螺旋より外れて
「で、お前は具体的に雷禅のどこが良くて肌身を許したのだ? どうせ後からマスコミに根ほり葉ほり訊かれるのだ、今私に話しても悪いことはあるまい?」
鴉が喉を鳴らすように笑いながら、目の前の医師用の椅子に座った食脱医師を問い詰める。
広々とした診察室、意外と魔界的な装飾は少なく、やけに稲光が走る窓の外さえ見なければ、人間界のちょっと高級な病院と間違えてしまいそうだ。
食脱医師に、サポートの雪菜。
そして十二神将のうち、四名。
更に、そこに押しかけ患者の鴉と武威。
二人は「呼ばれざる者」配下に襲われた後遺症は認められなかったものの、それをいいことに医務室に居座り、延々食脱医師の聖果に絡んでいる。
あの雷禅の「相手」にして浦飯幽助、並びにその兄の影沖永夜の母ともなれば、いやしくも魔族の端くれとして、興味を持たざるを得ないというのが、鴉と武威の主張である。
鴉は患者用の椅子、武威は脇にある診察用のベッドに腰を下ろし、聖果と話し込んでいる。
雪菜は雪菜は傍らの椅子に腰を下ろして困ったような顔。
周囲を取り囲む四柱の神将は苦笑気味だ。
「さてな。どこだったかの。話をするうちに、何となく興味が湧いたというのが本当のところか。魔族という連中の内面など、聞かされたのは初めてだったからのう」
聖果が答えると、鴉はますます興味深そうに。
「ほう。そんなに面白かったのか、雷禅の中身というやつは」
「まあ、人間とかけ離れているようでかけ離れていないと思うたわ。人間の、野心ある武家のように、目の前に立ちふさがった相手と戦ううちに、いつの間にか周囲を従わせていたとかなんとか、そのような話じゃ」
魔族は弓矢や刀を使う訳ではないようじゃが、それでも大まかには同じようなものよな。
我も武家の出ゆえ、なんとなくわかってしまったのよ。
聖果はそんな風に付け加える。
「ほう。お前は、魔族を理解できたというのか?」
鴉が更に突っ込む。
聖果はうなずく。
「ほんの一端かも知れぬがな。意外と人と似ていて、見当が付くようなところもあるなと思うたまで」
鴉はくくくと笑う。
「生意気なことを言う。私に近寄って来た人間どもは、みな最終的に私がわからぬと言っていたがな。お前は、私のこともわかるのか?」
鴉は黒い夜のような目で、じっと聖果を見据える。
聖果は軽く首をかしげて見せる。
「そなたは変わっておるからの。別に人間だけではなく、妖怪だってそうそう理解してくれるような者はおらぬのではないか? 人間ほどうるさく言ってくる訳ではないかも知れぬが、理解しているかと言ったら、それは別の問題であろう?」
鴉はますます彼女を見据える。
「……なるほど。雷禅の気持ちがわからぬでもない」
「おい、いい加減にしろよ、鴉。雷禅に殺されるぞ」
武威がとうとう口を挟む。
苦笑交じりではあるが。
「なに、今は予選の最中だろう?」
鴉は涼しい顔である。
マスク越しなので表情はわかりにくくはあるが。
「はいはい。そこまでそこまで」
軽い口調で割り込んで来たのは、長めの髪をマンバンにまとめた、背の高い男である。
カラーグラスで目元を覆い、彫りの深いくっきりとした、顔のパーツが大きめの顔立ちだ。
「うちの御館様にそんなことされても困るね。そういう厄介ごとを排除するのも、俺らの役目でねえ」
白い歯を見せて、神将のうち一人が笑う。
どん、と鴉の胸板に拳を当てる。
「このトーナメント自体が厄介なのにさ。騒ぎを増やしたくないんだよ。わかってくれるだろ?」
へらへらしているようだが、確かな知性を感じさせる口調だ。
鴉はふっと笑ったように見える。
気に入ったのか。
「お前、名前は?」
「波夷羅(はいら)。十二神将が一、波夷羅大将とは俺のことってね!!」
と。
「あ、どなたか来られるみたいです。足音が」
ふと、雪菜が立ち上がる。
言われてみれば、医務室のドアの外から、引きずるような音が聞こえる。
「怪我が重いかも知れません、手助けを……」
「ならぬ!!」
外に出ようとした雪菜を、聖果が静止する。
「扉に近寄るな、患者ではない」
「え?」
雪菜はきょとんとする。
そこに至ってようやく、彼女は気づく。
空気がさっきまでとは一転している。
ぴりぴりとした、戦いの空気。
「雪菜とやら、下がっていろ。神将どもの背後に隠れろ」
武威がすっと滑らかな動きで立ち上がる。
雪菜は空気も動かさぬようなその動きで何かを察し、一番近くにいた毘羯羅(びぎゃら)の背後に隠れる。
音が、大きくなる。
湿った大荷物でも引きずっているような音。
神将たちが無言で聖果を背後にかばう。
聖果は椅子から立ち上がるが、そこからは動かない。
黒い瞳は凪いで、静かに扉を見つめているばかり。
扉が、大音声と共に弾け飛ぶ。
何かが、濁流となって、医務室内に流れ込むが。
雷のような別の大音声。
次の瞬間、扉の前にいた巨体が消えた。
頭に当たる部分から多頭の大蛇のような触手をうねらせた「それ」が、一瞬で消えている。
「ほう」
武威が唸る。
「波夷羅のその銃の弾丸。触れたものを消し去るのか」
武威には認識できたのだ。
超高速で飛来した弾丸で撃たれた「それ」が、まるで超重力によって圧縮されたように縮み、そのまま忽然と消えたことを。
波夷羅は、近未来のものとも、古代文明の遺産とも思える長い銃身の大ぶりな銃を、ゆっくり下ろす。
鴉がくくく、と笑う。
「ほう。この会場は意外と『汚染』されているのではないか? 主催者どもの手落ちだな?」
鴉が喉を鳴らすように笑いながら、目の前の医師用の椅子に座った食脱医師を問い詰める。
広々とした診察室、意外と魔界的な装飾は少なく、やけに稲光が走る窓の外さえ見なければ、人間界のちょっと高級な病院と間違えてしまいそうだ。
食脱医師に、サポートの雪菜。
そして十二神将のうち、四名。
更に、そこに押しかけ患者の鴉と武威。
二人は「呼ばれざる者」配下に襲われた後遺症は認められなかったものの、それをいいことに医務室に居座り、延々食脱医師の聖果に絡んでいる。
あの雷禅の「相手」にして浦飯幽助、並びにその兄の影沖永夜の母ともなれば、いやしくも魔族の端くれとして、興味を持たざるを得ないというのが、鴉と武威の主張である。
鴉は患者用の椅子、武威は脇にある診察用のベッドに腰を下ろし、聖果と話し込んでいる。
雪菜は雪菜は傍らの椅子に腰を下ろして困ったような顔。
周囲を取り囲む四柱の神将は苦笑気味だ。
「さてな。どこだったかの。話をするうちに、何となく興味が湧いたというのが本当のところか。魔族という連中の内面など、聞かされたのは初めてだったからのう」
聖果が答えると、鴉はますます興味深そうに。
「ほう。そんなに面白かったのか、雷禅の中身というやつは」
「まあ、人間とかけ離れているようでかけ離れていないと思うたわ。人間の、野心ある武家のように、目の前に立ちふさがった相手と戦ううちに、いつの間にか周囲を従わせていたとかなんとか、そのような話じゃ」
魔族は弓矢や刀を使う訳ではないようじゃが、それでも大まかには同じようなものよな。
我も武家の出ゆえ、なんとなくわかってしまったのよ。
聖果はそんな風に付け加える。
「ほう。お前は、魔族を理解できたというのか?」
鴉が更に突っ込む。
聖果はうなずく。
「ほんの一端かも知れぬがな。意外と人と似ていて、見当が付くようなところもあるなと思うたまで」
鴉はくくくと笑う。
「生意気なことを言う。私に近寄って来た人間どもは、みな最終的に私がわからぬと言っていたがな。お前は、私のこともわかるのか?」
鴉は黒い夜のような目で、じっと聖果を見据える。
聖果は軽く首をかしげて見せる。
「そなたは変わっておるからの。別に人間だけではなく、妖怪だってそうそう理解してくれるような者はおらぬのではないか? 人間ほどうるさく言ってくる訳ではないかも知れぬが、理解しているかと言ったら、それは別の問題であろう?」
鴉はますます彼女を見据える。
「……なるほど。雷禅の気持ちがわからぬでもない」
「おい、いい加減にしろよ、鴉。雷禅に殺されるぞ」
武威がとうとう口を挟む。
苦笑交じりではあるが。
「なに、今は予選の最中だろう?」
鴉は涼しい顔である。
マスク越しなので表情はわかりにくくはあるが。
「はいはい。そこまでそこまで」
軽い口調で割り込んで来たのは、長めの髪をマンバンにまとめた、背の高い男である。
カラーグラスで目元を覆い、彫りの深いくっきりとした、顔のパーツが大きめの顔立ちだ。
「うちの御館様にそんなことされても困るね。そういう厄介ごとを排除するのも、俺らの役目でねえ」
白い歯を見せて、神将のうち一人が笑う。
どん、と鴉の胸板に拳を当てる。
「このトーナメント自体が厄介なのにさ。騒ぎを増やしたくないんだよ。わかってくれるだろ?」
へらへらしているようだが、確かな知性を感じさせる口調だ。
鴉はふっと笑ったように見える。
気に入ったのか。
「お前、名前は?」
「波夷羅(はいら)。十二神将が一、波夷羅大将とは俺のことってね!!」
と。
「あ、どなたか来られるみたいです。足音が」
ふと、雪菜が立ち上がる。
言われてみれば、医務室のドアの外から、引きずるような音が聞こえる。
「怪我が重いかも知れません、手助けを……」
「ならぬ!!」
外に出ようとした雪菜を、聖果が静止する。
「扉に近寄るな、患者ではない」
「え?」
雪菜はきょとんとする。
そこに至ってようやく、彼女は気づく。
空気がさっきまでとは一転している。
ぴりぴりとした、戦いの空気。
「雪菜とやら、下がっていろ。神将どもの背後に隠れろ」
武威がすっと滑らかな動きで立ち上がる。
雪菜は空気も動かさぬようなその動きで何かを察し、一番近くにいた毘羯羅(びぎゃら)の背後に隠れる。
音が、大きくなる。
湿った大荷物でも引きずっているような音。
神将たちが無言で聖果を背後にかばう。
聖果は椅子から立ち上がるが、そこからは動かない。
黒い瞳は凪いで、静かに扉を見つめているばかり。
扉が、大音声と共に弾け飛ぶ。
何かが、濁流となって、医務室内に流れ込むが。
雷のような別の大音声。
次の瞬間、扉の前にいた巨体が消えた。
頭に当たる部分から多頭の大蛇のような触手をうねらせた「それ」が、一瞬で消えている。
「ほう」
武威が唸る。
「波夷羅のその銃の弾丸。触れたものを消し去るのか」
武威には認識できたのだ。
超高速で飛来した弾丸で撃たれた「それ」が、まるで超重力によって圧縮されたように縮み、そのまま忽然と消えたことを。
波夷羅は、近未来のものとも、古代文明の遺産とも思える長い銃身の大ぶりな銃を、ゆっくり下ろす。
鴉がくくく、と笑う。
「ほう。この会場は意外と『汚染』されているのではないか? 主催者どもの手落ちだな?」