螺旋より外れて
以前の何倍にかわからぬ強大さの反射技で跳ね返され、永夜は自ら放った術法に呑み込まれる。
一瞬の沈黙ののち、今まで永夜の立っていたその場所は、斜めのクレーターのように抉られた地面の他は何もない。
暖かい風に吹かれ、幻海はその小柄な体をあでやかな天界の陽に曝して、静かにたたずむ。
それは一幅の絵画のような光景。
かつては幻海の体だけを共鳴板にしていた「霊光鏡反衝」は、今や幻海の肉体を核に、周囲の空間までも変質させ巨大な共鳴板に変えるという暴虐な技となっている。
どんな技でもこの反射技の前では方向を変えられ、攻撃者のもとに何倍ものさかしまになって跳ね返される。
攻撃者が強大であればあるほど、その反射は強烈になる寸法だ。
まさに宿仏を宿す術者の第一人者である永夜に対するに、うってつけである。
「さて。あんたほどの人が、これだけじゃ終らないんだろう?」
一見すると誰もいない空間に、幻海は若返った鈴を転がすような声をかける。
しかし、その美しい響きにも関わらず、内容は剣呑なもの。
「出てきな。弟みたいなズボラは、あんたには似合わない」
言葉が終るか否かのうちに、空間が昏い虹色の花のように開く。
闇の女神に生み出されたように、永夜が傷らしい傷もなく、そこに出現していたのだ。
「流石にございますね、幻海師範。前もって衝撃感応型の空間転移術を自らに掛けておかなかったら、危ないところにございました」
永夜はにこりと微笑んで種明かしする。
幻海はかすかに苦笑する。
「そういう食えないところは弟と似てるね。だが、あいつほどの可愛げがある訳じゃなさそうだ。下手に手加減したらこっちの身の破滅。新しい力で本気で行くよ」
悪いが、あんたの身で新しい力を試させてもらうさ。
幻海は、すぐに人の悪い笑みを深くする。
「ええ。軍荼利明王はそういうつもりで対戦を勧められたのでしょうから」
平静に受け取りつつ、永夜は幻海を観察する。
『霊光鏡反衝を常時展開。あらゆる攻撃を極大反射。通常の攻撃では傷つけられぬ。これは参ったな』
永夜は軽い絶望を覚える。
いくら熟練の武闘家であり霊能者であるとはいえ、神気に慣れるのには少しかかると思っていたが、幻海はまるで100年も前から今のようだったように、平然と神気を使いこなす。
いや、幻海の習熟ぶりに、肉体に備わった気がようやく追いついたと見るべきやも知れぬ。
これが、幻海完全体。
「それでは……改めて参ります」
永夜が構えた時。
ふと、幻海が軽い笑い声を立てる。
「あいつのことを思い出していたよ。戸愚呂のことを」
「戸愚呂さんを?」
永夜から見れば、直接会ったことはないとはいえ、戸愚呂は弟幽助を大きく成長させてくれた有難い人物ではあるが。
「驚くべき力を手に入れた。調子に乗っちまいそうだよ。あいつも妖怪になった時は、こんな感じだったのかな」
そして、調子に乗って卑小な自分を意図的に見失った、というか捨てた。
遂には、あんな怪物になっちまったのさ。
「あなたは戸愚呂さんみたいにはならないでしょう。見守る誰かがいる、何のための力かを見失ったことは、あなたの人生で一度もないはずだ」
それがあなた様の真の強さです。
永夜はそう続ける。
「だからこそ、死して後すら、幽助を導いていただけた。戸愚呂さんは強かったかも知れないが、その強さは肉体と共に滅びる儚いもの。永遠を志向したにも関わらず、彼は人間であった頃より逆説的に存在自体は脆くなってしまった」
でも。
もう一度やり直せるかも知れません。
永夜は、更に言葉を重ねる。
「あなた様が、もう一度戸愚呂さんの手をお取りになれば」
「さて、どうしようかね」
老女であった頃のように皮肉っぽく笑い、幻海は改めて構えを取る。
永夜は手を指揮するように動かし――不意に、空中に舞い上がる。
離れたところに舞い降り、誘うように、幻海に向かって手招きする。
「あんたでも小細工はするんだな。ふん」
幻海は何が起こるか見守る姿勢。
と。
「お……っと!!」
頭上に影を感じて、幻海は飛び離れる。
今しがたまで幻海がいたところに落下してきたのは、大きな岩だ。
いや。
渦巻く暗黒を抱えるような形を取った、天界のどこからか移転させてきた石。
「大黒天の領域から召喚した暗黒石? それをあたしの頭上に召喚したって訳かい」
こうすれば、攻撃の方向性は幻海に向いていても、攻撃を反射する方向は、大黒天の領域のどこかということになる。
永夜は安全。
まるで機械で釘を打つ勢いで、幻海の頭上に連続して暗黒の巨岩が……
「こっちから仕掛ける他になさそうだね!!」
幻海は、風に押される花びらの如き軽やかな動きで縦横自在に位置取りを……
と。
「!!」
幻海がある場所を踏んだその時。
一瞬でその体が消える。
「暗黒地雷。上手く行きましたね」
残された永夜が、ほっと肩で息をつく。
一瞬の隙をついて、離れた地面に仕掛けた霊的トラップに、幻海を追い込むことに成功したのだ。
大黒天の暗黒、時空をも歪める混沌を噴出させて幻海を呑み込み、彼女をここではないどこかへ飛ばすことに成功したのである。
行先は、永夜本人すら正確には認知できない「どこか」。
「照射霊丸!!」
幻海の声が聞こえたと、永夜が認識した時には既に遅く。
空間の無数の箇所から一斉に永夜のいる一点に照射された霊丸が、ぶつかり合い、大爆発を起こす。
まるで原爆でも爆発したかのような熱と光の去ったあと。
そこには、既に「何もない」。
一瞬の沈黙ののち、今まで永夜の立っていたその場所は、斜めのクレーターのように抉られた地面の他は何もない。
暖かい風に吹かれ、幻海はその小柄な体をあでやかな天界の陽に曝して、静かにたたずむ。
それは一幅の絵画のような光景。
かつては幻海の体だけを共鳴板にしていた「霊光鏡反衝」は、今や幻海の肉体を核に、周囲の空間までも変質させ巨大な共鳴板に変えるという暴虐な技となっている。
どんな技でもこの反射技の前では方向を変えられ、攻撃者のもとに何倍ものさかしまになって跳ね返される。
攻撃者が強大であればあるほど、その反射は強烈になる寸法だ。
まさに宿仏を宿す術者の第一人者である永夜に対するに、うってつけである。
「さて。あんたほどの人が、これだけじゃ終らないんだろう?」
一見すると誰もいない空間に、幻海は若返った鈴を転がすような声をかける。
しかし、その美しい響きにも関わらず、内容は剣呑なもの。
「出てきな。弟みたいなズボラは、あんたには似合わない」
言葉が終るか否かのうちに、空間が昏い虹色の花のように開く。
闇の女神に生み出されたように、永夜が傷らしい傷もなく、そこに出現していたのだ。
「流石にございますね、幻海師範。前もって衝撃感応型の空間転移術を自らに掛けておかなかったら、危ないところにございました」
永夜はにこりと微笑んで種明かしする。
幻海はかすかに苦笑する。
「そういう食えないところは弟と似てるね。だが、あいつほどの可愛げがある訳じゃなさそうだ。下手に手加減したらこっちの身の破滅。新しい力で本気で行くよ」
悪いが、あんたの身で新しい力を試させてもらうさ。
幻海は、すぐに人の悪い笑みを深くする。
「ええ。軍荼利明王はそういうつもりで対戦を勧められたのでしょうから」
平静に受け取りつつ、永夜は幻海を観察する。
『霊光鏡反衝を常時展開。あらゆる攻撃を極大反射。通常の攻撃では傷つけられぬ。これは参ったな』
永夜は軽い絶望を覚える。
いくら熟練の武闘家であり霊能者であるとはいえ、神気に慣れるのには少しかかると思っていたが、幻海はまるで100年も前から今のようだったように、平然と神気を使いこなす。
いや、幻海の習熟ぶりに、肉体に備わった気がようやく追いついたと見るべきやも知れぬ。
これが、幻海完全体。
「それでは……改めて参ります」
永夜が構えた時。
ふと、幻海が軽い笑い声を立てる。
「あいつのことを思い出していたよ。戸愚呂のことを」
「戸愚呂さんを?」
永夜から見れば、直接会ったことはないとはいえ、戸愚呂は弟幽助を大きく成長させてくれた有難い人物ではあるが。
「驚くべき力を手に入れた。調子に乗っちまいそうだよ。あいつも妖怪になった時は、こんな感じだったのかな」
そして、調子に乗って卑小な自分を意図的に見失った、というか捨てた。
遂には、あんな怪物になっちまったのさ。
「あなたは戸愚呂さんみたいにはならないでしょう。見守る誰かがいる、何のための力かを見失ったことは、あなたの人生で一度もないはずだ」
それがあなた様の真の強さです。
永夜はそう続ける。
「だからこそ、死して後すら、幽助を導いていただけた。戸愚呂さんは強かったかも知れないが、その強さは肉体と共に滅びる儚いもの。永遠を志向したにも関わらず、彼は人間であった頃より逆説的に存在自体は脆くなってしまった」
でも。
もう一度やり直せるかも知れません。
永夜は、更に言葉を重ねる。
「あなた様が、もう一度戸愚呂さんの手をお取りになれば」
「さて、どうしようかね」
老女であった頃のように皮肉っぽく笑い、幻海は改めて構えを取る。
永夜は手を指揮するように動かし――不意に、空中に舞い上がる。
離れたところに舞い降り、誘うように、幻海に向かって手招きする。
「あんたでも小細工はするんだな。ふん」
幻海は何が起こるか見守る姿勢。
と。
「お……っと!!」
頭上に影を感じて、幻海は飛び離れる。
今しがたまで幻海がいたところに落下してきたのは、大きな岩だ。
いや。
渦巻く暗黒を抱えるような形を取った、天界のどこからか移転させてきた石。
「大黒天の領域から召喚した暗黒石? それをあたしの頭上に召喚したって訳かい」
こうすれば、攻撃の方向性は幻海に向いていても、攻撃を反射する方向は、大黒天の領域のどこかということになる。
永夜は安全。
まるで機械で釘を打つ勢いで、幻海の頭上に連続して暗黒の巨岩が……
「こっちから仕掛ける他になさそうだね!!」
幻海は、風に押される花びらの如き軽やかな動きで縦横自在に位置取りを……
と。
「!!」
幻海がある場所を踏んだその時。
一瞬でその体が消える。
「暗黒地雷。上手く行きましたね」
残された永夜が、ほっと肩で息をつく。
一瞬の隙をついて、離れた地面に仕掛けた霊的トラップに、幻海を追い込むことに成功したのだ。
大黒天の暗黒、時空をも歪める混沌を噴出させて幻海を呑み込み、彼女をここではないどこかへ飛ばすことに成功したのである。
行先は、永夜本人すら正確には認知できない「どこか」。
「照射霊丸!!」
幻海の声が聞こえたと、永夜が認識した時には既に遅く。
空間の無数の箇所から一斉に永夜のいる一点に照射された霊丸が、ぶつかり合い、大爆発を起こす。
まるで原爆でも爆発したかのような熱と光の去ったあと。
そこには、既に「何もない」。