螺旋より外れて
「薄明の森」は、その名の通り鬱蒼とした、常に薄明の時間のような薄闇に包まれた森である。
ここに生息している不思議な螢、発光する白い花やつる草。
妖しくも清浄な美しさを持つ動植物が生息し、ひんやりと落ち着いた感をもたらす美しい森だ。
都から撃で一足飛び、蔵馬たちはその森の縁に降り立つ。
「法師様。ここに住んでいるような人はいますか?」
蔵馬が、艶やかな緑とそれが形作る薄闇、内部に渡る小さな光の群れを眺めながら問いかける。
永夜はすぐさま首を横に振る。
「いえ、内部に住み着いている人はおられませんね。薬草や山菜の類が採れるので、近隣住人の方々は自由に出入りしていますが、私の知る限り、定住しているような人はおられないはず」
蔵馬はうなずき、
「誰かいるとしたら、外部から侵入しているような者、か」
幽助は、蔵馬の推論している様子が引っ掛かったようだ。
「なあ、蔵馬。どういうことだ? ここに住んでいる奴がいなかったらどうだっていうんだ?」
蔵馬はふっと軽く笑う。
「あのわらべ歌の歌詞は覚えているかい、幽助? 『おかれた つれてった』と繰り返していただろう? じゃあ、『誰が』おかれて、『誰が』つれてったんだろう?」
あ、と小さな声で幽助は洩らす。
「そっか。誰かしらいないと、あの歌の通りになんねえんだな?」
「そういうこと。すると……」
ふと、蔵馬の言葉が途切れる。
視界に、何か白いものが入ったのだ。
「あれ、なんだ……狐?」
幽助が怪訝そうに目をすがめる。
森の奥側、入口から少し入ったあたりの下生えの影から、真っ白な狐が躍り出て来たのだ。
雪のような白銀の毛皮は、まるで自ら発光しているよう。
動物園の類で見かける狐より、一回りか二回りは大きいように思える。
大型犬くらいのサイズである。
ふさふさした尻尾が、明かに複数生えている。
視認できる限りでは、四本。
「おや、あちらは……『神使』の方ですね」
今まで黙っていた永夜が、珍しそうに呟く。
永夜の視線を受けたのか、その森の中の白狐は髙い鳴き声を上げる。
幽助がふと永夜を振り向く。
「なあ、兄貴。神使って?」
「魔族の中で、神様のお使いになった人たちのことだよ。ここの主宰神である宇迦之御魂神は、蔵馬さんと同じ妖狐族を神使としてお使いだてするので有名なのだよ」
永夜の説明を受け、幽助がえっと小さく。
「じゃあ、あの白い狐、蔵馬の同族?」
「そうだ。神使に引き上げられて、神の力を得ているのが現時点での蔵馬さんとの違いだけど、元は同族だよ」
永夜がそう口にして視線をその神使妖狐に戻した時、彼がぴょん、といきなり跳ねる。
まるで雪原で獲物を捕らえる時のように跳ねて一回転し、顔をこちらに向けて、鋭い鳴き声を上げる。
「どうやら、俺のご同族のあちらは、ついてきて欲しいみたいですね」
蔵馬の視線の先で、神使妖狐は振り返って森の奥に向けて数歩歩き、立ち止まってじっとこちらを見据え、また鳴く。
「ついてこい」という、わかりやすい仕草。
「さて、蔵馬さんは……」
永夜が問いかけるや、蔵馬の返事は間髪入れず。
「行きましょう。それしかない」
蔵馬はぐいと足を踏み出し、森の中に分け入る。
即座に幽助が続く。
「へえ。蔵馬より強いかも知れない同族かあ。面白そうだな。じゃ、連れてったとか置いてったとかいうあの歌詞の意味、蔵馬の同族がってことなんか。どうするつもりなんだ、あいつ?」
幽助がちらちらする神使妖狐の尻尾を見ながら疑問を呈す。
「現時点では、ごくおおまかな予想しかできない。不正確過ぎるから、表明は避けておこう。でも」
蔵馬は、不敵ににやりと笑う。
「あの案内役の彼、彼だけで来ているんじゃないみたいだな」
「ん? あ、ほんとだ。誰かまだいやがるな。妖気が」
幽助がそのことに気付いて顔を上げる。
森の奥から、まるで知らせるように、複数の妖気が漂い出てきているのだ。
「置いたり、連れて行ったりしてくれるのは、恐らく森の奥の彼らだろう。手荒な歓迎が予想されるな」
蔵馬が付け足すと、幽助が拳を鳴らす。
「よっしゃ、俺も手伝うぜ蔵馬!!」
が、蔵馬は首を横に振る。
「いや。これは俺の試練だ。幽助は、法師様と一緒に見ていてほしい。飛影みたいに腕がちぎれでもしたら、繋げてもらうよ」
「おいおい……」
幽助は何事か言いかけたが、結局自分は戦力にならないと思い至る。
盛大に溜息。
神使妖狐は、まるで申し合わせたように最適の速度で歩んで、いつしか森の奥、少し開けた場所に出る。
大木が倒れた跡らしく、枝葉が切れていてやや明るい。
そこに。
「お、いやがったな!!」
幽助が叫んだのも道理。
そこには、六、七名ほどの魔族らしき一団が立ち尽くしていたのだ。
金色、黒銀、そして白銀の髪がなびくのが、彼らの特徴。
頭上には、目立つ大きな狐の耳。
人間の形だが、腰の後ろには、髪の毛と同じ色の、ふさふさした尻尾が複数。
そう、彼らこそは妖狐族。
蔵馬の同族であり、そして彼と違うのは、宇迦之御魂神に神使に引き上げられた存在ということ。
その中心にいるのは。
一人の女だ。
美しい。
白金の色の豊かな髪はウェーブがかり、光そのもののように白いかんばせを彩る。
甘い端正な目鼻立ち。
蔵馬の妖狐時の衣装とどこか似た、白い装束を身に着けている。
「これは、蔵馬様とお連れ様。ようこそ我らの領域へ」
その女の妖狐が口にするや否や。
足元から間欠泉のように吹き上がった緑の蔦草が、幽助、そして永夜を一瞬で縛り上げたのだ。
「さあ、これで邪魔者はいない。蔵馬様、我らのうち、誰でもいいですよ。戦って、勝利なさってください」
いきなり言われ、蔵馬は目をすがめる。
「なにしやんだこのやろーーーー!!!」
幽助が叫んでいるのに、すまないの意の目配せをする。
蔵馬はさっきの案内役も含めて人型となった妖狐たちを前に笑う。
風。
一瞬ののち。
そこには、あの白銀の妖狐蔵馬が立ち尽くしていたのだ。
ここに生息している不思議な螢、発光する白い花やつる草。
妖しくも清浄な美しさを持つ動植物が生息し、ひんやりと落ち着いた感をもたらす美しい森だ。
都から撃で一足飛び、蔵馬たちはその森の縁に降り立つ。
「法師様。ここに住んでいるような人はいますか?」
蔵馬が、艶やかな緑とそれが形作る薄闇、内部に渡る小さな光の群れを眺めながら問いかける。
永夜はすぐさま首を横に振る。
「いえ、内部に住み着いている人はおられませんね。薬草や山菜の類が採れるので、近隣住人の方々は自由に出入りしていますが、私の知る限り、定住しているような人はおられないはず」
蔵馬はうなずき、
「誰かいるとしたら、外部から侵入しているような者、か」
幽助は、蔵馬の推論している様子が引っ掛かったようだ。
「なあ、蔵馬。どういうことだ? ここに住んでいる奴がいなかったらどうだっていうんだ?」
蔵馬はふっと軽く笑う。
「あのわらべ歌の歌詞は覚えているかい、幽助? 『おかれた つれてった』と繰り返していただろう? じゃあ、『誰が』おかれて、『誰が』つれてったんだろう?」
あ、と小さな声で幽助は洩らす。
「そっか。誰かしらいないと、あの歌の通りになんねえんだな?」
「そういうこと。すると……」
ふと、蔵馬の言葉が途切れる。
視界に、何か白いものが入ったのだ。
「あれ、なんだ……狐?」
幽助が怪訝そうに目をすがめる。
森の奥側、入口から少し入ったあたりの下生えの影から、真っ白な狐が躍り出て来たのだ。
雪のような白銀の毛皮は、まるで自ら発光しているよう。
動物園の類で見かける狐より、一回りか二回りは大きいように思える。
大型犬くらいのサイズである。
ふさふさした尻尾が、明かに複数生えている。
視認できる限りでは、四本。
「おや、あちらは……『神使』の方ですね」
今まで黙っていた永夜が、珍しそうに呟く。
永夜の視線を受けたのか、その森の中の白狐は髙い鳴き声を上げる。
幽助がふと永夜を振り向く。
「なあ、兄貴。神使って?」
「魔族の中で、神様のお使いになった人たちのことだよ。ここの主宰神である宇迦之御魂神は、蔵馬さんと同じ妖狐族を神使としてお使いだてするので有名なのだよ」
永夜の説明を受け、幽助がえっと小さく。
「じゃあ、あの白い狐、蔵馬の同族?」
「そうだ。神使に引き上げられて、神の力を得ているのが現時点での蔵馬さんとの違いだけど、元は同族だよ」
永夜がそう口にして視線をその神使妖狐に戻した時、彼がぴょん、といきなり跳ねる。
まるで雪原で獲物を捕らえる時のように跳ねて一回転し、顔をこちらに向けて、鋭い鳴き声を上げる。
「どうやら、俺のご同族のあちらは、ついてきて欲しいみたいですね」
蔵馬の視線の先で、神使妖狐は振り返って森の奥に向けて数歩歩き、立ち止まってじっとこちらを見据え、また鳴く。
「ついてこい」という、わかりやすい仕草。
「さて、蔵馬さんは……」
永夜が問いかけるや、蔵馬の返事は間髪入れず。
「行きましょう。それしかない」
蔵馬はぐいと足を踏み出し、森の中に分け入る。
即座に幽助が続く。
「へえ。蔵馬より強いかも知れない同族かあ。面白そうだな。じゃ、連れてったとか置いてったとかいうあの歌詞の意味、蔵馬の同族がってことなんか。どうするつもりなんだ、あいつ?」
幽助がちらちらする神使妖狐の尻尾を見ながら疑問を呈す。
「現時点では、ごくおおまかな予想しかできない。不正確過ぎるから、表明は避けておこう。でも」
蔵馬は、不敵ににやりと笑う。
「あの案内役の彼、彼だけで来ているんじゃないみたいだな」
「ん? あ、ほんとだ。誰かまだいやがるな。妖気が」
幽助がそのことに気付いて顔を上げる。
森の奥から、まるで知らせるように、複数の妖気が漂い出てきているのだ。
「置いたり、連れて行ったりしてくれるのは、恐らく森の奥の彼らだろう。手荒な歓迎が予想されるな」
蔵馬が付け足すと、幽助が拳を鳴らす。
「よっしゃ、俺も手伝うぜ蔵馬!!」
が、蔵馬は首を横に振る。
「いや。これは俺の試練だ。幽助は、法師様と一緒に見ていてほしい。飛影みたいに腕がちぎれでもしたら、繋げてもらうよ」
「おいおい……」
幽助は何事か言いかけたが、結局自分は戦力にならないと思い至る。
盛大に溜息。
神使妖狐は、まるで申し合わせたように最適の速度で歩んで、いつしか森の奥、少し開けた場所に出る。
大木が倒れた跡らしく、枝葉が切れていてやや明るい。
そこに。
「お、いやがったな!!」
幽助が叫んだのも道理。
そこには、六、七名ほどの魔族らしき一団が立ち尽くしていたのだ。
金色、黒銀、そして白銀の髪がなびくのが、彼らの特徴。
頭上には、目立つ大きな狐の耳。
人間の形だが、腰の後ろには、髪の毛と同じ色の、ふさふさした尻尾が複数。
そう、彼らこそは妖狐族。
蔵馬の同族であり、そして彼と違うのは、宇迦之御魂神に神使に引き上げられた存在ということ。
その中心にいるのは。
一人の女だ。
美しい。
白金の色の豊かな髪はウェーブがかり、光そのもののように白いかんばせを彩る。
甘い端正な目鼻立ち。
蔵馬の妖狐時の衣装とどこか似た、白い装束を身に着けている。
「これは、蔵馬様とお連れ様。ようこそ我らの領域へ」
その女の妖狐が口にするや否や。
足元から間欠泉のように吹き上がった緑の蔦草が、幽助、そして永夜を一瞬で縛り上げたのだ。
「さあ、これで邪魔者はいない。蔵馬様、我らのうち、誰でもいいですよ。戦って、勝利なさってください」
いきなり言われ、蔵馬は目をすがめる。
「なにしやんだこのやろーーーー!!!」
幽助が叫んでいるのに、すまないの意の目配せをする。
蔵馬はさっきの案内役も含めて人型となった妖狐たちを前に笑う。
風。
一瞬ののち。
そこには、あの白銀の妖狐蔵馬が立ち尽くしていたのだ。