螺旋より外れて
「さて、皆様にまず御伝えせねばならないのは、魔界にも『呼ばれざる者』の勢力は存在するということにございます」
永夜は、百足の会議室の一角で、そう切り出す。
周囲には、彼の両親の他に三竦みの残り二人、加えて幽助、飛影、蔵馬の三人、加えて黄泉の隣に修羅。
「三竦みの方々のように、おおっぴらに勢力争いを繰り広げないのは、その必要がない……というよりは、表面上の覇者を泳がせておいた方が、奴らの活動にはむしろ有利だからでございます。霊界にも感付かれぬことですし、ますます面倒がない」
「ナメやがって。むかつくぜ」
軀が、素顔を露わにしたまま唸る。
「……実は、軀様は、危く奴らの勢力の一つと正面衝突するところだったことがございます。今からおよそ、二百年ばかり前でしたか。覚えておられますでしょうか? 軀様の勢力圏に入った小国。国というより大掛かりなマフィアのようなものだったはず。魔界各地で人をさらい、人身売買で勢力を拡大させてきたところと衝突なさいましたね」
永夜の不意の問いに、軀は、ああ、と思い出した顔だ。
「あったな。その生業関連でオレの部下と衝突したフザけた奴らだった。しかし、あそこがそうだという証拠はあるのか?」
「国王の逃げ延び方がそうです。あの国王の葬破(そうは)、生き延びておりますよ。軀様が倒して八つ裂きにしたのは、巧みに仕立て上げられた影武者です」
三竦み残り二人の視線が、軀に集中する。
「おい、軀、おめえともあろう者が、マジでそんなドジ踏みやがったのか」
雷禅が問い詰めれば、
「その衝突のことは知っている。人身売買で主に成り立っていた国が、軀の不興を買って一夜で滅ぼされたのもな。俺としても、それ以上の情報は掴めなかったが、国王が逃げ延びたというのは確かなのか、永夜」
黄泉が険しい表情を見せる。
「……軀様。今から一年半ほど前に、人間界で撮影された写真です。ご覧ください」
永夜が手元の機器を操作して、壁面のモニタに、どこか人間界の街角で撮影されたらしい写真を映し出す。
真ん中に映っている通行人らしい男は、まだ若く見える。
二十代の半ばにもなっていないであろう。
だが、目を引くのは、額にうっすら重なる角状の突起。
そして、周囲にぼんやり徘徊するような火の玉のような発光体。
「……間違いない。葬破の野郎だ。影武者を立てて人間界に落ちのびてたって訳か。しかし、こいつはS級妖怪だぞ? 霊界はなんで黙ってた?」
そもそも、霊界に感付かせず、あの結界を通る方法はないはずだが?
軀は露骨に訝しむ。
「いえ、『宿神』を得た者なら、霊界の術法など、ごまかす方法はいくらでもございます。そもそも、こやつは半妖の生まれ。妖気を引っ込めた上で、気そのものを小さめにごまかす手段を使えば、特に霊界にも不審がられず、人間界で過ごすことができます」
永夜は静かに、だがきっぱり断言する。
軀はますます目をすがめる。
「奴が半妖だと言うのも初耳だが、そんなやり方があるというのも驚いた。要するに、神と呼ばれる者の助力を得た連中にとっては、霊界魔界人間界、いずれの察知も誤魔化し放題で、三界の通常のやり方なんぞ、何の意味もないってことか。……ちっ」
軀が舌打ちした上で荒っぽく溜息をつく。
「……露骨に申し上げれば、そういうことにございますね。……そして、更に悪いことには、こやつ、魔界に舞い戻っておりますよ。一年くらい前に」
永夜の言葉に反応したのは、幽助たち各国No.2の三人である。
「……一年前……というと、俺たちが三竦みそれぞれの求めに応じて、魔界に渡った時期に重なるな。これは偶然なのか……」
蔵馬が、戦友たちと目を見かわして呻く。
「偶然ではないでしょうね。『呼ばれざる者』の配下の面々が、魔界の激動を見越して本格的に活動を始めた時期でもあるということでしょう」
そもそも、父が亡くなることは向こうも知っていたはずですので。
多分前々からの準備があって、この時期に本格始動を始めたということですね。
永夜が断言する。
「その辺はもういい。出てきたら倒すまでだ。それより、永夜。さっさと神とかいう連中とのリンクの仕方を教えろ」
飛影が単刀直入にせっつく。
「そうだ、その話だぜ。そもそも、神とリンクしないと、そのナントカっていう連中にまともに太刀打ちもできねえんだろ?」
幽助も同意する。
「そうだね、幽助。さて、皆様も、今の話を念頭に置いて、神々とのリンクを得る方法をお聞ください」
永夜がいよいよ口にすると、空気が変わる。
「まず、基本的に、人間の血を引く者のみが『宿神』、つまり、自分の肉体に、神仏の分霊を受け入れることができます。魔族の皆様は、元々が生命体として強靭である代償として、神の分霊を宿すことはできず、代わりに神とのリンクを得ることができます。今はそれを説明いたしましょう」
「よお、永夜。まだるっこしいぜ。どうすりゃいいのか、端的に頼むわ」
雷禅が簡易な説明を促す。
永夜はうなずく。
「神仏とのリンクとは言いますが、要するに、これは人間のいうところの『神仏の加護』にございます。要は神仏に気に入られ、こいつならば力を貸してやっても良いと判断されることが必要なのです。結論から申しますと、神仏に直接会いに行くことが必要です」
その永夜の言葉に、奇妙な緊張が奔る。
「永夜、会いに行くと簡単に言うが、そんなことが本当にできるのか?」
黄泉が質問を繰り出す。
「可能です。要するに、すでに天界と地上を行き来できる何者かに、目当ての神の元まで、連れて行ってもらえばいいのです。今回はわたくしが、皆様をお連れしましょう」
永夜のその言葉に、ぎらりとした熱気が湧き上がる。
「よし、永夜とやら。今すぐ俺をその神とやらのいる場所へ連れていけ」
飛影が真っ先に名乗りを挙げる。
「まあ、少し待ってくれ。危険度からして、子供の修羅を先行させるべきだろう?」
黄泉が要望をねじ込むと。修羅が不安げな顔になる。
子供には何をされるのかの見当もつかず、恐怖なのだろう。
「あ、なあ、兄貴。俺はどうなんだ? 人間の血も入ってるだろ? あと、蔵馬は人間の体に入ってるよな?」
幽助がそう質問すると、永夜はうなずく。
「幽助と蔵馬さんは、我が修法で宿神を宿すことができましょう。しかし、実際に宿神となる神仏に、お会いした方が納得はいきましょうね」
ふと、食脱医師が口を挟む。
「手分けしよう、永夜。我が雷禅はじめ三竦みの方々は、天界にお連れする。永夜は子供らを」
「いや」
ふと。
軀がいやに耳に着く声で呟く。
「オレはいい。アテがあるんでな」
永夜は、百足の会議室の一角で、そう切り出す。
周囲には、彼の両親の他に三竦みの残り二人、加えて幽助、飛影、蔵馬の三人、加えて黄泉の隣に修羅。
「三竦みの方々のように、おおっぴらに勢力争いを繰り広げないのは、その必要がない……というよりは、表面上の覇者を泳がせておいた方が、奴らの活動にはむしろ有利だからでございます。霊界にも感付かれぬことですし、ますます面倒がない」
「ナメやがって。むかつくぜ」
軀が、素顔を露わにしたまま唸る。
「……実は、軀様は、危く奴らの勢力の一つと正面衝突するところだったことがございます。今からおよそ、二百年ばかり前でしたか。覚えておられますでしょうか? 軀様の勢力圏に入った小国。国というより大掛かりなマフィアのようなものだったはず。魔界各地で人をさらい、人身売買で勢力を拡大させてきたところと衝突なさいましたね」
永夜の不意の問いに、軀は、ああ、と思い出した顔だ。
「あったな。その生業関連でオレの部下と衝突したフザけた奴らだった。しかし、あそこがそうだという証拠はあるのか?」
「国王の逃げ延び方がそうです。あの国王の葬破(そうは)、生き延びておりますよ。軀様が倒して八つ裂きにしたのは、巧みに仕立て上げられた影武者です」
三竦み残り二人の視線が、軀に集中する。
「おい、軀、おめえともあろう者が、マジでそんなドジ踏みやがったのか」
雷禅が問い詰めれば、
「その衝突のことは知っている。人身売買で主に成り立っていた国が、軀の不興を買って一夜で滅ぼされたのもな。俺としても、それ以上の情報は掴めなかったが、国王が逃げ延びたというのは確かなのか、永夜」
黄泉が険しい表情を見せる。
「……軀様。今から一年半ほど前に、人間界で撮影された写真です。ご覧ください」
永夜が手元の機器を操作して、壁面のモニタに、どこか人間界の街角で撮影されたらしい写真を映し出す。
真ん中に映っている通行人らしい男は、まだ若く見える。
二十代の半ばにもなっていないであろう。
だが、目を引くのは、額にうっすら重なる角状の突起。
そして、周囲にぼんやり徘徊するような火の玉のような発光体。
「……間違いない。葬破の野郎だ。影武者を立てて人間界に落ちのびてたって訳か。しかし、こいつはS級妖怪だぞ? 霊界はなんで黙ってた?」
そもそも、霊界に感付かせず、あの結界を通る方法はないはずだが?
軀は露骨に訝しむ。
「いえ、『宿神』を得た者なら、霊界の術法など、ごまかす方法はいくらでもございます。そもそも、こやつは半妖の生まれ。妖気を引っ込めた上で、気そのものを小さめにごまかす手段を使えば、特に霊界にも不審がられず、人間界で過ごすことができます」
永夜は静かに、だがきっぱり断言する。
軀はますます目をすがめる。
「奴が半妖だと言うのも初耳だが、そんなやり方があるというのも驚いた。要するに、神と呼ばれる者の助力を得た連中にとっては、霊界魔界人間界、いずれの察知も誤魔化し放題で、三界の通常のやり方なんぞ、何の意味もないってことか。……ちっ」
軀が舌打ちした上で荒っぽく溜息をつく。
「……露骨に申し上げれば、そういうことにございますね。……そして、更に悪いことには、こやつ、魔界に舞い戻っておりますよ。一年くらい前に」
永夜の言葉に反応したのは、幽助たち各国No.2の三人である。
「……一年前……というと、俺たちが三竦みそれぞれの求めに応じて、魔界に渡った時期に重なるな。これは偶然なのか……」
蔵馬が、戦友たちと目を見かわして呻く。
「偶然ではないでしょうね。『呼ばれざる者』の配下の面々が、魔界の激動を見越して本格的に活動を始めた時期でもあるということでしょう」
そもそも、父が亡くなることは向こうも知っていたはずですので。
多分前々からの準備があって、この時期に本格始動を始めたということですね。
永夜が断言する。
「その辺はもういい。出てきたら倒すまでだ。それより、永夜。さっさと神とかいう連中とのリンクの仕方を教えろ」
飛影が単刀直入にせっつく。
「そうだ、その話だぜ。そもそも、神とリンクしないと、そのナントカっていう連中にまともに太刀打ちもできねえんだろ?」
幽助も同意する。
「そうだね、幽助。さて、皆様も、今の話を念頭に置いて、神々とのリンクを得る方法をお聞ください」
永夜がいよいよ口にすると、空気が変わる。
「まず、基本的に、人間の血を引く者のみが『宿神』、つまり、自分の肉体に、神仏の分霊を受け入れることができます。魔族の皆様は、元々が生命体として強靭である代償として、神の分霊を宿すことはできず、代わりに神とのリンクを得ることができます。今はそれを説明いたしましょう」
「よお、永夜。まだるっこしいぜ。どうすりゃいいのか、端的に頼むわ」
雷禅が簡易な説明を促す。
永夜はうなずく。
「神仏とのリンクとは言いますが、要するに、これは人間のいうところの『神仏の加護』にございます。要は神仏に気に入られ、こいつならば力を貸してやっても良いと判断されることが必要なのです。結論から申しますと、神仏に直接会いに行くことが必要です」
その永夜の言葉に、奇妙な緊張が奔る。
「永夜、会いに行くと簡単に言うが、そんなことが本当にできるのか?」
黄泉が質問を繰り出す。
「可能です。要するに、すでに天界と地上を行き来できる何者かに、目当ての神の元まで、連れて行ってもらえばいいのです。今回はわたくしが、皆様をお連れしましょう」
永夜のその言葉に、ぎらりとした熱気が湧き上がる。
「よし、永夜とやら。今すぐ俺をその神とやらのいる場所へ連れていけ」
飛影が真っ先に名乗りを挙げる。
「まあ、少し待ってくれ。危険度からして、子供の修羅を先行させるべきだろう?」
黄泉が要望をねじ込むと。修羅が不安げな顔になる。
子供には何をされるのかの見当もつかず、恐怖なのだろう。
「あ、なあ、兄貴。俺はどうなんだ? 人間の血も入ってるだろ? あと、蔵馬は人間の体に入ってるよな?」
幽助がそう質問すると、永夜はうなずく。
「幽助と蔵馬さんは、我が修法で宿神を宿すことができましょう。しかし、実際に宿神となる神仏に、お会いした方が納得はいきましょうね」
ふと、食脱医師が口を挟む。
「手分けしよう、永夜。我が雷禅はじめ三竦みの方々は、天界にお連れする。永夜は子供らを」
「いや」
ふと。
軀がいやに耳に着く声で呟く。
「オレはいい。アテがあるんでな」