螺旋より外れて
「わぁぁぁ、綺麗!!」
突如雲海のような不思議空間を抜けた先の、瑠璃色の天空を見渡す修羅が歓声を上げる。
まばゆい世界である。
暖かい空気はかぐわしい花の香りを含み、眼下にはこれも宝珠を溶かしたような輝かしい海が広がる。
雷禅と黄泉、そして修羅が乗っているのは、食脱医師が操る、不思議な牛車である。
牛車と言っても、牛が引いている訳ではなく、不思議な力で宙をい踏みしめて進む、魔法の車である。
全体的な造形が、牛の繋がれていない牛車に似ているというだけのこと。
その周囲には、異国風の甲冑を纏う人影が12名。
雲のようなものを踏みしめ、宙を飛行する。
いずれも個性的、かつ見栄えのする若い男性に見えるが、そのたなびく不思議な気を察するに、人間でも魔族でも霊界人でもないのは明白。
修行を積んだ術者なら、「神性」を感じ取るところ。
彼らこそが、十二神将。
薬師如来の化身たる聖果に付き従う者たち。
その空飛ぶきらびやかな車に押し込められた四人は、十分に広さのある、まるで旅館の広間かと思うような畳敷きの部屋に思い思いに座り込んでいる。
実際には、この車がそんな巨大な訳ではない。
内部の空間が、奇妙な術法によって折りたたまれ、セダンの内部程度の区切られた空間の中に、とんでもなく大きな空間が詰め込まれているのだ。
「ねえ、まだ着かないの、ごくらくってところ!!」
修羅がぱたぱたと走って、車の前方の開口部から首を突き出す。
下には支えもない空中だというのに、危険極まりない。
案の定、黄泉が慌てて背後から支えてやる。
「ああ、申し訳ない、奥方殿。まったく落ち着かない子で」
黄泉が恥ずかしそうに、修羅を抱えたまま頭を下げる。
「なに。子供は、どんな種族でもそういうものよ。それに、こういう乗り物は、恐らく初めてじゃろう。好奇心が刺激されるのも無理はない」
聖果は落ち着き払ってそう応じる。
雷禅が不意に笑いだす。
「黄泉、おめえよ、全く育児初心者のシングルファーザーそのものだなあ。ま、子供も育ててやれなかった俺が言えた義理でもねえが」
「全くな。奥方殿に批判されるならまだしも、お前に馬鹿にされるのは納得が全くいかん」
目が開いていたら刺しそうな視線を飛ばして来たであろう黄泉に、雷禅はけたけたと、更に笑う。
「雷禅も余計なことを言うでない。今後、つまらぬ諍いごとに関わる暇もないぞ。……そろそろ、極楽浄土が見えてきた。阿弥陀如来が主宰し、勢至菩薩のおわす、誰もが夢見る楽園じゃ」
聖果の言葉通り、瑠璃色の蒼穹の只中に、真白い大理石の水盤にも似た輝く島ともいうべき場所が広がっている。
遠くからでも、瑞々しい緑と水晶のような水辺に彩られた楽園のような場所だとわかる。
その遠くに、白くまばゆい異国の宮殿のような場所が見える。
「あれが……」
反応したのは、修羅本人というより、黄泉。
叶うのは、修羅の願いと、黄泉の願いでもあるもの。
すなわち、
「『呼ばれざる者』から手厚く護るため、修羅を真っ先に神仏とリンクさせてくれ」。
「勢至菩薩様は、心の広い、子供好きなお方。黄泉殿、そんなに心配しなくても良いのじゃ」
聖果の言葉に、黄泉ははたと気付いたように恥じ入る様子を見せる。
「いや、疑っている訳ではないのですが……。しかし、うちの修羅はこの通り跳ねっ返り。リンクを拒否されるなどということは」
「いや、それも大丈夫じゃ、そもそも、勢至菩薩から、直々に我に修羅殿がリンクを望むなら、連れて来るようにと、要請があったのじゃから」
聖果のその言葉を聞いて、黄泉が怪訝そうな顔をする。
そもそも、勢至菩薩は、阿弥陀如来の脇侍を観音菩薩と共に務める存在。
誰もが永遠の平安を願う楽園の、その番人のようなもの。
菩薩というからには、解脱を拒み、現世に存在する者を救済するのが本質。
なら、「呼ばれざる者」が蠢き出した危機に、救いの手を伸ばさないとは考えられないのであるが。
やがて、十二神将を従えた車は、蓮の香り漂う聖なる池のほとりの宮殿に降り立つ。
どこからか、天女や天人なのであろう見目麗しい者たちが車を世話し、四人が下りるのに手を貸してくれる。
「ほおお。いい匂いがするな。安全そうではある。俺みたいなのも、ここでは暴れられないだろうしな。人間たちが有難がるのもわかるぜ」
雷禅が、聖果と並んで、宮殿の門をくぐり、奥に向けて歩き出す。
古代インド風の、優雅な曲線で構成された、碧と白の宮殿。
その清々しくも艶めいた優雅さに、初めて足を運ぶ雷禅、黄泉、そして修羅は魅入られた様子である。
雷禅と黄泉は、単に案内に立っている平の天人や天女さえ、自分たちを楽々押さえる力があるのを感じ取っている。
上には上。
井の中の蛙は、自分を井の中の蛙と気付かなかっただけ。
と。
「こんにちはぁぁぁぁぁぁ!! はじめましてぇぇぇぇええええええええ!!!」
土煙を上げそうな勢いで突進してきた美男子が、いきなり修羅を抱き上げる。
本人はおろか、黄泉すら反応できない早業。
「キミ、キミさあ、キミが修羅くんでしょお? 待ってたよぉぉおおお!!」
抱き上げ、ほおずりして修羅を可愛がるその男は、ぴんぴんと撥ねた金髪に宝瓶の装飾の掲げられた宝冠をいただく、若い男、に見える。
瑠璃色の王者のような装束を纏い、花の香りを漂わせる。
人を食った垂れ目なのが、色っぽいと同時に俗っぽくもある。
「……おいおい。なんだこいつ」
さしもの雷禅が呆れている。
「なんだよ、お前。誰だよっ!!」
修羅が麗しいが見知らぬ若者の抱擁から逃れようともがく。
「ああ、僕は、これからキミを加護する、勢至菩薩だ。名前は聞いているだろ? 可愛い子だって聞いてね、キミを待ってたんだ修羅」
黄泉は思わず聖果を振り返る。
何だこの人、と微妙な表情が言っている。
「……いや、勢至菩薩は、非常に可愛らしいもの好きで、夢中になりやすい御仏での……。修羅殿が可愛いので、是非加護したいと仰せでな……」
どう説明しようか迷う聖果を尻目に、修羅と勢至菩薩のやり取りが進んでいく。
「お前が勢至菩薩!? さっさと、リンクってやつをしてよ!!」
修羅が叫ぶや、勢至菩薩は微笑む。
「いいよ。でも、その前に一つ聞かせて?」
修羅が首をかしげると、勢至菩薩は美しい声で、問う。
「ねえ、修羅。キミはなんで……強くなりたいの?」
突如雲海のような不思議空間を抜けた先の、瑠璃色の天空を見渡す修羅が歓声を上げる。
まばゆい世界である。
暖かい空気はかぐわしい花の香りを含み、眼下にはこれも宝珠を溶かしたような輝かしい海が広がる。
雷禅と黄泉、そして修羅が乗っているのは、食脱医師が操る、不思議な牛車である。
牛車と言っても、牛が引いている訳ではなく、不思議な力で宙をい踏みしめて進む、魔法の車である。
全体的な造形が、牛の繋がれていない牛車に似ているというだけのこと。
その周囲には、異国風の甲冑を纏う人影が12名。
雲のようなものを踏みしめ、宙を飛行する。
いずれも個性的、かつ見栄えのする若い男性に見えるが、そのたなびく不思議な気を察するに、人間でも魔族でも霊界人でもないのは明白。
修行を積んだ術者なら、「神性」を感じ取るところ。
彼らこそが、十二神将。
薬師如来の化身たる聖果に付き従う者たち。
その空飛ぶきらびやかな車に押し込められた四人は、十分に広さのある、まるで旅館の広間かと思うような畳敷きの部屋に思い思いに座り込んでいる。
実際には、この車がそんな巨大な訳ではない。
内部の空間が、奇妙な術法によって折りたたまれ、セダンの内部程度の区切られた空間の中に、とんでもなく大きな空間が詰め込まれているのだ。
「ねえ、まだ着かないの、ごくらくってところ!!」
修羅がぱたぱたと走って、車の前方の開口部から首を突き出す。
下には支えもない空中だというのに、危険極まりない。
案の定、黄泉が慌てて背後から支えてやる。
「ああ、申し訳ない、奥方殿。まったく落ち着かない子で」
黄泉が恥ずかしそうに、修羅を抱えたまま頭を下げる。
「なに。子供は、どんな種族でもそういうものよ。それに、こういう乗り物は、恐らく初めてじゃろう。好奇心が刺激されるのも無理はない」
聖果は落ち着き払ってそう応じる。
雷禅が不意に笑いだす。
「黄泉、おめえよ、全く育児初心者のシングルファーザーそのものだなあ。ま、子供も育ててやれなかった俺が言えた義理でもねえが」
「全くな。奥方殿に批判されるならまだしも、お前に馬鹿にされるのは納得が全くいかん」
目が開いていたら刺しそうな視線を飛ばして来たであろう黄泉に、雷禅はけたけたと、更に笑う。
「雷禅も余計なことを言うでない。今後、つまらぬ諍いごとに関わる暇もないぞ。……そろそろ、極楽浄土が見えてきた。阿弥陀如来が主宰し、勢至菩薩のおわす、誰もが夢見る楽園じゃ」
聖果の言葉通り、瑠璃色の蒼穹の只中に、真白い大理石の水盤にも似た輝く島ともいうべき場所が広がっている。
遠くからでも、瑞々しい緑と水晶のような水辺に彩られた楽園のような場所だとわかる。
その遠くに、白くまばゆい異国の宮殿のような場所が見える。
「あれが……」
反応したのは、修羅本人というより、黄泉。
叶うのは、修羅の願いと、黄泉の願いでもあるもの。
すなわち、
「『呼ばれざる者』から手厚く護るため、修羅を真っ先に神仏とリンクさせてくれ」。
「勢至菩薩様は、心の広い、子供好きなお方。黄泉殿、そんなに心配しなくても良いのじゃ」
聖果の言葉に、黄泉ははたと気付いたように恥じ入る様子を見せる。
「いや、疑っている訳ではないのですが……。しかし、うちの修羅はこの通り跳ねっ返り。リンクを拒否されるなどということは」
「いや、それも大丈夫じゃ、そもそも、勢至菩薩から、直々に我に修羅殿がリンクを望むなら、連れて来るようにと、要請があったのじゃから」
聖果のその言葉を聞いて、黄泉が怪訝そうな顔をする。
そもそも、勢至菩薩は、阿弥陀如来の脇侍を観音菩薩と共に務める存在。
誰もが永遠の平安を願う楽園の、その番人のようなもの。
菩薩というからには、解脱を拒み、現世に存在する者を救済するのが本質。
なら、「呼ばれざる者」が蠢き出した危機に、救いの手を伸ばさないとは考えられないのであるが。
やがて、十二神将を従えた車は、蓮の香り漂う聖なる池のほとりの宮殿に降り立つ。
どこからか、天女や天人なのであろう見目麗しい者たちが車を世話し、四人が下りるのに手を貸してくれる。
「ほおお。いい匂いがするな。安全そうではある。俺みたいなのも、ここでは暴れられないだろうしな。人間たちが有難がるのもわかるぜ」
雷禅が、聖果と並んで、宮殿の門をくぐり、奥に向けて歩き出す。
古代インド風の、優雅な曲線で構成された、碧と白の宮殿。
その清々しくも艶めいた優雅さに、初めて足を運ぶ雷禅、黄泉、そして修羅は魅入られた様子である。
雷禅と黄泉は、単に案内に立っている平の天人や天女さえ、自分たちを楽々押さえる力があるのを感じ取っている。
上には上。
井の中の蛙は、自分を井の中の蛙と気付かなかっただけ。
と。
「こんにちはぁぁぁぁぁぁ!! はじめましてぇぇぇぇええええええええ!!!」
土煙を上げそうな勢いで突進してきた美男子が、いきなり修羅を抱き上げる。
本人はおろか、黄泉すら反応できない早業。
「キミ、キミさあ、キミが修羅くんでしょお? 待ってたよぉぉおおお!!」
抱き上げ、ほおずりして修羅を可愛がるその男は、ぴんぴんと撥ねた金髪に宝瓶の装飾の掲げられた宝冠をいただく、若い男、に見える。
瑠璃色の王者のような装束を纏い、花の香りを漂わせる。
人を食った垂れ目なのが、色っぽいと同時に俗っぽくもある。
「……おいおい。なんだこいつ」
さしもの雷禅が呆れている。
「なんだよ、お前。誰だよっ!!」
修羅が麗しいが見知らぬ若者の抱擁から逃れようともがく。
「ああ、僕は、これからキミを加護する、勢至菩薩だ。名前は聞いているだろ? 可愛い子だって聞いてね、キミを待ってたんだ修羅」
黄泉は思わず聖果を振り返る。
何だこの人、と微妙な表情が言っている。
「……いや、勢至菩薩は、非常に可愛らしいもの好きで、夢中になりやすい御仏での……。修羅殿が可愛いので、是非加護したいと仰せでな……」
どう説明しようか迷う聖果を尻目に、修羅と勢至菩薩のやり取りが進んでいく。
「お前が勢至菩薩!? さっさと、リンクってやつをしてよ!!」
修羅が叫ぶや、勢至菩薩は微笑む。
「いいよ。でも、その前に一つ聞かせて?」
修羅が首をかしげると、勢至菩薩は美しい声で、問う。
「ねえ、修羅。キミはなんで……強くなりたいの?」