半純血のプリンスと謎の先輩
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クィディッチシーズンが始まり、ホグワーツ内はどこもかしこもクィディッチの話題で盛り上がっていた。
グリフィンドールのシーカーがポッターに決まった!という記事と、スリザリンのチェイサーは今年もスリザリンのプリンスが担当する!という号外が配られる程、誰しもが寮対抗試合の開幕を楽しみにしていた。
そんな浮かれたホグワーツの中で、リリー・エバンズは一人やきもきしていた。
理由は、セブルス・スネイプとアキラ・ヤヨイの距離が縮まらない事。これに尽きた。
あの時、幼馴染のセブルス・スネイプが自分の気持ちに気付いたのは進展だった。リリーは手放しで喜んだ。
しかし、そこから全くと言って良いほど進展報告が無い。
リリーは大広間での昼食時、自分の皿に乗ったソーセージにフォークを突き刺しながら、じっとスリザリンのテーブルを観察した。
まず目にしたのはアキラだった。
彼女はどこにいてもすぐにわかる。
昼食にフィッシュアンドチップスをつまむアキラの隣で、ジェシカというスリザリン生が、アキラにサインを強請る他寮生を追い払っている最中だった。その姿はまるで有名人とマネージャーの様だった。
「私のサインなんて、何に使うんだろうね?減るもんじゃ無いし、喜んでもらえるなら書くけどなぁ」
ポテトを口に運びながらそう溢すアキラに、ジェシカはため息を吐くと、アキラの皿から一つポテトを摘んで自分の口に放り込んだ。
「お馬鹿ね、あんたは。ああいうのは一つ書いたら十、百と増えていくのが定石よ!」
聞こえて来たジェシカの言葉に、グリフィンドールの席に居たリリーも大きく頷いた。
側から見て不思議な動きをするリリーをジェームズが首を傾げて見ていたが、リリーはそんな事は気にも止めずに、またスリザリンの席の観察に勤しんだ。
ジェシカはまた一つアキラの皿からポテトを摘むと、クィディッチのポスターを指さした。
「大方、クィディッチの選手で有名人のあんたのサインが欲しいだけのミーハーよ。相手にしなくていいわ。それより、スネイプには言ったの?今年もクィディッチ選手になったって事!」
ジェシカの言葉を聞いて、アキラは苦笑いを浮かべた。
手に摘んだポテトがしなしなと元気を失っていて、まるで今のアキラの心情を表しているかの様だった。
「言ったよ、いの一番に。でも、セブルスったら心配性でさ――」
***
スリザリンのチェイサーに選ばれたアキラは、ポジションが決まるや否や早足で寮に戻った。
寮へと向かう足取りは軽やかで、今にも飛べるんじゃ無いかというくらい浮き浮きしていた。
空気の冷えた談話室を通り抜け、男子寮の入り口へと進む。
ノックも無しに、部屋の扉が音を立てて勢いよく開かれる。
エイブリーとマルシベールはびくりと飛び上がり、音の主がアキラだとわかるや否や、顔を赤くして自分達のベッドに入り込んでしまった。
ベッドの上で教科書片手に調合をしていたセブルスは、その爆音に顔をあげると、途端に眉間に皺を寄せた。
「うるさい」
怪訝そうに放たれた言葉なぞ気にも止めなかった。アキラはそれだけ浮ついていた。
アキラは頬を赤く染め丸まっている二人に、やあ!と満面の笑みと共に短く挨拶をすると、ずかずかと部屋に入った。
途端にセブルスの黒い双眼から刺すような視線が二人に向けられる。エイブリーとマルシベールはその視線から逃れる様に、頭まですっぽりと毛布を被ってしまった。
アキラはセブルスのベッドの端に座ると、身振り手振りを加えて、先ほど選手に選ばれた事を報告した。
「セブルス!聞いてくれ!私、今年もスリザリンのチェイサーを務めることになったんだ!」
アキラの一言に反応したセブルスの手元が少し狂った。
撹拌の回数を間違えたか、青色になるはずの薬は赤色になってしまった。くそ、実験は失敗だ。
セブルスは調合器具を片付け始めると、未だベッド端から動かず、自分の反応を待つアキラを見た。
「……また変に接触されて怪我なんかしたらどうするんだ」
アキラはセブルスのベッド上に散乱している羊皮紙をペラペラとめくった。隙間なくびっちりと書かれた文字達に苦笑いを浮かべると、セブルスの問いに間髪入れず答える。
「今度はちゃんと避けるよ、任せて!」
その楽天的な一言に、セブルスの眉間の皺は一層深くなった。
前回の対グリフィンドール戦で、アキラは執拗にマークされていた。多少の接触自体はスポーツのルール上しょうがない事なのだが、側から見てもやりすぎなくらいにベタベタとマークされていた。
時には男の選手からタックルを喰らう場面もあった。その時のスリザリン応援席の悲鳴と言ったら――思い出すだけでも相手には吐き気を催すし、心配で心臓が痛くなった。
試合後、大広間での祝賀会の時に、僕がこっそりそいつらのゴブレットに戯言薬を盛ったのは記憶に新しい。
片手をつき、ぐっと勢いよくベッド端に座るアキラに近づく。突然のことに、アキラの持っていた羊皮紙達がバサバサと音を立てて床に散らばっていく。広く無いベッドの上で、アキラとセブルスの距離は詰められた。
「今度は、だと?もう二度とあんな危険なプレーはしないと僕と約束しただろうそれを忘れたなんて言わせないぞ!」
一息で捲し立て、もう片手でまた一歩アキラに近づく。もはやアキラは、セブルスの腕の中に閉じ込められていると言っても良い状況だった。
鋭い眼光で距離を詰めてくるセブルスに、アキラは後退りたかったが、もう逃げ道はなかった。必死の思いで背骨を反らせる。
「き、危険なプレーはしないよ!私からは!うん!約束したもんね!」
「……なら良い。……本当に、無茶だけはするな。先輩の行動は心臓に悪すぎる」
セブルスは安堵のため息を吐いた。落ち着いた途端に冷静になり、今の自分の体勢を振り返った。
顔に熱が集まるのがわかる。アキラの上から勢いよく上体を起こすと、アキラとは距離を空けてベッドに座った。
アキラはするりとセブルスのベッドから抜け出すと、入って来た扉の方へとぎこちなく歩を進める。
「え、えっと……話はそれだけ!そ、それじゃあね!諸君、おやすみなさい!」
来た時と同じ様に大きな音を立てて扉を閉めて行ったアキラに、エイブリーとマルシベールは被った毛布の隙間から少し顔を出して小さく手を振るのが精一杯だった。
セブルスは嵐の去った部屋で大きく息を吐き出すと、先ほどまでアキラのいた自分のベッドに背中から体を沈めた。
***
「――え?なに?それじゃあ、スネイプはアキラがチェイサーになる事に反対なの?」
「いやあ……反対っていうか、うーん……怪我しなきゃ良いって感じかな?」
「はえー……過保護ねぇ……。アキラは別にスネイプのものじゃ無いのにねぇ」
二人の会話を聞いて、リリーは食べかけのソーセージを一口で頬張ると、すぐさま席を立った。そして大広間を駆け足で出て行った。
後ろからジェームズのリリーを呼ぶ声が聞こえた気がするが、そんなもの気にしていられない。
何よ!自分から何もアプローチを仕掛けていない癖に、スリザリンのプリンスを自分のものと勘違いしてるんじゃ無いかしら⁉︎しかも、誰かに獲られたらおしまいよ!
リリーは駆け足で彼のお気に入りである、いつもの湖の見える場所へと向かった。
やはり、というべきか。木にもたれかかり、難しそうな本を読み耽る幼馴染の姿がそこにはあった。
「セブ!ちょっと!聞きたいことがあるのだけど!」
「リリー……?一体どうした――何でそんなに不機嫌なんだ?」
リリーはセブルスの横に腰掛けた。セブルスが恥ずかしそうにリリーとは反対方向に身を捩る。
その様子にまた少しリリーの顔つきが険しくなったが、今はそんな彼の態度に小言を言う前に確認しておきたい事があった。
ふぅ、と一つため息を吐いて、セブルスを見る。
「セブ、あなたスリザリンのプリンスから、彼女がチェイサーに選ばれた事、聞いたのでしょう?」
何でその事を知っている?と言いたげなセブルスに、リリーは畳み掛ける様に言葉を紡ぐ。
「その時、素直に喜んであげたの?」
リリーの言葉に、セブルスはぐっと言い淀む。
確かに、セブルス自身アキラに対して祝福の言葉は投げかけていない。
あんなに喜びはしゃぐ彼女を見たのは初めてだったのに。
視線を右往左往させるセブルスを見て、リリーはまた一つため息を吐いた。この様子だと、まともに祝福や応援の言葉すらもかけていないのだろう。
リリーはセブルスの持っている書物を取り上げると、自身のローブの裾をはらい、立ち上がった。
そしてセブルスの腕を持ち上げて、一緒に立たせる。一瞬のことに、セブルスの体がぐらりと揺れる。
「何をするんだ」
「何をする、ですって?決まってるじゃない!スリザリンのプリンスに応援の言葉をかけに行くのよ!」
リリーの一言に、セブルスは自身の顔が赤くなるのがわかった。
「な――余計な事をするな!」
「セブがいつまでたっても素直にならないからじゃない!」
ごもっともなリリーに返す言葉もなく、セブルスは引きずられる様にホグワーツへと歩みを進めた。
***
――誰か、何でこうなっているのか教えてくれ。
アキラは困ったように自身の頬を掻いた。
目の前には気まずそうに視線を下に向けるセブルスと、その後ろで腕を組み、仁王立ちをしてこちらを見ているリリーの姿があった。
昼食を終え、大広間から出て次の教室へ向かおうとした時だった。後ろから女子生徒に呼び止められたのだ。
またサインでも強請りに来たのかな?と振り向くと、そこにはいつも自身が手放しに可愛がっている薬学の得意な後輩と、その幼馴染の赤毛の女の子が立っていたのだ。
アキラは心底驚いたが、その驚きを顔に出さない様に上手く笑みで隠すと、腕を組み彼らを見た。
「えっと……何かご用かな?」
なるべく優しく声をかける。少しでも気が緩むといつもの様に振る舞えない気がして、アキラは少し痛んだ気持ちを押し殺した。
セブルスは長いため息を一つ吐くと、視線を合わせて口を開いた。虚な黒の双眼が、漆黒の夜空のような双眼を射る。
「……これは、リリーに言えと言われたから、言うだけだ」
「……うん」
「…………チェイサー、おめでとう。試合は見ててやる。……スリザリン生として恥じない試合を頼むぞ」
そう言うと、セブルスはアキラの横を足早に通り過ぎて行ってしまった。
突然のことに、アキラの体は固まる。
今自分は一体何を言われた?昨日、チェイサーになった事を嬉々として伝えた時に、ものすごい剣幕で怒っていたあのセブルス・スネイプが――応援してくれた?
その様子を後ろから見ていたリリーは、目の前で今の出来事に目を丸くしているアキラに一歩近づくと、くすりと笑った。
「こんにちは、プリンス。教室へ移動しようとしていた所、突然お邪魔してしまってすみません」
「ああ……いや、平気だけど……」
呆気に取られているアキラに、リリーはまた一つ笑みをこぼした。
「セブ……彼ね、あなたがチェイサーに選ばれた昨年も、私のところに来て自慢してきたのよ?」
「……そうだったんだね。……期待には応えられなかったけどね」
「そんな事ないわ!私も試合を見ていたけど、あれはあの時のグリフィンドールが姑息なだけよ!」
何が騎士道精神よ!とリリーは一人憤慨した。その様子がおかしくて、アキラは笑みをこぼした。
「……そのくらい、セブにとってあなたは大切で自慢の人物なの。今回だって、本当はお祝いしたかったんだと思うわ」
ただ、ちょっと自分に素直になれないだけ。
ウィンクを一つ飛ばして、リリーも小走りでアキラの横を通り過ぎた。その後、程なくして何かを思い出したかの様にリリーは踵を返しこちらに戻ってくると、満面の笑みを浮かべた。
「あ!そうだわ。私もグリフィンドールの試合がない時はスリザリンを応援するわ!――それと、あなたたちの事もね!」
リリーはそう告げると、再度パタパタと小走りで駆けて行ってしまった。
その場に一人残されたアキラはリリーの言葉を反復した。
彼女は確かに、あなた達のことを応援すると言った。
「えっ……え?……ウソでしょ?」
思わぬ爆弾を食らったアキラは、顔を真っ赤にしてその場に立ち尽くした。
棒立ちのアキラが動き出したのは、自身を探しに来たジェシカに肩を叩かれた時だった。
***
今日はスリザリン対レイブンクローの第一戦目だ。
アキラは緑のクィディッチのユニフォームに着替えると、寮から競技場へ向かった。
クィディッチの競技場の方面からは、城に届くくらい互いの声援が漏れていた。
この歓声は本当に慣れない――
アキラは緊張で震えている手でばしん、と自分の両頬を叩いた。ちょっと痛かった気もするが、このくらいが丁度良い。
気合いを入れて、控え室に入ろうとした時だった。
「先輩」
呼ばれた低めの声に後ろを振り返ると、そこにはいつもの出立ちのセブルスが立っていた。
「セブルス!応援しに来てくれたんだね!どうしたんだい?」
「……これを」
セブルスが右手を前に出す。
その下に受け皿の様に両手を出すと、ポタッと重みを持った何かが両手に落ちてきた。
見るとそれは、飾り気も何もない小さな袋だった。袋の口を縛る紐がスリザリンカラーで、かろうじてそこだけ色が入っていた。
「……これは?」
アキラの問いに、セブルスはふん、と鼻を鳴らし、得意げに口角を上げた。
「僕が作ったお守りだ。……緊張しやすいあなたには気休め程度にはなるでしょう?」
「……えっ⁉︎手作り⁉︎」
「……何だ。何か不満でもあるのか」
予想だにしていなかったアキラの反応に、セブルスは少し顔を顰めた。
アキラはじっと手元の袋を見つめた後、勢いよくセブルスの方へ顔を上げた。
その表情は、満面の笑みを浮かべていた。
「ううん!不満なんてそんな、あるわけないよ!ありがとうセブルス。私、頑張ってくる!」
「――ッ、せいぜい無茶はしないでくれよ」
ありがとう!と控え室に駆けて行ってしまったアキラを見送り、セブルスは応援席へと歩みを進めた。
応援席へと向かう道中、セブルスは先ほど向けられた笑みを思い出して、自分の意思とは裏腹にニヤリと上がる口元を覆った。
あんなのずるいだろう。たかが袋一つで、あんなに眩しい笑顔を振り撒いてくるだなんて。
***
セブルスから貰ったお守りをユニフォームの内側に縫い付けて、フィールドへと降り立つ。
青と緑に身を纏った選手達が、互いに握手を交わす。
審判であるマダム・フーチの「箒に乗って」と言う合図で、全員が箒に跨った。
ピィー!という甲高い笛の音が響く。試合開始だ。
アキラは急上昇して、クアッフルを抱え込む。
真横のチェイサーにパスを渡して上空を旋回した後、ノーマークになれそうな場所を目を凝らして探した。
――ゴール横、フィールドの端が空いてる!
箒を加速させ、ゴール横へと近づく。それに気づいた他のチェイサーが、アキラへとパスを回す。
アキラは片手でクアッフルをしっかり持つと、勢いよく急降下した。
ぐんぐんと近づくゴールに、勢いよくクアッフルを投げ込む。
それは見事にキーパーの横を掠め、ゴールを通り抜けた。スリザリンの先制点だ。
ワーッ!という歓声に、アキラは高揚した。同じ様に興奮した仲間達に頭を撫でられて、髪の毛がぐしゃぐしゃになった。
応援席を見ると、真ん中あたりにリリーとセブルスの姿が見えた。そこに向かって手を振ると、リリー達の周りの女子は「きゃあ!」と黄色い悲鳴を上げた。
周りの声に不機嫌そうに顔を顰める彼は、リリーに小突かれて、ようやくこちらに小さく手を振りかえした。そんなセブルスを見て、アキラは笑ってフィールドに戻った。
お互い点数を入れては返しての繰り返しだった。
一歩も譲らない試合展開に、徐々に選手達の疲労も溜まっていく。それはアキラも例外ではなかった。
レイブンクローのビーターが打ち返したブラッジャーが、ブォンと低い音を立てて耳を掠める。咄嗟の出来事に避けれたものの、ちょっとでも反応が遅れていたら危なかった。
「プリンス!よそ見するんじゃない、ぞ!」
スリザリンのビーターが棍棒を振り、再度向かってきたブラッジャーを明後日の方向に打ち返す。
「ごめんごめん!ちょっと休憩してただけ!」
「おいおい、頼むぜ!お前は俺たちのホープなんだからよ!」
アキラはその言葉に一つ手を振ると、クアッフルを獲りにスピードを出して急降下した。
クアッフルを抱えたチェイサーがアキラをチラリと見る。隙をついて素早く出されたパスを受け取ろうとした瞬間だった。
真横から急速に接近してきていたブラッジャーに気づかなかった。
ドッ、という重く鈍い音がして、アキラの左肩に衝撃が走る。その後すぐに、肩から腕にかけて焼ける様な痛みがアキラを襲った。
箒から体がするりと落ちていくのがわかった。
チームメイトの声と、観客のどよめきが聞こえる。
うまく呼吸ができない――
誰か、助けてくれ――
アキラは遠ざかる空を見ながら、瞼を閉じた。
***
目を覆いたくなる様な鈍い音が聞こえた。
そしてその音がしたのは、自分が無事を祈った相手――アキラだった。
先ほどまでチームメイトや応援席に手を振り、みんなの士気をあげていた彼女が、一瞬の間に宙に放り投げられていた。
「きゃあ!」
「直撃じゃないか」
「音、すごかったぜ」
いろんな声が聞こえてくるが、自分の耳にはもはや雑音にしか聞こえなかった。
真っ逆さまに落ちるアキラを、みんな固唾を飲んで見守る。マダム・フーチが浮遊魔法をかけてくれたので、アキラは地面との衝突を逃れたが、落ちてきたアキラの顔に血の気はなく、肩は変な方向に曲がっていて、そこから繋がる腕はぶらんと力なく垂れていた。
マダム・フーチがピッ!と笛を鳴らす。試合は一時的にタイムになった。
アキラはマダム・フーチに抱えられ、医務室へ連れていかれた。各選手は控え室に戻って行き、応援席はなんとも言えない空気を纏っていた。
「セブ……プリンス、大丈夫かしら……」
リリーの言葉に、自分が呆然としていた事がわかった。肩をゆすられて、はっとする。
セブルスは慌てて応援席を立った。その様子を見てリリーは何事かと目を丸くし、セブルスのローブの裾に力を込めた。
「ちょっと!どこに行くのよ!」
「うるさい!医務室だ!」
「わ、私も行くわ!」
駆け出したセブルスの後を追う様にリリーも駆け出す。
いつもならすぐ行けるはずの医務室までが遠い。
こんなに遠かったか?もっと近くに作れ!と理不尽な悪態をつきたかった。
城に入り、廊下を駆け上がる。校則なんて知ったこっちゃない。
息を切らして、ようやく医務室へ辿り着く。
マダム・ポンフリーの「まぁ、なんて事⁉︎︎」という驚きと心配に満ちた声が聞こえた。
「セ、セブ……あなた、足……早いわよ……」
リリーが後ろから息を切らして階段を駆け上ってくるのが見えた。
「僕は着いてきて欲しいなんて一言も言ってないぞ」
「私もプリンスの容体が気になっただけよ!」
リリーはそう言うと、一つ深呼吸をした。
ようやく呼吸を整えたリリーの様子を見て、セブルスは医務室の扉を開けた。
「どなた⁉︎今は忙しいのに!」
マダム・ポンフリーがカーテンの奥からこちらへやってくる。その剣幕にセブルスは少し威圧され、口を噤んだ。
その様子に、咄嗟にリリーが口を開く。
「すみません、マダム・ポンフリー。グリフィンドールのリリー・エバンズです。その……ヤヨイ先輩は……?」
「ミス・ヤヨイ?ああ!先ほど大怪我を負って運ばれてきましたよ!全く!何かに守られていたようだけど、運が悪かったら腕が無くなっていたわ!」
マダム・ポンフリーの言葉を聞いて、二人は顔を見合わせた。お互いの顔色は血の気が引いていて、青白くなっていた。リリーに至っては泣きそうだ。
「……それで、ヤヨイ先輩の容体はどうなんですか」
セブルスが恐る恐る口を開く。
マダム・ポンフリーはそんな二人に対してやれやれといった笑顔を浮かべた。
「安静にしないといけないけれど、面会はできますよ。といっても、彼女は薬で眠っているので起こさない様に!」
二人に釘を刺して医務室を後にしてしまったマダム・ポンフリーを見送り、セブルスとリリーはゆっくりと白く隔たれたカーテンを開いた。
アキラが白く清潔なベッドに寝かされていた。
左肩には大きく包帯が巻かれており、事故の壮絶さを物語っていた。その他にも試合中にできた小さな切り傷や打撲などが見え隠れしていた。
規則的に上下する胸に、アキラが無事だった事が窺える。
痛々しい傷の数々に、セブルスは顔を歪めた。
「こんな……ひどいわ……」
「……ああ……」
「……彼女、無事に目を覚ますと良いけど……」
リリーの心配そうな声すらも耳を通り抜ける。
――危険なことはするなと、無茶をするなと、あれほど言ったのに。
セブルスはベッドの脇に置いてあった椅子に腰掛けると、ベッドから出されていたアキラの右手を震える手で握った。
温かさはあるが、力の入っていない傷だらけの白い手に、また一層自身の握る手に力が入る。
目を閉じ、痛ましい怪我を負ったアキラの手を祈る様に握るセブルス。そんな幼馴染の姿を見ていられなくて、リリーは医務室の扉を開けた。
廊下に出ると、バタバタとジェームズ達がこちらに来るのが見えた。
「リリー!その、スリザリンのプリンスは⁉︎」
「あらポッター、奇遇ね。彼女は今絶対安静よ」
その言葉に、一歩後ろにいたリーマスが青ざめる。シリウスもこれでもかというほど目を開いた。
「そ、その……め、面会とかって……」
どもるピーターの声にリリーは顔を横に振った。
「面会謝絶らしいわよ。今日は医務室に入ってはダメね」
リリーは嘘をついた。アキラに安静にしていて欲しい。
それはそうなのだが、本当はこの機会にセブルスにはアキラと距離を縮めて欲しかった。
「さ、競技場へ戻りましょう?クィディッチの続きが始まるでしょう?」
リリーはジェームズたちの背中を押しながら、どこからか出した杖で扉にかかっている立て札を【面会謝絶】に変え、医務室から遠ざかっていった。
***
セブルスは動かない白い手を握り締め、眠っている綺麗な顔を見る。
何やってるんだ。調子に乗るからだ。無茶はしないと約束したはずだ。痛かっただろうに。
怒りや心配など、色々な感情が渦巻くが、口にしようにも声にならなかった。
自分が怪我を負ったのではないかというくらい顔を歪め、セブルスはアキラの頬に右手を当てる。
「……何してるんだ……早く起きろ……」
セブルスとアキラしか居ない空間に、悲痛な声が小さく響いた。
早く目を覚ましてくれ。
いつもみたいに笑顔を見せてくれ。
僕に「好きだからね」と、その心地よい声色で伝えてくれ。
また僕と一緒に、日常を過ごしてくれ。
そんな想いを乗せて、セブルスは眠っているアキラの額へと顔を近づけた。
セブルスの薄い唇がアキラの額に口付ける。
それは一瞬だったが、セブルスには永遠にも感じられた。
一度抱いてしまった想いは止まらなかった。それは執着に近いものだった。
――目を覚まさないのなら、覚まさせるまでだ。
セブルスはアキラの横たわるベッドに手をついた。ぎしり、と音が響く。
額から目元、頬と優しくキスを落としていく。徐々に下へと降りて行き、ついにアキラの薄く開いた桃色の唇に顔を近づけようとした時だった。
「ん……」
アキラの形の良い唇が歪み、眉間に皺を寄せた後、アキラの目が徐々に光を取り込んだ。
その漆黒の双眼でセブルスの顔を捉えると、アキラは力なく笑った。
「――やぁ、セブルスじゃないか……おはよう……」
「先輩……」
「セブルス……そんな顔しないで……綺麗な顔が台無しだよ……」
アキラは握られていた右手に力を込めた。
その弱々しくも確かに感じられる力強さに、セブルスは泣きそうになった。
「……ッ……誰の……せいだと……!」
「はは……ごめん、私のせいだね……セブルスの顔を歪ませてばっかりだ……」
「……今回ばかりは肝が冷えたぞこの馬鹿。もう少し自分の危機管理能力を向上させたほうがいい」
セブルスは安堵のため息と共に、いつものようにねちっこく軽口を飛ばした。
目が覚めて良かった。いや――このまま覚めなくても、良かったかもしれない。どんな手を使ってでも、僕が――
そんな邪な想いがセブルスの中で渦巻いていた事は、アキラは露程も思ってもいなかった。
いくつか笑い合った後、セブルスはふとマダム・ポンフリーの言葉を思い出した。
「……マダム・ポンフリーが言っていた。何かに守られていた様だった、と」
「……ああ!ユニフォームの裏側に、あの時セブルスがくれたお守りをくっつけておいたんだ」
セブルスは驚いて、そばに置いてあったアキラのユニフォームをひっくり返す。
現れた袋は傷んでおり、今にも穴が空きそうだった。唯一色をつけていたスリザリンカラーの紐も千切れて無惨な姿になっていた。
このお守りはちょっとした気休め程度に作ったものだった。それがこんなにも効果を発揮して、アキラを守っただなんて。
「役に立ったんだな」
「役に立ったどころか、お守りがなかったら私、死んでたかもしれないよ。セブルスが守ってくれたんだね」
ありがとう。と笑うアキラに、セブルスも優しく口角を上げる。
マダム・ポンフリーが帰ってくるまでの間、二人だけの空間である医務室は、二人の幸せそうな笑い声で満たされていた。
グリフィンドールのシーカーがポッターに決まった!という記事と、スリザリンのチェイサーは今年もスリザリンのプリンスが担当する!という号外が配られる程、誰しもが寮対抗試合の開幕を楽しみにしていた。
そんな浮かれたホグワーツの中で、リリー・エバンズは一人やきもきしていた。
理由は、セブルス・スネイプとアキラ・ヤヨイの距離が縮まらない事。これに尽きた。
あの時、幼馴染のセブルス・スネイプが自分の気持ちに気付いたのは進展だった。リリーは手放しで喜んだ。
しかし、そこから全くと言って良いほど進展報告が無い。
リリーは大広間での昼食時、自分の皿に乗ったソーセージにフォークを突き刺しながら、じっとスリザリンのテーブルを観察した。
まず目にしたのはアキラだった。
彼女はどこにいてもすぐにわかる。
昼食にフィッシュアンドチップスをつまむアキラの隣で、ジェシカというスリザリン生が、アキラにサインを強請る他寮生を追い払っている最中だった。その姿はまるで有名人とマネージャーの様だった。
「私のサインなんて、何に使うんだろうね?減るもんじゃ無いし、喜んでもらえるなら書くけどなぁ」
ポテトを口に運びながらそう溢すアキラに、ジェシカはため息を吐くと、アキラの皿から一つポテトを摘んで自分の口に放り込んだ。
「お馬鹿ね、あんたは。ああいうのは一つ書いたら十、百と増えていくのが定石よ!」
聞こえて来たジェシカの言葉に、グリフィンドールの席に居たリリーも大きく頷いた。
側から見て不思議な動きをするリリーをジェームズが首を傾げて見ていたが、リリーはそんな事は気にも止めずに、またスリザリンの席の観察に勤しんだ。
ジェシカはまた一つアキラの皿からポテトを摘むと、クィディッチのポスターを指さした。
「大方、クィディッチの選手で有名人のあんたのサインが欲しいだけのミーハーよ。相手にしなくていいわ。それより、スネイプには言ったの?今年もクィディッチ選手になったって事!」
ジェシカの言葉を聞いて、アキラは苦笑いを浮かべた。
手に摘んだポテトがしなしなと元気を失っていて、まるで今のアキラの心情を表しているかの様だった。
「言ったよ、いの一番に。でも、セブルスったら心配性でさ――」
***
スリザリンのチェイサーに選ばれたアキラは、ポジションが決まるや否や早足で寮に戻った。
寮へと向かう足取りは軽やかで、今にも飛べるんじゃ無いかというくらい浮き浮きしていた。
空気の冷えた談話室を通り抜け、男子寮の入り口へと進む。
ノックも無しに、部屋の扉が音を立てて勢いよく開かれる。
エイブリーとマルシベールはびくりと飛び上がり、音の主がアキラだとわかるや否や、顔を赤くして自分達のベッドに入り込んでしまった。
ベッドの上で教科書片手に調合をしていたセブルスは、その爆音に顔をあげると、途端に眉間に皺を寄せた。
「うるさい」
怪訝そうに放たれた言葉なぞ気にも止めなかった。アキラはそれだけ浮ついていた。
アキラは頬を赤く染め丸まっている二人に、やあ!と満面の笑みと共に短く挨拶をすると、ずかずかと部屋に入った。
途端にセブルスの黒い双眼から刺すような視線が二人に向けられる。エイブリーとマルシベールはその視線から逃れる様に、頭まですっぽりと毛布を被ってしまった。
アキラはセブルスのベッドの端に座ると、身振り手振りを加えて、先ほど選手に選ばれた事を報告した。
「セブルス!聞いてくれ!私、今年もスリザリンのチェイサーを務めることになったんだ!」
アキラの一言に反応したセブルスの手元が少し狂った。
撹拌の回数を間違えたか、青色になるはずの薬は赤色になってしまった。くそ、実験は失敗だ。
セブルスは調合器具を片付け始めると、未だベッド端から動かず、自分の反応を待つアキラを見た。
「……また変に接触されて怪我なんかしたらどうするんだ」
アキラはセブルスのベッド上に散乱している羊皮紙をペラペラとめくった。隙間なくびっちりと書かれた文字達に苦笑いを浮かべると、セブルスの問いに間髪入れず答える。
「今度はちゃんと避けるよ、任せて!」
その楽天的な一言に、セブルスの眉間の皺は一層深くなった。
前回の対グリフィンドール戦で、アキラは執拗にマークされていた。多少の接触自体はスポーツのルール上しょうがない事なのだが、側から見てもやりすぎなくらいにベタベタとマークされていた。
時には男の選手からタックルを喰らう場面もあった。その時のスリザリン応援席の悲鳴と言ったら――思い出すだけでも相手には吐き気を催すし、心配で心臓が痛くなった。
試合後、大広間での祝賀会の時に、僕がこっそりそいつらのゴブレットに戯言薬を盛ったのは記憶に新しい。
片手をつき、ぐっと勢いよくベッド端に座るアキラに近づく。突然のことに、アキラの持っていた羊皮紙達がバサバサと音を立てて床に散らばっていく。広く無いベッドの上で、アキラとセブルスの距離は詰められた。
「今度は、だと?もう二度とあんな危険なプレーはしないと僕と約束しただろうそれを忘れたなんて言わせないぞ!」
一息で捲し立て、もう片手でまた一歩アキラに近づく。もはやアキラは、セブルスの腕の中に閉じ込められていると言っても良い状況だった。
鋭い眼光で距離を詰めてくるセブルスに、アキラは後退りたかったが、もう逃げ道はなかった。必死の思いで背骨を反らせる。
「き、危険なプレーはしないよ!私からは!うん!約束したもんね!」
「……なら良い。……本当に、無茶だけはするな。先輩の行動は心臓に悪すぎる」
セブルスは安堵のため息を吐いた。落ち着いた途端に冷静になり、今の自分の体勢を振り返った。
顔に熱が集まるのがわかる。アキラの上から勢いよく上体を起こすと、アキラとは距離を空けてベッドに座った。
アキラはするりとセブルスのベッドから抜け出すと、入って来た扉の方へとぎこちなく歩を進める。
「え、えっと……話はそれだけ!そ、それじゃあね!諸君、おやすみなさい!」
来た時と同じ様に大きな音を立てて扉を閉めて行ったアキラに、エイブリーとマルシベールは被った毛布の隙間から少し顔を出して小さく手を振るのが精一杯だった。
セブルスは嵐の去った部屋で大きく息を吐き出すと、先ほどまでアキラのいた自分のベッドに背中から体を沈めた。
***
「――え?なに?それじゃあ、スネイプはアキラがチェイサーになる事に反対なの?」
「いやあ……反対っていうか、うーん……怪我しなきゃ良いって感じかな?」
「はえー……過保護ねぇ……。アキラは別にスネイプのものじゃ無いのにねぇ」
二人の会話を聞いて、リリーは食べかけのソーセージを一口で頬張ると、すぐさま席を立った。そして大広間を駆け足で出て行った。
後ろからジェームズのリリーを呼ぶ声が聞こえた気がするが、そんなもの気にしていられない。
何よ!自分から何もアプローチを仕掛けていない癖に、スリザリンのプリンスを自分のものと勘違いしてるんじゃ無いかしら⁉︎しかも、誰かに獲られたらおしまいよ!
リリーは駆け足で彼のお気に入りである、いつもの湖の見える場所へと向かった。
やはり、というべきか。木にもたれかかり、難しそうな本を読み耽る幼馴染の姿がそこにはあった。
「セブ!ちょっと!聞きたいことがあるのだけど!」
「リリー……?一体どうした――何でそんなに不機嫌なんだ?」
リリーはセブルスの横に腰掛けた。セブルスが恥ずかしそうにリリーとは反対方向に身を捩る。
その様子にまた少しリリーの顔つきが険しくなったが、今はそんな彼の態度に小言を言う前に確認しておきたい事があった。
ふぅ、と一つため息を吐いて、セブルスを見る。
「セブ、あなたスリザリンのプリンスから、彼女がチェイサーに選ばれた事、聞いたのでしょう?」
何でその事を知っている?と言いたげなセブルスに、リリーは畳み掛ける様に言葉を紡ぐ。
「その時、素直に喜んであげたの?」
リリーの言葉に、セブルスはぐっと言い淀む。
確かに、セブルス自身アキラに対して祝福の言葉は投げかけていない。
あんなに喜びはしゃぐ彼女を見たのは初めてだったのに。
視線を右往左往させるセブルスを見て、リリーはまた一つため息を吐いた。この様子だと、まともに祝福や応援の言葉すらもかけていないのだろう。
リリーはセブルスの持っている書物を取り上げると、自身のローブの裾をはらい、立ち上がった。
そしてセブルスの腕を持ち上げて、一緒に立たせる。一瞬のことに、セブルスの体がぐらりと揺れる。
「何をするんだ」
「何をする、ですって?決まってるじゃない!スリザリンのプリンスに応援の言葉をかけに行くのよ!」
リリーの一言に、セブルスは自身の顔が赤くなるのがわかった。
「な――余計な事をするな!」
「セブがいつまでたっても素直にならないからじゃない!」
ごもっともなリリーに返す言葉もなく、セブルスは引きずられる様にホグワーツへと歩みを進めた。
***
――誰か、何でこうなっているのか教えてくれ。
アキラは困ったように自身の頬を掻いた。
目の前には気まずそうに視線を下に向けるセブルスと、その後ろで腕を組み、仁王立ちをしてこちらを見ているリリーの姿があった。
昼食を終え、大広間から出て次の教室へ向かおうとした時だった。後ろから女子生徒に呼び止められたのだ。
またサインでも強請りに来たのかな?と振り向くと、そこにはいつも自身が手放しに可愛がっている薬学の得意な後輩と、その幼馴染の赤毛の女の子が立っていたのだ。
アキラは心底驚いたが、その驚きを顔に出さない様に上手く笑みで隠すと、腕を組み彼らを見た。
「えっと……何かご用かな?」
なるべく優しく声をかける。少しでも気が緩むといつもの様に振る舞えない気がして、アキラは少し痛んだ気持ちを押し殺した。
セブルスは長いため息を一つ吐くと、視線を合わせて口を開いた。虚な黒の双眼が、漆黒の夜空のような双眼を射る。
「……これは、リリーに言えと言われたから、言うだけだ」
「……うん」
「…………チェイサー、おめでとう。試合は見ててやる。……スリザリン生として恥じない試合を頼むぞ」
そう言うと、セブルスはアキラの横を足早に通り過ぎて行ってしまった。
突然のことに、アキラの体は固まる。
今自分は一体何を言われた?昨日、チェイサーになった事を嬉々として伝えた時に、ものすごい剣幕で怒っていたあのセブルス・スネイプが――応援してくれた?
その様子を後ろから見ていたリリーは、目の前で今の出来事に目を丸くしているアキラに一歩近づくと、くすりと笑った。
「こんにちは、プリンス。教室へ移動しようとしていた所、突然お邪魔してしまってすみません」
「ああ……いや、平気だけど……」
呆気に取られているアキラに、リリーはまた一つ笑みをこぼした。
「セブ……彼ね、あなたがチェイサーに選ばれた昨年も、私のところに来て自慢してきたのよ?」
「……そうだったんだね。……期待には応えられなかったけどね」
「そんな事ないわ!私も試合を見ていたけど、あれはあの時のグリフィンドールが姑息なだけよ!」
何が騎士道精神よ!とリリーは一人憤慨した。その様子がおかしくて、アキラは笑みをこぼした。
「……そのくらい、セブにとってあなたは大切で自慢の人物なの。今回だって、本当はお祝いしたかったんだと思うわ」
ただ、ちょっと自分に素直になれないだけ。
ウィンクを一つ飛ばして、リリーも小走りでアキラの横を通り過ぎた。その後、程なくして何かを思い出したかの様にリリーは踵を返しこちらに戻ってくると、満面の笑みを浮かべた。
「あ!そうだわ。私もグリフィンドールの試合がない時はスリザリンを応援するわ!――それと、あなたたちの事もね!」
リリーはそう告げると、再度パタパタと小走りで駆けて行ってしまった。
その場に一人残されたアキラはリリーの言葉を反復した。
彼女は確かに、あなた達のことを応援すると言った。
「えっ……え?……ウソでしょ?」
思わぬ爆弾を食らったアキラは、顔を真っ赤にしてその場に立ち尽くした。
棒立ちのアキラが動き出したのは、自身を探しに来たジェシカに肩を叩かれた時だった。
***
今日はスリザリン対レイブンクローの第一戦目だ。
アキラは緑のクィディッチのユニフォームに着替えると、寮から競技場へ向かった。
クィディッチの競技場の方面からは、城に届くくらい互いの声援が漏れていた。
この歓声は本当に慣れない――
アキラは緊張で震えている手でばしん、と自分の両頬を叩いた。ちょっと痛かった気もするが、このくらいが丁度良い。
気合いを入れて、控え室に入ろうとした時だった。
「先輩」
呼ばれた低めの声に後ろを振り返ると、そこにはいつもの出立ちのセブルスが立っていた。
「セブルス!応援しに来てくれたんだね!どうしたんだい?」
「……これを」
セブルスが右手を前に出す。
その下に受け皿の様に両手を出すと、ポタッと重みを持った何かが両手に落ちてきた。
見るとそれは、飾り気も何もない小さな袋だった。袋の口を縛る紐がスリザリンカラーで、かろうじてそこだけ色が入っていた。
「……これは?」
アキラの問いに、セブルスはふん、と鼻を鳴らし、得意げに口角を上げた。
「僕が作ったお守りだ。……緊張しやすいあなたには気休め程度にはなるでしょう?」
「……えっ⁉︎手作り⁉︎」
「……何だ。何か不満でもあるのか」
予想だにしていなかったアキラの反応に、セブルスは少し顔を顰めた。
アキラはじっと手元の袋を見つめた後、勢いよくセブルスの方へ顔を上げた。
その表情は、満面の笑みを浮かべていた。
「ううん!不満なんてそんな、あるわけないよ!ありがとうセブルス。私、頑張ってくる!」
「――ッ、せいぜい無茶はしないでくれよ」
ありがとう!と控え室に駆けて行ってしまったアキラを見送り、セブルスは応援席へと歩みを進めた。
応援席へと向かう道中、セブルスは先ほど向けられた笑みを思い出して、自分の意思とは裏腹にニヤリと上がる口元を覆った。
あんなのずるいだろう。たかが袋一つで、あんなに眩しい笑顔を振り撒いてくるだなんて。
***
セブルスから貰ったお守りをユニフォームの内側に縫い付けて、フィールドへと降り立つ。
青と緑に身を纏った選手達が、互いに握手を交わす。
審判であるマダム・フーチの「箒に乗って」と言う合図で、全員が箒に跨った。
ピィー!という甲高い笛の音が響く。試合開始だ。
アキラは急上昇して、クアッフルを抱え込む。
真横のチェイサーにパスを渡して上空を旋回した後、ノーマークになれそうな場所を目を凝らして探した。
――ゴール横、フィールドの端が空いてる!
箒を加速させ、ゴール横へと近づく。それに気づいた他のチェイサーが、アキラへとパスを回す。
アキラは片手でクアッフルをしっかり持つと、勢いよく急降下した。
ぐんぐんと近づくゴールに、勢いよくクアッフルを投げ込む。
それは見事にキーパーの横を掠め、ゴールを通り抜けた。スリザリンの先制点だ。
ワーッ!という歓声に、アキラは高揚した。同じ様に興奮した仲間達に頭を撫でられて、髪の毛がぐしゃぐしゃになった。
応援席を見ると、真ん中あたりにリリーとセブルスの姿が見えた。そこに向かって手を振ると、リリー達の周りの女子は「きゃあ!」と黄色い悲鳴を上げた。
周りの声に不機嫌そうに顔を顰める彼は、リリーに小突かれて、ようやくこちらに小さく手を振りかえした。そんなセブルスを見て、アキラは笑ってフィールドに戻った。
お互い点数を入れては返しての繰り返しだった。
一歩も譲らない試合展開に、徐々に選手達の疲労も溜まっていく。それはアキラも例外ではなかった。
レイブンクローのビーターが打ち返したブラッジャーが、ブォンと低い音を立てて耳を掠める。咄嗟の出来事に避けれたものの、ちょっとでも反応が遅れていたら危なかった。
「プリンス!よそ見するんじゃない、ぞ!」
スリザリンのビーターが棍棒を振り、再度向かってきたブラッジャーを明後日の方向に打ち返す。
「ごめんごめん!ちょっと休憩してただけ!」
「おいおい、頼むぜ!お前は俺たちのホープなんだからよ!」
アキラはその言葉に一つ手を振ると、クアッフルを獲りにスピードを出して急降下した。
クアッフルを抱えたチェイサーがアキラをチラリと見る。隙をついて素早く出されたパスを受け取ろうとした瞬間だった。
真横から急速に接近してきていたブラッジャーに気づかなかった。
ドッ、という重く鈍い音がして、アキラの左肩に衝撃が走る。その後すぐに、肩から腕にかけて焼ける様な痛みがアキラを襲った。
箒から体がするりと落ちていくのがわかった。
チームメイトの声と、観客のどよめきが聞こえる。
うまく呼吸ができない――
誰か、助けてくれ――
アキラは遠ざかる空を見ながら、瞼を閉じた。
***
目を覆いたくなる様な鈍い音が聞こえた。
そしてその音がしたのは、自分が無事を祈った相手――アキラだった。
先ほどまでチームメイトや応援席に手を振り、みんなの士気をあげていた彼女が、一瞬の間に宙に放り投げられていた。
「きゃあ!」
「直撃じゃないか」
「音、すごかったぜ」
いろんな声が聞こえてくるが、自分の耳にはもはや雑音にしか聞こえなかった。
真っ逆さまに落ちるアキラを、みんな固唾を飲んで見守る。マダム・フーチが浮遊魔法をかけてくれたので、アキラは地面との衝突を逃れたが、落ちてきたアキラの顔に血の気はなく、肩は変な方向に曲がっていて、そこから繋がる腕はぶらんと力なく垂れていた。
マダム・フーチがピッ!と笛を鳴らす。試合は一時的にタイムになった。
アキラはマダム・フーチに抱えられ、医務室へ連れていかれた。各選手は控え室に戻って行き、応援席はなんとも言えない空気を纏っていた。
「セブ……プリンス、大丈夫かしら……」
リリーの言葉に、自分が呆然としていた事がわかった。肩をゆすられて、はっとする。
セブルスは慌てて応援席を立った。その様子を見てリリーは何事かと目を丸くし、セブルスのローブの裾に力を込めた。
「ちょっと!どこに行くのよ!」
「うるさい!医務室だ!」
「わ、私も行くわ!」
駆け出したセブルスの後を追う様にリリーも駆け出す。
いつもならすぐ行けるはずの医務室までが遠い。
こんなに遠かったか?もっと近くに作れ!と理不尽な悪態をつきたかった。
城に入り、廊下を駆け上がる。校則なんて知ったこっちゃない。
息を切らして、ようやく医務室へ辿り着く。
マダム・ポンフリーの「まぁ、なんて事⁉︎︎」という驚きと心配に満ちた声が聞こえた。
「セ、セブ……あなた、足……早いわよ……」
リリーが後ろから息を切らして階段を駆け上ってくるのが見えた。
「僕は着いてきて欲しいなんて一言も言ってないぞ」
「私もプリンスの容体が気になっただけよ!」
リリーはそう言うと、一つ深呼吸をした。
ようやく呼吸を整えたリリーの様子を見て、セブルスは医務室の扉を開けた。
「どなた⁉︎今は忙しいのに!」
マダム・ポンフリーがカーテンの奥からこちらへやってくる。その剣幕にセブルスは少し威圧され、口を噤んだ。
その様子に、咄嗟にリリーが口を開く。
「すみません、マダム・ポンフリー。グリフィンドールのリリー・エバンズです。その……ヤヨイ先輩は……?」
「ミス・ヤヨイ?ああ!先ほど大怪我を負って運ばれてきましたよ!全く!何かに守られていたようだけど、運が悪かったら腕が無くなっていたわ!」
マダム・ポンフリーの言葉を聞いて、二人は顔を見合わせた。お互いの顔色は血の気が引いていて、青白くなっていた。リリーに至っては泣きそうだ。
「……それで、ヤヨイ先輩の容体はどうなんですか」
セブルスが恐る恐る口を開く。
マダム・ポンフリーはそんな二人に対してやれやれといった笑顔を浮かべた。
「安静にしないといけないけれど、面会はできますよ。といっても、彼女は薬で眠っているので起こさない様に!」
二人に釘を刺して医務室を後にしてしまったマダム・ポンフリーを見送り、セブルスとリリーはゆっくりと白く隔たれたカーテンを開いた。
アキラが白く清潔なベッドに寝かされていた。
左肩には大きく包帯が巻かれており、事故の壮絶さを物語っていた。その他にも試合中にできた小さな切り傷や打撲などが見え隠れしていた。
規則的に上下する胸に、アキラが無事だった事が窺える。
痛々しい傷の数々に、セブルスは顔を歪めた。
「こんな……ひどいわ……」
「……ああ……」
「……彼女、無事に目を覚ますと良いけど……」
リリーの心配そうな声すらも耳を通り抜ける。
――危険なことはするなと、無茶をするなと、あれほど言ったのに。
セブルスはベッドの脇に置いてあった椅子に腰掛けると、ベッドから出されていたアキラの右手を震える手で握った。
温かさはあるが、力の入っていない傷だらけの白い手に、また一層自身の握る手に力が入る。
目を閉じ、痛ましい怪我を負ったアキラの手を祈る様に握るセブルス。そんな幼馴染の姿を見ていられなくて、リリーは医務室の扉を開けた。
廊下に出ると、バタバタとジェームズ達がこちらに来るのが見えた。
「リリー!その、スリザリンのプリンスは⁉︎」
「あらポッター、奇遇ね。彼女は今絶対安静よ」
その言葉に、一歩後ろにいたリーマスが青ざめる。シリウスもこれでもかというほど目を開いた。
「そ、その……め、面会とかって……」
どもるピーターの声にリリーは顔を横に振った。
「面会謝絶らしいわよ。今日は医務室に入ってはダメね」
リリーは嘘をついた。アキラに安静にしていて欲しい。
それはそうなのだが、本当はこの機会にセブルスにはアキラと距離を縮めて欲しかった。
「さ、競技場へ戻りましょう?クィディッチの続きが始まるでしょう?」
リリーはジェームズたちの背中を押しながら、どこからか出した杖で扉にかかっている立て札を【面会謝絶】に変え、医務室から遠ざかっていった。
***
セブルスは動かない白い手を握り締め、眠っている綺麗な顔を見る。
何やってるんだ。調子に乗るからだ。無茶はしないと約束したはずだ。痛かっただろうに。
怒りや心配など、色々な感情が渦巻くが、口にしようにも声にならなかった。
自分が怪我を負ったのではないかというくらい顔を歪め、セブルスはアキラの頬に右手を当てる。
「……何してるんだ……早く起きろ……」
セブルスとアキラしか居ない空間に、悲痛な声が小さく響いた。
早く目を覚ましてくれ。
いつもみたいに笑顔を見せてくれ。
僕に「好きだからね」と、その心地よい声色で伝えてくれ。
また僕と一緒に、日常を過ごしてくれ。
そんな想いを乗せて、セブルスは眠っているアキラの額へと顔を近づけた。
セブルスの薄い唇がアキラの額に口付ける。
それは一瞬だったが、セブルスには永遠にも感じられた。
一度抱いてしまった想いは止まらなかった。それは執着に近いものだった。
――目を覚まさないのなら、覚まさせるまでだ。
セブルスはアキラの横たわるベッドに手をついた。ぎしり、と音が響く。
額から目元、頬と優しくキスを落としていく。徐々に下へと降りて行き、ついにアキラの薄く開いた桃色の唇に顔を近づけようとした時だった。
「ん……」
アキラの形の良い唇が歪み、眉間に皺を寄せた後、アキラの目が徐々に光を取り込んだ。
その漆黒の双眼でセブルスの顔を捉えると、アキラは力なく笑った。
「――やぁ、セブルスじゃないか……おはよう……」
「先輩……」
「セブルス……そんな顔しないで……綺麗な顔が台無しだよ……」
アキラは握られていた右手に力を込めた。
その弱々しくも確かに感じられる力強さに、セブルスは泣きそうになった。
「……ッ……誰の……せいだと……!」
「はは……ごめん、私のせいだね……セブルスの顔を歪ませてばっかりだ……」
「……今回ばかりは肝が冷えたぞこの馬鹿。もう少し自分の危機管理能力を向上させたほうがいい」
セブルスは安堵のため息と共に、いつものようにねちっこく軽口を飛ばした。
目が覚めて良かった。いや――このまま覚めなくても、良かったかもしれない。どんな手を使ってでも、僕が――
そんな邪な想いがセブルスの中で渦巻いていた事は、アキラは露程も思ってもいなかった。
いくつか笑い合った後、セブルスはふとマダム・ポンフリーの言葉を思い出した。
「……マダム・ポンフリーが言っていた。何かに守られていた様だった、と」
「……ああ!ユニフォームの裏側に、あの時セブルスがくれたお守りをくっつけておいたんだ」
セブルスは驚いて、そばに置いてあったアキラのユニフォームをひっくり返す。
現れた袋は傷んでおり、今にも穴が空きそうだった。唯一色をつけていたスリザリンカラーの紐も千切れて無惨な姿になっていた。
このお守りはちょっとした気休め程度に作ったものだった。それがこんなにも効果を発揮して、アキラを守っただなんて。
「役に立ったんだな」
「役に立ったどころか、お守りがなかったら私、死んでたかもしれないよ。セブルスが守ってくれたんだね」
ありがとう。と笑うアキラに、セブルスも優しく口角を上げる。
マダム・ポンフリーが帰ってくるまでの間、二人だけの空間である医務室は、二人の幸せそうな笑い声で満たされていた。