螺旋より外れて
「あんたが……経津主さんか」
桑原は、目の前のその人影をまじまじ見据える。
顔や半身の表面に無数の傷が走り威圧的だが、目鼻の整った若者……の姿をした神である。
緋色がかった金色の目の光が不思議で強く、薄い金髪を結い上げて無造作に垂らしている。
裸の上半身の上に羽衣のようなたなびく布を纏い、下半身は錦でできた袴を穿いている。
挑発的な表情で、その神、経津主は桑原を見返す。
「そうだ、わしこそがここの主で、経津主だ。そなたの宿神ということになるな」
経津主はどこか気だるげに呟くと、にこりと面白そうに笑う。
「経津主さんよ。宿神の件は重々お願いしてえ。だが」
桑原が、ぐっと目に力を込める。
「今回みてえなことは、もうナシにしてくれ。雪菜さんも、俺の姉貴も、あんな風に扱われていいような妖怪や人間じゃねーーー!!」
力の籠った宣言に、経津主は大きくうなずく。
「それはその通りだ。その件については詫びよう。二人とも、さりげなく他人を助けてやる慈悲のある魂の持ち主。カズマ、そなたはキツイと思っている姉の方も、そなたに見えないところで霊障に苦しめられる人間を何人も救ってきた」
桑原はきょとんと目を瞬かせる。
「え? ……そうなのか?」
経津主は再度うなずき、
「その件では、もう心配いらないと宣言しよう。今後そなたの近くにいる限り護られるはずだ。さて、宿神の件だが」
「おう!! どうすりいいんだ?」
「もう済んだ」
「ああん!?」
急なことに、桑原は目を瞬かせる。
「カズマ。霊剣を出してみよ」
「あ、ああ……」
経津主の求めに応じて、桑原は右手の中に霊剣を……
「うおっ!? こりゃあ!?」
不意に右手の中に現れたずっしりした剣を認識するや、桑原は思わず叫び声を上げる。
「それ」は、もはや桑原が今まで認識してきた「霊剣」ではない。
実体のある、大きな直剣だ。
鍔の部分に雷紋と獣を模したような派手な装飾がきらめき、全体が淡い金色に光り輝いている。
奇妙な圧力と魅力を同時に感じる神力だ。
「わしは、剣の神。剣そのものが本体とすら言える神でな。従って、わしを宿神としたそなたには、その霊剣に最も顕著にわしの神威が現れる」
桑原は、経津主の言葉を聞きながら、自分の全身もかすかに輝いているのに気付く。
「霊剣の性能は、いままでと比較にならん。いわば神剣か。わしの神威そのものとして実体化したということだ。いや、むしろそなた自身が、わしの神威を宿すべく用意された器の如きだ」
経津主はニンマリ笑う。
桑原ははたと顔を上げる。
「あっ……ありがとうよ、経津主さんよ!! 早速帰らねえと」
経津主は更に面白そうに。
「まあ、そう急くな。神剣を試してみるがいい。そこの若造の胸でも借りてな」
経津主があごをしゃくったのは飛影。
桑原はぎょっとして、彼を見据える。
「ふん、面白い」
飛影は、手にしていた剣を抜き放つ。
「表へ出ろ、桑原。その剣と貴様がどんなものだか、試してやる」
「えっ……ええって、おい……!!」
桑原は露骨に腰が引けている。
飛影の腕前のほどは、近くについて嫌と言うほど理解しているつもりだ。
自分が勝てる相手とは思えない。
「おもしれえ、やってみろよ桑原!! もう、兄貴くらい強いんだろ!?」
「ええ……」
幽助に促され、桑原は相変らず目を白黒だ。
あの存在が奇蹟のような永夜に、自分が匹敵する!?
「まあ、そこまでは大げさではあるが、当たらずとも遠からずだ。そなたはすでに『宿神持ち』。三界の生き物の範疇を超えている。無論、そこの飛影という剣士も、な」
経津主に駄目押しされ、桑原は思わず周囲を見回す。
背後では、経津主に仕える神人たちが、神殿の扉を開いたところ。
「確かに、桑原くんの気配が、いつのまにか変わっている。これが、神気というのか。計り知れない力を感じる……」
蔵馬が、じっと桑原を見据える。
桑原はきょとんとするばかりだ。
「そうなんか……?」
蔵馬はうなずく。
「とにかく、やってみればいい。多分、飛影も今の君に勝てない」
「ええ……」
桑原は狐につままれた顔のまま、飛影の後を追って庭に出る。
神殿の庭は、広く敷石のある鍛錬場を備えた広々としたものである。
鎮守の森が周囲を取り囲んで鳥の声が間近で響く。
四人と永夜、そして、経津主が神人たちを伴って庭に出る。
経津主が、鍛錬場の中心に立つよう、桑原と飛影を促す。
「さあ、二人とも距離を置いて向き合え。合図と共に試合開始だ、いいな?」
経津主がすいと片手を上げる。
「うひょお、わくわくするぜ。桑原は大変だろうけどなあ」
幽助がにやにやしながら口にすると、隣の永夜がかすかに首を横に振る。
「いや、大変なのは飛影様だ。まるで話にならなくてショックを受けるだろう。宿神を持つということは、小さな神になるということ。三界の生き物の基準でどれほど力があったとしても、比べるべき同じ地平に立つなどということはない」
幽助は怪訝そうに。
「そうなんか? あの飛影が桑原に?」
「勝てないどころか、殺されなかったら称賛すべきだね」
永夜の言葉に納得いかないまま、幽助が首をひねった、その時。
「はじめ!!」
経津主が片手を振り下ろす。
その瞬間、飛影の体が文字通り影となり……
しゅん。
それは軽い、小さな音。
だが。
桑原の目の前で、飛影の肉体が前のめりの格好のまま、腹の辺りから両断されて、地面に放り出されている。
誰よりその事態を認識していないのは、飛影本人のよう。
血を吐きながら、倒れた姿勢で目を剥いている。
一方の桑原は、神剣を横薙ぎに払った姿勢のまま呆然としている。
刀身から滴る血だけが、飛影を確かに斬ったという証拠。
「え……えええ……なんだよ……!!」
桑原がぎくりと叫ぶ。
まるで予想していたように永夜が飛影に駆け寄るのを、唖然と見守るばかり。
「す、すげえ!! 一瞬で、むっちゃ強くなってんじゃねーか桑原!!」
永夜が、飛影の上半身と下半身を拾い集めて繋げているのを確認するや、幽助は桑原に駆け寄る。
「えっ、どんな感じなんだそれ? 動きが見えなかったぞ!!」
「いや、俺も……。飛影が動いたと思ったから、牽制のつもりで剣を振ったら、飛影が倒れてて……」
自分でも信じられないというように、桑原は首を振る。
呆然とした桑原の目前で、飛影が永夜の治癒術によって上半身下半身を繋ぎ合わされ、血まみれのまま立ち上がる。
じろりと桑原を見やり。
「フン。貴様も、ようやく戦力に数えられるようになったじゃないか」
「ああ……。ああ、そうだな、飛影。ようやくだ」
桑原は不意に我に返ったように。
「大丈夫か?」
「いらん世話だ。すぐに俺もリンクとやらをして追いついてやる」
桑原は、かすかに、ああ、とだけ返事をする。
下手な慰めは飛影のプライドを傷つけるばかりと、濃厚な年月の付き合いで理解している。
「カズマはしばしここに留まって、力の使い方を理解せよ」
経津主が満足気に言い渡す。
「他の面々は、これでどういうことかが理解できただろう。宿神とリンクを求めて、早々に旅立つが良かろう」
桑原は、目の前のその人影をまじまじ見据える。
顔や半身の表面に無数の傷が走り威圧的だが、目鼻の整った若者……の姿をした神である。
緋色がかった金色の目の光が不思議で強く、薄い金髪を結い上げて無造作に垂らしている。
裸の上半身の上に羽衣のようなたなびく布を纏い、下半身は錦でできた袴を穿いている。
挑発的な表情で、その神、経津主は桑原を見返す。
「そうだ、わしこそがここの主で、経津主だ。そなたの宿神ということになるな」
経津主はどこか気だるげに呟くと、にこりと面白そうに笑う。
「経津主さんよ。宿神の件は重々お願いしてえ。だが」
桑原が、ぐっと目に力を込める。
「今回みてえなことは、もうナシにしてくれ。雪菜さんも、俺の姉貴も、あんな風に扱われていいような妖怪や人間じゃねーーー!!」
力の籠った宣言に、経津主は大きくうなずく。
「それはその通りだ。その件については詫びよう。二人とも、さりげなく他人を助けてやる慈悲のある魂の持ち主。カズマ、そなたはキツイと思っている姉の方も、そなたに見えないところで霊障に苦しめられる人間を何人も救ってきた」
桑原はきょとんと目を瞬かせる。
「え? ……そうなのか?」
経津主は再度うなずき、
「その件では、もう心配いらないと宣言しよう。今後そなたの近くにいる限り護られるはずだ。さて、宿神の件だが」
「おう!! どうすりいいんだ?」
「もう済んだ」
「ああん!?」
急なことに、桑原は目を瞬かせる。
「カズマ。霊剣を出してみよ」
「あ、ああ……」
経津主の求めに応じて、桑原は右手の中に霊剣を……
「うおっ!? こりゃあ!?」
不意に右手の中に現れたずっしりした剣を認識するや、桑原は思わず叫び声を上げる。
「それ」は、もはや桑原が今まで認識してきた「霊剣」ではない。
実体のある、大きな直剣だ。
鍔の部分に雷紋と獣を模したような派手な装飾がきらめき、全体が淡い金色に光り輝いている。
奇妙な圧力と魅力を同時に感じる神力だ。
「わしは、剣の神。剣そのものが本体とすら言える神でな。従って、わしを宿神としたそなたには、その霊剣に最も顕著にわしの神威が現れる」
桑原は、経津主の言葉を聞きながら、自分の全身もかすかに輝いているのに気付く。
「霊剣の性能は、いままでと比較にならん。いわば神剣か。わしの神威そのものとして実体化したということだ。いや、むしろそなた自身が、わしの神威を宿すべく用意された器の如きだ」
経津主はニンマリ笑う。
桑原ははたと顔を上げる。
「あっ……ありがとうよ、経津主さんよ!! 早速帰らねえと」
経津主は更に面白そうに。
「まあ、そう急くな。神剣を試してみるがいい。そこの若造の胸でも借りてな」
経津主があごをしゃくったのは飛影。
桑原はぎょっとして、彼を見据える。
「ふん、面白い」
飛影は、手にしていた剣を抜き放つ。
「表へ出ろ、桑原。その剣と貴様がどんなものだか、試してやる」
「えっ……ええって、おい……!!」
桑原は露骨に腰が引けている。
飛影の腕前のほどは、近くについて嫌と言うほど理解しているつもりだ。
自分が勝てる相手とは思えない。
「おもしれえ、やってみろよ桑原!! もう、兄貴くらい強いんだろ!?」
「ええ……」
幽助に促され、桑原は相変らず目を白黒だ。
あの存在が奇蹟のような永夜に、自分が匹敵する!?
「まあ、そこまでは大げさではあるが、当たらずとも遠からずだ。そなたはすでに『宿神持ち』。三界の生き物の範疇を超えている。無論、そこの飛影という剣士も、な」
経津主に駄目押しされ、桑原は思わず周囲を見回す。
背後では、経津主に仕える神人たちが、神殿の扉を開いたところ。
「確かに、桑原くんの気配が、いつのまにか変わっている。これが、神気というのか。計り知れない力を感じる……」
蔵馬が、じっと桑原を見据える。
桑原はきょとんとするばかりだ。
「そうなんか……?」
蔵馬はうなずく。
「とにかく、やってみればいい。多分、飛影も今の君に勝てない」
「ええ……」
桑原は狐につままれた顔のまま、飛影の後を追って庭に出る。
神殿の庭は、広く敷石のある鍛錬場を備えた広々としたものである。
鎮守の森が周囲を取り囲んで鳥の声が間近で響く。
四人と永夜、そして、経津主が神人たちを伴って庭に出る。
経津主が、鍛錬場の中心に立つよう、桑原と飛影を促す。
「さあ、二人とも距離を置いて向き合え。合図と共に試合開始だ、いいな?」
経津主がすいと片手を上げる。
「うひょお、わくわくするぜ。桑原は大変だろうけどなあ」
幽助がにやにやしながら口にすると、隣の永夜がかすかに首を横に振る。
「いや、大変なのは飛影様だ。まるで話にならなくてショックを受けるだろう。宿神を持つということは、小さな神になるということ。三界の生き物の基準でどれほど力があったとしても、比べるべき同じ地平に立つなどということはない」
幽助は怪訝そうに。
「そうなんか? あの飛影が桑原に?」
「勝てないどころか、殺されなかったら称賛すべきだね」
永夜の言葉に納得いかないまま、幽助が首をひねった、その時。
「はじめ!!」
経津主が片手を振り下ろす。
その瞬間、飛影の体が文字通り影となり……
しゅん。
それは軽い、小さな音。
だが。
桑原の目の前で、飛影の肉体が前のめりの格好のまま、腹の辺りから両断されて、地面に放り出されている。
誰よりその事態を認識していないのは、飛影本人のよう。
血を吐きながら、倒れた姿勢で目を剥いている。
一方の桑原は、神剣を横薙ぎに払った姿勢のまま呆然としている。
刀身から滴る血だけが、飛影を確かに斬ったという証拠。
「え……えええ……なんだよ……!!」
桑原がぎくりと叫ぶ。
まるで予想していたように永夜が飛影に駆け寄るのを、唖然と見守るばかり。
「す、すげえ!! 一瞬で、むっちゃ強くなってんじゃねーか桑原!!」
永夜が、飛影の上半身と下半身を拾い集めて繋げているのを確認するや、幽助は桑原に駆け寄る。
「えっ、どんな感じなんだそれ? 動きが見えなかったぞ!!」
「いや、俺も……。飛影が動いたと思ったから、牽制のつもりで剣を振ったら、飛影が倒れてて……」
自分でも信じられないというように、桑原は首を振る。
呆然とした桑原の目前で、飛影が永夜の治癒術によって上半身下半身を繋ぎ合わされ、血まみれのまま立ち上がる。
じろりと桑原を見やり。
「フン。貴様も、ようやく戦力に数えられるようになったじゃないか」
「ああ……。ああ、そうだな、飛影。ようやくだ」
桑原は不意に我に返ったように。
「大丈夫か?」
「いらん世話だ。すぐに俺もリンクとやらをして追いついてやる」
桑原は、かすかに、ああ、とだけ返事をする。
下手な慰めは飛影のプライドを傷つけるばかりと、濃厚な年月の付き合いで理解している。
「カズマはしばしここに留まって、力の使い方を理解せよ」
経津主が満足気に言い渡す。
「他の面々は、これでどういうことかが理解できただろう。宿神とリンクを求めて、早々に旅立つが良かろう」