螺旋より外れて
「いやあ、黄泉から聞いてはいたが、大盛況だぜ、へへへ」
雷禅が嬉しそうにだだっ広い会場内を見回す。
なんのかんので、魔界トーナメント当日。
参加者は当初の予想を超えて数千人に膨れ上がっている。
参加選手の控え場はごった返しているし、周囲の観客席にはその数倍の観客が詰まっている。
雷禅はじめ、息子の幽助と永夜、雷禅配下の四天王、桑原和真、加えて幻海と戸愚呂兄弟が近くに固まっている。
「6000人以上だっけか。もっとビビッて集まり悪ぃかと思ってたけど、そうでもねーな」
幽助が頭の後ろで手を組みながら、会場内を見回す。
目で見知った人影を探す。
暗黒武術会どころでない巻き込み方をしてしまった幼馴染、雪村螢子。
彼女は蔵馬の恋人の喜多嶋麻弥、カルトのうち二人、樹里と瑠架と組んで、会場内部の警戒を担当しているはずである。
彼女も「宿神持ち」とはいえ、相手は「呼ばれざる者」の手の者。
危険であるという点では、トーナメントに出場する幽助とどちらがであろうか。
少なくとも魔界トーナメントにはルールが設定されているが、場外にそのルールは適用される訳がない。
「『呼ばれざる者』の、ぞっとした気配がしますね。特定は近寄らないと難しそうですが、この人ごみに混じってかなりの信者が紛れ込んでいるはずです。観客席にも、そして恐らくは、トーナメントの参加者自体にもかなりの数が」
永夜が、深い目をすうっと細め、北神たちに向き直る。
「ようございますか、北神さん、東王さん、西山さん、南海さん。面白くはないでしょうが、お渡ししたお守りの色が赤色に変わっていたら、その相手とは決して戦わないでください。無事に帰って、報告をしていただける方が、何倍も重要です」
永夜は顔を引き締めて、雷禅の腹心四人組にそう言い渡す。
「正直悔しいですがね……わたくしどもも、リンクというのができていたら戦力に数えられたのでしょうが」
北神が渋い表情で溜息を落とす。
手首に巻き付けている、数珠状のお守りを見やり、更に切なそうに。
「申し訳ありません。時間がなにせなかったのです。それに、リンクをしたとしても、相手が『呼ばれざる者』のリンクを得ているとするなら、それだけで勝てる訳でもありませんからね。とにかく、ここを無事に超えれば二回目もあるはずです。今は焦らずに」
永夜がそう念押しすると、四人は顔を見合わせて、吹っ切ったようにうなずき合う。
安心したように永夜が吐息を洩らすと、雷禅が割り込む。
「けけけ、永夜、おめえ、久しく弟子取ってねェだろ? こいつらを弟子にして、あの密教の修法を伝えてやったらどうだ? こいつら坊主の恰好しているだけあって、適性あると思うぜ」
おおっ、と前のめりになったのは南海。
「ああっ、永夜さん、是非お願いします!! 被甲護身を!! 被甲護身を教えてください!!!」
密教の絶対防御呪法に魅了されたらしい南海に引き続き、西山、東王もずいずい迫る。
「是非」
「嫌って言いませんよね? 妖怪だからって教えないなんてこともないですよね!?」
永夜は苦笑する。
それでもまんざらでもなさそうに。
「なあ、幻海」
隣の騒ぎを見物していた戸愚呂弟が唐突に。
「俺も形の上では、お前さんの弟子みたいなもんだろ? 護法だしねェ。じゃあ、俺にも何か教えてくれないかねェ?」
ふむ、と幻海が首をかしげる。
「お前さん、術は得手じゃないだろ? 今のところ、あたしと護法契約してるんだから、被甲護身と療の拳の気と、軍荼利明王の無限体力は送ってるぞ」
戸愚呂弟が笑みを深くする。
「ほォ。いつの間に。嬉しいね。俺に死んでほしくないんだねェ」
「お前みたいなのにまた死なれたら、霊界もえらい迷惑だからな。……主としてお前に命令する。戦え、そして生き延びろ」
幻海は、静かに命じる。
と、その途端に叫んだのは、戸愚呂兄。
「ちょっと待てい!!! その送ってるの、俺にもだよな!?」
幻海は怪訝な顔を見せる。
「ああ、お前さんだって、あたしの護法だからな。弟と同じ効果が」
「ならいいんだ……おい弟、堂々と抜け駆けしてんじゃねえ」
「……あんた、こういう場になってもそれで頭がいっぱいなのかい」
戸愚呂兄弟が掛け合い始めたのを見て、桑原が渋い顔で唸る。
「暗黒武術会で、こいつら幻海師範にやけにつっかかるなって思ってたけどよぉ。こういうことかよ。兄弟で取り合ってるのか」
応じたのは幽助。
「ああ。兄貴から聞いてびっくりだったけど、あの罵詈雑言とか、自分たちに見向きもしてくれねえばーさんへの恨み言だったってことらしいぜ。アホだなこの兄弟」
暗黒武術会でこいつらにあれだけ苦労したのが馬鹿らしいぜ、と幽助が溜息をつく。
桑原がしげしげ幻海と戸愚呂兄弟を見やる。
「……なんつーか、こっちの新情報にビックリし過ぎて、『呼ばれざる者』とか頭に入って来ねえ」
「おいおい、死にたくなければきっちり警戒しろよ。笑い事じゃねーんだぞ。あの時にどのくらい手強いかわかったはずだろ?」
幽助は珍しく苦笑するしかない。
「……いや、それはもちろんわかってるんだがよお。何か嫌な感じもするし。この会場から今すぐ逃げ出したいみてーな。別にビビッてるとかじゃなくて、ここで何かが起きる気がするんだよな……」
桑原は、暗黒武術会の時でもこんなにざわざわしなかった、とこぼす。
言われてみれば、会場入りしてからずっと、桑原は落ち着かない様子だな、と幽助は思い返す。
それだけ大量の「呼ばれざる者」の手先がこの会場に送り込まれているということか。
もしかして会場内でテロ活動でもする気なのか。
それ相応に警備が厳しいはずの場内、まさか人間界みたいに爆弾を仕掛けるなどということはないと思いたいが。
螢子たちはどうしているのか。
それと、他の勢力の面々、飛影や蔵馬たちはどうなのか。
幽助は、ふと会場をゆっくり舐めるカメラの映像が映し出される、巨大モニターに注目する。
◇
◆ ◇
「ふん。なかなか送り込んで来たな。100名程度はいるだろう。参加者と観客の中に紛れ込んだのを合わせればそのくらいか」
軀が、不意に隣の飛影にそんな風に告げる。
いつもの忌呪帯を巻き付けた姿で、悠然と巨大モニターパネルを眺めやっている。
近くには軀軍の戦士78名が、まるで軀を守るように陣取っている。
飛影はふっと笑う。
「案の定か。100名程度ならそんなに多くはないな」
「全員『呼ばれざる者』とリンクしている者だとすれば少ないとは言えないさ。だがまあ、オレならどうとでもなる数なことは間違いはない。問題は」
「お前が認識できない伏兵がいるかも知れない、ということか」
飛影が軀を振り返る。
と。
彼女がある一点に集中している様子なのを見て取り、飛影は怪訝に感じてそちらを向き。
そして、見たのだ。
「葬破……!?」
それは、永夜が提示した写真に捉えられていた青年に間違いない。
薄青い肌、髪の生え際あたりに、反り返った象牙のような角が二本。
体のあちこちに炎を纏う。
「これは軀様。お久しぶりでございます」
背後に二人ほどの妖怪を引き連れた葬破が、動きやすい鬼族の装束で、優雅に近づいてきたのだ。
「いい度胸だなくたばり損ない。今度は逃げないのか」
軀が迎え撃つ。
1mほどの距離で、軀と宿敵葬破は向かい合う。
葬破の右後方には、赤黒く爛れたように見えるごつい表皮の、恐竜じみた尻尾のある魔族。
左後方には、くるくる回る円形の板を頭に纏い付かせた、手足のひょろ長い奇妙な魔族。
どちらも男性に見える。
「わかっているでしょう? あなた方はもう、『呼ばれざる者』の信者に取り囲まれていますよ」
くすくす笑いながら葬破が軀に告げる。
「このくらいの数ならそう大した問題じゃねえな。時間はあったのに人手は足りないところを見るとお前らにも事情はあるんだな」
葬破が眉を跳ね上げる。
構える飛影。
静かな緊張感がその場に漲り始める。
◇
◆ ◇
「黄泉」
蔵馬が、黄泉と修羅に近づいていく。
「蔵馬。気付いたか?」
黄泉は修羅の頭を撫でながら面白そうに。
「ああ。葬破が軀に近づいて行った。挑戦状という訳か。軀を動揺させようというのなら逆効果だと思うが」
蔵馬は苦笑する。
魔界の女帝がそんな単純な相手だったら、黄泉はこんなに振り回されていない。
「一般の観客には危害が及ばないよう、幻を展開させているが」
「流石に迅速な対応だな」
「しかし」
黄泉がかすかにため息。
「何かが引っ掛かる。何かが」
雷禅が嬉しそうにだだっ広い会場内を見回す。
なんのかんので、魔界トーナメント当日。
参加者は当初の予想を超えて数千人に膨れ上がっている。
参加選手の控え場はごった返しているし、周囲の観客席にはその数倍の観客が詰まっている。
雷禅はじめ、息子の幽助と永夜、雷禅配下の四天王、桑原和真、加えて幻海と戸愚呂兄弟が近くに固まっている。
「6000人以上だっけか。もっとビビッて集まり悪ぃかと思ってたけど、そうでもねーな」
幽助が頭の後ろで手を組みながら、会場内を見回す。
目で見知った人影を探す。
暗黒武術会どころでない巻き込み方をしてしまった幼馴染、雪村螢子。
彼女は蔵馬の恋人の喜多嶋麻弥、カルトのうち二人、樹里と瑠架と組んで、会場内部の警戒を担当しているはずである。
彼女も「宿神持ち」とはいえ、相手は「呼ばれざる者」の手の者。
危険であるという点では、トーナメントに出場する幽助とどちらがであろうか。
少なくとも魔界トーナメントにはルールが設定されているが、場外にそのルールは適用される訳がない。
「『呼ばれざる者』の、ぞっとした気配がしますね。特定は近寄らないと難しそうですが、この人ごみに混じってかなりの信者が紛れ込んでいるはずです。観客席にも、そして恐らくは、トーナメントの参加者自体にもかなりの数が」
永夜が、深い目をすうっと細め、北神たちに向き直る。
「ようございますか、北神さん、東王さん、西山さん、南海さん。面白くはないでしょうが、お渡ししたお守りの色が赤色に変わっていたら、その相手とは決して戦わないでください。無事に帰って、報告をしていただける方が、何倍も重要です」
永夜は顔を引き締めて、雷禅の腹心四人組にそう言い渡す。
「正直悔しいですがね……わたくしどもも、リンクというのができていたら戦力に数えられたのでしょうが」
北神が渋い表情で溜息を落とす。
手首に巻き付けている、数珠状のお守りを見やり、更に切なそうに。
「申し訳ありません。時間がなにせなかったのです。それに、リンクをしたとしても、相手が『呼ばれざる者』のリンクを得ているとするなら、それだけで勝てる訳でもありませんからね。とにかく、ここを無事に超えれば二回目もあるはずです。今は焦らずに」
永夜がそう念押しすると、四人は顔を見合わせて、吹っ切ったようにうなずき合う。
安心したように永夜が吐息を洩らすと、雷禅が割り込む。
「けけけ、永夜、おめえ、久しく弟子取ってねェだろ? こいつらを弟子にして、あの密教の修法を伝えてやったらどうだ? こいつら坊主の恰好しているだけあって、適性あると思うぜ」
おおっ、と前のめりになったのは南海。
「ああっ、永夜さん、是非お願いします!! 被甲護身を!! 被甲護身を教えてください!!!」
密教の絶対防御呪法に魅了されたらしい南海に引き続き、西山、東王もずいずい迫る。
「是非」
「嫌って言いませんよね? 妖怪だからって教えないなんてこともないですよね!?」
永夜は苦笑する。
それでもまんざらでもなさそうに。
「なあ、幻海」
隣の騒ぎを見物していた戸愚呂弟が唐突に。
「俺も形の上では、お前さんの弟子みたいなもんだろ? 護法だしねェ。じゃあ、俺にも何か教えてくれないかねェ?」
ふむ、と幻海が首をかしげる。
「お前さん、術は得手じゃないだろ? 今のところ、あたしと護法契約してるんだから、被甲護身と療の拳の気と、軍荼利明王の無限体力は送ってるぞ」
戸愚呂弟が笑みを深くする。
「ほォ。いつの間に。嬉しいね。俺に死んでほしくないんだねェ」
「お前みたいなのにまた死なれたら、霊界もえらい迷惑だからな。……主としてお前に命令する。戦え、そして生き延びろ」
幻海は、静かに命じる。
と、その途端に叫んだのは、戸愚呂兄。
「ちょっと待てい!!! その送ってるの、俺にもだよな!?」
幻海は怪訝な顔を見せる。
「ああ、お前さんだって、あたしの護法だからな。弟と同じ効果が」
「ならいいんだ……おい弟、堂々と抜け駆けしてんじゃねえ」
「……あんた、こういう場になってもそれで頭がいっぱいなのかい」
戸愚呂兄弟が掛け合い始めたのを見て、桑原が渋い顔で唸る。
「暗黒武術会で、こいつら幻海師範にやけにつっかかるなって思ってたけどよぉ。こういうことかよ。兄弟で取り合ってるのか」
応じたのは幽助。
「ああ。兄貴から聞いてびっくりだったけど、あの罵詈雑言とか、自分たちに見向きもしてくれねえばーさんへの恨み言だったってことらしいぜ。アホだなこの兄弟」
暗黒武術会でこいつらにあれだけ苦労したのが馬鹿らしいぜ、と幽助が溜息をつく。
桑原がしげしげ幻海と戸愚呂兄弟を見やる。
「……なんつーか、こっちの新情報にビックリし過ぎて、『呼ばれざる者』とか頭に入って来ねえ」
「おいおい、死にたくなければきっちり警戒しろよ。笑い事じゃねーんだぞ。あの時にどのくらい手強いかわかったはずだろ?」
幽助は珍しく苦笑するしかない。
「……いや、それはもちろんわかってるんだがよお。何か嫌な感じもするし。この会場から今すぐ逃げ出したいみてーな。別にビビッてるとかじゃなくて、ここで何かが起きる気がするんだよな……」
桑原は、暗黒武術会の時でもこんなにざわざわしなかった、とこぼす。
言われてみれば、会場入りしてからずっと、桑原は落ち着かない様子だな、と幽助は思い返す。
それだけ大量の「呼ばれざる者」の手先がこの会場に送り込まれているということか。
もしかして会場内でテロ活動でもする気なのか。
それ相応に警備が厳しいはずの場内、まさか人間界みたいに爆弾を仕掛けるなどということはないと思いたいが。
螢子たちはどうしているのか。
それと、他の勢力の面々、飛影や蔵馬たちはどうなのか。
幽助は、ふと会場をゆっくり舐めるカメラの映像が映し出される、巨大モニターに注目する。
◇
◆ ◇
「ふん。なかなか送り込んで来たな。100名程度はいるだろう。参加者と観客の中に紛れ込んだのを合わせればそのくらいか」
軀が、不意に隣の飛影にそんな風に告げる。
いつもの忌呪帯を巻き付けた姿で、悠然と巨大モニターパネルを眺めやっている。
近くには軀軍の戦士78名が、まるで軀を守るように陣取っている。
飛影はふっと笑う。
「案の定か。100名程度ならそんなに多くはないな」
「全員『呼ばれざる者』とリンクしている者だとすれば少ないとは言えないさ。だがまあ、オレならどうとでもなる数なことは間違いはない。問題は」
「お前が認識できない伏兵がいるかも知れない、ということか」
飛影が軀を振り返る。
と。
彼女がある一点に集中している様子なのを見て取り、飛影は怪訝に感じてそちらを向き。
そして、見たのだ。
「葬破……!?」
それは、永夜が提示した写真に捉えられていた青年に間違いない。
薄青い肌、髪の生え際あたりに、反り返った象牙のような角が二本。
体のあちこちに炎を纏う。
「これは軀様。お久しぶりでございます」
背後に二人ほどの妖怪を引き連れた葬破が、動きやすい鬼族の装束で、優雅に近づいてきたのだ。
「いい度胸だなくたばり損ない。今度は逃げないのか」
軀が迎え撃つ。
1mほどの距離で、軀と宿敵葬破は向かい合う。
葬破の右後方には、赤黒く爛れたように見えるごつい表皮の、恐竜じみた尻尾のある魔族。
左後方には、くるくる回る円形の板を頭に纏い付かせた、手足のひょろ長い奇妙な魔族。
どちらも男性に見える。
「わかっているでしょう? あなた方はもう、『呼ばれざる者』の信者に取り囲まれていますよ」
くすくす笑いながら葬破が軀に告げる。
「このくらいの数ならそう大した問題じゃねえな。時間はあったのに人手は足りないところを見るとお前らにも事情はあるんだな」
葬破が眉を跳ね上げる。
構える飛影。
静かな緊張感がその場に漲り始める。
◇
◆ ◇
「黄泉」
蔵馬が、黄泉と修羅に近づいていく。
「蔵馬。気付いたか?」
黄泉は修羅の頭を撫でながら面白そうに。
「ああ。葬破が軀に近づいて行った。挑戦状という訳か。軀を動揺させようというのなら逆効果だと思うが」
蔵馬は苦笑する。
魔界の女帝がそんな単純な相手だったら、黄泉はこんなに振り回されていない。
「一般の観客には危害が及ばないよう、幻を展開させているが」
「流石に迅速な対応だな」
「しかし」
黄泉がかすかにため息。
「何かが引っ掛かる。何かが」