螺旋より外れて

「ああっと!! 一体1ブロックで何が起こったのでしょうか!? 開始数秒で桑原選手以外の選手が全員ダウンしています!! こ、これはーーー!?」

 小兎の実況と共に、会場の巨大モニターに第1ブロックの様子が映し出される。
 浮遊装置に乗った審判が、低い位置に降下してきて周囲を見回す。

「ダウン!! 全員同時と見做し、カウントを統一しまーーす!!」

 審判が10カウントを数えるまで、倒れ伏した誰もがピクリともしない。

「10!! 桑原選手以外の全選手、戦闘不能と見做し、桑原選手の勝利!! 第1ブロックからの本戦出場は、桑原選手に決定です!!」

 会場中の観客が津波のようにどよめく。
 まさかいきなり予選第一戦めで、生粋の人間がこれほどあっさりと腕に覚えのある魔族を退けるとは信じがたいのである。
 しかも、その方法は謎。
 一瞬のことで、誰もがそこで起こったことを認識できていない。
 恐らく、審判たちにしても同じようなもの。

「はい、ええと、録画映像で、第1ブロックで何があったのかを検証してみたいと思います!!」

 小兎が目の前のモニターに集中すると、会場の巨大モニターにも同様の映像が映し出される。
 そこには。

「おおっと、桑原選手、試合開始早々、神剣を振り上げたようです!?」

 魔族たちが部外者としか思えない、人間の参加者に一斉に襲い掛かろうとする、その瞬間。
 特攻服姿の桑原の、輝く物質化神剣が光を放つ。
 彼がその剣を振り上げるや否や、まるで千手観音の手のように、剣は無数に分裂する。
 光で形作られたようなコピーが、ちょうど人数分現れる。
 それが、一瞬の間に、滝のように雪崩れ落ちたのだ。

 増殖神剣に打ち据えられた第1ブロックの選手たちは、避けることさえできない。
 いや、反応のいい者は多少努力したようだが、神剣はすでにそれも読んでいたような軌跡を描いて一撃する。
 どんなに妖力が高くとも、一般魔族に神気に対する抵抗の術はなく。
 彼らは数秒待たずして、意識を消し飛ばされ地面に倒れ伏したのだ。

「こ、これは驚き!! 桑原選手の神剣が分裂し、他の全選手に襲い掛かりました!! 全員抵抗の余地なくダウンしています!!」

 小兎が思わず叫ぶ。

「暗黒武術会でも、巧みな霊剣裁きで、対戦相手を翻弄していた桑原選手ですが……霊剣が次元刀、そして神剣へと進化して、戦闘力も大幅パワーアップしたようです!! 一対多数が苦手だったのは過去の話!! 圧倒的強さで、桑原選手本戦出場―!!」

 どよどよどよどよ。
 まだ、海鳴りのようなざわめきは会場を揺らしている。
 そこで口を開いたのは、小兎の隣の席。
 解説へと華麗な転身を遂げた、妖駄である。

「生粋の人間でも、神界とのつながりを得ると、かなり高位の妖怪も目ではない……というのは本当だったようですね。しかも、よく見て下さい、全員、気絶はしていますが、血は流れていないでしょう?」

 医務班に次々会場を運び出される敗北者たちに再度カメラが寄り、小兎ははっとする。

「あっ……本当ですね、気絶するようなダメージがあったはずなのに、流血が見られないですね……これは摩訶不思議……」

「恐らく、神剣の神気で、相手の霊魂体に直接衝撃を与えて意識を飛ばしているのだと思われます。こうすれば、相手を傷つけることなく勝利できるという訳です。この桑原という人はなかなかの紳士ですよ。あくまで勝利が目的なのであって、無駄な流血は求めていないといったところでしょうか」

 妖駄は落ち着いて解説を続ける。

「というよりも、神剣の威力が大きすぎてそのまま攻撃したら悲惨なことになりすぎる……という判断でしょうか。何にせよ、熟練の剣士です」

 小兎はほほう、とうなずく。

「なるほど、ありがとうございました!! ……おや、待ってください、桑原選手が倒れている別の選手の一人に近づいて行きますが……どうしたのでしょうか?」

 小兎が指摘し、カメラが寄る。
 上空に戻ろうとしていた審判が怪訝な顔で滞空する。
 桑原は、真っ白な特攻服の肩に神剣を担いだ姿勢で、その者の前に立つ。
 一見、毒蛙みたいな派手な表皮の、3m近い大柄な魔族である。
 ゆうゆう長い腕に、胴体よりも伸びた尻尾。

「てめえ、何してやがる!!」

 桑原が叫ぶ。
 同時に、上空から降って来た、様々な形の輝く神剣らしきものが、その者の胴体から伸びていこうとした黒っぽい何かを、億年樹の地面に縫い留めたのだ。

「あっと……これはどうしたことでしょう!? ダウンして勝負がついているにも関わらず、敗北した選手の一人が攻撃を仕掛けようとしていたようです!!」

 小兎が鋭く見て取る。
 審判が声を張り上げる。

「塵岳選手、勝負がついてからの攻撃行動はルール違反です!! これ以上やると、トーナメントのルールを超えて、身柄を癌陀羅警察に……」

 しかし、その瞬間。
まるで巨大な水風船が割れたかのように、塵岳と呼ばれたその男の肉体が、一気に液状化して周囲に広がる。
ばかでかいアメーバのように、周り中の倒れている選手、審判まで食い尽くそうと……

しゅん、と軽い音がしたように、審判の耳には届く。
目の前の濁った濁流が消えている。
数本の剣に縫い留められた肉体は、今やどこにもない。
剣ごと、綺麗に消えていたのだ。

「こ、これは!? 倒れているにも関わらず、攻撃をしかけてきた選手の体が消えました!!」

 小兎がモニターの中にあの魔族にしても奇妙な姿に変じた選手を探す。

「ああ、やっぱりそうだぜ」

 桑原が呻くのが、審判のマイクに拾われる。

「奴ら、勝負とかもう関係ねーみてえだ。この会場で犠牲者を出すのが大事なんだろうぜ。今の奴は、神剣の能力の一つで、剣神の空間に封じたけど、他はどうなるかな……面倒だぜ……」

 また別の意味合いを持つざわめきが会場内で盛り上がる。
 どういうこと、と声が聞こえる。

「ええ、事前情報にもございましたように、会場にテロリスト一派が潜り込んでいるようです。テロ行為が目的と判明した選手は失格、癌陀羅警察に身柄を引き渡しますが、会場の皆様も十分にお気をつけ、不審な人物には近寄らないようお願いします!!」

 驚愕と動揺。
 会場の、そして恐らくは中継されている電波の先で視聴している魔界中の魔族の悲鳴が、大気を揺らしているように感じられる。
 魔界トーナメントは、こうして始まったのだ。
78/88ページ
スキ