螺旋より外れて
大爆発。
閃光と振動、爆風。
さながら核爆発のような暴虐な力。
それが収まった時に、そこには辛うじて生き残っている者がいたのだ。
驚くべきこと。
「くっ……か、はっ……!!」
優美な直垂もズタボロになった永夜が、がっくりと膝をつき、血を吐いている。
攪拌されて見る影もない地面に、点々と血の跡。
「さて……まだやるかい?」
少し離れたところから爆風の影響設けていない幻海が、霊丸の構えのまま言葉を投げる。
「い、え……」
永夜は、どうにか言葉を絞り出す。
「降参です。粘ってもどうにもなりそうにない……」
「そうだな、あんたにとっても粘る意味は特にないだろうな。あたしを倒すのが目的じゃない訳だしな。大丈夫か? 治癒の力は回せるかい」
幻海はひらりと空中に舞い上がって永夜の側に降り立つと、霊光波動の治癒術をその自分よりだいぶ大きな体に注ぎ込む。
荒かった永夜の呼吸が楽なものになる。
「ありがとうございます。いや、わたくしが土をつけられたのは、久々にございます。流石、幻海師範」
永夜が地面を踏みしめてよよう立ち上がると、幻海は美しい顔に不敵な笑みを浮かべた。
「ま、伊達に若返った訳でもないってことだね。ふむ。さて……あの人は、それで、あたしに何をやらせようって言うんだろうな?」
幻海が遠くに蜃気楼のように浮かび上がる宮殿に、面白そうな目を向ける。
「……あの、街中に出た曲者絡みのことにございます。少し、お辛いかも知れませんが」
永夜は穏やかに告げると、自ら纏っているズタボロになった衣装に術をかけ、元の華麗な直垂に修復する。
幻海は鼻を鳴らす。
「あいつらのことは……いずれ、カタを付けないととは思ってたさ。もう、あたしに通常の意味の『寿命』は来ないからね」
つくづくバカだよ。
あの兄弟はさ。
幻海は遠くを見て呟く。
天界の瑠璃色の空が、吹き払われた雲を再び纏い始めている。
◇ ◆ ◇
「ふう。懐かしいね。あれからまだ一年あまりとはね。十年も経ったように思えるね」
幻海の声は、洞窟の壁に木霊して、別人のように殷々と震える声に聞こえている。
光る球体を術で作り出した永夜が、幻海の案内に従って、深い洞窟を行く。
永夜の弟と仲間たちの四人組が見たら、懐かしがるか忌むか。
そこは、入魔洞窟と呼ばれる天然の洞窟である。
かつては魔界と繋がりかけていたそこは、今は静かである。
それだけに、人間界の自然の生き物しかいない。
虫やコウモリ、壁を這うヤモリ。
「あの方は一年どころか、この先100年でも、でしょうね。放置する訳には参りませんので、お迎えに参りましょう。あの方の力も必要になりましょうからね」
永夜は静かにそう応じる。
幻海と永夜が人間界に戻って最初に足を向けたのは、この入魔洞窟である。
それもこれも、軍荼利明王からの指示である。
『幻海ちゃん、昔馴染みに会いたくは、ナイ?』
天界の宮殿。
腕試しを終えて戻った幻海は、自らの宿仏にそう水を向けられる。
『昔馴染みだって? もしや戸愚呂のことかい?』
『そうヨォ。お兄さんとセットでネェ。今回の事件を解決するのに、彼らの力も必要なのヨォ』
どういうことだ、と幻海が突っ込んで訊くと。
『二人を救い出して、彼らの宿仏になりたがってる降三世明王ちゃんのところに行きなさいナァ。それでわかるワァ』
……結局。
細かいあれこれは永夜に伝えてあるということで、幻海は永夜を案内に頼って、ここ、入魔洞窟にいる。
目当ては。
「……あ、あそこにおられますね」
縮地法を幾つか繰り返して辿り着いた洞窟深部。
地の底から、と表現したくなる、重苦しく恨みがましい声が響いてくる。
「何故だァ~~~~、何故死なねェ~~~~~~……」
それはグロテスクな光景である。
上あごから上の頭部が切断された男の死骸、その剥き出しの口腔の部分から、一回り小さな、長髪の頭が生えている。
死骸にも生えている頭部にも、不気味な魔界植物らしい樹木が纏いつき、その状態のまま、その死骸から生えた男がうわごとを繰り返す。
「おやまあ」
幻海が呆れた溜息。
「……蔵馬さんも始末くらい……いや、なさらなかったから救出できるようなもんですけどね」
永夜は苦笑する。
「さて」
「いや、あたしがやるさ」
永夜が進み出ようとした矢先、幻海がその前を行く。
話には聞いていた、蔵馬の邪念樹に寄生された戸愚呂兄の側に立つ。
小さな手が、光を帯びて彼の前にかざされる。
「見下げ果てたヤツかも知れないが、ま、必要だ。戻って来な!! ……浄!!」
膨大な真っ白い光が、空間ごと変わり果てた戸愚呂兄を洗い流す。
光が収まった時には。
「……!? なっ、なん……おい!!」
「いつまでも寝ぼけてるんじゃないよ馬鹿が」
目の前にいるのは、あの小さなオリジナルの体の戸愚呂兄。
きっちりあのバンドマンみたいなファッションも着込んでいる。
戸愚呂兄は、完全に自分に何が起こっているかわからない様子で、周囲をきょろきょろ見回し……目の前の女に目を留める。
「幻海……なんでてめえ若返ってやがるんだ? あの狐と一緒か」
「そりゃとっくに終わった話さ。あんたは負けた。だが、あんたの人生は続いている。そういうこったね」
幻海にぶっきらぼうに投げかけられて、戸愚呂兄はにわかに理解し難い表情を浮かべる。
戸愚呂兄はようやく幻海の背後の永夜に目を向ける。
胡乱そうな眼差し。
「このガキは何だ、てめえの新しい弟子か何かか」
「はじめまして、戸愚呂さん。今日は、ちょっとあなたに御用がありまして、幻海師範に付き添ってまかりこしました」
戸愚呂兄がじろじろ眺めるのに構わず、永夜は洞窟の地面にどこからともなく取り出したピクニックシートを敷き始めた。
「ま、とりあえず、お腹が空かれたでしょう。だいぶお召し上がりになってませんよね。鶏じゃがとおむすびがあるんです。いかがですか」
戸愚呂兄は相変わらず理解が追いつかない顔をし。
次いで、頭をがしがしひっかき始め。
視線は、永夜の取り出したホーロータッパーに向いていたのだった。
閃光と振動、爆風。
さながら核爆発のような暴虐な力。
それが収まった時に、そこには辛うじて生き残っている者がいたのだ。
驚くべきこと。
「くっ……か、はっ……!!」
優美な直垂もズタボロになった永夜が、がっくりと膝をつき、血を吐いている。
攪拌されて見る影もない地面に、点々と血の跡。
「さて……まだやるかい?」
少し離れたところから爆風の影響設けていない幻海が、霊丸の構えのまま言葉を投げる。
「い、え……」
永夜は、どうにか言葉を絞り出す。
「降参です。粘ってもどうにもなりそうにない……」
「そうだな、あんたにとっても粘る意味は特にないだろうな。あたしを倒すのが目的じゃない訳だしな。大丈夫か? 治癒の力は回せるかい」
幻海はひらりと空中に舞い上がって永夜の側に降り立つと、霊光波動の治癒術をその自分よりだいぶ大きな体に注ぎ込む。
荒かった永夜の呼吸が楽なものになる。
「ありがとうございます。いや、わたくしが土をつけられたのは、久々にございます。流石、幻海師範」
永夜が地面を踏みしめてよよう立ち上がると、幻海は美しい顔に不敵な笑みを浮かべた。
「ま、伊達に若返った訳でもないってことだね。ふむ。さて……あの人は、それで、あたしに何をやらせようって言うんだろうな?」
幻海が遠くに蜃気楼のように浮かび上がる宮殿に、面白そうな目を向ける。
「……あの、街中に出た曲者絡みのことにございます。少し、お辛いかも知れませんが」
永夜は穏やかに告げると、自ら纏っているズタボロになった衣装に術をかけ、元の華麗な直垂に修復する。
幻海は鼻を鳴らす。
「あいつらのことは……いずれ、カタを付けないととは思ってたさ。もう、あたしに通常の意味の『寿命』は来ないからね」
つくづくバカだよ。
あの兄弟はさ。
幻海は遠くを見て呟く。
天界の瑠璃色の空が、吹き払われた雲を再び纏い始めている。
◇ ◆ ◇
「ふう。懐かしいね。あれからまだ一年あまりとはね。十年も経ったように思えるね」
幻海の声は、洞窟の壁に木霊して、別人のように殷々と震える声に聞こえている。
光る球体を術で作り出した永夜が、幻海の案内に従って、深い洞窟を行く。
永夜の弟と仲間たちの四人組が見たら、懐かしがるか忌むか。
そこは、入魔洞窟と呼ばれる天然の洞窟である。
かつては魔界と繋がりかけていたそこは、今は静かである。
それだけに、人間界の自然の生き物しかいない。
虫やコウモリ、壁を這うヤモリ。
「あの方は一年どころか、この先100年でも、でしょうね。放置する訳には参りませんので、お迎えに参りましょう。あの方の力も必要になりましょうからね」
永夜は静かにそう応じる。
幻海と永夜が人間界に戻って最初に足を向けたのは、この入魔洞窟である。
それもこれも、軍荼利明王からの指示である。
『幻海ちゃん、昔馴染みに会いたくは、ナイ?』
天界の宮殿。
腕試しを終えて戻った幻海は、自らの宿仏にそう水を向けられる。
『昔馴染みだって? もしや戸愚呂のことかい?』
『そうヨォ。お兄さんとセットでネェ。今回の事件を解決するのに、彼らの力も必要なのヨォ』
どういうことだ、と幻海が突っ込んで訊くと。
『二人を救い出して、彼らの宿仏になりたがってる降三世明王ちゃんのところに行きなさいナァ。それでわかるワァ』
……結局。
細かいあれこれは永夜に伝えてあるということで、幻海は永夜を案内に頼って、ここ、入魔洞窟にいる。
目当ては。
「……あ、あそこにおられますね」
縮地法を幾つか繰り返して辿り着いた洞窟深部。
地の底から、と表現したくなる、重苦しく恨みがましい声が響いてくる。
「何故だァ~~~~、何故死なねェ~~~~~~……」
それはグロテスクな光景である。
上あごから上の頭部が切断された男の死骸、その剥き出しの口腔の部分から、一回り小さな、長髪の頭が生えている。
死骸にも生えている頭部にも、不気味な魔界植物らしい樹木が纏いつき、その状態のまま、その死骸から生えた男がうわごとを繰り返す。
「おやまあ」
幻海が呆れた溜息。
「……蔵馬さんも始末くらい……いや、なさらなかったから救出できるようなもんですけどね」
永夜は苦笑する。
「さて」
「いや、あたしがやるさ」
永夜が進み出ようとした矢先、幻海がその前を行く。
話には聞いていた、蔵馬の邪念樹に寄生された戸愚呂兄の側に立つ。
小さな手が、光を帯びて彼の前にかざされる。
「見下げ果てたヤツかも知れないが、ま、必要だ。戻って来な!! ……浄!!」
膨大な真っ白い光が、空間ごと変わり果てた戸愚呂兄を洗い流す。
光が収まった時には。
「……!? なっ、なん……おい!!」
「いつまでも寝ぼけてるんじゃないよ馬鹿が」
目の前にいるのは、あの小さなオリジナルの体の戸愚呂兄。
きっちりあのバンドマンみたいなファッションも着込んでいる。
戸愚呂兄は、完全に自分に何が起こっているかわからない様子で、周囲をきょろきょろ見回し……目の前の女に目を留める。
「幻海……なんでてめえ若返ってやがるんだ? あの狐と一緒か」
「そりゃとっくに終わった話さ。あんたは負けた。だが、あんたの人生は続いている。そういうこったね」
幻海にぶっきらぼうに投げかけられて、戸愚呂兄はにわかに理解し難い表情を浮かべる。
戸愚呂兄はようやく幻海の背後の永夜に目を向ける。
胡乱そうな眼差し。
「このガキは何だ、てめえの新しい弟子か何かか」
「はじめまして、戸愚呂さん。今日は、ちょっとあなたに御用がありまして、幻海師範に付き添ってまかりこしました」
戸愚呂兄がじろじろ眺めるのに構わず、永夜は洞窟の地面にどこからともなく取り出したピクニックシートを敷き始めた。
「ま、とりあえず、お腹が空かれたでしょう。だいぶお召し上がりになってませんよね。鶏じゃがとおむすびがあるんです。いかがですか」
戸愚呂兄は相変わらず理解が追いつかない顔をし。
次いで、頭をがしがしひっかき始め。
視線は、永夜の取り出したホーロータッパーに向いていたのだった。