燃ゆる里に時雨降るらむ

「……かくの如しが、拙者の故国が魔性石を人間界より輸入する際に起こりました次第にございます」

 時雨は、ひざまずいたまま、目の前のゆったりした玉座に座る軀に告げる。

 軀は興味深そうに、頬杖をついたまま時雨の長い話を傾聴していたのだ。
 玉座の軀の隣というか足元には、飛影が時雨の持ってきた、彼の故国で製造加工された魔性石を練り込んだ刀を手にしている。
 一見何とはなしに眺めているだけのように見えるが、剣士であり飛影とそれなりに深い付き合いの時雨には、飛影が魔性石製の武器に興味津々なのが窺がえる。

「お前の故国の名産品、魔性石製の武具に使われる原料が、人間界からの輸入とはな。今でも人間界から輸入は続けているのか」

 軀は、枕元から見事な加工の、これも魔性石入りと思しい、うっすら紫基調の虹色に輝く短刀を抜き放つ。
 時雨が軀軍に入る時に軀に献上した品である。

「はい。かの地には、かつての主の子孫に当たる方々が地主としておられますので、その方々と通商を続けております」

 500年も掘り続けてだいぶ山の形も変わってはいるが、まだ魔性石は元は鬼咲国と呼ばれた山国の中に多くうずもれている。

 軀はふむ、とうなずく。

「今や露骨に喧嘩を売って来やがるようになった『呼ばれざる者』の信徒どもとの争いに、魔性石武具は必須だからな。お前の故国には、ますます輸入を頑張ってもらわないといかん。……よし、決めた」

 軀は飛影に顔を向ける。

「飛影。お前、俺の名代として、時雨と一緒に時雨の故郷に出向け。そこで、魔性石性武具の増産を打診して来い」

 飛影はふっと鼻を鳴らす。

「俺でいいのか?」

 軀はにやりと笑い。

「自分と近い炎の妖気を持つ妖怪、時雨が過去に守護していた奴も、その国にいるのだろう? 会って手合わせしてみたいと顔に書いてあるぞ?」

 飛影はぎろりと軀を睨む。

「当たり前のように心を読むな!!」

 軀はけろけろ笑う。
 時雨が苦笑し、飛影に耳打ちする。

「般若丸様の妖力は、今のそなたほどではないにせよ、魔性石を使った戦い方には習熟しておられる方だ。そなたも得るところが大きいであろう。軀様のお許しもあるのだ、拙者が般若丸様に紹介しよう」

 飛影がじろりと時雨を睨む。

「さっさと支度するぞ!!」

 言うなり、飛影は軀の私室を区切るカーテンの陰の扉を開け、支度部屋に入っていく――軀の。
 自分の私物も、軀の部屋に全部置いてあるということなのだろう。

 夫婦気取りだな、若いせいか進展が早い、と時雨はますます苦笑するしかない。

「時雨」

 軀が時雨に穏やかに声をかける。

「は」

「飛影に『呼ばれざる者』との戦い方を教えてやってくれ。あいつがあんなつまらん連中に潰されるのはオレ個人としても承服し難いのでな。お前も奴らには重々気を付けろ。何か入用になるものがあればすぐに言え」

 時雨は、丁寧に平伏する。

「この時雨、決して軀様の軍に、不名誉の誹りを被らせることなきよう立ち回ると、お約束申し上げまする」

 主からの信頼が、この時雨の本分。
 時雨は、恐らくますます苛烈になる戦いすらも、そう悪いものではないように思えてくるのだった。


「燃ゆる里に時雨降るらむ」 【完】
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