螺旋より外れて
その「塔」に辿り着くまで、さほど時間はかからない。
砂漠の中にある、奇妙に尖った岩山のような塔である。
魔界によく見受けられる岩山のようにも見えるが、窓が等間隔で開いており、それが人工の建造物だと識別できる。
軀は、妙に鮮やかな青紫色の空を見上げながら、その塔の入口らしき場所に立つ。
「この塔に、お前の主の寝床に続く鍵が隠されていると? 七面倒くさいことを」
軀が溜息をつくと、遠音がくすくす笑う。
「仕方ないでしょう? そういう決まりなの。もう何千年も前……もっとかしら? そのくらい前からね」
くすくすくす。
軀の軽い困惑が楽しくて仕方ないというように、遠音は笑う。
浴びせられている軀は、形の良い華奢な顎を撫でながら思案する。
「……鍵といっても、金属の棒状のものとは限らないとか、そういうことか? 内部に生き物の気配はするが、場合によってはその生き物のどの個体かが……と?」
遠音はまだ笑いながら、首を横に振る。
「ヒントはあげるわ、可愛い子。鍵は、生き物ではないの、何らかの『もの』よ。教えられるのはこのくらいかしら? あ、そうそう、それと、あんまり大きくはないわ。簡単に持ち運べるくらい」
以外にも気前よくヒントをくれた遠音を軀は奇妙な目で見返し、再度考え込む。
一瞬建物の尖った入口を睨み、そのまま複雑な彫刻が刻まれた扉に手をかける。
「行くの? 度胸がいいのね、ふふふ」
遠音の言葉を背に、軀は内部に足を踏み入れる。
そこは、魔界でもあまり見た記憶がないような、奇妙な内装の空間である。
四角錘状に突起した色とりどりのタイルらしきものが貼られた壁面は、何を描いているのか判然としない、不思議な絵画を構成している。
天井は尖り屋根状に中心につれて髙くなる。
その四方の壁からせり上がる天上の傾斜にも、何やら絵画。
恐らく、何かの生き物なのだろうが、軀にも見た記憶のないような不可思議な生き物である。
ふと、軀は立ち止まる。
耳を澄ませているかのように息をひそめ、何かを窺う様子。
「……何をしているのか、訊いてもいいかしら?」
ふわふわ浮いた遠音がそっと囁く。
「……探っていたのさ。『鍵』とやらをな。何か特別な物品であるなら、俺の感知能力に引っ掛かるはずだ」
軀の言葉に、遠音は、あら、と微笑む。
「それで? 何か感知できて?」
「できない。引っ掛かるものはない」
「あらあら」
遠音はますますくすくす笑う。
「では、どうするおつもり?」
「当初の予定と、そんなには変わらんさ」
けろりと、軀は伸びをする。
「予定通りだ」
「どういうこと?」
ますます面白そうに尋ねる軀は振り返る。
妙に晴れやかな笑顔。
「まあ、見ていろ。そして、文句は言うな。文句を言えば、殺す」
「あらあらあら」
流石に呆れたように手を広げる遠音に構わず、軀は部屋の反対側にまで歩く。
扉。
開く。
円形の廊下が、ゆうゆうと伸びている。
目の前には、大木の幹みたいな螺旋階段。
それを中心に取り巻くように、円形の回廊が巡らされ、向こうには別の部屋の扉。
人影が、ある。
隣の部屋から出てきた、背の高い――いささか高すぎる影。
頭にあたる部分が、まるでひし形の盾のような大きなガラス質の板になっており――
軀が、拳を突き出す。
空間を歪ませる極彩色の奔流が、手近な「それ」をぶち砕く。
それは「空間破砕流」である。
巻き込んだ空間を破壊し、一瞬のうちに作り替える暴悪な力。
血すらも残さず、「それ」は消える。
ただ名残のように、空間が水面じみた揺らめき方をするだけ。
「え!? ちょっと……」
流石に遠音が目を白黒させている。
仲間が破壊された背後から、「それ」の同類が一気に押し寄せて来るのだ。
「鍵は、こいつらが持っているのだろう? 俺の感知に引っ掛からなかったということは!!」
軀は、膨大な空間破砕流で回廊を薙ぎ払う。
「こいつらが体内に隠し持っている!!!」
遠音が言葉もない間に。
空間破砕流の第三波が回廊を荒れ狂い始める。
◇ ◆ ◇
「さあて。ここが最後の部屋だな」
軀が、塔の頂上、一際幅広く、ドーム状になった部屋の扉を開ける。
まるでプラネタリウムのように天井を星の装飾で飾った、黒に近い藍色の部屋。
「もう……大量殺人鬼よね、あなたって」
もはや呆れて言葉もない様子の遠音が、背後に浮いている。
軀は、ここに登ってくるまでに、出くわした人影を全部葬っていたのだ。
もはや何百体消し去ったのか、数えてもいられないほど。
「言っただろ? オレの感知能力に引っ掛からないなら、体の中に鍵を隠しているんだって。いちいち吐き出させる訳にもいくめえ」
軀はそんな風に嘯きながら、そのドーム状の広間の中央に進み出る。
遠音も続く。
見回しても、誰も……
いや。
「なるほど、コイツか」
軀の目は、周囲の壁の紋様に向かっている。
いや。
紋様ではない。
壁に沿って、ぐるりと蛇が取り巻いている装飾に見えた藍色の円柱状のもの。
それが、動き出す。
装飾ではない。
それは、確かに巨大な蛇だ。
蛇と言っても細かい肢が百足のように生え、胴体の周囲を土星の輪のような輝く円盤が取り巻いているが。
鎌首をもたげた蛇から、連続して光の円盤が降り注ぎ……
「以前の俺なら苦戦したかもな。ペットにできないのが残念だ」
軀は円盤を避けて跳躍すると、蛇の頭の真ん前で、空間破砕流を放つ。
沈黙。
「ふう、ようやく見つけたわねえ」
ころりと転げた金色の立方体を、遠音が拾い上げる。
あの巨体は跡形もなく、消えた後に「鍵」は残されたのだ。
「で? こいつを持って、どこに行けばいい?」
遠音から放られた「鍵」を空中で受け止めた軀は、小さな窓から外を眺める。
「案内してあげるわ。ちょっと歩くわよ?」
面白そうな遠音に、軀は、誰かの声が二重に響いている気がして、奇妙な表情を見せたのだった。
砂漠の中にある、奇妙に尖った岩山のような塔である。
魔界によく見受けられる岩山のようにも見えるが、窓が等間隔で開いており、それが人工の建造物だと識別できる。
軀は、妙に鮮やかな青紫色の空を見上げながら、その塔の入口らしき場所に立つ。
「この塔に、お前の主の寝床に続く鍵が隠されていると? 七面倒くさいことを」
軀が溜息をつくと、遠音がくすくす笑う。
「仕方ないでしょう? そういう決まりなの。もう何千年も前……もっとかしら? そのくらい前からね」
くすくすくす。
軀の軽い困惑が楽しくて仕方ないというように、遠音は笑う。
浴びせられている軀は、形の良い華奢な顎を撫でながら思案する。
「……鍵といっても、金属の棒状のものとは限らないとか、そういうことか? 内部に生き物の気配はするが、場合によってはその生き物のどの個体かが……と?」
遠音はまだ笑いながら、首を横に振る。
「ヒントはあげるわ、可愛い子。鍵は、生き物ではないの、何らかの『もの』よ。教えられるのはこのくらいかしら? あ、そうそう、それと、あんまり大きくはないわ。簡単に持ち運べるくらい」
以外にも気前よくヒントをくれた遠音を軀は奇妙な目で見返し、再度考え込む。
一瞬建物の尖った入口を睨み、そのまま複雑な彫刻が刻まれた扉に手をかける。
「行くの? 度胸がいいのね、ふふふ」
遠音の言葉を背に、軀は内部に足を踏み入れる。
そこは、魔界でもあまり見た記憶がないような、奇妙な内装の空間である。
四角錘状に突起した色とりどりのタイルらしきものが貼られた壁面は、何を描いているのか判然としない、不思議な絵画を構成している。
天井は尖り屋根状に中心につれて髙くなる。
その四方の壁からせり上がる天上の傾斜にも、何やら絵画。
恐らく、何かの生き物なのだろうが、軀にも見た記憶のないような不可思議な生き物である。
ふと、軀は立ち止まる。
耳を澄ませているかのように息をひそめ、何かを窺う様子。
「……何をしているのか、訊いてもいいかしら?」
ふわふわ浮いた遠音がそっと囁く。
「……探っていたのさ。『鍵』とやらをな。何か特別な物品であるなら、俺の感知能力に引っ掛かるはずだ」
軀の言葉に、遠音は、あら、と微笑む。
「それで? 何か感知できて?」
「できない。引っ掛かるものはない」
「あらあら」
遠音はますますくすくす笑う。
「では、どうするおつもり?」
「当初の予定と、そんなには変わらんさ」
けろりと、軀は伸びをする。
「予定通りだ」
「どういうこと?」
ますます面白そうに尋ねる軀は振り返る。
妙に晴れやかな笑顔。
「まあ、見ていろ。そして、文句は言うな。文句を言えば、殺す」
「あらあらあら」
流石に呆れたように手を広げる遠音に構わず、軀は部屋の反対側にまで歩く。
扉。
開く。
円形の廊下が、ゆうゆうと伸びている。
目の前には、大木の幹みたいな螺旋階段。
それを中心に取り巻くように、円形の回廊が巡らされ、向こうには別の部屋の扉。
人影が、ある。
隣の部屋から出てきた、背の高い――いささか高すぎる影。
頭にあたる部分が、まるでひし形の盾のような大きなガラス質の板になっており――
軀が、拳を突き出す。
空間を歪ませる極彩色の奔流が、手近な「それ」をぶち砕く。
それは「空間破砕流」である。
巻き込んだ空間を破壊し、一瞬のうちに作り替える暴悪な力。
血すらも残さず、「それ」は消える。
ただ名残のように、空間が水面じみた揺らめき方をするだけ。
「え!? ちょっと……」
流石に遠音が目を白黒させている。
仲間が破壊された背後から、「それ」の同類が一気に押し寄せて来るのだ。
「鍵は、こいつらが持っているのだろう? 俺の感知に引っ掛からなかったということは!!」
軀は、膨大な空間破砕流で回廊を薙ぎ払う。
「こいつらが体内に隠し持っている!!!」
遠音が言葉もない間に。
空間破砕流の第三波が回廊を荒れ狂い始める。
◇ ◆ ◇
「さあて。ここが最後の部屋だな」
軀が、塔の頂上、一際幅広く、ドーム状になった部屋の扉を開ける。
まるでプラネタリウムのように天井を星の装飾で飾った、黒に近い藍色の部屋。
「もう……大量殺人鬼よね、あなたって」
もはや呆れて言葉もない様子の遠音が、背後に浮いている。
軀は、ここに登ってくるまでに、出くわした人影を全部葬っていたのだ。
もはや何百体消し去ったのか、数えてもいられないほど。
「言っただろ? オレの感知能力に引っ掛からないなら、体の中に鍵を隠しているんだって。いちいち吐き出させる訳にもいくめえ」
軀はそんな風に嘯きながら、そのドーム状の広間の中央に進み出る。
遠音も続く。
見回しても、誰も……
いや。
「なるほど、コイツか」
軀の目は、周囲の壁の紋様に向かっている。
いや。
紋様ではない。
壁に沿って、ぐるりと蛇が取り巻いている装飾に見えた藍色の円柱状のもの。
それが、動き出す。
装飾ではない。
それは、確かに巨大な蛇だ。
蛇と言っても細かい肢が百足のように生え、胴体の周囲を土星の輪のような輝く円盤が取り巻いているが。
鎌首をもたげた蛇から、連続して光の円盤が降り注ぎ……
「以前の俺なら苦戦したかもな。ペットにできないのが残念だ」
軀は円盤を避けて跳躍すると、蛇の頭の真ん前で、空間破砕流を放つ。
沈黙。
「ふう、ようやく見つけたわねえ」
ころりと転げた金色の立方体を、遠音が拾い上げる。
あの巨体は跡形もなく、消えた後に「鍵」は残されたのだ。
「で? こいつを持って、どこに行けばいい?」
遠音から放られた「鍵」を空中で受け止めた軀は、小さな窓から外を眺める。
「案内してあげるわ。ちょっと歩くわよ?」
面白そうな遠音に、軀は、誰かの声が二重に響いている気がして、奇妙な表情を見せたのだった。