螺旋より外れて
「飛影さん。眠いですよね」
次の神界に向かう撃の背中の上。
永夜はすぐ後ろの飛影を気遣う。
「気にするな。それより、まだ着かんのか」
というものの、飛影は明かに寝落ち寸前である。
神獣の背中の上で眠りこけたら、危険なのは疑いない訳で。
「飛影さん。顔をこちらに」
「!?」
永夜は飛影の顔を自分に向けさせ、手をかざして暖かな光を放射する。
「? なんだ、何をした」
飛影はすっきり目覚めた顔で、不思議そうに自分の体の感触を確かめる。
「炎殺黒龍波の影響を遮断したのですよ。神気で妖気を補って、交感神経を優勢にしました。しばらくは持つのですが、ひと段落したら休んで下さいませ」
永夜に説明されて、飛影はうなずく。
正直、ここまで程度の髙い術師に会ったことがなかった飛影には驚くことばかりだが、それが幽助の兄で、軀に恩義を感じているというのも幸運だったと、内心で認める。
「あ、何だか暑くなってきたような。兄貴、炎の国っていうのはもうすぐなのか?」
幽助が身を乗り出すと、永夜はうなずく。
「うむ。あの雲の向こうだ、さあ、着くぞ」
淡い金色の雲の塊を突っ切ると、目の前に奇妙な光景が広がる。
巨大な火山が噴煙を上げている。
その中腹あたりに、黒い岩でできた豪壮な社が半ば埋まるようにして鎮座している。
地面のそこここから炎が立ち上る柱が生え、遠くに熱帯林のような植生。
「ここが、火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)の主宰する炎の国……!!」
さしもの蔵馬が畏れを感じたように唸る。
長年生きてきた妖狐の彼でも、こう何度も続けて神と呼ばれる者に会うのは初めてなのだ。
「あの火山の中腹にあるのがお社で……おや」
ふと、永夜は前方を見やる。
きらきら煌めく何かの群れが、恐ろしく速い雲のように押し寄せてきたのだ。
「ん? おい、兄貴、ありゃあ……」
「まずいな。悪戯されるかも知れぬ」
幽助が怪訝そうな顔をした矢先、永夜が術の構えを取る。
一瞬で近付いてきた「それ」は。
七色に煌めく翅を燃え立たせる、無数の蝶の群れである。
蝶たちは燃えながら、撃とその背中の者立ちに向けて突っ込んで来る。
「皆、つかまっていてください!!」
永夜が咄嗟に防壁を張るのと、燃える蝶の群れが彼らを推し包んだのは同時。
「うわわわ!! 燃える燃える!! なんだよこりゃあ!!」
幽助がそれでも楽しそうに声を張り上げる。
蝶が突撃した防壁は、その部分がごうごうと燃え盛る。
どんどん溶かされていくのだが、永夜は後から無限に修復していくので、蝶が突破できるということはない。
傍から見ると、巨大な虫の球が燃えているような、そんな光景。
それはしばし続き。
『ふーん、永夜がいて良かったね、君ら。さもないと丸焦げだよーーーん』
どこからか、若い男のような、のほほんとした声が響く。
「なんだ、誰だ!! このちょうちょ操ってる奴か!! 出てきやがれ!!」
幽助が叫ぶと、笑い声がかぶさる。
『へー、この子が永夜の弟? アタマ悪そう。永夜の弟なのに何でぇ!?』
「んだとこのぉ!!」
幽助を押しのけるようにして飛影が前に出る。
蔵馬が咄嗟に肩に手をかける。
「危険だ。この蝶の群れは、まず間違いなく火之迦具土神の眷属か何かだろう。今の俺たちに適う相手じゃない」
「ふん。向こうから売ってきた喧嘩だぞ?」
飛影が刀を抜こうとするのに先駆けて、永夜がそれに呼び掛ける。
「火之迦具土神眷属であらせられる、炎也(えんや)様!!」
幽助、飛影、蔵馬が永夜を見据える。
知っていたのか、という顔だ。
「あなた様の主、火之迦具土神のお招きによって、ここにまかりこしました。どうぞお引きを!!」
短い口上であったが、効果はてきめんであるようだ。
『ふーーーん、まあ、いいさ。また後でね!!』
一瞬で蝶の群れが飛び離れる。
見る間に一団の虫玉となって、どこかへと飛び去っていく。
「ふうう、びっくりしたぜ!! あんなのがいんのかよ、ここ!!」
幽助は、物理的に暑いのと冷や汗が混じった汗を拭う。
「あの方はいささかいたずら者でね。珍しい客だというんで、ちょっかいをかけに来たんだろう。さ、もう降りられるよ」
永夜が促す。
気が付くと眼下すぐにあの黒い石の社。
永夜は、撃を操って、そこに降り立たせる。
永夜が神殿の前庭に降り立ち、撃を縮めて肩に乗せ、社の入口に立つ。
若い魔族たちは緊張してその後に並ぶ。
扉が軋む音を立てて開く。
幾つかの扉を過ぎて、その奥。
黒い石に、赤の紋様の入った玉座に、若い男性の影。
爆ぜる炎を纏う赤毛を髙く結い上げ、黒い肌に、これまた炎のような金色の紋様。
男性的な端正なかんばせ。
黄金に燃える瞳。
うねる紋様を見せつけるように、たくましい上半身は裸で、下半身には甲冑と鎧下を着けている。
「我が子飛影よ。よく来たな」
その神は、火之迦具土は、意外と穏やかな響きの声で呼び掛ける。
「私は火之迦具土神。さあ、そなたに我が神威を授けよう。そなたのため、そなたの愛する者のため」
次の神界に向かう撃の背中の上。
永夜はすぐ後ろの飛影を気遣う。
「気にするな。それより、まだ着かんのか」
というものの、飛影は明かに寝落ち寸前である。
神獣の背中の上で眠りこけたら、危険なのは疑いない訳で。
「飛影さん。顔をこちらに」
「!?」
永夜は飛影の顔を自分に向けさせ、手をかざして暖かな光を放射する。
「? なんだ、何をした」
飛影はすっきり目覚めた顔で、不思議そうに自分の体の感触を確かめる。
「炎殺黒龍波の影響を遮断したのですよ。神気で妖気を補って、交感神経を優勢にしました。しばらくは持つのですが、ひと段落したら休んで下さいませ」
永夜に説明されて、飛影はうなずく。
正直、ここまで程度の髙い術師に会ったことがなかった飛影には驚くことばかりだが、それが幽助の兄で、軀に恩義を感じているというのも幸運だったと、内心で認める。
「あ、何だか暑くなってきたような。兄貴、炎の国っていうのはもうすぐなのか?」
幽助が身を乗り出すと、永夜はうなずく。
「うむ。あの雲の向こうだ、さあ、着くぞ」
淡い金色の雲の塊を突っ切ると、目の前に奇妙な光景が広がる。
巨大な火山が噴煙を上げている。
その中腹あたりに、黒い岩でできた豪壮な社が半ば埋まるようにして鎮座している。
地面のそこここから炎が立ち上る柱が生え、遠くに熱帯林のような植生。
「ここが、火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)の主宰する炎の国……!!」
さしもの蔵馬が畏れを感じたように唸る。
長年生きてきた妖狐の彼でも、こう何度も続けて神と呼ばれる者に会うのは初めてなのだ。
「あの火山の中腹にあるのがお社で……おや」
ふと、永夜は前方を見やる。
きらきら煌めく何かの群れが、恐ろしく速い雲のように押し寄せてきたのだ。
「ん? おい、兄貴、ありゃあ……」
「まずいな。悪戯されるかも知れぬ」
幽助が怪訝そうな顔をした矢先、永夜が術の構えを取る。
一瞬で近付いてきた「それ」は。
七色に煌めく翅を燃え立たせる、無数の蝶の群れである。
蝶たちは燃えながら、撃とその背中の者立ちに向けて突っ込んで来る。
「皆、つかまっていてください!!」
永夜が咄嗟に防壁を張るのと、燃える蝶の群れが彼らを推し包んだのは同時。
「うわわわ!! 燃える燃える!! なんだよこりゃあ!!」
幽助がそれでも楽しそうに声を張り上げる。
蝶が突撃した防壁は、その部分がごうごうと燃え盛る。
どんどん溶かされていくのだが、永夜は後から無限に修復していくので、蝶が突破できるということはない。
傍から見ると、巨大な虫の球が燃えているような、そんな光景。
それはしばし続き。
『ふーん、永夜がいて良かったね、君ら。さもないと丸焦げだよーーーん』
どこからか、若い男のような、のほほんとした声が響く。
「なんだ、誰だ!! このちょうちょ操ってる奴か!! 出てきやがれ!!」
幽助が叫ぶと、笑い声がかぶさる。
『へー、この子が永夜の弟? アタマ悪そう。永夜の弟なのに何でぇ!?』
「んだとこのぉ!!」
幽助を押しのけるようにして飛影が前に出る。
蔵馬が咄嗟に肩に手をかける。
「危険だ。この蝶の群れは、まず間違いなく火之迦具土神の眷属か何かだろう。今の俺たちに適う相手じゃない」
「ふん。向こうから売ってきた喧嘩だぞ?」
飛影が刀を抜こうとするのに先駆けて、永夜がそれに呼び掛ける。
「火之迦具土神眷属であらせられる、炎也(えんや)様!!」
幽助、飛影、蔵馬が永夜を見据える。
知っていたのか、という顔だ。
「あなた様の主、火之迦具土神のお招きによって、ここにまかりこしました。どうぞお引きを!!」
短い口上であったが、効果はてきめんであるようだ。
『ふーーーん、まあ、いいさ。また後でね!!』
一瞬で蝶の群れが飛び離れる。
見る間に一団の虫玉となって、どこかへと飛び去っていく。
「ふうう、びっくりしたぜ!! あんなのがいんのかよ、ここ!!」
幽助は、物理的に暑いのと冷や汗が混じった汗を拭う。
「あの方はいささかいたずら者でね。珍しい客だというんで、ちょっかいをかけに来たんだろう。さ、もう降りられるよ」
永夜が促す。
気が付くと眼下すぐにあの黒い石の社。
永夜は、撃を操って、そこに降り立たせる。
永夜が神殿の前庭に降り立ち、撃を縮めて肩に乗せ、社の入口に立つ。
若い魔族たちは緊張してその後に並ぶ。
扉が軋む音を立てて開く。
幾つかの扉を過ぎて、その奥。
黒い石に、赤の紋様の入った玉座に、若い男性の影。
爆ぜる炎を纏う赤毛を髙く結い上げ、黒い肌に、これまた炎のような金色の紋様。
男性的な端正なかんばせ。
黄金に燃える瞳。
うねる紋様を見せつけるように、たくましい上半身は裸で、下半身には甲冑と鎧下を着けている。
「我が子飛影よ。よく来たな」
その神は、火之迦具土は、意外と穏やかな響きの声で呼び掛ける。
「私は火之迦具土神。さあ、そなたに我が神威を授けよう。そなたのため、そなたの愛する者のため」