螺旋より外れて

「ほう、なかなかなメンツを揃えたじゃねえか」

 黄泉の国・癌陀羅の中心部、黄泉がかつては政治の中枢を置いていた建造物の一角、大会議室で、軀はそんな風に呟いてその面々を見渡す。

 十数人の頭数は、すなわち宿神もしくはリンクを得た人間、半妖、あるいは妖怪。
 彼らに加えて、食脱医師・聖果の護法、十二神将が壁際にずらり控えている。
「下界」とまとめて称される霊界・魔界・人間界の気配とは違う、別次元の気配、神気がその広く天井の高い、機能的な部屋には満ちている。
 窓の外の稲光も知らぬげに、彼らはそれぞれ割り当てられた席に座っている。

 その中でも、軀の気配は別格ではあるが……それはさておき。

「なあ。本当に良かったのかな? 魔界トーナメントの参加申請、浦飯の親父って人におだてられて出しちまったけどよお。や、魔界のアタマを決める戦いだろ? 人間関係あんのか?」

 桑原が、隣の席の蔵馬をつつき、落ち着かなくきょろきょろしている。
 蔵馬は友人のそんな様子に軽く微笑む。

「大丈夫ですよ。政治手腕に自信がないなら、誰か適当な代理を立てればいい。人間寄りの政策を施行してくれそうなら、幽助の父君の雷禅なんかはいかがですか? 奥さんは人間ですし」

「いやいやいや、優勝できるなんて思っちゃいねーが……そもそも、人間が参加していいものなのかコレ? 俺、場違い感凄くねえ?」

 そんな彼の背中を言葉で叩いたのはやはり幽助。

「桑原、往生際がワリーぞ。男なら一度決めたことを後からガタガタ言うんじゃねー。そもそも、こりゃ優勝できるか以前の問題だからな」

 即座に反応したのは、議長席の黄泉。

「そういうことだ。桑原君だったね? 問題は、もはや誰が優勝できるかということより、この大会自体から魔界を守れるかという局面にシフトしているのだ」

 桑原がきょとんとする。

「えっと……黄泉さん? そりゃあどういう」

「これを見てくれたまえ」

 黄泉は、手元の機器を操作して、会議室の大画面に大きく資料を映し出す。
 何やら名簿らしきものに、一部の名前に薄赤くマークが付けられている。

「これは現時点での参加者名簿だが。この赤を被せた名前。この名前は、『呼ばれざる者』の手の者と、今現在判明している者の名前だ」

 桑原ばかりか、周囲の者は全員ぎくりとした表情を見せる。
 軀が、ふんと鼻を鳴らす。

「葬破がいるじゃねえか。あの野郎、本名を名乗って堂々と参加を宣言しやがったのか。舐めやがって」

 左目をすがめ、軀は名簿の名前を追っていく。

「爛将、我惨か。どっちも聞いたことがある名前だな」

 黄泉は、かすかにため息をつく。

「この三名は、自ら『呼ばれざる者』の信者を名乗ってわざわざ参加申請してきたよ。……今回の議題はそのことだ。現時点での数百人を数える参加者だが……」

「なるほど、この三人は囮か」

 雷禅が苦々しく笑う。

「この中に実際どれだけ『呼ばれざる者』の信者が紛れ込んでいるのかは現時点じゃ不明と、そういう訳だな、黄泉?」

「そういうことだ」

 黄泉はうなずく。
 その後を継いで発言したのが。

「それだけじゃないね。奴さんらが、生真面目にトーナメントに参加するかどうかは怪しいもんだ」

 幻海が、淡々と告げる。

「トーナメントで戦いまくってヘロヘロになった魔界最強クラスの面々に、その疲れ果てたところで外部から襲い掛かることも考えられる。世界最速のクーデターだ。で、魔界トーナメントって見物人その他はどのくらいの予定なんだ?」

 幽助がぎくりとしたように師匠を見る。
 隣では螢子が不安そうだ。

「ふむ。参加者以外、会場内の見物人たちの動向にも気を配らないといけないかねェ」

「面白いことになって来やがったな」

 戸愚呂弟と兄は、それぞれの仕草で思案を示す。
 そこに言葉を被せたのは飛影。

「しかし、トーナメントに参加する者を、会場の警備にまで回す訳にはいかんはずだ」

「あっ!! それで私たちも呼ばれた訳ですか!!」

「納得でーーーす!!」

「そういうことなら、喜んでお引き受けしますわ」

 即座に応じたのは、カルトの三人、小兎、樹里、瑠架。
 彼女たちも神仏からの要請で、リンクを得ることとなっていたのだが、その詳細は別の話。

「暫定的な計画では、小兎くんには実況をしつつ会場内の気の配分に気を配り、会場内のパトロールを任せた、樹里くん、瑠架くん、そして雪村螢子さん、喜多嶋麻弥さんに異変を知らせ対処してもらう……ということにしているのだが、頼めるかな?」

 黄泉の要請に、それぞれ幽助と蔵馬の隣に座っていた螢子と麻弥がうなずく。

「あ!! そういうことね!! もちろんお引き受けしますー!!」

 面白くなってきたと言わんばかりの麻弥。

「私にできる限りのことはします……!!」

 螢子もごくりと生唾を呑んで覚悟を決めた様子。

「ありがとう。実際、現時点では相手の勢力がどの程度かは推測の域を出ない。トーナメントの戦いよりも、会場内で何かしでかす人員の方が充実しているという事態も考えられる。大変な戦いが予想される。気を引き締めてほしい」

 黄泉が厳かに言い渡す。
 軀が、形の良い顎を撫でながらふと呟く。

「オレが滅ぼした葬破の国は、全人口が三万人程度の小国だった。あれが全部『呼ばれざる者』の信者の国だったとするなら、実際にリンクをしていた者はどのくらいになるのか。少なくとも、そういう奴らは、あの戦争を生き延びて逃げおおせたはずだ」

 皆殺しにしたつもりだったが、俺としたことが甘かったな。
 恐らくリンクを許されているような上位の者は、何か細工して逃げ延びたんだろう。
 軀は、そんな風に推測する。

「ご無礼ながら、その時点での軀殿の妖力がどれほど高くとも、『呼ばれざる者』とリンクした相手には通じなかったはず。その国を亡ぼせたというのが、すでに中枢信者はその国を見切っていたということの表れなのじゃ」

 奴らは、「呼ばれざる者」以外の所属は次々乗り換える。
 奴らの全貌を把握するのは、奴ら自身でもすでに難しかろう。
「呼ばれざる者」本体かそれに近いものでない限りは、な。
 食脱医師が静かに断言する。

「まあ、トーナメントの試合自体では人死にがなるべく出ないように、聖果に医務を担当してもらうがよ。『呼ばれざる者』なら、聖果も邪魔に思うだろうな。わざと怪我して処置室に運ばれてくることもありそうなことだ」

 雷禅が唸る。

「十二神将にはくれぐれもと頼んであるが、おめえらも気を配っていてくれ」

 父の言葉の後を継いだのは永夜。

「これは決して身内びいきで申し上げるのではありません。実際、母の『魔族の一部の人肉食体質を根本的に治療できる』能力は、奴らにとって脅威のはず。人間と魔族の対立の原因が消滅するのですから。戦いを煽り立ててきた奴らはやりにくくなる一方です」

 雷禅は息子の言葉にうなずき、更に補足する。

「俺が優勝すれば、魔界全土の人肉食魔族に治療を義務付ける予定だ。奴らにとってはそれは大きなメシのタネがなくなることを示す。絶対に阻止するだろうよ。俺か、聖果か、あるいはその両方がいなくなればいいと思うだろうな、奴らは」

 ついでに、と付け加えたのは軀。

「オレも優勝したならただちに『呼ばれざる者』への信仰を禁止し、棄教しない信者は皆殺しの予定だ。葬破ならこのくらいは予想しているだろう」

 ふむ、と黄泉が後を受ける。

「俺は、雷禅と軀が今提示した案の両方を施行しようと考えている。奴らは徹底的に潰すべし。悪いが情けをかける余地は全くないな」

 ふと、軀が顔を上げる。

「三竦みがこういう考えだっていうことは、黄泉のところの電波に乗せて報道したらどうだ? 奴らは俺たち三人に注力するだろう」

 黄泉がうなずく。

「妙案だ。なるべく奴らの注意は引いた方がいい。何かとやりやすくなる。早速夕方の報道番組に速報として入れよう」

 ふと。
 幽助は父親はじめ三竦みを見回す。

「オメーらさ、三人で一緒に考えればすっげえ上手くいってるじゃねーか。魔界のためを思えば、最初から一致団結した方が良かったんじゃねーの?」

 三竦みは顔を見合わせる。

「知ったようなこと言うな、ガキ。ま、でもその通りではあるな。そもそも、魔界自体には外敵というほどのモンがいなかったからこその小競り合いではあったがな」

 と雷禅。

「知らないっていうことは恐ろしいことだぜ、若いの。自分たちの置かれた状況に今になって気付いたという訳だ。辛うじて間に合った」

 と軀。

「三界を征服どころではない。魔界が実質おぞましい連中に征服されていたようなものだ。もし、俺が当初の『予定通り』にことを進めていたら、どうなっていたのかな」

 と黄泉。

 三竦みの感慨を背景に、彼らの計画は速度を上げて進んでいったのだった。
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