彼女のコレクション
軀が、目の前で優雅に立ち働いている。
飛影は、いつもの自分の定位置のソファに座って、それを何をするでもなく眺める。
立ち働く、とは言っても、軀が他人のために働いているのではない。
彼女が行っているのは、自分の部屋の模様替えである。
飾り棚の脇に曲線豊かな機械細工の天文時計が据えられている。
洒落た書き物机の上には、ペン立て。
ガラスペンがきらきらと。
ねじれの入ったインク壺。
軀の枕元のサイドテーブルには、陶器のベルのついた置時計がささやかな音を立てながら時を刻む。
きのこを模したガラス細工のランプ。
添えられた妖精の人形が、軀自身にもちょっと似ている。
「これはこっちか……ううん……」
軀は時折ぶつくさ呟きながら、手に持ったビスクドールをテーブルの上に並べていた。
軽食を食べる時になど利用する寄木細工のテーブルだが、今はその上に何体かのビスクドールが置かれている。
女の子を模した人形が一体と、男の子を模した人形が二体。
軀はしばし呻いていたが、黒髪の男の子人形を取り上げ、振り向きざまに飛影に放る。
「なんだ」
空中で捕まえてから、飛影はぶっきらぼうに軀に問う。
こんなものを寄越してどうしようというのか。
「やる。気に入らなかったら、捨ててもいいし」
飛影は、かすかに溜息をついて手の中の人形を眺める。
ごくかすかに流れ出る妖気……。
そうだ、それは、紛れもなく生きている。
◇ ◆ ◇
軀の部屋を出て滅多に使わない自室の前まで来ると、時雨に行き会う。
「どうしたんだお前」
言わずもがなの問いであるが、飛影は一応そう声に出す。
困惑気味の時雨の大きな手の中には、栗色の髪のビスクドール。
けっこう大きなものだ。
濃い緑色のヴェルヴェットの、大きなリボンのついたドレス。
「ああ。先日軀様にいただいたものだが」
さしもの時雨が困り果てた様子に、飛影は興味を引かれる。
「ここ最近いつものやつか。その辺に置いておけばいいだろう」
「それがな。ワシのところだと、そうもいかん。患者が嫌がる。見られているみたいだとな」
時雨は、溜息と共に手の中の人形を見やる。
むくつけき男の手には、どう見ても似合わない繊細な作りの人形。
色ガラスの緑の目がきらきら。
「そいつを俺のところに持ってきて、どうしようというんだ」
「お主、滅多に部屋に戻らぬだろう? 置いておくだけ置いておいてくれぬか。軀様からいただいたものを捨てるのも気が引けるのでな」
時雨の珍しく気弱そうな口調に、飛影もやれやれと溜息で答えるしかない。
その時である。
「飛影? 戻っていたのか、丁度良かった」
廊下の向こうからやって来たのは、奇淋。
手に、人形ならぬ優雅な曲線で形作られた、蒔絵の箱を持っている。
同じタイプで微妙に違うのを、飛影は軀の部屋で見たことがある。
恐らく、オルゴールだ。
「なんだ、貴様もか」
「そう言うな。何せこれが、時々喋るのだ。恨み言らしきものをな。流石にキツイ」
奇淋は盛大な溜息と共に、飛影の手にオルゴールを押し付ける。
「あの人身売買組織との戦いは苛烈だったからな。“こう”された敵方の者も一人や二人ではない」
ようようさっぱりしたといわんばかりに奇淋が両手を広げる。
「軀様の新たなお力は、凄まじいものよ。だがあの方らしいと申すか、時折戯れが過ぎる」
時雨が、ちゃっかり飛影の左腕と胴体の間に、ビスクドールを押し込む。
「戦った敵方の者を、まとめて雑貨や人形にしてしまうというのは、いくら何でも冗談が過ぎるではないか」
軀様にも困ったもの、と時雨が天井を仰ぐ。
「別に、あれは何が何でもこういうピカピカした雑貨の類にせんでもいいものだぞ。こういう見た目なのは、軀の純粋な趣味だ。あいつも楽しむことを覚えたらしいな」
飛影は、部屋の中から顔を出した使い魔、炎を纏う狼紅蓮に、手の中の厄介な雑貨を押し付ける。
紅蓮はくわえたり背中に乗せて部屋に戻る。
きっとおもちゃにして遊ぶのだろう。
「軀様が、ご自身の周辺をお飾りになられるようになったのは良いことだ。あの方は長年無造作な方でいらして」
奇淋がいつものように思い出話をしだす。
時雨が後を引き取る。
「日々の暮らしに愛着が湧いてこられたということであろうか? ああいった少女趣味の雑貨をわざわざ手元に置かれるようになったというのは、精神的にご健康になられている証拠かも知れぬ」
「しかしな。ああいうものが御所望なら、商人でも呼び寄せていくらでも……。わざわざ敵を変化させるようなことをされずとも」
奇淋が理解しがたいというように首を横に振る。
飛影は、ふん、と鼻を鳴らす。
「敵を変化させると、軀が思っている通りかそれ以上の品質のものが出来上がるんだそうだ。好みに合うかわからない出来合いのものより、面白いということなんだろう」
奇淋はそれでも仮面の上からこめかみを押さえる。
「しかし、夜中に呻き出すとか、夢枕に立って恨み言をいうなどということがあるのではな……」
流石に気味が悪い、と奇淋はお手上げの仕草を見せる。
軀の物質転換能力で変貌させられた元敵の雑貨たちは、無機物に変化させられても、あろうことか「生きている」のだ。
妖気が微妙に漂う。
魔界でもそうそう見かけない見事な工芸品に変貌させられるのは流石と言いたいところであるが、生きていて化けて出るというなら、話は別である。
「置いておきたくないなら、捨てていい、という話だったろうが。そうすればいいだろう。馬鹿どもめ」
飛影は、話を切り上げると、部屋に戻る。
案の定というべきか。
部屋の床の上では、破壊魔たる紅蓮が、さきほどのビスクドールとオルゴールを、ズタズタのゴミクズに変えていたのだった。
飛影は、いつもの自分の定位置のソファに座って、それを何をするでもなく眺める。
立ち働く、とは言っても、軀が他人のために働いているのではない。
彼女が行っているのは、自分の部屋の模様替えである。
飾り棚の脇に曲線豊かな機械細工の天文時計が据えられている。
洒落た書き物机の上には、ペン立て。
ガラスペンがきらきらと。
ねじれの入ったインク壺。
軀の枕元のサイドテーブルには、陶器のベルのついた置時計がささやかな音を立てながら時を刻む。
きのこを模したガラス細工のランプ。
添えられた妖精の人形が、軀自身にもちょっと似ている。
「これはこっちか……ううん……」
軀は時折ぶつくさ呟きながら、手に持ったビスクドールをテーブルの上に並べていた。
軽食を食べる時になど利用する寄木細工のテーブルだが、今はその上に何体かのビスクドールが置かれている。
女の子を模した人形が一体と、男の子を模した人形が二体。
軀はしばし呻いていたが、黒髪の男の子人形を取り上げ、振り向きざまに飛影に放る。
「なんだ」
空中で捕まえてから、飛影はぶっきらぼうに軀に問う。
こんなものを寄越してどうしようというのか。
「やる。気に入らなかったら、捨ててもいいし」
飛影は、かすかに溜息をついて手の中の人形を眺める。
ごくかすかに流れ出る妖気……。
そうだ、それは、紛れもなく生きている。
◇ ◆ ◇
軀の部屋を出て滅多に使わない自室の前まで来ると、時雨に行き会う。
「どうしたんだお前」
言わずもがなの問いであるが、飛影は一応そう声に出す。
困惑気味の時雨の大きな手の中には、栗色の髪のビスクドール。
けっこう大きなものだ。
濃い緑色のヴェルヴェットの、大きなリボンのついたドレス。
「ああ。先日軀様にいただいたものだが」
さしもの時雨が困り果てた様子に、飛影は興味を引かれる。
「ここ最近いつものやつか。その辺に置いておけばいいだろう」
「それがな。ワシのところだと、そうもいかん。患者が嫌がる。見られているみたいだとな」
時雨は、溜息と共に手の中の人形を見やる。
むくつけき男の手には、どう見ても似合わない繊細な作りの人形。
色ガラスの緑の目がきらきら。
「そいつを俺のところに持ってきて、どうしようというんだ」
「お主、滅多に部屋に戻らぬだろう? 置いておくだけ置いておいてくれぬか。軀様からいただいたものを捨てるのも気が引けるのでな」
時雨の珍しく気弱そうな口調に、飛影もやれやれと溜息で答えるしかない。
その時である。
「飛影? 戻っていたのか、丁度良かった」
廊下の向こうからやって来たのは、奇淋。
手に、人形ならぬ優雅な曲線で形作られた、蒔絵の箱を持っている。
同じタイプで微妙に違うのを、飛影は軀の部屋で見たことがある。
恐らく、オルゴールだ。
「なんだ、貴様もか」
「そう言うな。何せこれが、時々喋るのだ。恨み言らしきものをな。流石にキツイ」
奇淋は盛大な溜息と共に、飛影の手にオルゴールを押し付ける。
「あの人身売買組織との戦いは苛烈だったからな。“こう”された敵方の者も一人や二人ではない」
ようようさっぱりしたといわんばかりに奇淋が両手を広げる。
「軀様の新たなお力は、凄まじいものよ。だがあの方らしいと申すか、時折戯れが過ぎる」
時雨が、ちゃっかり飛影の左腕と胴体の間に、ビスクドールを押し込む。
「戦った敵方の者を、まとめて雑貨や人形にしてしまうというのは、いくら何でも冗談が過ぎるではないか」
軀様にも困ったもの、と時雨が天井を仰ぐ。
「別に、あれは何が何でもこういうピカピカした雑貨の類にせんでもいいものだぞ。こういう見た目なのは、軀の純粋な趣味だ。あいつも楽しむことを覚えたらしいな」
飛影は、部屋の中から顔を出した使い魔、炎を纏う狼紅蓮に、手の中の厄介な雑貨を押し付ける。
紅蓮はくわえたり背中に乗せて部屋に戻る。
きっとおもちゃにして遊ぶのだろう。
「軀様が、ご自身の周辺をお飾りになられるようになったのは良いことだ。あの方は長年無造作な方でいらして」
奇淋がいつものように思い出話をしだす。
時雨が後を引き取る。
「日々の暮らしに愛着が湧いてこられたということであろうか? ああいった少女趣味の雑貨をわざわざ手元に置かれるようになったというのは、精神的にご健康になられている証拠かも知れぬ」
「しかしな。ああいうものが御所望なら、商人でも呼び寄せていくらでも……。わざわざ敵を変化させるようなことをされずとも」
奇淋が理解しがたいというように首を横に振る。
飛影は、ふん、と鼻を鳴らす。
「敵を変化させると、軀が思っている通りかそれ以上の品質のものが出来上がるんだそうだ。好みに合うかわからない出来合いのものより、面白いということなんだろう」
奇淋はそれでも仮面の上からこめかみを押さえる。
「しかし、夜中に呻き出すとか、夢枕に立って恨み言をいうなどということがあるのではな……」
流石に気味が悪い、と奇淋はお手上げの仕草を見せる。
軀の物質転換能力で変貌させられた元敵の雑貨たちは、無機物に変化させられても、あろうことか「生きている」のだ。
妖気が微妙に漂う。
魔界でもそうそう見かけない見事な工芸品に変貌させられるのは流石と言いたいところであるが、生きていて化けて出るというなら、話は別である。
「置いておきたくないなら、捨てていい、という話だったろうが。そうすればいいだろう。馬鹿どもめ」
飛影は、話を切り上げると、部屋に戻る。
案の定というべきか。
部屋の床の上では、破壊魔たる紅蓮が、さきほどのビスクドールとオルゴールを、ズタズタのゴミクズに変えていたのだった。