父の日小説

「ほら。これ、食えよ」

 いきなり、麻の小袋を突き出されて、雷禅は面食らう。

「おい、ガキ。なんだこりゃあ」

 雷禅は、とりあえずその袋を持ち上げる。
 子供の頭くらいの大きさに、ぎっしり何かが詰まっている。
 匂いからするに、何か果実のようなもの。
 甘い芳醇な香りというやつ。

 雷禅は、説明を求めて台座の上から幽助を見上げる。
 いつもの王の居室は、どろどろ唸る雷に照らし出されている。

「今日は、人間界の暦で、父の日ってんだとさ」

 まるで他人事のように、幽助が説明を始める。
 ふてくされているかのような表情。

「父の日、だあ!?」

 そんなような記念日があるらしいことはうっすら聞いている雷禅である。
 そして、自分は幽助の父。
 父親らしいことは何もしていないと思うが。
 まさか、幽助(コイツ)は、遺伝上の父親である自分に、「父の日の贈り物」をしようというのか。

「多分、ハラ、少しマシになる。食えよ」

 幽助がぷいっと顔を背けながらも強い口調で告げる。

 雷禅は怪訝そうに袋の口紐を開ける。
 ふわんと、いい匂い。

 中に詰まっていたのは、赤ん坊の拳くらいの大きさの、甘い匂いの果実が山ほど。
 紅色の果皮に、金色の斑点。

「……天魔果(てんまか)じゃねーか。どうしたんだこれ」

 魔界でも、割と手に入れるのが面倒な果実だと、雷禅は知っている。
 死人に含ませれば生き返るといわれているくらい、滋養及び回復効果に優れているものだ。

「……散歩したら見つけたんだよ。これ、大抵の病気なんかは治るんだろ? 食えよ」

 相変らず目を背けたままで、幽助はそう押し付けて来る。
 雷禅は笑う。
 無造作に右手を袋に突っ込んで、果実を一つかみ。
 ばりばりと、食い散らかす。

「あっ……」

 幽助が思わず目を見開くのが、雷禅には見える。
 喜んでいるような、驚いているような、感動しているような目の色。

「食える……のか?」

 幽助の声も心なしか震えているようで。

「おう。栄養になるかどうかはわからねえが、食えはする。うめえな。ありがとうよ」

 雷禅の何気ない言葉に、幽助は意外そうに視線をうろうろさせる。
 可愛い奴め、と雷禅は思う。


 ◇ ◆ ◇

 結局。

 その直後、一時的に調子のよくなった雷禅に、幽助はボコボコにノされることになる。

「ちっくしょおおおおおおお……!!」

 と絶叫しつつ、例え一時でも空腹がまぎれた雷禅に、幽助は安堵したとか、しなかったとか。

「悪くねえな。父の日ってのも」

 雷禅がこぼしたこんな一言を、聞いた誰かが、いたとかいなかったとか。
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