目覚め
麻弥を閉じ込めている独房の扉が開き、入って来たその姿に、さしもの麻弥も唖然として目を見開く。
そいつは明かに、「人間ではない」。
2mを少し超える大柄なのはともかく、皮膚がコバルトブルーで、目が左右に二つずつ、計四つも並んでいる。
とどめに、額の中央には反り返った角が生えているのだ。
「おう、目が覚めていたか。流石にこれだけ霊力が高いと、魔界の瘴気も全く効かねえな」
そいつは、げふげふいうような奇妙な声で笑う。
唖然としていた麻弥は、自分の置かれているこの状況に思い至り、自らを叱咤してそのおかしな怪物? らしき男(であろう)に言葉を投げかける。
「あなた、もしかして、人食い妖怪ねっ!!」
言われた妖怪も、一瞬唖然とする。
麻弥は、その妙な姿の生き物に、思い出した蔵馬と話していた「何か」の面影を見る。
そうだ、妖怪っているんだ。
こんなリアルな着ぐるみなんてないし、特殊メイクにしてもおかしい!!
妖怪としか思えない!!
本物に会えたのは嬉しいけど、でも、自分を本当に食べようとしているなら、話は別だ。
ある意味、人間の猟奇殺人鬼より浪漫のある妖怪の方が心が浮きたつのか、麻弥は興奮しつつ、更に言葉を投げかける。
「私をどうする気なの? 食べようっていうんなら、そういうことは許さないような人が助けに来てくれるはずよ!! ……ほら、妖怪ハンターとか、そういう……!!」
最後にちょっと自分の中でも分類があやふやな用語でつっかえてしまう、麻弥である。
一瞬呆気に取られていた妖怪だが、すぐにげらげら笑いだす。
「威勢がいいなあ。嬢ちゃん。おめえ、あの伝説の妖狐蔵馬の関係者だろ? 強気にもなるわなあ」
大きすぎる口元を歪めて笑う妖怪に、麻弥は思わず怪訝な表情を返す。
「ヨウコクラマ」?
何のことだろう?
人の名前?
妖怪が「ヨウコ」と言っているのだから、もしかして「妖狐」だろうか?
いや、なら「蔵馬」って誰だ?
周囲にそんな名前の人物はいない。
「仲間内じゃ、流石に危険だ、やめようって案も出たが、その霊力は見逃すにはあまりにも惜しい。さっさとおめえの肉をカネに換えて、魔界の奥底にトンズラしようってことで話はまとまったんだよ」
麻弥にとってはある意味なじみ深いが繋がりがよくわからない言葉に、彼女はますます怪訝そうな顔をするが、何とか理解できる部分をとっかかりに意味を類推する。
「……私の肉を、って言ったわね? やっぱり私を食べるのね。でも、食べるのはあなたじゃなくて、あなたが私を売る相手なのね。あなたはその代金を受け取るっていうことね?」
麻弥に睨まれながら、闇業者の妖怪は、更にげらげら笑う。
「ほーん、頭はいいな、おめえ。普通の人間は、こんな状況じゃ混乱しているだけなんだが。まあ、その通りだ。ついでに言うと、おめえの関係者は助けに来られねえ。ここは呪符の結界で完全に封じた秘密の地下レストランだからな。妖狐の仲間の邪眼師がいても見つけられねえよ」
また、妖狐という言葉だ、と麻弥は訝しむと同時に希望を抱く。
多分、自分の知らない周りの誰かが、「ヨウコクラマ」なんだろう。
その人が助けに来る可能性が……いや、何か結界を張って、外から探られないようにしているから場所を特定できず、助けに来られない?
希望はある。
その「妖狐蔵馬」を、こいつらはかなり恐れている。
本来こいつでは太刀打ちできないような相手なんだろう。
その人が来てくれる……来て……?
麻弥はふと浮かんだ懐かしい顔に胸を打たれる。
なんで。
なんで、自分は、畑中秀一を思い浮かべたのだろうか?
◇ ◆ ◇
「ふむ。どうやら、相手は呪符の結界を張っているらしいな。いつもの邪眼では見つからん」
飛影がホバリングしているプーの背中に立ち、邪眼を開きつつこう断言する。
幽助は、思わず振り向く。
「そんな!! 何とかならねえのか、飛影!! 喜多嶋って子ははこのままじゃ……!!」
「そうだぜ、霊力が高いから食われるなんてあんまりだ!! それにその子って蔵馬にとっては……」
桑原も、横に浮かぶ幻海の飛空船に乗っている蔵馬をちらっと見やる。
魔界の空の只中、真上では雷が相変わらず鳴っている。
激しい稲光に照らされても、うつむきがちな蔵馬の表情は見て取れない。
「落ち着け。いつもの邪眼では、と言っただろう」
飛影は、そう口にしつつ、すうっと息を吸い込む。
彼の小柄な体の周囲に、黒炎の気配が漂う。
「オイオイ!! なんだ何してんだ!?」
「飛影!?」
桑原も幽助もぎょっとする。
だが、一瞬の間を置いて、飛影はぐいっと天を仰ぐ。
「行くぞ、『超・邪眼』!!」
飛影が叫ぶや否や、彼の頭上に、巨大な炎でできた目玉が生じる。
燃え盛りながら周囲を睥睨する、並みの家より巨大な目玉は、ぐるりと一巡して魔界全土をサーチする。
「……見えたぞ。この、すぐ下の層だ!!」
飛影は蔵馬にも聞こえるように叫ぶ。
彼がはたと顔を上げ、信じられないような表情で飛影を見返す。
「キタジマという奴は無事だ。だが、これから『客』の前に連れていかれるようだ。急ぐぞついてこい!! 幽助、俺の指示通りに飛べ!!」
「うっしゃあ!! 行くぜ!!」
プーが翼で力強く空を打ち、全速で飛翔し始める。
幻海の操る飛空船もすぐさま後を追う。
蔵馬は心の中で麻弥の名を呼びつつ、手の中に薔薇棘鞭刃を呼び出し、戦いに備える。
きっと魔界でも非合法な施設では、かなりの番人がいるだろう。
魔界の風がなびかせる蔵馬の髪が、黒から白銀の色に変化する。
一瞬で、幻海の船の上には妖狐蔵馬が現れていたのだ。
「ほう、これはやる気だねェ」
戸愚呂弟がニヤリと笑う。
プー、そして幻海の船が、作り出した空間の歪みに、次々と飛び込んでいったのだった。
そいつは明かに、「人間ではない」。
2mを少し超える大柄なのはともかく、皮膚がコバルトブルーで、目が左右に二つずつ、計四つも並んでいる。
とどめに、額の中央には反り返った角が生えているのだ。
「おう、目が覚めていたか。流石にこれだけ霊力が高いと、魔界の瘴気も全く効かねえな」
そいつは、げふげふいうような奇妙な声で笑う。
唖然としていた麻弥は、自分の置かれているこの状況に思い至り、自らを叱咤してそのおかしな怪物? らしき男(であろう)に言葉を投げかける。
「あなた、もしかして、人食い妖怪ねっ!!」
言われた妖怪も、一瞬唖然とする。
麻弥は、その妙な姿の生き物に、思い出した蔵馬と話していた「何か」の面影を見る。
そうだ、妖怪っているんだ。
こんなリアルな着ぐるみなんてないし、特殊メイクにしてもおかしい!!
妖怪としか思えない!!
本物に会えたのは嬉しいけど、でも、自分を本当に食べようとしているなら、話は別だ。
ある意味、人間の猟奇殺人鬼より浪漫のある妖怪の方が心が浮きたつのか、麻弥は興奮しつつ、更に言葉を投げかける。
「私をどうする気なの? 食べようっていうんなら、そういうことは許さないような人が助けに来てくれるはずよ!! ……ほら、妖怪ハンターとか、そういう……!!」
最後にちょっと自分の中でも分類があやふやな用語でつっかえてしまう、麻弥である。
一瞬呆気に取られていた妖怪だが、すぐにげらげら笑いだす。
「威勢がいいなあ。嬢ちゃん。おめえ、あの伝説の妖狐蔵馬の関係者だろ? 強気にもなるわなあ」
大きすぎる口元を歪めて笑う妖怪に、麻弥は思わず怪訝な表情を返す。
「ヨウコクラマ」?
何のことだろう?
人の名前?
妖怪が「ヨウコ」と言っているのだから、もしかして「妖狐」だろうか?
いや、なら「蔵馬」って誰だ?
周囲にそんな名前の人物はいない。
「仲間内じゃ、流石に危険だ、やめようって案も出たが、その霊力は見逃すにはあまりにも惜しい。さっさとおめえの肉をカネに換えて、魔界の奥底にトンズラしようってことで話はまとまったんだよ」
麻弥にとってはある意味なじみ深いが繋がりがよくわからない言葉に、彼女はますます怪訝そうな顔をするが、何とか理解できる部分をとっかかりに意味を類推する。
「……私の肉を、って言ったわね? やっぱり私を食べるのね。でも、食べるのはあなたじゃなくて、あなたが私を売る相手なのね。あなたはその代金を受け取るっていうことね?」
麻弥に睨まれながら、闇業者の妖怪は、更にげらげら笑う。
「ほーん、頭はいいな、おめえ。普通の人間は、こんな状況じゃ混乱しているだけなんだが。まあ、その通りだ。ついでに言うと、おめえの関係者は助けに来られねえ。ここは呪符の結界で完全に封じた秘密の地下レストランだからな。妖狐の仲間の邪眼師がいても見つけられねえよ」
また、妖狐という言葉だ、と麻弥は訝しむと同時に希望を抱く。
多分、自分の知らない周りの誰かが、「ヨウコクラマ」なんだろう。
その人が助けに来る可能性が……いや、何か結界を張って、外から探られないようにしているから場所を特定できず、助けに来られない?
希望はある。
その「妖狐蔵馬」を、こいつらはかなり恐れている。
本来こいつでは太刀打ちできないような相手なんだろう。
その人が来てくれる……来て……?
麻弥はふと浮かんだ懐かしい顔に胸を打たれる。
なんで。
なんで、自分は、畑中秀一を思い浮かべたのだろうか?
◇ ◆ ◇
「ふむ。どうやら、相手は呪符の結界を張っているらしいな。いつもの邪眼では見つからん」
飛影がホバリングしているプーの背中に立ち、邪眼を開きつつこう断言する。
幽助は、思わず振り向く。
「そんな!! 何とかならねえのか、飛影!! 喜多嶋って子ははこのままじゃ……!!」
「そうだぜ、霊力が高いから食われるなんてあんまりだ!! それにその子って蔵馬にとっては……」
桑原も、横に浮かぶ幻海の飛空船に乗っている蔵馬をちらっと見やる。
魔界の空の只中、真上では雷が相変わらず鳴っている。
激しい稲光に照らされても、うつむきがちな蔵馬の表情は見て取れない。
「落ち着け。いつもの邪眼では、と言っただろう」
飛影は、そう口にしつつ、すうっと息を吸い込む。
彼の小柄な体の周囲に、黒炎の気配が漂う。
「オイオイ!! なんだ何してんだ!?」
「飛影!?」
桑原も幽助もぎょっとする。
だが、一瞬の間を置いて、飛影はぐいっと天を仰ぐ。
「行くぞ、『超・邪眼』!!」
飛影が叫ぶや否や、彼の頭上に、巨大な炎でできた目玉が生じる。
燃え盛りながら周囲を睥睨する、並みの家より巨大な目玉は、ぐるりと一巡して魔界全土をサーチする。
「……見えたぞ。この、すぐ下の層だ!!」
飛影は蔵馬にも聞こえるように叫ぶ。
彼がはたと顔を上げ、信じられないような表情で飛影を見返す。
「キタジマという奴は無事だ。だが、これから『客』の前に連れていかれるようだ。急ぐぞついてこい!! 幽助、俺の指示通りに飛べ!!」
「うっしゃあ!! 行くぜ!!」
プーが翼で力強く空を打ち、全速で飛翔し始める。
幻海の操る飛空船もすぐさま後を追う。
蔵馬は心の中で麻弥の名を呼びつつ、手の中に薔薇棘鞭刃を呼び出し、戦いに備える。
きっと魔界でも非合法な施設では、かなりの番人がいるだろう。
魔界の風がなびかせる蔵馬の髪が、黒から白銀の色に変化する。
一瞬で、幻海の船の上には妖狐蔵馬が現れていたのだ。
「ほう、これはやる気だねェ」
戸愚呂弟がニヤリと笑う。
プー、そして幻海の船が、作り出した空間の歪みに、次々と飛び込んでいったのだった。