螺旋より外れて
軍神と崇められる経津主神(ふつぬしのかみ)は、不思議な神である。
建御雷神と共に豊葦原の中つ国の平定を行ったとされるが、その正体は神剣「布都御魂(ふつのみたま)」そのものとされている。
剣そのものであると同時に、神である。
剣そのものが本体とでも言うべきだろうか。
全国の香取神宮で祀られているのだが、この皿屋敷市にも分社が存在しているはずだ。
そこそこ大きな神社で、初詣というと、近隣ではこことされている。
その神が、桑原を呼んでいる。
そんな信じがたい情報を元に、桑原はじめいつもの四人組に永夜を加えた一行は神社に向かったのだが。
◇ ◆ ◇
「なあ、神様が呼んでるちゅうてもさあ……、神社に行けばそうそう会えるもんなのか? そんな安易な」
皿屋敷市内の香取神宮分社。
桑原は、そういえば去年の縁日には雪菜と来たなあ、と感慨深げだ。
ふと、永夜が神社入り口で一礼して、内部に足を踏み入れる。
「神社仏閣なんかの聖域は、いわばその神仏の窓口でございます。だからお願いを聞いていただける訳です。ならば……ここから天界へ、高天原という場所へはすぐです」
幽助は子供の頃はよくここで喧嘩もしたなあと、何となく懐古しながら境内を見回す。
参道を踏みしめながら口を開く。
「すぐつったって、どうやってタカマガハラとかいうとこに行くんだ? お迎えでも来るのかよ?」
蔵馬が何かを観察するように周囲を注意深く見回し、幽助に応じる。
「多分、法師様みたいな人間しか知らない、なんらかの移動方法があるんだろう。俺の同族の一部は神と呼ばれる者に仕えているが、彼らは神の領域に行ける特殊な力を与えられている……といったことは聞いている」
幽助は目を見開く。
「マジか!? 蔵馬の同族って、妖狐……?」
「そう。ほら、稲荷の使いの白狐っているだろ? 彼らは当然、自分の主に報告にも参上しなければならない訳だから、天界と現世は行き来できる訳だよ」
おもむろに永夜を振り返り、
「その力は、法師様が授けてくださるんですよね?」
永夜は苦笑する。
「あなた個人にそういう僭越なことはできませんが、高天原への移動はこの子を使いだてします……撃(げき)!!」
永夜が宙空に向けて手を差し伸べる。
万色をたたえた花が咲くように、空間がよじれ。
そこから、宇宙の漆黒を纏う、翼のある巨竜が姿を現わす。
胴体だけでも十数mある巨竜は、夜空の星々を映す鱗に覆われた体、虹色のたてがみに、闇の虹色の羽毛の翼を持つ。
肉食獣の鼻面に、高貴なレイヨウのようなねじれ角。
幽助が、その姿を見て微笑む。
「よう、撃!! 魔界から運んでくれてありがとな!! ……兄貴、もしかしてこいつ、神界へも行けるのか!?」
永夜は優雅にうなずき、神獣の鼻面を撫でる。
「ああ。この撃は、私が宿神を宿すことになった時に、大黒天から下し置かれた存在。御仏の元へ運ぶ翼を持つ。それは行き先が高天原であろうと同じこと」
桑原がほっとしたように息をつき、すぐ表情を挑戦的に燃え立たせる。
「よっしゃ、永夜さんよ、今すぐタカマガハラってとこへ連れて行ってくれ!! 一刻の猶予もねえ。こういしている間にも、雪菜さんを狙っている奴が近付いてくるかも」
「ええ。参りましょう」
永夜がそう言うと、背中に彼らを乗せるために肢をたわめて姿勢を低くした撃に、まっさきに飛影が飛び乗る。
「さあ、さっさと神の国だかへ連れていけ。そして、俺がその経津主だかを倒してやる」
いつもの調子の飛影に、残る四人は、物騒な内容にも関わらずふにゃけた気分になってしまう。
真っ先に突っ込んだのは幽助だ。
「なあ飛影さ、オメー、兄貴の話聞いてたか!? 普通のやり方じゃカミサマとかには勝てねえんだぞ?」
飛影はいつものようにフン、と鼻を鳴らす。
「そうでも構わん。どの程度のものか、実際戦ってみればわかるはずだ」
蔵馬がけろけろ笑いだす。
「法師様、あなたに負けただけでは、飛影は納得いかないそうですよ? や~~~い、法師様の迫力不足~~~」
わざとらしいからかい口調に、永夜が更に苦笑する。
「仕方ありませんね。わたくしは、結局普通の人間にしか見えませんから。まあ、一つ飛影さんに申し上げられることは、わたくしごときに勝てないのなら、神に打ち勝つなど夢のまた夢もいいところ、ということですね」
桑原が永夜と飛影を見比べてふとこぼす。
「永夜さんて、三竦み全員にまとめて勝ったくれえなんだろ? その永夜さんより強い神様……。俺が、俺なんかが、そんなひとに手が届くのか……?」
ふいっと、永夜は振り向いて微笑む。
「手が届くどころか、あなたの場合は、神から手を伸ばして下さっているのですよ。それだけ髙い『資質』があなたにはあるのです。邪神の輩と戦う資質が」
「……」
桑原は思わず考え込む。
その間に、幽助、蔵馬、飛影が撃に乗り込む。
永夜が撃の首近くに駆けあがり、その手を桑原に伸ばす。
「さ、桑原さん」
桑原は意を決して、その手を掴んだのだった。
◇ ◆ ◇
ぐるぐると薄雲が渦巻くような空間。
あでやかな金色の光の中に、淡い真珠の反射が溶け込む。
「ここが……神界への通路なのか?」
桑原が撃にまたがったまま目を白黒させる。
「ええ。ここは通称『雲路(くもじ)』と呼ばれる、三界と神界の間の空間です。本来なら、滅多な奴は来られないはずなのですが」
永夜の含みのある声音に、桑原は首を傾げ……いきなり、ぞくっと奔った戦慄に固まる。
「なっなんだ!?」
「敵襲です!! 戦闘準備を!!」
渦巻く雲の間から。
奇怪に歪んだ巨大な群れが、雪崩れを打って押し寄せる。
建御雷神と共に豊葦原の中つ国の平定を行ったとされるが、その正体は神剣「布都御魂(ふつのみたま)」そのものとされている。
剣そのものであると同時に、神である。
剣そのものが本体とでも言うべきだろうか。
全国の香取神宮で祀られているのだが、この皿屋敷市にも分社が存在しているはずだ。
そこそこ大きな神社で、初詣というと、近隣ではこことされている。
その神が、桑原を呼んでいる。
そんな信じがたい情報を元に、桑原はじめいつもの四人組に永夜を加えた一行は神社に向かったのだが。
◇ ◆ ◇
「なあ、神様が呼んでるちゅうてもさあ……、神社に行けばそうそう会えるもんなのか? そんな安易な」
皿屋敷市内の香取神宮分社。
桑原は、そういえば去年の縁日には雪菜と来たなあ、と感慨深げだ。
ふと、永夜が神社入り口で一礼して、内部に足を踏み入れる。
「神社仏閣なんかの聖域は、いわばその神仏の窓口でございます。だからお願いを聞いていただける訳です。ならば……ここから天界へ、高天原という場所へはすぐです」
幽助は子供の頃はよくここで喧嘩もしたなあと、何となく懐古しながら境内を見回す。
参道を踏みしめながら口を開く。
「すぐつったって、どうやってタカマガハラとかいうとこに行くんだ? お迎えでも来るのかよ?」
蔵馬が何かを観察するように周囲を注意深く見回し、幽助に応じる。
「多分、法師様みたいな人間しか知らない、なんらかの移動方法があるんだろう。俺の同族の一部は神と呼ばれる者に仕えているが、彼らは神の領域に行ける特殊な力を与えられている……といったことは聞いている」
幽助は目を見開く。
「マジか!? 蔵馬の同族って、妖狐……?」
「そう。ほら、稲荷の使いの白狐っているだろ? 彼らは当然、自分の主に報告にも参上しなければならない訳だから、天界と現世は行き来できる訳だよ」
おもむろに永夜を振り返り、
「その力は、法師様が授けてくださるんですよね?」
永夜は苦笑する。
「あなた個人にそういう僭越なことはできませんが、高天原への移動はこの子を使いだてします……撃(げき)!!」
永夜が宙空に向けて手を差し伸べる。
万色をたたえた花が咲くように、空間がよじれ。
そこから、宇宙の漆黒を纏う、翼のある巨竜が姿を現わす。
胴体だけでも十数mある巨竜は、夜空の星々を映す鱗に覆われた体、虹色のたてがみに、闇の虹色の羽毛の翼を持つ。
肉食獣の鼻面に、高貴なレイヨウのようなねじれ角。
幽助が、その姿を見て微笑む。
「よう、撃!! 魔界から運んでくれてありがとな!! ……兄貴、もしかしてこいつ、神界へも行けるのか!?」
永夜は優雅にうなずき、神獣の鼻面を撫でる。
「ああ。この撃は、私が宿神を宿すことになった時に、大黒天から下し置かれた存在。御仏の元へ運ぶ翼を持つ。それは行き先が高天原であろうと同じこと」
桑原がほっとしたように息をつき、すぐ表情を挑戦的に燃え立たせる。
「よっしゃ、永夜さんよ、今すぐタカマガハラってとこへ連れて行ってくれ!! 一刻の猶予もねえ。こういしている間にも、雪菜さんを狙っている奴が近付いてくるかも」
「ええ。参りましょう」
永夜がそう言うと、背中に彼らを乗せるために肢をたわめて姿勢を低くした撃に、まっさきに飛影が飛び乗る。
「さあ、さっさと神の国だかへ連れていけ。そして、俺がその経津主だかを倒してやる」
いつもの調子の飛影に、残る四人は、物騒な内容にも関わらずふにゃけた気分になってしまう。
真っ先に突っ込んだのは幽助だ。
「なあ飛影さ、オメー、兄貴の話聞いてたか!? 普通のやり方じゃカミサマとかには勝てねえんだぞ?」
飛影はいつものようにフン、と鼻を鳴らす。
「そうでも構わん。どの程度のものか、実際戦ってみればわかるはずだ」
蔵馬がけろけろ笑いだす。
「法師様、あなたに負けただけでは、飛影は納得いかないそうですよ? や~~~い、法師様の迫力不足~~~」
わざとらしいからかい口調に、永夜が更に苦笑する。
「仕方ありませんね。わたくしは、結局普通の人間にしか見えませんから。まあ、一つ飛影さんに申し上げられることは、わたくしごときに勝てないのなら、神に打ち勝つなど夢のまた夢もいいところ、ということですね」
桑原が永夜と飛影を見比べてふとこぼす。
「永夜さんて、三竦み全員にまとめて勝ったくれえなんだろ? その永夜さんより強い神様……。俺が、俺なんかが、そんなひとに手が届くのか……?」
ふいっと、永夜は振り向いて微笑む。
「手が届くどころか、あなたの場合は、神から手を伸ばして下さっているのですよ。それだけ髙い『資質』があなたにはあるのです。邪神の輩と戦う資質が」
「……」
桑原は思わず考え込む。
その間に、幽助、蔵馬、飛影が撃に乗り込む。
永夜が撃の首近くに駆けあがり、その手を桑原に伸ばす。
「さ、桑原さん」
桑原は意を決して、その手を掴んだのだった。
◇ ◆ ◇
ぐるぐると薄雲が渦巻くような空間。
あでやかな金色の光の中に、淡い真珠の反射が溶け込む。
「ここが……神界への通路なのか?」
桑原が撃にまたがったまま目を白黒させる。
「ええ。ここは通称『雲路(くもじ)』と呼ばれる、三界と神界の間の空間です。本来なら、滅多な奴は来られないはずなのですが」
永夜の含みのある声音に、桑原は首を傾げ……いきなり、ぞくっと奔った戦慄に固まる。
「なっなんだ!?」
「敵襲です!! 戦闘準備を!!」
渦巻く雲の間から。
奇怪に歪んだ巨大な群れが、雪崩れを打って押し寄せる。