螺旋より外れて
「ここは……また、妙なところだな」
雷禅が、牛車が辿り着いた場所を見回して唸る。
幾つもの亜空間を通って辿り着いた、天界の最奥。
そこは、輝く石柱が林立する、不可思議な空間。
異国の神殿のようにも見えるが、天井はないように見える。
頭上はるかには、果てしない星空のようなきらめきが広がり、静謐な光を落とす。
十二神将が牛車の周囲に控え、彼らを残して雷禅と聖果が奥へと進む。
すでにどうしていいのかわかっているように、聖果の足取りは落ち着いているが、雷禅はやや困惑しているのか、時折立ち止まる。
不意に、聖果が立ち止まる。
雷禅を振り返り、厳しい表情で見据えるのを、雷禅は不思議そうに見返す。
「雷禅、ここはすでに、密教教主、大日如来の領域」
聖果が静かに言い聞かせる。
雷禅はうなずく。
それが何を意味するのか。
「密教という教えの究極の実体であり、宇宙そのものとも言えるお方。何を問われ、何をされても誠心誠意、正直に答えるのじゃ。一切の偽りは通用せん。政治家同士の駆け引きではないぞ、良いな?」
「……わかってる」
雷禅は聖果の言葉に、ただうなずく。
「神仏」と呼ばれる、三界の生き物の認識を超えた超生命体。
その頂点の一つなのだ。
この者の威光のお陰で、あの時代、あれほどに弱い人間が、魔族を押しやったこともある。
毛の先ほどの影響でそれ。
本人はいかばかりのものか。
聖果は更に言い募る。
「恐らく、そなたは試される。正々堂々受けよ。どういう基準で判断されるのかは、我にもわからぬ。だが、あらゆる虚飾を捨て、己をそのままぶつけよ。あのお方の仰りたいことは一つ。『お前の魂を見せよ』それだけなのだから」
雷禅は一瞬狂暴な笑いを浮かべる。
俺なんぞ、丸ごとお見通しな奴、そして普通のやり方では傷もつけられない奴に試される。
面白い。
俺の進んできた道を信念ってやつを、そいつに見せてやる。
気に食わないというなら、それはそれまでだ。
聖果に案内される雷禅は、きらきら輝く広間の中心に設置された蓮池のふちに立つ。
橋が出現し、中央の蓮台に立った雷禅と聖果は、一瞬でどこかへ転移させられる。
はたと気付いた時には、さきほどまでとよく似た、だが、間近で太陽が燃え盛っているようなまばゆい空間。
そしてその奥に……いた。
雷禅は目を凝らす。
華麗な蓮の台座に、大柄な人影。
若い男――に見える。
驚くばかりの鮮烈な美貌である。
甘やかな光が全てとろかし、浄化するような、そんな輝かしくも甘美な美しさ。
色白の肌に、瑠璃色のまばゆい長髪を髙く結い上げ、髪や体を輝く宝飾品で覆っている。
古代インドの王族のような華麗な薄物をまとう姿の壮麗さ。
その輝く人影は恐ろしく深い響きの声で呼び掛けてくる。
「そなたが、雷禅か?」
雷禅は、ぐいと一歩踏み出す。
「ああ、俺が”闘神”雷禅だ。あんたが、密教のアタマの大日如来か?」
大日如来は、優雅に微笑む。
何故か、雷禅は、自分の息子の永夜を思い浮かべる。
永夜がもっと朗らかに笑えば、こいつに似ている。
大日如来は蓮の座に座したまま、更に言葉を紡ぐ。
「左様。せっかくこうして会えたのだ。雷禅、そなたに訊きたいことが山ほどある」
「おう!? いいぜ!! なんでも訊いてくれや」
雷禅の背中を、聖果がばしりと叩いてたしなめるが、雷禅は当たり前のように聖果を抱き上げ、そのまま胡坐をかいて、彼女をその中に入れる。
「これ……!!」
抗議しようとした聖果の唇に、指を当てて静かにとジェスチャーする。
大日如来が口を開く。
「さて、雷禅よ。そなたの、その食脱医師聖果への純粋な愛情、誠に美しく素晴らしい。死を持って愛を貫こうとしたその魂、それだけで我が力を受け取るのに相応しいものだ」
雷禅は、ぐいと聖果の肩を抱いて身を乗り出す。
「お、なら話は早ぇ。さっさとリンクとやらを許してくれや。このままじゃ、聖果を護ってもやれねえよ。こんな、情ない、ローカルでだけ通じる力じゃな」
聖果が、はっとしたように雷禅を見据える。
そんなことを考えていたとは思わなかったようだ。
大日如来は微笑んでうなずき、更に質問を重ねる。
「しかるに、そなたは大悪もなした。罪なき人間たちを追い回し、いたずらに苦しめて殺した罪。それに加え、生まれてきた我が子、永夜、そして幽助も無思慮にも危険に曝し、苦しめる結果となった。このことは認めるか?」
雷禅の目が翳る。
「わかってるさ。俺は今更何をやっても許されない外道だ。だが、妖怪なんて、偉い坊さんに言わせりゃ、最初から外道なんだろう。だったら、自分の女くらい護らせてくれ。それに」
「それに?」
大日如来が促す。
雷禅は息を吸って思い切ったように言葉を吐く。
「俺はガキどもの親に、これからなりてえ。三竦みだのナントカ最強だの、もうどうでもいい。ただ、聖果の男でガキどもの父親。それになるためにも、こいつらを護れるだけの力がほしい」
雷禅は、まっすぐ大日如来を見詰める。
大日如来は一際大きくうなずき、立ち上がる。
「聖果。最後にそなたに訊きたい。そなたは……」
「はい」
聖果は密教修行者として敬虔に頭を垂れる。
「そなたは、雷禅を恨んではおらぬか? こやつの無思慮のせいで、そなたは命を失ったが」
聖果はふっと微笑む。
「……ここまで気に病まれては、責められませぬ」
雷禅が、がっと彼女の細い肩を掴む。
「聖果……」
大日如来は、全て受け取った顔で最後にうなずく。
そして。
「言葉はここまで。では、雷禅。そなた自身の最大の言葉、”力”を私に見せてくれ」
雷禅が、牛車が辿り着いた場所を見回して唸る。
幾つもの亜空間を通って辿り着いた、天界の最奥。
そこは、輝く石柱が林立する、不可思議な空間。
異国の神殿のようにも見えるが、天井はないように見える。
頭上はるかには、果てしない星空のようなきらめきが広がり、静謐な光を落とす。
十二神将が牛車の周囲に控え、彼らを残して雷禅と聖果が奥へと進む。
すでにどうしていいのかわかっているように、聖果の足取りは落ち着いているが、雷禅はやや困惑しているのか、時折立ち止まる。
不意に、聖果が立ち止まる。
雷禅を振り返り、厳しい表情で見据えるのを、雷禅は不思議そうに見返す。
「雷禅、ここはすでに、密教教主、大日如来の領域」
聖果が静かに言い聞かせる。
雷禅はうなずく。
それが何を意味するのか。
「密教という教えの究極の実体であり、宇宙そのものとも言えるお方。何を問われ、何をされても誠心誠意、正直に答えるのじゃ。一切の偽りは通用せん。政治家同士の駆け引きではないぞ、良いな?」
「……わかってる」
雷禅は聖果の言葉に、ただうなずく。
「神仏」と呼ばれる、三界の生き物の認識を超えた超生命体。
その頂点の一つなのだ。
この者の威光のお陰で、あの時代、あれほどに弱い人間が、魔族を押しやったこともある。
毛の先ほどの影響でそれ。
本人はいかばかりのものか。
聖果は更に言い募る。
「恐らく、そなたは試される。正々堂々受けよ。どういう基準で判断されるのかは、我にもわからぬ。だが、あらゆる虚飾を捨て、己をそのままぶつけよ。あのお方の仰りたいことは一つ。『お前の魂を見せよ』それだけなのだから」
雷禅は一瞬狂暴な笑いを浮かべる。
俺なんぞ、丸ごとお見通しな奴、そして普通のやり方では傷もつけられない奴に試される。
面白い。
俺の進んできた道を信念ってやつを、そいつに見せてやる。
気に食わないというなら、それはそれまでだ。
聖果に案内される雷禅は、きらきら輝く広間の中心に設置された蓮池のふちに立つ。
橋が出現し、中央の蓮台に立った雷禅と聖果は、一瞬でどこかへ転移させられる。
はたと気付いた時には、さきほどまでとよく似た、だが、間近で太陽が燃え盛っているようなまばゆい空間。
そしてその奥に……いた。
雷禅は目を凝らす。
華麗な蓮の台座に、大柄な人影。
若い男――に見える。
驚くばかりの鮮烈な美貌である。
甘やかな光が全てとろかし、浄化するような、そんな輝かしくも甘美な美しさ。
色白の肌に、瑠璃色のまばゆい長髪を髙く結い上げ、髪や体を輝く宝飾品で覆っている。
古代インドの王族のような華麗な薄物をまとう姿の壮麗さ。
その輝く人影は恐ろしく深い響きの声で呼び掛けてくる。
「そなたが、雷禅か?」
雷禅は、ぐいと一歩踏み出す。
「ああ、俺が”闘神”雷禅だ。あんたが、密教のアタマの大日如来か?」
大日如来は、優雅に微笑む。
何故か、雷禅は、自分の息子の永夜を思い浮かべる。
永夜がもっと朗らかに笑えば、こいつに似ている。
大日如来は蓮の座に座したまま、更に言葉を紡ぐ。
「左様。せっかくこうして会えたのだ。雷禅、そなたに訊きたいことが山ほどある」
「おう!? いいぜ!! なんでも訊いてくれや」
雷禅の背中を、聖果がばしりと叩いてたしなめるが、雷禅は当たり前のように聖果を抱き上げ、そのまま胡坐をかいて、彼女をその中に入れる。
「これ……!!」
抗議しようとした聖果の唇に、指を当てて静かにとジェスチャーする。
大日如来が口を開く。
「さて、雷禅よ。そなたの、その食脱医師聖果への純粋な愛情、誠に美しく素晴らしい。死を持って愛を貫こうとしたその魂、それだけで我が力を受け取るのに相応しいものだ」
雷禅は、ぐいと聖果の肩を抱いて身を乗り出す。
「お、なら話は早ぇ。さっさとリンクとやらを許してくれや。このままじゃ、聖果を護ってもやれねえよ。こんな、情ない、ローカルでだけ通じる力じゃな」
聖果が、はっとしたように雷禅を見据える。
そんなことを考えていたとは思わなかったようだ。
大日如来は微笑んでうなずき、更に質問を重ねる。
「しかるに、そなたは大悪もなした。罪なき人間たちを追い回し、いたずらに苦しめて殺した罪。それに加え、生まれてきた我が子、永夜、そして幽助も無思慮にも危険に曝し、苦しめる結果となった。このことは認めるか?」
雷禅の目が翳る。
「わかってるさ。俺は今更何をやっても許されない外道だ。だが、妖怪なんて、偉い坊さんに言わせりゃ、最初から外道なんだろう。だったら、自分の女くらい護らせてくれ。それに」
「それに?」
大日如来が促す。
雷禅は息を吸って思い切ったように言葉を吐く。
「俺はガキどもの親に、これからなりてえ。三竦みだのナントカ最強だの、もうどうでもいい。ただ、聖果の男でガキどもの父親。それになるためにも、こいつらを護れるだけの力がほしい」
雷禅は、まっすぐ大日如来を見詰める。
大日如来は一際大きくうなずき、立ち上がる。
「聖果。最後にそなたに訊きたい。そなたは……」
「はい」
聖果は密教修行者として敬虔に頭を垂れる。
「そなたは、雷禅を恨んではおらぬか? こやつの無思慮のせいで、そなたは命を失ったが」
聖果はふっと微笑む。
「……ここまで気に病まれては、責められませぬ」
雷禅が、がっと彼女の細い肩を掴む。
「聖果……」
大日如来は、全て受け取った顔で最後にうなずく。
そして。
「言葉はここまで。では、雷禅。そなた自身の最大の言葉、”力”を私に見せてくれ」