螺旋より外れて

「改めて、初めまして、桑原さん。わたくしは、浦飯幽助の兄に当たる、影沖永夜と申します」

 桑原和真の部屋。
 日当たりのいい、猫の匂いのする部屋で、桑原は懐かしい顔に、新しい顔を紹介されている。
 永夜は座卓の前に座布団を当てて座り込み、丁寧に桑原に一礼している。

「ええ……浦飯、兄ちゃんなんかいたのかよ……つうか、おふくろさん何歳の時の子供……」

 流石の――彼にとっては――急展開に、桑原は目を白黒だ。

「いや、違う違う。生まれたのは七百年くれえ前。おふくろが前世で食脱医師なんかしてた時の子供」

 茶をすすりながら、しれっと幽助はそんな風に受け答える。
 桑原は首を傾げ。

「するってえと、おめえの……」

「ま、先祖でもあるわ。雷禅と食脱医師の、最初の子供。親父とは仲悪ぃけど」

 けろけろ笑いながらそんなことを口にする幽助に、桑原は眩暈でも起しそうな表情である。

「彼と食脱医師が主導して、新しい敵と戦うことになったんだ。桑原くんも見ただろう? さっきのあいつらさ」

 蔵馬がすいと優雅に茶を口に運ぶ。

「あいつら、何なんだよ? 霊気も妖気も通用しねーのに、この兄さんの攻撃は通じてた?」

 桑原は永夜に目を向ける。
 永夜は穏やかにうなずき、説明を始める。

「この世界には、人間と魔族と霊界人だけがいる訳ではないのです。私や母が崇める神仏もおわしますし、邪神と呼ぶべき邪悪な神々も存在する。あなたが出くわしたのは、邪神の手の者ですね。こいつらは通常の攻撃は通じません」

 桑原が怪訝そうに目をすがめる。

「マジかよ。そんなもんがいるのか。でも、本当にそうなら、なんで永夜さんの攻撃だけは通じるんだ?」

 永夜は静かに桑原を見返す。

「私は密教の行者です。正当な仏尊の力を借りて、邪神に対抗することができます。三界の者の通常の力で及ばぬ邪神やその手の者も、こちらが神仏の御力をお借りして対抗すれば、退けることができる」

 永夜は、丁寧に説明を始める。
 三界を中心に、無数の世が泡のように浮かんだ宇宙が世界の実相であること。
 周囲の泡、つまり神界とか天界といわれるような世界には、人間が崇めるような神仏が実際に存在していること。
 その中には、邪神としか呼べない「呼ばれざる者」が存在していること。
 その「呼ばれざる者」の活動が最近活発化し、それに伴って表面化してきたこと。
 対抗する手段は、三界の者が神仏の力を身に降ろし、自らの元々の力と融合させた上で戦うしかないのだと。
 その神降ろしの力を得るため、三竦みは既に動いており、そして幽助たちも動き始めたのだと。

「ちょっと待て!!」

 桑原が思わず叫ぶ。

「じゃあ、何か。今のままだと、いくら鍛えても、その邪神とやらに対抗できねえってことか!?」

 フン、と鼻を鳴らしたのは飛影。

「そう言っているだろう、呑み込みの悪い奴め。このままだと貴様はいずれさっきのような化け物に殺されるぞ」

 桑原が何か叫ぶ前に、永夜が割り込む。

「飛影さんのお言葉はきついですが、事実としてはその通りなのです。そして、恐ろしいことには、『呼ばれざる者』の一党は、霊界の中枢にかなり食い込んでいる。つまり、霊界探偵だった弟ばかりか、その協力者であった、桑原さん、あなたも間違いなく敵認定されているはず」

 静かに言い聞かせるような永夜の口調に、桑原は低く呻く。
 話に破綻がなく、全て実体験した出来事と一致する。
 そもそも、浦飯幽助の実兄がわざわざ出てきて自分を騙す可能性など限りなく低い。

 つまり。
 先ほどからのとんでもない説明の全ては事実でしかないということ。

「なあ、どうすりゃいいんだ? 俺もその神仏の力とかいうのを借りるには? 今から出家でもすりゃいいのかよ!? 間に合わねえよ!!」

 思わず、桑原は叫ぶ。
 脳裏には、自分の身近にいる雪菜の姿。
 それに、家族。
 父と姉。
 両方霊感は強いが、戦えるとは聞いていない。

 と、永夜が落ち着いて、と声をかける。

「いえ、あなたは出家などする必要はない。あなたに、是非に力を授けたい、宿神になりたいと熱望しておられる神がおわしますのです」

 そう告げられ、桑原は目をぱちくりさせる。

「なんだ? 俺、特に信心深いほどじゃねーって思うし、坊さんとか神職とかの修行もしてねえけど、そんな神様いんのかよ?」

 永夜はにこりと微笑む。

「いらっしゃいます。あなたはさながら、その方のための器ででもあるかのように、霊剣を身に着けた。すでに準備万端だと」

 ますます、桑原は納得いかない表情だ。

「えっと、その神様って……俺の霊剣となんの関係が」

 永夜は静かに桑原を見据え、畏怖を込めて語り出す。

「旧い剣の神ですよ。剣というものの聖性そのものと申し上げて良い。……布都御魂(ふつのみたま)という神様は、ご存知ですか?」
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