螺旋より外れて

「おかえり、幽助!!」

 マンションの部屋で出迎えた浦飯温子は、以前と変わらないように見えた、のだが。

「そちらが北神さん!? 張り切ったファッションしてんじゃない、ん、気に入った!!」

 けたけた笑う温子に、幽助も北神も顔を見合わせる。

「おふくろ、なんで北神のこと知ってんだよ!?」

「雷禅から聞いたの。探してるんでしょ?」

 さらりと温子に断言され、幽助も北神も、一瞬言葉を失う。

「……間違いありません。この方のお体から、雷禅様の妖気が」

「ほんとだ……おふくろ、なんで」

 北神の言葉に得心して、幽助は思わず温子に詰め寄る。
 温子の体からは、今隣に雷禅が立っているかのような、濃厚な妖気が漂っているのだ。
 かなり長時間、近い距離にいたということである。

「ん、まあ。それはおいおい話すわ。さ、行くわよ。あんたも支度して」

 温子が部屋の奥に向けて手招きすると、長身の人影が歩み出てくる。

 幽助も、見たことのない人物。
 粋なスーツ姿の若い男性に見える。
 茶髪の髪をやや流し、垂れ目が色っぽい。
 だが、何より幽助と北神の注意を引いたのは。

「……オメー、何者だ? 人間じゃねえが、妖怪でもねえな。霊界人でもなさそうな……」

 幽助が目をすがめる。
 人影がニコリと面白そうに笑う。

「これはこれは、我が主の御子息、幽助様。ボクは迷企羅(めきら)。今は、浦飯温子様と名乗っておいでの、我が主に仕えている者ですよ」

 やや鼻にかかった甘い声だが、底に流れる響きは、油断も隙もないもの。
 幽助は警戒心を掻き立てられる。

「ちょっと、そんなに怖い顔しないの、幽助。大丈夫よ。この子、あたしの部下みたいなもんだから」

 母親のその言葉に、幽助はますます首をかしげる。

「部下……いつの間に会社勤めなんか」

「ああ、そういうのじゃないの。とにかく、詳しいことは雷禅のところに案内してから話すから。来てよ、二人とも」

 温子は迷企羅を伴って、するりと部屋を出る。
 幽助と北神は顔を見合わせるが、他に方策はない。
 彼女に従う。

 マンション一階の、駐車スペースに、温子は全員を連れて来る。
 迷いのない足取りで、黒い高級セダンに近付き、迷企羅に鍵を開けさせる。
 彼は、最初から雇われていた運転手のように、助手席のドアを開けて温子を、後部座席のドアを開けて、幽助と北神を車に乗り込ませる。

 迷企羅の運転で、セダンは動き出す。
 滑らかな運転技術で、車は郊外へと向かうようだ。

「本当に雷禅様がこちらにおいでになるのですか? 妖気は感じられないようですが」

 北神が、後部座席から助手席の温子に向かい、問いかける。

「うん、妖気が漏れない細工をしてある屋敷にいてもらってる。霊界にあれこれされるの、面倒だからね」

 その返答を聞いた幽助は、首を傾げざるを得ない。
 温子はどうして……

「なあ、おふくろ。なんで、親父のこととか、霊界とか、こういう世界のこと、そんなに知ってるんだ? 俺の留守に、何があったんだよ!?」

 温子はきゃらきゃら笑う。
 その調子は以前のままだが。

「ああ、あたしも、色々変わったってこと。そのことも、向こうに着いてから話すから」

 車はやがて、郊外の雑木林の中にある、広い日本家屋の敷地に滑り込む。
 山中の庵のような、しかし、かなりの広さを持った屋敷。

「さ、どうぞ。雷禅がいるわ」

 車から降り、温子は屋敷の正面玄関らしき場所へと向かう。

 幽助が声をかけようとした、その時。

「……何もかも変わっているのだ、幽助。……この、我もな」

 温子が、いや、直前まで温子の姿を取っていた、その女が振り返る。

 中世の武家の姫君のような、小袖に打ち掛け。
 長い黒髪、荘重で、それでいて例えようもなく甘い香り。
 青白く、病的な色香の……見知らぬ女が、そこにいたのだ。

「てめぇ!!」

 幽助が飛び退き身構えるのを、温子だったその女は手で制す。

「案ずるな。我は、浦飯温子に転生していた者。要するに、そなたの母親には違いない」

 幽助はきょとんとして呼吸を繰り返す。

「……何もんだ……」

「食脱医師、という名前は、雷禅から聞いておるか?」

 幽助は、背後で叫ぶ北神の声も耳に入らぬまま、呆然と立ち尽くしていた。
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