螺旋より外れて
「え? 強くなりたい理由?」
修羅は、勢至菩薩に抱き上げられたままできょとんとする。
勢至菩薩は柔らかく微笑んだまま。
「そう。君が強くなりたい理由。僕の力と、どの程度相性が、それで決まるはずさ」
勢至菩薩が世間話のようににこやかに口にする意味を、修羅本人は裏の意味を読み取らず、代わりに父親の黄泉が意味を知る。
黄泉が何か言いかけるのを、聖果が厳しい顔で止める。
これは、例え子供であっても、自分で超えねばならぬ試練。
「そんなの決まってるじゃないか。強くなればなるほど、できることが増えるんだよ、魔界では」
修羅はあっさり答える。
素人にも親からの受け売りだろうと推測できる調子ではあるが、心底信じている風ではあるし、実際、それは基本的に間違った知識でもない。
「うん、魔界ではそうなんだってね?」
勢至菩薩はうんうんとうなずいて受け止める。
修羅を抱え直し、
「じゃあ、魔界でできることが多くなるなら、修羅はどんなことをしたいの?」
勢至菩薩に問われて、修羅はしばし逡巡する。
黄泉の顔色が悪い。
修羅には強くなることばかりで、その後どうするかまで具体的に教えて来なかった自覚はあるのだ。
もっとも、こんなに幼ければ、魔界の覇権を万が一掴んだとしても、その後の複雑な権力把握にまつわるあれこれには耐えられまい。
具体的なビジョンなど描きようがないのは、火を見るより明かだ。
「ううんと……魔界で……偉くなる?」
修羅の答えが覚束なくなる。
そこまで考えていなかったというのが、言外に感じ取れる口調である。
勢至菩薩は笑みを崩さないまま、更に質問を重ねる。
「魔界で、君のパパみたいに偉くなりたいのかな? 魔界で一番になれば、パパより偉くなれるかもね。パパより偉くなれたら、パパと違ったどんなことをしたいの?」
勢至菩薩のまばゆい笑みを真正面から見つめながら、修羅は、口を開く。
「……だって、パパより強くなれたら、もしパパより強いやつがパパをいじめようとしても、護ってあげられるだろ?」
ちょっと言いにくそうな修羅に、勢至菩薩は微笑んだまま注意を向け、黄泉ははっとした顔をし、雷禅は面白そうに、聖果は静かに見守る姿勢。
修羅は続ける。
「……今日、永夜と戦った時に、パパは負けちゃったんだ。パパよりずっと強い奴がいたんだ。びっくりした」
「うん。永夜ね。彼は『宿神持ち』だから、当然そうなる訳だよ」
勢至菩薩は相槌を打つ。
修羅はこくんとうなずく。
「……でも、永夜一人だけじゃないって。同じくらい強い、すっごく悪い奴がいるみたいなんだ。もし、そんな奴が来たら、パパだって永夜にやられた時みたいに殺されちゃうかも。永夜と聖果みたいに、親切に生き返らせてくれないでしょ? 悪い奴は」
心底心配そうに顔を曇らせながら応じる修羅に、黄泉は衝撃を受けた表情を向ける。
まさか、修羅がこういうことを考えていたとは、まったく認識していなかったと顔に書いてある。
勢至菩薩は、一瞬黄泉にちらっと視線を向けてうなずくと、再び抱き上げている修羅を見上げる。
「そうか。君は、力で大事な人を護りたいんだね? 確かに大切なことだ。君たちがこれから戦おうとしている相手は、君が考えているより数も多いしね。次に何をしでかすかも、僕らであっても読み切れないところがある」
「そうでしょ? なら、うーーーーーんと強くなって、そいつら全員より強くならないと、もうパパと一緒に暮らせなくなるかも知れないんでしょ? そんなのヤダ」
修羅は、自分の望みを、きっぱり勢至菩薩に告げる。
黄泉は思わず顔を覆い、聖果はほっとした顔を見せる。
雷禅は、ふと何かを思い出す表情である。
「わかった。大事な人を護り、この先あるかもしれないあらゆる恐ろしいことを簡単に退けることができるような力を持つこと。それが君の願いだね?」
勢至菩薩が確認すると、修羅はきっぱりうなずく。
「そうだよ。だって、この先なにがあるかわかんないもの」
勢至菩薩は、満面の笑みを、修羅に向ける。
「うん。合格。君は『偉大な威力を獲得』するのに相応しい魂の持ち主だ。リンクしてあげよう。戦闘訓練もね」
「ほんと!? やった!!!」
修羅が歓声を上げる。
黄泉は心底安堵したように膝に手を着く。
聖果はにっこり微笑み、拳を突き出してきた雷禅と、その小さな拳を合わせて快哉を叫ぶ代わりとする。
勢至菩薩は、修羅を床に降ろし、黄泉に駆け寄ることを許す。
「パパ!! やったよ、僕、やった!!!」
修羅が黄泉に駆け寄り、飛びつく。
黄泉が、息子をしっかり抱きしめてやる。
「修羅、凄いぞ、偉いな。こんなにすぐ神仏に認めていただけるなんて、本当に凄いことだ。大したものだぞ」
黄泉は何度も修羅を掻き抱き抱きしめ、悦びを伝える。
修羅は褒めてもらえて嬉しそうに、黄泉にほおずりする。
雷禅と聖果は、その様子を穏やかに眺め、静かに微笑み合う。
互いに思い出すものはあるようだ。
ふと、勢至菩薩が黄泉に近付いてくる。
「黄泉だっけ、あなたは立派な父親だね。こんな小さい子が、ここまで大事に思ってくれるんだから」
しかし。
黄泉はきっぱり首を横に振る。
「いいえ、私は親としてなっていない。子供にこんな心配をさせるなぞ。子供はもっと気楽に過ごすべきだし、ここまで親の事情なんてものを忖度させるべきではないのです」
黄泉の整った眉間に、苦悩のしわがよる。
勢至菩薩は静かに微笑む。
「その気持を忘れなければ、君を拒む神仏はいまいよ。修羅はしばらく僕が預かって、戦闘訓練はじめ、リンクの力を使いこなす方法を伝えておくから、君は安心して自分のリンクに向かうといい。戻って来る頃には、畏れることなく、親子で問題に対処できるはずだ」
黄泉は、丁寧に頭を下げる。
「よっし!! さて、次はおめえだな、黄泉。聖果、行こうぜ!!」
雷禅が声を張り上げる。
聖果がうなずき、声を上げた。
「勢至菩薩様、修羅殿をお願いいたします。我らはこれより、『夜の食国(おすくに)』へ向かいまする」
修羅は、勢至菩薩に抱き上げられたままできょとんとする。
勢至菩薩は柔らかく微笑んだまま。
「そう。君が強くなりたい理由。僕の力と、どの程度相性が、それで決まるはずさ」
勢至菩薩が世間話のようににこやかに口にする意味を、修羅本人は裏の意味を読み取らず、代わりに父親の黄泉が意味を知る。
黄泉が何か言いかけるのを、聖果が厳しい顔で止める。
これは、例え子供であっても、自分で超えねばならぬ試練。
「そんなの決まってるじゃないか。強くなればなるほど、できることが増えるんだよ、魔界では」
修羅はあっさり答える。
素人にも親からの受け売りだろうと推測できる調子ではあるが、心底信じている風ではあるし、実際、それは基本的に間違った知識でもない。
「うん、魔界ではそうなんだってね?」
勢至菩薩はうんうんとうなずいて受け止める。
修羅を抱え直し、
「じゃあ、魔界でできることが多くなるなら、修羅はどんなことをしたいの?」
勢至菩薩に問われて、修羅はしばし逡巡する。
黄泉の顔色が悪い。
修羅には強くなることばかりで、その後どうするかまで具体的に教えて来なかった自覚はあるのだ。
もっとも、こんなに幼ければ、魔界の覇権を万が一掴んだとしても、その後の複雑な権力把握にまつわるあれこれには耐えられまい。
具体的なビジョンなど描きようがないのは、火を見るより明かだ。
「ううんと……魔界で……偉くなる?」
修羅の答えが覚束なくなる。
そこまで考えていなかったというのが、言外に感じ取れる口調である。
勢至菩薩は笑みを崩さないまま、更に質問を重ねる。
「魔界で、君のパパみたいに偉くなりたいのかな? 魔界で一番になれば、パパより偉くなれるかもね。パパより偉くなれたら、パパと違ったどんなことをしたいの?」
勢至菩薩のまばゆい笑みを真正面から見つめながら、修羅は、口を開く。
「……だって、パパより強くなれたら、もしパパより強いやつがパパをいじめようとしても、護ってあげられるだろ?」
ちょっと言いにくそうな修羅に、勢至菩薩は微笑んだまま注意を向け、黄泉ははっとした顔をし、雷禅は面白そうに、聖果は静かに見守る姿勢。
修羅は続ける。
「……今日、永夜と戦った時に、パパは負けちゃったんだ。パパよりずっと強い奴がいたんだ。びっくりした」
「うん。永夜ね。彼は『宿神持ち』だから、当然そうなる訳だよ」
勢至菩薩は相槌を打つ。
修羅はこくんとうなずく。
「……でも、永夜一人だけじゃないって。同じくらい強い、すっごく悪い奴がいるみたいなんだ。もし、そんな奴が来たら、パパだって永夜にやられた時みたいに殺されちゃうかも。永夜と聖果みたいに、親切に生き返らせてくれないでしょ? 悪い奴は」
心底心配そうに顔を曇らせながら応じる修羅に、黄泉は衝撃を受けた表情を向ける。
まさか、修羅がこういうことを考えていたとは、まったく認識していなかったと顔に書いてある。
勢至菩薩は、一瞬黄泉にちらっと視線を向けてうなずくと、再び抱き上げている修羅を見上げる。
「そうか。君は、力で大事な人を護りたいんだね? 確かに大切なことだ。君たちがこれから戦おうとしている相手は、君が考えているより数も多いしね。次に何をしでかすかも、僕らであっても読み切れないところがある」
「そうでしょ? なら、うーーーーーんと強くなって、そいつら全員より強くならないと、もうパパと一緒に暮らせなくなるかも知れないんでしょ? そんなのヤダ」
修羅は、自分の望みを、きっぱり勢至菩薩に告げる。
黄泉は思わず顔を覆い、聖果はほっとした顔を見せる。
雷禅は、ふと何かを思い出す表情である。
「わかった。大事な人を護り、この先あるかもしれないあらゆる恐ろしいことを簡単に退けることができるような力を持つこと。それが君の願いだね?」
勢至菩薩が確認すると、修羅はきっぱりうなずく。
「そうだよ。だって、この先なにがあるかわかんないもの」
勢至菩薩は、満面の笑みを、修羅に向ける。
「うん。合格。君は『偉大な威力を獲得』するのに相応しい魂の持ち主だ。リンクしてあげよう。戦闘訓練もね」
「ほんと!? やった!!!」
修羅が歓声を上げる。
黄泉は心底安堵したように膝に手を着く。
聖果はにっこり微笑み、拳を突き出してきた雷禅と、その小さな拳を合わせて快哉を叫ぶ代わりとする。
勢至菩薩は、修羅を床に降ろし、黄泉に駆け寄ることを許す。
「パパ!! やったよ、僕、やった!!!」
修羅が黄泉に駆け寄り、飛びつく。
黄泉が、息子をしっかり抱きしめてやる。
「修羅、凄いぞ、偉いな。こんなにすぐ神仏に認めていただけるなんて、本当に凄いことだ。大したものだぞ」
黄泉は何度も修羅を掻き抱き抱きしめ、悦びを伝える。
修羅は褒めてもらえて嬉しそうに、黄泉にほおずりする。
雷禅と聖果は、その様子を穏やかに眺め、静かに微笑み合う。
互いに思い出すものはあるようだ。
ふと、勢至菩薩が黄泉に近付いてくる。
「黄泉だっけ、あなたは立派な父親だね。こんな小さい子が、ここまで大事に思ってくれるんだから」
しかし。
黄泉はきっぱり首を横に振る。
「いいえ、私は親としてなっていない。子供にこんな心配をさせるなぞ。子供はもっと気楽に過ごすべきだし、ここまで親の事情なんてものを忖度させるべきではないのです」
黄泉の整った眉間に、苦悩のしわがよる。
勢至菩薩は静かに微笑む。
「その気持を忘れなければ、君を拒む神仏はいまいよ。修羅はしばらく僕が預かって、戦闘訓練はじめ、リンクの力を使いこなす方法を伝えておくから、君は安心して自分のリンクに向かうといい。戻って来る頃には、畏れることなく、親子で問題に対処できるはずだ」
黄泉は、丁寧に頭を下げる。
「よっし!! さて、次はおめえだな、黄泉。聖果、行こうぜ!!」
雷禅が声を張り上げる。
聖果がうなずき、声を上げた。
「勢至菩薩様、修羅殿をお願いいたします。我らはこれより、『夜の食国(おすくに)』へ向かいまする」