螺旋より外れて
「鴉さん!! 武威さん!! しっかり!! 私の声が聞こえますか!?」
瑠架が屈み込み、ぐったりと壁際に身を投げ出す鴉、次いで武威に、聞きやすい抑揚をつけた声をかける。
少し離れた廊下では、麻弥と螢子が眠りこけている犯人らしき魔族三人を、支給されていた拘束用妖具で縛り上げているのが見える。
「ふむ……上手くは……いかぬものだ……」
色白の肌を血で染めた鴉は、衝撃で虚ろな目を開く。
存外しっかりした声だったので、瑠架はややほっとする。
「ぬかったな。流石に魔界の深部、俺たちでは太刀打ちできぬ相手もこれだけいる……」
次いで呻き声を響かせたのは武威である。
こちらも衣装の所々が切り裂かれ、頭から胴体、下半身にまで血が降りかかっているが、声はきちんと自我を感じさせるもの。
「動かないでくださいね。今、治療します」
瑠架が二人に手をかざす。
「災いよ痛みよ、黄泉に退け!!」
瑠架が素早く咒を唱える。
鴉、そして武威が目を見開く間に、彼らの傷はさながら時間を巻き戻したように癒されていたのだ。
どういう仕組みであるのか、血で汚れた形跡すら消えている。
「ほう……これは? それがリンクとやらの力か」
鴉が立ち上がり興味深そうに瑠架に尋ねる。
瑠架は微笑み、
「ええ。わたくしのリンク先の神は道反之大神(ちがえしのおおかみ)。結界の神であり、生と死の区分を守る守護神ですわ。本来受けるべきではない災難なら、今のように黄泉に捨てることができるのです」
瑠架は妖しく微笑んで、鴉と武威に手をかざす。
「恐らくもう大丈夫だとは思いますが、一応医務室で検査を。あなたを襲ったのは、間違いなく『呼ばれざる者』の手の者でしょうから」
瑠架がちらと向こうに倒れている三人の曲者を見やる。
魔界ではよく見る種族。
泥の色の肌、緑の鱗肌、人間と同じような肌。
だが、彼女たちのアンテナで受信したのは、まさしく「呼ばれざる者」の気配。
「戸愚呂兄弟からその辺のことは聞いているが、何で奴は俺たちを襲ったのだ? 俺たちは会場入りしてからつけられているのに気づいて、そのつけて来た奴に声をかけたんだが」
武威は筋肉の巻き付いた太い肩を、動作確認するようにぐるりと回す。
「あっ!! 戸愚呂ご兄弟と、念話繋がってまーーーす!! 一時的に鴉さん武威さんとも繋げまーーーす!!」
樹里が軽やかに近づいてきて、失礼、と口にしながら鴉と武威の側頭部に触れる。
その途端に、鴉と武威の脳裏に、聞き覚えのある声が響く。
『鴉。武威。早速ご苦労さん。えらい目に遭ったみたいだねェ』
『さっきのどでかい音は鴉のマッディ・ボムかぁ? リンクもしてねーのに無茶するぜ。ボコられただろ?』
戸愚呂の弟、兄の声が相次いで聞こえて、鴉も武威も苦笑するしかない。
それでも彼らの脳裏に、ポケットに手を突っ込んでたたずむあの姿が浮かぶ。
「流石に、欲得に目を血走らせた連中の殴り合いを見物しに来て、襲われるとは思わなかったな。何なのだあいつらは」
鴉がマスクの下から憮然たる声を響かせる。
武威が同意して鼻を鳴らす。
「席を探していて、つけられているのに気づいたんで、こちらから声をかけたら襲って来やがった。どういう意味なんだこれは?」
ふむ、と戸愚呂弟が考え込む気配。
『「呼ばれざる者」の手の者に共通しているのは「いけにえを求める」っていうことだからねェ。要するにお前らもいけにえにと狙われたんだろう。「暗黒武術会」は、魔界で中継されて、お前らは顔が知られている。今回のトーナメントの参加者たる俺たちの関係者ってことも含めてな』
あのサングラスを光らせ、皮肉に口を歪めて笑う、戸愚呂弟の顔を、鴉も武威も見たような気がする。
「ほう。そんなに俺たちは魔界で有名か?」
鴉がくくくと笑う。
『俺たち兄弟は、三竦みのお一方の、軀様に声をかけられたねェ。直属戦士になってみないかってねェ。ちなみに、飛影が現在の筆頭戦士だよ』
『すげえ傷はあるが、軀ってなァいい女だぜぇ。飛影とデキてるらしいから、男の趣味はよろしくねえけどなァ』
戸愚呂兄がまぜっかえし、武威が目をぱちぱちさせる。
「……心惹かれる話ではあるが、それにしてもこの会場内でいけにえ? 誰も警戒していないところでさらったりするもんなんじゃないのか、そういうものは?」
戸愚呂兄弟の笑い声が聞こえる。
『奴さんのやりたいことは、この魔界トーナメントそのものを乗っ取る、汚すことだろうって推測されている。まず、参加者ではなく、リンクもこの件に間に合わなかったお前さんら、しかし、俺たち兄弟の関係者だとは誰もが知っている、ついでに弱すぎはしない……というお前さんらを狙ったんだろうねェ』
弟の声は笑いをふくんでさえいる。
『どうだい、ウラメシたちを狙うどころか、自分たちが狙われた気分はよォ? さっさとリンクしとけばこんなことにはならなかったのになァ』
戸愚呂兄にけたけた笑われて、武威が色をなす。
「ええい、他人事だと思って勝手なことを!! だから俺たちもリンクしてくれとあれほど」
「戸愚呂よ。お前、リンクを仲介しているという、浦飯の兄と親しくなったそうだな?」
鴉が妙に冷たい声で、戸愚呂兄弟に問いかける。
『ん? ああ、確かに良くしてもらっているねェ。幽助が大きく成長したのは、あなたという強敵がいてくれたからだと』
『俺の不死身も得難い強さだってなァ。俺たちのリンク先も兄弟なんでな、ちょうどいいってことだ』
兄弟の返答から一拍おいて、鴉が低く声を出す。
「約束しろ。浦飯兄に、この件が終わり次第リンクを繋げるようにと。嫌とは言わせないと伝えろ」
武威も続く。
「俺も忘れるなよ。軀の件、ちょっと魅力的だと思っている。飛影の筆頭戦士の地位を奪えるかもな……!!」
戸愚呂弟がくつくつ笑う。
『とりあえず医務室へ行きな。浦飯の母君が医務を担当している。検査を受けるついでに、あなたの上の息子に頼んでくれと、あくまで紳士的になら、ねじこめるかも知れないねェ』
「よし!! 行くぞ医務室!!」
武威がさっさと頭を切り替える。
「ああ。雷禅をたぶらかしたという女だろう? 興味があるな」
鴉が喉を鳴らす。
横目で見ていた樹里は、今しがた曲者三人を「誰もいない海」へ送り込んだところ。
海の神、大綿津見神の神威は、「どこでもない海と海辺」を「どこでもない空間」に現出させ、そこに絶対逃がせない相手を放り込むことができる。
海系の妖怪である樹里には、非常に相性のいいリンク先。
彼女は戦わせても凄いのだが、それはまた別の話。
「はいはーい、十二神将の方々!! こっちでーーーす!!」
樹里が手を振ると、スーツ姿の壮健な若い男性たちが、素早く近づいて来たのだった。
瑠架が屈み込み、ぐったりと壁際に身を投げ出す鴉、次いで武威に、聞きやすい抑揚をつけた声をかける。
少し離れた廊下では、麻弥と螢子が眠りこけている犯人らしき魔族三人を、支給されていた拘束用妖具で縛り上げているのが見える。
「ふむ……上手くは……いかぬものだ……」
色白の肌を血で染めた鴉は、衝撃で虚ろな目を開く。
存外しっかりした声だったので、瑠架はややほっとする。
「ぬかったな。流石に魔界の深部、俺たちでは太刀打ちできぬ相手もこれだけいる……」
次いで呻き声を響かせたのは武威である。
こちらも衣装の所々が切り裂かれ、頭から胴体、下半身にまで血が降りかかっているが、声はきちんと自我を感じさせるもの。
「動かないでくださいね。今、治療します」
瑠架が二人に手をかざす。
「災いよ痛みよ、黄泉に退け!!」
瑠架が素早く咒を唱える。
鴉、そして武威が目を見開く間に、彼らの傷はさながら時間を巻き戻したように癒されていたのだ。
どういう仕組みであるのか、血で汚れた形跡すら消えている。
「ほう……これは? それがリンクとやらの力か」
鴉が立ち上がり興味深そうに瑠架に尋ねる。
瑠架は微笑み、
「ええ。わたくしのリンク先の神は道反之大神(ちがえしのおおかみ)。結界の神であり、生と死の区分を守る守護神ですわ。本来受けるべきではない災難なら、今のように黄泉に捨てることができるのです」
瑠架は妖しく微笑んで、鴉と武威に手をかざす。
「恐らくもう大丈夫だとは思いますが、一応医務室で検査を。あなたを襲ったのは、間違いなく『呼ばれざる者』の手の者でしょうから」
瑠架がちらと向こうに倒れている三人の曲者を見やる。
魔界ではよく見る種族。
泥の色の肌、緑の鱗肌、人間と同じような肌。
だが、彼女たちのアンテナで受信したのは、まさしく「呼ばれざる者」の気配。
「戸愚呂兄弟からその辺のことは聞いているが、何で奴は俺たちを襲ったのだ? 俺たちは会場入りしてからつけられているのに気づいて、そのつけて来た奴に声をかけたんだが」
武威は筋肉の巻き付いた太い肩を、動作確認するようにぐるりと回す。
「あっ!! 戸愚呂ご兄弟と、念話繋がってまーーーす!! 一時的に鴉さん武威さんとも繋げまーーーす!!」
樹里が軽やかに近づいてきて、失礼、と口にしながら鴉と武威の側頭部に触れる。
その途端に、鴉と武威の脳裏に、聞き覚えのある声が響く。
『鴉。武威。早速ご苦労さん。えらい目に遭ったみたいだねェ』
『さっきのどでかい音は鴉のマッディ・ボムかぁ? リンクもしてねーのに無茶するぜ。ボコられただろ?』
戸愚呂の弟、兄の声が相次いで聞こえて、鴉も武威も苦笑するしかない。
それでも彼らの脳裏に、ポケットに手を突っ込んでたたずむあの姿が浮かぶ。
「流石に、欲得に目を血走らせた連中の殴り合いを見物しに来て、襲われるとは思わなかったな。何なのだあいつらは」
鴉がマスクの下から憮然たる声を響かせる。
武威が同意して鼻を鳴らす。
「席を探していて、つけられているのに気づいたんで、こちらから声をかけたら襲って来やがった。どういう意味なんだこれは?」
ふむ、と戸愚呂弟が考え込む気配。
『「呼ばれざる者」の手の者に共通しているのは「いけにえを求める」っていうことだからねェ。要するにお前らもいけにえにと狙われたんだろう。「暗黒武術会」は、魔界で中継されて、お前らは顔が知られている。今回のトーナメントの参加者たる俺たちの関係者ってことも含めてな』
あのサングラスを光らせ、皮肉に口を歪めて笑う、戸愚呂弟の顔を、鴉も武威も見たような気がする。
「ほう。そんなに俺たちは魔界で有名か?」
鴉がくくくと笑う。
『俺たち兄弟は、三竦みのお一方の、軀様に声をかけられたねェ。直属戦士になってみないかってねェ。ちなみに、飛影が現在の筆頭戦士だよ』
『すげえ傷はあるが、軀ってなァいい女だぜぇ。飛影とデキてるらしいから、男の趣味はよろしくねえけどなァ』
戸愚呂兄がまぜっかえし、武威が目をぱちぱちさせる。
「……心惹かれる話ではあるが、それにしてもこの会場内でいけにえ? 誰も警戒していないところでさらったりするもんなんじゃないのか、そういうものは?」
戸愚呂兄弟の笑い声が聞こえる。
『奴さんのやりたいことは、この魔界トーナメントそのものを乗っ取る、汚すことだろうって推測されている。まず、参加者ではなく、リンクもこの件に間に合わなかったお前さんら、しかし、俺たち兄弟の関係者だとは誰もが知っている、ついでに弱すぎはしない……というお前さんらを狙ったんだろうねェ』
弟の声は笑いをふくんでさえいる。
『どうだい、ウラメシたちを狙うどころか、自分たちが狙われた気分はよォ? さっさとリンクしとけばこんなことにはならなかったのになァ』
戸愚呂兄にけたけた笑われて、武威が色をなす。
「ええい、他人事だと思って勝手なことを!! だから俺たちもリンクしてくれとあれほど」
「戸愚呂よ。お前、リンクを仲介しているという、浦飯の兄と親しくなったそうだな?」
鴉が妙に冷たい声で、戸愚呂兄弟に問いかける。
『ん? ああ、確かに良くしてもらっているねェ。幽助が大きく成長したのは、あなたという強敵がいてくれたからだと』
『俺の不死身も得難い強さだってなァ。俺たちのリンク先も兄弟なんでな、ちょうどいいってことだ』
兄弟の返答から一拍おいて、鴉が低く声を出す。
「約束しろ。浦飯兄に、この件が終わり次第リンクを繋げるようにと。嫌とは言わせないと伝えろ」
武威も続く。
「俺も忘れるなよ。軀の件、ちょっと魅力的だと思っている。飛影の筆頭戦士の地位を奪えるかもな……!!」
戸愚呂弟がくつくつ笑う。
『とりあえず医務室へ行きな。浦飯の母君が医務を担当している。検査を受けるついでに、あなたの上の息子に頼んでくれと、あくまで紳士的になら、ねじこめるかも知れないねェ』
「よし!! 行くぞ医務室!!」
武威がさっさと頭を切り替える。
「ああ。雷禅をたぶらかしたという女だろう? 興味があるな」
鴉が喉を鳴らす。
横目で見ていた樹里は、今しがた曲者三人を「誰もいない海」へ送り込んだところ。
海の神、大綿津見神の神威は、「どこでもない海と海辺」を「どこでもない空間」に現出させ、そこに絶対逃がせない相手を放り込むことができる。
海系の妖怪である樹里には、非常に相性のいいリンク先。
彼女は戦わせても凄いのだが、それはまた別の話。
「はいはーい、十二神将の方々!! こっちでーーーす!!」
樹里が手を振ると、スーツ姿の壮健な若い男性たちが、素早く近づいて来たのだった。