螺旋より外れて

 幽玄な月モチーフの装飾に飾られた宮殿広間を、黄泉、雷禅、聖果が進む。

 両脇には、月読命に仕えている半神であろう者たちがずらりと控える。
 淡い虹色の羽衣を装飾的に纏う、不思議な雰囲気の者たち。
 彼らの上座、数段髙くなった玉座には、一際華麗な衣装を纏う、恐らく立ち上がったらかなりの長身であろう若い男性の姿の神。
 三日月を思わせる角が星空のような煌めく黒髪から突き出し、目元から下を薄布で覆っているのが珍しい。
 ゆらめく水面のように移り変わる虹色に映える瞳が、面白そうに黄泉を見据えている。

「月読命よ。お招きに預かりました、黄泉にございます。こうして御目通りできましたこと、感謝いたします」

 黄泉はその玉座の人影の前に進み出るや、丁寧に一礼する。
 聖果も雷禅も、その背後で見守る姿勢だ。
 聖果は神仏に仕える者として、無言で礼を取りはしたが。

「やあ、黄泉。待っていたよ。君には少し簡単過ぎる試練だったかな?」

 くゆる煙のようなつかみどころのない声音で、月読命は黄泉に呼び掛ける。
 姿と同じく、ぞわりとするほど美しい。
 黄泉はしかし、やや苦笑するしかない。

「私は、雷禅をあの暗闇に置き去りにすれば良かったのですかね? そうしたくはなかった。これが終わったら、軀も交えて三人で酒を酌み交わす約束をしたのです。それが楽しみなのですよ」

 黄泉は、まるで友人と旅行の計画を話す学生のように気軽な口調で、そんな答えを返す。
 月読命が、薄布の奥で笑ったのがわかる。

「合格だ。もうわかっているとは思うが、そなたにとってのあの暗闇の試練は、そなた自信が暗闇を克服するというのではなく、暗闇と幻に囚われた他の者をどう扱うか、が主眼だった」

 月読命のその言葉に、反応したのは黄泉自身というよりも雷禅だ。

「オイ、なんだとカミサマとやら。俺を黄泉の重しにしやがったな」

 唸る夫を落ち着かせようと聖果がその腕を叩くが、流石にこればかりは雷禅も抑えがたいものがあるようだ。
 月読命がくすくすと、更に笑う。

「悪かったな、雷禅。だが、そなたを使い立てしただけではないぞ? わかったろう? 特に人たるもの、苦手なものは得意な他の誰かに適切に頼り、物事を滑らかに流すべきだ。そうだろう? 特に、それぞれ別の力を持つ、神々の力を借りるなら」

 月読命にそう説明されると、雷禅は自分でも予想以上に納得してしまったようだ。
 怒気が消える。
 黄泉は心拍数や血圧、体温の変化からそれを感じて内心安堵する。

「つまり、あなたはこうおっしゃりたいのですね。神々の如く、我らも共通の敵があらば、小異を超えて団結すべし」

 黄泉の言葉に、月読命はうなずく。
 しゃらしゃらと装飾が揺れる。

「むしろ……そなたらは、小異があるからこそ、互いを尊敬できるのではないか? 主義主張はともかく、大した奴だと、そなたは何度、そこの雷禅、それに軀に対して思ったのだ?」

 月読命の言葉に、黄泉は微笑む。

「ええ……全く。何を考えてるのかはさっぱりわかりませんでしたが、二人とも大した奴なんですよ」

 雷禅の考えは最近になってようやくわかりましたが、別の意味で尊敬するようになりましたね。
 漢ですよ彼は。

 やや揶揄した風に付け加えた黄泉は、雷禅に蹴られる。
 笑った月読命は、黄泉を差招く。

「さあ、こちらへ、黄泉。聖果、案内をご苦労だった。雷禅、子供ももう大きいのだから、もう少し落ち着こうな?」

「何で俺だけ馬鹿にしやがんだっ!!!」

 喚く雷禅に笑いかけ、月読命は近付いてきた黄泉にそっと耳打ちする。

「これからリンクを行い、そなたは我が力を手に入れる。際限もない世界を呑み込む幻がそなたの目の前に広がるだろう。だが、畏れることはない。そなたに必要なのは、どんなに世界が不確かでも、自分は大丈夫だという根拠なき自信」

 黄泉は、その言葉にうなずく。

「世界が幻に呑まれるくらいに幻だというのなら、俺の自信の根拠も幻で、何が悪いことがありましょうね?」

 返ってきたのは、朗らかな月読命の笑い声。
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