螺旋より外れて
「さあて、次は俺の番ですか? 流石にわくわくしますね」
撃の背中の上、神界の空の上で、蔵馬がそんなことを口にする。
「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)。豊穣と、契約を司る神。約定と引き換えに、願いを叶えてくれると、江戸時代には大人気だったらしいですね」
蔵馬が彼らしい博識さを見せる。
大きな瞳に映る渦巻く雲を見据えながら、
「いわゆるお稲荷さんですね。俺の同族が、神使として多く使われている神ですよ。その繋がりで、俺にも声を掛けてくれるおつもりなのかも知れないけれど。日本で一番、その神社の数は多いにも関わらず、謎に満ちた正体のよくわからない神として知られる」
自分で思い返すように、そんな言葉を繰り出す蔵馬は、自分に宿神を提供しようという神に対して、いささか警戒心があるように見える。
幽助が不思議そうに振り返る。
「あの、白い狐とかがいるお稲荷さんだろ? そういう神様なんか。言っちゃ悪いけど、ちょっと不気味だな。信用出来るんだろうな?」
複雑な出自の友人の身を案じざるを得ない幽助は、神々だからといって、無条件で信用できるものか戸惑っているようだ。
彼の性格からして、こういう淫靡で謎めいた存在は苦手なのだろう。
と、永夜が口を挟む。
「宇迦之御魂神は、神としての位階も髙い、立派なお方ですよ。そもそも神社の数が日本一だというのも、あのお方の御利益がてきめんであるからでしてね。決して怪しげな存在ではない。それどころか、契約神の側面の強い、約束事には厳しい方だ。いい加減なやり方は通用しませんし、ご自身もなさいませんよ」
蔵馬は、うなずく。
「ええ、そういうことを疑っているのではないんです。ただ、俺は決して今まで褒められた事ばかりしてきた訳ではない妖狐だ。そんな相手に、力を与えてくださるというのなら、代償はどれほどかと思いましてね」
永夜はその言葉に穏やかに返す。
「でも、あなたは人間と融合してからというもの、多く善行もしてきた。積極的に騒ぎを起して面白がるでなく、家族の安全を第一に、彼らを護り暮らしている。それだけで十分ですよ」
あなたの心は、かの神に伝わっていますよ。
そんな言葉を永夜から投げかけられて、蔵馬は安心したようにふっと笑う。
「桑原君や飛影があれだけの試練を課せられたんだ。俺はどんな試練を受けなければいけないのかなと思いましてね」
「大丈夫。もう、着きますよ」
眼下には、いつのまにか鎮守の森のこんもりした暗緑色が迫っている。
背後に山と原生林を抱えた、広々とした社が……
いや。
「あ、あれ?」
着地しようと、境内の地面に降り立った時、その異変は全員に感じ取れる。
風景が、変わっている。
鬱蒼とした社ではなく、そこは広々とした大路だ。
旧い時代の都のような、石畳の地面だが、軍隊が行進できそうなくらいには広い。
商人や、華やかな彩色の衣装の女が行き交う。
道端の店では、様々な品物が商われている。
子供の一団が、歌を歌いながら遊んでいる。
人の間を行き交う犬。
「なんだこりゃ!? 映画のセットかあ!?」
幽助が頓狂な声を上げる。
蔵馬は冷静に周囲を観察し。
永夜はわかっていたように、ふうっと息をつく。
「これは……多分、平安時代の初期くらいの時代設定の都だな。いささか地理は違っているかもしれないが、そこは神界ということなんだろう」
蔵馬がそう判断を下す。
幽助はきょろきょろ周囲を見回して首をひねっているばかり。
「なんだ、その、宇迦之御魂ってやつ、なんでこんなことをするんだ? つうか、その本人はどこにいるんだよ。これじゃ試練も何も」
「いや、もう、試練は始まっているかも知れないね」
撃を縮めて肩に乗せながら、永夜は少し離れた人影に向け一礼する。
幽助も、蔵馬もその人影に注視する。
いつの間に、そいつはそこにいたのだろう。
気配に全く気付かなかったのだ。
背格好だけ見れば、幽助より年下くらいの少年である。
ただ、外見のおおまかなところから、そう類推されるというだけだ。
いでたちは、和錦の華やかな羽織と袴。
それだけならまだしも、何故かその少年は、顔を狐の面で覆い隠しているのだ。
何とも異様な雰囲気が周囲に放たれている。
「なんだ、おめーは?」
幽助が口にするまでもなく。
「宇迦之御魂神……この人が……」
蔵馬がこめかみに冷や汗を滲ませながら呟く。
「よく来たネ。歓迎するヨ」
妙に甲高い声で、狐の面の後ろから声が洩れる。
「そして、試練ハ、もう始まっているヨ。かくれんぼダ。これから、私ガ隠れる。蔵馬、君は見つけてくれるだけでイイ」
蔵馬は、その狐面をじっと見詰める。
「これから隠れるあなたの居場所を突き止めることができれば、俺に宿神を下さる。そうなんですね?」
狐面は、宇迦之御魂はくつくつと笑う。
「そういうコト。ここにも私ノ居場所の手がかりはアル。期日は今日一日。早目に見つけて欲しいナ」
それだけ言うと、いきなりごうっと突風が吹きすぎる。
一瞬目を細めたその間に、宇迦之御魂はもうそこにいない。
「くわ~~~~、マジかよぉ~~~~!!!」
幽助が天を仰ぐ。
「手がかりって、どうすりゃいいんだよ?」
「そうだね」
蔵馬は、静かに周囲を見回す。
ゆっくりと。
その視線が止まったのは、道端で手を繋いで歌を歌う、子供らの姿である。
「一つずつ手がかりをほどいていこう。さほど時間はかからないはずだ」
撃の背中の上、神界の空の上で、蔵馬がそんなことを口にする。
「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)。豊穣と、契約を司る神。約定と引き換えに、願いを叶えてくれると、江戸時代には大人気だったらしいですね」
蔵馬が彼らしい博識さを見せる。
大きな瞳に映る渦巻く雲を見据えながら、
「いわゆるお稲荷さんですね。俺の同族が、神使として多く使われている神ですよ。その繋がりで、俺にも声を掛けてくれるおつもりなのかも知れないけれど。日本で一番、その神社の数は多いにも関わらず、謎に満ちた正体のよくわからない神として知られる」
自分で思い返すように、そんな言葉を繰り出す蔵馬は、自分に宿神を提供しようという神に対して、いささか警戒心があるように見える。
幽助が不思議そうに振り返る。
「あの、白い狐とかがいるお稲荷さんだろ? そういう神様なんか。言っちゃ悪いけど、ちょっと不気味だな。信用出来るんだろうな?」
複雑な出自の友人の身を案じざるを得ない幽助は、神々だからといって、無条件で信用できるものか戸惑っているようだ。
彼の性格からして、こういう淫靡で謎めいた存在は苦手なのだろう。
と、永夜が口を挟む。
「宇迦之御魂神は、神としての位階も髙い、立派なお方ですよ。そもそも神社の数が日本一だというのも、あのお方の御利益がてきめんであるからでしてね。決して怪しげな存在ではない。それどころか、契約神の側面の強い、約束事には厳しい方だ。いい加減なやり方は通用しませんし、ご自身もなさいませんよ」
蔵馬は、うなずく。
「ええ、そういうことを疑っているのではないんです。ただ、俺は決して今まで褒められた事ばかりしてきた訳ではない妖狐だ。そんな相手に、力を与えてくださるというのなら、代償はどれほどかと思いましてね」
永夜はその言葉に穏やかに返す。
「でも、あなたは人間と融合してからというもの、多く善行もしてきた。積極的に騒ぎを起して面白がるでなく、家族の安全を第一に、彼らを護り暮らしている。それだけで十分ですよ」
あなたの心は、かの神に伝わっていますよ。
そんな言葉を永夜から投げかけられて、蔵馬は安心したようにふっと笑う。
「桑原君や飛影があれだけの試練を課せられたんだ。俺はどんな試練を受けなければいけないのかなと思いましてね」
「大丈夫。もう、着きますよ」
眼下には、いつのまにか鎮守の森のこんもりした暗緑色が迫っている。
背後に山と原生林を抱えた、広々とした社が……
いや。
「あ、あれ?」
着地しようと、境内の地面に降り立った時、その異変は全員に感じ取れる。
風景が、変わっている。
鬱蒼とした社ではなく、そこは広々とした大路だ。
旧い時代の都のような、石畳の地面だが、軍隊が行進できそうなくらいには広い。
商人や、華やかな彩色の衣装の女が行き交う。
道端の店では、様々な品物が商われている。
子供の一団が、歌を歌いながら遊んでいる。
人の間を行き交う犬。
「なんだこりゃ!? 映画のセットかあ!?」
幽助が頓狂な声を上げる。
蔵馬は冷静に周囲を観察し。
永夜はわかっていたように、ふうっと息をつく。
「これは……多分、平安時代の初期くらいの時代設定の都だな。いささか地理は違っているかもしれないが、そこは神界ということなんだろう」
蔵馬がそう判断を下す。
幽助はきょろきょろ周囲を見回して首をひねっているばかり。
「なんだ、その、宇迦之御魂ってやつ、なんでこんなことをするんだ? つうか、その本人はどこにいるんだよ。これじゃ試練も何も」
「いや、もう、試練は始まっているかも知れないね」
撃を縮めて肩に乗せながら、永夜は少し離れた人影に向け一礼する。
幽助も、蔵馬もその人影に注視する。
いつの間に、そいつはそこにいたのだろう。
気配に全く気付かなかったのだ。
背格好だけ見れば、幽助より年下くらいの少年である。
ただ、外見のおおまかなところから、そう類推されるというだけだ。
いでたちは、和錦の華やかな羽織と袴。
それだけならまだしも、何故かその少年は、顔を狐の面で覆い隠しているのだ。
何とも異様な雰囲気が周囲に放たれている。
「なんだ、おめーは?」
幽助が口にするまでもなく。
「宇迦之御魂神……この人が……」
蔵馬がこめかみに冷や汗を滲ませながら呟く。
「よく来たネ。歓迎するヨ」
妙に甲高い声で、狐の面の後ろから声が洩れる。
「そして、試練ハ、もう始まっているヨ。かくれんぼダ。これから、私ガ隠れる。蔵馬、君は見つけてくれるだけでイイ」
蔵馬は、その狐面をじっと見詰める。
「これから隠れるあなたの居場所を突き止めることができれば、俺に宿神を下さる。そうなんですね?」
狐面は、宇迦之御魂はくつくつと笑う。
「そういうコト。ここにも私ノ居場所の手がかりはアル。期日は今日一日。早目に見つけて欲しいナ」
それだけ言うと、いきなりごうっと突風が吹きすぎる。
一瞬目を細めたその間に、宇迦之御魂はもうそこにいない。
「くわ~~~~、マジかよぉ~~~~!!!」
幽助が天を仰ぐ。
「手がかりって、どうすりゃいいんだよ?」
「そうだね」
蔵馬は、静かに周囲を見回す。
ゆっくりと。
その視線が止まったのは、道端で手を繋いで歌を歌う、子供らの姿である。
「一つずつ手がかりをほどいていこう。さほど時間はかからないはずだ」