螺旋より外れて
「なあ、兄貴」
幽助は無数に重なる雲を、永夜の操る撃の背中の上から見下ろしながら問いかける。
「天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)って奴は、どんな奴なんだ?」
永夜は、弟の疑問に、軽く首をかしげて見せる。
茫洋とした視線の先に、真珠色に光る雲間。
「そうだね……端的に言うなら、『宇宙そのもの』かな。あらゆる事象、あらゆる神々に先だって、この世に存在しはじめた、根源の神だ。この宇宙で自在にならないものはない、くらいの大神だよ」
「ええ……」
幽助は苦い顔で考え込む。
「……それって、普通に戦っても勝てないってことなんじゃねーか?」
永夜は思わず苦笑。
「勝てる訳がないだろう? それに、これはどっちが強いかを決めるといったことではなくて、君が天御中主神の分霊を授けられるに相応しいかを測る試練だ。君自身を見られる、というか、天御中主神とどのくらい相性がいいかを見られるんだ」
幽助は首をかしげ、考えを整理する様子だ。
「ん-、でもよー。そのミナカヌシとかいうのが俺を指名した時点で、俺と合いそうだって思ったってことなんじゃねえか? もったいぶってねえで、さっさと寄越せよな、分霊とかいうの」
永夜はうなずく。
「それはある程度はそうだ。だが、力を受け取った時点で変質してしまう人間というのは多い。そういう歪んだ使い方をしないかどうかも見られる。今まで、桑原さん飛影さん蔵馬さんの試練を見てきたね? 彼らのように、正直に当たるんだ。そうすればきっとわかってもらえる」
幽助はううん、と喉を鳴らすように。
「まあ、特に誤魔化すようなことじゃねーし。試練に全力で当たればいいんだろ? どのみち特に何か小細工するなんてこたねーさ」
永夜は穏やかに笑い、振り返って幽助の髪を撫でる。
「それならいいんだ。その調子だ。いつもの君で行くんだよ。……ほら、もう着くよ」
いつの間にか、眼下には雲が途切れ、緑に覆われた岩の台地が見えている。
空中に浮かぶ島のように見え、平坦な台地の上に、ふっさりと濃い緑の広がりが見える。
「あそこに……天御中主って奴が?」
幽助が流石にいささか緊張している。
「そうだよ。さあ、行くよ」
撃は思念によって繋がった永夜の指示で、空中台地の中央部に降り立つ。
わずかに髙くなっており、大きな岩の社のような建造物が見える。
その前庭に撃を着陸させ、永夜は弟と共に、宮殿の入口に立つ。
淡い金色がかった石の建造物は、差し込む日の光にきらきら輝く。
暖かい地方の草木で覆われた社は堂々として壮麗で、それでいてどこか懐かしさを覚えるような、不思議な雰囲気を醸し出している。
木製の風雅な彫刻の扉を叩くまでもなく、内部から恐らく天御中主に仕えているのであろう神人らしき存在が歩み出て、丁寧に挨拶すると、幽助と永夜を宮殿内部に招く。
とんでもなく長く歩いたようにも、ほんの数歩なようにも思える奇妙な時間を超えると、二人は大広間に出る。
奥に、石の玉座が据えられ、そこに収まっている小さな影。
「ん? なんだ、こいつが天御中主……?」
幽助がきょとんとする。
そこにいたのは、せいぜい五歳くらいの幼子である。
男の子のようだが、判然とはしない。
白地と青に、金色の刺繍の豪奢な和風の衣装を着けている。
挿頭(かざし)も挿しており、華やかな様子だ。
実際、可愛らしく美しい子供である。
時折青の横切る黒い瞳に、星のような黄金のきらめきが見える。
「いらっしゃい。待っていたよ、浦飯幽助くん。永夜くんもね」
その幼児は、穏やかに微笑む。
声は子供の声には違いないのに、妙にしっとりして落ち着いて、まるで年を経た老賢者のような趣があり、どうにも混乱させる。
宇宙を覗き込むようなあまりに深い瞳と相まって、まるで子供の姿をした別の偉大な生き物のように感じられる。
いや、実際、それ以外の何者でもないのだろうが。
「……さて。早速だが、試練だ」
その子供姿の神、天御中主神が言い渡す。
「幽助くん。君の受ける試練は」
「試練は?」
幽助はごくりと生唾を呑む。
「……鬼ごっこだ」
「……鬼ごっこか、へえ……って、おい!!」
幽助は語尾を裏返させる。
蔵馬はかくれんぼが試練であったとはいえ、今度自分は鬼ごっこ。
あまりにふざけていると言えば言える。
「範囲は、この僕の領域の台地の中ね。ま、あちこち空間は繋げるから、あんまり意味はないけれど。僕を捕まえられたら、君に僕の分霊を譲る。いいね?」
冷静にルールを説明する天御中主に、幽助は渋々うなずく。
多分人間の子供がやるような遊戯とは違うのだろうが、鬼ごっこというからには、とにかくこいつを捕まえさえすればいいのだろう。
どんな小細工を仕掛けて来るかは知らないが、その目的だけ達成されればいいのだから。
「永夜、君は弟くんについてきてもいいけど、せいぜい助言くらいにしてくれ。あと、傷を追ったら治すくらい。それ以上は禁止。いいね?」
「天御中主神の御意のままに」
永夜が丁寧に一礼する。
それを確認して満足したらしい子供の姿の神が、ニンマリする。
「さて、それじゃ」
華奢な天御中主の両手が広げられ、周囲の景色が変わる。
光。
溢れる色彩。
轟音。
「……って、うわあああああああぁぁぁぁ!!!!!」
幽助は、その瞬間、悲鳴を上げる。
いきなり、全身が空中に投げ出されていたのだ。
勢いをつけて落下する幽助の全身に、水しぶきがかかる。
回転する空、水しぶきで滲む太陽。
「幽助!!」
永夜は例の不思議な力で、空中に留まる。
彼の目には、巨大な断崖絶壁に沿った滝を、真っ逆さまに落下にていく、弟の姿が見えたのだ。
幽助は無数に重なる雲を、永夜の操る撃の背中の上から見下ろしながら問いかける。
「天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)って奴は、どんな奴なんだ?」
永夜は、弟の疑問に、軽く首をかしげて見せる。
茫洋とした視線の先に、真珠色に光る雲間。
「そうだね……端的に言うなら、『宇宙そのもの』かな。あらゆる事象、あらゆる神々に先だって、この世に存在しはじめた、根源の神だ。この宇宙で自在にならないものはない、くらいの大神だよ」
「ええ……」
幽助は苦い顔で考え込む。
「……それって、普通に戦っても勝てないってことなんじゃねーか?」
永夜は思わず苦笑。
「勝てる訳がないだろう? それに、これはどっちが強いかを決めるといったことではなくて、君が天御中主神の分霊を授けられるに相応しいかを測る試練だ。君自身を見られる、というか、天御中主神とどのくらい相性がいいかを見られるんだ」
幽助は首をかしげ、考えを整理する様子だ。
「ん-、でもよー。そのミナカヌシとかいうのが俺を指名した時点で、俺と合いそうだって思ったってことなんじゃねえか? もったいぶってねえで、さっさと寄越せよな、分霊とかいうの」
永夜はうなずく。
「それはある程度はそうだ。だが、力を受け取った時点で変質してしまう人間というのは多い。そういう歪んだ使い方をしないかどうかも見られる。今まで、桑原さん飛影さん蔵馬さんの試練を見てきたね? 彼らのように、正直に当たるんだ。そうすればきっとわかってもらえる」
幽助はううん、と喉を鳴らすように。
「まあ、特に誤魔化すようなことじゃねーし。試練に全力で当たればいいんだろ? どのみち特に何か小細工するなんてこたねーさ」
永夜は穏やかに笑い、振り返って幽助の髪を撫でる。
「それならいいんだ。その調子だ。いつもの君で行くんだよ。……ほら、もう着くよ」
いつの間にか、眼下には雲が途切れ、緑に覆われた岩の台地が見えている。
空中に浮かぶ島のように見え、平坦な台地の上に、ふっさりと濃い緑の広がりが見える。
「あそこに……天御中主って奴が?」
幽助が流石にいささか緊張している。
「そうだよ。さあ、行くよ」
撃は思念によって繋がった永夜の指示で、空中台地の中央部に降り立つ。
わずかに髙くなっており、大きな岩の社のような建造物が見える。
その前庭に撃を着陸させ、永夜は弟と共に、宮殿の入口に立つ。
淡い金色がかった石の建造物は、差し込む日の光にきらきら輝く。
暖かい地方の草木で覆われた社は堂々として壮麗で、それでいてどこか懐かしさを覚えるような、不思議な雰囲気を醸し出している。
木製の風雅な彫刻の扉を叩くまでもなく、内部から恐らく天御中主に仕えているのであろう神人らしき存在が歩み出て、丁寧に挨拶すると、幽助と永夜を宮殿内部に招く。
とんでもなく長く歩いたようにも、ほんの数歩なようにも思える奇妙な時間を超えると、二人は大広間に出る。
奥に、石の玉座が据えられ、そこに収まっている小さな影。
「ん? なんだ、こいつが天御中主……?」
幽助がきょとんとする。
そこにいたのは、せいぜい五歳くらいの幼子である。
男の子のようだが、判然とはしない。
白地と青に、金色の刺繍の豪奢な和風の衣装を着けている。
挿頭(かざし)も挿しており、華やかな様子だ。
実際、可愛らしく美しい子供である。
時折青の横切る黒い瞳に、星のような黄金のきらめきが見える。
「いらっしゃい。待っていたよ、浦飯幽助くん。永夜くんもね」
その幼児は、穏やかに微笑む。
声は子供の声には違いないのに、妙にしっとりして落ち着いて、まるで年を経た老賢者のような趣があり、どうにも混乱させる。
宇宙を覗き込むようなあまりに深い瞳と相まって、まるで子供の姿をした別の偉大な生き物のように感じられる。
いや、実際、それ以外の何者でもないのだろうが。
「……さて。早速だが、試練だ」
その子供姿の神、天御中主神が言い渡す。
「幽助くん。君の受ける試練は」
「試練は?」
幽助はごくりと生唾を呑む。
「……鬼ごっこだ」
「……鬼ごっこか、へえ……って、おい!!」
幽助は語尾を裏返させる。
蔵馬はかくれんぼが試練であったとはいえ、今度自分は鬼ごっこ。
あまりにふざけていると言えば言える。
「範囲は、この僕の領域の台地の中ね。ま、あちこち空間は繋げるから、あんまり意味はないけれど。僕を捕まえられたら、君に僕の分霊を譲る。いいね?」
冷静にルールを説明する天御中主に、幽助は渋々うなずく。
多分人間の子供がやるような遊戯とは違うのだろうが、鬼ごっこというからには、とにかくこいつを捕まえさえすればいいのだろう。
どんな小細工を仕掛けて来るかは知らないが、その目的だけ達成されればいいのだから。
「永夜、君は弟くんについてきてもいいけど、せいぜい助言くらいにしてくれ。あと、傷を追ったら治すくらい。それ以上は禁止。いいね?」
「天御中主神の御意のままに」
永夜が丁寧に一礼する。
それを確認して満足したらしい子供の姿の神が、ニンマリする。
「さて、それじゃ」
華奢な天御中主の両手が広げられ、周囲の景色が変わる。
光。
溢れる色彩。
轟音。
「……って、うわあああああああぁぁぁぁ!!!!!」
幽助は、その瞬間、悲鳴を上げる。
いきなり、全身が空中に投げ出されていたのだ。
勢いをつけて落下する幽助の全身に、水しぶきがかかる。
回転する空、水しぶきで滲む太陽。
「幽助!!」
永夜は例の不思議な力で、空中に留まる。
彼の目には、巨大な断崖絶壁に沿った滝を、真っ逆さまに落下にていく、弟の姿が見えたのだ。