目覚め
麻弥は変身を遂げる。
そこにいたのは、人間の娘ではない。
不思議な力で宙に浮く、得も言われぬ真珠の七色に包まれた人獣である。
彼女はさながら星の女神であるかのように、輝く七色の球体を周囲に従えた異形でありながら艶麗な姿と化している。
すんなりとした手足の先は、美術品のようなガントレットとブーツ状の、輝く甲殻。
桜色とパールグレイの勝ったマジョーラカラーがあでやか。
髪と襟もと、それに甲殻と手足の接合部は、幻のようなオパールグリーンの影が浮かび上がる真珠色の毛皮に覆われている。
胸元と腰回りは、さながら太めのベルトのような際どい真珠色の衣装に覆われている。
マイクロミニというも頼りないくらいのスカートの下は、裾と腰骨あたりを精緻なレース編みで飾ったボクサータイプのアンダーウェア。
腰の後ろからは、先端に小ぶりな「星の球体」を従えた長い蠍を思わせる尻尾が生えて揺らめいている。
彼女の体の周囲に浮かぶ星々を思わせる七色の球体は、見る間に増えて彼女の全身を覆うかのように。
それがどれだけの力を秘めているか、例え欲に目がくらんだ愚かな妖怪でも理解しそうな程に露骨。
現実に頭がついていかず、呆然としている「自分を喰おうとした妖怪」に、麻弥は周囲に浮かぶ「星」を突進させる。
音も声もなく。
星が通り過ぎたところ、まるで空間に消しゴムをかけたかのように、人食い妖怪の腰から上が一直線に消える。
「星による消失」は立て続けに繰り返され、肉体の大部分を痕跡もなく失った人食い妖怪は、僅かに手足の先端などの切れ端を残して完全に消滅する。
「ひっ……!! お。おい、こいつを……!!」
止めろ、と四つ目の妖怪は言いたかったのであろう。
しかし、彼にも輝く恐るべき「消失の星」が複雑な軌跡を描いて突進する。
こちらもわずかな断片を残し嘘のように消滅。
二秒とかからぬ早業。
「……あなた方」
麻弥は、宙に浮いたまま、生き残りの数人を睥睨する。
「……私の先輩も、こんな風に食い殺したのね。あんな武器で切り刻まれて、先輩は苦しみ抜いて死んだんだわ」
麻弥が宇宙の碧虹色に輝く光をたたえた眼光で残党を射抜いた瞬間、無数に分裂した「星」が奔流のように広間中を荒れ狂う。
まばゆい七色の光は、一瞬にして、永遠の死の沈黙をもたらしたのだった。
◇ ◆ ◇
「喜多嶋!!」
真っ先にその広間に飛び込んだ妖狐蔵馬が見たものは、不思議な力の奔流であまりに美しい曲線を描いて掘削されまくった部屋の天井や壁、床。
そして、その只中にあえかな光に包まれて浮かび上がる、星のような発光体を従える、妖艶な人獣の姿である。
「き……た……じま?」
確かに、その星を引き連れる人獣の目鼻は、よく知る「喜多嶋麻弥」のもの。
だが、彼女は今や明かに人間とは違っているのだ。
「わっ!! 何だこのボコボコの部屋は!? 何が起こってやがるんだ!?」
一瞬遅れて入って来た幽助がたたらを踏む。
飛影は表面上は落ち着いた様子で、周囲を見回す。
「なるほどな。喰おうとしてキタジマとやらを生命の危機に曝したら、本来の力を目覚めさせてしまったという訳だな。馬鹿な奴らだ。まあ、こうなっては頭の程度なんぞ何の役にも立たなくなったが」
飛影が足の先に落ちていた青色の手の切れ端を蹴とばす。
「あ、あの子が喜多嶋って子かよ!?」
駆け込んできた桑原が、宙に浮く麻弥を視認して目を剥く。
「なんで!? 人間じゃなかったのか!?」
蔵馬は背後で混乱している仲間たちに構う余裕もなく、ゆっくり麻弥の元に歩を勧める。
「喜多嶋……」
「……もしかして……畑中くんなの?」
麻弥が、すうっと空中を滑るようにして、蔵馬に近付く。
彼はぎくりとして固まる。
「……何故そう思う?」
「わかるわ。だって、あなた、畑中くんの感じがするもの」
春のように笑いかける麻弥の表情は、蔵馬が良く知るもの。
「あの銀色の男の人、畑中くん自身だったのね。かっこいいね!!」
お互い姿が違う、それでも妙にいつものやり取り。
「……すまない。騙しているつもりはなかったが、俺のこの正体を知れば、君が危険になると判断した」
この場でどこまで説明すべきか蔵馬が逡巡する間に、麻弥はふよふよ宙に浮きながら、しげしげと蔵馬の顔を覗き込む。
「ねえ。正体って、畑中くんって、もしかして『妖狐蔵馬』って人だったりしない? 私をここに連れて来た奴が言ってた。本当は、その妖狐蔵馬が怖いから、私を誘拐するのはやめようとしたんだって。でも、お金に目がくらんだんだって」
蔵馬は目を何度も瞬かせる。
「そうか……そう言われたのか」
次いで、麻弥をじっと見据える。
一瞬で、蔵馬はいつもの「畑中秀一」の姿に戻っていたのだ。
「喜多嶋。体は大丈夫か? どこか痛まないか? おかしなところは?」
「ああ、これ?」
麻弥はくすくす笑う。
「いやもう、ぜーーーーんぜん快適!! すっごいね、こういうの!! 物凄い力が使えるの!! 待ってたのよこういうの!! 割と夢だったのよ!! 人生はこうでなくちゃねーーーー!!」
胸の前で手を組んで嬉しそうにふりふり体をくねらせている麻弥を見るや、蔵馬はふっと頬が緩むのを感じる。
そうだ、「喜多嶋麻弥」はこういう人だ。
「ねえ、畑中くん」
急に真面目くさって、麻弥がぐいっと蔵馬に迫る。
「ん? どうしたんだ?」
「これってさ……私も畑中くんと同じような存在になったってこと? 別物とかって、考えなくていいってこと? 中学の時、一緒におかしなものを見た時に、私とあなたって違うのかなって……」
蔵馬はぎくりと体を震わせる。
「喜多嶋……思い出して?」
「うん。寝てる間に思い出しちゃって。畑中くんに詳しいこと訊かないうちは死ねないって思ったら、この姿になって、あいつらやっつけられたの」
蔵馬は、この際肚を括ることにする。
麻弥の肩にしっかりと触れる。
「喜多嶋。どこから話したらいいか……まずは君のことをおおまかに説明する。端的に言うと、君は『大隔世』したんだと思う」
麻弥は目をぱちぱちさせる。
「ダイカクセイ?」
「そう。普通は人間が俺たちみたいな魔族の血を引いていて、その血が何代も後に目覚めることをそう呼んでいたが、魔族にも人間にも共通して起こる『大隔世』がある。魔族より強力な、天界の精霊や神々の血が甦って起こる『大隔世』だ。君の場合はそれだと思う」
おお、と麻弥は手を打つ。
「えっ、ホント!? 要するに、私神様や精霊の子孫なの!?」
蔵馬はうなずく。
「そういうことだ。君は今や魔界の魔族より強い。だけど、それは力を使いこなした状態を維持できれば、という但し書きが付く。君はこういうことに慣れていない。このままでは……」
蔵馬が何か言いかけた時。
建物全体を揺るがせる地響きが、次第に大きく強くなってくるのを、その場の全員が感じ取る。
「軀が来る。外で待てということだ」
飛影が、蔵馬と麻弥に、付いてくるように合図を送って来たのだった。
そこにいたのは、人間の娘ではない。
不思議な力で宙に浮く、得も言われぬ真珠の七色に包まれた人獣である。
彼女はさながら星の女神であるかのように、輝く七色の球体を周囲に従えた異形でありながら艶麗な姿と化している。
すんなりとした手足の先は、美術品のようなガントレットとブーツ状の、輝く甲殻。
桜色とパールグレイの勝ったマジョーラカラーがあでやか。
髪と襟もと、それに甲殻と手足の接合部は、幻のようなオパールグリーンの影が浮かび上がる真珠色の毛皮に覆われている。
胸元と腰回りは、さながら太めのベルトのような際どい真珠色の衣装に覆われている。
マイクロミニというも頼りないくらいのスカートの下は、裾と腰骨あたりを精緻なレース編みで飾ったボクサータイプのアンダーウェア。
腰の後ろからは、先端に小ぶりな「星の球体」を従えた長い蠍を思わせる尻尾が生えて揺らめいている。
彼女の体の周囲に浮かぶ星々を思わせる七色の球体は、見る間に増えて彼女の全身を覆うかのように。
それがどれだけの力を秘めているか、例え欲に目がくらんだ愚かな妖怪でも理解しそうな程に露骨。
現実に頭がついていかず、呆然としている「自分を喰おうとした妖怪」に、麻弥は周囲に浮かぶ「星」を突進させる。
音も声もなく。
星が通り過ぎたところ、まるで空間に消しゴムをかけたかのように、人食い妖怪の腰から上が一直線に消える。
「星による消失」は立て続けに繰り返され、肉体の大部分を痕跡もなく失った人食い妖怪は、僅かに手足の先端などの切れ端を残して完全に消滅する。
「ひっ……!! お。おい、こいつを……!!」
止めろ、と四つ目の妖怪は言いたかったのであろう。
しかし、彼にも輝く恐るべき「消失の星」が複雑な軌跡を描いて突進する。
こちらもわずかな断片を残し嘘のように消滅。
二秒とかからぬ早業。
「……あなた方」
麻弥は、宙に浮いたまま、生き残りの数人を睥睨する。
「……私の先輩も、こんな風に食い殺したのね。あんな武器で切り刻まれて、先輩は苦しみ抜いて死んだんだわ」
麻弥が宇宙の碧虹色に輝く光をたたえた眼光で残党を射抜いた瞬間、無数に分裂した「星」が奔流のように広間中を荒れ狂う。
まばゆい七色の光は、一瞬にして、永遠の死の沈黙をもたらしたのだった。
◇ ◆ ◇
「喜多嶋!!」
真っ先にその広間に飛び込んだ妖狐蔵馬が見たものは、不思議な力の奔流であまりに美しい曲線を描いて掘削されまくった部屋の天井や壁、床。
そして、その只中にあえかな光に包まれて浮かび上がる、星のような発光体を従える、妖艶な人獣の姿である。
「き……た……じま?」
確かに、その星を引き連れる人獣の目鼻は、よく知る「喜多嶋麻弥」のもの。
だが、彼女は今や明かに人間とは違っているのだ。
「わっ!! 何だこのボコボコの部屋は!? 何が起こってやがるんだ!?」
一瞬遅れて入って来た幽助がたたらを踏む。
飛影は表面上は落ち着いた様子で、周囲を見回す。
「なるほどな。喰おうとしてキタジマとやらを生命の危機に曝したら、本来の力を目覚めさせてしまったという訳だな。馬鹿な奴らだ。まあ、こうなっては頭の程度なんぞ何の役にも立たなくなったが」
飛影が足の先に落ちていた青色の手の切れ端を蹴とばす。
「あ、あの子が喜多嶋って子かよ!?」
駆け込んできた桑原が、宙に浮く麻弥を視認して目を剥く。
「なんで!? 人間じゃなかったのか!?」
蔵馬は背後で混乱している仲間たちに構う余裕もなく、ゆっくり麻弥の元に歩を勧める。
「喜多嶋……」
「……もしかして……畑中くんなの?」
麻弥が、すうっと空中を滑るようにして、蔵馬に近付く。
彼はぎくりとして固まる。
「……何故そう思う?」
「わかるわ。だって、あなた、畑中くんの感じがするもの」
春のように笑いかける麻弥の表情は、蔵馬が良く知るもの。
「あの銀色の男の人、畑中くん自身だったのね。かっこいいね!!」
お互い姿が違う、それでも妙にいつものやり取り。
「……すまない。騙しているつもりはなかったが、俺のこの正体を知れば、君が危険になると判断した」
この場でどこまで説明すべきか蔵馬が逡巡する間に、麻弥はふよふよ宙に浮きながら、しげしげと蔵馬の顔を覗き込む。
「ねえ。正体って、畑中くんって、もしかして『妖狐蔵馬』って人だったりしない? 私をここに連れて来た奴が言ってた。本当は、その妖狐蔵馬が怖いから、私を誘拐するのはやめようとしたんだって。でも、お金に目がくらんだんだって」
蔵馬は目を何度も瞬かせる。
「そうか……そう言われたのか」
次いで、麻弥をじっと見据える。
一瞬で、蔵馬はいつもの「畑中秀一」の姿に戻っていたのだ。
「喜多嶋。体は大丈夫か? どこか痛まないか? おかしなところは?」
「ああ、これ?」
麻弥はくすくす笑う。
「いやもう、ぜーーーーんぜん快適!! すっごいね、こういうの!! 物凄い力が使えるの!! 待ってたのよこういうの!! 割と夢だったのよ!! 人生はこうでなくちゃねーーーー!!」
胸の前で手を組んで嬉しそうにふりふり体をくねらせている麻弥を見るや、蔵馬はふっと頬が緩むのを感じる。
そうだ、「喜多嶋麻弥」はこういう人だ。
「ねえ、畑中くん」
急に真面目くさって、麻弥がぐいっと蔵馬に迫る。
「ん? どうしたんだ?」
「これってさ……私も畑中くんと同じような存在になったってこと? 別物とかって、考えなくていいってこと? 中学の時、一緒におかしなものを見た時に、私とあなたって違うのかなって……」
蔵馬はぎくりと体を震わせる。
「喜多嶋……思い出して?」
「うん。寝てる間に思い出しちゃって。畑中くんに詳しいこと訊かないうちは死ねないって思ったら、この姿になって、あいつらやっつけられたの」
蔵馬は、この際肚を括ることにする。
麻弥の肩にしっかりと触れる。
「喜多嶋。どこから話したらいいか……まずは君のことをおおまかに説明する。端的に言うと、君は『大隔世』したんだと思う」
麻弥は目をぱちぱちさせる。
「ダイカクセイ?」
「そう。普通は人間が俺たちみたいな魔族の血を引いていて、その血が何代も後に目覚めることをそう呼んでいたが、魔族にも人間にも共通して起こる『大隔世』がある。魔族より強力な、天界の精霊や神々の血が甦って起こる『大隔世』だ。君の場合はそれだと思う」
おお、と麻弥は手を打つ。
「えっ、ホント!? 要するに、私神様や精霊の子孫なの!?」
蔵馬はうなずく。
「そういうことだ。君は今や魔界の魔族より強い。だけど、それは力を使いこなした状態を維持できれば、という但し書きが付く。君はこういうことに慣れていない。このままでは……」
蔵馬が何か言いかけた時。
建物全体を揺るがせる地響きが、次第に大きく強くなってくるのを、その場の全員が感じ取る。
「軀が来る。外で待てということだ」
飛影が、蔵馬と麻弥に、付いてくるように合図を送って来たのだった。