半純血のプリンスと謎の先輩
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
クィディッチの最も注目されるカードが並んだ。そう、因縁の対決と言われているグリフィンドール対スリザリンだ。
互いに順当に勝ち進んだ結果、グリフィンドールの点数とスリザリンの点数は互角。すなわち、この勝負で今シーズンの勝者が決まる形になった。それに伴って、グリフィンドールとスリザリンの間ではピリピリとした空気が漂っていた。
【スリザリンのプリンス】と謳われ、寮の垣根もなく多方面から好意を寄せられているアキラも、今はグリフィンドールからの【好意】には警戒しろとキャプテンのアントンから釘を刺されていた。
「とはいえ、差し入れは無碍にはできないよね」
「アンタはお気楽すぎるのよ」
大量の差し入れを抱えて、談話室へと続く階段を進むアキラとジェシカの姿がそこにはあった。
***
いつものように大広間で食事をとっていたところ、ふくろう便の時間になったのか、頭上を大量のふくろうが通り過ぎて行った。
せっせと荷物を届けるふくろうを見届けていたのも束の間、アキラは自身に向かってくるふくろうの多さに目を丸くした。
どさりと落とされていく荷物の数々に、隣に座るジェシカのゴブレットが落とされた荷物の分だけ跳ねる。
ふくろう達は荷物を無事に届けた事を誇らしげにしながら、餌をねだるためにアキラへ擦り寄った。
「またすごい量ね」
ソーセージを突きながら、呆れたため息をつきジェシカがこちらを見た。
「いやあ、本当にね。ありがたい事だよ」
荷物に埋もれながらも、器用にふくろう達に餌をやる。
満足したふくろう達は、もう用はないといったようにふくろう小屋へと飛び立って行ってしまった。
アキラはふくろう達に小さく手を振ると、届いた荷物達に目をやった。
「何が届いたのかな?」
パンを片手に、手近にあった荷物の包みに手をかける。
はしたないわよ!と隣から聞こえたジェシカの声も右から左へと筒抜けてしまったアキラは、クリスマスにプレゼントが届いた子供かのように目を輝かせながら袋の包装を綺麗に剥がしていく。
出てきたのはブロマイドの束だった。十枚くらいの束だったが、よく見るとそれには全てアキラがどこかしらに映っていて、何だか気味が悪かった。ブロマイドの中にいるアキラがこちらにアクションをしてこないあたり、どこかで盗み撮りをされたものだということが分かる。
ピタリと包装を開ける手が止まってしまう。
そんなアキラの様子を訝しんだジェシカは何事かとアキラの手元を覗き込んだ後、これでもかというくらいに顔を歪めた。
「……行きすぎたファンね」
「はは……」
あまり良い気のしないブロマイドを仕舞おうとした時だった。袋の奥でブロマイドが何かにぶつかった。何かと思い袋の奥に手を伸ばすと、出てきたのは小瓶に入った緑色の液体だった。ご丁寧にラベルには「頑張って!」と書かれている。
「何そのヤバそうな液体」
ジェシカの声にアキラは肩をすくめるしかなかった。
特に心当たりも無ければ、応援のメッセージも書いてあるのだ。他の差し入れと同じだろう。
深く考えずにアキラはその小瓶をローブのポケットに捩じ込むと、冷めてしまったポテトを腹に収めるために食事に戻った。
***
大量の荷物を抱え寝室へと戻ってきたアキラは、ジェシカと共に一つ一つ律儀に差し入れを開封していった。
がさりと荷物の山から一つ取り出してみる。手に取ったのはライラック色の便箋で、目がチカチカするような色合いの手紙だった。丁寧に封を開けて中身を確認すると、内容はとても重厚で熱烈なラブレターだった。といっても、内容は自身のアピールで七割程使われていたが。
「あら、相当ね」
隣から覗き込むジェシカがヒュウと口笛を吹いて囃し立てる。
アキラは苦笑いを浮かべて、丁寧に手紙を元に戻す。手紙に悪意はないからね。そう自分に言い聞かせて、再度荷物の山を見渡した。
ファンレターを始め、ハニードゥークスのお菓子や熱烈なラブレターと思わしき手紙など好意的なものもあれば、ゾンコの悪戯専門店で購入したであろう品物や「お前のせいで彼女に別れを告げられた」という殴り書きなど、私怨の混じった差し入れとは程遠い物もあった。
差し入れとは言い難い品の数々にジェシカは悲鳴をあげつつも、エバネスコを唱えながら処理を手伝ってくれた。親友の寛大な心に感謝だ。
「もう!彼女と別れたくらいで何よ!アンタよりアキラの方が魅力的だって事でしょ⁉︎受け入れなさいよ!」
「ジェシカ、それは酷だよ……」
そんなやりとりをしながら差し入れの精査を進める。
あらかた片付け終わった頃、アキラとジェシカは一息つこうと休憩時間にする事にした。
ごそりとポケットに手をやると、指先にこつんと固いものが当たった。ポケットから手を取り出すと、そこには緑色の液体の入った小瓶が手の中にあった。
そうだ、あの不気味な包みの中にあった小瓶だ。
今の今まで忘れていた。
アキラの神妙な顔つきに、自分のベッドに横たわっていたジェシカがアキラの横に腰を落ち着ける。ぎしり、とスプリングが鳴り、枕が跳ねた。
「それ、さっきのヤバそうな液体じゃない」
「うん、ちょっと気になってね」
「アンタねぇ……さすがに盗撮まがいのブロマイドもどきと一緒に送られてきたのよ?さっきまでの悪戯グッズとはわけが違うと思うわ」
ジェシカの言い分も尤もなのだが、何故かこの液体には惹かれるものがあった。それが未知のものに対する興味なのか、はたまた違う感情なのか――どちらにせよ、アキラには【消す】という選択肢は残っていなかった。
「……少しだけならいいよね?」
蓋を開けて中身を嗅ぐ。匂いはあまりしない。
ジェシカのどことなく呆れの混じった心配そうな視線が刺さるのも気にも止めず、アキラは思い切って瓶の半分ほどの量を飲み干した。
「……どう?」
ジェシカが心配そうに覗き込む。
「……うん、至って何にもないよ」
ただの差し入れだったようだね。笑顔でそう続けようとした時だった。
がくん、と体から力が抜ける感覚が走った。
突然目を見開いたアキラにジェシカは肩を掴もうとしたが、アキラの制止によりその手は行き場を無くした。
「アキラ!」
体がガクガクと小刻みに震える。
ジェシカの声に応えたいのに、全くと言って良いほど声が出ない。
ああ、キャプテンの小言が降りかかるんだろうな。
そんなことをぼんやりと思いながら、アキラは静かに目を閉じた。
***
ドンドンドン!と扉を強く叩く音に、部屋でゆっくりと寛いでいたセブルスは読んでいた本から顔をあげる。
二人で「次のクィディッチは絶対にスリザリンの勝利だ!」と呑気に話をしていた同室のエイブリーとマルシベールは、お互いにきょとんと顔を見合わせると、二人してまじまじとセブルスを見た。
「……何だ。僕は何もしていないぞ」
眉根を寄せるセブルスに、二人は揃って片眉を上げる。
「いや、スネイプ、そんなこと言ってもさ」
「僕たちの部屋を訪れる人なんて一人しか居ないじゃないか」
二人の脳内には「彼女」の姿が浮かんでいるのだろう。それが手に取るように分かったし、何故だかそれにもどろどろと不快感が募った。
「……先輩はあんな風に扉を力任せに叩かない」
「でも」
「先輩ではない」
ぴしゃりと言い放つと、セブルスは手元にある読みかけの本に目を向けた。
尚も扉を叩く音に、段々と苛々が募る。
止まないノック音に扉を開ける気の無い同室の生徒の構図に、エイブリーとマルシベールはお互いにこの場をどうしようかと頭を悩ませていた時だった。
「ちょっと!スネイプ!居るんでしょう⁉︎開けなさいよ!」
自分を名指しで呼ぶ聞き覚えのある声に、本に戻した視線を再度扉へと向ける。
「スネイプ」
マルシベールが顎で扉を指す。開けろという意だろう。
何で僕が。そう口に出そうとしたが、いかんせん呼ばれたのは自分だ。自分が開けるしかないのだろう。
セブルスは一つ重いため息を吐くと、ベッドに読みかけの本を置いて重い腰を上げた。扉のノブを少し引くと、セブルスの力とは裏腹に勢いよく内側に開いた。
あと少しで鼻をぶつけるところだった。何考えてるんだ、危ないじゃないか。
そんな文句が出かかったのだが、部屋へと転がり込んできたジェシカと一緒に居た人物の姿に、セブルスは寄せていた眉間の皺が消えてしまう程に目を丸くした。
スネイプの腰程しかない身長に、サイズの全く合っていないローブに包まれる姿は、自分がホグワーツに入学した当初に見た姿にそっくりだった。
「や、やあ……セブルス……」
何かをしでかした時のように、申し訳なさそうに自分を呼ぶ声はいつもより少し高い。
髪型などはいつもと変わらないが、ぱっちりとしたアーモンド形の目はいつもよりも丸く、可愛らしさが優っている。顔の輪郭なんてぷにぷにと弾力をつけふっくらしていて、ほんのりピンクに染まっていた。いつもの王子様とは違う姿に、この部屋にいる全員が息を呑んでその姿を凝視する。
「えっと、間違えてたら申し訳ないんですが……もしかして、ヤヨイ先輩……?」
エイブリーが目を丸くしながら、恐る恐るといった様子で部屋の中心で注目を浴びている少女に声をかける。
そうだと言わんばかりに頷く少女に、セブルスは頭を抱えるしかなかった。自身の眉間にこれでもかというほど皺が寄るのが手に取るように分かった。エイブリーとマルシベールの頬が、目の前の少女の可愛らしさにどんどん緩んでいくのが視界の隅に嫌でも入ってくる。
そんな二人の様子を見ていたジェシカがぴしゃりと放つ。
「この姿のアキラが可愛らしいのは否定はしないのだけれど、おあいにく様この子は外見はコレでも中身はウチのプリンスなのよ!デレデレと鼻の下を伸ばさないの!」
ジェシカに圧倒されたのか、エイブリーとマルシベールは頬に力を入れて真顔に戻すと、居た堪れなくなったのかそそくさと部屋から出ていってしまった。
ふぅと一息つくと、ジェシカはマルシベールの居たベッドへ寄りかかった。ぎしりとスプリングが鳴り、ベッドが沈む。
「全く……。で、何でスネイプを尋ねたのかっていうと、アンタ魔法薬学得意じゃない?」
「ああ。まぁ、そこらの奴よりかはな」
セブルスはふんと得意げに鼻を鳴らした。そんなセブルスを見て、アキラは少し頬が緩んだ。他人に褒められて得意気になっているセブルスが可愛いな。と、他が今のアキラの姿を見て抱いた感情のことなど棚に上げた感想を抱いていた。
そんなアキラの事はさておいて、こんな状況のアキラを他の薬学の得意な奴になんかに渡したら、体の隅々まで検査されてしまうわ!と、この世の終わりかというくらいに顔を歪め、ジェシカはそう言った。
「しかし何故、薬だと分かったんだ?魔法や呪いの類いかもしれないじゃないか」
セブルスのごもっともな意見に、アキラはその小さくなってしまった紅葉のような手で、もはや着ているというよりは巻きつけていると表現するのが正しいであろうローブのポケットから一つの小瓶を取り出した。中身はまだ瓶の半分ほど緑の液体が残っていた。
セブルスは目の前に差し出された小瓶を受け取ると、蓋を開けて中身を嗅いだ。ほとんど無臭に近かったが、少しだけ萎び無花果の香りが鼻に纏わりついた。萎び無花果の香りに緑の液体――セブルスの頭にはこれが何なのか答えが出ていた。
「……縮み薬の応用か」
苦虫を噛み潰したような表情に、アキラは目を丸くし、ジェシカは眉間に皺を寄せた。
「縮み薬って……あの、飲むと幼い頃の姿になるっていうアレ?」
訝しむジェシカの言葉に、セブルスはこちらをちらりと見た後に片眉を上げた。これは肯定の意だろう。
「この量だと、先輩は十歳どころか赤ん坊くらいまで縮んでいただろうな。大方、先輩を縮ませてチェイサーとして出場させないつもりだったのだろう。全く持って腹立たしい限りだ」
セブルスは吐き捨てるように呟いた。しかし――と言葉を続けながら、その暗く澱んだ黒い目がアキラを捉えた。
「そういう事になるであろうと予想もでき、警戒を怠るなと注意を受けていたのにも拘らず、勿体無いからとろくな警戒もせず、差し入れとは名ばかりの他人の自己満足を詰め込んだ物をご丁寧に開けて回ったスリザリンのプリンスには感服ですな」
ねちっこい苦言にアキラは下を向くしかできなかった。確かにセブルスの言う通りだった。これは自分の招いた出来事だ。あまりにも警戒心が無さすぎた。
「……ごめん」
「だが――」
アキラの謝罪を遮るようにセブルスは続けた。
「このまま薬の効力が切れるまで何もしないで待つなんて方法で終わらせてたまるか」
ニヤリと口角を上げ、姿形も名前すら知らない縮み薬の送り主に、セブルスは挑発的に呟いた。
セブルスは高揚していた。【自分と同じくらいの調合力を持った、誰かもわからない者からの挑戦状】と、【アキラを縮ませた罰を与える】という二点がセブルスの心を揺さぶった。最も後者は、自身しか知らなかったはずのアキラの姿が白日の元に晒された。という嫉妬心から来るものだという事に、セブルス本人は気づこうともしなかった。
***
セブルスの協力も取り付け終えた頃に、ジェシカは「魔法史のレポートが終わってなかった!」と、アキラとセブルスを置いて自室へと走っていってしまった。残されたセブルスは「魔法史にレポートなんて必要か?」と眉根を寄せていた。「魔法史は子守唄だからね」と苦笑いで答えたが、セブルスの眉間の皺は取れなかった。
談話室の扉を開けて、廊下へと出る。談話室から出る道中、薬の成分を解析したいとセブルスから申し出があったため、アキラは半分ほど飲んでしまった縮み薬であろうものを手渡した。
「僕はこれからすぐにでも解毒剤の調合に取り掛かろうと思っているのだが――」
ちらり、と視線がアキラに向く。セブルスの中では今すぐにでも体を薬学教室へと向けて歩き出したい所なのだが、こんな状態のアキラを一人ぽつんと置いておく方が憚られた。セブルスにとって、今のアキラには庇護欲を掻き立てられる何かがあった。
「……僕と一緒に来るか?」
つい声が出てしまった。そんなはずじゃなかったのに。はっとしてすぐに手で口を塞ぐが、遅かったようだ。
思いがけない誘いの言葉に、アキラはその顔を勢いよく上げた。くりくりとした大きな目がセブルスを捉える。心なしか少し輝いて見えたのは気のせいではないと思いたい。
「良いのかい⁉︎」
「……僕が聞いたんだ。聞き返すのはおかしいだろう」
「やったー!」
まるで子供に戻ったかのように――姿は子供なのだが――ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶアキラに、勝手に口角が上がっていくのがわかった。意識を戻して、上がってしまった口角を下げるようにこほん、と一つ咳払いをする。
「……じゃあ、行くぞ。なるべくゆっくり歩くつもりだが、離れないように」
セブルスの言葉にアキラは大きく一つ頷くと、その紅葉のような小さな手のひらでセブルスのローブの裾をぎゅっと握りしめた。その行動に、またセブルスの心臓はきゅっと音を立てた。反射的に口元に手を当てる。
「……そういうところだぞ……」
「どうしたんだい?」
「何でもない。行くぞ」
平静を装い、談話室の扉を開ける。外に出ると、見覚えのある赤のローブを見に纏った赤毛がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「セブ!」
「リリー」
手を振り駆け寄る幼馴染に、小さく手を上げて返事をする。小走りで目の前にやってきたところで、彼女は「あら?」と小さく声を上げた。リリーの目線はセブルスの後ろに固定されていた。ぱちりと溢れんばかりに大きい黒と視線が合うと、リリーは屈んでニコリと微笑んだ。
「こんにちは、見ない顔ね?セブの後輩?」
「あ、や、その」
突然の事に吃るアキラをよそに、リリーは言葉を続ける。
「でも、何だか初めましてじゃない気がするわ。どこかで会ったことあるかしら?」
セブルスも自身に隠れるようにローブ裾を強く握る小さくなってしまったアキラの事を、この変に勘の良い幼馴染に話しても良いのだろうかと葛藤していた。
どう返事を返せば良いのか慌てる二人をよそに、リリーはまじまじと目の前の小さな少女を観察していた。
大きく夜空のように黒い瞳に、さらさらと流れるように切り揃えられた髪。形は悪くない鼻、口角の上がった唇。見れば見るほど彼女――スリザリンのプリンスこと、アキラ・ヤヨイにそっくりだった。
「そうね、彼女……スリザリンのプリンスに少し似ているわ!彼女に憧れているのかしら?」
「えっ!」
「なっ……!」
勘が鋭いというか、もはや最初から知っていたのではないかというくらい的確に正体を突いてきたリリーに、二人は感嘆と驚愕の声を同時に上げた。何事かとこちらを見る周りの生徒の視線が刺さって痛い。
「とりあえず説明だ。リリー、こっちへ」
苦虫を噛み潰したかのようにそう言い放つと、ローブの裾に小さな少女をくっつけながら足早に移動を始めた。そんなセブルスに、リリーは訝しげに片眉を上げながらついて行くのが精一杯だった。
***
空き教室の扉を閉めて、三人仲良く近場の席に座る。
「なるほどね……」
一言目を絞り出したのはリリーだった。
人気のない廊下の隅で、いつも以上に地下牢教室へと行きたがっている幼馴染を見つけた。ふと視線を下に向けると、いつも一人を好んでいる幼馴染には似つかわしくない姿がそこにはあった。興味本位で声をかけ、彼の後ろへと隠れてしまった小さな少女へと目線を合わせるためにしゃがみ込む。夜空のような黒い瞳に自身の緑を映す様がとても綺麗だと感じた。
不意にその瞳にある人を浮かべてしまった。勿論それは、幼馴染が想いを寄せる彼女だ。
思い描いた名前を口にすれば、目の前の少女はなんとその通りだと言うから驚きだ。
セブルスから事のあらましを聞いたリリーは、ちらりとセブルスの隣にちょこんと座るアキラを見る。
「セブ、とっても言いづらいのだけれど……クィディッチの試合は明日よ?時間がないわ」
そう、ホグワーツ中が待ち望んでいる一世一代の大勝負のカードであるグリフィンドール対スリザリンの試合は、もう明日まで迫っていた。
今から調合を始めたとしても、今日中には終わらないだろう。そんなことくらい頭の悪い小鬼達ですら分かる事だ。
「わかってる」とぶっきらぼうに放ち、眉間に深く皺を作るセブルスと頭を悩ませるリリー。その二人を見て、アキラはとても申し訳なさに押しつぶされそうだった。
「……ごめんね、セブルス」
覇気のないアキラの声に、セブルスは一つ息をゆっくりと吐く。
「……らしくないな」
「えっ?」
ふと顔を上げれば、眉間の皺はそのままだったが、セブルスは口角を上げてニヤリと笑った。その姿があまりにも格好良くて、目が離せなかった。
「僕が居るんだ。元に戻らないなんて、そんな事させない」
「あら!私も居るのよ?仲間外れはひどいわ!」
セブルスとリリーの言葉に、アキラも自分で口角が上がっていくのがわかった。
こんなにも心強い後輩たちに、自分だけ落ち込んでなんていられない。
後悔はとめどなく溢れてくる。が、後悔していても仕方がない。今はセブルスの調合完了までに自分はどうするかである。
この様子だとセブルスの力を持ってしても試合には間に合わないだろう。それならば、さすがにチームメンバーには黙っていられない。
アキラはひょいと座っていた椅子から飛び降りると、身の丈に合っていないローブを引きずりながら扉へと小走りで向かった。
「あ、おい!どこへ行くんだ!」
セブルスの声にくるりと振り返り、にっこりと笑ってやる。
「私は私なりに頑張ってみるよ!セブルス、元に戻る薬、頼んだよ!」
そう言うが早いか、アキラはその小さな体を使って扉の隙間をするりと抜け出した。後ろから「待て!」とセブルスの声が聞こえるが、今回ばかりはすまない。
声を振り切るように、短い足を必死に動かしてチームメンバーの控え室へと向かう。
控え室へと着いた頃には、もう練習も終わりかけの時間だった。
草むらの影を通り、控え室への扉を開ける。ちょうどチームメイトが帰って来そうなのが遠目にわかった。
この姿で会うのは初めてになる。緊張でおかしくなりそうだ。
そわそわと落ち着きなく部屋を右往左往していると、ザワザワと幾人かの声が聞こえてきた。
「ったく……我らがホープは何してんだか!クィディッチは明日だぞ!」
「アントン、落ち着けって。大丈夫だ。ヤヨイなら当日やってくれるさ」
「そうは言うがチェスター……」
真っ先に聞こえたのはキャプテンのアントンとキーパーのチェスターの声だった。
控え室の扉が開き、二人を先頭に選手が入ってくる。いや、入ってこようとした。急に立ち止まったアントンとチェスターによって、後ろを着いていた他の選手たちはその歩みを止めざるを得なかった。
「……君は?」
扉のノブを掴んだままのチェスターが、部屋の真ん中に居る小さな存在に問いかける。
少女は目線を右往左往させていたが、意を結したのかこちらを見上げた。少女の瞳を覗けば、夜空のように暗く美しい瞳に自分たちが映り込むのが見えた。
「えーっと……にわかには信じがたいかもしれませんが……スリザリン六年、アキラ・ヤヨイです」
自分をスリザリンのプリンスだと言い張る少女の言葉に、選手一同がざわついた。
アントンとチェスターは目を丸くして少女を見る。確かに今日練習に来なかった我がスリザリンのチェイサーである彼女にそっくりの出たちは、自分たちが何年か前に見た記憶のアキラと合致していた。
「……詳しく話を聞かせてもらおうか」
アントンの言葉にアキラはほっと胸を撫で下ろした。
「実は――」
アキラの話す今日起こった事件に、チームメンバー全員が驚愕の色を隠せなかった。
「我らがスリザリンのプリンスになんて事を!」「見つけたらタダではすまさん!」と姿もわからない犯人への報いに一致団結するメンバー達を他所に、アントンは腕を組み目を閉じた。
「キャプテン。無理を言っているのは承知です。でも、その……」
提案を述べるアキラにアントンは右手を突き出す。
ああ、やっぱりダメだったか。
項垂れて地面へと視線をやるアキラにアントンは一つこほん、と咳払いをすると、優しげに声をかける。
「……わかった。許可しよう。この事を知っているのは、僕たちクィディッチメンバーだけか?」
「えーっと……薬学の得意な後輩に解毒剤をお願いしています」
「ふむ」
アントンは考える素振りを見せると、「早めに調合してもらえるように掛け合ってくれ」と一つ溢した。
チェスターはその様子を見て口角を上げると、ざわつく控え室を嗜めるかのようにパンパンと手を二回叩いた。途端にぴたりと喧騒が止む。
「さてさて!明日はフルメンバー揃って因縁のグリフィンドール戦だ。今日は談話室に戻り、ゆっくり休憩を取ってくれ!」
「では、解散!」というチェスターの声を皮切りに、メンバー達は各々でスリザリンの談話室へと足を進めた。
しんと静まり返った控え室で、アントンとチェスターの視線がアキラを捉える。
「さてヤヨイ――」
「僕は差し入れには気をつけろって言ったよな?」
「あ、いや、その、はは……すみません……」
この後「だから言っただろう!」というアントンの言葉を皮切りに、アキラは控え室で長々と説教を喰らうのであった。
***
翌日、ホグワーツは歓声に包まれていた。待ちに待ったグリフィンドール対スリザリンの対決が始まる。
談笑しながら競技場へと進む人混みのその中で、人の波に逆らい一人忙しなく廊下を進むセブルス・スネイプの姿がそこにはあった。
扉を開けて足早に地下牢教室へと入り、機材と自室で進めた薬をローブのポケットから取り出す。
ここからは時間との勝負だ。
さて、と気合を入れるためにローブの袖を捲った時だった。不意に後ろの扉が開く音がした。
眉間に皺を寄せたまま振り返れば、そこには緑のユニフォームを身に纏い、体に合っていない箒を両手でしっかりと握りしめた少女が立っていた。
「やあ、セブルス」
いつもより少し高めの声で、いつものように名を呼ばれる。その表情は笑みを浮かべていた。
「……は、」
息を吸ったと同時に少女は部屋へと入ってきた。
不意に昨日の台詞が頭をよぎる。
私は私なりに頑張ってみるよ!と声高らかに部屋を出て行った小さい姿。
まさか。セブルスははっとした。
「先輩、もしかして……試合に参加するんですか?」
自分でも驚くくらい低く唸るような声が出た。
アキラは申し訳なさそうに眉を下げると、照れくさそうに頬をひと掻きした。
その反応にセブルスは一つ深く息を吐く。
この人は誰が何を言っても自分の信じたものを曲げやしない。ほとほと呆れる。
しかしその呆れるという感情すら心地良いと感じてしまう自分が憎らしかった。
「……しょうがない人だな、あなたは」
「ええ?そこはなんかこう……活の入る言葉とかじゃないの?」
「あなたのその行動原理には呆気に取られるな」
ふんと鼻を鳴らすセブルスにアキラはわざとらしく肩を落とす仕草をする。
「えっと、伝えたかったのは試合に出るよっていう……それだけ!んじゃ、スリザリンに勝利を献上するために頑張ってくるよ!」
「それじゃあ、セブルスもよろしくね!」とアキラは振り返り扉のノブを掴む。
押しつぶされそうな程の期待を背負うその小さな後ろ姿に、セブルスはとっさに口を開いた。
「どんな姿でもあなたはあなただ。僕の尊敬する先輩に変わりはない」
即座にはっと我に返り、口を手で覆う。
こんな柄にもない事を言うつもりは無かったのに。
顔に熱が集まるのが分かる。そんなセブルスとは対照的にアキラは丸くした目を細めてにっこりと微笑んだ。
「ありがとう!やっぱりセブルスの事、大好きだ!」
そう言い残すとアキラは競技場へと駆け出した。
しんと静まり返った地下牢教室でセブルスは宙を仰いだ。その頬は少し赤みを帯びていた。
***
赤と緑のユニフォームが配置につく。見慣れない小さな姿に、グリフィンドールの選手たちは目を丸くした。それはグリフィンドールの観客席もスリザリンの観客席も同じで、この場にいるスリザリンの選手たち以外がザワザワと騒ぎ立てる。
「おいおい、あの小さいのはスリザリンの二年生か?」
「あんな子、スリザリンに居たっけ?」
「あれ?スリザリンのプリンスは?今回は出場してないのか?」
そんな両陣営から聞こえる声にアキラはなんとも言えない感情を抱いた。いつからかスリザリンのプリンスと謳われて以降、何かアクションをすれば黄色い悲鳴を浴びせられているアキラには新鮮な言葉だった。
マダム・フーチの「箒に跨って!」という声と共に、選手たちはふわりと宙に浮かび上がる。
スニッチが動き出し、マダム・フーチの投げたクアッフルが空高く舞う。試合開始の合図だ。
先にクアッフルに手をかけたのはグリフィンドールの選手だった。クアッフルを脇に抱え込むと、試合中だと言うのに目の前のアキラにパチリとウインクを飛ばしてきた。
「すまないな、お子様な君と違って手の長さがあるんでね!」
「なんだって?」
アキラはぴくりと片眉を上げた。
「手の長さが何だい?」
「通じなかったか?見ない顔のチェイサー。君と僕とじゃ差があるって言ってるんだけど。君には来年もあるんだから、今回はグリフィンドールが勝たせてもらうよ。よろしく!」
そう言うが早いか、赤いユニフォームはアキラの横を抜けて猛スピードでゴールへと飛んでいった。アキラも慌てて後を追いかけるが、スタートダッシュの差をつけられ、自軍のゴールへクアッフルが勢いよく投げ込まれる。
「グリフィンドール先制点だぁ〜!十点獲得!」
実況の声にグリフィンドールの応援席がワッと沸く。キーパーのチェスターが悔しさに眉根に皺を寄せているのが見えた。
反射的にギュッと拳を握る。馬鹿にされたままでいてたまるか。ここからがスリザリンの攻撃だ。
アキラはクアッフルを受け取ると、両手でしっかりと抱え込んだ。
「おっと!スリザリンのチェイサーの果敢な攻撃に、グリフィンドールのチェイサーが待ったをかけに来たぞ!」
右側から猛スピードで迫ってくるブラッジャーを屈んで避けて、前から来るグリフィンドールのチェイサーを捲る為に箒をしっかりと両脚で固定する。ぐっと脚に力を入れれば、箒は急ブレーキをかけたかのように減速する。
このままだとぶつかる!その瞬間、アキラは体に力を込めて箒ごと体を一回転させた。
一瞬視界から消えたアキラに、クアッフルを奪いに来たチェイサーは困惑の色を隠せなかった。きょろきょろと見渡している赤色のユニフォームを見下ろしながら、アキラは口を開いた。
「やあ、さっきはご忠告どうもありがとう」
「さっきの……」
「君のその【アドバイス】のおかげで、私はこの小さな体に機動力があることを見つけ出せたよ」
ニヤリと挑発するように口角を上げて、グリフィンドールのゴールへと箒を走らせる。二つ目のブラッジャーがアキラを目掛けて襲いかかるが、咄嗟に駆けつけたビーターが明後日の方向へ打ち返す。
ノーマークのまま、そのまま体ごとゴールに突っ込まんという勢いで両手で勢いよくクアッフルを投げ込む。クアッフルはキーパーを通り越してゴールポストを綺麗に通過した。
「スリザリン返した!十点だ〜っ!」
実況の声にスリザリンの応援席はワッ!と歓声を上げた。その歓声の中、アキラの元にキャプテンのアントンが駆け寄る。いつも仏頂面と言われているアントンの口角が心なしか少し上がっている気がした。
「やるじゃないか、【見知らぬチェイサー】さん?」
「キャプテン、やめてくださいよ」
「見てみろ。最初は不安げに君を見ていた者たちが、今は期待に満ちた目をしているぞ?」
アントンが茶化すように顎でスリザリン寮の方を指せば、「がんばれ!ちっちゃいの!」「ナイスサマーソルト!」と一つ二つと鼓舞の声が聞こえる。
その声にアキラはニッと笑うと、片手を上げてピッチへと帰っていった。
***
「あーあ、負けちゃったや」
「しょうがないわよ。むしろあんたはあんな体でよく頑張ったわね」
「え!ジェシカが優しい!」
あの事件から数日。無事に元の姿に戻り、元気に校内を歩くアキラの姿がそこにはあった。
クィディッチ対抗戦は激闘の末、シーカーのジェームズ・ポッターがスニッチを獲得してグリフィンドールの勝利で幕を閉じた。優秀選手として【彗星の如く現れたスリザリンの新人チェイサー】に大きな拍手が送られたことは記憶に新しい。
そのおかげでここ数日はホグワーツ中その新人チェイサーの話で持ちきりだった。
いつもの日常が戻って、朝食を取るために大広間へと足を進めていたアキラだったが、目の前から大股でこちらへと近づいてくる姿が見えた。
「あ!セブルス!おは……」
片手をあげていつものように挨拶をしようとした時だった。迫ってくるセブルスの眼光が鋭いことにようやくアキラは気づいた。
「まずい」と思ったのも束の間で、節くれだった白い手に勢いよく腕を掴まれる。
「来い」
短く告げられた言葉にアキラは小さく「はい……」と返事をする事しかできなかった。
しかし意外にも連れられたのは廊下の角を曲がってすぐだった。人気のない廊下の隅でセブルスはアキラの方へくるりと向くと、ベタついたような髪の毛から覗く眼光をさらに鋭くさせた。いつも谷を作っている眉間の皺は、これでもかというくらいに深くなっていた。
「どうして僕がこうなっているか、わかるな?」
「ええと……今噂になっている件かな……?」
「話が早いじゃないか」
ふんと一つ鼻を鳴らしてセブルスは腕を組む。
そう、あれはクィディッチの試合が終わった後の事だった。
試合を終え、歓声の中控え室へと戻ろうと廊下を進んでいるところだった。廊下の隅でこちらをちらちらと見る愛しの後輩の姿を見つけたアキラは、周りに目もくれずいの一番に駆け寄った。
「セブルス!」
声をかければ、目に光を宿していなかったその双眸はしっかりとアキラの姿を捉える。
「あの……どうだった?」
「どう、だって?」
アキラが不安を孕みながらも聞けば、セブルスはふんと得意気にひとつ鼻を鳴らした。
「僕を誰だと思っているんだ?こんなもの、材料さえあればすぐだ」
ニヤリと口角を上げたセブルスの手元を見る。そこには小瓶に詰められた液体が入っていた。
アキラはそれを小さな両手でしっかりと受け取ると、嬉しさに頬を赤らめた。
「ありがとう、セブルス!大好きだ!」
そう告げて、小瓶の中身を飲み干す為にその場を後にした。その後はちゃんと薬も効いて元の姿に戻れた。だが、その一瞬に気を抜いたのがまずかった。
校内新聞でクィディッチの紙面を書く為に取材をしに来ようとしていたのだろう。奇しくも薬を渡した時の、嬉しそうに頬を赤らめる新人チェイサーと、誰も見たことのない優しい微笑みを返すセブルスのツーショットが撮られてしまったのであった。
そこからのセブルスの生活は一変した。知りもしない生徒たちから【新人チェイサーとどういう関係なのか】をうんざりするほど聞かれた。当然全て無視した。
「未だその【新人チェイサー】について聞かれるものだから、一番よく知る【あなた】にご教授願おうかと思いましてね」
「あー……いや……それは……うん……ほんとごめん。何から何まで迷惑かけちゃってるね」
「全くだ」
まさかそんなことになっているなんて。つゆ程も知らなかったアキラは、この目の前の愛おしい後輩に申し訳なさが募った。
元を辿れば自分の行いな訳だ。全てを解決しきれない自分の力に無力感を感じ始めたところだった。
「だが――」
セブルスの声に顔をあげる。
「あなたと一緒にいると退屈はしない」
その一言に、アキラは一瞬目を丸くした後、満面の笑みを浮かべた。
ジェシカの自身を呼ぶ声に、照れ隠しも込めてセブルスの黒髪をぐしゃぐしゃと撫でてその場を後にする。セブルスの「おい!」という声が後ろから聞こえた。今日も後輩のおかげで退屈しなさそうだ。
互いに順当に勝ち進んだ結果、グリフィンドールの点数とスリザリンの点数は互角。すなわち、この勝負で今シーズンの勝者が決まる形になった。それに伴って、グリフィンドールとスリザリンの間ではピリピリとした空気が漂っていた。
【スリザリンのプリンス】と謳われ、寮の垣根もなく多方面から好意を寄せられているアキラも、今はグリフィンドールからの【好意】には警戒しろとキャプテンのアントンから釘を刺されていた。
「とはいえ、差し入れは無碍にはできないよね」
「アンタはお気楽すぎるのよ」
大量の差し入れを抱えて、談話室へと続く階段を進むアキラとジェシカの姿がそこにはあった。
***
いつものように大広間で食事をとっていたところ、ふくろう便の時間になったのか、頭上を大量のふくろうが通り過ぎて行った。
せっせと荷物を届けるふくろうを見届けていたのも束の間、アキラは自身に向かってくるふくろうの多さに目を丸くした。
どさりと落とされていく荷物の数々に、隣に座るジェシカのゴブレットが落とされた荷物の分だけ跳ねる。
ふくろう達は荷物を無事に届けた事を誇らしげにしながら、餌をねだるためにアキラへ擦り寄った。
「またすごい量ね」
ソーセージを突きながら、呆れたため息をつきジェシカがこちらを見た。
「いやあ、本当にね。ありがたい事だよ」
荷物に埋もれながらも、器用にふくろう達に餌をやる。
満足したふくろう達は、もう用はないといったようにふくろう小屋へと飛び立って行ってしまった。
アキラはふくろう達に小さく手を振ると、届いた荷物達に目をやった。
「何が届いたのかな?」
パンを片手に、手近にあった荷物の包みに手をかける。
はしたないわよ!と隣から聞こえたジェシカの声も右から左へと筒抜けてしまったアキラは、クリスマスにプレゼントが届いた子供かのように目を輝かせながら袋の包装を綺麗に剥がしていく。
出てきたのはブロマイドの束だった。十枚くらいの束だったが、よく見るとそれには全てアキラがどこかしらに映っていて、何だか気味が悪かった。ブロマイドの中にいるアキラがこちらにアクションをしてこないあたり、どこかで盗み撮りをされたものだということが分かる。
ピタリと包装を開ける手が止まってしまう。
そんなアキラの様子を訝しんだジェシカは何事かとアキラの手元を覗き込んだ後、これでもかというくらいに顔を歪めた。
「……行きすぎたファンね」
「はは……」
あまり良い気のしないブロマイドを仕舞おうとした時だった。袋の奥でブロマイドが何かにぶつかった。何かと思い袋の奥に手を伸ばすと、出てきたのは小瓶に入った緑色の液体だった。ご丁寧にラベルには「頑張って!」と書かれている。
「何そのヤバそうな液体」
ジェシカの声にアキラは肩をすくめるしかなかった。
特に心当たりも無ければ、応援のメッセージも書いてあるのだ。他の差し入れと同じだろう。
深く考えずにアキラはその小瓶をローブのポケットに捩じ込むと、冷めてしまったポテトを腹に収めるために食事に戻った。
***
大量の荷物を抱え寝室へと戻ってきたアキラは、ジェシカと共に一つ一つ律儀に差し入れを開封していった。
がさりと荷物の山から一つ取り出してみる。手に取ったのはライラック色の便箋で、目がチカチカするような色合いの手紙だった。丁寧に封を開けて中身を確認すると、内容はとても重厚で熱烈なラブレターだった。といっても、内容は自身のアピールで七割程使われていたが。
「あら、相当ね」
隣から覗き込むジェシカがヒュウと口笛を吹いて囃し立てる。
アキラは苦笑いを浮かべて、丁寧に手紙を元に戻す。手紙に悪意はないからね。そう自分に言い聞かせて、再度荷物の山を見渡した。
ファンレターを始め、ハニードゥークスのお菓子や熱烈なラブレターと思わしき手紙など好意的なものもあれば、ゾンコの悪戯専門店で購入したであろう品物や「お前のせいで彼女に別れを告げられた」という殴り書きなど、私怨の混じった差し入れとは程遠い物もあった。
差し入れとは言い難い品の数々にジェシカは悲鳴をあげつつも、エバネスコを唱えながら処理を手伝ってくれた。親友の寛大な心に感謝だ。
「もう!彼女と別れたくらいで何よ!アンタよりアキラの方が魅力的だって事でしょ⁉︎受け入れなさいよ!」
「ジェシカ、それは酷だよ……」
そんなやりとりをしながら差し入れの精査を進める。
あらかた片付け終わった頃、アキラとジェシカは一息つこうと休憩時間にする事にした。
ごそりとポケットに手をやると、指先にこつんと固いものが当たった。ポケットから手を取り出すと、そこには緑色の液体の入った小瓶が手の中にあった。
そうだ、あの不気味な包みの中にあった小瓶だ。
今の今まで忘れていた。
アキラの神妙な顔つきに、自分のベッドに横たわっていたジェシカがアキラの横に腰を落ち着ける。ぎしり、とスプリングが鳴り、枕が跳ねた。
「それ、さっきのヤバそうな液体じゃない」
「うん、ちょっと気になってね」
「アンタねぇ……さすがに盗撮まがいのブロマイドもどきと一緒に送られてきたのよ?さっきまでの悪戯グッズとはわけが違うと思うわ」
ジェシカの言い分も尤もなのだが、何故かこの液体には惹かれるものがあった。それが未知のものに対する興味なのか、はたまた違う感情なのか――どちらにせよ、アキラには【消す】という選択肢は残っていなかった。
「……少しだけならいいよね?」
蓋を開けて中身を嗅ぐ。匂いはあまりしない。
ジェシカのどことなく呆れの混じった心配そうな視線が刺さるのも気にも止めず、アキラは思い切って瓶の半分ほどの量を飲み干した。
「……どう?」
ジェシカが心配そうに覗き込む。
「……うん、至って何にもないよ」
ただの差し入れだったようだね。笑顔でそう続けようとした時だった。
がくん、と体から力が抜ける感覚が走った。
突然目を見開いたアキラにジェシカは肩を掴もうとしたが、アキラの制止によりその手は行き場を無くした。
「アキラ!」
体がガクガクと小刻みに震える。
ジェシカの声に応えたいのに、全くと言って良いほど声が出ない。
ああ、キャプテンの小言が降りかかるんだろうな。
そんなことをぼんやりと思いながら、アキラは静かに目を閉じた。
***
ドンドンドン!と扉を強く叩く音に、部屋でゆっくりと寛いでいたセブルスは読んでいた本から顔をあげる。
二人で「次のクィディッチは絶対にスリザリンの勝利だ!」と呑気に話をしていた同室のエイブリーとマルシベールは、お互いにきょとんと顔を見合わせると、二人してまじまじとセブルスを見た。
「……何だ。僕は何もしていないぞ」
眉根を寄せるセブルスに、二人は揃って片眉を上げる。
「いや、スネイプ、そんなこと言ってもさ」
「僕たちの部屋を訪れる人なんて一人しか居ないじゃないか」
二人の脳内には「彼女」の姿が浮かんでいるのだろう。それが手に取るように分かったし、何故だかそれにもどろどろと不快感が募った。
「……先輩はあんな風に扉を力任せに叩かない」
「でも」
「先輩ではない」
ぴしゃりと言い放つと、セブルスは手元にある読みかけの本に目を向けた。
尚も扉を叩く音に、段々と苛々が募る。
止まないノック音に扉を開ける気の無い同室の生徒の構図に、エイブリーとマルシベールはお互いにこの場をどうしようかと頭を悩ませていた時だった。
「ちょっと!スネイプ!居るんでしょう⁉︎開けなさいよ!」
自分を名指しで呼ぶ聞き覚えのある声に、本に戻した視線を再度扉へと向ける。
「スネイプ」
マルシベールが顎で扉を指す。開けろという意だろう。
何で僕が。そう口に出そうとしたが、いかんせん呼ばれたのは自分だ。自分が開けるしかないのだろう。
セブルスは一つ重いため息を吐くと、ベッドに読みかけの本を置いて重い腰を上げた。扉のノブを少し引くと、セブルスの力とは裏腹に勢いよく内側に開いた。
あと少しで鼻をぶつけるところだった。何考えてるんだ、危ないじゃないか。
そんな文句が出かかったのだが、部屋へと転がり込んできたジェシカと一緒に居た人物の姿に、セブルスは寄せていた眉間の皺が消えてしまう程に目を丸くした。
スネイプの腰程しかない身長に、サイズの全く合っていないローブに包まれる姿は、自分がホグワーツに入学した当初に見た姿にそっくりだった。
「や、やあ……セブルス……」
何かをしでかした時のように、申し訳なさそうに自分を呼ぶ声はいつもより少し高い。
髪型などはいつもと変わらないが、ぱっちりとしたアーモンド形の目はいつもよりも丸く、可愛らしさが優っている。顔の輪郭なんてぷにぷにと弾力をつけふっくらしていて、ほんのりピンクに染まっていた。いつもの王子様とは違う姿に、この部屋にいる全員が息を呑んでその姿を凝視する。
「えっと、間違えてたら申し訳ないんですが……もしかして、ヤヨイ先輩……?」
エイブリーが目を丸くしながら、恐る恐るといった様子で部屋の中心で注目を浴びている少女に声をかける。
そうだと言わんばかりに頷く少女に、セブルスは頭を抱えるしかなかった。自身の眉間にこれでもかというほど皺が寄るのが手に取るように分かった。エイブリーとマルシベールの頬が、目の前の少女の可愛らしさにどんどん緩んでいくのが視界の隅に嫌でも入ってくる。
そんな二人の様子を見ていたジェシカがぴしゃりと放つ。
「この姿のアキラが可愛らしいのは否定はしないのだけれど、おあいにく様この子は外見はコレでも中身はウチのプリンスなのよ!デレデレと鼻の下を伸ばさないの!」
ジェシカに圧倒されたのか、エイブリーとマルシベールは頬に力を入れて真顔に戻すと、居た堪れなくなったのかそそくさと部屋から出ていってしまった。
ふぅと一息つくと、ジェシカはマルシベールの居たベッドへ寄りかかった。ぎしりとスプリングが鳴り、ベッドが沈む。
「全く……。で、何でスネイプを尋ねたのかっていうと、アンタ魔法薬学得意じゃない?」
「ああ。まぁ、そこらの奴よりかはな」
セブルスはふんと得意げに鼻を鳴らした。そんなセブルスを見て、アキラは少し頬が緩んだ。他人に褒められて得意気になっているセブルスが可愛いな。と、他が今のアキラの姿を見て抱いた感情のことなど棚に上げた感想を抱いていた。
そんなアキラの事はさておいて、こんな状況のアキラを他の薬学の得意な奴になんかに渡したら、体の隅々まで検査されてしまうわ!と、この世の終わりかというくらいに顔を歪め、ジェシカはそう言った。
「しかし何故、薬だと分かったんだ?魔法や呪いの類いかもしれないじゃないか」
セブルスのごもっともな意見に、アキラはその小さくなってしまった紅葉のような手で、もはや着ているというよりは巻きつけていると表現するのが正しいであろうローブのポケットから一つの小瓶を取り出した。中身はまだ瓶の半分ほど緑の液体が残っていた。
セブルスは目の前に差し出された小瓶を受け取ると、蓋を開けて中身を嗅いだ。ほとんど無臭に近かったが、少しだけ萎び無花果の香りが鼻に纏わりついた。萎び無花果の香りに緑の液体――セブルスの頭にはこれが何なのか答えが出ていた。
「……縮み薬の応用か」
苦虫を噛み潰したような表情に、アキラは目を丸くし、ジェシカは眉間に皺を寄せた。
「縮み薬って……あの、飲むと幼い頃の姿になるっていうアレ?」
訝しむジェシカの言葉に、セブルスはこちらをちらりと見た後に片眉を上げた。これは肯定の意だろう。
「この量だと、先輩は十歳どころか赤ん坊くらいまで縮んでいただろうな。大方、先輩を縮ませてチェイサーとして出場させないつもりだったのだろう。全く持って腹立たしい限りだ」
セブルスは吐き捨てるように呟いた。しかし――と言葉を続けながら、その暗く澱んだ黒い目がアキラを捉えた。
「そういう事になるであろうと予想もでき、警戒を怠るなと注意を受けていたのにも拘らず、勿体無いからとろくな警戒もせず、差し入れとは名ばかりの他人の自己満足を詰め込んだ物をご丁寧に開けて回ったスリザリンのプリンスには感服ですな」
ねちっこい苦言にアキラは下を向くしかできなかった。確かにセブルスの言う通りだった。これは自分の招いた出来事だ。あまりにも警戒心が無さすぎた。
「……ごめん」
「だが――」
アキラの謝罪を遮るようにセブルスは続けた。
「このまま薬の効力が切れるまで何もしないで待つなんて方法で終わらせてたまるか」
ニヤリと口角を上げ、姿形も名前すら知らない縮み薬の送り主に、セブルスは挑発的に呟いた。
セブルスは高揚していた。【自分と同じくらいの調合力を持った、誰かもわからない者からの挑戦状】と、【アキラを縮ませた罰を与える】という二点がセブルスの心を揺さぶった。最も後者は、自身しか知らなかったはずのアキラの姿が白日の元に晒された。という嫉妬心から来るものだという事に、セブルス本人は気づこうともしなかった。
***
セブルスの協力も取り付け終えた頃に、ジェシカは「魔法史のレポートが終わってなかった!」と、アキラとセブルスを置いて自室へと走っていってしまった。残されたセブルスは「魔法史にレポートなんて必要か?」と眉根を寄せていた。「魔法史は子守唄だからね」と苦笑いで答えたが、セブルスの眉間の皺は取れなかった。
談話室の扉を開けて、廊下へと出る。談話室から出る道中、薬の成分を解析したいとセブルスから申し出があったため、アキラは半分ほど飲んでしまった縮み薬であろうものを手渡した。
「僕はこれからすぐにでも解毒剤の調合に取り掛かろうと思っているのだが――」
ちらり、と視線がアキラに向く。セブルスの中では今すぐにでも体を薬学教室へと向けて歩き出したい所なのだが、こんな状態のアキラを一人ぽつんと置いておく方が憚られた。セブルスにとって、今のアキラには庇護欲を掻き立てられる何かがあった。
「……僕と一緒に来るか?」
つい声が出てしまった。そんなはずじゃなかったのに。はっとしてすぐに手で口を塞ぐが、遅かったようだ。
思いがけない誘いの言葉に、アキラはその顔を勢いよく上げた。くりくりとした大きな目がセブルスを捉える。心なしか少し輝いて見えたのは気のせいではないと思いたい。
「良いのかい⁉︎」
「……僕が聞いたんだ。聞き返すのはおかしいだろう」
「やったー!」
まるで子供に戻ったかのように――姿は子供なのだが――ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶアキラに、勝手に口角が上がっていくのがわかった。意識を戻して、上がってしまった口角を下げるようにこほん、と一つ咳払いをする。
「……じゃあ、行くぞ。なるべくゆっくり歩くつもりだが、離れないように」
セブルスの言葉にアキラは大きく一つ頷くと、その紅葉のような小さな手のひらでセブルスのローブの裾をぎゅっと握りしめた。その行動に、またセブルスの心臓はきゅっと音を立てた。反射的に口元に手を当てる。
「……そういうところだぞ……」
「どうしたんだい?」
「何でもない。行くぞ」
平静を装い、談話室の扉を開ける。外に出ると、見覚えのある赤のローブを見に纏った赤毛がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「セブ!」
「リリー」
手を振り駆け寄る幼馴染に、小さく手を上げて返事をする。小走りで目の前にやってきたところで、彼女は「あら?」と小さく声を上げた。リリーの目線はセブルスの後ろに固定されていた。ぱちりと溢れんばかりに大きい黒と視線が合うと、リリーは屈んでニコリと微笑んだ。
「こんにちは、見ない顔ね?セブの後輩?」
「あ、や、その」
突然の事に吃るアキラをよそに、リリーは言葉を続ける。
「でも、何だか初めましてじゃない気がするわ。どこかで会ったことあるかしら?」
セブルスも自身に隠れるようにローブ裾を強く握る小さくなってしまったアキラの事を、この変に勘の良い幼馴染に話しても良いのだろうかと葛藤していた。
どう返事を返せば良いのか慌てる二人をよそに、リリーはまじまじと目の前の小さな少女を観察していた。
大きく夜空のように黒い瞳に、さらさらと流れるように切り揃えられた髪。形は悪くない鼻、口角の上がった唇。見れば見るほど彼女――スリザリンのプリンスこと、アキラ・ヤヨイにそっくりだった。
「そうね、彼女……スリザリンのプリンスに少し似ているわ!彼女に憧れているのかしら?」
「えっ!」
「なっ……!」
勘が鋭いというか、もはや最初から知っていたのではないかというくらい的確に正体を突いてきたリリーに、二人は感嘆と驚愕の声を同時に上げた。何事かとこちらを見る周りの生徒の視線が刺さって痛い。
「とりあえず説明だ。リリー、こっちへ」
苦虫を噛み潰したかのようにそう言い放つと、ローブの裾に小さな少女をくっつけながら足早に移動を始めた。そんなセブルスに、リリーは訝しげに片眉を上げながらついて行くのが精一杯だった。
***
空き教室の扉を閉めて、三人仲良く近場の席に座る。
「なるほどね……」
一言目を絞り出したのはリリーだった。
人気のない廊下の隅で、いつも以上に地下牢教室へと行きたがっている幼馴染を見つけた。ふと視線を下に向けると、いつも一人を好んでいる幼馴染には似つかわしくない姿がそこにはあった。興味本位で声をかけ、彼の後ろへと隠れてしまった小さな少女へと目線を合わせるためにしゃがみ込む。夜空のような黒い瞳に自身の緑を映す様がとても綺麗だと感じた。
不意にその瞳にある人を浮かべてしまった。勿論それは、幼馴染が想いを寄せる彼女だ。
思い描いた名前を口にすれば、目の前の少女はなんとその通りだと言うから驚きだ。
セブルスから事のあらましを聞いたリリーは、ちらりとセブルスの隣にちょこんと座るアキラを見る。
「セブ、とっても言いづらいのだけれど……クィディッチの試合は明日よ?時間がないわ」
そう、ホグワーツ中が待ち望んでいる一世一代の大勝負のカードであるグリフィンドール対スリザリンの試合は、もう明日まで迫っていた。
今から調合を始めたとしても、今日中には終わらないだろう。そんなことくらい頭の悪い小鬼達ですら分かる事だ。
「わかってる」とぶっきらぼうに放ち、眉間に深く皺を作るセブルスと頭を悩ませるリリー。その二人を見て、アキラはとても申し訳なさに押しつぶされそうだった。
「……ごめんね、セブルス」
覇気のないアキラの声に、セブルスは一つ息をゆっくりと吐く。
「……らしくないな」
「えっ?」
ふと顔を上げれば、眉間の皺はそのままだったが、セブルスは口角を上げてニヤリと笑った。その姿があまりにも格好良くて、目が離せなかった。
「僕が居るんだ。元に戻らないなんて、そんな事させない」
「あら!私も居るのよ?仲間外れはひどいわ!」
セブルスとリリーの言葉に、アキラも自分で口角が上がっていくのがわかった。
こんなにも心強い後輩たちに、自分だけ落ち込んでなんていられない。
後悔はとめどなく溢れてくる。が、後悔していても仕方がない。今はセブルスの調合完了までに自分はどうするかである。
この様子だとセブルスの力を持ってしても試合には間に合わないだろう。それならば、さすがにチームメンバーには黙っていられない。
アキラはひょいと座っていた椅子から飛び降りると、身の丈に合っていないローブを引きずりながら扉へと小走りで向かった。
「あ、おい!どこへ行くんだ!」
セブルスの声にくるりと振り返り、にっこりと笑ってやる。
「私は私なりに頑張ってみるよ!セブルス、元に戻る薬、頼んだよ!」
そう言うが早いか、アキラはその小さな体を使って扉の隙間をするりと抜け出した。後ろから「待て!」とセブルスの声が聞こえるが、今回ばかりはすまない。
声を振り切るように、短い足を必死に動かしてチームメンバーの控え室へと向かう。
控え室へと着いた頃には、もう練習も終わりかけの時間だった。
草むらの影を通り、控え室への扉を開ける。ちょうどチームメイトが帰って来そうなのが遠目にわかった。
この姿で会うのは初めてになる。緊張でおかしくなりそうだ。
そわそわと落ち着きなく部屋を右往左往していると、ザワザワと幾人かの声が聞こえてきた。
「ったく……我らがホープは何してんだか!クィディッチは明日だぞ!」
「アントン、落ち着けって。大丈夫だ。ヤヨイなら当日やってくれるさ」
「そうは言うがチェスター……」
真っ先に聞こえたのはキャプテンのアントンとキーパーのチェスターの声だった。
控え室の扉が開き、二人を先頭に選手が入ってくる。いや、入ってこようとした。急に立ち止まったアントンとチェスターによって、後ろを着いていた他の選手たちはその歩みを止めざるを得なかった。
「……君は?」
扉のノブを掴んだままのチェスターが、部屋の真ん中に居る小さな存在に問いかける。
少女は目線を右往左往させていたが、意を結したのかこちらを見上げた。少女の瞳を覗けば、夜空のように暗く美しい瞳に自分たちが映り込むのが見えた。
「えーっと……にわかには信じがたいかもしれませんが……スリザリン六年、アキラ・ヤヨイです」
自分をスリザリンのプリンスだと言い張る少女の言葉に、選手一同がざわついた。
アントンとチェスターは目を丸くして少女を見る。確かに今日練習に来なかった我がスリザリンのチェイサーである彼女にそっくりの出たちは、自分たちが何年か前に見た記憶のアキラと合致していた。
「……詳しく話を聞かせてもらおうか」
アントンの言葉にアキラはほっと胸を撫で下ろした。
「実は――」
アキラの話す今日起こった事件に、チームメンバー全員が驚愕の色を隠せなかった。
「我らがスリザリンのプリンスになんて事を!」「見つけたらタダではすまさん!」と姿もわからない犯人への報いに一致団結するメンバー達を他所に、アントンは腕を組み目を閉じた。
「キャプテン。無理を言っているのは承知です。でも、その……」
提案を述べるアキラにアントンは右手を突き出す。
ああ、やっぱりダメだったか。
項垂れて地面へと視線をやるアキラにアントンは一つこほん、と咳払いをすると、優しげに声をかける。
「……わかった。許可しよう。この事を知っているのは、僕たちクィディッチメンバーだけか?」
「えーっと……薬学の得意な後輩に解毒剤をお願いしています」
「ふむ」
アントンは考える素振りを見せると、「早めに調合してもらえるように掛け合ってくれ」と一つ溢した。
チェスターはその様子を見て口角を上げると、ざわつく控え室を嗜めるかのようにパンパンと手を二回叩いた。途端にぴたりと喧騒が止む。
「さてさて!明日はフルメンバー揃って因縁のグリフィンドール戦だ。今日は談話室に戻り、ゆっくり休憩を取ってくれ!」
「では、解散!」というチェスターの声を皮切りに、メンバー達は各々でスリザリンの談話室へと足を進めた。
しんと静まり返った控え室で、アントンとチェスターの視線がアキラを捉える。
「さてヤヨイ――」
「僕は差し入れには気をつけろって言ったよな?」
「あ、いや、その、はは……すみません……」
この後「だから言っただろう!」というアントンの言葉を皮切りに、アキラは控え室で長々と説教を喰らうのであった。
***
翌日、ホグワーツは歓声に包まれていた。待ちに待ったグリフィンドール対スリザリンの対決が始まる。
談笑しながら競技場へと進む人混みのその中で、人の波に逆らい一人忙しなく廊下を進むセブルス・スネイプの姿がそこにはあった。
扉を開けて足早に地下牢教室へと入り、機材と自室で進めた薬をローブのポケットから取り出す。
ここからは時間との勝負だ。
さて、と気合を入れるためにローブの袖を捲った時だった。不意に後ろの扉が開く音がした。
眉間に皺を寄せたまま振り返れば、そこには緑のユニフォームを身に纏い、体に合っていない箒を両手でしっかりと握りしめた少女が立っていた。
「やあ、セブルス」
いつもより少し高めの声で、いつものように名を呼ばれる。その表情は笑みを浮かべていた。
「……は、」
息を吸ったと同時に少女は部屋へと入ってきた。
不意に昨日の台詞が頭をよぎる。
私は私なりに頑張ってみるよ!と声高らかに部屋を出て行った小さい姿。
まさか。セブルスははっとした。
「先輩、もしかして……試合に参加するんですか?」
自分でも驚くくらい低く唸るような声が出た。
アキラは申し訳なさそうに眉を下げると、照れくさそうに頬をひと掻きした。
その反応にセブルスは一つ深く息を吐く。
この人は誰が何を言っても自分の信じたものを曲げやしない。ほとほと呆れる。
しかしその呆れるという感情すら心地良いと感じてしまう自分が憎らしかった。
「……しょうがない人だな、あなたは」
「ええ?そこはなんかこう……活の入る言葉とかじゃないの?」
「あなたのその行動原理には呆気に取られるな」
ふんと鼻を鳴らすセブルスにアキラはわざとらしく肩を落とす仕草をする。
「えっと、伝えたかったのは試合に出るよっていう……それだけ!んじゃ、スリザリンに勝利を献上するために頑張ってくるよ!」
「それじゃあ、セブルスもよろしくね!」とアキラは振り返り扉のノブを掴む。
押しつぶされそうな程の期待を背負うその小さな後ろ姿に、セブルスはとっさに口を開いた。
「どんな姿でもあなたはあなただ。僕の尊敬する先輩に変わりはない」
即座にはっと我に返り、口を手で覆う。
こんな柄にもない事を言うつもりは無かったのに。
顔に熱が集まるのが分かる。そんなセブルスとは対照的にアキラは丸くした目を細めてにっこりと微笑んだ。
「ありがとう!やっぱりセブルスの事、大好きだ!」
そう言い残すとアキラは競技場へと駆け出した。
しんと静まり返った地下牢教室でセブルスは宙を仰いだ。その頬は少し赤みを帯びていた。
***
赤と緑のユニフォームが配置につく。見慣れない小さな姿に、グリフィンドールの選手たちは目を丸くした。それはグリフィンドールの観客席もスリザリンの観客席も同じで、この場にいるスリザリンの選手たち以外がザワザワと騒ぎ立てる。
「おいおい、あの小さいのはスリザリンの二年生か?」
「あんな子、スリザリンに居たっけ?」
「あれ?スリザリンのプリンスは?今回は出場してないのか?」
そんな両陣営から聞こえる声にアキラはなんとも言えない感情を抱いた。いつからかスリザリンのプリンスと謳われて以降、何かアクションをすれば黄色い悲鳴を浴びせられているアキラには新鮮な言葉だった。
マダム・フーチの「箒に跨って!」という声と共に、選手たちはふわりと宙に浮かび上がる。
スニッチが動き出し、マダム・フーチの投げたクアッフルが空高く舞う。試合開始の合図だ。
先にクアッフルに手をかけたのはグリフィンドールの選手だった。クアッフルを脇に抱え込むと、試合中だと言うのに目の前のアキラにパチリとウインクを飛ばしてきた。
「すまないな、お子様な君と違って手の長さがあるんでね!」
「なんだって?」
アキラはぴくりと片眉を上げた。
「手の長さが何だい?」
「通じなかったか?見ない顔のチェイサー。君と僕とじゃ差があるって言ってるんだけど。君には来年もあるんだから、今回はグリフィンドールが勝たせてもらうよ。よろしく!」
そう言うが早いか、赤いユニフォームはアキラの横を抜けて猛スピードでゴールへと飛んでいった。アキラも慌てて後を追いかけるが、スタートダッシュの差をつけられ、自軍のゴールへクアッフルが勢いよく投げ込まれる。
「グリフィンドール先制点だぁ〜!十点獲得!」
実況の声にグリフィンドールの応援席がワッと沸く。キーパーのチェスターが悔しさに眉根に皺を寄せているのが見えた。
反射的にギュッと拳を握る。馬鹿にされたままでいてたまるか。ここからがスリザリンの攻撃だ。
アキラはクアッフルを受け取ると、両手でしっかりと抱え込んだ。
「おっと!スリザリンのチェイサーの果敢な攻撃に、グリフィンドールのチェイサーが待ったをかけに来たぞ!」
右側から猛スピードで迫ってくるブラッジャーを屈んで避けて、前から来るグリフィンドールのチェイサーを捲る為に箒をしっかりと両脚で固定する。ぐっと脚に力を入れれば、箒は急ブレーキをかけたかのように減速する。
このままだとぶつかる!その瞬間、アキラは体に力を込めて箒ごと体を一回転させた。
一瞬視界から消えたアキラに、クアッフルを奪いに来たチェイサーは困惑の色を隠せなかった。きょろきょろと見渡している赤色のユニフォームを見下ろしながら、アキラは口を開いた。
「やあ、さっきはご忠告どうもありがとう」
「さっきの……」
「君のその【アドバイス】のおかげで、私はこの小さな体に機動力があることを見つけ出せたよ」
ニヤリと挑発するように口角を上げて、グリフィンドールのゴールへと箒を走らせる。二つ目のブラッジャーがアキラを目掛けて襲いかかるが、咄嗟に駆けつけたビーターが明後日の方向へ打ち返す。
ノーマークのまま、そのまま体ごとゴールに突っ込まんという勢いで両手で勢いよくクアッフルを投げ込む。クアッフルはキーパーを通り越してゴールポストを綺麗に通過した。
「スリザリン返した!十点だ〜っ!」
実況の声にスリザリンの応援席はワッ!と歓声を上げた。その歓声の中、アキラの元にキャプテンのアントンが駆け寄る。いつも仏頂面と言われているアントンの口角が心なしか少し上がっている気がした。
「やるじゃないか、【見知らぬチェイサー】さん?」
「キャプテン、やめてくださいよ」
「見てみろ。最初は不安げに君を見ていた者たちが、今は期待に満ちた目をしているぞ?」
アントンが茶化すように顎でスリザリン寮の方を指せば、「がんばれ!ちっちゃいの!」「ナイスサマーソルト!」と一つ二つと鼓舞の声が聞こえる。
その声にアキラはニッと笑うと、片手を上げてピッチへと帰っていった。
***
「あーあ、負けちゃったや」
「しょうがないわよ。むしろあんたはあんな体でよく頑張ったわね」
「え!ジェシカが優しい!」
あの事件から数日。無事に元の姿に戻り、元気に校内を歩くアキラの姿がそこにはあった。
クィディッチ対抗戦は激闘の末、シーカーのジェームズ・ポッターがスニッチを獲得してグリフィンドールの勝利で幕を閉じた。優秀選手として【彗星の如く現れたスリザリンの新人チェイサー】に大きな拍手が送られたことは記憶に新しい。
そのおかげでここ数日はホグワーツ中その新人チェイサーの話で持ちきりだった。
いつもの日常が戻って、朝食を取るために大広間へと足を進めていたアキラだったが、目の前から大股でこちらへと近づいてくる姿が見えた。
「あ!セブルス!おは……」
片手をあげていつものように挨拶をしようとした時だった。迫ってくるセブルスの眼光が鋭いことにようやくアキラは気づいた。
「まずい」と思ったのも束の間で、節くれだった白い手に勢いよく腕を掴まれる。
「来い」
短く告げられた言葉にアキラは小さく「はい……」と返事をする事しかできなかった。
しかし意外にも連れられたのは廊下の角を曲がってすぐだった。人気のない廊下の隅でセブルスはアキラの方へくるりと向くと、ベタついたような髪の毛から覗く眼光をさらに鋭くさせた。いつも谷を作っている眉間の皺は、これでもかというくらいに深くなっていた。
「どうして僕がこうなっているか、わかるな?」
「ええと……今噂になっている件かな……?」
「話が早いじゃないか」
ふんと一つ鼻を鳴らしてセブルスは腕を組む。
そう、あれはクィディッチの試合が終わった後の事だった。
試合を終え、歓声の中控え室へと戻ろうと廊下を進んでいるところだった。廊下の隅でこちらをちらちらと見る愛しの後輩の姿を見つけたアキラは、周りに目もくれずいの一番に駆け寄った。
「セブルス!」
声をかければ、目に光を宿していなかったその双眸はしっかりとアキラの姿を捉える。
「あの……どうだった?」
「どう、だって?」
アキラが不安を孕みながらも聞けば、セブルスはふんと得意気にひとつ鼻を鳴らした。
「僕を誰だと思っているんだ?こんなもの、材料さえあればすぐだ」
ニヤリと口角を上げたセブルスの手元を見る。そこには小瓶に詰められた液体が入っていた。
アキラはそれを小さな両手でしっかりと受け取ると、嬉しさに頬を赤らめた。
「ありがとう、セブルス!大好きだ!」
そう告げて、小瓶の中身を飲み干す為にその場を後にした。その後はちゃんと薬も効いて元の姿に戻れた。だが、その一瞬に気を抜いたのがまずかった。
校内新聞でクィディッチの紙面を書く為に取材をしに来ようとしていたのだろう。奇しくも薬を渡した時の、嬉しそうに頬を赤らめる新人チェイサーと、誰も見たことのない優しい微笑みを返すセブルスのツーショットが撮られてしまったのであった。
そこからのセブルスの生活は一変した。知りもしない生徒たちから【新人チェイサーとどういう関係なのか】をうんざりするほど聞かれた。当然全て無視した。
「未だその【新人チェイサー】について聞かれるものだから、一番よく知る【あなた】にご教授願おうかと思いましてね」
「あー……いや……それは……うん……ほんとごめん。何から何まで迷惑かけちゃってるね」
「全くだ」
まさかそんなことになっているなんて。つゆ程も知らなかったアキラは、この目の前の愛おしい後輩に申し訳なさが募った。
元を辿れば自分の行いな訳だ。全てを解決しきれない自分の力に無力感を感じ始めたところだった。
「だが――」
セブルスの声に顔をあげる。
「あなたと一緒にいると退屈はしない」
その一言に、アキラは一瞬目を丸くした後、満面の笑みを浮かべた。
ジェシカの自身を呼ぶ声に、照れ隠しも込めてセブルスの黒髪をぐしゃぐしゃと撫でてその場を後にする。セブルスの「おい!」という声が後ろから聞こえた。今日も後輩のおかげで退屈しなさそうだ。
