螺旋より外れて
「いやー、良かったな北神!!」
「え、ええと……ううん、良かったのですかねこの場合……」
会場の一角、幽助に背中をばしばし叩かれ祝われているにも関わらず、北神は難しい顔だ。
「たまたま、『呼ばれざる者』の手先がいないブロックに当たった。私が本戦に出場した。でもあの、本戦で『呼ばれざる者』の手先に出くわすかもですよねえ。はなはだ不安なんですが。いっそ予選落ちした方がお役に立てたのでは」
実際、西山、南海、東王はそれぞれ「呼ばれざる者」の手先に当たったのでさっさと棄権して、データを持ち帰っていますしね。
私もそうするのが一番お役に立ったんじゃないかと思いますねぇ……。
北神はしきりに首を捻る。
捻ったところで結果は変わらないのだが、なんでこうなるという思いは拭えないのだろう。
リンクをしていれば考えは変わっていたはずであるが、今の状態ではいいエサにしかならない自覚はある。
「あー。まあ、でも予選の組み合わせは公平にしてるんだろ? その結果がこうなら仕方ねえさ。本戦で奴らに当たったら、そっちでさっさと棄権するしかねーな。不本意だろーが」
幽助は、事もなげにそう口にする。
リーゼントの髪を軽く掻き上げ、全く力が入った風ではない。
今が北神にとって時期ではないならまた今度というだけ、というのが彼の考え。
北神は溜息を落とす。
「それは、確かにそうなんですが」
「安心しろ、北神。この件が終わったら、おめェにもリンク先を探してくれるってよ、永夜が」
雷禅が不意に割り込んで来る。
永夜の首根っこを捕まえてひきずって来たのだ。
「北神さん、本戦でも作戦は変わりません。屈辱的でしょうが、この際仕方ありません。あなたは貴重な戦力になり得る優秀な方だ、ここで失う訳には参りません」
永夜が猫みたいに首根っこを吊るされながらも真面目くさって言い渡す。
北神は苦笑し、周りで見物していた東王、西山、南海もくすくす笑い。
「……どうも、そう単純な話でなくなってきたかも知れませんよ?」
そう言って近づいて来たのは、蔵馬である。
予選の疲れの色も見せず、髪をなびかせ音も立てない優雅な足取り。
「黄泉が気づいたんですよ。どうも、『呼ばれざる者』の手の者たち、また何かしているようです」
蔵馬の言葉に、幽助も北神も、雷禅、永夜、他の面々も怪訝な顔を見せる。
まるで見計らったように、蔵馬の背後から、黄泉が近づいて来る。
修羅と手を繋いでいるが、まるでリラックスした様子はない。
「俺の観客保護用の幻の帳に引っ掛かった。予選通過した者たちが、何故か会場外遠くへ向かっている。その気配の先には、『呼ばれざる者』の気配。本戦に備えているというのではなさそうだな」
幽助たちの怪訝の色が濃くなる。
「なんだよそれ? どういうことだ?」
「今、小兎くんに報告を入れて、樹里くんたちに確認に向かってもらっている。……あまり、気分のいい話には、なりそうにないな」
黄泉はふうと溜息をついて、風の香りでも嗅ぐように、色白の顔を遠くに向ける。
その先では、確かに歓迎すべからざる事態が起こっているのだ。
◇
◆ ◇
「予選終わってへろへろなはずなのに、こんな深い森の中に……? 樹里ちゃん、瑠架ちゃん、螢子ちゃんも大丈夫?」
麻弥が大隔世で手に入れた力で浮遊しながら、藪を踏み分けている樹里と瑠架に声をかける。
彼女の背後には、翼を広げてホバリングする螢子。
彼女も翼が枝葉に引っ掛からないように苦労しているようだ。
と、樹里が二人を見上げる。
「螢子ちゃん、麻弥ちゃん。何か見える? 変なニオイがさっきからして気になってるんだけどぉ」
麻弥、螢子が空中で顔を見合わせる。
瑠架が形のいい鼻を軽くひくつかせる。
「……確かに。何でしょうねこの臭い。酸みたいなツーンとした……」
「もしかして、毒液を吐く動物がいるとかなんじゃ?」
螢子は緊張の面持ちで白い小さな拳を握る。
「可能性はあ……あれ!!」
麻弥が、はたと空中で止まる。
少し先の木陰を見下ろす。
「誰か、倒れてるんじゃ!?」
「えっどこ……あっ!!」
樹里が藪を掻き分けながら近づく。
何かごつい兜のような何かが見えている。
大きな樹木にもたれかかるように。
「あ、あの……えっ……きゃあああああっ!!!」
樹里が鋭い悲鳴を上げる。
近づこうとしたその矢先、もたれかかっていた兜に見えるものが引っ掛かっていた樹木から転げ落ちたのだ。
兜の中身は……「何もない」。
長い垂れ布らしきものに、べったりと何か紫色の液体が染み込んでいる。
それが強烈なにおいを放っているのだ。
兜の中には何もないが、その下には魔族だったであろうと思しい残骸が転がっている。
まさに酸で溶かされたよう。
わずかな骨、溶け残った脂肪の一部。
衣服も一部残っていて、そこにいたであろう者の全身を何となく思い描けるのがおぞましい。
その場は一瞬パニックになりかける。
悲鳴が飛び交う。
「落ち着いて!! まだ犯人が近くにいるかも知れない、慌てるのは危険ですわ!!」
瑠架が素早く叫びパニックを強引に収める。
なにせ、魔界トーナメントの本戦に出場するはずだった何者かを倒した「何か」がいるはずなのだ。
パニックは命取りである。
『皆さん、どうしました!? 状況の報告を!!』
今まで様子を窺っていたのであろう小兎が流石に呼びかけてくる。
瑠架が大きく息を吐いてから、はっきり思念で応じる。
「人が死んでますわ。会場外に出た、予選6ブロック通過の楽銅さんで間違いないと思います」
『楽銅さんが……死んでる? これは……!!』
思念波で送られてきた凄惨な現場を見たのか、小兎も言葉を失う。
特徴的なコスチュームの残骸から確かにその人物だと判別できる。
「えっ、でも、この楽銅さん自身って、別に『呼ばれざる者』と関係ない人だよね?」
麻弥が恐怖でバクバク波打つ心臓を抑えながらどうにか言葉を絞り出す。
「そうですよぉ、さっき殺されてた葬破さんとは違うはず……」
なのに何でこうなってるの!? と樹里。
『あ……いえ!? 待ってください!?』
小兎が頓狂な思念波を送ってくる。
『楽銅さん、会場に戻って来てますね!? えっ、するとそちらで亡くなっているのは!?』
小兎の混乱と共に、会場内をゆったりした足取りで歩く楽銅の姿の映像が送られてくる。
目の前の残骸と同じ特徴的ないでたち。
四人は咄嗟にどういうことなのかの判断がつかず、しばし呆然とするのみであった。
「え、ええと……ううん、良かったのですかねこの場合……」
会場の一角、幽助に背中をばしばし叩かれ祝われているにも関わらず、北神は難しい顔だ。
「たまたま、『呼ばれざる者』の手先がいないブロックに当たった。私が本戦に出場した。でもあの、本戦で『呼ばれざる者』の手先に出くわすかもですよねえ。はなはだ不安なんですが。いっそ予選落ちした方がお役に立てたのでは」
実際、西山、南海、東王はそれぞれ「呼ばれざる者」の手先に当たったのでさっさと棄権して、データを持ち帰っていますしね。
私もそうするのが一番お役に立ったんじゃないかと思いますねぇ……。
北神はしきりに首を捻る。
捻ったところで結果は変わらないのだが、なんでこうなるという思いは拭えないのだろう。
リンクをしていれば考えは変わっていたはずであるが、今の状態ではいいエサにしかならない自覚はある。
「あー。まあ、でも予選の組み合わせは公平にしてるんだろ? その結果がこうなら仕方ねえさ。本戦で奴らに当たったら、そっちでさっさと棄権するしかねーな。不本意だろーが」
幽助は、事もなげにそう口にする。
リーゼントの髪を軽く掻き上げ、全く力が入った風ではない。
今が北神にとって時期ではないならまた今度というだけ、というのが彼の考え。
北神は溜息を落とす。
「それは、確かにそうなんですが」
「安心しろ、北神。この件が終わったら、おめェにもリンク先を探してくれるってよ、永夜が」
雷禅が不意に割り込んで来る。
永夜の首根っこを捕まえてひきずって来たのだ。
「北神さん、本戦でも作戦は変わりません。屈辱的でしょうが、この際仕方ありません。あなたは貴重な戦力になり得る優秀な方だ、ここで失う訳には参りません」
永夜が猫みたいに首根っこを吊るされながらも真面目くさって言い渡す。
北神は苦笑し、周りで見物していた東王、西山、南海もくすくす笑い。
「……どうも、そう単純な話でなくなってきたかも知れませんよ?」
そう言って近づいて来たのは、蔵馬である。
予選の疲れの色も見せず、髪をなびかせ音も立てない優雅な足取り。
「黄泉が気づいたんですよ。どうも、『呼ばれざる者』の手の者たち、また何かしているようです」
蔵馬の言葉に、幽助も北神も、雷禅、永夜、他の面々も怪訝な顔を見せる。
まるで見計らったように、蔵馬の背後から、黄泉が近づいて来る。
修羅と手を繋いでいるが、まるでリラックスした様子はない。
「俺の観客保護用の幻の帳に引っ掛かった。予選通過した者たちが、何故か会場外遠くへ向かっている。その気配の先には、『呼ばれざる者』の気配。本戦に備えているというのではなさそうだな」
幽助たちの怪訝の色が濃くなる。
「なんだよそれ? どういうことだ?」
「今、小兎くんに報告を入れて、樹里くんたちに確認に向かってもらっている。……あまり、気分のいい話には、なりそうにないな」
黄泉はふうと溜息をついて、風の香りでも嗅ぐように、色白の顔を遠くに向ける。
その先では、確かに歓迎すべからざる事態が起こっているのだ。
◇
◆ ◇
「予選終わってへろへろなはずなのに、こんな深い森の中に……? 樹里ちゃん、瑠架ちゃん、螢子ちゃんも大丈夫?」
麻弥が大隔世で手に入れた力で浮遊しながら、藪を踏み分けている樹里と瑠架に声をかける。
彼女の背後には、翼を広げてホバリングする螢子。
彼女も翼が枝葉に引っ掛からないように苦労しているようだ。
と、樹里が二人を見上げる。
「螢子ちゃん、麻弥ちゃん。何か見える? 変なニオイがさっきからして気になってるんだけどぉ」
麻弥、螢子が空中で顔を見合わせる。
瑠架が形のいい鼻を軽くひくつかせる。
「……確かに。何でしょうねこの臭い。酸みたいなツーンとした……」
「もしかして、毒液を吐く動物がいるとかなんじゃ?」
螢子は緊張の面持ちで白い小さな拳を握る。
「可能性はあ……あれ!!」
麻弥が、はたと空中で止まる。
少し先の木陰を見下ろす。
「誰か、倒れてるんじゃ!?」
「えっどこ……あっ!!」
樹里が藪を掻き分けながら近づく。
何かごつい兜のような何かが見えている。
大きな樹木にもたれかかるように。
「あ、あの……えっ……きゃあああああっ!!!」
樹里が鋭い悲鳴を上げる。
近づこうとしたその矢先、もたれかかっていた兜に見えるものが引っ掛かっていた樹木から転げ落ちたのだ。
兜の中身は……「何もない」。
長い垂れ布らしきものに、べったりと何か紫色の液体が染み込んでいる。
それが強烈なにおいを放っているのだ。
兜の中には何もないが、その下には魔族だったであろうと思しい残骸が転がっている。
まさに酸で溶かされたよう。
わずかな骨、溶け残った脂肪の一部。
衣服も一部残っていて、そこにいたであろう者の全身を何となく思い描けるのがおぞましい。
その場は一瞬パニックになりかける。
悲鳴が飛び交う。
「落ち着いて!! まだ犯人が近くにいるかも知れない、慌てるのは危険ですわ!!」
瑠架が素早く叫びパニックを強引に収める。
なにせ、魔界トーナメントの本戦に出場するはずだった何者かを倒した「何か」がいるはずなのだ。
パニックは命取りである。
『皆さん、どうしました!? 状況の報告を!!』
今まで様子を窺っていたのであろう小兎が流石に呼びかけてくる。
瑠架が大きく息を吐いてから、はっきり思念で応じる。
「人が死んでますわ。会場外に出た、予選6ブロック通過の楽銅さんで間違いないと思います」
『楽銅さんが……死んでる? これは……!!』
思念波で送られてきた凄惨な現場を見たのか、小兎も言葉を失う。
特徴的なコスチュームの残骸から確かにその人物だと判別できる。
「えっ、でも、この楽銅さん自身って、別に『呼ばれざる者』と関係ない人だよね?」
麻弥が恐怖でバクバク波打つ心臓を抑えながらどうにか言葉を絞り出す。
「そうですよぉ、さっき殺されてた葬破さんとは違うはず……」
なのに何でこうなってるの!? と樹里。
『あ……いえ!? 待ってください!?』
小兎が頓狂な思念波を送ってくる。
『楽銅さん、会場に戻って来てますね!? えっ、するとそちらで亡くなっているのは!?』
小兎の混乱と共に、会場内をゆったりした足取りで歩く楽銅の姿の映像が送られてくる。
目の前の残骸と同じ特徴的ないでたち。
四人は咄嗟にどういうことなのかの判断がつかず、しばし呆然とするのみであった。