとつぶやいて、セブルスは齧りかけのパンを掴んで足早に大広間を出ていってしまった。
その場に残されたアキラはどうすれば良いのかわからなかった。
勢いよく吐かれた拒否の言葉。今までそんなことなどなかったのに。
何がいけなかったのか?
視線をどこに合わせたらいいのか分からなくなって、キョロキョロと目を動かしてしまう。呼吸がうまくできていない気がする。どことなくじんわりと嫌な汗もかいてきた。
「アキラ!アキラ!」
ジェシカの自身を呼ぶ声にはっと我に帰る。
「アキラ!大丈夫⁉︎なによあいつ!」
「大丈夫、ジェシカ。大丈夫だから」
痛む胸に気づかないふりをして、笑顔を貼り付ける。
大丈夫、大丈夫。セブルスの虫の居所が悪かっただけだ。このくらいで諦めるものか。
でも少しだけ――そう、ほんの少しだけ、心の距離がぐんと離れてしまったような気がして、アキラの心は黒く澱んだ。
***
大広間を駆け出して、寮へと戻る生徒の波を縫う。体力の限界が尽きたところで立ち止まる。ひんやりとした外の空気が気持ちいい。
切らした息を整えれば、右手に嫌な感触を覚えた。顔を顰めてそちらに目をやれば、先程無意識に掴んでしまった朝食のバターロールが見事にぺしゃんこに潰れていた。
その感触がセブルスを冷静にさせた。
やってしまった。
どっと後悔の念が押し寄せてきて、ずるずると壁伝いに腰を下ろす。
先輩は悪くない。頭では理解しているつもりだ。
自分の欲望に塗れた夢が現実のアキラと重なって、どう接していいのか分からなくなってしまった。
やるせなさに膝に顔を埋める。
「あら、セブじゃない!こんな所で何をしているの?」
ソプラノ調の聞き馴染みのある声が不意に聞こえた。顔をあげて声のした方に視線をやれば、そこには赤い裏地のローブをひらりと翻してこちらへと駆け寄る幼馴染の姿が見えた。
「リリー、どうしてここに?」
セブルスの疑問を気にも留めず、リリーはセブルスの隣に腰掛けた。いつもより近い距離に少し身じろいでしまう。
リリーはそんなセブルスを見てくすりと笑うと、期待を込めた眼差しでセブルスの光の灯っていない双眸をしっかりと見据えた。
「寮へ戻る廊下からあなたの姿が見えたからよ。それより、プリンスからプレゼントは貰えた?」
リリーの一言にぴくりと肩が揺れてしまった。
そんなセブルスの態度に、リリーは眉を顰めた。
「もしかしてあなた……貰っていないの?」
「……どうしてその事を?」
半ば答えているような状態だったが、リリーの質問には明確な言葉を返さなかった。光を潜めてしまった暗い双眼が右往左往する。
リリーはそんなセブルスを見て長くため息を吐いた。そして、左手を上にあげて――勢いよくセブルスの背中を叩いた。ばちん!という小気味の良い音が廊下に響く。
「いっ……何をするんだ!」
叩かれた背中がじんじんと熱を持つ。
めちゃくちゃだ。どうして質問に答えなかっただけで叩かれなくてはならないんだ。
セブルスは不満げに眉根に谷を作った。
「あら?何をするのかですって?それはもちろん、私たちがアドバイスをして、プリンスが準備したプレゼントを貰う事になぜか躊躇しているあなたへ喝を入れるためよ!」
少し怒気を孕んだ声でリリーは言った。
その言葉にセブルスは目を見開き、リリーを見た。緑の宝石のような双眼と、暗く闇を孕んだ双眼がぱちりと合う。
震える唇から必死に声を紡ぐ。
「君たちが……アドバイスをした……?」
驚きの表情を浮かべるセブルスとは対照的に、リリーはふんすと鼻を鳴らし、「そうよ!」と述べた。
「プリンスが危険を冒してまでホグズミードまで行って……ってセブ⁉︎」
そこまで聞いて、セブルスは勢いよく廊下を駆け出した。いつもなら足を止めるリリーの声も、駆け出したセブルスの足を止める事はできなかった。
一人で勝手に妄想して、それを現実に投影して馬鹿みたいだ。
日常的に運動をしていない自身の体力をここまで恨む事は一生ないだろう。そのくらいセブルスは必死に足を動かした。
どこにアキラが居るかなんて見当もつかないけれど、それでもと動かした足は功を成して、ちょうど闇の魔術に対する防衛術の教室へと入っていくアキラとジェシカを視界の端に捉えた。
息も絶え絶えで、口の中は鉄の味がするが、なりふり構ってられなかった。
「――先輩!」
必死で吐き出した声は自分の物とは思えないくらいの声量だった。
ぴたりと一瞬動きが止まったアキラの腕を掴み、そのまま勢いに任せて引き戻す。
「っ、わ!セブルス⁉︎」
アキラの声も右から左へと流れて、そのまま廊下を走り去る。ぼんやりと人攫いみたいだ。なんて思いつつ、足の動くままその場を走り去った。
***
セブルスに半ば連れ去られる形で足を動かす。
ぴたりと止まった場所は、いつも読書をしている湖のほとりだった。
「ゲホッ、っ、せ、んぱ……」
肩で息をしながら、それでもなおこちらへ声をかけようとするセブルスに、同じように肩で息をするアキラは右手を突き出した。
「大丈夫、大丈夫だから、ちょっと深呼吸をしようか……」
お互いがいつものようにいつもの場所へ腰を下ろす。木の幹に凭れて息をゆっくりと吸い、そして吐く。
どれだけそうしただろうか。ようやく互いの呼吸が整ったところで、アキラはふとなぜ自分がここに居るのか考えた。本当なら今頃、ジェシカと共に闇の魔術に対する防衛術を受けている最中なはずだ。
それはいつものようにセブルスの勢いに流されたからだよ。そう、もう一人の自分が告げる。
でも、これってチャンスだよ!そう、もう一人の自分も告げる。
どうやって会話を切り出そうか――悶々と自問自答していると、隣からふんと鼻で笑う音が聞こえた。
「まるで百面相だな」
くつくつと肩を震わせて笑うセブルスに呆気に取られる。それに釣られて自身の口角が上がるのがわかった。
ひとしきり笑い終えて、お互いがいつもの調子に戻ったように思えた。
この好機を逃すまい。すかさずアキラは口を開く。
「あの……セブルス、さっき渡せなかったんだけど……これ……プレゼント」
ローブから杖を取り出し、トントンと小気味よく手のひらを叩く。そして現れた、寮のカラーである緑の包装紙に厳重に包まれているそれを、おずおずとセブルスの前へと差し出す。
セブルスは器用に眉間に皺を寄せながらも、目を零れ落ちるのではと思うくらいに丸くさせた。そして、そのまま石にでもなったかのように固まった。
これ自体に魅了の魔法でもかかっているのではないのかと疑ってしまうくらいに、差し出された包装紙から目が離せない。
しばらくして、ようやく乾き切った口が静かに動いた。
「……これを、僕に……?」
黒の双眸はなおも目の前の綺麗な包装紙から離されない。つぶやきにも似た問いに、アキラはにこりと微笑んだ。
「そうだよ。セブルス、他でもない君のために」
アキラの優しい声色に、セブルスの瞳が揺らぐ。
こんな事は初めてだった。誕生日は特別だなんて、そんな事すら考えたこともなかった。自分の誕生日だから何だ。なんら変わらない、勝手に過ぎゆくものだと思っていた。
だから、こうやって【特別】と思い知らされている今の現状に、セブルスはほとほと困惑していた。
「これを……僕が、貰っても……?」
「もちろんだよ!むしろ、貰ってくれないと困るっていうか……」
セブルスに似合うと思って選んだんだけどな。
そう小さく呟かれた声は、困惑と歓喜の間にいるセブルスの胸をいっぱいにするには十分だった。
否が応でも上がっていく口角を隠すように、眉間に皺を作りコホンと一つ咳払いを吐く。
包装紙に縫い付けられていた視線をちらりと移せば、どこか緊張しているような面持ちのアキラがこちらの様子を窺っているのが見てとれた。
「……開けても?」
「ど、どうぞ」
かさりと紙の擦れる音が湖畔に広がる。薬学の材料を扱うように、ゆっくり、ひとつづつ、丁寧に解いて行く。紙を広げ終えれば、そこにあったのは黒いマフラーだった。
飾り気のないシンプルなマフラーだったが、それが逆にセブルスの心を掴んだ。
「……暖かそうだ」
「セブルス、寒がりって聞いたから……あ、でもあんまり飾り気なくてごめんね」
「このくらいシンプルな方が僕は好みだ」
どこにでもありふれている黒いマフラーだったが、セブルスにはこの上なく特別なマフラーへと変貌した。
包装紙だって、リボンだって。アキラが自分の為にと考えてくれた事が、セブルスには何よりも心が躍る出来事だった。
ゆっくりと首に巻いていけば、寒さに晒されていた首元に暖かみを感じる。そして、胸の内にも。
「お誕生日おめでとう、セブルス」
にっこりと微笑んでこちらを見るアキラに、セブルスは目を細めた。
「……ありがとう」
誕生日なんて、いつもと変わらない日々だと思っていた。
何が嬉しいのか、全くもって理解ができなかった。
けれど、彼女が祝ってくれるのなら、特別な日になるのかも知れない。
なんとなく、ぼんやりと――セブルスはそう思った。
***
自室へと戻り、プレゼントの包装紙を畳もうと手を伸ばした時だった。何重にも重ねられた包装紙の間に、カードが刺さっているのが見えた。
好奇心に負けて、するりとカードを抜き取る。メッセージカードのようだった。
自分に宛てたプレゼントに挟まっていたんだ。自分が開けてもいいだろう。
節くれだった指でカードを開けば、カードは一通り文字を浮かべた後、ひとりでにハートの形に折り畳まった。
「……なんだ……?【あなたの素敵な彼女さん、彼氏さんのためにたくさん悩んでたわよ?マフラーも彼女さんも、大事にしてあげなさいね!】……」
そこまで読み上げて、セブルスはローブから杖を引き抜くと、宙に浮いた文字たち目掛けて杖先を向けた。
「エバネスコ」
呪文を唱えれば、浮かんでいた文字は綺麗さっぱり無くなってしまった。
そしてハートの形になったメッセージカードにも杖先を構えたが――その瞬間、ガチャリと自室のドアが開いた。
「なんだ、スネイプ。お前ここに居たのか」
「……部屋で杖なんか出して、新しい呪文でも練習してたのか?」
目を丸くして扉の前に居たのは、ルームメイトのエイブリーとマルシベールだった。
「お前に伝言。スラグホーン先生が探してたぞ〜」
そう言うと、エイブリーはひらひらと手を振って自室を出ていった。
マルシベールは「俺は忘れ物」と机からインクを取り出すと、エイブリーの後を追うように忙しなく部屋を出ていった。
またしても部屋に残されたセブルスはチッと大きく舌打ちを鳴らすと、ハート形に折り畳まれたメッセージカードを勢いよくそこら辺にあったノートに挟んで、自身も部屋を後にするために、ひとつお気に入りの黒いマフラーを引っ掴んだ。
後の授業でそのメッセージカードが見つかり、一時的に教室内で【スネイプがラブレターを貰っていた】という噂が流れたのは秘密にしておこう。
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