螺旋より外れて
幻海は、今や変わり果てた姿となった戸愚呂弟に向きあう。
戸愚呂は冥獄界で「罰」を受けていたはずだ。
際限もない贖罪のための拷問、しかし、その罪は許されることもなく、いずれ彼は「無」となっていたはず。
それは気の遠くなる先のことではあるものの、霊界の制度の一部として確定した未来であったはず。
しかし、今やその「確定された未来」は崩れ去っている。
霊界の手落ちと言えるが、責めるのは酷であると断じざるを得ないほど、相手が悪いのも事実。
「呼ばれざる者」は、堕落していても神の一種。
下界の者は、通常の方法では対抗手段を持たない。
そして、戸愚呂はその「呼ばれざる者」の手の者に浸食されている。
「おい、戸愚呂を乗っ取ってる奴。お前は誰だい」
幻海は戸愚呂に、というより、戸愚呂の肉体に食い込んでいる異形の「顔」に向けて鋭く問い質す。
「お前が戸愚呂のコピーを人間界に送り込んでいるんだな?」
質問の形をしているが、幻海にとってそれは確信である。
こうして向きあっていれば、あのニセ戸愚呂弟が発していた邪気と、この戸愚呂弟本体を浸食している怪物の発している邪気は同一のものだとわかる。
種明かしされれば簡単なことである。
あれは戸愚呂ではなかったのだ。
「ここまで来るとはなァ。愛よなァ」
戸愚呂の頭についている口ではなく、腹に浮き上がっている顔の口がげらげら嘲笑う。
「俺が何者か知りたいよなァ!? 何でコイツ(戸愚呂)をこんな風にできているのかもなァ!?」
腹の顔がべらべら喋っている間、本体のはずの戸愚呂弟は微動だにしない。
顔はまさしく死人のようで表情がなく、目も虚ろ。
危なげなくしっかり立ってはいるものの、それが自分の意思ではないだろうと思わせる表情。
と、幻海の背後に戸愚呂兄を乗せたままの永夜が近付いて来る。
「おい!! バカ弟!!」
戸愚呂兄が吼える。
「てめえ、そんな奴にいいようにされて何やってやがる!! さっさとそいつを切り捨てろ!!」
しかし、弟は無反応だ。
腹の口がより一層げらげら笑い。
「美しい兄弟愛もあったかね。だけど無駄だなァ。こいつにもう、自分の意思はねェよ。こいつの魂に、おれが食い込んでいるからなァ」
戸愚呂兄も幻海も、怪訝な顔をする。
永夜がぎゅっと眉を引き締め、そいつを睨み据える。
「こやつは、六願(りくがん)。半妖出身の、『呼ばれざる者』の手先にございます」
永夜は一部の隙もなく視線で六願を威圧したまま説明する。
「優れた力を持つ者に気付かれないように寄生し、肉体と魂を同時に乗っ取ります。今の戸愚呂弟さんの場合、亡くなっておられて肉体をお持ちではないので。早く強引に切り離さないと、完全に魂を喰われて消滅してしまわれます」
戸愚呂兄が低く呻く。
幻海は一見平静ではあるが、顔色は明かに青ざめている。
静かに戦いの構えを取る。
「……あんたら、ここはあたしに任せて、手出しをしないでくれ」
幻海がちらりと戸愚呂兄と永夜を見やる。
戸愚呂兄が途端に喚き出す。
「おい、かっこつけてんじゃねえぞ!! 三人がかりで一気に叩いてだな……」
「こういう搦め手はあたしの得意さ。やり方ってのがある。余計な手助けは、かえって邪魔だ。こいつを助けられなくなるよ」
幻海が静かに指摘すると、戸愚呂兄はぐうっと喉を鳴らして黙り込む。
永夜は何かを察したらしく、うなずき、戸愚呂兄を肩に乗せたまま後退する。
「信じております、幻海師範。何か御入用の手助けがあらば、すぐにお呼びください」
幻海はすぐに六願に向き直る。
六願はけらけら笑いながら、寄生している戸愚呂弟の肉体を前に進めさせる。
「可愛いねェ。こいつに老いぼれババア呼ばわりされ、あまつさえ殺されちまったこともあるっていうのに、その献身。泣けるじゃねえか、いじまし過ぎてよォ!!」
ますますどぎつい嘲笑を浴びせる六願を、幻海は見据えて構えを取るのみだ。
「今となってはどうでもいいことさ。ついでに言うと、若作りしてるけど戸愚呂兄弟ってあたしより年上だぞ」
反応したのは六願ではなく戸愚呂兄。
「うるせえ、若作りとかっていうなクソアマ!!」
永夜がはいどうどうと宥める。
何言ってるんだこの人らはという呆れ顔。
「まあ、以前よりはパワーアップしているようだなァ!! ならば、こいつのコレでコロしてやるよォ!!」
六願が吼えると、戸愚呂弟の本体が全身に妖気を巡らせ始める。
80%程度だった筋肉が更に膨れ上がり、装甲のような容貌へと変貌していく。
ただでさえ小柄な幻海との体格差は恐ろしいほどで、大人と子供どころか大人と赤ん坊である。
あの暗黒武術会の時と同じように、周囲のあらゆるものを朽ちさせ、その気を更に吸収していく。
今回の場合、幻海たち三人には効かないので、この冥獄界の気そのものだ。
「そら、見たか!! てめえが戦うのは、この冥獄界の地獄の瘴気そのものだ!! 勝てる訳が……」
「御託は聞きたくないね。来な!!」
幻海が挑発するや、周囲の邪気の渦が無数の戸愚呂100%と化して、雪崩れのように幻海に拳を振り下ろす。
小惑星の衝突のように、凄まじい力が炸裂し、クレーターを穿つかに思え……
いや。
「霊光波動拳・仙の拳!! 尸解!!」
幻海がその幼子のような小さな拳を戸愚呂本体に振り上げた瞬間。
瘴気でできた無数の戸愚呂弟は、まるで煙が吹き散らされるように雲散霧消。
地面を揺るがす衝撃に全く動じず、幻海の拳に乗せられた霊波動は、戸愚呂本体のみぞおち辺りから戸愚呂と六願を引きちぎったのだ。
「がっ……!!」
何もかもが、完全体幻海の聖なる拳によって吹きとばされた。
数千年を悪行で染め上げて来たであろう六願の邪気は、業火の前の水滴よりなお儚く消え去る。
はるか遠くに、戸愚呂の下半身に食い込んだままだった六願が千切れて飛んでいく。
「幻海……!? おい、弟!!」
戸愚呂兄を乗せたままの永夜が幻海に近付いてくる。
「さて、コイツ(戸愚呂弟)は救出したよ」
幻海が指し示す先には、霊光のバリアに包まれた、戸愚呂弟の、肩から上だけがある。
それすなわち、浸食して不完全な形になったが、彼の魂ということだ。
「今のは、霊光波動拳のうち、奇跡を起こす『仙』の拳のうちの一つ、『尸解(しかい)』。ああいう寄生的な魔物に魂が汚されてしまった場合でも、穢れの元と本来の魂を分離して浄化できる拳だ」
永夜がはっとしたように。
「ならば、戸愚呂弟さんの魂に気を吹き込んで賦活させれば……」
「ああ。問題はないだろう。ついでに、こいつは肉体を再生させて、生き返らせてやるしかないだろうな。ここに引きこもらせてたら、また似たようなヤツが来るだろう」
幻海の言葉にうなずき、永夜は周囲を見回す。
がらんとした荒野。
「地獄として機能しなくなってしまわれましたからねえ」
「おい、幻海、さっさと弟を再生……」
戸愚呂兄が言いかけた時。
「貴様ァ!! よくもやってくれたなァ!!」
溶岩の池を飛び越えて幻海の目の前に着地したのは、昆虫を四つ足にしたような奇怪な生き物。
顔には見覚えがある。
あの、六願の顔だ。
奴の全身から、地獄の瘴気が吹き出し……
「浄」
幻海が小さく呟き、拳を突き出す。
拳どころかそれを覆っている霊光に触れた途端。
六願の巨躯が、まるでシャボン玉のように割れ、消え去ったのだ。
「あ……消えましたね。結構昔から活動しているしぶとい奴だったんですけど、幻海師範にかかれば呆気ないですね……」
永夜ははははと乾いた笑い声を立てる。
呆気なさ過ぎて笑うしかないのであろう。
「おい!! そんなことより弟を……!!」
戸愚呂兄が喚く。
幻海は、霊光のバリアに包まれた戸愚呂の壊れた魂に近付く。
「そら、戻って来な。あんたの役目はこれからだよ」
幻海が「療」の拳を発動させる。
光が戸愚呂弟の損なわれた魂を包み込み、激しく輝く。
一瞬の後。
そこには、肉体を備えた。あの見慣れたスタイルの「戸愚呂弟」が立っていたのだ。
「……幻海?」
戸愚呂弟は、サングラス越しでも、今目覚めたような表情が見て取れる。
「さっさと帰るよ。あたしに負けたのは覚えているだろ? 今度はあたしの言うことを聞きな」
戸愚呂弟は、自分の再生した肉体をしげしげ見やる。
顔を上げ、とっとと歩き出した幻海の小さな背に声をかける。
「何故だ、幻海。俺は生き返る資格なんかない。お前の弟子とはちが……」
「うるさいね」
幻海は、じろりと戸愚呂弟を睨み据える。
「バカなあんたの下らない御託は興味ないんだよ。あたしが勝ったんだから、言うことを聞くのはあんただ。さっさとついてきな、ウスノロ妖怪」
あまりに身も蓋もない言い草に、一瞬戸愚呂弟はぽかんとし。
次いで軽く苦笑しながら、ゆっくりと踏み出す。
「オラ、馬鹿弟。さっさと行くぞ。このガキにメシたかろうぜ、腹減っただろ」
戸愚呂兄が、永夜の肩から、慣れた弟の肩へと、ひょいと飛び移る。
「兄者も無事だったか。因果な兄弟だねェ、俺たちは。……そちらさんは?」
戸愚呂が初対面の永夜に力を一瞬で見て取って緊張の表情を見せる。
答えたのは、永夜でなくて兄の方。
「驚けよ、コイツ、あのウラメシの兄貴だってよ」
「……え?」
「ま、その話はおいおい……」
永夜が苦笑した時、幻海が振り返る。
「ほら、何モタンモタしてるんだい。さっさとこんな臭いところからはおさらばするよ!!」
彼らは、もう振り返らず、冥獄界の出口へと足を向けたのだった。
戸愚呂は冥獄界で「罰」を受けていたはずだ。
際限もない贖罪のための拷問、しかし、その罪は許されることもなく、いずれ彼は「無」となっていたはず。
それは気の遠くなる先のことではあるものの、霊界の制度の一部として確定した未来であったはず。
しかし、今やその「確定された未来」は崩れ去っている。
霊界の手落ちと言えるが、責めるのは酷であると断じざるを得ないほど、相手が悪いのも事実。
「呼ばれざる者」は、堕落していても神の一種。
下界の者は、通常の方法では対抗手段を持たない。
そして、戸愚呂はその「呼ばれざる者」の手の者に浸食されている。
「おい、戸愚呂を乗っ取ってる奴。お前は誰だい」
幻海は戸愚呂に、というより、戸愚呂の肉体に食い込んでいる異形の「顔」に向けて鋭く問い質す。
「お前が戸愚呂のコピーを人間界に送り込んでいるんだな?」
質問の形をしているが、幻海にとってそれは確信である。
こうして向きあっていれば、あのニセ戸愚呂弟が発していた邪気と、この戸愚呂弟本体を浸食している怪物の発している邪気は同一のものだとわかる。
種明かしされれば簡単なことである。
あれは戸愚呂ではなかったのだ。
「ここまで来るとはなァ。愛よなァ」
戸愚呂の頭についている口ではなく、腹に浮き上がっている顔の口がげらげら嘲笑う。
「俺が何者か知りたいよなァ!? 何でコイツ(戸愚呂)をこんな風にできているのかもなァ!?」
腹の顔がべらべら喋っている間、本体のはずの戸愚呂弟は微動だにしない。
顔はまさしく死人のようで表情がなく、目も虚ろ。
危なげなくしっかり立ってはいるものの、それが自分の意思ではないだろうと思わせる表情。
と、幻海の背後に戸愚呂兄を乗せたままの永夜が近付いて来る。
「おい!! バカ弟!!」
戸愚呂兄が吼える。
「てめえ、そんな奴にいいようにされて何やってやがる!! さっさとそいつを切り捨てろ!!」
しかし、弟は無反応だ。
腹の口がより一層げらげら笑い。
「美しい兄弟愛もあったかね。だけど無駄だなァ。こいつにもう、自分の意思はねェよ。こいつの魂に、おれが食い込んでいるからなァ」
戸愚呂兄も幻海も、怪訝な顔をする。
永夜がぎゅっと眉を引き締め、そいつを睨み据える。
「こやつは、六願(りくがん)。半妖出身の、『呼ばれざる者』の手先にございます」
永夜は一部の隙もなく視線で六願を威圧したまま説明する。
「優れた力を持つ者に気付かれないように寄生し、肉体と魂を同時に乗っ取ります。今の戸愚呂弟さんの場合、亡くなっておられて肉体をお持ちではないので。早く強引に切り離さないと、完全に魂を喰われて消滅してしまわれます」
戸愚呂兄が低く呻く。
幻海は一見平静ではあるが、顔色は明かに青ざめている。
静かに戦いの構えを取る。
「……あんたら、ここはあたしに任せて、手出しをしないでくれ」
幻海がちらりと戸愚呂兄と永夜を見やる。
戸愚呂兄が途端に喚き出す。
「おい、かっこつけてんじゃねえぞ!! 三人がかりで一気に叩いてだな……」
「こういう搦め手はあたしの得意さ。やり方ってのがある。余計な手助けは、かえって邪魔だ。こいつを助けられなくなるよ」
幻海が静かに指摘すると、戸愚呂兄はぐうっと喉を鳴らして黙り込む。
永夜は何かを察したらしく、うなずき、戸愚呂兄を肩に乗せたまま後退する。
「信じております、幻海師範。何か御入用の手助けがあらば、すぐにお呼びください」
幻海はすぐに六願に向き直る。
六願はけらけら笑いながら、寄生している戸愚呂弟の肉体を前に進めさせる。
「可愛いねェ。こいつに老いぼれババア呼ばわりされ、あまつさえ殺されちまったこともあるっていうのに、その献身。泣けるじゃねえか、いじまし過ぎてよォ!!」
ますますどぎつい嘲笑を浴びせる六願を、幻海は見据えて構えを取るのみだ。
「今となってはどうでもいいことさ。ついでに言うと、若作りしてるけど戸愚呂兄弟ってあたしより年上だぞ」
反応したのは六願ではなく戸愚呂兄。
「うるせえ、若作りとかっていうなクソアマ!!」
永夜がはいどうどうと宥める。
何言ってるんだこの人らはという呆れ顔。
「まあ、以前よりはパワーアップしているようだなァ!! ならば、こいつのコレでコロしてやるよォ!!」
六願が吼えると、戸愚呂弟の本体が全身に妖気を巡らせ始める。
80%程度だった筋肉が更に膨れ上がり、装甲のような容貌へと変貌していく。
ただでさえ小柄な幻海との体格差は恐ろしいほどで、大人と子供どころか大人と赤ん坊である。
あの暗黒武術会の時と同じように、周囲のあらゆるものを朽ちさせ、その気を更に吸収していく。
今回の場合、幻海たち三人には効かないので、この冥獄界の気そのものだ。
「そら、見たか!! てめえが戦うのは、この冥獄界の地獄の瘴気そのものだ!! 勝てる訳が……」
「御託は聞きたくないね。来な!!」
幻海が挑発するや、周囲の邪気の渦が無数の戸愚呂100%と化して、雪崩れのように幻海に拳を振り下ろす。
小惑星の衝突のように、凄まじい力が炸裂し、クレーターを穿つかに思え……
いや。
「霊光波動拳・仙の拳!! 尸解!!」
幻海がその幼子のような小さな拳を戸愚呂本体に振り上げた瞬間。
瘴気でできた無数の戸愚呂弟は、まるで煙が吹き散らされるように雲散霧消。
地面を揺るがす衝撃に全く動じず、幻海の拳に乗せられた霊波動は、戸愚呂本体のみぞおち辺りから戸愚呂と六願を引きちぎったのだ。
「がっ……!!」
何もかもが、完全体幻海の聖なる拳によって吹きとばされた。
数千年を悪行で染め上げて来たであろう六願の邪気は、業火の前の水滴よりなお儚く消え去る。
はるか遠くに、戸愚呂の下半身に食い込んだままだった六願が千切れて飛んでいく。
「幻海……!? おい、弟!!」
戸愚呂兄を乗せたままの永夜が幻海に近付いてくる。
「さて、コイツ(戸愚呂弟)は救出したよ」
幻海が指し示す先には、霊光のバリアに包まれた、戸愚呂弟の、肩から上だけがある。
それすなわち、浸食して不完全な形になったが、彼の魂ということだ。
「今のは、霊光波動拳のうち、奇跡を起こす『仙』の拳のうちの一つ、『尸解(しかい)』。ああいう寄生的な魔物に魂が汚されてしまった場合でも、穢れの元と本来の魂を分離して浄化できる拳だ」
永夜がはっとしたように。
「ならば、戸愚呂弟さんの魂に気を吹き込んで賦活させれば……」
「ああ。問題はないだろう。ついでに、こいつは肉体を再生させて、生き返らせてやるしかないだろうな。ここに引きこもらせてたら、また似たようなヤツが来るだろう」
幻海の言葉にうなずき、永夜は周囲を見回す。
がらんとした荒野。
「地獄として機能しなくなってしまわれましたからねえ」
「おい、幻海、さっさと弟を再生……」
戸愚呂兄が言いかけた時。
「貴様ァ!! よくもやってくれたなァ!!」
溶岩の池を飛び越えて幻海の目の前に着地したのは、昆虫を四つ足にしたような奇怪な生き物。
顔には見覚えがある。
あの、六願の顔だ。
奴の全身から、地獄の瘴気が吹き出し……
「浄」
幻海が小さく呟き、拳を突き出す。
拳どころかそれを覆っている霊光に触れた途端。
六願の巨躯が、まるでシャボン玉のように割れ、消え去ったのだ。
「あ……消えましたね。結構昔から活動しているしぶとい奴だったんですけど、幻海師範にかかれば呆気ないですね……」
永夜ははははと乾いた笑い声を立てる。
呆気なさ過ぎて笑うしかないのであろう。
「おい!! そんなことより弟を……!!」
戸愚呂兄が喚く。
幻海は、霊光のバリアに包まれた戸愚呂の壊れた魂に近付く。
「そら、戻って来な。あんたの役目はこれからだよ」
幻海が「療」の拳を発動させる。
光が戸愚呂弟の損なわれた魂を包み込み、激しく輝く。
一瞬の後。
そこには、肉体を備えた。あの見慣れたスタイルの「戸愚呂弟」が立っていたのだ。
「……幻海?」
戸愚呂弟は、サングラス越しでも、今目覚めたような表情が見て取れる。
「さっさと帰るよ。あたしに負けたのは覚えているだろ? 今度はあたしの言うことを聞きな」
戸愚呂弟は、自分の再生した肉体をしげしげ見やる。
顔を上げ、とっとと歩き出した幻海の小さな背に声をかける。
「何故だ、幻海。俺は生き返る資格なんかない。お前の弟子とはちが……」
「うるさいね」
幻海は、じろりと戸愚呂弟を睨み据える。
「バカなあんたの下らない御託は興味ないんだよ。あたしが勝ったんだから、言うことを聞くのはあんただ。さっさとついてきな、ウスノロ妖怪」
あまりに身も蓋もない言い草に、一瞬戸愚呂弟はぽかんとし。
次いで軽く苦笑しながら、ゆっくりと踏み出す。
「オラ、馬鹿弟。さっさと行くぞ。このガキにメシたかろうぜ、腹減っただろ」
戸愚呂兄が、永夜の肩から、慣れた弟の肩へと、ひょいと飛び移る。
「兄者も無事だったか。因果な兄弟だねェ、俺たちは。……そちらさんは?」
戸愚呂が初対面の永夜に力を一瞬で見て取って緊張の表情を見せる。
答えたのは、永夜でなくて兄の方。
「驚けよ、コイツ、あのウラメシの兄貴だってよ」
「……え?」
「ま、その話はおいおい……」
永夜が苦笑した時、幻海が振り返る。
「ほら、何モタンモタしてるんだい。さっさとこんな臭いところからはおさらばするよ!!」
彼らは、もう振り返らず、冥獄界の出口へと足を向けたのだった。