目覚め
「ちょっと!! 離しなさいよ変態ーーー!! 何の真似よーーー!!!」
麻弥は、まるで病院のキャリーみたいな奇妙な台に括りつけられた状態のまま叫ぶ。
友人が搬送された時に見たことがあるキャリーと違うのは、足枷手枷で括りつけるという、いかにもまともな方法で使われていないということを示す器具が備わっていることである。
麻弥は重病人よろしくそれに括りつけられ、妙に豪奢な――魔界っぽいおどろおどろしい装飾ではあるが――廊下を、奥の、一際分厚い扉に向け運搬されていく。
周囲にはあの目が四つの妖怪の他、二人ばかりの係員らしき妖怪が付き添い、麻弥の乗るキャリーを押していくのだ。
「まあ、もう諦めな。そのくらいの霊力があるんだったら、本来もう少しは抵抗できるんだろうが、おめえ、戦い方なんてわかんねえ今どきの凡人だろ? ま、苦しいのもすぐに終わるさ」
あの四つ目がこともなげにのたまい、麻弥は更に悲鳴を上げる。
「そんな理屈で、ハイわかりましたって、言う訳ないでしょーーー!! 今すぐ私を解放しないと、その、ヨウコクラマって人が来るわよーーー!!」
とにかく効果ありそうな脅し文句を口にしたつもりだが、四つ目はげらげら笑うだけだ。
「そうならねえように、念には念を入れて尻尾を掴ませないような細工をしてきたんだ。妖狐蔵馬どころか、あの三竦みの軀だって欺いてきたんだぜ? 奴らがどっかでここを嗅ぎつけたとしても、その頃にはおめえは喰われて、代金もらった俺らはとんずらしてるさ」
麻弥は新たに出て来た名前に怪訝そうな顔を見せる。
ムクロ?
この言い方からすると誰かの名前なんだろうけど、スゴイ名前だ。
こいつらやっていることはもちろん違法だけど、こいつらの同族というか、同じコミュニティか何かでも、咎められる行為なんだろう。
その「咎める」権限を持ってる人が、多分その「ムクロ」という人なんではないかと、麻弥は見当をつける。
今の言い方からして、相当恐れられている人らしい。
こいつらには怖いものがいっぱいある。
だが、こいつらの怖いものが更に増えたところで、麻弥自身が危機に瀕しているのは全く変わらない。
もう扉は目の前である。
扉が重い音と共に開かれる。
内部は、かなり広い部屋である。
モザイクの床に、巨大な石材らしき材質でできた奇妙な形のテーブル。
その前に、大きな影がある。
黄金に燃え盛るように輝く皮膚を持つ、大柄な男。
一見すれば、四つ目やそのお付きの麻弥を運んでいる者たちから比べれば、人間に近いように思える。
だが、身長など2m50cmを超えていそうだし、額とこめかみあたりから、真紅色の曲がりくねった角が生えているあたり、明かに妖怪の一種なのだろう。
「おお、これはこれは!! 凄い霊力だな!! 期待以上だ!!」
黄金の男が、奇妙なテーブルの前の大きな椅子に収まったままで嬉しそうな声を上げる。
麻弥はぎょっとする。
その妖怪の男や言葉に、ではなく、その男の収まっているテーブルの両側に並べられた、武器としか思えないような、巨大な刃物やのこぎりに。
あれで、私を解体して食べるんだろうか?
麻弥の心臓が早鐘を打つ。
嫌だ、死にたくない。
まだやりたいことがいっぱいある。
畑中くんとだって再会できたんだ。
彼に訊かなくちゃいけないことが山ほど。
死ねない。
しかし、彼女の横たえられたキャリーは、無情に黄金の男の収まっているテーブルに、そのまま組み込まれて固定される。
小さい頃読んだ、山猫に食べられてしまうレストランを描いた挿絵そっくりの構図。
「これだけの霊力を持つ人間をよく見つけたものだ。これを食べれば、俺はS級の力すら手に入れられる!! 礼を言うぞ!!」
黄金の男が椅子から立ち上がり、右手のナタを……
麻弥の中で、何かが弾ける。
麻弥の肉体を突き破るかのように、膨大な力の奔流が、彼女の肉体から迸り、彼女を拘束している手枷足枷を粉砕し弾き飛ばす。
新たな力と共に、あでやかな虹色に輝く麻弥が、空中に立ち上がる。
彼女は、まるで最初からわかっていたかのように、恒星のように輝く力を自分の周囲に集め、それを一気に解き放ったのだった。
◇ ◆ ◇
飛影の超・邪眼が示したのは、森林と丘陵が広がる、一見人気(ひとけ)のない一角である。
岩盤が露出した一角、深い緑に覆われて、一見何もないように見えるそこには、よく見ると、半地下式の個人の住宅らしきものがある。
魔界では別段珍しいことではない。
他人と関わらず隠者のように暮らしたいひねくれ者は少なくないし、彼らがこうした静かな場所に庵みたいな住宅を構えるのもよくあること。
だが、飛影の超・邪眼が見抜いたそれは、到底個人の邸宅の規模に収まらない広大な施設が地下に埋まっていることを示したのだ。
刑務所のような収容施設。
調理場。
王侯の広間みたいなレストランの空間。
これは、今や違法の人肉を提供する秘密の地下レストランで間違いないと思われる。
蔵馬たちはプーと幻海の船に備わった空間跳躍の能力を駆使して急行する。
「よっし、ここだな!!」
幽助は、プーから飛び降りるなり、樹木に半ば隠れるようにして見えている、厚い木製の扉に取り付く。
どうも、木製なのは表面だけのようで、裏側に金属扉が貼り合わせになっており、それは一種の電子ロックのようなもので封じられているらしい。
「嫌な……嫌な気配が漂ってるぞこの辺。今どき墓場でもこんな感じじゃねーと思うが、墓場が一番近い」
桑原が怖気を振るった表情だ。
「やはりだ。呪符で封じられている」
飛影が扉の表面に貼り付けられた札を指先でつつく。
ぼうっと音を立てて、それは燃え上がる。
蔵馬が、妖狐の姿のまま、扉に近付く。
何か複雑な形式でロックされているのを見て取るや、すうっと目を細め……
「あんたら、さっさと入りな!!」
船から降りた幻海が、鋭く叫ぶ。
ただならぬ気配に振り返った一同は、幻海と戸愚呂兄弟の肩越し、密な樹木の重なりの向こうに、蠢く白っぽい影を無数に見て取る。
「へえ、こりゃ面白ぇ。喰い終わった人間の骨を再利用かよ」
戸愚呂兄が、弟の肩の上であひゃひゃと笑う。
彼の言う通り、それは白骨でできた兵士たちだ。
中には複数体を一体に再構成しているものもあるらしく、樹木そのものに迫るくらいに大きなものもある。
「昔の人間なら、髑髏鬼(どくろおに)とでも言っただろうね。こちらの方々は、稼いでいる割には貧乏くさいねェ」
そう言いつつ、戸愚呂弟は上着を脱ぎ捨てる。
「一体一体はそうでもないが、この数は面倒だね。一体何人喰って来たんだこいつらは!! ……霊丸・流!!」
幻海が、上空に向けて霊丸を撃つと、さかしまに向きを変えたそれが、まるで無数の追尾ミサイルのような正確さで、髑髏鬼を粉砕する。
それでも、まだ背後から迫るのを。
「兄者!!」
「おう!!」
30%くらいに筋肉操作した戸愚呂弟が、戸愚呂兄の変形した巨大な棘ガントレットを右腕に装着し、そのまま拳を繰り出す。
右腕から戸愚呂兄の武態を通じて増幅された戸愚呂弟の拳圧は、恐るべき重力波の津波となって、森ごと髑髏鬼の群れをすり潰す。
地面が鳴動し、森が消えて視界が開ける。
「お前たち!! 表の曲者はあたしと戸愚呂兄弟で警戒するから、さっさと中に入って麻弥って子を救出するんだ!!」
振り向きざまに幻海に叫ばれ、呆然としていた四人は改めて扉に取り付き……
「どうする、これぶち破って……わっ!!」
幽助が珍しく逡巡し始めた矢先に、緑の輝きが、分厚い扉を、工業機械にかけられたみたいに切り刻み、斬り屑のようなガラクタの山にする。
妖狐の姿の蔵馬は、まるで糸に繋がれて引っ張られているように、何も言わず中に入っていく。
「蔵馬が……!! いつもの蔵馬じゃねえ……!!」
桑原が目を剥いている。
「安心しろ、あのキタジマという奴のためにも、警戒心を捨てた訳ではないはずだ。ただ、一度内部に侵入すればさほどの迎撃装置はないと踏んだのだろうな」
飛影が何事もなく解説し、すいっと内部に侵入して蔵馬の後を追う。
幽助と桑原は顔を見合せる。
「感心してる場合じゃねーな、急ごうぜ。喜多嶋って子、喰われてねえといいけどな……」
「そうだ、急がねーと!!」
二人も内部に駆け込み、彼らは一気に奥を目指したのだった。
麻弥は、まるで病院のキャリーみたいな奇妙な台に括りつけられた状態のまま叫ぶ。
友人が搬送された時に見たことがあるキャリーと違うのは、足枷手枷で括りつけるという、いかにもまともな方法で使われていないということを示す器具が備わっていることである。
麻弥は重病人よろしくそれに括りつけられ、妙に豪奢な――魔界っぽいおどろおどろしい装飾ではあるが――廊下を、奥の、一際分厚い扉に向け運搬されていく。
周囲にはあの目が四つの妖怪の他、二人ばかりの係員らしき妖怪が付き添い、麻弥の乗るキャリーを押していくのだ。
「まあ、もう諦めな。そのくらいの霊力があるんだったら、本来もう少しは抵抗できるんだろうが、おめえ、戦い方なんてわかんねえ今どきの凡人だろ? ま、苦しいのもすぐに終わるさ」
あの四つ目がこともなげにのたまい、麻弥は更に悲鳴を上げる。
「そんな理屈で、ハイわかりましたって、言う訳ないでしょーーー!! 今すぐ私を解放しないと、その、ヨウコクラマって人が来るわよーーー!!」
とにかく効果ありそうな脅し文句を口にしたつもりだが、四つ目はげらげら笑うだけだ。
「そうならねえように、念には念を入れて尻尾を掴ませないような細工をしてきたんだ。妖狐蔵馬どころか、あの三竦みの軀だって欺いてきたんだぜ? 奴らがどっかでここを嗅ぎつけたとしても、その頃にはおめえは喰われて、代金もらった俺らはとんずらしてるさ」
麻弥は新たに出て来た名前に怪訝そうな顔を見せる。
ムクロ?
この言い方からすると誰かの名前なんだろうけど、スゴイ名前だ。
こいつらやっていることはもちろん違法だけど、こいつらの同族というか、同じコミュニティか何かでも、咎められる行為なんだろう。
その「咎める」権限を持ってる人が、多分その「ムクロ」という人なんではないかと、麻弥は見当をつける。
今の言い方からして、相当恐れられている人らしい。
こいつらには怖いものがいっぱいある。
だが、こいつらの怖いものが更に増えたところで、麻弥自身が危機に瀕しているのは全く変わらない。
もう扉は目の前である。
扉が重い音と共に開かれる。
内部は、かなり広い部屋である。
モザイクの床に、巨大な石材らしき材質でできた奇妙な形のテーブル。
その前に、大きな影がある。
黄金に燃え盛るように輝く皮膚を持つ、大柄な男。
一見すれば、四つ目やそのお付きの麻弥を運んでいる者たちから比べれば、人間に近いように思える。
だが、身長など2m50cmを超えていそうだし、額とこめかみあたりから、真紅色の曲がりくねった角が生えているあたり、明かに妖怪の一種なのだろう。
「おお、これはこれは!! 凄い霊力だな!! 期待以上だ!!」
黄金の男が、奇妙なテーブルの前の大きな椅子に収まったままで嬉しそうな声を上げる。
麻弥はぎょっとする。
その妖怪の男や言葉に、ではなく、その男の収まっているテーブルの両側に並べられた、武器としか思えないような、巨大な刃物やのこぎりに。
あれで、私を解体して食べるんだろうか?
麻弥の心臓が早鐘を打つ。
嫌だ、死にたくない。
まだやりたいことがいっぱいある。
畑中くんとだって再会できたんだ。
彼に訊かなくちゃいけないことが山ほど。
死ねない。
しかし、彼女の横たえられたキャリーは、無情に黄金の男の収まっているテーブルに、そのまま組み込まれて固定される。
小さい頃読んだ、山猫に食べられてしまうレストランを描いた挿絵そっくりの構図。
「これだけの霊力を持つ人間をよく見つけたものだ。これを食べれば、俺はS級の力すら手に入れられる!! 礼を言うぞ!!」
黄金の男が椅子から立ち上がり、右手のナタを……
麻弥の中で、何かが弾ける。
麻弥の肉体を突き破るかのように、膨大な力の奔流が、彼女の肉体から迸り、彼女を拘束している手枷足枷を粉砕し弾き飛ばす。
新たな力と共に、あでやかな虹色に輝く麻弥が、空中に立ち上がる。
彼女は、まるで最初からわかっていたかのように、恒星のように輝く力を自分の周囲に集め、それを一気に解き放ったのだった。
◇ ◆ ◇
飛影の超・邪眼が示したのは、森林と丘陵が広がる、一見人気(ひとけ)のない一角である。
岩盤が露出した一角、深い緑に覆われて、一見何もないように見えるそこには、よく見ると、半地下式の個人の住宅らしきものがある。
魔界では別段珍しいことではない。
他人と関わらず隠者のように暮らしたいひねくれ者は少なくないし、彼らがこうした静かな場所に庵みたいな住宅を構えるのもよくあること。
だが、飛影の超・邪眼が見抜いたそれは、到底個人の邸宅の規模に収まらない広大な施設が地下に埋まっていることを示したのだ。
刑務所のような収容施設。
調理場。
王侯の広間みたいなレストランの空間。
これは、今や違法の人肉を提供する秘密の地下レストランで間違いないと思われる。
蔵馬たちはプーと幻海の船に備わった空間跳躍の能力を駆使して急行する。
「よっし、ここだな!!」
幽助は、プーから飛び降りるなり、樹木に半ば隠れるようにして見えている、厚い木製の扉に取り付く。
どうも、木製なのは表面だけのようで、裏側に金属扉が貼り合わせになっており、それは一種の電子ロックのようなもので封じられているらしい。
「嫌な……嫌な気配が漂ってるぞこの辺。今どき墓場でもこんな感じじゃねーと思うが、墓場が一番近い」
桑原が怖気を振るった表情だ。
「やはりだ。呪符で封じられている」
飛影が扉の表面に貼り付けられた札を指先でつつく。
ぼうっと音を立てて、それは燃え上がる。
蔵馬が、妖狐の姿のまま、扉に近付く。
何か複雑な形式でロックされているのを見て取るや、すうっと目を細め……
「あんたら、さっさと入りな!!」
船から降りた幻海が、鋭く叫ぶ。
ただならぬ気配に振り返った一同は、幻海と戸愚呂兄弟の肩越し、密な樹木の重なりの向こうに、蠢く白っぽい影を無数に見て取る。
「へえ、こりゃ面白ぇ。喰い終わった人間の骨を再利用かよ」
戸愚呂兄が、弟の肩の上であひゃひゃと笑う。
彼の言う通り、それは白骨でできた兵士たちだ。
中には複数体を一体に再構成しているものもあるらしく、樹木そのものに迫るくらいに大きなものもある。
「昔の人間なら、髑髏鬼(どくろおに)とでも言っただろうね。こちらの方々は、稼いでいる割には貧乏くさいねェ」
そう言いつつ、戸愚呂弟は上着を脱ぎ捨てる。
「一体一体はそうでもないが、この数は面倒だね。一体何人喰って来たんだこいつらは!! ……霊丸・流!!」
幻海が、上空に向けて霊丸を撃つと、さかしまに向きを変えたそれが、まるで無数の追尾ミサイルのような正確さで、髑髏鬼を粉砕する。
それでも、まだ背後から迫るのを。
「兄者!!」
「おう!!」
30%くらいに筋肉操作した戸愚呂弟が、戸愚呂兄の変形した巨大な棘ガントレットを右腕に装着し、そのまま拳を繰り出す。
右腕から戸愚呂兄の武態を通じて増幅された戸愚呂弟の拳圧は、恐るべき重力波の津波となって、森ごと髑髏鬼の群れをすり潰す。
地面が鳴動し、森が消えて視界が開ける。
「お前たち!! 表の曲者はあたしと戸愚呂兄弟で警戒するから、さっさと中に入って麻弥って子を救出するんだ!!」
振り向きざまに幻海に叫ばれ、呆然としていた四人は改めて扉に取り付き……
「どうする、これぶち破って……わっ!!」
幽助が珍しく逡巡し始めた矢先に、緑の輝きが、分厚い扉を、工業機械にかけられたみたいに切り刻み、斬り屑のようなガラクタの山にする。
妖狐の姿の蔵馬は、まるで糸に繋がれて引っ張られているように、何も言わず中に入っていく。
「蔵馬が……!! いつもの蔵馬じゃねえ……!!」
桑原が目を剥いている。
「安心しろ、あのキタジマという奴のためにも、警戒心を捨てた訳ではないはずだ。ただ、一度内部に侵入すればさほどの迎撃装置はないと踏んだのだろうな」
飛影が何事もなく解説し、すいっと内部に侵入して蔵馬の後を追う。
幽助と桑原は顔を見合せる。
「感心してる場合じゃねーな、急ごうぜ。喜多嶋って子、喰われてねえといいけどな……」
「そうだ、急がねーと!!」
二人も内部に駆け込み、彼らは一気に奥を目指したのだった。