螺旋より外れて
「どうぞ」
聖果の従僕だという、若い男の姿をした存在――中身は、霊魔人間のいずれにも属さない遠い世界の住人らしい――が、その屋敷の居間で、雷禅と食脱医師に給仕してくれる。
広い、感じのいい調度の設えられた居間には、大きな座卓が置かれ、向かい合った雷禅と食脱医師の前に、料理が運ばれてくる。
タケノコとアサリの炊き込みご飯。
ジャガイモとニラと油揚げの味噌汁。
そしてメインは、鶏肉のつくねハンバーグだ。
副菜として、菜の花と玉子炒めの甘酢あんかけ。
「……これが、人間界の食事か。へえ……」
雷禅にとっては、正直全てが珍しい。
魔界にだって食人鬼だけがいる訳でもないので、似たような料理なら存在しているのだが、雷禅はあまり間近で見たことはない。
一番珍しく嬉しいのは、聖果と同じ食卓を囲めることであるが。
「我の……まあ、一種の弟子のような者が作ってくれたのじゃが、そやつは、長年、料理を修行の一環として活用している男での。まあ、下手なプロの料理人に負けない腕前じゃ。そなたが美味しく食べてくれたら、そやつの修行も進もう」
「そうか? なら遠慮なく」
食脱医師の勧めに従い、不器用ながらも箸を使って、雷禅はまず、つくねバーグを一口。
……美味い。
雷禅は、声もなく、一口、また一口と口の中に放り込む。
人間の肉以外なんておかしな匂いのする食べられない肉でしかなかったのに、丁寧に巧みに調理されたそれは、天国かと思うような美味をもたらす。
ほくほくして香ばしい鶏肉の旨味、混ぜられた野菜の甘味が旨味を引き立て、絶妙な醤油ダレが全てをまとめ上げ、一段上の味わいへと運んでいく。
これが……人間界のメシか!!
うめえ!!!!!
叫びたい雷禅だったが、叫ぶ時間があるなら食べたい。
大きめのが三つあったつくねバーグが、あっさりなくなる。
「おかわりにしようか? その間に、他のも食べておれ」
聖果が手を叩いて、従僕だという男を呼んでつくねバーグのお代わりを頼んでいる。
その間に雷禅は、タケノコとアサリの炊き込みご飯を口に運ぶ。
……人間って、なんでこんな白いブツブツ食うのかなって思ってたが、スマン。
うめえわ。
特に、なんか一緒に炊いたメシってやつ。
このクネクネした磯っぽい匂いのやけにうめえの、何だっけ?
「アサリが気に入ったかの? それもおかわりがあるはずじゃから、たんと食うが良いぞ?」
食脱医師が、どこかほっとしているように見える。
雷禅の、特に大ぶりな飯盛茶碗が空になるまで、すぐだ。
「このコリコリしたの……」
「ん? タケノコか?」
「いい匂いがしてうめえな。あの貝と一緒に炊こうって考えた奴、天才だぜ」
「ま、食事が人間の最大の楽しみだった時代が長かったからの。色々工夫はされておる訳じゃ。気に入ってくれて良かったわ。そなた、意外と、人間しか食べられなかった妖怪とは思えぬほど、好みの幅が広いの」
食脱医師は、雷禅が滑らかに「通常の食事」に移行できたことを確認し、内心で胸を撫でおろす。
食人性消化酵素形成不全症候群の治療自体はできても、それ以降の食事の好みの問題までどうこうはできない。
ある意味運次第なところもあったが、雷禅の場合、そこまで細かい心配は無用だったようである。
「芋のな……匂いとか、前から好きなんだよな、俺」
雷禅が、味噌汁を口に運ぶ。
少々音がうるさいのはご愛敬。
「そうなのか? 意外じゃの」
「ほくほくして、いかにも美味そうなんだよな、芋。でも、食うと食えねえんだよ。今、体質治ってから食うと、マジうめえな芋。他の料理でも食いたいわ」
食脱医師は、さも美味そうに味噌汁をすする雷禅が、流石に微笑ましくなってくる。
「ああ、あれは料理のバリエーションというやつが豊富なのが自慢じゃから、頼めばいくらでも作ってくれると思うぞ。我からも頼んでおこう」
言っている先から、副菜の菜の花と玉子の甘酢あんかけはを、雷禅はほぼ一口で喉に流し込む。
野菜も問題なく摂取できるようだと確認し、聖果はますますほっとする。
「……野菜も、上手いもんだな。青虫じゃあるまいし、人間ってなんで、葉っぱ食うんだろうって思ってたんだよな」
雷禅が不思議そうに言うと、聖果は苦笑する。
「青物は、火を通すと甘いぞ。肉をますます美味く感じるためには、青物も食べると良いぞ。今後は、そなたの体にも良いはずじゃからの」
聖果の言葉が終るか終わらないかのうちに、つくねバーグと炊き込みご飯のお代わりが運ばれてくる。
雷禅はうきうきと箸をつける。
幼児のような箸の使い方だが、聖果は、まず食事を楽しませるという理念に基づき、特にとがめだてをしない。
結局、雷禅が食事を終えたのは、デザートのいちごヨーグルトを含め、厨房の鍋がほぼ空になったろうと、予想が付いてからであった。
「なあ。聖果よぉ」
まるで長年の夫婦みたいに、ほうじ茶をすすりながら、雷禅が聖果に問いかける。
「どうした」
「途中から気付いたんだけど。あのさ、食事の皿に付いてた匂い、な」
聖果はふっとため息をつく。
この男は覚えていた。
だが、あえて平静を装う。
「匂いがどうした?」
「……あいつの匂いなんだ。これ作ったの、永夜(ながや)だろ?」
聖果の返事も待たず、雷禅は立ち上がる。
「台所にいるんだろ? 行ってみる。会いてえし」
聖果の従僕だという、若い男の姿をした存在――中身は、霊魔人間のいずれにも属さない遠い世界の住人らしい――が、その屋敷の居間で、雷禅と食脱医師に給仕してくれる。
広い、感じのいい調度の設えられた居間には、大きな座卓が置かれ、向かい合った雷禅と食脱医師の前に、料理が運ばれてくる。
タケノコとアサリの炊き込みご飯。
ジャガイモとニラと油揚げの味噌汁。
そしてメインは、鶏肉のつくねハンバーグだ。
副菜として、菜の花と玉子炒めの甘酢あんかけ。
「……これが、人間界の食事か。へえ……」
雷禅にとっては、正直全てが珍しい。
魔界にだって食人鬼だけがいる訳でもないので、似たような料理なら存在しているのだが、雷禅はあまり間近で見たことはない。
一番珍しく嬉しいのは、聖果と同じ食卓を囲めることであるが。
「我の……まあ、一種の弟子のような者が作ってくれたのじゃが、そやつは、長年、料理を修行の一環として活用している男での。まあ、下手なプロの料理人に負けない腕前じゃ。そなたが美味しく食べてくれたら、そやつの修行も進もう」
「そうか? なら遠慮なく」
食脱医師の勧めに従い、不器用ながらも箸を使って、雷禅はまず、つくねバーグを一口。
……美味い。
雷禅は、声もなく、一口、また一口と口の中に放り込む。
人間の肉以外なんておかしな匂いのする食べられない肉でしかなかったのに、丁寧に巧みに調理されたそれは、天国かと思うような美味をもたらす。
ほくほくして香ばしい鶏肉の旨味、混ぜられた野菜の甘味が旨味を引き立て、絶妙な醤油ダレが全てをまとめ上げ、一段上の味わいへと運んでいく。
これが……人間界のメシか!!
うめえ!!!!!
叫びたい雷禅だったが、叫ぶ時間があるなら食べたい。
大きめのが三つあったつくねバーグが、あっさりなくなる。
「おかわりにしようか? その間に、他のも食べておれ」
聖果が手を叩いて、従僕だという男を呼んでつくねバーグのお代わりを頼んでいる。
その間に雷禅は、タケノコとアサリの炊き込みご飯を口に運ぶ。
……人間って、なんでこんな白いブツブツ食うのかなって思ってたが、スマン。
うめえわ。
特に、なんか一緒に炊いたメシってやつ。
このクネクネした磯っぽい匂いのやけにうめえの、何だっけ?
「アサリが気に入ったかの? それもおかわりがあるはずじゃから、たんと食うが良いぞ?」
食脱医師が、どこかほっとしているように見える。
雷禅の、特に大ぶりな飯盛茶碗が空になるまで、すぐだ。
「このコリコリしたの……」
「ん? タケノコか?」
「いい匂いがしてうめえな。あの貝と一緒に炊こうって考えた奴、天才だぜ」
「ま、食事が人間の最大の楽しみだった時代が長かったからの。色々工夫はされておる訳じゃ。気に入ってくれて良かったわ。そなた、意外と、人間しか食べられなかった妖怪とは思えぬほど、好みの幅が広いの」
食脱医師は、雷禅が滑らかに「通常の食事」に移行できたことを確認し、内心で胸を撫でおろす。
食人性消化酵素形成不全症候群の治療自体はできても、それ以降の食事の好みの問題までどうこうはできない。
ある意味運次第なところもあったが、雷禅の場合、そこまで細かい心配は無用だったようである。
「芋のな……匂いとか、前から好きなんだよな、俺」
雷禅が、味噌汁を口に運ぶ。
少々音がうるさいのはご愛敬。
「そうなのか? 意外じゃの」
「ほくほくして、いかにも美味そうなんだよな、芋。でも、食うと食えねえんだよ。今、体質治ってから食うと、マジうめえな芋。他の料理でも食いたいわ」
食脱医師は、さも美味そうに味噌汁をすする雷禅が、流石に微笑ましくなってくる。
「ああ、あれは料理のバリエーションというやつが豊富なのが自慢じゃから、頼めばいくらでも作ってくれると思うぞ。我からも頼んでおこう」
言っている先から、副菜の菜の花と玉子の甘酢あんかけはを、雷禅はほぼ一口で喉に流し込む。
野菜も問題なく摂取できるようだと確認し、聖果はますますほっとする。
「……野菜も、上手いもんだな。青虫じゃあるまいし、人間ってなんで、葉っぱ食うんだろうって思ってたんだよな」
雷禅が不思議そうに言うと、聖果は苦笑する。
「青物は、火を通すと甘いぞ。肉をますます美味く感じるためには、青物も食べると良いぞ。今後は、そなたの体にも良いはずじゃからの」
聖果の言葉が終るか終わらないかのうちに、つくねバーグと炊き込みご飯のお代わりが運ばれてくる。
雷禅はうきうきと箸をつける。
幼児のような箸の使い方だが、聖果は、まず食事を楽しませるという理念に基づき、特にとがめだてをしない。
結局、雷禅が食事を終えたのは、デザートのいちごヨーグルトを含め、厨房の鍋がほぼ空になったろうと、予想が付いてからであった。
「なあ。聖果よぉ」
まるで長年の夫婦みたいに、ほうじ茶をすすりながら、雷禅が聖果に問いかける。
「どうした」
「途中から気付いたんだけど。あのさ、食事の皿に付いてた匂い、な」
聖果はふっとため息をつく。
この男は覚えていた。
だが、あえて平静を装う。
「匂いがどうした?」
「……あいつの匂いなんだ。これ作ったの、永夜(ながや)だろ?」
聖果の返事も待たず、雷禅は立ち上がる。
「台所にいるんだろ? 行ってみる。会いてえし」