螺旋より外れて
旗のような壮麗な雲のたなびくその平原に、小高い丘を抱えるようにその宮殿は屹立している。
密教の仏尊の宮殿にしては珍しい様式であることに、塔が二つ並んでいる。
宝珠型の屋根を備えた塔も、全体を構成する石材も黒く、銀色の筋の入った奇妙な材質である。
それが緑の丘と草原、丘のふもとの湖に映えながら風に吹かれている様子は、堂々としていながらも静けさを感じさせる優雅なものである。
「あれが、降三世明王の宮殿です。降三世明王様方、と申し上げるべきかも知れませんが」
上空、神獣の撃の背にまたがる永夜がそう説明する。
彼の後ろには、幻海、そして戸愚呂兄を抱えた戸愚呂弟が座っている。
「降三世明王……双子みたいにそっくりな兄弟が二人一組で『降三世明王』を名乗っている、と。シュムバさんとニシュムバさん、だったかね」
戸愚呂弟が、近付いてくる宮殿にサンングラス越しの目をやりながら永夜の説明を反復する。
「同じヤツが二人いるみたいにベッタリな兄弟で、強さも大したもんだったのに、敵の策略で同じ女に同時に惚れちまった。で、互いに殺し合って滅びた、と。なんか身につまされるなァ」
戸愚呂兄がけらけら笑いながら弟の説明の補足をする。
「そこから一念発起して、密教の教えに帰依し、二人一組の明王『降三世明王』として衆生を守っておられるのさ。お前等みたいにひねくれて悪事に走るショボい妖怪とは格が違うね」
幻海は辛辣に断言し、兄は不快そうに唸り、弟はあまりの手厳しさに苦笑する。
永夜がやれやれと言いたげに振り向き、迫って来る宮殿を掌全体で指す。
「ごたごたはそのくらいに。戸愚呂のご兄弟、降三世明王は、特にあなた方に興味を引かれてわざわざ私に救出してお連れするようご指示なさいました。また、リンクに当たって『試練』が与えられますが、お二方の他に幻海師範の助力も認められております」
戸愚呂兄が、鼻を鳴らす。
「神の力を宿した奴、三人がかりの試練ってことか。並みじゃなさそうだな」
永夜がふっと表情を曇らせる。
「最近、不良妖怪の仕業に見せかけて、『呼ばれざる者』の手の者がかなりえげつない活動をしている例があるようなのです。そちらでしょうね」
ほう、と戸愚呂弟が軽く唸る。
「そいつらが活動してるってのは、魔界ってことですかねェ、永夜さん」
永夜が、いえ、と首を振る。
「人間界ですよ。普通のやり方ではあんな活動したら大騒ぎになってすぐに上手く行かなくなるはずなんですが、そこを邪神の力でごまかしていましてね。継続的に人間の犠牲者を生み出している」
ふむ、と戸愚呂弟は鼻を鳴らす。
「厄介そうだが、腕が鳴る話でもある。なんとなく昔あったことを思い出しますしねェ。早いところリンクをしてもらわないと」
「ああ、もう着きますよ」
永夜が撃を宮殿の敷地内に降下させる。
試練はここからが始まりと、誰もが認識していたのだった。
◇ ◆ ◇
招き入れられた、天球図の描かれた謁見の間で、戸愚呂兄弟は、「降三世明王」と向きあう。
「よく来たな、我が子たち」
「張り切ってそうじゃないか。若くて可愛らしいな」
まるで同じ人間の声としか思えないほどにそっくりなその若い男性の声は、それぞれ二つ並んだ玉座に座す、鉱物のような青みがかった黒い肌の、二尊によって放たれている。
金色と銀色の逆立った髪が、唯一二尊を見分ける特徴である。
華麗な薄物を重ねた腰布に、黒い素肌に映える様々な装身具を身にまとう。
その装身具までそっくり同じデザイン。
玉座に座る姿も、まるで間に鏡を置いて片方を映したように左右対称。
いかにも王族らしい、壮麗な魅力を放つ端正な目鼻立ちと、たくましくも均整の取れた体つきが二倍の魅力となって目の前の戸愚呂たちに芸術的感動を与える。
「降三世明王。仰せにより、戸愚呂のご兄弟をお連れいたしました。幻海師範も御同道願っております」
二尊はそっくりの笑顔で、そう呼び掛ける永夜を見据える。
「ああ、ご苦労、永夜。いつもの働き、有難く思っている。幻海も、よく来てくれた」
「戸愚呂兄弟。会えて嬉しい。お前たちのことは、前から気になっていた」
降三世明王がそれぞれ呼び掛けると、戸愚呂兄を肩に乗せたままの戸愚呂弟が進み出て一礼する。
「お選びいただきまして、誠に光栄ですよ、仏様方。永夜さんや幻海からも色々うかがいましたが、どうも他人の気がしませんねェ」
兄弟仏が顔を見合せて面白そうに笑う。
「そうだろう? お前たちにもそう思ってもらえて嬉しい」
「お前たちはそっくりだ、私たちに。気になった女のことは上手く処理できなくて余計なことばかりしてしまうところなんか、特にな」
そうだろう?
兄弟仏は幻海に同時に笑いかける。
幻海はふんと鼻を鳴らす。
「こいつらは正反対なようでよく似ている。羅針盤のない船。強くなりたいけど、その強さをどうしていいか、その強さで何を得たいかわからないまま、海流に乗って漂う。だが、もうそれも終わりにする時だ。あなた方なら、こいつらの羅針盤になれるはず」
ああ、と兄弟仏は顔を見合せて笑う。
「幻海、お前は生まれつきのように羅針盤のある人間だ。戸愚呂兄弟の、ある意味愚かしさは歯がゆいだろう。リンク先となる我らから頼みたいのは一つ」
「戸愚呂兄弟に、ほんの少し、航海の仕方を教えてやってくれ。彼らはそう馬鹿ではない。やり方さえ呑み込めば迷うこともなくなるだろう。だがそれには最初の経験が必要なんだ」
幻海はかすかに溜息をつき。
「……まあ、少しだけなら」
戸愚呂兄はニヤニヤ笑う。
「おお、センセイ、色々教えてくれるんだろうなあ~~~、例えばよ、俺の男としてのあり方とかよぉ~~~。弟とどっちか選べなんて言わねえよ、俺は寛容なんだぜ」
あまりに爛れた言い草に弟がサングラス越しに睨んだ気配。
「兄者、場をわきまえろ。また吹っ飛ばすぞ」
「おおこええこええ」
兄弟仏は笑う。
「そういうのはやめた方がいいぞ。何せ我らですら殺し合った、女絡みの怨恨というのはな」
「落ち着きどころも後で考えた方がいいさ。後でな?」
と、戸愚呂弟は前に進み出る。
「リンク、というのは、これと見込んだ魔族に、あなた方のような神仏が自らの理想の実現を託す行為だと伺っています。あなた方は、俺たちにどんな理想を?」
兄弟仏は居住まいを正す。
「過去は変えられないかも知れないが、新たな意味を与えることは常にできる」
「承服しかねる、しかし忘れられない過去があるなら、それに別の意味を与えることは現在にこそまさに可能だ」
「結果として未来は変わる。お前たちの意思とそれに従う行為の結果として」
「意思を持って時を支配するのだ。お前たちならできる」
「そして、汚らわしいと思われているどろどろした怒りと怨念ですら、立ちはだかる壁を突き破る武器となる」
「己の中の暗い衝動を恐れるな、強き兄弟よ、勇気をもって飼いならすのだ」
「案内役はいる。我らも常に側にいる。お前らはもう暗い道を泣きながら歩く子供ではない」
「さあ、我が子らよ。リンクを与えよう!!」
兄弟仏から、何とも表現しようのない、ただまばゆいとははっきり言える輝きが迸り。
戸愚呂兄弟を押し包んだのだった。
密教の仏尊の宮殿にしては珍しい様式であることに、塔が二つ並んでいる。
宝珠型の屋根を備えた塔も、全体を構成する石材も黒く、銀色の筋の入った奇妙な材質である。
それが緑の丘と草原、丘のふもとの湖に映えながら風に吹かれている様子は、堂々としていながらも静けさを感じさせる優雅なものである。
「あれが、降三世明王の宮殿です。降三世明王様方、と申し上げるべきかも知れませんが」
上空、神獣の撃の背にまたがる永夜がそう説明する。
彼の後ろには、幻海、そして戸愚呂兄を抱えた戸愚呂弟が座っている。
「降三世明王……双子みたいにそっくりな兄弟が二人一組で『降三世明王』を名乗っている、と。シュムバさんとニシュムバさん、だったかね」
戸愚呂弟が、近付いてくる宮殿にサンングラス越しの目をやりながら永夜の説明を反復する。
「同じヤツが二人いるみたいにベッタリな兄弟で、強さも大したもんだったのに、敵の策略で同じ女に同時に惚れちまった。で、互いに殺し合って滅びた、と。なんか身につまされるなァ」
戸愚呂兄がけらけら笑いながら弟の説明の補足をする。
「そこから一念発起して、密教の教えに帰依し、二人一組の明王『降三世明王』として衆生を守っておられるのさ。お前等みたいにひねくれて悪事に走るショボい妖怪とは格が違うね」
幻海は辛辣に断言し、兄は不快そうに唸り、弟はあまりの手厳しさに苦笑する。
永夜がやれやれと言いたげに振り向き、迫って来る宮殿を掌全体で指す。
「ごたごたはそのくらいに。戸愚呂のご兄弟、降三世明王は、特にあなた方に興味を引かれてわざわざ私に救出してお連れするようご指示なさいました。また、リンクに当たって『試練』が与えられますが、お二方の他に幻海師範の助力も認められております」
戸愚呂兄が、鼻を鳴らす。
「神の力を宿した奴、三人がかりの試練ってことか。並みじゃなさそうだな」
永夜がふっと表情を曇らせる。
「最近、不良妖怪の仕業に見せかけて、『呼ばれざる者』の手の者がかなりえげつない活動をしている例があるようなのです。そちらでしょうね」
ほう、と戸愚呂弟が軽く唸る。
「そいつらが活動してるってのは、魔界ってことですかねェ、永夜さん」
永夜が、いえ、と首を振る。
「人間界ですよ。普通のやり方ではあんな活動したら大騒ぎになってすぐに上手く行かなくなるはずなんですが、そこを邪神の力でごまかしていましてね。継続的に人間の犠牲者を生み出している」
ふむ、と戸愚呂弟は鼻を鳴らす。
「厄介そうだが、腕が鳴る話でもある。なんとなく昔あったことを思い出しますしねェ。早いところリンクをしてもらわないと」
「ああ、もう着きますよ」
永夜が撃を宮殿の敷地内に降下させる。
試練はここからが始まりと、誰もが認識していたのだった。
◇ ◆ ◇
招き入れられた、天球図の描かれた謁見の間で、戸愚呂兄弟は、「降三世明王」と向きあう。
「よく来たな、我が子たち」
「張り切ってそうじゃないか。若くて可愛らしいな」
まるで同じ人間の声としか思えないほどにそっくりなその若い男性の声は、それぞれ二つ並んだ玉座に座す、鉱物のような青みがかった黒い肌の、二尊によって放たれている。
金色と銀色の逆立った髪が、唯一二尊を見分ける特徴である。
華麗な薄物を重ねた腰布に、黒い素肌に映える様々な装身具を身にまとう。
その装身具までそっくり同じデザイン。
玉座に座る姿も、まるで間に鏡を置いて片方を映したように左右対称。
いかにも王族らしい、壮麗な魅力を放つ端正な目鼻立ちと、たくましくも均整の取れた体つきが二倍の魅力となって目の前の戸愚呂たちに芸術的感動を与える。
「降三世明王。仰せにより、戸愚呂のご兄弟をお連れいたしました。幻海師範も御同道願っております」
二尊はそっくりの笑顔で、そう呼び掛ける永夜を見据える。
「ああ、ご苦労、永夜。いつもの働き、有難く思っている。幻海も、よく来てくれた」
「戸愚呂兄弟。会えて嬉しい。お前たちのことは、前から気になっていた」
降三世明王がそれぞれ呼び掛けると、戸愚呂兄を肩に乗せたままの戸愚呂弟が進み出て一礼する。
「お選びいただきまして、誠に光栄ですよ、仏様方。永夜さんや幻海からも色々うかがいましたが、どうも他人の気がしませんねェ」
兄弟仏が顔を見合せて面白そうに笑う。
「そうだろう? お前たちにもそう思ってもらえて嬉しい」
「お前たちはそっくりだ、私たちに。気になった女のことは上手く処理できなくて余計なことばかりしてしまうところなんか、特にな」
そうだろう?
兄弟仏は幻海に同時に笑いかける。
幻海はふんと鼻を鳴らす。
「こいつらは正反対なようでよく似ている。羅針盤のない船。強くなりたいけど、その強さをどうしていいか、その強さで何を得たいかわからないまま、海流に乗って漂う。だが、もうそれも終わりにする時だ。あなた方なら、こいつらの羅針盤になれるはず」
ああ、と兄弟仏は顔を見合せて笑う。
「幻海、お前は生まれつきのように羅針盤のある人間だ。戸愚呂兄弟の、ある意味愚かしさは歯がゆいだろう。リンク先となる我らから頼みたいのは一つ」
「戸愚呂兄弟に、ほんの少し、航海の仕方を教えてやってくれ。彼らはそう馬鹿ではない。やり方さえ呑み込めば迷うこともなくなるだろう。だがそれには最初の経験が必要なんだ」
幻海はかすかに溜息をつき。
「……まあ、少しだけなら」
戸愚呂兄はニヤニヤ笑う。
「おお、センセイ、色々教えてくれるんだろうなあ~~~、例えばよ、俺の男としてのあり方とかよぉ~~~。弟とどっちか選べなんて言わねえよ、俺は寛容なんだぜ」
あまりに爛れた言い草に弟がサングラス越しに睨んだ気配。
「兄者、場をわきまえろ。また吹っ飛ばすぞ」
「おおこええこええ」
兄弟仏は笑う。
「そういうのはやめた方がいいぞ。何せ我らですら殺し合った、女絡みの怨恨というのはな」
「落ち着きどころも後で考えた方がいいさ。後でな?」
と、戸愚呂弟は前に進み出る。
「リンク、というのは、これと見込んだ魔族に、あなた方のような神仏が自らの理想の実現を託す行為だと伺っています。あなた方は、俺たちにどんな理想を?」
兄弟仏は居住まいを正す。
「過去は変えられないかも知れないが、新たな意味を与えることは常にできる」
「承服しかねる、しかし忘れられない過去があるなら、それに別の意味を与えることは現在にこそまさに可能だ」
「結果として未来は変わる。お前たちの意思とそれに従う行為の結果として」
「意思を持って時を支配するのだ。お前たちならできる」
「そして、汚らわしいと思われているどろどろした怒りと怨念ですら、立ちはだかる壁を突き破る武器となる」
「己の中の暗い衝動を恐れるな、強き兄弟よ、勇気をもって飼いならすのだ」
「案内役はいる。我らも常に側にいる。お前らはもう暗い道を泣きながら歩く子供ではない」
「さあ、我が子らよ。リンクを与えよう!!」
兄弟仏から、何とも表現しようのない、ただまばゆいとははっきり言える輝きが迸り。
戸愚呂兄弟を押し包んだのだった。