螺旋より外れて
断崖絶壁を流れ落ちる滝に沿って落下する幽助は、あれよという間に滝そのものに呑み込まれる。
豪雨のように水しぶきが舞い散る空間を落下して、真っ白に泡立つ水の中へ。
水音は滝の轟音に呑まれて聞こえない。
「幽助ーーー!!」
さしもの永夜が青ざめる。
彼自身は修行の成果である空間縦横術を使用して宙に浮いてはいるが、幽助にはまだ教えていない。
従って、幽助は真っ逆さまに滝に呑まれて、沈黙。
「幽助!!」
「ああ、いきなりきつかったかな?」
ふいっと、永夜のすぐ横に、天御中主神が現れる。
「でも、君の弟くんは、こんなことでどうにかなる子じゃないだろう? ほら」
天御中主が指さしたのは、轟轟たる滝。
その中に、ぽつんと点のように黒い、俊敏に動く影がある。
幽助だ。
その姿を確認し、永夜は安堵の息を洩らす。
全身ずぶぬれではあるが、幽助は呑まれた滝壺を脱出し、足の力だけで、滝の脇の断崖を駆けあがり、崖の突端に姿を見せる。
「ちっくしょお!!」
幽助は、空中に兄と並ぶようにして浮かんでいる、宿神になる可能性のある童子神に向かって歯を剥く。
「おい、ガキ!! 降りて来やがれー!! 鬼ごっこになんねえだろ!!」
天御中主はきゃらきゃらと軽い声で笑い始める。
「降りてこい、って言われて降りる訳が……わっ!!」
悲鳴が上がったのも道理。
天御中主が笑い始めたのと同時に、幽助が脅威のジャンプ力で飛びついたのだ。
間一髪、より空中の高所に移動して事なきを得たが。
「ん、油断も隙もないねえ。面白い。でも、僕がここにいると単調になるなあ」
心配そうに永夜が見守る中、天御中主は地上に降りる。
瞬時に幽助が飛びつき……
ざぼんっ!!
鈍く重く、湿った音が上がる。
幽助は、天御中主にタックルを敢行した瞬間、別の場所に転移させられている。
泥、である。
ぬるぬるした、粒子の細かい泥が詰まった窪みに、幽助は突っ込んでいる。
「ぶほぁっ!! なんだこりゃあ!!」
どうにか顔を上げたものの、その瞬間に、幽助の体は、沼の泥にずるずると引きずり込まれる。
いわゆる、底なし沼だ。
まるで誰かが足を引っ張っているように、幽助の体は一定の速度で沼底に沈められていく。
「ぶほっ!! ぐはぁっ!! ちっくしょおおおおぉぉ!!」
幽助は流石に青ざめる。
現代日本に生きてきた子供として、幽助は底なし沼になぞはまったことはない。
そんな危険な場所は、彼の育った場所では埋められているか、立ち入り禁止になっているか。
しかし。
鼻の孔、耳、口に、粘液のような滑らかさの、粒子の細かい粘土の髙い泥が侵入する。
幽助はぞっと総毛立つ。
これが話にだけは聞いていた「底なし沼」というものか。
想像していたのの万倍悪質だ。
あがけばあがくほど、どんどん足が取られて沼底に引き込まれていく。
「幽助!!」
いつの間にか頭上の空中に飛来してきていた永夜が息を呑む。
手を貸さなければと彼が思ったであろう矢先。
大音声。
まるで沼に爆弾でも仕掛けられていたかのように、底なし沼全体が爆発する。
「くっそおおおおおぉぉ!!」
それは、妖気の爆発。
幽助が爆発に巻き込まれたカエルよろしく、空中に投げ出される。
泥まみれにはなっているが、幽助は脱出成功。
沼の縁の、大木の枝をひっつかんで、曲がりくねった枝に乗る。
「ちっくしょお!! ひでえ目に遭った!! 殺す気かよあのガキ!!」
幽助はしきりに顔の泥を拭う。
鼻の奥に重苦しい泥の匂いが充満し、不快この上ない。
永夜が空中を滑って、天人のように近付いてくる。
「幽助。落ち着いて対処しないと駄目だ。人間の子供同士の鬼ごっことは違うよ?」
永夜がすいっと手を弟の体にかざすと、一瞬にして風呂に入って着替えたかのように、幽助の全身の泥が拭われている。
来た時と同じように、綺麗な道着姿。
「へえ、もう脱出したんだね。流石に対処に機敏だ。だが、それだけではね」
不意に聞き覚えのある声。
永夜の背後辺りを見るや、そこにあの天御中主の小さく愛らしい姿。
「こっ、この野郎!! 殺す気かよテメエ!!」
流石に幽助が食ってかかる。
天御中主はころころ笑う。
「迂闊な行動をすれば、命に関わる。神の鬼ごっこだ、当然だろう?」
「ちくしょう……」
幽助は目まぐるしく頭を働かせる。
さっきのように単調に飛びついても底なし沼に逆戻りか、もっと悪いことになるのは必定である。
火口にでも突っ込まれたら、流石にマズイ。
なら、どうする。
この子供の姿の神を捕まえるには。
「幽助。西の森で待っているよ。そこで、私をつかまえて欲しいな。特別な試練を用意した」
いきなり、天御中主がそう宣言し、幽助はきょとんとする。
どういうことだろう?
「永夜。案内を頼む。私はそこで待っているからね」
言うなり、天御中主は、空中に溶けるように消える。
後は、枝葉の間に瑠璃色の空が広がっているばかり。
幽助が、怪訝な顔もそのままに、兄に視線を向ける。
「西の森って?」
「文字通り、この台地の西に広がる森林地帯だよ。場所に案内するのは簡単だけど、そこに何があるのかは、私にも想像つかないな。森自体はただの温暖な地方特有の植生の森なんだがね」
永夜が首をひねり、撃を呼び出す。
「森の中で鬼ごっこも大変そうだけど……そんな単純じゃねーだろうな」
幽助はその視線の先に森が見えるかのように、太陽の方角から推測した西の方向に視線をやる。
蔵馬の試練を思い起こすが、半分しか魔族ではない自分には、同族といっても、神使になっている同族などどのくらいいるのか?
闘神種族の者が、天御中主の神使になっているなどという話は聞かない。
そういう話ではないように思える。
「さ、とにかく行くよ。お待たせするのも失礼だ」
永夜が、巨大化した撃を寄せて来る。
幽助がひょいと飛び乗ると、撃は夜の虹色の翼を広げた。
豪雨のように水しぶきが舞い散る空間を落下して、真っ白に泡立つ水の中へ。
水音は滝の轟音に呑まれて聞こえない。
「幽助ーーー!!」
さしもの永夜が青ざめる。
彼自身は修行の成果である空間縦横術を使用して宙に浮いてはいるが、幽助にはまだ教えていない。
従って、幽助は真っ逆さまに滝に呑まれて、沈黙。
「幽助!!」
「ああ、いきなりきつかったかな?」
ふいっと、永夜のすぐ横に、天御中主神が現れる。
「でも、君の弟くんは、こんなことでどうにかなる子じゃないだろう? ほら」
天御中主が指さしたのは、轟轟たる滝。
その中に、ぽつんと点のように黒い、俊敏に動く影がある。
幽助だ。
その姿を確認し、永夜は安堵の息を洩らす。
全身ずぶぬれではあるが、幽助は呑まれた滝壺を脱出し、足の力だけで、滝の脇の断崖を駆けあがり、崖の突端に姿を見せる。
「ちっくしょお!!」
幽助は、空中に兄と並ぶようにして浮かんでいる、宿神になる可能性のある童子神に向かって歯を剥く。
「おい、ガキ!! 降りて来やがれー!! 鬼ごっこになんねえだろ!!」
天御中主はきゃらきゃらと軽い声で笑い始める。
「降りてこい、って言われて降りる訳が……わっ!!」
悲鳴が上がったのも道理。
天御中主が笑い始めたのと同時に、幽助が脅威のジャンプ力で飛びついたのだ。
間一髪、より空中の高所に移動して事なきを得たが。
「ん、油断も隙もないねえ。面白い。でも、僕がここにいると単調になるなあ」
心配そうに永夜が見守る中、天御中主は地上に降りる。
瞬時に幽助が飛びつき……
ざぼんっ!!
鈍く重く、湿った音が上がる。
幽助は、天御中主にタックルを敢行した瞬間、別の場所に転移させられている。
泥、である。
ぬるぬるした、粒子の細かい泥が詰まった窪みに、幽助は突っ込んでいる。
「ぶほぁっ!! なんだこりゃあ!!」
どうにか顔を上げたものの、その瞬間に、幽助の体は、沼の泥にずるずると引きずり込まれる。
いわゆる、底なし沼だ。
まるで誰かが足を引っ張っているように、幽助の体は一定の速度で沼底に沈められていく。
「ぶほっ!! ぐはぁっ!! ちっくしょおおおおぉぉ!!」
幽助は流石に青ざめる。
現代日本に生きてきた子供として、幽助は底なし沼になぞはまったことはない。
そんな危険な場所は、彼の育った場所では埋められているか、立ち入り禁止になっているか。
しかし。
鼻の孔、耳、口に、粘液のような滑らかさの、粒子の細かい粘土の髙い泥が侵入する。
幽助はぞっと総毛立つ。
これが話にだけは聞いていた「底なし沼」というものか。
想像していたのの万倍悪質だ。
あがけばあがくほど、どんどん足が取られて沼底に引き込まれていく。
「幽助!!」
いつの間にか頭上の空中に飛来してきていた永夜が息を呑む。
手を貸さなければと彼が思ったであろう矢先。
大音声。
まるで沼に爆弾でも仕掛けられていたかのように、底なし沼全体が爆発する。
「くっそおおおおおぉぉ!!」
それは、妖気の爆発。
幽助が爆発に巻き込まれたカエルよろしく、空中に投げ出される。
泥まみれにはなっているが、幽助は脱出成功。
沼の縁の、大木の枝をひっつかんで、曲がりくねった枝に乗る。
「ちっくしょお!! ひでえ目に遭った!! 殺す気かよあのガキ!!」
幽助はしきりに顔の泥を拭う。
鼻の奥に重苦しい泥の匂いが充満し、不快この上ない。
永夜が空中を滑って、天人のように近付いてくる。
「幽助。落ち着いて対処しないと駄目だ。人間の子供同士の鬼ごっことは違うよ?」
永夜がすいっと手を弟の体にかざすと、一瞬にして風呂に入って着替えたかのように、幽助の全身の泥が拭われている。
来た時と同じように、綺麗な道着姿。
「へえ、もう脱出したんだね。流石に対処に機敏だ。だが、それだけではね」
不意に聞き覚えのある声。
永夜の背後辺りを見るや、そこにあの天御中主の小さく愛らしい姿。
「こっ、この野郎!! 殺す気かよテメエ!!」
流石に幽助が食ってかかる。
天御中主はころころ笑う。
「迂闊な行動をすれば、命に関わる。神の鬼ごっこだ、当然だろう?」
「ちくしょう……」
幽助は目まぐるしく頭を働かせる。
さっきのように単調に飛びついても底なし沼に逆戻りか、もっと悪いことになるのは必定である。
火口にでも突っ込まれたら、流石にマズイ。
なら、どうする。
この子供の姿の神を捕まえるには。
「幽助。西の森で待っているよ。そこで、私をつかまえて欲しいな。特別な試練を用意した」
いきなり、天御中主がそう宣言し、幽助はきょとんとする。
どういうことだろう?
「永夜。案内を頼む。私はそこで待っているからね」
言うなり、天御中主は、空中に溶けるように消える。
後は、枝葉の間に瑠璃色の空が広がっているばかり。
幽助が、怪訝な顔もそのままに、兄に視線を向ける。
「西の森って?」
「文字通り、この台地の西に広がる森林地帯だよ。場所に案内するのは簡単だけど、そこに何があるのかは、私にも想像つかないな。森自体はただの温暖な地方特有の植生の森なんだがね」
永夜が首をひねり、撃を呼び出す。
「森の中で鬼ごっこも大変そうだけど……そんな単純じゃねーだろうな」
幽助はその視線の先に森が見えるかのように、太陽の方角から推測した西の方向に視線をやる。
蔵馬の試練を思い起こすが、半分しか魔族ではない自分には、同族といっても、神使になっている同族などどのくらいいるのか?
闘神種族の者が、天御中主の神使になっているなどという話は聞かない。
そういう話ではないように思える。
「さ、とにかく行くよ。お待たせするのも失礼だ」
永夜が、巨大化した撃を寄せて来る。
幽助がひょいと飛び乗ると、撃は夜の虹色の翼を広げた。