螺旋より外れて
『さあ、こちらは本戦Bブロック第一試合!! 影沖永夜vs.大怨(たいえん)!!』
小兎が、その試合に参加する二人の名前をコールする。
観客は大盛り上がりだ。
この試合は、注目度はかなり高い。
影沖永夜といえば、雷禅の二人いる実子のうちの一人。
そして何より、かつては「妖怪の天敵」とまで呼ばれた攻撃的な術師でありながら、最近では前非を悔いて、妖怪と人間の共存を模索している人物。
更に言えば、今までは未知の領域であった「天界」との橋渡し役を行える人物ということで、永夜個人に関する関心はとにかく高い。
「あいつか」
軀が、忌呪帯の下で鼻を鳴らす。
モニターに大映しになったその姿は、葬破と共に軀を挑発した、あの筒状のものが頭部を取り巻いた不気味な魔族である。
こいつが大怨。
永夜と、会場中央の円形闘技場で向かい合っている。
「どの道、あの永夜の敵ではないだろう。永夜対策を考えた方が良さそうだぜ」
飛影は軀の隣で、そんな風に評する。
「いや」
軀はかすかに顔を上げる。
「あの大怨というやつ、何か隠し玉を持っているな」
「……どんな能力かわかるか」
飛影がじっと軀のむき出しの眼球を見る。
「あの野郎、ああ見えて技巧派だろうな。落ち着いてやがる。永夜に対する勝算があるんだろう」
軀は静かに、そんな風に分析する。
「だが、永夜はこの七百年、味方も少ない状況で『呼ばれざる者』の手の者と渡り合って来た猛者だ。ちょっとやそっとのことで倒れそうにもない。だが、それはあちらだってわかっていること。わざわざ大会に参加するからには……」
「奴に倒れられるのは困るな」
飛影は不意に言い出す。
「奴と直接戦って倒す。それも目標の一つだからな」
軀はうなずく。
「その希望が叶うことを願っている。だが、さて……」
二人の注視の先で、試合開始の合図が放たれる。
◇
◆ ◇
「サテ、ヒトツ提案ガアル」
大怨は、まるで機械の電子音のような声で、永夜に切り出す。
「提案……とは?」
相変わらず金色の直垂姿の永夜は、億年樹の上の風を受け、静かにそう応じる。
「コノ億年樹ノ会場ヲフル活用シヨウ。ココカラ、互イニ背ヲ向ケテマッスグ会場ノ端マデ行ッテ、ソコカラ互イヲ探スノダ」
出会ッタ時点デ戦ウ。
大怨の提案に、永夜はわずかに考え込み。
「結構です。それで行きましょう」
その言葉を、浮遊カメラ内蔵のマイクが拾う。
『あっと、永夜選手vs.大怨選手の対戦方法は、会場全域を使った捜索戦と決定いたしました!!』
小兎が宣言する。
会場がどよどよ盛り上がる。
永夜と大怨は、互いに背を向ける。
そのまま、永夜は重力を無視した動きで、ふわりと宙に舞い上がる。
大怨はそこからすっと消えて、姿が見えなくなる。
時間として、ほんの数分。
「さて……ここが会場の端……になるか」
永夜は、滝の傍の、切り立った崖のように見える場所から、下を見下ろす。
小国一つなら入りそうな億年樹の上の地形、その端は当然大地が途切れ、巨大な枝が絡みついた樹木の突端。
「さて、どうなさるのかな?」
永夜が周囲を見回した時。
「サテ、案ノ定オ人好シナンジャナイデスカ?」
何故か。
目の前に、背を向けて反対方向に去っていたはずの、大怨がいたのだ。
光の壁が、永夜を押し潰そうとするように。
四方八方から迫る光の壁が、一気に極小の立方体に爆縮する。
と。
ぶわりと、輝く闇が拡大する。
「ふむ。なかなか工夫はされたようですが」
宇宙空間の深みのような闇は、無機質な光を飲み込む。
そこにはあの術はない。
そして、大怨も消えていたのだ。
「さて。逃げられましたかね?」
永夜が首を傾げた時。
周囲の樹木をなぎ倒す音と共に、回転する巨大な光の壁が永夜に迫ってきていたのだ。
『おっと、これはどうしたことでしょう!? 姿を見せない大怨選手、一気に永夜選手に畳みかけます!! 永夜選手は防戦一方ですが……』
「ふうん。正面からやったら不利と見て、あの大怨とかいうやつ、なかなか工夫してやがるな」
モニターを眺めていた永夜の父雷禅が、小兎の解説を受けて何の気なさそうに呟く。
「何だよあの大怨て野郎!! きたねえぜ、兄貴を騙しやがったな!!」
会場の端になんか行ってねえじゃねえか!!
幽助がぎろりとモニターを睨む。
「そう単純な話ではねえかも知れねえな」
雷禅は慌てた風もなく、光の壁に薙ぎ払われる会場を見やる。
「あの攻撃を繰り出しているのが、本人とは限らねえ。何人にも分裂できる敵、おめえも戦ったことあっただろ」
「ああ、朱雀てやつが」
幽助がふと。
「じゃあ、兄貴と戦っているのは大怨って奴の分身? 会場の端まで兄貴を行かせたのは、分身しているのを悟らせないように?」
「それだけじゃねえ。永夜が端まで行くくらいの時間を稼げれば、分身を会場のあちこちに配置できたかも知れねえ。永夜は追い詰められたんだ。形の上ではな」
雷禅は、腕組みして、悠然と解説している。
「何のんびりしてんだよ……!! 兄貴……!!」
幽助は真っ青だ。
だが、雷禅は不敵な笑みを深くしたばかり。
「まあ、そう慌てるな。永夜が敵を目の前にしてこのくれェのことを、予測できてねェと思うか?」
幽助は目をぱちくりさせる。
「どういう……ことだよ?」
「このくれえのことは読んでいたはずだってこった。永夜は、『呼ばれざる者』との戦闘経験が、おめェとは段違いだ。対処してるぜ。ほれ見てみな」
雷禅が示した先、モニターに映し出された光景は壮絶である。
回転する円形の光の板が、億年樹の上にあるものを全て薙ぎ払っている。
全てを巻き込み回転する様子は、さながら巨神の工業機械のようだ。
億年樹が、回転やすりにかけられたかのように削れて行き……
ふと。
光が途絶える。
輝く闇が、光る円柱を広がり包み込む。
一瞬で宇宙の暗がりのようなそれは広がり、億年樹の上空で本物の宇宙のように広がる。
全てがそこに引きずり込まれるような、超重力が発生し、全ての光と音を吸い込んだ。
瞬間。
Bブロックの本戦が行われていた億年樹に、静寂が訪れる。
「きゃああああ!! あ、あれ……?」
何故か回転する光からも膨張する闇からも守られていた審判の美少女が、いきなり億年樹上空に現れる。
「ええっと……あの?」
虹色の鱗のある手足と尻尾、宝石のような角を戴く龍女系美少女がが、きょろきょろと会場を見回し。
今の光の暴走が嘘のような、何事もない中央闘技場にたたずむ永夜を見つける。
「あの……?」
ふよふよと、浮遊妖怪が降りていく。
「大怨選手は……」
「あ、消えてしまいましたよ。我が大黒天のご威光で」
永夜は、今の暗黒を引き寄せたのが嘘であったかのように穏やかに微笑む。
確かに完全に破壊されていた億年樹の地形も元に戻っている。
「ええと……はい、手元の妖気計でも、大怨選手の妖気が測定できません!! ということで、大怨選手消滅と見做し、影沖永夜選手の勝利です!!」
審判が高らかに永夜の勝利を宣言し、永夜が僧侶らしく合掌して一礼する。
「……凄まじいな。ブラックホールというやつを発生させたか。タイミングがずれていれば、この会場全部が消滅だぜ。あいつが『呼ばれざる者』に堕落させられていなくて良かったな」
軀がくつくつ笑う。
流石に顔が強張っている飛影に向き直り、
「まだ、あいつと戦いたいか?」
「……無論だ。あいつの暗黒を破る炎を探す」
飛影は一見平静にみえたが、目がとんでもない相手を見つけた喜びで燃えている。
「よっしゃーーー!! 兄貴すげえーーー!!!」
幽助が拳を振り上げると。
「まあ、あいつも伊達に700年間修業してねえよ。刺客も無駄だったな」
雷禅がニンマリ。
少し離れた場所では。
「パパー、『ぶらっくほーる』ってなにー?」
修羅が黄泉に問いかける。
「ああ、それはね……」
黄泉が科学理論をどう嚙み砕いて伝えるか苦慮している。
永夜は、大歓声の中、ゆっくり帰路に就いたのだった。
小兎が、その試合に参加する二人の名前をコールする。
観客は大盛り上がりだ。
この試合は、注目度はかなり高い。
影沖永夜といえば、雷禅の二人いる実子のうちの一人。
そして何より、かつては「妖怪の天敵」とまで呼ばれた攻撃的な術師でありながら、最近では前非を悔いて、妖怪と人間の共存を模索している人物。
更に言えば、今までは未知の領域であった「天界」との橋渡し役を行える人物ということで、永夜個人に関する関心はとにかく高い。
「あいつか」
軀が、忌呪帯の下で鼻を鳴らす。
モニターに大映しになったその姿は、葬破と共に軀を挑発した、あの筒状のものが頭部を取り巻いた不気味な魔族である。
こいつが大怨。
永夜と、会場中央の円形闘技場で向かい合っている。
「どの道、あの永夜の敵ではないだろう。永夜対策を考えた方が良さそうだぜ」
飛影は軀の隣で、そんな風に評する。
「いや」
軀はかすかに顔を上げる。
「あの大怨というやつ、何か隠し玉を持っているな」
「……どんな能力かわかるか」
飛影がじっと軀のむき出しの眼球を見る。
「あの野郎、ああ見えて技巧派だろうな。落ち着いてやがる。永夜に対する勝算があるんだろう」
軀は静かに、そんな風に分析する。
「だが、永夜はこの七百年、味方も少ない状況で『呼ばれざる者』の手の者と渡り合って来た猛者だ。ちょっとやそっとのことで倒れそうにもない。だが、それはあちらだってわかっていること。わざわざ大会に参加するからには……」
「奴に倒れられるのは困るな」
飛影は不意に言い出す。
「奴と直接戦って倒す。それも目標の一つだからな」
軀はうなずく。
「その希望が叶うことを願っている。だが、さて……」
二人の注視の先で、試合開始の合図が放たれる。
◇
◆ ◇
「サテ、ヒトツ提案ガアル」
大怨は、まるで機械の電子音のような声で、永夜に切り出す。
「提案……とは?」
相変わらず金色の直垂姿の永夜は、億年樹の上の風を受け、静かにそう応じる。
「コノ億年樹ノ会場ヲフル活用シヨウ。ココカラ、互イニ背ヲ向ケテマッスグ会場ノ端マデ行ッテ、ソコカラ互イヲ探スノダ」
出会ッタ時点デ戦ウ。
大怨の提案に、永夜はわずかに考え込み。
「結構です。それで行きましょう」
その言葉を、浮遊カメラ内蔵のマイクが拾う。
『あっと、永夜選手vs.大怨選手の対戦方法は、会場全域を使った捜索戦と決定いたしました!!』
小兎が宣言する。
会場がどよどよ盛り上がる。
永夜と大怨は、互いに背を向ける。
そのまま、永夜は重力を無視した動きで、ふわりと宙に舞い上がる。
大怨はそこからすっと消えて、姿が見えなくなる。
時間として、ほんの数分。
「さて……ここが会場の端……になるか」
永夜は、滝の傍の、切り立った崖のように見える場所から、下を見下ろす。
小国一つなら入りそうな億年樹の上の地形、その端は当然大地が途切れ、巨大な枝が絡みついた樹木の突端。
「さて、どうなさるのかな?」
永夜が周囲を見回した時。
「サテ、案ノ定オ人好シナンジャナイデスカ?」
何故か。
目の前に、背を向けて反対方向に去っていたはずの、大怨がいたのだ。
光の壁が、永夜を押し潰そうとするように。
四方八方から迫る光の壁が、一気に極小の立方体に爆縮する。
と。
ぶわりと、輝く闇が拡大する。
「ふむ。なかなか工夫はされたようですが」
宇宙空間の深みのような闇は、無機質な光を飲み込む。
そこにはあの術はない。
そして、大怨も消えていたのだ。
「さて。逃げられましたかね?」
永夜が首を傾げた時。
周囲の樹木をなぎ倒す音と共に、回転する巨大な光の壁が永夜に迫ってきていたのだ。
『おっと、これはどうしたことでしょう!? 姿を見せない大怨選手、一気に永夜選手に畳みかけます!! 永夜選手は防戦一方ですが……』
「ふうん。正面からやったら不利と見て、あの大怨とかいうやつ、なかなか工夫してやがるな」
モニターを眺めていた永夜の父雷禅が、小兎の解説を受けて何の気なさそうに呟く。
「何だよあの大怨て野郎!! きたねえぜ、兄貴を騙しやがったな!!」
会場の端になんか行ってねえじゃねえか!!
幽助がぎろりとモニターを睨む。
「そう単純な話ではねえかも知れねえな」
雷禅は慌てた風もなく、光の壁に薙ぎ払われる会場を見やる。
「あの攻撃を繰り出しているのが、本人とは限らねえ。何人にも分裂できる敵、おめえも戦ったことあっただろ」
「ああ、朱雀てやつが」
幽助がふと。
「じゃあ、兄貴と戦っているのは大怨って奴の分身? 会場の端まで兄貴を行かせたのは、分身しているのを悟らせないように?」
「それだけじゃねえ。永夜が端まで行くくらいの時間を稼げれば、分身を会場のあちこちに配置できたかも知れねえ。永夜は追い詰められたんだ。形の上ではな」
雷禅は、腕組みして、悠然と解説している。
「何のんびりしてんだよ……!! 兄貴……!!」
幽助は真っ青だ。
だが、雷禅は不敵な笑みを深くしたばかり。
「まあ、そう慌てるな。永夜が敵を目の前にしてこのくれェのことを、予測できてねェと思うか?」
幽助は目をぱちくりさせる。
「どういう……ことだよ?」
「このくれえのことは読んでいたはずだってこった。永夜は、『呼ばれざる者』との戦闘経験が、おめェとは段違いだ。対処してるぜ。ほれ見てみな」
雷禅が示した先、モニターに映し出された光景は壮絶である。
回転する円形の光の板が、億年樹の上にあるものを全て薙ぎ払っている。
全てを巻き込み回転する様子は、さながら巨神の工業機械のようだ。
億年樹が、回転やすりにかけられたかのように削れて行き……
ふと。
光が途絶える。
輝く闇が、光る円柱を広がり包み込む。
一瞬で宇宙の暗がりのようなそれは広がり、億年樹の上空で本物の宇宙のように広がる。
全てがそこに引きずり込まれるような、超重力が発生し、全ての光と音を吸い込んだ。
瞬間。
Bブロックの本戦が行われていた億年樹に、静寂が訪れる。
「きゃああああ!! あ、あれ……?」
何故か回転する光からも膨張する闇からも守られていた審判の美少女が、いきなり億年樹上空に現れる。
「ええっと……あの?」
虹色の鱗のある手足と尻尾、宝石のような角を戴く龍女系美少女がが、きょろきょろと会場を見回し。
今の光の暴走が嘘のような、何事もない中央闘技場にたたずむ永夜を見つける。
「あの……?」
ふよふよと、浮遊妖怪が降りていく。
「大怨選手は……」
「あ、消えてしまいましたよ。我が大黒天のご威光で」
永夜は、今の暗黒を引き寄せたのが嘘であったかのように穏やかに微笑む。
確かに完全に破壊されていた億年樹の地形も元に戻っている。
「ええと……はい、手元の妖気計でも、大怨選手の妖気が測定できません!! ということで、大怨選手消滅と見做し、影沖永夜選手の勝利です!!」
審判が高らかに永夜の勝利を宣言し、永夜が僧侶らしく合掌して一礼する。
「……凄まじいな。ブラックホールというやつを発生させたか。タイミングがずれていれば、この会場全部が消滅だぜ。あいつが『呼ばれざる者』に堕落させられていなくて良かったな」
軀がくつくつ笑う。
流石に顔が強張っている飛影に向き直り、
「まだ、あいつと戦いたいか?」
「……無論だ。あいつの暗黒を破る炎を探す」
飛影は一見平静にみえたが、目がとんでもない相手を見つけた喜びで燃えている。
「よっしゃーーー!! 兄貴すげえーーー!!!」
幽助が拳を振り上げると。
「まあ、あいつも伊達に700年間修業してねえよ。刺客も無駄だったな」
雷禅がニンマリ。
少し離れた場所では。
「パパー、『ぶらっくほーる』ってなにー?」
修羅が黄泉に問いかける。
「ああ、それはね……」
黄泉が科学理論をどう嚙み砕いて伝えるか苦慮している。
永夜は、大歓声の中、ゆっくり帰路に就いたのだった。
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