螺旋より外れて
瑠璃色の光球は、百足のテラスに立って見物していた食脱医師が放ったもの。
地面に倒れ伏している敗北者たちと同数存在し、彼らの亡骸に向けて飛んでいく。
「これは……? 治癒の霊力……の、凄まじいものか」
軀の許可を得て、戦いを見守っていた時雨が、低く呻く。
「左様。薬師如来の力じゃ。そなたの主もすぐに起き上がるゆえ、心配はない」
食脱医師が静かに落ち着き払った声で述べた直後、荒野の一角に瑠璃色の光のドームが生まれ、その中からたった今生まれたように、軀その人が立ち上がっている。
頭を振り、破れた衣装も最低限復元しているような姿。
「おお、軀様……!! お体に問題は」
時雨と同じく見守っていた奇淋が叫ぶ。
「案ずるな。軀殿は戦い前のお体に戻っておる。うちの上の息子、あれでも七百年修行しているでな。まして、大恩ある軀様に取り返しのつかないことをしでかさない程度の分別はあるぞ」
食脱医師が穏やかに説くと、奇淋ははたと首を横に振る。
「いや、雷禅の奥方殿。あなた様や御子息を疑っている訳ではございませぬ。なにせ、わたくしも、初めて見る力ゆえ、胆を潰した次第。なるほど、単純に修行したとか、魔族の血が入っているとか、そういう基準では測れませぬな」
食脱医師はうなずく。
「そういうことじゃ。この力は、我らのような者の活動の中心になっている人間界ですら、一般には全く知られておらぬ。まして、信仰の習慣があまり一般的ではない魔界では、よほど奇妙なものととられても致し方あるまいな」
「……しかし、これからはそれが必須になる時代がやってくると……むう」
奇淋は何か思うところがあったようだ。
腕組みして黙り込む。
そうこうしている間にも、戦いの場となった荒野のあちこちで、瑠璃色の光のドームから、死亡していた魔族たちが、元の姿で立ち上がる。
「よー。聖果ァ」
恐らく吹っ飛ばされて、百足のすぐ下まで転がって来ていたのだろう。
雷禅が、一足飛びに、百足のテラスに駆け上がってくる。
「お疲れじゃったの。じゃが、ちゃんと永夜のところに説明されに行かねば、またキツく叱られるぞ」
食脱医師がそう促すのも構わず、雷禅は彼女を抱え込むように抱きしめる。
「嬉しいぜ。俺たちの子供は、強くなった。前の時も強かったが、力を使いこなしている今とは、やっぱ比べ物になんねえ」
食脱医師も、雷禅の背中に手を回して抱きしめつつ軽く叩いてやる。
この男は、求めていたものを得て、そして存分に戦えて嬉しそうだ。
いつだって全力で当たる男が、今までと違ってそれを実行に移せていることが、敗北も向こうに押しやるほど嬉しいのだろう。
「前の時は、怒りに駆られる子供だった。それでも俺は吹っ飛ばされたが、今の技術の巧みさを見る限り、あの時は力でロデオしてたみてえな状態だったんだな……ああ、幽助はあれを見てどうかな。やる気失せちまわないといいが」
「大丈夫じゃ。永夜はそうならないようにちゃんと考えるくらいには賢い。どうすればいいか示せば、幽助もそんな簡単には絶望せぬはず」
そなたもお疲れじゃったの。
ほれ、永夜と幽助が呼んでおるぞ。
食脱医師はぽんぽんとまた夫の背中を叩く。
「おおい、そこでイチャコラしてんの!! 何やってんだてめえ、呼んでんのに!!」
幽助が、テラスに駆け上がって来る。
そのすぐ後に、天人のような不思議な力で宙を舞う永夜。
続いて、軀と飛影か軽やかに駆け戻り。
その次が黄泉。
最後に、蔵馬が自身が一条の鞭の輝線のように飛翔して戻る。
「まあ、このアホ野郎の単純なオツムでは、勝っても負けても自慢の種だ、ぐらいの認識だろうからな」
軀がくくく、と喉を鳴らす。
「だが、かくいう俺も嬉しいぜ永夜。あの流石の俺も食う気の失せる気の毒な赤ん坊が大きくなったな。なにより、この強さの先にまだ次元の違う世界があるっていうのが、俺は嬉しい。世界は思ってるより広かったぜ」
「……軀様なら、リンクしてもいいという神仏はすぐに見つかると思われます。実際、天上界でわたくしが聞き及ぶ限り、三竦みの方々の中で、軀様が一番評価が高いのでございます」
永夜がそう言うと、素顔を露わにしたままの軀が、ほう、と面白そうに破顔する。
「そうか? 初耳だな。連中は俺の何を評価してるってんだ?」
「……自らの魂の声に従う素直さ、純粋性、そして高潔さでございますね。こうした方こそが、神仏の力を受け取りやすいのでございます。お望みでしたら、私が神仏の間を仲介いたしますので、リンク……ご加護を与えてくださる方は、すぐ見つかると思いますよ」
永夜が淀みなく応じると、軀はめずらしく考え込む様子を見せる。
飛影がちらと軀と永夜の間に視線を行き来させる。
やや険しい視線だ。
「……オレの時も頼みたいが、飛影はどうだ? 何か言ってる奴は天上界とやらにいないか?」
軀はふと飛影を振り返る。
「飛影、オレが倒された時に怒ってくれてありがとうな。すげえ嬉しかったぜ」
不意討ちをくらった飛影が一瞬で顔をほてらせる。
フン、と鼻を鳴らすが、まんざらでもなさそうだ。
「全く、三竦み最凶軀ともあろう者が、お前から見たら小倅みたいな奴に瞬殺されやがって。さっさとリンク先とやらを見つけるんだな」
ごまかすように言葉を叩きつける飛影に、軀は、ああ、そうだな、とやさしくうなずく。
すぐ近くで、雷禅と黄泉が、目を輝かせてつつきあう――黄泉はそんな雰囲気だという状態だ――のを、彼女は一切意に介さなかった。
飛影以外は、本当にどうでもいいのだろう。
「飛影様と、是非リンクしたいとお考えの神仏がおられるのですよ。いつ御伝えしようかと悩んでおったのですが、いい機会なので、是非ご考慮のほどを」
永夜が飛影に振り向いて告げるや、飛影は面白そうな顔を見せる。
「ほう。どいつだというんだ、そいつは」
「個人的なこと、かつ重要事項なので、この場では。後ほど、場所をお借りしたいのですが」
「構わん。軀、客間を使わせろ。だが、早くしろ。そろそろ眠い」
飛影が目をしぱしぱさせるのを、軀は微笑んで見ている。
永夜はくすりと笑う。
「パパァ……!!」
修羅が、黄泉に近付く。
何故か、目を真っ赤に腫らしている。
「ああ、修羅。びっくりさせて悪かったな。だけど、わかったろう? 今の状態のお前では、永夜に太刀打ちなどできない。段階を踏んで、力を手に入れることが必要なんだ」
黄泉は、恐怖で泣いてしまったのであろう息子を優しく撫でる。
「大丈夫だ、手順とか、相性とか……そういう問題になるのだろうな。永夜、子供であってもリンクはできるのだろう?」
「ええ、問題ございません。修羅様は、お名前からして天竜八部衆が一、阿修羅の方々の加護が近しい。そんなにご苦労なさらず、リンクしてくださる仏尊が見つかるはずです。……どちらかというと急ぐに越したことはありません」
永夜が不意に表情を引き締めると、修羅はぽかんとし、黄泉は怪訝な顔を見せる。
「それは、どういうことなんだ、永夜?」
「……『呼ばれざる者』の配下たちが、魔界とその中枢に手を伸ばすとしたら、最も狙われやすいのは、素質はあってもまだまだ未完成な修羅様なのですよ。黄泉様に対して、特に有用に使えますし……ね」
修羅はまだよくわからないようだが、黄泉の顔は一気に青ざめる。
「永夜、なるべく早く手配を。俺は後回しでいい」
「どの方もご希望あらば急ぎますが、修羅様は特に気を配るつもりでおります。黄泉様は、当分の間、修羅様からは目を離さないようにお願いします。どこに『呼ばれざる者』の配下が存在しているかわかりませんので」
と、蔵馬が口を挟む。
「もしかして、一刻の猶予もないんじゃないですか、聖様。軀に客間を借りて、このまま打ち合わせとしましょう」
その言葉に、全員が正当性を認め、軀はついてこい、と彼らを促したのだった。
地面に倒れ伏している敗北者たちと同数存在し、彼らの亡骸に向けて飛んでいく。
「これは……? 治癒の霊力……の、凄まじいものか」
軀の許可を得て、戦いを見守っていた時雨が、低く呻く。
「左様。薬師如来の力じゃ。そなたの主もすぐに起き上がるゆえ、心配はない」
食脱医師が静かに落ち着き払った声で述べた直後、荒野の一角に瑠璃色の光のドームが生まれ、その中からたった今生まれたように、軀その人が立ち上がっている。
頭を振り、破れた衣装も最低限復元しているような姿。
「おお、軀様……!! お体に問題は」
時雨と同じく見守っていた奇淋が叫ぶ。
「案ずるな。軀殿は戦い前のお体に戻っておる。うちの上の息子、あれでも七百年修行しているでな。まして、大恩ある軀様に取り返しのつかないことをしでかさない程度の分別はあるぞ」
食脱医師が穏やかに説くと、奇淋ははたと首を横に振る。
「いや、雷禅の奥方殿。あなた様や御子息を疑っている訳ではございませぬ。なにせ、わたくしも、初めて見る力ゆえ、胆を潰した次第。なるほど、単純に修行したとか、魔族の血が入っているとか、そういう基準では測れませぬな」
食脱医師はうなずく。
「そういうことじゃ。この力は、我らのような者の活動の中心になっている人間界ですら、一般には全く知られておらぬ。まして、信仰の習慣があまり一般的ではない魔界では、よほど奇妙なものととられても致し方あるまいな」
「……しかし、これからはそれが必須になる時代がやってくると……むう」
奇淋は何か思うところがあったようだ。
腕組みして黙り込む。
そうこうしている間にも、戦いの場となった荒野のあちこちで、瑠璃色の光のドームから、死亡していた魔族たちが、元の姿で立ち上がる。
「よー。聖果ァ」
恐らく吹っ飛ばされて、百足のすぐ下まで転がって来ていたのだろう。
雷禅が、一足飛びに、百足のテラスに駆け上がってくる。
「お疲れじゃったの。じゃが、ちゃんと永夜のところに説明されに行かねば、またキツく叱られるぞ」
食脱医師がそう促すのも構わず、雷禅は彼女を抱え込むように抱きしめる。
「嬉しいぜ。俺たちの子供は、強くなった。前の時も強かったが、力を使いこなしている今とは、やっぱ比べ物になんねえ」
食脱医師も、雷禅の背中に手を回して抱きしめつつ軽く叩いてやる。
この男は、求めていたものを得て、そして存分に戦えて嬉しそうだ。
いつだって全力で当たる男が、今までと違ってそれを実行に移せていることが、敗北も向こうに押しやるほど嬉しいのだろう。
「前の時は、怒りに駆られる子供だった。それでも俺は吹っ飛ばされたが、今の技術の巧みさを見る限り、あの時は力でロデオしてたみてえな状態だったんだな……ああ、幽助はあれを見てどうかな。やる気失せちまわないといいが」
「大丈夫じゃ。永夜はそうならないようにちゃんと考えるくらいには賢い。どうすればいいか示せば、幽助もそんな簡単には絶望せぬはず」
そなたもお疲れじゃったの。
ほれ、永夜と幽助が呼んでおるぞ。
食脱医師はぽんぽんとまた夫の背中を叩く。
「おおい、そこでイチャコラしてんの!! 何やってんだてめえ、呼んでんのに!!」
幽助が、テラスに駆け上がって来る。
そのすぐ後に、天人のような不思議な力で宙を舞う永夜。
続いて、軀と飛影か軽やかに駆け戻り。
その次が黄泉。
最後に、蔵馬が自身が一条の鞭の輝線のように飛翔して戻る。
「まあ、このアホ野郎の単純なオツムでは、勝っても負けても自慢の種だ、ぐらいの認識だろうからな」
軀がくくく、と喉を鳴らす。
「だが、かくいう俺も嬉しいぜ永夜。あの流石の俺も食う気の失せる気の毒な赤ん坊が大きくなったな。なにより、この強さの先にまだ次元の違う世界があるっていうのが、俺は嬉しい。世界は思ってるより広かったぜ」
「……軀様なら、リンクしてもいいという神仏はすぐに見つかると思われます。実際、天上界でわたくしが聞き及ぶ限り、三竦みの方々の中で、軀様が一番評価が高いのでございます」
永夜がそう言うと、素顔を露わにしたままの軀が、ほう、と面白そうに破顔する。
「そうか? 初耳だな。連中は俺の何を評価してるってんだ?」
「……自らの魂の声に従う素直さ、純粋性、そして高潔さでございますね。こうした方こそが、神仏の力を受け取りやすいのでございます。お望みでしたら、私が神仏の間を仲介いたしますので、リンク……ご加護を与えてくださる方は、すぐ見つかると思いますよ」
永夜が淀みなく応じると、軀はめずらしく考え込む様子を見せる。
飛影がちらと軀と永夜の間に視線を行き来させる。
やや険しい視線だ。
「……オレの時も頼みたいが、飛影はどうだ? 何か言ってる奴は天上界とやらにいないか?」
軀はふと飛影を振り返る。
「飛影、オレが倒された時に怒ってくれてありがとうな。すげえ嬉しかったぜ」
不意討ちをくらった飛影が一瞬で顔をほてらせる。
フン、と鼻を鳴らすが、まんざらでもなさそうだ。
「全く、三竦み最凶軀ともあろう者が、お前から見たら小倅みたいな奴に瞬殺されやがって。さっさとリンク先とやらを見つけるんだな」
ごまかすように言葉を叩きつける飛影に、軀は、ああ、そうだな、とやさしくうなずく。
すぐ近くで、雷禅と黄泉が、目を輝かせてつつきあう――黄泉はそんな雰囲気だという状態だ――のを、彼女は一切意に介さなかった。
飛影以外は、本当にどうでもいいのだろう。
「飛影様と、是非リンクしたいとお考えの神仏がおられるのですよ。いつ御伝えしようかと悩んでおったのですが、いい機会なので、是非ご考慮のほどを」
永夜が飛影に振り向いて告げるや、飛影は面白そうな顔を見せる。
「ほう。どいつだというんだ、そいつは」
「個人的なこと、かつ重要事項なので、この場では。後ほど、場所をお借りしたいのですが」
「構わん。軀、客間を使わせろ。だが、早くしろ。そろそろ眠い」
飛影が目をしぱしぱさせるのを、軀は微笑んで見ている。
永夜はくすりと笑う。
「パパァ……!!」
修羅が、黄泉に近付く。
何故か、目を真っ赤に腫らしている。
「ああ、修羅。びっくりさせて悪かったな。だけど、わかったろう? 今の状態のお前では、永夜に太刀打ちなどできない。段階を踏んで、力を手に入れることが必要なんだ」
黄泉は、恐怖で泣いてしまったのであろう息子を優しく撫でる。
「大丈夫だ、手順とか、相性とか……そういう問題になるのだろうな。永夜、子供であってもリンクはできるのだろう?」
「ええ、問題ございません。修羅様は、お名前からして天竜八部衆が一、阿修羅の方々の加護が近しい。そんなにご苦労なさらず、リンクしてくださる仏尊が見つかるはずです。……どちらかというと急ぐに越したことはありません」
永夜が不意に表情を引き締めると、修羅はぽかんとし、黄泉は怪訝な顔を見せる。
「それは、どういうことなんだ、永夜?」
「……『呼ばれざる者』の配下たちが、魔界とその中枢に手を伸ばすとしたら、最も狙われやすいのは、素質はあってもまだまだ未完成な修羅様なのですよ。黄泉様に対して、特に有用に使えますし……ね」
修羅はまだよくわからないようだが、黄泉の顔は一気に青ざめる。
「永夜、なるべく早く手配を。俺は後回しでいい」
「どの方もご希望あらば急ぎますが、修羅様は特に気を配るつもりでおります。黄泉様は、当分の間、修羅様からは目を離さないようにお願いします。どこに『呼ばれざる者』の配下が存在しているかわかりませんので」
と、蔵馬が口を挟む。
「もしかして、一刻の猶予もないんじゃないですか、聖様。軀に客間を借りて、このまま打ち合わせとしましょう」
その言葉に、全員が正当性を認め、軀はついてこい、と彼らを促したのだった。