螺旋より外れて

 雲間から現れた奇怪なモノは何十体もいる。

 薄板を出鱈目に繋ぎ合わせたようなもの。
 動物の内部器官が剥き出しになったのに、鋼鉄の殻が付いているようなもの。
 うねる輪が多重に重なったようなもの。

「オイオイ、なんだこりゃあ!!」

 桑原が霊剣を構えつつ頓狂な声を上げる。

「これは、桑原さん、あなたを襲ったのと同じ。『呼ばれざる者』の手先ですよ。元は人間だったり魔族だったり霊界人だったりですが……今は、ご覧の通りの生き物でございます」

 永夜は静かに断言し、両の手を智拳印に組む。
 ふと、飛影が撃の背中を前に踏み出す。

「邪王炎殺黒龍波ーーーーー!!!」

 飛影が二発目の黒龍波を放つ。
 しかし、それはこの神聖な空間で「魔界」を殊更主張するように黒々と燃え立つが、その怪物の群れの前に到達するや、水でもかけられたかのように雲散霧消する。
 あまりの呆気なさに、放った飛影が目を剥く。

「なに……」

「飛影さん、これでおわかりですね? 『呼ばれざる者』の手の者に、通常の妖力は通じません。『呼ばれざる者』ばかりではなく、三界の外の存在、神々全般に三界の生き物の力は通じないのです」

 永夜に説明され、飛影は盛大に舌打ちする。
 その横で、幽助が霊丸の構えを取る。

「これならどうだ!!」

 大音声と共に放たれた特大霊丸も、押し寄せる怪物の群れの前散り散りに消え失せる。
 幽助が呻いた時、その目の前の空間を、かぐわしい薔薇が舞う。

「風華円舞陣!!」

 しかし、レーザーの如き切れ味を持つ蔵馬の妖気が通った薔薇の花びらも、その怪物に触れる前に枯れ果て、灰色の塵となって吹き散らされる。
 蔵馬がかすかに呻くのがせめてもの抵抗。

「やり方というのがございます」

 静かに静かに、永夜が智拳印を結んだ手を掲げる。

「オン・バザラダト・バン!!」

 高らかに唱えられた金剛大日如来咒と共に、凄まじい光の洪水が降り注ぐ。
 核爆発もかくや。
 太陽が目と鼻の先に下りてきたならかくもあらんという壮絶な輝き。
 大気が震え、耳をつんざく大音声がこの空間に満ちて揺るがせる。
 思わず、四人組は目を閉じるが、足下の撃と目の前の永夜は揺るぎない。

 一瞬。

「ああ……」

 思わず洩らした嘆声は、誰のものだったのか。
 すでに、そこに山ほどうじゃじゃけていた怪物の大群はない。
 嘘のように美しい、渦巻く淡い金色の雲が、ゆっくりと揺らめくだけ。

「お見事です、法師様。以前以上の凄まじい法力ですね。つくづくあなたを敵に回さなくて良かったですよ」

 蔵馬が冷や汗と共にそんな戯言をこぼす。
 あの妖怪でもぞっとした寒々しくおぞましい怪物の群れが放つ気配も完全に消えているのだ。
 最初からそんなものはなかったと言いたげに、神々の存在する空間の前庭の麗しさが、ただそこに横たわっているだけ。

「さあ、あなた方も、リンクが可能となれば、この程度のことは簡単にできますよ。いわゆるランクアップというものは、上がってから後ろを振り返れば呆気ないものです。もうすぐですから落ち着いて。まずは、一番危険な桑原さんです」

 永夜は撃に合図して更に進みつつ、そんな言葉を口にする。
 幾重もの雲の帳を掻き分け、鮮やかで清冽な光が満ちるその空間に入る。

 緑と巨岩の織りなす風光明媚な風景を見せる山裾。
 その巨大な参道の入口に、撃はゆっくり下りていく。
 緑に囲まれ、巨岩を背負う神殿が、その奥に見え隠れ。

「ここが、経津主神の領域か。受け入れてもらえるかな、俺……」

 桑原は、清浄な空気の満ちるその空間に気後れしたように、きょろきょろしながら撃から飛び降りる。
 蔵馬、飛影、幽助が後に続く。
 最後に永夜が地面に降り立ち、撃を縮めて肩に乗せる。

 そこは、山というかこんもりした丘と巨岩の中腹に鎮座する、神道式の社に続く広い参道の端である。
 道幅は軍隊が行進できそうなほどに広い。
 参道は大きくヘアピンカーブを描きながら、社へと続いているのだ。

「あのお社みてーなとこに、経津主さんとやらがいらっしゃるってことか? おし、さっさと力をもらい受けに行こうぜ」

 早く帰らねーと。
 雪菜さんや姉貴や親父が心配だしなあ。

 桑原は、自分の恋焦がれる人や家族に危険が迫っているのではと気が気ではないようだ。
 雪菜は大人しい種族ながら妖怪であるし、家族もそれなりに対霊能力を備えた霊感一家ではあるのだが、それでもあんな邪神の手先に襲われて無事に切り抜けられるとは思えない。
 街中でうろついている成仏し損ない程度の連中とは、今度の敵は格が違うのだ。

 ――カズマさん。
 ――カズマ。

 呼ばれたような気がして、桑原は顔を上げる。

「なっ、なんだ、どうして……」

 桑原よりも早く声を上げたのは幽助。
 そこにある二つの影は、幽助にもなじみ深い人々だったのだ。

「雪菜だと、馬鹿な!?」

 飛影が息を呑む。
 そこにいた二つの影のうち、一つは明かに、彼の妹の姿をしている。

「姉貴!? 外出すんなって言ったじゃねーか、なんで雪菜さんとこんなとこにいんだよ!? 雪菜さんもなんで!!」

 桑原が一瞬の放心から我に帰るや、立て続けに疑問を飛ばす。
 ここに来る前に、桑原の家族が「呼ばれざる者」に襲われないように、様々な手は打ってあったのだ。
 主に、永夜がその法力で、家屋に邪気除けの札を貼り、家族と雪菜には、邪神除けの護符を持たせたものだ。
 念のため、しばらく外出も控えるように、よくよく言い含めてもきたはず、なのであるが。

 そこにお神酒徳利のように並んで立っていた雪菜と静流は、どこか哀し気に微笑む。

「和真さん。ごめんなさい、間に合いませんでした」

 唐突に雪菜に告げられ、桑原はきょとんとする。

「雪菜さん……?」

 次いで、静流が口に加えていたたばこをむしり取る。

「……カズ。あんたの努力は認めたい。だけど、あたしらはもう、駄目なんだ……」

 その澄んだ哀し気な瞳が桑原を向いた時、桑原ばかりか全員の胸に不吉な予感が去来する。

「桑原くん、あぶな……!!」

 蔵馬が叫んだ時。

 雪菜と静流の全身が、爆発するように裂けた。
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