半純血のプリンスと謎の先輩
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先日のレイブンクロー対スリザリンの試合はそのまま続行、スリザリンのシーカーが金のスニッチを捕まえてスリザリンの勝利に終わった。らしい。
なぜ「らしい」なのかと言うと、先日の大怪我でアキラはしばらく医務室から出られなかった。
起きあがろうものなら、マダム・ポンフリーがどこからともなく駆けつけてきて、「寝ていなさい」とベッドに括り付けられた。
そこから何週間かすぎて、ようやく退院の許可が降りたのだ。
一番にお見舞いに来てくれたセブルスをはじめ、リリーや悪戯仕掛け人達も来てくれた。そこでスリザリンが勝ったことを知ったのだ。
少し遅れて――といっても、アキラの目が覚めて数時間しか経っていなかったが――三番目にお見舞いに来てくれたジェシカは「私が一番に知らせたかった!」と悔しがっていた。
未だに左腕は上手く動かないし、肩だって包帯も取れていないけど、久々に自分の足で歩くホグワーツの空気は新鮮だった。
「んん〜……やっぱり外の空気は美味しいねぇ……今日は晴れてるから、お散歩日和だねぇ……」
誰に話しかけるわけでもなく独りごちた。
せっかくのお散歩日和なのだから、室内ではなくどこかに行こう。そうだな、いつもセブルスが居る、あの湖の見える木のあたりなんてどうだろう。
そう思って階段を降りようとした時だった。
「そこのお嬢さん。俺たちとお茶しない?」
「えっ?」
どこからともなく聞こえてきたその声に、はて?と振り向く。
後ろには、先ほど自分が出てきた医務室の扉だけがあった。
聞き間違いだったかな。
アキラはまた一歩階段を下ろうとした。
「ちょ、待て待て!上だ!上を見ろプリンス!」
焦った様に聞こえてきた声の指示に従って上を向く。そこにはグリフィンドールのシリウス・ブラックが階段からこちらに小さく手を振っていた。
お見舞いに来てくれた時以来の邂逅に、アキラの表情は自然と綻んだ。
「あれ!グリフィンドールのブラックくんだ!」
「おいおい、その呼び方はやめてくれ。シリウスでいいぞ」
アキラが手を振りかえすと、シリウスは苦虫を噛み潰したような表情をして階段を降りてきた。
シリウスはアキラの右肩をそっと抱くと、耳元へ顔を寄せて、甘い声で囁いた。
「スリザリンのプリンス……俺たちとお茶会なんてどうだ?」
「お茶会?君たちと?それは願ってもないお誘いだね」
「お菓子もあるぞ」
「よし、私は今お散歩をしようとしていたんだ。目標は君たちのパーティ会場にしよう」
ものの見事にお菓子に釣られたアキラにシリウスは口を開けて笑うと、そのままアキラの肩を抱いて階段を降りた。
***
ホグワーツきっての美形の二人が並んで歩く姿に、それはもう校内が静かに騒ぎ立てた。すれ違う女子生徒は皆して顔を赤らめ、足早にアキラ達の横を通り過ぎた。それ以外にも遠目にため息と独り言をごちる生徒はたくさん居た。
「最高、目の保養、お似合い……色々と褒めていただけるのは嬉しいんだけど、なんだか照れるね」
「んー?そうかぁ?言われ慣れてないのか?」
「言われてるというのは否定しないが……」
男性と一緒にいる時に言われたのは初めてだ――
そう言いかけて、言葉を飲み込む。なんだか隙を晒してしまう気がして、アキラは言い淀んだ。
そんなアキラの様子を訝しんだシリウスは、アキラの右肩に添えていた手に力を込めた。
その勢いで廊下の隅に追いやられる。銅像と壁に背中を囲まれ、目の前をシリウスに遮られる。
側から見たら恋人達の逢瀬に見えるだろうその状況に、アキラは少したじろいだ。
「何するんだ、シリウス」
「恥ずかしがり屋の王子様には秘密の抜け道を通ってもらおうかと思ってな」
シリウスが杖で真横の銅像をトントンと二回叩くと、銅像は重苦しい音を立てて横に一つずれた。
そこには人一人が易々と通れるくらいの抜け道が顔を覗かせていた。目の前の出来事にアキラは感嘆を覚えた。
「……こんな抜け道がホグワーツにあったなんて」
「すごいだろ?俺たちが探検して見つけたんだ。さぁ、お茶会はこの先ですよ、プリンス」
小さい子供に言いつける様に、奥へと進む様に促される。
まるで不思議の国のアリスの様だ――
アキラはそう思いながら、膨れた冒険心を胸に抜け道への入り口を潜った。
アキラが潜ったのを確認した後、シリウスも後を追おうとした時だった。
ひたり、と何かが肩に触れた。
視線を動かし、自身の肩越しに見える杖先にピタリと動きを止める。
「ブラック……どこへ連れて行くつもりだ……」
背中越しに聞こえる声は地を這うように低く重い。
シリウスは左手を上げたまま口を開いた。そして右手をローブの中へと滑り込ませる。
「おうおう……誰かと思ったら盗み見か?卑しいスニベルスじゃねぇか」
「気に入ったモノは力づくでも手に入れるのが貴様のやり方だったな。相変わらず知性のかけらもない、おもちゃを欲しがる幼児のようだ」
「てめぇ!」
勢いよく振り向き、ローブの中の杖をセブルスの目の前に突き出す。
互いの杖先が鼻に触れそうなほど近づく。
セブルスは眉間の皺を一層深くした。その表情に、シリウスもチッと舌打ちをつく。
「もう一度言うぞ、ブラック。彼女を、どこへ、連れて行くつもりだ」
セブルスのゆっくりと尋問をするかの様に吐き出された言葉を鼻で笑うと、一瞬の隙をついてシリウスは大声で呪文を唱えた。
「インカーセラス!」
途端にセブルスの腕と足に、シリウスの杖先から放たれたロープが巻き付く。
勢いよく巻きついたロープにバランスを取られ、ドン!という大きな音を立ててセブルスはその場に横たわった。
「貴様!解け!」
「まだ噛み付く元気があるのかよ。褒めてやるぜ。でもよ、俺たちはプリンスとお茶会に行かなきゃならねぇんだ。じゃあな、泣き虫スニベルス」
そう言うとシリウスは抜け道への入り口を潜った。どういう仕掛けか、シリウスが潜った途端に、侵入者を防ぐように銅像が入り口を塞いだ。
くそ、こうなってしまったらどうしようもない。別の方法を探さなければ――
そこまで考えて、セブルスは先ほどのシリウスの言葉が脳裏に浮かんだ。
「……は⁉︎お茶会⁉︎」
セブルスは呆気に取られた。同時にアキラがまた余計なことに首を突っ込んだことを推察して、緩んだ眉間にまた皺を寄せた。
***
暗く狭い道をひたすらに歩く。
もうどれくらい歩いたかわからない。後ろを歩くシリウスにいくら聞いても「後もう少しだ」としか答えてもらえないので、いつしかアキラは質問をやめてしまった。
ようやく光が射してきて、目を細める。
「さあ、着きましたよ、王子様」
洞窟を潜り抜けた先にあったのは、目を疑うほどの絶景だった。
そこは一つの空間になっていた。周りは色とりどりの木々や花々に囲まれて、小さな湖の畔にはポツンと白く丸いテーブルと椅子が置かれていた。
まるで小さな頃に読んだ御伽噺の世界の様だ。
アキラは目をキラキラと輝かせながら、シリウスに振り向く。
子供みたいにはしゃいで、全身で喜びを表していて、とても可愛らしい。シリウスは心の奥底がじんわりと温まった気がした。
「……うわぁ……すごい……!こんな場所があったなんて!」
「ははっ、そんなに喜んでもらえるとは光栄だな」
「この場所はシリウス、君が見つけたのかい?」
シリウスは首を横に振ると、ニヤリとこれからイタズラを仕掛けるときの様な笑みを浮かべた。
並の女子ならこの笑みを見ただけで卒倒してしまうだろう。
「リーマスだよ」
その一言ともに、湖を挟んだ向かい側の草むらががさりと音を立てて揺れた。
草むらの陰から現れたのは、長身で顔に大きな傷のある優しげな男の子だった。
「あれ、シリウス。こっちを使ったのかい」
「よう、遅かったじゃねぇか。ちょっとトラブルがあってな」
「なるほどね」
草むらから現れた影――リーマスはシリウスと挨拶を交わすと、アキラと向き合った。
この男の子は知っている。あの時――トイレでスネイプ教授の薬学教室をした時――一言交わしたグリフィンドールの男の子。
「こんにちは、スリザリンのプリンス。いや、ヤヨイ先輩。僕たちのお茶会にご参加いただけて光栄だよ」
にっこりと微笑まれて差し出される右手。
アキラはリーマスの顔と右手を二往復した後、自身も笑みを浮かべ、右手でしっかりとリーマスのそれを握り返した。
「ええと……グリフィンドールのリーマス、だったね。こんな素敵な場所にお招きいただけて嬉しいよ」
「はは。さて、立ち話もなんだ。ティーセットとチョコレートを持ってきたんだ。湖の畔でどうかな?」
リーマスはパチリとウインクを飛ばすと、足早に湖の畔にある小さな椅子に腰掛けた。そして、どうぞと言わんばかりに隣の椅子に目配せをする。
「ほらほらほら!突っ立ってないで座ろうぜ!リーマスの紅茶は良いぞ!……甘党ならなおさらな!」
「わ、ちょっと、シリウス!押さないで押さないで!」
ぐいぐいと強い力で背中を押される。つんのめりながらも着いた先で、シリウスとリーマスの間に座らせられる。まがいなりにも大怪我を負っているのだから、怪我人には優しくしてほしいとアキラはぼんやりと思った。
リーマスが手にしていた小さなトランクを杖で何回か叩く。すると、トランクからは真っ白なティーセットが人数分出てくる。それらはふわふわと宙を漂い、アキラとシリウスの前にゆっくりと置かれた。そして最後に、小さなカゴにたくさん入れられたチョコレートが飛び出してきた。
「僕のおすすめでいいかい?」
リーマスはアキラの目をしっかりと見つめながら話す。
「といっても、ティーバッグなんだけどね。ごめん、しっかりしたものじゃなくて」
「いやいや!堅苦しいのは私の性にも合わないから!」
眉尻を下げて申し訳なさそうに言うリーマスに、アキラは純粋に思ったことを述べた。
ティーバッグって良いよね、手軽に美味しく飲めるからさ!と優しい笑顔で話すアキラに、リーマスの目は優しく細められた。
二人の会話を聞きながら、シリウスは頬杖をついてそれを見守る。アキラを見るリーマスの目は、いつも以上に優しかった。
こりゃ相当だな。とシリウスはぼんやりと思った。
「おーい、お二人さん、俺のこと忘れてないか?」
「ああ、ごめんシリウス。忘れてたよ」
「おい、リーマス!」
「はははっ、シリウスもリーマスも面白いんだね」
二人の掛け合いを見ながら、アキラは笑う。
面白いお茶会になりそうだ。
***
リーマスは悩んでいた。
アキラをお茶会に誘ったのは、紛れもなく自分の欲望のためだ。
あの日、自分がアキラに対して好意を抱いていることを思い知らされた。だから咄嗟に、お茶会なんて言葉が出たのだ。
あいにく自分が誘う前に、セブルスにその言葉は遮られてしまったのだが――
だが、その後にシリウスにアキラへの好意を知られてしまった。
シリウス自身も、心の底からあんな泣き虫野郎なんかよりもリーマスとアキラがくっつけば良いと思っていたし、アキラとセブルスが一緒にいる時にはいつも語気を強くしながらそんな事を口走っていた。
それ故に、あの日から何度もリーマスに発破をかけてきた。
シリウスはリーマスに対して、アキラをデートに誘えだの、アキラの好きな食べ物はこれらしいだの、色々な情報をどこからともなく提供してきた。
それはとてもありがたかった。どこからの情報なのかはわからないが、リーマス自身もセブルスには負けたくないと思っていたので享受してきた。
そして今日、シリウスが仕掛けてくれて、ようやく掴んだアキラとの時間――このチャンスを逃すわけにはいかない。
そんな想いを胸に、リーマスは目の前で会話と紅茶を楽しむアキラの観察に勤しんだ。
しかし、しかしだ。こんなにも質問の返しに『セブルス』というワードが飛び交うとは思っても見なかった。
「あー、プリンス。いろいろ聞きたいことがあるんだが、そうだな。好きなものとか教えてくれないか」
「好きなもの?……そうだな、セブルスかな!」
屈託のない笑みで質問を返す彼女に、シリウスは目を丸くすると、頭に手を当ててはぁ〜と長いため息を吐いた。チョコレートの包みを開く所作がヤケクソになっているのが手に取るようにわかる。
チョコレートをやけ食いしそうなシリウスに苦笑いを浮かべ、リーマスが口を開く。
「ヤヨイ先輩、あなたは、その……セブルスのことはどう思ってるんだい?」
「セブルスのこと?」
チョコレートを頬張りながら首を傾げる彼女は、まるで頬に食べ物を詰め込んだ小動物の様になっていた。
「うーん、セブルスのことは好きだよ」
「うん、それは僕もさっき聞いたよ。そうじゃない」
アキラは自身から逸らされないリーマスの目を見た。
「ヤヨイ先輩。あなたの好きは、どういう好き?」
「どういう?……どういうって……」
リーマスの言葉にアキラの目は大きく見開かれた。しかし言葉は尻すぼみし、どんどんと小さくなっていく。ついでにアキラの視線も下の方へと下がっていった。
とても長い時間そうしていた様に思えた。
アキラは口元に笑みを浮かべて、リーマスへと顔を上げた。
「……やだなぁ、リーマス。私の好きは、それ以上でもそれ以下でもないよ。そう、ただ好きなんだ。相手の幸せを願う好きだ」
リーマスはアキラの顔を見て、チクリと胸が痛んだ。
だって、こんな。どうしてそんな悲しい顔をして、誰かの幸せを願えるんだ。
リーマスもシリウスも聖人君子じゃない。好きになった人には振り向いてほしいし、そばに居たい。そう思うのは普通だと思っていた。信じていた。
でも、目の前の彼女は違った。
自分がそばに居られなくとも、自分が愛した人には幸せになってほしい。その想いだけがそこにはあった。
「……君たちは……似てるなぁ……」
僕がつけ入る隙すら無いじゃないか。
ティーカップを少し揺らす。もう残り少ない紅茶が揺れるのを見て、リーマスは物悲しげな笑みを浮かべた。
「リーマス……?」
何かを思う様にティーカップをくるくると揺らすリーマスに、アキラは不思議そうに声をかけた。
質問の回答が何か気に障ってしまったのだろうか――
それは杞憂なのだが、シリウスもリーマスも何も言わなくなってしまったので、アキラの心はざわつくばかりだった。
「ごめん、リーマス。何か気に障ったかな?だとしたら謝る。ごめんね」
こちらを探る様な、不安そうな顔をしたアキラの謝罪に、リーマスはなんとも言えない顔を浮かべた。
そんな顔させたくてこのお茶会を開いたわけじゃないのに。
全ては自分の汚い欲望のためだったのだから。卑しい自分が嫌になる。
「謝らないで。僕はあなたの事が少しだけ知れて良かったと思っているよ」
「リーマス……」
「……さて、ここらでお開きにしようか」
杖を一振りして、広げていたティーセットを片付ける。トランクの中に規則正しく整頓されていくティーセットを横目に、シリウスと他愛もない会話を交わすアキラを見る。
「……僕もあなたの幸せを願おう」
ぽつりとこぼされた言葉は、誰にも知られる事なく露となって消えた。
***
「さて、片付けも終わったことだし、寮まで送ろう」
いつのまにか日も傾き始め、辺りが少し赤く染まってきていた。
リーマスの提案にシリウスもうんうんと首を振る。
アキラは驚きと申し訳なさでいっぱいだった。
「えっ、大丈夫だよ。一人で帰れるさ!」
「君はここにくる時に、シリウスと秘密の抜け道を使ってきただろう?帰り方はわかるのかな?」
「えっと……」
リーマスの言葉に言い淀むアキラを見て、シリウスもおまけだと言わんばかりに口を挟む。
「しかもプリンスは左手が使えないからな。俺たちが連れ回して悪化でもしたら大変だからな」
親衛隊とやらに何言われるかわかんねぇ。と何を想像したのか身をぶるっと震わし、顔を歪めるシリウス。
そんなシリウスに苦笑いをした後、アキラは諦めたように頷いた。
「そういう事なら。ごめんね、よろしくお願いするよ」
「だーっ!謝んなって!」
「うん、シリウスの言う通りだ。君に非はないのだから、謝る事はないよ」
帰り道、シリウスに「アキラ専用ごめんカウンターでも作るぞ」と茶化された。恥ずかしいからやめてほしいと懇願したら、また笑われた。
夕焼けに染まる雄大な自然を横目に、森を抜ける。
目の前にホグワーツの南門が見えてきた。この橋を渡れば、時計塔のある南棟に着く。もう少しで可愛いグリフィンドールの後輩達とはお別れだ。
そう思った時だった。橋の中腹に、見覚えのある姿が見えた。
丸まった猫背に撫で付けたような髪の毛で、自分と同じスリザリンカラーのローブを纏った姿――セブルス・スネイプがそこには居た。
「セブルス⁉︎」
「スニベルス⁉︎」
「おっと……」
三者三様の反応を他所に、セブルスはじろりと視線をこちらに向けると、一つ重く長いため息を吐いた。
「……どこに連れて行かれたかと思ったら城の外でグリフィンドールの犬達と散歩か?楽しかったか?こんなに遅くまでほっつき歩いてるなんてな」
アキラは背筋が凍る思いだった。
こんなに怒っているセブルスを見たのは初めてだった。いや、正確には『自分に対して』怒りをぶつけてくるセブルスを、だ。
いつも見ている自分の大好きな光のない黒い双眼に、目を逸らしてしまう。その動作を見たセブルスの眉間に、また大きく皺が刻まれた。
アキラに対して怒りをぶつけるセブルスに苛立ちが募ったシリウスは、アキラを萎縮させている視線から守るようにアキラの前に立つ。
そんなシリウスにまたセブルスの視線はより一層鋭くなる。
「おいスニベルス、その言い方は無いんじゃねぇのか?」
「うるさいぞブラック。キャンキャン吠えて、貴様は犬か?ああ、犬だったか。これは失礼した。犬は吠えるのが役目だからな」
「っ……この……!」
蔑むような目でねちっこく嫌味を飛ばすセブルスに、シリウスは自身の左ポケットに入っている杖を抜きかけた。
その時、リーマスが大きく口を開いた。
「セブルス。シリウスとヤヨイ先輩は悪くない。僕が誘ったんだ」
リーマスの言葉にシリウスの動きが止まる。
セブルスはピクリと片眉を上げると、シリウスに向けていた鋭い視線を、今度はリーマスに向けた。
「……ほう、貴様か、ルーピン」
「そうだよ。僕がヤヨイ先輩とお近づきになりたくて、シリウスに相談したんだ。だからシリウスもヤヨイ先輩も悪くない。僕が巻き込んだんだ」
セブルスの視線とリーマスの視線が交差する。
お互い逸らさないその視線に、シリウスはどうすれば良いか分からずじっと見守る。
長い沈黙の後、それを破ったのはアキラだった。
「……セブルス。私はこの通り無事だから。あまりリーマスたちのことを悪くいうのはやめてあげて欲しいかな」
アキラ以外の三人が一斉にアキラに視線をやる。
全員の見開かれた目に、アキラは「おぅ……こわ……」と心の声が漏れた。
こちらに視線を投げながら微動だにしないリーマスとシリウスの間をするりと抜けて、セブルスの腕を掴む。
アキラはそのままくるりと振り向くと、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、未だ呆然としている二人を見る。
「リーマス!シリウス!お茶とお菓子、美味しかったよ!誘ってくれてありがとう!会の内容はまぁ……時が来るまで秘密にしておいてくれると助かるかな!」
パチリとウインクを一つ飛ばして、器用に右手でセブルスの腕を掴みながら、二人一緒にホグワーツへと帰って行った。
橋に残されたグリフィンドールの二人は瞬きを数回した後、お互いの顔を見合わせ、二人の去って行った方角を見やる。
「……まるで嵐だな」
「……そうだね。遅かれ早かれセブルスにバレてしまうことは想定してたんだけど……助けられちゃったよ」
「だな」
シリウスは頭を掻く。
ありがとう、と笑顔を向けられた時、不覚にも自分もその沼に嵌ってしまいそうだった。
なんの策謀もない笑み。素直に向けられた善意。そんなもの、一度味わってしまったら抜け出せなくなるに決まってる。それは毒のように全身を蝕んでいく。
好意が無くとも、人をここまでにしてしまうのだ。そんな魅力を持つ人物に好意を向けられている、あの忌々しい黒い姿を思い出して、シリウスは羨ましいと思ったと同時に哀れんだ。
「……スニベルスとプリンスがくっつくのは癪なんだけどなぁ。プリンスのあんな顔見ちまったら……なぁ……」
長いため息をつき、その場にへたりとしゃがみ込んだシリウスに苦笑いを浮かべながら、リーマスがぽつりとこぼす。
「……そうだね。……まったく、セブルスの話をしている時の彼女が一番輝いてるよ」
リーマスは自身が初めて想い焦がれた人を思い浮かべて、悲しそうな――しかしどこか嬉しそうな顔を浮かべた。
願わくば、あなたにはこの先にある幸せを掴んで欲しい。
リーマスは少し口角を上げてシリウスの肩をポンと叩くと、時計塔へと続く中庭へと足を動かした。
***
黒のローブに緑の裏地をたなびかせて、アキラとセブルスは足を動かした。
「……おい!どこまで行くつもりだ」
セブルスの声にも耳を貸さず、早歩きで前を進む。
時計塔を抜け、変身術の中庭に出る。周りを見渡しても幸い人は見当たらなかった。
アキラは近くにあったベンチに座ると、セブルスを掴んでいた右手を離し、自分の横を叩いた。
セブルスは訳のわからないといった顔でアキラを見ると、おとなしく隣に腰掛けた。老朽化したベンチがぎしりと音を鳴らす。
アキラは満足したように少し目を細めると、そのまま真っ直ぐ前を見据えた。
重い空気を破ったのはまたしてもアキラだった。
「……あのさ」
「なんだ」
「セブルスは……リーマス達が嫌い?」
アキラは眉尻を下げて言う。
なんだかその表情がアキラ自身が傷つけられたかのように見えて、セブルスは地面に視線を向けた。
ルーピン達【悪戯仕掛け人】が嫌いかと言われたら嫌いだ。
いたずらとは名ばかりの、自分に対する私怨のこもった攻撃をどれだけ受けただろう。
だからと言ってアキラがこんなに顔を歪める必要はないとセブルスは思った。
これは、僕と彼らの事だ。先輩を巻き込みたくない。
「……ああ」
「……そっか……」
アキラの問いに短く返事を返すと、なんとも言えない感情のこもった相槌が返ってきた。
「セブルス」
名前を呼ばれて顔を上げる。
隣の彼女はいつのまにかこちらに顔を向けていた。
しかし、いつもの笑顔は見当たらない。彼女の表情は悲しみに満ちていた。
「なんて言えばいいかわかんないけど……あまり抱え込まないでね」
力なく笑う彼女に、セブルスは何も言えなかった。
居た堪れなくなり、視線を少し逸らす。
「……僕は、グリフィンドールのやつらと仲良しこよしするつもりはない」
「……うん」
「これからもきっと、僕自身の目的のためにぶつかりあうだろう」
「うん」
「僕は……」
先輩だけの側にいたい。
先輩も僕の側にだけいて欲しい。
あなたを守るために、力が欲しい。
どこにも行かないで、僕だけを見て欲しい。
そう言えたらどれだけ楽になるのだろう。
眉根を寄せ、下唇を噛む。
声がうまく出なくて、そんな自分が情けない。
ポンと頭に重みが乗った。
視線を上げると、アキラの手がセブルスの頭に乗せられていた。その手は優しく、セブルスの黒髪を撫でる。
撫でられている手が心地よくて、セブルスは目を細めてその感触を堪能する。
「……無理して何か言おうとしなくて良いよ。ごめん、私も悪かった。またセブルスに心配をかけちゃった」
「……いえ……」
「なんだか、私の愛しい後輩が辛そうに見えてね」
「そんな……」
そんなことはない。と否定の言葉を口にしようとしたが、それは途中で空に消えた。
そうだ、辛かった。
ルーピンに取られないかヒヤヒヤしたし、何より自分の目の届かないところでもし何かあったらと思うと、想像しただけでなんともはらわたの煮え繰り返りそうな気持ちになる。
それが今回だった。
なんで僕の気持ちを分かってくれないのかと、少し強めに彼女に当たってしまった。言わなければわからないことなのに。
それを今はまだ胸にしまっておこうと判断したのは、他でもない自分なのに。
「……すみません」
「えー!セブルスは謝らないでよ!【セブルスごめんカウンター】作るよ!」
「……なんだそれ」
アキラの謎の発言に、セブルスの口からぷっと笑いが溢れた。
しんみりした空気はあなたには似合わない。先輩には笑っていて欲しい。それは僕の隣であると、より嬉しい。
ぼんやりとそんな事を思いながら、セブルスは自分の頬をむにむにと伸ばしてくる愛おしい先輩への想いを再認識した。
「セブルス」
「なんですか」
「私はセブルスの側にいるよ。嫌がられてもね」
欲しい時に欲しい言葉をくれて助けてくれる彼女は、本当に王子様なんじゃないかとセブルスは柄にもなく思った。
なぜ「らしい」なのかと言うと、先日の大怪我でアキラはしばらく医務室から出られなかった。
起きあがろうものなら、マダム・ポンフリーがどこからともなく駆けつけてきて、「寝ていなさい」とベッドに括り付けられた。
そこから何週間かすぎて、ようやく退院の許可が降りたのだ。
一番にお見舞いに来てくれたセブルスをはじめ、リリーや悪戯仕掛け人達も来てくれた。そこでスリザリンが勝ったことを知ったのだ。
少し遅れて――といっても、アキラの目が覚めて数時間しか経っていなかったが――三番目にお見舞いに来てくれたジェシカは「私が一番に知らせたかった!」と悔しがっていた。
未だに左腕は上手く動かないし、肩だって包帯も取れていないけど、久々に自分の足で歩くホグワーツの空気は新鮮だった。
「んん〜……やっぱり外の空気は美味しいねぇ……今日は晴れてるから、お散歩日和だねぇ……」
誰に話しかけるわけでもなく独りごちた。
せっかくのお散歩日和なのだから、室内ではなくどこかに行こう。そうだな、いつもセブルスが居る、あの湖の見える木のあたりなんてどうだろう。
そう思って階段を降りようとした時だった。
「そこのお嬢さん。俺たちとお茶しない?」
「えっ?」
どこからともなく聞こえてきたその声に、はて?と振り向く。
後ろには、先ほど自分が出てきた医務室の扉だけがあった。
聞き間違いだったかな。
アキラはまた一歩階段を下ろうとした。
「ちょ、待て待て!上だ!上を見ろプリンス!」
焦った様に聞こえてきた声の指示に従って上を向く。そこにはグリフィンドールのシリウス・ブラックが階段からこちらに小さく手を振っていた。
お見舞いに来てくれた時以来の邂逅に、アキラの表情は自然と綻んだ。
「あれ!グリフィンドールのブラックくんだ!」
「おいおい、その呼び方はやめてくれ。シリウスでいいぞ」
アキラが手を振りかえすと、シリウスは苦虫を噛み潰したような表情をして階段を降りてきた。
シリウスはアキラの右肩をそっと抱くと、耳元へ顔を寄せて、甘い声で囁いた。
「スリザリンのプリンス……俺たちとお茶会なんてどうだ?」
「お茶会?君たちと?それは願ってもないお誘いだね」
「お菓子もあるぞ」
「よし、私は今お散歩をしようとしていたんだ。目標は君たちのパーティ会場にしよう」
ものの見事にお菓子に釣られたアキラにシリウスは口を開けて笑うと、そのままアキラの肩を抱いて階段を降りた。
***
ホグワーツきっての美形の二人が並んで歩く姿に、それはもう校内が静かに騒ぎ立てた。すれ違う女子生徒は皆して顔を赤らめ、足早にアキラ達の横を通り過ぎた。それ以外にも遠目にため息と独り言をごちる生徒はたくさん居た。
「最高、目の保養、お似合い……色々と褒めていただけるのは嬉しいんだけど、なんだか照れるね」
「んー?そうかぁ?言われ慣れてないのか?」
「言われてるというのは否定しないが……」
男性と一緒にいる時に言われたのは初めてだ――
そう言いかけて、言葉を飲み込む。なんだか隙を晒してしまう気がして、アキラは言い淀んだ。
そんなアキラの様子を訝しんだシリウスは、アキラの右肩に添えていた手に力を込めた。
その勢いで廊下の隅に追いやられる。銅像と壁に背中を囲まれ、目の前をシリウスに遮られる。
側から見たら恋人達の逢瀬に見えるだろうその状況に、アキラは少したじろいだ。
「何するんだ、シリウス」
「恥ずかしがり屋の王子様には秘密の抜け道を通ってもらおうかと思ってな」
シリウスが杖で真横の銅像をトントンと二回叩くと、銅像は重苦しい音を立てて横に一つずれた。
そこには人一人が易々と通れるくらいの抜け道が顔を覗かせていた。目の前の出来事にアキラは感嘆を覚えた。
「……こんな抜け道がホグワーツにあったなんて」
「すごいだろ?俺たちが探検して見つけたんだ。さぁ、お茶会はこの先ですよ、プリンス」
小さい子供に言いつける様に、奥へと進む様に促される。
まるで不思議の国のアリスの様だ――
アキラはそう思いながら、膨れた冒険心を胸に抜け道への入り口を潜った。
アキラが潜ったのを確認した後、シリウスも後を追おうとした時だった。
ひたり、と何かが肩に触れた。
視線を動かし、自身の肩越しに見える杖先にピタリと動きを止める。
「ブラック……どこへ連れて行くつもりだ……」
背中越しに聞こえる声は地を這うように低く重い。
シリウスは左手を上げたまま口を開いた。そして右手をローブの中へと滑り込ませる。
「おうおう……誰かと思ったら盗み見か?卑しいスニベルスじゃねぇか」
「気に入ったモノは力づくでも手に入れるのが貴様のやり方だったな。相変わらず知性のかけらもない、おもちゃを欲しがる幼児のようだ」
「てめぇ!」
勢いよく振り向き、ローブの中の杖をセブルスの目の前に突き出す。
互いの杖先が鼻に触れそうなほど近づく。
セブルスは眉間の皺を一層深くした。その表情に、シリウスもチッと舌打ちをつく。
「もう一度言うぞ、ブラック。彼女を、どこへ、連れて行くつもりだ」
セブルスのゆっくりと尋問をするかの様に吐き出された言葉を鼻で笑うと、一瞬の隙をついてシリウスは大声で呪文を唱えた。
「インカーセラス!」
途端にセブルスの腕と足に、シリウスの杖先から放たれたロープが巻き付く。
勢いよく巻きついたロープにバランスを取られ、ドン!という大きな音を立ててセブルスはその場に横たわった。
「貴様!解け!」
「まだ噛み付く元気があるのかよ。褒めてやるぜ。でもよ、俺たちはプリンスとお茶会に行かなきゃならねぇんだ。じゃあな、泣き虫スニベルス」
そう言うとシリウスは抜け道への入り口を潜った。どういう仕掛けか、シリウスが潜った途端に、侵入者を防ぐように銅像が入り口を塞いだ。
くそ、こうなってしまったらどうしようもない。別の方法を探さなければ――
そこまで考えて、セブルスは先ほどのシリウスの言葉が脳裏に浮かんだ。
「……は⁉︎お茶会⁉︎」
セブルスは呆気に取られた。同時にアキラがまた余計なことに首を突っ込んだことを推察して、緩んだ眉間にまた皺を寄せた。
***
暗く狭い道をひたすらに歩く。
もうどれくらい歩いたかわからない。後ろを歩くシリウスにいくら聞いても「後もう少しだ」としか答えてもらえないので、いつしかアキラは質問をやめてしまった。
ようやく光が射してきて、目を細める。
「さあ、着きましたよ、王子様」
洞窟を潜り抜けた先にあったのは、目を疑うほどの絶景だった。
そこは一つの空間になっていた。周りは色とりどりの木々や花々に囲まれて、小さな湖の畔にはポツンと白く丸いテーブルと椅子が置かれていた。
まるで小さな頃に読んだ御伽噺の世界の様だ。
アキラは目をキラキラと輝かせながら、シリウスに振り向く。
子供みたいにはしゃいで、全身で喜びを表していて、とても可愛らしい。シリウスは心の奥底がじんわりと温まった気がした。
「……うわぁ……すごい……!こんな場所があったなんて!」
「ははっ、そんなに喜んでもらえるとは光栄だな」
「この場所はシリウス、君が見つけたのかい?」
シリウスは首を横に振ると、ニヤリとこれからイタズラを仕掛けるときの様な笑みを浮かべた。
並の女子ならこの笑みを見ただけで卒倒してしまうだろう。
「リーマスだよ」
その一言ともに、湖を挟んだ向かい側の草むらががさりと音を立てて揺れた。
草むらの陰から現れたのは、長身で顔に大きな傷のある優しげな男の子だった。
「あれ、シリウス。こっちを使ったのかい」
「よう、遅かったじゃねぇか。ちょっとトラブルがあってな」
「なるほどね」
草むらから現れた影――リーマスはシリウスと挨拶を交わすと、アキラと向き合った。
この男の子は知っている。あの時――トイレでスネイプ教授の薬学教室をした時――一言交わしたグリフィンドールの男の子。
「こんにちは、スリザリンのプリンス。いや、ヤヨイ先輩。僕たちのお茶会にご参加いただけて光栄だよ」
にっこりと微笑まれて差し出される右手。
アキラはリーマスの顔と右手を二往復した後、自身も笑みを浮かべ、右手でしっかりとリーマスのそれを握り返した。
「ええと……グリフィンドールのリーマス、だったね。こんな素敵な場所にお招きいただけて嬉しいよ」
「はは。さて、立ち話もなんだ。ティーセットとチョコレートを持ってきたんだ。湖の畔でどうかな?」
リーマスはパチリとウインクを飛ばすと、足早に湖の畔にある小さな椅子に腰掛けた。そして、どうぞと言わんばかりに隣の椅子に目配せをする。
「ほらほらほら!突っ立ってないで座ろうぜ!リーマスの紅茶は良いぞ!……甘党ならなおさらな!」
「わ、ちょっと、シリウス!押さないで押さないで!」
ぐいぐいと強い力で背中を押される。つんのめりながらも着いた先で、シリウスとリーマスの間に座らせられる。まがいなりにも大怪我を負っているのだから、怪我人には優しくしてほしいとアキラはぼんやりと思った。
リーマスが手にしていた小さなトランクを杖で何回か叩く。すると、トランクからは真っ白なティーセットが人数分出てくる。それらはふわふわと宙を漂い、アキラとシリウスの前にゆっくりと置かれた。そして最後に、小さなカゴにたくさん入れられたチョコレートが飛び出してきた。
「僕のおすすめでいいかい?」
リーマスはアキラの目をしっかりと見つめながら話す。
「といっても、ティーバッグなんだけどね。ごめん、しっかりしたものじゃなくて」
「いやいや!堅苦しいのは私の性にも合わないから!」
眉尻を下げて申し訳なさそうに言うリーマスに、アキラは純粋に思ったことを述べた。
ティーバッグって良いよね、手軽に美味しく飲めるからさ!と優しい笑顔で話すアキラに、リーマスの目は優しく細められた。
二人の会話を聞きながら、シリウスは頬杖をついてそれを見守る。アキラを見るリーマスの目は、いつも以上に優しかった。
こりゃ相当だな。とシリウスはぼんやりと思った。
「おーい、お二人さん、俺のこと忘れてないか?」
「ああ、ごめんシリウス。忘れてたよ」
「おい、リーマス!」
「はははっ、シリウスもリーマスも面白いんだね」
二人の掛け合いを見ながら、アキラは笑う。
面白いお茶会になりそうだ。
***
リーマスは悩んでいた。
アキラをお茶会に誘ったのは、紛れもなく自分の欲望のためだ。
あの日、自分がアキラに対して好意を抱いていることを思い知らされた。だから咄嗟に、お茶会なんて言葉が出たのだ。
あいにく自分が誘う前に、セブルスにその言葉は遮られてしまったのだが――
だが、その後にシリウスにアキラへの好意を知られてしまった。
シリウス自身も、心の底からあんな泣き虫野郎なんかよりもリーマスとアキラがくっつけば良いと思っていたし、アキラとセブルスが一緒にいる時にはいつも語気を強くしながらそんな事を口走っていた。
それ故に、あの日から何度もリーマスに発破をかけてきた。
シリウスはリーマスに対して、アキラをデートに誘えだの、アキラの好きな食べ物はこれらしいだの、色々な情報をどこからともなく提供してきた。
それはとてもありがたかった。どこからの情報なのかはわからないが、リーマス自身もセブルスには負けたくないと思っていたので享受してきた。
そして今日、シリウスが仕掛けてくれて、ようやく掴んだアキラとの時間――このチャンスを逃すわけにはいかない。
そんな想いを胸に、リーマスは目の前で会話と紅茶を楽しむアキラの観察に勤しんだ。
しかし、しかしだ。こんなにも質問の返しに『セブルス』というワードが飛び交うとは思っても見なかった。
「あー、プリンス。いろいろ聞きたいことがあるんだが、そうだな。好きなものとか教えてくれないか」
「好きなもの?……そうだな、セブルスかな!」
屈託のない笑みで質問を返す彼女に、シリウスは目を丸くすると、頭に手を当ててはぁ〜と長いため息を吐いた。チョコレートの包みを開く所作がヤケクソになっているのが手に取るようにわかる。
チョコレートをやけ食いしそうなシリウスに苦笑いを浮かべ、リーマスが口を開く。
「ヤヨイ先輩、あなたは、その……セブルスのことはどう思ってるんだい?」
「セブルスのこと?」
チョコレートを頬張りながら首を傾げる彼女は、まるで頬に食べ物を詰め込んだ小動物の様になっていた。
「うーん、セブルスのことは好きだよ」
「うん、それは僕もさっき聞いたよ。そうじゃない」
アキラは自身から逸らされないリーマスの目を見た。
「ヤヨイ先輩。あなたの好きは、どういう好き?」
「どういう?……どういうって……」
リーマスの言葉にアキラの目は大きく見開かれた。しかし言葉は尻すぼみし、どんどんと小さくなっていく。ついでにアキラの視線も下の方へと下がっていった。
とても長い時間そうしていた様に思えた。
アキラは口元に笑みを浮かべて、リーマスへと顔を上げた。
「……やだなぁ、リーマス。私の好きは、それ以上でもそれ以下でもないよ。そう、ただ好きなんだ。相手の幸せを願う好きだ」
リーマスはアキラの顔を見て、チクリと胸が痛んだ。
だって、こんな。どうしてそんな悲しい顔をして、誰かの幸せを願えるんだ。
リーマスもシリウスも聖人君子じゃない。好きになった人には振り向いてほしいし、そばに居たい。そう思うのは普通だと思っていた。信じていた。
でも、目の前の彼女は違った。
自分がそばに居られなくとも、自分が愛した人には幸せになってほしい。その想いだけがそこにはあった。
「……君たちは……似てるなぁ……」
僕がつけ入る隙すら無いじゃないか。
ティーカップを少し揺らす。もう残り少ない紅茶が揺れるのを見て、リーマスは物悲しげな笑みを浮かべた。
「リーマス……?」
何かを思う様にティーカップをくるくると揺らすリーマスに、アキラは不思議そうに声をかけた。
質問の回答が何か気に障ってしまったのだろうか――
それは杞憂なのだが、シリウスもリーマスも何も言わなくなってしまったので、アキラの心はざわつくばかりだった。
「ごめん、リーマス。何か気に障ったかな?だとしたら謝る。ごめんね」
こちらを探る様な、不安そうな顔をしたアキラの謝罪に、リーマスはなんとも言えない顔を浮かべた。
そんな顔させたくてこのお茶会を開いたわけじゃないのに。
全ては自分の汚い欲望のためだったのだから。卑しい自分が嫌になる。
「謝らないで。僕はあなたの事が少しだけ知れて良かったと思っているよ」
「リーマス……」
「……さて、ここらでお開きにしようか」
杖を一振りして、広げていたティーセットを片付ける。トランクの中に規則正しく整頓されていくティーセットを横目に、シリウスと他愛もない会話を交わすアキラを見る。
「……僕もあなたの幸せを願おう」
ぽつりとこぼされた言葉は、誰にも知られる事なく露となって消えた。
***
「さて、片付けも終わったことだし、寮まで送ろう」
いつのまにか日も傾き始め、辺りが少し赤く染まってきていた。
リーマスの提案にシリウスもうんうんと首を振る。
アキラは驚きと申し訳なさでいっぱいだった。
「えっ、大丈夫だよ。一人で帰れるさ!」
「君はここにくる時に、シリウスと秘密の抜け道を使ってきただろう?帰り方はわかるのかな?」
「えっと……」
リーマスの言葉に言い淀むアキラを見て、シリウスもおまけだと言わんばかりに口を挟む。
「しかもプリンスは左手が使えないからな。俺たちが連れ回して悪化でもしたら大変だからな」
親衛隊とやらに何言われるかわかんねぇ。と何を想像したのか身をぶるっと震わし、顔を歪めるシリウス。
そんなシリウスに苦笑いをした後、アキラは諦めたように頷いた。
「そういう事なら。ごめんね、よろしくお願いするよ」
「だーっ!謝んなって!」
「うん、シリウスの言う通りだ。君に非はないのだから、謝る事はないよ」
帰り道、シリウスに「アキラ専用ごめんカウンターでも作るぞ」と茶化された。恥ずかしいからやめてほしいと懇願したら、また笑われた。
夕焼けに染まる雄大な自然を横目に、森を抜ける。
目の前にホグワーツの南門が見えてきた。この橋を渡れば、時計塔のある南棟に着く。もう少しで可愛いグリフィンドールの後輩達とはお別れだ。
そう思った時だった。橋の中腹に、見覚えのある姿が見えた。
丸まった猫背に撫で付けたような髪の毛で、自分と同じスリザリンカラーのローブを纏った姿――セブルス・スネイプがそこには居た。
「セブルス⁉︎」
「スニベルス⁉︎」
「おっと……」
三者三様の反応を他所に、セブルスはじろりと視線をこちらに向けると、一つ重く長いため息を吐いた。
「……どこに連れて行かれたかと思ったら城の外でグリフィンドールの犬達と散歩か?楽しかったか?こんなに遅くまでほっつき歩いてるなんてな」
アキラは背筋が凍る思いだった。
こんなに怒っているセブルスを見たのは初めてだった。いや、正確には『自分に対して』怒りをぶつけてくるセブルスを、だ。
いつも見ている自分の大好きな光のない黒い双眼に、目を逸らしてしまう。その動作を見たセブルスの眉間に、また大きく皺が刻まれた。
アキラに対して怒りをぶつけるセブルスに苛立ちが募ったシリウスは、アキラを萎縮させている視線から守るようにアキラの前に立つ。
そんなシリウスにまたセブルスの視線はより一層鋭くなる。
「おいスニベルス、その言い方は無いんじゃねぇのか?」
「うるさいぞブラック。キャンキャン吠えて、貴様は犬か?ああ、犬だったか。これは失礼した。犬は吠えるのが役目だからな」
「っ……この……!」
蔑むような目でねちっこく嫌味を飛ばすセブルスに、シリウスは自身の左ポケットに入っている杖を抜きかけた。
その時、リーマスが大きく口を開いた。
「セブルス。シリウスとヤヨイ先輩は悪くない。僕が誘ったんだ」
リーマスの言葉にシリウスの動きが止まる。
セブルスはピクリと片眉を上げると、シリウスに向けていた鋭い視線を、今度はリーマスに向けた。
「……ほう、貴様か、ルーピン」
「そうだよ。僕がヤヨイ先輩とお近づきになりたくて、シリウスに相談したんだ。だからシリウスもヤヨイ先輩も悪くない。僕が巻き込んだんだ」
セブルスの視線とリーマスの視線が交差する。
お互い逸らさないその視線に、シリウスはどうすれば良いか分からずじっと見守る。
長い沈黙の後、それを破ったのはアキラだった。
「……セブルス。私はこの通り無事だから。あまりリーマスたちのことを悪くいうのはやめてあげて欲しいかな」
アキラ以外の三人が一斉にアキラに視線をやる。
全員の見開かれた目に、アキラは「おぅ……こわ……」と心の声が漏れた。
こちらに視線を投げながら微動だにしないリーマスとシリウスの間をするりと抜けて、セブルスの腕を掴む。
アキラはそのままくるりと振り向くと、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、未だ呆然としている二人を見る。
「リーマス!シリウス!お茶とお菓子、美味しかったよ!誘ってくれてありがとう!会の内容はまぁ……時が来るまで秘密にしておいてくれると助かるかな!」
パチリとウインクを一つ飛ばして、器用に右手でセブルスの腕を掴みながら、二人一緒にホグワーツへと帰って行った。
橋に残されたグリフィンドールの二人は瞬きを数回した後、お互いの顔を見合わせ、二人の去って行った方角を見やる。
「……まるで嵐だな」
「……そうだね。遅かれ早かれセブルスにバレてしまうことは想定してたんだけど……助けられちゃったよ」
「だな」
シリウスは頭を掻く。
ありがとう、と笑顔を向けられた時、不覚にも自分もその沼に嵌ってしまいそうだった。
なんの策謀もない笑み。素直に向けられた善意。そんなもの、一度味わってしまったら抜け出せなくなるに決まってる。それは毒のように全身を蝕んでいく。
好意が無くとも、人をここまでにしてしまうのだ。そんな魅力を持つ人物に好意を向けられている、あの忌々しい黒い姿を思い出して、シリウスは羨ましいと思ったと同時に哀れんだ。
「……スニベルスとプリンスがくっつくのは癪なんだけどなぁ。プリンスのあんな顔見ちまったら……なぁ……」
長いため息をつき、その場にへたりとしゃがみ込んだシリウスに苦笑いを浮かべながら、リーマスがぽつりとこぼす。
「……そうだね。……まったく、セブルスの話をしている時の彼女が一番輝いてるよ」
リーマスは自身が初めて想い焦がれた人を思い浮かべて、悲しそうな――しかしどこか嬉しそうな顔を浮かべた。
願わくば、あなたにはこの先にある幸せを掴んで欲しい。
リーマスは少し口角を上げてシリウスの肩をポンと叩くと、時計塔へと続く中庭へと足を動かした。
***
黒のローブに緑の裏地をたなびかせて、アキラとセブルスは足を動かした。
「……おい!どこまで行くつもりだ」
セブルスの声にも耳を貸さず、早歩きで前を進む。
時計塔を抜け、変身術の中庭に出る。周りを見渡しても幸い人は見当たらなかった。
アキラは近くにあったベンチに座ると、セブルスを掴んでいた右手を離し、自分の横を叩いた。
セブルスは訳のわからないといった顔でアキラを見ると、おとなしく隣に腰掛けた。老朽化したベンチがぎしりと音を鳴らす。
アキラは満足したように少し目を細めると、そのまま真っ直ぐ前を見据えた。
重い空気を破ったのはまたしてもアキラだった。
「……あのさ」
「なんだ」
「セブルスは……リーマス達が嫌い?」
アキラは眉尻を下げて言う。
なんだかその表情がアキラ自身が傷つけられたかのように見えて、セブルスは地面に視線を向けた。
ルーピン達【悪戯仕掛け人】が嫌いかと言われたら嫌いだ。
いたずらとは名ばかりの、自分に対する私怨のこもった攻撃をどれだけ受けただろう。
だからと言ってアキラがこんなに顔を歪める必要はないとセブルスは思った。
これは、僕と彼らの事だ。先輩を巻き込みたくない。
「……ああ」
「……そっか……」
アキラの問いに短く返事を返すと、なんとも言えない感情のこもった相槌が返ってきた。
「セブルス」
名前を呼ばれて顔を上げる。
隣の彼女はいつのまにかこちらに顔を向けていた。
しかし、いつもの笑顔は見当たらない。彼女の表情は悲しみに満ちていた。
「なんて言えばいいかわかんないけど……あまり抱え込まないでね」
力なく笑う彼女に、セブルスは何も言えなかった。
居た堪れなくなり、視線を少し逸らす。
「……僕は、グリフィンドールのやつらと仲良しこよしするつもりはない」
「……うん」
「これからもきっと、僕自身の目的のためにぶつかりあうだろう」
「うん」
「僕は……」
先輩だけの側にいたい。
先輩も僕の側にだけいて欲しい。
あなたを守るために、力が欲しい。
どこにも行かないで、僕だけを見て欲しい。
そう言えたらどれだけ楽になるのだろう。
眉根を寄せ、下唇を噛む。
声がうまく出なくて、そんな自分が情けない。
ポンと頭に重みが乗った。
視線を上げると、アキラの手がセブルスの頭に乗せられていた。その手は優しく、セブルスの黒髪を撫でる。
撫でられている手が心地よくて、セブルスは目を細めてその感触を堪能する。
「……無理して何か言おうとしなくて良いよ。ごめん、私も悪かった。またセブルスに心配をかけちゃった」
「……いえ……」
「なんだか、私の愛しい後輩が辛そうに見えてね」
「そんな……」
そんなことはない。と否定の言葉を口にしようとしたが、それは途中で空に消えた。
そうだ、辛かった。
ルーピンに取られないかヒヤヒヤしたし、何より自分の目の届かないところでもし何かあったらと思うと、想像しただけでなんともはらわたの煮え繰り返りそうな気持ちになる。
それが今回だった。
なんで僕の気持ちを分かってくれないのかと、少し強めに彼女に当たってしまった。言わなければわからないことなのに。
それを今はまだ胸にしまっておこうと判断したのは、他でもない自分なのに。
「……すみません」
「えー!セブルスは謝らないでよ!【セブルスごめんカウンター】作るよ!」
「……なんだそれ」
アキラの謎の発言に、セブルスの口からぷっと笑いが溢れた。
しんみりした空気はあなたには似合わない。先輩には笑っていて欲しい。それは僕の隣であると、より嬉しい。
ぼんやりとそんな事を思いながら、セブルスは自分の頬をむにむにと伸ばしてくる愛おしい先輩への想いを再認識した。
「セブルス」
「なんですか」
「私はセブルスの側にいるよ。嫌がられてもね」
欲しい時に欲しい言葉をくれて助けてくれる彼女は、本当に王子様なんじゃないかとセブルスは柄にもなく思った。