螺旋より外れて
「懐かしいって程の思い入れもねえな」
軀が、がれきの転がる周囲を眺めながら、そんな風に品評する。
もうこだわりはないのか、忌呪帯は取り去り、半顔が焼けた素顔を曝している。
都市の廃墟のように見える、魔界の一角である。
それなりに昔に、この都市国家は廃墟になったようだ。
生命力旺盛な魔界の植物に覆われ、がれきの山はこんもりした緑の丘のように見える場所が大半。
舗装された道路や、苔むした大きな残骸が転がっているので、それが廃墟だとわかるのだ。
一部が崩れ残った、魔界風の石造りの塔を見れば、そこはかとなくそこが宗教都市だったのだとは見当が付くかも知れない。
頭上では、相変わらずここが魔界だと主張するような雷がひっきりなしに光っている。
「実際に来たのは初めてだが、しかしまあ、派手にやったものだな」
黄泉が微細な大気の流れや匂いで、周囲の荒廃ぶりを認識したのだろう。
まるで目が見える人物のように首を巡らし、大きくため息をつく。
「何かいるぞ。動物じゃねえな、魔族だ。それなりの数な。何か細工してやがる」
雷禅が、廃墟の中心部へ向けて視線を飛ばす。
彼にしては珍しく、超感覚で何かを感知したようだ。
「細工って何だ、どういう奴らで何をしていやがるんだ」
軀が雷禅を振り返る。
「どういう奴らかって言われてもな。確かに『呼ばれざる者』の気配を感じるくれえしか言えねえよ」
雷禅が首を捻り、目をすがめる。
「細工ってのは……まあ、何か術こねくり回してるんじゃねえかって感じでよ……あー!! 聖果や永夜がいたら、ピタッと言い当てるんだろうがなー!!」
がしがしと、雷禅が頭を掻く。
「大日如来の『身体宇宙』の感覚をもらっても、雷禅の語彙力と術に関する知識量では、あまり細部を詰められないな……ふむ」
黄泉が顎を捻る。
「しかし、ないよりだいぶマシなのは確かだ。俺たち自身を幻で覆っている以上、向こうには俺たちの存在を気付かれていないはずだしな。急襲して、何をしているのか見極めて、始末できればよし」
「多分、俺たちが何か仕掛けてくるっていうのは、向こうだって予想しているはずだぜ。そもそも、報告にあったこの廃墟での動き自体不自然だ。罠と見るべきっていう俺の意見は変わらねえよ。どのみち踏み潰すけどな」
軀が足元の小石を蹴とばす。
「周囲もざっと見たが、この廃墟の周囲も、人気のない場所が広がっているな。原生林と荒野だけ。ぶらつくにはいい感じかも知れねえが、悪だくみの隠し場所としちゃ、おあつらえ向きなのも確かだぜ」
雷禅がニヤリと笑う。
ふと、黄泉が顔を上げて遠くを見る。
「軀。この方向には何がある?」
「国の中心部だ。大聖堂があったはずだ、徹底的に破壊したけどな」
軀が何気なく答えると、黄泉はあごをしゃくる。
「多分、まだ機能しているな、その大聖堂とやら。何か来るぞ」
三竦みは、思い思いの様で、穴だらけの道路にたたずんでいる。
その道の向こう、確かに何かが来る。
重い足音。
黄泉の幻に守られ、お互い以外は何物にも認識されないはずの三人は、その姿を見る。
獣と。
魔族だ。
小山のような異形の魔界獣を従え、誰かが歩いて来る。
隆々とした筋肉質の体を極彩色に輝く毛皮に包み、前後八本の肢の猛獣だ。
従えているのか付き従っているのか、な飼い主らしき者は、人間の平均よりやや大柄なくらいの体躯を、奇妙な宇宙服のような全身スーツで覆っている。
そんなおかしな姿でも、危なげない足取りで前に進む。
ふと。
全身スーツ姿の魔族が、手にしていた何か缶のようなものを、地面、道の廃墟の真ん中に置く。
そのまま、振り返りもせず、一人と一頭は道なりに向こうに進み、角を曲がって消える。
「……何だ? 空間感知式の地雷か?」
軀の言葉に焦った様子もないのは、自分たちを覆う黄泉の幻が、機械のセンサーにも有効だと知っているからだ。
「いや……おかしいぞ、この缶の中身は機械ではない……恐らく」
「生き物だぞ。しかもヤベェのだ」
黄泉の後を雷禅が受ける。
見る間に。
その小ぶりな塗料缶くらいの大きさの缶の蓋が、内側から跳ね上げられる。
缶の中から、何やらやけにサイケデリックな色合いに輝く、ぬめぬめした原生動物のようなものが這い出て来たのだ。
水色、黄緑、黄色、ピンク、藍色。
一体、どこにこれだけの体積が収まっていたのかと思われるほど、それは際限なく周囲に広がっていく。
明らかに物理的におかしい量。
さながら極彩色の泥流のように、それは周囲一帯の地面とガレキと植物を覆い尽くす。
「ほう、なるほど」
軀の声は笑いを含んでいる。
「見ろよ」
軀が華奢なあごをしゃくった先。
魔界ネズミの大きな個体。
それが、際限なく広がる生きた泥に飲み込まれていく。
透明なその体内に飲み込まれるや、酸で溶かされるよりも早く、猫より大きいその体が溶けて消える。
「……無茶苦茶に濃い『呼ばれざる者』の気配がしやがるぜ。このチカチカする泥も、向こうの生き物ってことか」
雷禅が唸る。
と、軀の周囲に泥が押し寄せるが、軀は平然としている。
黄泉の幻でこの生き物には認識されないし、軀自身の肉体はアポピスの神威で護られ、「呼ばれざる者」の下位の眷属の力は通じない。
それは雷禅にしても黄泉にしても、事情は似たようなもの。
雷禅は密教の最高位の仏の加護があり、黄泉には何者にも害されない月の聖性で護られている。
「……乗るとぐにゃぐにゃするな。修羅なら喜んだかも知れん」
黄泉が極彩色の泥の上に乗って感想を口にする。
「俺とこ、上はこういうの喜ぶ歳でもねえし、下は可愛げねえしなー」
ひょいと泥の上に乗ってそんなことを思い出す雷禅である。
「おい、お父ちゃんズ。意味がある訳でもねえが、囲まれたぞ。何してやがるんだあいつら」
軀が見上げる先、こんもりした遠くの廃墟も、極彩色の色彩に覆われていく。
多分、あの缶は他に幾つもあったのだろうと、三竦みの全員が検討を付けたところ。
「ふむ。国の中心部から同心円状に、あの泥を配置しているな」
黄泉がすぐさま分析する。
「その中心部に泥はねえ。中心部で何をやってやがんだ? 誰がいるんだよ?」
雷禅はおかしな匂いでも嗅いだように鼻の付け根に皺を寄せる。
「聖堂で何かやってやがるんだろう。俺がここを破壊した時も、何か儀式してたぜ」
軀が無造作に歩みを進める。
「行くんだろ? さっさと済ませようぜ」
雷禅が喉を鳴らす。
「けけ、てめえの男がいないもんでつまんなそうだなあ、軀」
黄泉がくすくす。
「同じ男でも、俺たちではさぞ不満だろうが、しばらく我慢してもらわないといかんな」
軀が軽い遠当てを飛ばして二人を威嚇する。
と、その時。
目の前にそそり立つ巨大なものが、まさに津波のように一気に流れて、三人を飲み込んだのだった。
軀が、がれきの転がる周囲を眺めながら、そんな風に品評する。
もうこだわりはないのか、忌呪帯は取り去り、半顔が焼けた素顔を曝している。
都市の廃墟のように見える、魔界の一角である。
それなりに昔に、この都市国家は廃墟になったようだ。
生命力旺盛な魔界の植物に覆われ、がれきの山はこんもりした緑の丘のように見える場所が大半。
舗装された道路や、苔むした大きな残骸が転がっているので、それが廃墟だとわかるのだ。
一部が崩れ残った、魔界風の石造りの塔を見れば、そこはかとなくそこが宗教都市だったのだとは見当が付くかも知れない。
頭上では、相変わらずここが魔界だと主張するような雷がひっきりなしに光っている。
「実際に来たのは初めてだが、しかしまあ、派手にやったものだな」
黄泉が微細な大気の流れや匂いで、周囲の荒廃ぶりを認識したのだろう。
まるで目が見える人物のように首を巡らし、大きくため息をつく。
「何かいるぞ。動物じゃねえな、魔族だ。それなりの数な。何か細工してやがる」
雷禅が、廃墟の中心部へ向けて視線を飛ばす。
彼にしては珍しく、超感覚で何かを感知したようだ。
「細工って何だ、どういう奴らで何をしていやがるんだ」
軀が雷禅を振り返る。
「どういう奴らかって言われてもな。確かに『呼ばれざる者』の気配を感じるくれえしか言えねえよ」
雷禅が首を捻り、目をすがめる。
「細工ってのは……まあ、何か術こねくり回してるんじゃねえかって感じでよ……あー!! 聖果や永夜がいたら、ピタッと言い当てるんだろうがなー!!」
がしがしと、雷禅が頭を掻く。
「大日如来の『身体宇宙』の感覚をもらっても、雷禅の語彙力と術に関する知識量では、あまり細部を詰められないな……ふむ」
黄泉が顎を捻る。
「しかし、ないよりだいぶマシなのは確かだ。俺たち自身を幻で覆っている以上、向こうには俺たちの存在を気付かれていないはずだしな。急襲して、何をしているのか見極めて、始末できればよし」
「多分、俺たちが何か仕掛けてくるっていうのは、向こうだって予想しているはずだぜ。そもそも、報告にあったこの廃墟での動き自体不自然だ。罠と見るべきっていう俺の意見は変わらねえよ。どのみち踏み潰すけどな」
軀が足元の小石を蹴とばす。
「周囲もざっと見たが、この廃墟の周囲も、人気のない場所が広がっているな。原生林と荒野だけ。ぶらつくにはいい感じかも知れねえが、悪だくみの隠し場所としちゃ、おあつらえ向きなのも確かだぜ」
雷禅がニヤリと笑う。
ふと、黄泉が顔を上げて遠くを見る。
「軀。この方向には何がある?」
「国の中心部だ。大聖堂があったはずだ、徹底的に破壊したけどな」
軀が何気なく答えると、黄泉はあごをしゃくる。
「多分、まだ機能しているな、その大聖堂とやら。何か来るぞ」
三竦みは、思い思いの様で、穴だらけの道路にたたずんでいる。
その道の向こう、確かに何かが来る。
重い足音。
黄泉の幻に守られ、お互い以外は何物にも認識されないはずの三人は、その姿を見る。
獣と。
魔族だ。
小山のような異形の魔界獣を従え、誰かが歩いて来る。
隆々とした筋肉質の体を極彩色に輝く毛皮に包み、前後八本の肢の猛獣だ。
従えているのか付き従っているのか、な飼い主らしき者は、人間の平均よりやや大柄なくらいの体躯を、奇妙な宇宙服のような全身スーツで覆っている。
そんなおかしな姿でも、危なげない足取りで前に進む。
ふと。
全身スーツ姿の魔族が、手にしていた何か缶のようなものを、地面、道の廃墟の真ん中に置く。
そのまま、振り返りもせず、一人と一頭は道なりに向こうに進み、角を曲がって消える。
「……何だ? 空間感知式の地雷か?」
軀の言葉に焦った様子もないのは、自分たちを覆う黄泉の幻が、機械のセンサーにも有効だと知っているからだ。
「いや……おかしいぞ、この缶の中身は機械ではない……恐らく」
「生き物だぞ。しかもヤベェのだ」
黄泉の後を雷禅が受ける。
見る間に。
その小ぶりな塗料缶くらいの大きさの缶の蓋が、内側から跳ね上げられる。
缶の中から、何やらやけにサイケデリックな色合いに輝く、ぬめぬめした原生動物のようなものが這い出て来たのだ。
水色、黄緑、黄色、ピンク、藍色。
一体、どこにこれだけの体積が収まっていたのかと思われるほど、それは際限なく周囲に広がっていく。
明らかに物理的におかしい量。
さながら極彩色の泥流のように、それは周囲一帯の地面とガレキと植物を覆い尽くす。
「ほう、なるほど」
軀の声は笑いを含んでいる。
「見ろよ」
軀が華奢なあごをしゃくった先。
魔界ネズミの大きな個体。
それが、際限なく広がる生きた泥に飲み込まれていく。
透明なその体内に飲み込まれるや、酸で溶かされるよりも早く、猫より大きいその体が溶けて消える。
「……無茶苦茶に濃い『呼ばれざる者』の気配がしやがるぜ。このチカチカする泥も、向こうの生き物ってことか」
雷禅が唸る。
と、軀の周囲に泥が押し寄せるが、軀は平然としている。
黄泉の幻でこの生き物には認識されないし、軀自身の肉体はアポピスの神威で護られ、「呼ばれざる者」の下位の眷属の力は通じない。
それは雷禅にしても黄泉にしても、事情は似たようなもの。
雷禅は密教の最高位の仏の加護があり、黄泉には何者にも害されない月の聖性で護られている。
「……乗るとぐにゃぐにゃするな。修羅なら喜んだかも知れん」
黄泉が極彩色の泥の上に乗って感想を口にする。
「俺とこ、上はこういうの喜ぶ歳でもねえし、下は可愛げねえしなー」
ひょいと泥の上に乗ってそんなことを思い出す雷禅である。
「おい、お父ちゃんズ。意味がある訳でもねえが、囲まれたぞ。何してやがるんだあいつら」
軀が見上げる先、こんもりした遠くの廃墟も、極彩色の色彩に覆われていく。
多分、あの缶は他に幾つもあったのだろうと、三竦みの全員が検討を付けたところ。
「ふむ。国の中心部から同心円状に、あの泥を配置しているな」
黄泉がすぐさま分析する。
「その中心部に泥はねえ。中心部で何をやってやがんだ? 誰がいるんだよ?」
雷禅はおかしな匂いでも嗅いだように鼻の付け根に皺を寄せる。
「聖堂で何かやってやがるんだろう。俺がここを破壊した時も、何か儀式してたぜ」
軀が無造作に歩みを進める。
「行くんだろ? さっさと済ませようぜ」
雷禅が喉を鳴らす。
「けけ、てめえの男がいないもんでつまんなそうだなあ、軀」
黄泉がくすくす。
「同じ男でも、俺たちではさぞ不満だろうが、しばらく我慢してもらわないといかんな」
軀が軽い遠当てを飛ばして二人を威嚇する。
と、その時。
目の前にそそり立つ巨大なものが、まさに津波のように一気に流れて、三人を飲み込んだのだった。