螺旋より外れて
「蔵馬すげーーーー!! むっちゃ見破ってんじゃねーか!!」
つる草のいましめから解放された幽助が、妖狐のままの蔵馬に駆け寄る。
「ああ、幽助。謎解き自体は難しくなかったさ」
蔵馬は笑おうとして背中の傷の痛みに顔を歪める。
「……ただ、戦術における選択はいささか間違えたかもしれんがな。神使になった同族がここまで強力だとは、思いもしなかった」
ひょいと広げた絹の地図を、蔵馬は幽助にも見えるように角度をつける。
「これは……ざっと見たところ、街中の……ようだな」
「うん? どれどれ……ああ、そんな感じだけど、どっかの家かこれ? 周りに描いてあるのは池かなんかか」
幽助が覗き込む。
つる草のいましめを同じく解かれた永夜がすいっと近付いてくる。
「宇迦之御魂神の別荘と指定されている社は、幾つもあります。そのうちの一つでしょうね。この場所は覚えがありますよ」
永夜が手をかざすと、蔵馬の大出血していた背中の傷が塞がる。
「どうします? このまま向かいますか」
永夜が問うと、蔵馬は振り返ってにやりとする。
「いや。……そこの君。一緒に来てくれないか? 案内してくれ」
蔵馬が視線を向けたのは、さっきの緑の布袋を保持していた、「正解」だった黒銀の妖狐の青年である。
「え?」
幽助は目をぱちくりする。
「いや、兄貴が見覚えあるっていうんだから、兄貴と一緒に行けば大丈夫じゃねーか?」
「いや。これはそんなに単純じゃないな」
蔵馬はそうだろう? と言わんばかりに黒銀の妖狐に笑いかける。
「幽助、法師様。あの、わらべうたの歌詞を思い出してくれ」
「え? えーーーっと、なんて歌ってたっけ?」
あまりに刺激的な出来事が連続しているため、幽助はすっかり忘れているようだ。
「……確か、『おかれた つれてった』の次は『あおい布の』、そして『呼んだらいこか』で終わりでしたね」
永夜は正確に覚えている。
自分なりに意味を吟味していたのかも知れない。
「ん? あれ、おかしくねーか? その布袋、青じゃなくて、正確には緑色なんじゃねーか? 大丈夫かよ、ごまかしってことは」
幽助は引っ掛かりを感じるようだ。
しかし、妖狐は悠然としている。
「古い言葉で『青』というのは、緑色などの『青系統の色全般』を指す。この神使たちの身に着けているものの中で青系統のものは、そこの彼の腰の袋しかなかった。これで間違いない」
「ほら、幽助、現代でも、信号の色なんかは緑色なのに『青になったら渡れ』なんて言うだろう?」
永夜にそう追加説明されて、幽助は、おお、と納得の声を上げる。
蔵馬は後を受けて更に説明する。
「で、『呼んだらいこか』という言葉。我らは宇迦之御魂神の隠れ家を突き止めるだけではなく、彼女に『呼ばれる』ことが必要なのだ。こういう状況下で『呼ばれる』とは? 恐らく、合言葉的なものが必要という意味と踏んだ。宇迦之御魂神は、言霊の神だからな。で、合言葉を知っているなら……」
蔵馬はついと顔を上げて、黒銀の妖狐を、次いで羅春を見回す。
「こんなところが推理だが、どうだ? 当たっているか?」
黒銀の妖狐と羅春は、顔を見合せて笑う。
「流石です。蔵馬様」
羅春がちょっと悔しいですねと、くすくす。
「俺を案内役にするのは、大正解ですよ」
黒銀の妖狐が、懐に手を突っ込んで、胸元からネックレス状の何かを引っ張り出す。
「なんだ? それって鍵束?」
幽助が首をひねったのも道理。
それは、今日日レトロな大振りの鍵束である。
どの鍵も角度によって、表面に虹色の線で描かれた紋様が幻のように浮かび上がる。
輪の形のものが幾つもある鍵の穴を貫通してひとまとめにしている。
「……我が主、宇迦之御魂神が隠れておいでの社の、屋内の鍵です。もし、俺を連れて行かない選択をしたなら、屋内に入っても、鍵を求めてうろうろしなければいけないところだったのです」
幽助がうげげ、と喉を鳴らす。
「マジか!! まだ探し物かよ、回りくどすぎるぜ!!」
その声に、黒銀の妖狐は苦笑する。
「我が主、宇迦之御魂神の権能である言霊と誓約は、極めて強力で、うかつに使うと大変なことになりかねません。一度手に入れてしまえば、ごく気軽に大きな効果をもたらします。従って、分霊を宿す方には、極めて慎重な性格が求められる。それゆえの措置です、ご理解ください」
「逆を言えば、ヒントを冷静に検討し、慎重に状況に適用させれば、この通り大幅に手間が省ける仕組みです」
羅春は穏やかに呼び掛ける。
「この子まで辿り着ければ、後はもう自動的に状況があなた方を前に進めるはず。蔵馬様ならそうなるはずだとは、既に我らも知っておりました。案の定です。……慶蘭(けいらん)、後は案内をお願いします」
「承知いたしました」
慶蘭と呼ばれた黒銀の妖狐は、丁寧に上司である羅春に一礼する。
「では、蔵馬様、永夜様、幽助様。参りましょう」
三人に向き直り慶蘭がそう呼び掛けると、蔵馬が一瞬で変身を解き、人間形態に戻る。
「ああ、よろしくお願いするよ、慶蘭くん。さ、行こう、幽助も法師様も」
彼らは踵を返し、森の出口へと向かったのだった。
◇ ◆ ◇
「蔵馬様。俺をお忘れですね」
街に入る直前。
慶蘭は、蔵馬を振り返り、そんなことを言い出す。
「え? ……いや、すまない。君とはどこかで会ったか?」
「はい。魔界で。俺は子供の頃でしたけど」
慶蘭は懐かしそうに空を仰ぐ。
「あなたとお仲間が、どこか街を襲おうとしていたところに居合わせましてね。お仲間の方々は俺を殺してしまえといきり立ちましたが、蔵馬様、あなただけは『そんな子供に構うな、血の匂いであの街の番獣に気付かれでもしたら厄介だ』と庇ってくださいまして」
ああっ、とさしもの蔵馬も呻く。
「あった。そういえばあったな、そんなことが!! ああ!! 君はあの時の同族の子供か!! いや、立派になっていたので全く気付かなかった」
慶蘭はくすくす笑う。
蔵馬と違い、短めにした黒銀の髪が風になびく。
妖狐族らしい、色気のある端正な容貌という点では、蔵馬に雰囲気は似る。
どこか熱っぽく感じさせる銀河が渦巻くような瞳が笑みを含む。
「あのあと、羅春様に拾われて、我が主の神使となりました。あの時殺されていたら、ここに俺はいません。ありがとうございました。ずっとお礼が言いたかったので」
ああ、ああ、と蔵馬は天を仰ぎ続ける。
「そうだったのか。何て縁だ。いや、あの時代の俺の、数少ない善行かも知れないが、まさか今になって!!」
「へえ!! 蔵馬、おめー。昔はワルだったみたいなこと言うけど、案外まともじゃねーか!! いいことはするもんだよなあ」
幽助は蔵馬の肩をばんばん叩く。
「そういうことですよ、蔵馬さん。せいぜい何十年の寿命の人間が、過去の善行に助けられることがある。長い寿命の魔族なら猶更なんですがね。実感なさったでしょう?」
永夜の言葉に、蔵馬は苦笑するように。
やがて、彼らの足は、大きな池のほとりの屋敷の前で止まる。
中華風の様式を採り入れた、豪壮な和風建築の屋敷である。
塀とまるで鳥居のような門に囲まれている。
「さ、こちらです。門を開錠します」
慶蘭は鍵束からひときわ大きな鍵を抜き出す。
「東の風、花を運ぶ」
口の前に鍵を持ってきて、そう呟く。
鍵がぼうっと光始めるのが、全員の目に映る。
「ん? なにしてんだ?」
幽助が素朴な疑問をぶつける。
「この屋敷の鍵は、こうして言霊を吹き込んで『起動』させる必要がありまして。この言霊を知らないと、鍵だけ手に入れても無意味なのです」
あっさり説明した慶蘭に、幽助は目を剥く。
「なんだよ、まだ手間がかかった予定だったのかよ!!」
「冷静な心と鋭い知性で的確な判断をしないと、いつまで経っても目的のものは手に入らない試練だったのですよ。でも、蔵馬様にはいささか簡単過ぎたみたいですね」
慶蘭はくすくす笑う。
蔵馬は苦笑しつつ、
「『呼んだらいこか』はこういう意味だったのか。『呼ぶ』は『言霊を吹き込む』という意味だった訳だ」
「そういうことです」
門扉が大きく音を立てて開く。
四人は足早に内部に進む。
風情ある整えられた庭も目に入らず、全員で慶蘭をせっつく。
屋内に入って第一、第二と、言霊を吹き込んだ鍵で扉を開いていく。
最後の扉は。
「書院です。ここに我が主、宇迦之御魂神がおわします」
ぐるりと回廊を回って廊下で繋がった造りの部屋。
そこの鍵、最後の一本を慶蘭は取り出す。
「日の影月の囁き、伸ばす手に触れよ」
起動した鍵を、慶蘭は鍵穴に入れて回す。
耳につく音がして、朱塗りの扉が開く。
「イらっしゃイ。早かったネ」
真正面の椅子に座っているのは、まぎれもなく宇迦之御魂だ。
狐の面は外している。
「蔵馬」
呼び掛けられた途端、蔵馬の体の周囲に光るもやが湧き出る。
一瞬で、それが蔵馬の体に吸収されていく。
「ワタシの分霊ハあげたヨ。言霊と誓約の力。こレでアナタは、『呼ばれざる者』ノ手の者ト戦えルね」
幽助が蔵馬本人以上に拳を振り上げて歓喜を表現する。
蔵馬は、不意に永夜に振り向く。
「法師様、正直に仰ってください」
いきなり、永夜の体がこわばる。
不意討ちである。
「は……はい?」
「俺と再会した時、どう思いましたか?」
「……懐かしくて、泣きそうでした。私の若い頃をご存知の、数少ない……か……た……」
自分の意に反する本音が口からまろび出てきたばかりに、永夜は青ざめて手で口を塞ぐ。
「あ、ありがとうございます、宇迦之御魂神。言霊の力、確かに受け取りました」
にこにこする蔵馬を永夜が殺意の籠った目で睨み、幽助はげらげら笑って、兄の肩を叩いたのだった。
つる草のいましめから解放された幽助が、妖狐のままの蔵馬に駆け寄る。
「ああ、幽助。謎解き自体は難しくなかったさ」
蔵馬は笑おうとして背中の傷の痛みに顔を歪める。
「……ただ、戦術における選択はいささか間違えたかもしれんがな。神使になった同族がここまで強力だとは、思いもしなかった」
ひょいと広げた絹の地図を、蔵馬は幽助にも見えるように角度をつける。
「これは……ざっと見たところ、街中の……ようだな」
「うん? どれどれ……ああ、そんな感じだけど、どっかの家かこれ? 周りに描いてあるのは池かなんかか」
幽助が覗き込む。
つる草のいましめを同じく解かれた永夜がすいっと近付いてくる。
「宇迦之御魂神の別荘と指定されている社は、幾つもあります。そのうちの一つでしょうね。この場所は覚えがありますよ」
永夜が手をかざすと、蔵馬の大出血していた背中の傷が塞がる。
「どうします? このまま向かいますか」
永夜が問うと、蔵馬は振り返ってにやりとする。
「いや。……そこの君。一緒に来てくれないか? 案内してくれ」
蔵馬が視線を向けたのは、さっきの緑の布袋を保持していた、「正解」だった黒銀の妖狐の青年である。
「え?」
幽助は目をぱちくりする。
「いや、兄貴が見覚えあるっていうんだから、兄貴と一緒に行けば大丈夫じゃねーか?」
「いや。これはそんなに単純じゃないな」
蔵馬はそうだろう? と言わんばかりに黒銀の妖狐に笑いかける。
「幽助、法師様。あの、わらべうたの歌詞を思い出してくれ」
「え? えーーーっと、なんて歌ってたっけ?」
あまりに刺激的な出来事が連続しているため、幽助はすっかり忘れているようだ。
「……確か、『おかれた つれてった』の次は『あおい布の』、そして『呼んだらいこか』で終わりでしたね」
永夜は正確に覚えている。
自分なりに意味を吟味していたのかも知れない。
「ん? あれ、おかしくねーか? その布袋、青じゃなくて、正確には緑色なんじゃねーか? 大丈夫かよ、ごまかしってことは」
幽助は引っ掛かりを感じるようだ。
しかし、妖狐は悠然としている。
「古い言葉で『青』というのは、緑色などの『青系統の色全般』を指す。この神使たちの身に着けているものの中で青系統のものは、そこの彼の腰の袋しかなかった。これで間違いない」
「ほら、幽助、現代でも、信号の色なんかは緑色なのに『青になったら渡れ』なんて言うだろう?」
永夜にそう追加説明されて、幽助は、おお、と納得の声を上げる。
蔵馬は後を受けて更に説明する。
「で、『呼んだらいこか』という言葉。我らは宇迦之御魂神の隠れ家を突き止めるだけではなく、彼女に『呼ばれる』ことが必要なのだ。こういう状況下で『呼ばれる』とは? 恐らく、合言葉的なものが必要という意味と踏んだ。宇迦之御魂神は、言霊の神だからな。で、合言葉を知っているなら……」
蔵馬はついと顔を上げて、黒銀の妖狐を、次いで羅春を見回す。
「こんなところが推理だが、どうだ? 当たっているか?」
黒銀の妖狐と羅春は、顔を見合せて笑う。
「流石です。蔵馬様」
羅春がちょっと悔しいですねと、くすくす。
「俺を案内役にするのは、大正解ですよ」
黒銀の妖狐が、懐に手を突っ込んで、胸元からネックレス状の何かを引っ張り出す。
「なんだ? それって鍵束?」
幽助が首をひねったのも道理。
それは、今日日レトロな大振りの鍵束である。
どの鍵も角度によって、表面に虹色の線で描かれた紋様が幻のように浮かび上がる。
輪の形のものが幾つもある鍵の穴を貫通してひとまとめにしている。
「……我が主、宇迦之御魂神が隠れておいでの社の、屋内の鍵です。もし、俺を連れて行かない選択をしたなら、屋内に入っても、鍵を求めてうろうろしなければいけないところだったのです」
幽助がうげげ、と喉を鳴らす。
「マジか!! まだ探し物かよ、回りくどすぎるぜ!!」
その声に、黒銀の妖狐は苦笑する。
「我が主、宇迦之御魂神の権能である言霊と誓約は、極めて強力で、うかつに使うと大変なことになりかねません。一度手に入れてしまえば、ごく気軽に大きな効果をもたらします。従って、分霊を宿す方には、極めて慎重な性格が求められる。それゆえの措置です、ご理解ください」
「逆を言えば、ヒントを冷静に検討し、慎重に状況に適用させれば、この通り大幅に手間が省ける仕組みです」
羅春は穏やかに呼び掛ける。
「この子まで辿り着ければ、後はもう自動的に状況があなた方を前に進めるはず。蔵馬様ならそうなるはずだとは、既に我らも知っておりました。案の定です。……慶蘭(けいらん)、後は案内をお願いします」
「承知いたしました」
慶蘭と呼ばれた黒銀の妖狐は、丁寧に上司である羅春に一礼する。
「では、蔵馬様、永夜様、幽助様。参りましょう」
三人に向き直り慶蘭がそう呼び掛けると、蔵馬が一瞬で変身を解き、人間形態に戻る。
「ああ、よろしくお願いするよ、慶蘭くん。さ、行こう、幽助も法師様も」
彼らは踵を返し、森の出口へと向かったのだった。
◇ ◆ ◇
「蔵馬様。俺をお忘れですね」
街に入る直前。
慶蘭は、蔵馬を振り返り、そんなことを言い出す。
「え? ……いや、すまない。君とはどこかで会ったか?」
「はい。魔界で。俺は子供の頃でしたけど」
慶蘭は懐かしそうに空を仰ぐ。
「あなたとお仲間が、どこか街を襲おうとしていたところに居合わせましてね。お仲間の方々は俺を殺してしまえといきり立ちましたが、蔵馬様、あなただけは『そんな子供に構うな、血の匂いであの街の番獣に気付かれでもしたら厄介だ』と庇ってくださいまして」
ああっ、とさしもの蔵馬も呻く。
「あった。そういえばあったな、そんなことが!! ああ!! 君はあの時の同族の子供か!! いや、立派になっていたので全く気付かなかった」
慶蘭はくすくす笑う。
蔵馬と違い、短めにした黒銀の髪が風になびく。
妖狐族らしい、色気のある端正な容貌という点では、蔵馬に雰囲気は似る。
どこか熱っぽく感じさせる銀河が渦巻くような瞳が笑みを含む。
「あのあと、羅春様に拾われて、我が主の神使となりました。あの時殺されていたら、ここに俺はいません。ありがとうございました。ずっとお礼が言いたかったので」
ああ、ああ、と蔵馬は天を仰ぎ続ける。
「そうだったのか。何て縁だ。いや、あの時代の俺の、数少ない善行かも知れないが、まさか今になって!!」
「へえ!! 蔵馬、おめー。昔はワルだったみたいなこと言うけど、案外まともじゃねーか!! いいことはするもんだよなあ」
幽助は蔵馬の肩をばんばん叩く。
「そういうことですよ、蔵馬さん。せいぜい何十年の寿命の人間が、過去の善行に助けられることがある。長い寿命の魔族なら猶更なんですがね。実感なさったでしょう?」
永夜の言葉に、蔵馬は苦笑するように。
やがて、彼らの足は、大きな池のほとりの屋敷の前で止まる。
中華風の様式を採り入れた、豪壮な和風建築の屋敷である。
塀とまるで鳥居のような門に囲まれている。
「さ、こちらです。門を開錠します」
慶蘭は鍵束からひときわ大きな鍵を抜き出す。
「東の風、花を運ぶ」
口の前に鍵を持ってきて、そう呟く。
鍵がぼうっと光始めるのが、全員の目に映る。
「ん? なにしてんだ?」
幽助が素朴な疑問をぶつける。
「この屋敷の鍵は、こうして言霊を吹き込んで『起動』させる必要がありまして。この言霊を知らないと、鍵だけ手に入れても無意味なのです」
あっさり説明した慶蘭に、幽助は目を剥く。
「なんだよ、まだ手間がかかった予定だったのかよ!!」
「冷静な心と鋭い知性で的確な判断をしないと、いつまで経っても目的のものは手に入らない試練だったのですよ。でも、蔵馬様にはいささか簡単過ぎたみたいですね」
慶蘭はくすくす笑う。
蔵馬は苦笑しつつ、
「『呼んだらいこか』はこういう意味だったのか。『呼ぶ』は『言霊を吹き込む』という意味だった訳だ」
「そういうことです」
門扉が大きく音を立てて開く。
四人は足早に内部に進む。
風情ある整えられた庭も目に入らず、全員で慶蘭をせっつく。
屋内に入って第一、第二と、言霊を吹き込んだ鍵で扉を開いていく。
最後の扉は。
「書院です。ここに我が主、宇迦之御魂神がおわします」
ぐるりと回廊を回って廊下で繋がった造りの部屋。
そこの鍵、最後の一本を慶蘭は取り出す。
「日の影月の囁き、伸ばす手に触れよ」
起動した鍵を、慶蘭は鍵穴に入れて回す。
耳につく音がして、朱塗りの扉が開く。
「イらっしゃイ。早かったネ」
真正面の椅子に座っているのは、まぎれもなく宇迦之御魂だ。
狐の面は外している。
「蔵馬」
呼び掛けられた途端、蔵馬の体の周囲に光るもやが湧き出る。
一瞬で、それが蔵馬の体に吸収されていく。
「ワタシの分霊ハあげたヨ。言霊と誓約の力。こレでアナタは、『呼ばれざる者』ノ手の者ト戦えルね」
幽助が蔵馬本人以上に拳を振り上げて歓喜を表現する。
蔵馬は、不意に永夜に振り向く。
「法師様、正直に仰ってください」
いきなり、永夜の体がこわばる。
不意討ちである。
「は……はい?」
「俺と再会した時、どう思いましたか?」
「……懐かしくて、泣きそうでした。私の若い頃をご存知の、数少ない……か……た……」
自分の意に反する本音が口からまろび出てきたばかりに、永夜は青ざめて手で口を塞ぐ。
「あ、ありがとうございます、宇迦之御魂神。言霊の力、確かに受け取りました」
にこにこする蔵馬を永夜が殺意の籠った目で睨み、幽助はげらげら笑って、兄の肩を叩いたのだった。