半純血のプリンスと謎の先輩
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また今日もホグワーツでの一日が始まる。
寝ぼけ眼を擦りながら、アキラはベッドから起き上がると、制服へ着替えるためにパジャマを脱ぎ始めた。
ワイシャツに袖を通し、緑のネクタイを締めようとしたところで、同室で親友のジェシカがとてつもない音を立てて部屋に入ってきた。
凄まじい扉の音に、アキラは少し飛び上がった。おかげで結びかけてたネクタイを手から離してしまい、もう一度最初からになってしまった。
「うわ、びっくりした……おはよう、ジェシカ。どうしたの?そんな血相を変えて……」
ジェシカは迷う事なく真っ直ぐとこちらに来た。
「おはよう、アキラ。今日もとってもクールね!……って違うわ!あんたに聞きたいことがあるのよ!」
ああもう!寝癖も可愛いけど、早く大広間で朝食を食べながら聞かせてちょうだい!時間が足りないわ!と、アキラの身支度を一緒に済ませていく。
あれよあれよと整っていく自身の様子に驚き、そして親友がどうしてそんなに朝から興奮しているのかという疑問に、アキラは首を傾げた。
ジェシカに腕を引っ掴まれ、早歩きで談話室から大広間に向かう。足がもつれそうになるが、ジェシカは止まらない。
最中、おはようございます、プリンス。と投げかけられる挨拶に手を振り返したり、押し付けられるように渡された手紙なんかも抱えながら、必死で足を動かす。
大広間に着いた頃には息は上がり、この短時間でよくもこんなにたくさんの出来事を処理できたと自分を褒めたいくらいだった。
自寮であるスリザリンのテーブルに腰を落ち着かせると、隣に座ったジェシカはベーコンと目玉焼きをトーストに挟み、幸せを噛み締めるかのように口を動かしていた。
アキラも倣って自分の皿にベーコンと目玉焼き、ベイクドビーンズを乗せたところで、自分の前に誰かが腰を落ち着けたことに気づいた。
黒くべたついた髪の毛に、目の開ききっていない眠そうな顔。不機嫌ではないが、朝の光に目がうまく開かず、眉間にシワが寄っている。
着ているというか、もはや纏っていると形容した方が合っているような気がするローブは、肩からずり落ちそうになっていた。
「おはよう、セブルス。なんだか眠そうだね」
「……おはよう、ございます……」
返ってきた挨拶は絞り出したというのが良く当てはまるくらい、小さく掠れていた。本当に寝起きのようだ。
アキラはそんなセブルスに眉尻を下げると、横にあったゴブレットに紅茶を注いでセブルスの目の前に差し出した。
どうも、と小さく返ってきた言葉に微笑みを返す。
そんな二人の様子を見て、ジェシカは自身がアキラに聞きたかった疑問を述べた。
「あんた……いや、あんた達ってさ……やっぱり、付き合ってるの?」
「はぁ⁉︎」
声を上げたのはセブルスだった。先ほどまでほとんど開かれていなかった黒い双眼が、これでもかというほど見開かれる。
セブルスの大声に何事かと大広間中の視線を集めるが、アキラが何でもないといったように手を振ると、大広間のみんなは「スリザリンのプリンスからファンサービスを貰った!」と嬉々として食事に戻った。
うまく注目は避けたアキラも、内心焦っていた。
「えっと、ジェシカ。どうしてそんな結論に辿り着いたの?」
顔を赤らめながらそう言うアキラと、視線だけで射殺せるんじゃないかという目を向けるセブルス。
そんな二人をものともせず、ジェシカはソーセージに一口齧り付きながら答えた。
「だって、昔から一緒にいるじゃない。むしろどうやってあんた達が知り合ったのか疑問よ」
話しながらもソーセージの他にトマトにも手を出すジェシカを見て、アキラは腕を組んだ。
セブルスとどうやって知り合ったか、か。
片やスリザリンのプリンスと謳われる人気者、片や特に人と関わりを持とうとしない根暗な人間――天と地ほど差のあるこの二人がどうやって知り合ったか、アキラに興味がある者は喉から手が出るほど知りたい情報だった。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「なんも聞いてないわよ!何?教えてくれるの⁉︎」
ぐい、とこちらに体を寄せるジェシカに苦笑いが浮かんだ。期待に満ちるジェシカの目がキラキラと輝いている気がする。
「えっ⁉︎あー……セブルスが、良かったら?」
疑問系になってしまったのは、私の口から話していいものなのかと躊躇したからだ。
セブルスの方をちらりと見る。トーストをおほばり嫌そうな顔を浮かべながらも、「勝手にしろ」という雰囲気を振り撒いていた。
アキラはそれを良しと捉えて、ジェシカの方に少し身を寄せる。セブルスの前で親友に想い人との出会いを話すなんて少し恥ずかしい気もするが、いい機会だ。
「あー……じゃあ、そうだな。セブルスと私の出会いから話そうかな――」
***
二年生のアキラは、大広間で今か今かと期待に胸を膨らませていた。
今日は新入生がホグワーツに入学する、大事な大事な夜なのだ。
がちゃりと大きな扉が開き、黒いローブを纏った小さな魔法使いの卵達が大広間へと入ってくる。
うわあ!可愛い!
どの子も立派な魔法使いになるのだろう。どんな子が我が寮に来るのだろうか。今から楽しみで仕方がない。
いつの間にか始まっていた組み分けに意識を向ける。あの黒髪で癖っ毛の眼鏡くんはグリフィンドールなんだね。ああ、有名なブラック家の彼も――そうぼんやり思いながら組分けされるのを眺めていた。
「グリフィンドール!」
声高らかに組分け帽子が叫ぶ。あの可愛らしい赤毛の子もグリフィンドールなのか。今年はグリフィンドールが多いな。勇猛果敢な子が多いんだね。
グリフィンドール続きの組分けに飽きてきたアキラは、目の前のレモンキャンディーをひとつまみ口へ運んだ。うーん、この甘酸っぱさで目が覚めるな。
アキラがレモンキャンディーの甘酸っぱさに顔を歪めている時だった。
「スリザリン!」
高らかに宣言された自寮に、周りと同じように惜しみない拍手を送る。口がモゴモゴしているのは多めに見てほしい。
撫で付けたような黒髪の少年が、狼狽えながらスリザリンのテーブルの方へ寄ってくる。
オロオロとしているところを見ると、どこに座っていいのかわからないのだろう。ここは先輩の出番だ。
「おーい!黒髪の君!ここ空いてるよー!」
アキラは大きく手を振った。途端、狼狽えていた彼は少し不安そうに――それでもほっとしたかのように、アキラの隣に腰掛けた。
「スリザリンに入寮おめでとう!私はアキラ・ヤヨイ。よろしくね!」
きょとんと固まっている黒髪の彼に、右手を差し出す。あれ、挨拶間違えたかな…。そう不安になっていると、おずおずと右手を握り返してくれた。
「……セブルス・スネイプ」
未だ組分けはされているというのに、彼の声だけはよく聞こえた。やけに周りが静かに感じた一瞬だった。可愛い後輩の誕生に、途端に嬉しさが込み上げてきた。
***
リリーと一緒にホグワーツに来たのはいいものの、僕はスリザリン。リリーはグリフィンドールへと組分けされてしまった。組分け帽子とやらを心底恨んだ。
組分けの儀式を済ませ、リリーと離れ離れになってしまった事に苛立ちながらも、宣言されたスリザリンの方へと歩みを進める。
先輩たちにおめでとう。と歓迎の言葉を頂きながらテーブルへつこうとしたが、あいにく空席が見当たらなかった。
まずい、どうしよう。
少し不安になってきたところに、大きく視界を揺らすものが目に入った。
雑踏の中、とてもよく通る声だった。
「スリザリンに入寮おめでとう!私はアキラ・ヤヨイ。よろしくね!」
微笑まれ、右手を差し出される。
それは僕の見てきた中で、一番と言っていいほど、とても綺麗な微笑みだった。どくん、と大きく心臓が鳴る。途端に締め付けられたように痛くなって、僕は目を見開き固まってしまった。
どれくらいそうしていただろう。目の前の笑顔が綺麗な女の子が徐々に首を傾げたところで、僕は反応できていなかったことに気づき、慌てて差し出されていた右手を掴む。
「……セブルス・スネイプ」
絞り出した声はとても小さく震えていて、僕の声じゃないみたいだった。とても恥ずかしい。
僕の辿々しい返事に、黒髪の笑顔が素敵な女の子は満面の笑みを浮かべた。
「セブルスは何か食べる?私のおすすめはこのレモンキャンディーかな!マグルのお菓子なんだ!あ、この爆発ボンボンチョコもおすすめ!」
目の前の女の子は僕の好みも聞かず、僕の皿にどんどんと食べ物を盛り付けていく。
スリザリンって、こんな人ばっかりなのか?もっとこう――狡猾で、野心的な人が集まるものだと思っていた。
校長が静かにするよう合図をするまで、セブルスは甲斐甲斐しく自身の世話を焼くアキラに目を丸くさせた。
***
一通り組分けの儀式が終わり、監督生たちが自寮へと一年生を案内し始めた頃、アキラはふと周りを見渡した。
一年生の中に、先ほどのセブルスの姿が無い。
慌てて監督生に進言しようとしたが、上級生の足は早く、アキラの小さい足では追いつけなかった。
――これはまずいことになった。
なぜならホグワーツはあまりにも広く、そして不思議に満ち溢れているからだ。
七年生はその全貌は謎に包まれていると豪語していたし、先生たちですら「今日はこの道は通れないな」と踵を返す道があるくらいだ。
アキラはそろりと寮へ戻る列を抜け出すと、セブルスを探すために列とは反対方向に走った。
どのくらい当てもなく走っただろうか?
大広間からいくつもの階段を上り――たまに上ってると思ったら下っていたりした――、ついにはポルターガイストのピーブズが根城にしているトイレの前まで来てしまった。
「……あんまり通りたくないんだけどなぁ……」
ピーブズは、それはそれは厄介なポルターガイストだった。
魔法薬学教室では自習の生徒が作った薬液を取り上げて床に投げつけたり、廊下を歩いているだけで頭の上からタライを落とされたり――とにかく、イタズラに事欠かないのだ。それも、生徒が本当に嫌がるイタズラに。
噂によれば週に一回、このトイレで泳いでいるとかなんとか。
今日がその日じゃありませんように。
そう願ってアキラはトイレの前を足早に通り過ぎようとした時――
バタン!と大きな音が立ったかと思うと、探していた姿が例のトイレから勢いよく出てきた。
「セブルス⁉︎」
アキラの声に顔をこちらに向けたかと思うと、元々真っ白だった彼の顔はもっと青ざめた。
「先輩、ポルターガイストが……!」
アキラは咄嗟にセブルスに駆け寄った。セブルスの目線の先にはイタズラの標的を定めたピーブズが、ふわりふわりと浮かんでいた。ご丁寧に大量のクソ爆弾を一緒に浮かべながら。
これは本当にまずい事になった。ピーブズに見つかるだけでも面倒臭いのに、標的にされるなんて。
「イッヒッヒ!夜に城を探索なんて、悪い子!悪い子!悪い子には――」
「ピーブズ、やめて。今日はホグワーツの入学式だったでしょ?頼むよ、今日くらい見逃してよ」
アキラの言葉に反応したのか、ピクリと眉を上げるピーブズ。そして彼は考えるそぶりを見せた。
「そうだなぁ〜、その小僧は一年生だもんなぁ」
「そ、そう!ピカピカの一年生!」
「一年生なのに、夜中にふらふら出歩いてるなんて、やっぱり悪い子だよなぁ〜。悪い子は、捕まらないとだよなぁ〜」
「ピーブズ、お願いだよ。あなたが黙っててくれれば、私たちは何にも捕まらずに、安心して部屋で眠れるんだ」
「ふむふむ。なるほど。じゃあフィルチに言わなくちゃだね」
ピーブズはまるで自分は聖人の如き行いをしたとでも言うかのようにふんぞり返った。
「……ポルターガイストの言うことなんて、誰が聞くか」
アキラの後ろに隠れさせられていたセブルスが小さな声で吐き捨てるようにつぶやいた。
これが間違いだった。
「生意気!言ってやる〜!言ってやる〜!抜け出した生徒が二人いるぞ!二人もだ!」
ピーブズは大声で叫んだ。耳がいかれそうになるほどの大きな声に、アキラとセブルスは顔を歪めながら耳を塞ぐ。
途端にクソ爆弾がアキラ目掛けて落ちてくる。
「プロテゴ!」
アキラとセブルスの周りに丸く何かが張られる。
プロテゴのおかげで二人に特に被害は出なかったが、クソ爆弾は盾に当たるとグシャリと弾けて異臭を放った。
「クソッ!走るよ!」
ピーブズの下をすり抜け、セブルスの手をしっかりと自身の左手で握り、アキラは走り出した。
スリザリンの談話室は地下にある。地下を目指して廊下を進むが、突き当たりでドアにぶち当たってしまった。どうやら鍵がかかっているようで、押しても引いてもびくともしない。
「うわダメだ開かない」
足音がバタバタと聞こえてくる。大方、ピーブズの声を聞いたフィルチだろう。
「アロホモラ」
いつの間にか杖を取り出したセブルスが鍵を杖で軽く叩き、低く唸るように呪文を呟く。
カチリと小さく音が鳴り、鍵が開いた。ドアが開いたのを見計らって、二人はなだれ込むように部屋に入り、急いでドアを閉めた。
そして扉に耳を付け、外の様子を伺う。
「……確かにここか?ピーブズ」
フィルチの訝しむ声が聞こえる。コツコツと靴音が近づいてくるのがわかる。
心臓がバクバクして、今にも飛び出そうだった。
「どっちへ行った?早く言え、ピーブズ」
「どちらだろうね〜?あっちかな?こっちかな?それともこっちだったりして!たくさん走り回って探せば見つかるよ〜!ハッハッハー!」
ピーブズの消える音がヒュウっと聞こえた。
フィルチはチッと悪態をつくと、来た道を戻って行った。
「よ、良かった〜……!」
肺の中の空気を全て出し切ったかと思うほどに大きなため息を吐く。
危なかった。セブルスがこの部屋の鍵を開けてくれていなければ、明日は仲良く懲罰行きだった。
「セブルス、君が無事で良かった」
ニッコリと笑いながら、アキラは安心させるようにセブルスに声をかけた。
***
「――っていうのが、私たちの出会いかな?」
「……アンタ、【スリザリンのプリンス】なんて言われる前からそんな無茶してたのね……」
たくさんのベイクドビーンズが乗ったアキラの皿とは対照的に、ジェシカの皿はもうほとんど何も残っていなかった。
大広間にも、もう数える程しか生徒は残っていなかった。
向かいに座るセブルスはゴブレットの中身をぐいっと一息で飲み干すと、「ご馳走様」と言い残し、授業の準備をするために席を立ってしまった。
ジェシカは頬杖をつきながら、隣でいそいそとベイクドビーンズを頬張る親友を見た。
「でもそれ、あんたが初めて誰かのピンチを救ったのだとしたら――スネイプはアンタに心を奪われたファン一号って事ね」
「フ、ファン⁉︎なんで⁉︎」
「だって、ねぇ。そんな事されて落ちない人は居ないでしょうよ。スリザリンのプリンス古参ファンだったのね、アイツ」
話を聞いている限り、古参ファンなんて生温い感情じゃ無いでしょうけど。
ジェシカはひとつ長いため息をつくと、この人のために頑張り過ぎてしまう親友を、どうやってあの根暗陰険ガリ勉とくっ付けてやろうかと考えるのであった。
***
足早に談話室に戻ると、セブルスは次の授業である魔法薬学の教科書と羽ペン、インクをかき集める。
帰ってくる途中に名前も知らないスリザリン生から、「スリザリンのプリンスとお前の出会いが気になるから教えろ」なんて言われた。
大広間で先輩が話していた内容が聞きたかったが、途中で僕がこっそりとマフリアートを唱えたせいで聞こえなかったのだろう。ふん、いい気味だ。
大切な思い出を、僕が他人にペラペラと喋るとでも思っているのだろうか。だとしたらそいつは命知らずにも程がある。二度と僕の前で先輩の話ができないようにしてやる。
セブルスは鼻で笑うと、誰に向けたかわからない嘲笑を浮かべた。
先輩の語った、僕と先輩の出会いは間違いでは無い。間違いでは無いが――この話には、まだ少し続きがあった。
***
セブルスも安堵の表情を浮かべたが、それは一瞬だけだった。すぐさま眉根を寄せて、アキラへと詰め寄った。
「どうして僕なんかを探しに来たんだ!」
トイレに行こうとして迷子になっていた、なんて口が裂けても言えなかった。
大広間から出て行く時に、丁度用を足したかったのを思い出して列から抜けた。それが良くなかった。
そうしたらスリザリン以外の一年生の波に押され、よくわからない廊下に立たされていた。
知らないところだが、トイレくらい一人で行ける。そうたかを括ったのが間違いだった。
あれよあれよと城は道を変え、階段は別の場所に繋がり、僕は迷子になってしまった。
ようやく見つけたトイレで用を足したのも束の間、ポルターガイストのピーブズがやってきて、僕はびっくりしてトイレから勢いよく外に飛び出した。
そこからはご覧の通りだ。
大広間で出会ったばかりの先輩を巻き込み、迷惑をかけて――僕は何をやっているんだ。
ぎゅっと握りしめた手に爪が食い込んで痛い。
目の前の先輩は優しく微笑むと、僕の痛いくらいに握られた拳を両手でそっと包み込んだ。
「セブルスは私の大切な後輩だからね」
可愛い後輩のピンチに駆けつけない先輩なんて、居るわけないだろう?
そうサラリと言いのけた優しく気高い先輩に、僕の心臓はまたどくん、と大きな音を立てた。
少し気恥ずかしくなって俯くと、先輩は僕の頭を撫でた後、僕の手を取って空き部屋から一歩外に出た。
「さて、フィルチも撒いたことだし――談話室に戻ろうか!」
月明かりに照らされた彼女の笑顔に、また目を奪われたのは僕だけの秘密だった。
寝ぼけ眼を擦りながら、アキラはベッドから起き上がると、制服へ着替えるためにパジャマを脱ぎ始めた。
ワイシャツに袖を通し、緑のネクタイを締めようとしたところで、同室で親友のジェシカがとてつもない音を立てて部屋に入ってきた。
凄まじい扉の音に、アキラは少し飛び上がった。おかげで結びかけてたネクタイを手から離してしまい、もう一度最初からになってしまった。
「うわ、びっくりした……おはよう、ジェシカ。どうしたの?そんな血相を変えて……」
ジェシカは迷う事なく真っ直ぐとこちらに来た。
「おはよう、アキラ。今日もとってもクールね!……って違うわ!あんたに聞きたいことがあるのよ!」
ああもう!寝癖も可愛いけど、早く大広間で朝食を食べながら聞かせてちょうだい!時間が足りないわ!と、アキラの身支度を一緒に済ませていく。
あれよあれよと整っていく自身の様子に驚き、そして親友がどうしてそんなに朝から興奮しているのかという疑問に、アキラは首を傾げた。
ジェシカに腕を引っ掴まれ、早歩きで談話室から大広間に向かう。足がもつれそうになるが、ジェシカは止まらない。
最中、おはようございます、プリンス。と投げかけられる挨拶に手を振り返したり、押し付けられるように渡された手紙なんかも抱えながら、必死で足を動かす。
大広間に着いた頃には息は上がり、この短時間でよくもこんなにたくさんの出来事を処理できたと自分を褒めたいくらいだった。
自寮であるスリザリンのテーブルに腰を落ち着かせると、隣に座ったジェシカはベーコンと目玉焼きをトーストに挟み、幸せを噛み締めるかのように口を動かしていた。
アキラも倣って自分の皿にベーコンと目玉焼き、ベイクドビーンズを乗せたところで、自分の前に誰かが腰を落ち着けたことに気づいた。
黒くべたついた髪の毛に、目の開ききっていない眠そうな顔。不機嫌ではないが、朝の光に目がうまく開かず、眉間にシワが寄っている。
着ているというか、もはや纏っていると形容した方が合っているような気がするローブは、肩からずり落ちそうになっていた。
「おはよう、セブルス。なんだか眠そうだね」
「……おはよう、ございます……」
返ってきた挨拶は絞り出したというのが良く当てはまるくらい、小さく掠れていた。本当に寝起きのようだ。
アキラはそんなセブルスに眉尻を下げると、横にあったゴブレットに紅茶を注いでセブルスの目の前に差し出した。
どうも、と小さく返ってきた言葉に微笑みを返す。
そんな二人の様子を見て、ジェシカは自身がアキラに聞きたかった疑問を述べた。
「あんた……いや、あんた達ってさ……やっぱり、付き合ってるの?」
「はぁ⁉︎」
声を上げたのはセブルスだった。先ほどまでほとんど開かれていなかった黒い双眼が、これでもかというほど見開かれる。
セブルスの大声に何事かと大広間中の視線を集めるが、アキラが何でもないといったように手を振ると、大広間のみんなは「スリザリンのプリンスからファンサービスを貰った!」と嬉々として食事に戻った。
うまく注目は避けたアキラも、内心焦っていた。
「えっと、ジェシカ。どうしてそんな結論に辿り着いたの?」
顔を赤らめながらそう言うアキラと、視線だけで射殺せるんじゃないかという目を向けるセブルス。
そんな二人をものともせず、ジェシカはソーセージに一口齧り付きながら答えた。
「だって、昔から一緒にいるじゃない。むしろどうやってあんた達が知り合ったのか疑問よ」
話しながらもソーセージの他にトマトにも手を出すジェシカを見て、アキラは腕を組んだ。
セブルスとどうやって知り合ったか、か。
片やスリザリンのプリンスと謳われる人気者、片や特に人と関わりを持とうとしない根暗な人間――天と地ほど差のあるこの二人がどうやって知り合ったか、アキラに興味がある者は喉から手が出るほど知りたい情報だった。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「なんも聞いてないわよ!何?教えてくれるの⁉︎」
ぐい、とこちらに体を寄せるジェシカに苦笑いが浮かんだ。期待に満ちるジェシカの目がキラキラと輝いている気がする。
「えっ⁉︎あー……セブルスが、良かったら?」
疑問系になってしまったのは、私の口から話していいものなのかと躊躇したからだ。
セブルスの方をちらりと見る。トーストをおほばり嫌そうな顔を浮かべながらも、「勝手にしろ」という雰囲気を振り撒いていた。
アキラはそれを良しと捉えて、ジェシカの方に少し身を寄せる。セブルスの前で親友に想い人との出会いを話すなんて少し恥ずかしい気もするが、いい機会だ。
「あー……じゃあ、そうだな。セブルスと私の出会いから話そうかな――」
***
二年生のアキラは、大広間で今か今かと期待に胸を膨らませていた。
今日は新入生がホグワーツに入学する、大事な大事な夜なのだ。
がちゃりと大きな扉が開き、黒いローブを纏った小さな魔法使いの卵達が大広間へと入ってくる。
うわあ!可愛い!
どの子も立派な魔法使いになるのだろう。どんな子が我が寮に来るのだろうか。今から楽しみで仕方がない。
いつの間にか始まっていた組み分けに意識を向ける。あの黒髪で癖っ毛の眼鏡くんはグリフィンドールなんだね。ああ、有名なブラック家の彼も――そうぼんやり思いながら組分けされるのを眺めていた。
「グリフィンドール!」
声高らかに組分け帽子が叫ぶ。あの可愛らしい赤毛の子もグリフィンドールなのか。今年はグリフィンドールが多いな。勇猛果敢な子が多いんだね。
グリフィンドール続きの組分けに飽きてきたアキラは、目の前のレモンキャンディーをひとつまみ口へ運んだ。うーん、この甘酸っぱさで目が覚めるな。
アキラがレモンキャンディーの甘酸っぱさに顔を歪めている時だった。
「スリザリン!」
高らかに宣言された自寮に、周りと同じように惜しみない拍手を送る。口がモゴモゴしているのは多めに見てほしい。
撫で付けたような黒髪の少年が、狼狽えながらスリザリンのテーブルの方へ寄ってくる。
オロオロとしているところを見ると、どこに座っていいのかわからないのだろう。ここは先輩の出番だ。
「おーい!黒髪の君!ここ空いてるよー!」
アキラは大きく手を振った。途端、狼狽えていた彼は少し不安そうに――それでもほっとしたかのように、アキラの隣に腰掛けた。
「スリザリンに入寮おめでとう!私はアキラ・ヤヨイ。よろしくね!」
きょとんと固まっている黒髪の彼に、右手を差し出す。あれ、挨拶間違えたかな…。そう不安になっていると、おずおずと右手を握り返してくれた。
「……セブルス・スネイプ」
未だ組分けはされているというのに、彼の声だけはよく聞こえた。やけに周りが静かに感じた一瞬だった。可愛い後輩の誕生に、途端に嬉しさが込み上げてきた。
***
リリーと一緒にホグワーツに来たのはいいものの、僕はスリザリン。リリーはグリフィンドールへと組分けされてしまった。組分け帽子とやらを心底恨んだ。
組分けの儀式を済ませ、リリーと離れ離れになってしまった事に苛立ちながらも、宣言されたスリザリンの方へと歩みを進める。
先輩たちにおめでとう。と歓迎の言葉を頂きながらテーブルへつこうとしたが、あいにく空席が見当たらなかった。
まずい、どうしよう。
少し不安になってきたところに、大きく視界を揺らすものが目に入った。
雑踏の中、とてもよく通る声だった。
「スリザリンに入寮おめでとう!私はアキラ・ヤヨイ。よろしくね!」
微笑まれ、右手を差し出される。
それは僕の見てきた中で、一番と言っていいほど、とても綺麗な微笑みだった。どくん、と大きく心臓が鳴る。途端に締め付けられたように痛くなって、僕は目を見開き固まってしまった。
どれくらいそうしていただろう。目の前の笑顔が綺麗な女の子が徐々に首を傾げたところで、僕は反応できていなかったことに気づき、慌てて差し出されていた右手を掴む。
「……セブルス・スネイプ」
絞り出した声はとても小さく震えていて、僕の声じゃないみたいだった。とても恥ずかしい。
僕の辿々しい返事に、黒髪の笑顔が素敵な女の子は満面の笑みを浮かべた。
「セブルスは何か食べる?私のおすすめはこのレモンキャンディーかな!マグルのお菓子なんだ!あ、この爆発ボンボンチョコもおすすめ!」
目の前の女の子は僕の好みも聞かず、僕の皿にどんどんと食べ物を盛り付けていく。
スリザリンって、こんな人ばっかりなのか?もっとこう――狡猾で、野心的な人が集まるものだと思っていた。
校長が静かにするよう合図をするまで、セブルスは甲斐甲斐しく自身の世話を焼くアキラに目を丸くさせた。
***
一通り組分けの儀式が終わり、監督生たちが自寮へと一年生を案内し始めた頃、アキラはふと周りを見渡した。
一年生の中に、先ほどのセブルスの姿が無い。
慌てて監督生に進言しようとしたが、上級生の足は早く、アキラの小さい足では追いつけなかった。
――これはまずいことになった。
なぜならホグワーツはあまりにも広く、そして不思議に満ち溢れているからだ。
七年生はその全貌は謎に包まれていると豪語していたし、先生たちですら「今日はこの道は通れないな」と踵を返す道があるくらいだ。
アキラはそろりと寮へ戻る列を抜け出すと、セブルスを探すために列とは反対方向に走った。
どのくらい当てもなく走っただろうか?
大広間からいくつもの階段を上り――たまに上ってると思ったら下っていたりした――、ついにはポルターガイストのピーブズが根城にしているトイレの前まで来てしまった。
「……あんまり通りたくないんだけどなぁ……」
ピーブズは、それはそれは厄介なポルターガイストだった。
魔法薬学教室では自習の生徒が作った薬液を取り上げて床に投げつけたり、廊下を歩いているだけで頭の上からタライを落とされたり――とにかく、イタズラに事欠かないのだ。それも、生徒が本当に嫌がるイタズラに。
噂によれば週に一回、このトイレで泳いでいるとかなんとか。
今日がその日じゃありませんように。
そう願ってアキラはトイレの前を足早に通り過ぎようとした時――
バタン!と大きな音が立ったかと思うと、探していた姿が例のトイレから勢いよく出てきた。
「セブルス⁉︎」
アキラの声に顔をこちらに向けたかと思うと、元々真っ白だった彼の顔はもっと青ざめた。
「先輩、ポルターガイストが……!」
アキラは咄嗟にセブルスに駆け寄った。セブルスの目線の先にはイタズラの標的を定めたピーブズが、ふわりふわりと浮かんでいた。ご丁寧に大量のクソ爆弾を一緒に浮かべながら。
これは本当にまずい事になった。ピーブズに見つかるだけでも面倒臭いのに、標的にされるなんて。
「イッヒッヒ!夜に城を探索なんて、悪い子!悪い子!悪い子には――」
「ピーブズ、やめて。今日はホグワーツの入学式だったでしょ?頼むよ、今日くらい見逃してよ」
アキラの言葉に反応したのか、ピクリと眉を上げるピーブズ。そして彼は考えるそぶりを見せた。
「そうだなぁ〜、その小僧は一年生だもんなぁ」
「そ、そう!ピカピカの一年生!」
「一年生なのに、夜中にふらふら出歩いてるなんて、やっぱり悪い子だよなぁ〜。悪い子は、捕まらないとだよなぁ〜」
「ピーブズ、お願いだよ。あなたが黙っててくれれば、私たちは何にも捕まらずに、安心して部屋で眠れるんだ」
「ふむふむ。なるほど。じゃあフィルチに言わなくちゃだね」
ピーブズはまるで自分は聖人の如き行いをしたとでも言うかのようにふんぞり返った。
「……ポルターガイストの言うことなんて、誰が聞くか」
アキラの後ろに隠れさせられていたセブルスが小さな声で吐き捨てるようにつぶやいた。
これが間違いだった。
「生意気!言ってやる〜!言ってやる〜!抜け出した生徒が二人いるぞ!二人もだ!」
ピーブズは大声で叫んだ。耳がいかれそうになるほどの大きな声に、アキラとセブルスは顔を歪めながら耳を塞ぐ。
途端にクソ爆弾がアキラ目掛けて落ちてくる。
「プロテゴ!」
アキラとセブルスの周りに丸く何かが張られる。
プロテゴのおかげで二人に特に被害は出なかったが、クソ爆弾は盾に当たるとグシャリと弾けて異臭を放った。
「クソッ!走るよ!」
ピーブズの下をすり抜け、セブルスの手をしっかりと自身の左手で握り、アキラは走り出した。
スリザリンの談話室は地下にある。地下を目指して廊下を進むが、突き当たりでドアにぶち当たってしまった。どうやら鍵がかかっているようで、押しても引いてもびくともしない。
「うわダメだ開かない」
足音がバタバタと聞こえてくる。大方、ピーブズの声を聞いたフィルチだろう。
「アロホモラ」
いつの間にか杖を取り出したセブルスが鍵を杖で軽く叩き、低く唸るように呪文を呟く。
カチリと小さく音が鳴り、鍵が開いた。ドアが開いたのを見計らって、二人はなだれ込むように部屋に入り、急いでドアを閉めた。
そして扉に耳を付け、外の様子を伺う。
「……確かにここか?ピーブズ」
フィルチの訝しむ声が聞こえる。コツコツと靴音が近づいてくるのがわかる。
心臓がバクバクして、今にも飛び出そうだった。
「どっちへ行った?早く言え、ピーブズ」
「どちらだろうね〜?あっちかな?こっちかな?それともこっちだったりして!たくさん走り回って探せば見つかるよ〜!ハッハッハー!」
ピーブズの消える音がヒュウっと聞こえた。
フィルチはチッと悪態をつくと、来た道を戻って行った。
「よ、良かった〜……!」
肺の中の空気を全て出し切ったかと思うほどに大きなため息を吐く。
危なかった。セブルスがこの部屋の鍵を開けてくれていなければ、明日は仲良く懲罰行きだった。
「セブルス、君が無事で良かった」
ニッコリと笑いながら、アキラは安心させるようにセブルスに声をかけた。
***
「――っていうのが、私たちの出会いかな?」
「……アンタ、【スリザリンのプリンス】なんて言われる前からそんな無茶してたのね……」
たくさんのベイクドビーンズが乗ったアキラの皿とは対照的に、ジェシカの皿はもうほとんど何も残っていなかった。
大広間にも、もう数える程しか生徒は残っていなかった。
向かいに座るセブルスはゴブレットの中身をぐいっと一息で飲み干すと、「ご馳走様」と言い残し、授業の準備をするために席を立ってしまった。
ジェシカは頬杖をつきながら、隣でいそいそとベイクドビーンズを頬張る親友を見た。
「でもそれ、あんたが初めて誰かのピンチを救ったのだとしたら――スネイプはアンタに心を奪われたファン一号って事ね」
「フ、ファン⁉︎なんで⁉︎」
「だって、ねぇ。そんな事されて落ちない人は居ないでしょうよ。スリザリンのプリンス古参ファンだったのね、アイツ」
話を聞いている限り、古参ファンなんて生温い感情じゃ無いでしょうけど。
ジェシカはひとつ長いため息をつくと、この人のために頑張り過ぎてしまう親友を、どうやってあの根暗陰険ガリ勉とくっ付けてやろうかと考えるのであった。
***
足早に談話室に戻ると、セブルスは次の授業である魔法薬学の教科書と羽ペン、インクをかき集める。
帰ってくる途中に名前も知らないスリザリン生から、「スリザリンのプリンスとお前の出会いが気になるから教えろ」なんて言われた。
大広間で先輩が話していた内容が聞きたかったが、途中で僕がこっそりとマフリアートを唱えたせいで聞こえなかったのだろう。ふん、いい気味だ。
大切な思い出を、僕が他人にペラペラと喋るとでも思っているのだろうか。だとしたらそいつは命知らずにも程がある。二度と僕の前で先輩の話ができないようにしてやる。
セブルスは鼻で笑うと、誰に向けたかわからない嘲笑を浮かべた。
先輩の語った、僕と先輩の出会いは間違いでは無い。間違いでは無いが――この話には、まだ少し続きがあった。
***
セブルスも安堵の表情を浮かべたが、それは一瞬だけだった。すぐさま眉根を寄せて、アキラへと詰め寄った。
「どうして僕なんかを探しに来たんだ!」
トイレに行こうとして迷子になっていた、なんて口が裂けても言えなかった。
大広間から出て行く時に、丁度用を足したかったのを思い出して列から抜けた。それが良くなかった。
そうしたらスリザリン以外の一年生の波に押され、よくわからない廊下に立たされていた。
知らないところだが、トイレくらい一人で行ける。そうたかを括ったのが間違いだった。
あれよあれよと城は道を変え、階段は別の場所に繋がり、僕は迷子になってしまった。
ようやく見つけたトイレで用を足したのも束の間、ポルターガイストのピーブズがやってきて、僕はびっくりしてトイレから勢いよく外に飛び出した。
そこからはご覧の通りだ。
大広間で出会ったばかりの先輩を巻き込み、迷惑をかけて――僕は何をやっているんだ。
ぎゅっと握りしめた手に爪が食い込んで痛い。
目の前の先輩は優しく微笑むと、僕の痛いくらいに握られた拳を両手でそっと包み込んだ。
「セブルスは私の大切な後輩だからね」
可愛い後輩のピンチに駆けつけない先輩なんて、居るわけないだろう?
そうサラリと言いのけた優しく気高い先輩に、僕の心臓はまたどくん、と大きな音を立てた。
少し気恥ずかしくなって俯くと、先輩は僕の頭を撫でた後、僕の手を取って空き部屋から一歩外に出た。
「さて、フィルチも撒いたことだし――談話室に戻ろうか!」
月明かりに照らされた彼女の笑顔に、また目を奪われたのは僕だけの秘密だった。