螺旋より外れて
「親父……!!」
あの雷禅が一瞬。
幽助は息を呑むしかできない。
咄嗟に、黄泉が何か術であろう光る障壁を生み出す。
が、それも一瞬。
どこからか、無数の閃光が奔る。
それが、永夜が腰の太刀を抜き放って振るった残光だなどとは、ぶち当てられた黄泉にすら理解できず、辛うじて軀が見て取ったくらいだ。
剣風の衝撃に巻き込まれた黄泉が、無数の肉塊に轢断される。
血と、赤い風。
飛んできた黒い球体を、軀は跳躍して避ける。
人間より大きく膨らんだ球体は、荒野の只中に着弾して、周囲の光すら曲げ、あらゆるものを中心に吸い寄せる。
「重力弾か、まさか……!!」
蔵馬が呻く。
自分も重力爆発の中心に引っ張られながら、足元に発生させた魔界植物の群生に自身を巻き取らせ、踏みとどまる。
幽助は必死で足元をふんばりながらも、そのまま重力爆発の中心に転がっていく。
飛影は邪王炎殺剣で、地面に炎を食いこませ、杭の要領で、自分を地面に縫い留めているが、それでも辛そうだ。
「軀……ッ!!」
飛影が呻いた時には遅い。
いつの間にか、軀の目の前に移動していた永夜が、手の中に更に重力弾を生み出し、軀の胴体に叩きつけていたのだ。
無残な有様となった軀が地面に落下する。
首から上に巻いている忌呪帯が衝撃でほどけて、美しさと醜さの半ばした印象的な死に顔が明かになったが、誰もそれに感心できる余裕のある者はいない。
永夜は、悠然と見える足取りで、幽助、飛影、蔵馬の三人と距離を取る。
「さて、これで神を宿した人間の能力というのを、実感できたと思います。いわゆる魔界の三竦み、と呼ばれる方々でも、私のような修行途上の者に太刀打ちすらできないのです。あなたがたは、どうされます? 続けますかそれとも……」
「貴様ァーーーーーーーーー!!!!!!」
飛影が、右手の黒龍を解放する。
常に数倍する体積に成長した黒龍は、永夜にまっすぐ突き進み、巨大な口で呑み込もうとする。
しゅん。
それは小さな音だ。
暗い虹色に輝く障壁は、ごく薄い。
だが、それにまともに突っ込む形となった黒龍は、水の張ったバケツに放り棄てられた線香花火よりもなお儚く、一瞬で掻き消える。
獄炎の、あの独特の匂いさえ残らない。
「飛影様。その技は私に通じませんよ。お気持ちはお察ししますが、ここは落ち着いて」
永夜の言葉に返ってきたのは、炎を纏う拳や蹴りの連撃である。
しかし、永夜は落ち着き払ってそれを全身に受ける。
一旦飛び離れた飛影が見たものは。
「馬鹿な……!!」
永夜の一見優雅な直垂にすら、焦げ跡一つ付いていない。
直垂に縫い取られた月と流水と揚羽の紋様は、相変らず土埃に汚れてすらいない。
「剣呑にございますね」
まるで瞬間移動したように、永夜は飛影の背後を取る。
かすかにかがんだ、その姿勢で、飛影の耳に何事か囁いた――のを確認できた者はいたものか。
飛影が、喪心したように、膝から無造作に崩れ落ちる。
まるで吹き消された蝋燭のように、妖気が消えている……つまり、完全に死亡しているのを、幽助も蔵馬も信じられないように見つめるしかない。
「……さて、まだやりますか? 大体どういうことか分かったなら、次に移りたいのですが。無駄な血は流したくないのですよ。これから提示する何らかの手段を取れば、あなた方も私ともう少しは打ち合えるように……」
だが、蔵馬も幽助も動いている。
永夜の足元から伸びた、槍のような植物は、闇の帳に触れた途端に塵となって崩れ、幽助が打ち込んだ拳は、永夜をのけぞらせることすらできない。
まるで、磁極同士が反発するような奇妙な力で、幽助の攻撃は弾き飛ばされるだけ。
その隙をついて、薔薇鞭刃。
絡みつくかと思わせて、永夜はその先端を、なんと手でひっつかむ。
「月夜ばかりでなく、武器にもお気をつけを、狐さん」
黒い衝撃が奔る。
まともに受けた蔵馬の全身が、形を保ったのは一瞬だけ。
次の瞬間、黒い塵となって、小さな山が形作られる。
「あ……あ……」
幽助は全身を恐怖の震えが蝕んでいることに気付く。
こんな身も蓋もない恐怖は、戸愚呂と戦った時以来。
いや、それ以上だろう。
もはや何をどうしていいのかもわからないのだ。
戸愚呂の方が、能力の性質がシンプルであるだけに、まだどうにか打開できるのではという闘志が湧いたものだ。
だが、目の前のこの男、自分の、紛れもない兄は違う。
奇妙で圧倒的な、悪夢めいた力であり、どう打開すべきか、全く手段の見当すらつかない。
「もう、いいだろう、幽助? これでわかったね?」
穏やかとすら表現できる声で、永夜はそっと弟に語り掛ける。
「こういうことだ。神の力を宿した人間と、単純に『三界基準』で最高レベルにあるとされる者との間には、これだけの開きが出る。何をどうしていいかわからないだろう? そもそも、性質が違い過ぎて、太刀打ちできるようになっていないのだよ。わかるね?」
幽助はがくりと膝をつく。
挫折だ。
兄はそういう訳ではないと言ってくれるかも知れないが、自分の予想がとことん甘く、お話にもならなかったという点で、完全な挫折である。
ここまで比べ物にならないとは。
「これから、どうしたら、少なくともまともな打ち合いくらいに持ち込めるように、つまり同一次元の力を身に着けられるか、説明しよう。その前に、皆に起きていただかねば」
永夜は、百足に向かって大きく手を振る。
その、ちょうどテラスがあったあたりから、瑠璃色に輝く、大きな蛍のような発光体が、緩やかな円を描きながら、それぞれ絶命した魔族たちの元に飛んで行ったのだった。
あの雷禅が一瞬。
幽助は息を呑むしかできない。
咄嗟に、黄泉が何か術であろう光る障壁を生み出す。
が、それも一瞬。
どこからか、無数の閃光が奔る。
それが、永夜が腰の太刀を抜き放って振るった残光だなどとは、ぶち当てられた黄泉にすら理解できず、辛うじて軀が見て取ったくらいだ。
剣風の衝撃に巻き込まれた黄泉が、無数の肉塊に轢断される。
血と、赤い風。
飛んできた黒い球体を、軀は跳躍して避ける。
人間より大きく膨らんだ球体は、荒野の只中に着弾して、周囲の光すら曲げ、あらゆるものを中心に吸い寄せる。
「重力弾か、まさか……!!」
蔵馬が呻く。
自分も重力爆発の中心に引っ張られながら、足元に発生させた魔界植物の群生に自身を巻き取らせ、踏みとどまる。
幽助は必死で足元をふんばりながらも、そのまま重力爆発の中心に転がっていく。
飛影は邪王炎殺剣で、地面に炎を食いこませ、杭の要領で、自分を地面に縫い留めているが、それでも辛そうだ。
「軀……ッ!!」
飛影が呻いた時には遅い。
いつの間にか、軀の目の前に移動していた永夜が、手の中に更に重力弾を生み出し、軀の胴体に叩きつけていたのだ。
無残な有様となった軀が地面に落下する。
首から上に巻いている忌呪帯が衝撃でほどけて、美しさと醜さの半ばした印象的な死に顔が明かになったが、誰もそれに感心できる余裕のある者はいない。
永夜は、悠然と見える足取りで、幽助、飛影、蔵馬の三人と距離を取る。
「さて、これで神を宿した人間の能力というのを、実感できたと思います。いわゆる魔界の三竦み、と呼ばれる方々でも、私のような修行途上の者に太刀打ちすらできないのです。あなたがたは、どうされます? 続けますかそれとも……」
「貴様ァーーーーーーーーー!!!!!!」
飛影が、右手の黒龍を解放する。
常に数倍する体積に成長した黒龍は、永夜にまっすぐ突き進み、巨大な口で呑み込もうとする。
しゅん。
それは小さな音だ。
暗い虹色に輝く障壁は、ごく薄い。
だが、それにまともに突っ込む形となった黒龍は、水の張ったバケツに放り棄てられた線香花火よりもなお儚く、一瞬で掻き消える。
獄炎の、あの独特の匂いさえ残らない。
「飛影様。その技は私に通じませんよ。お気持ちはお察ししますが、ここは落ち着いて」
永夜の言葉に返ってきたのは、炎を纏う拳や蹴りの連撃である。
しかし、永夜は落ち着き払ってそれを全身に受ける。
一旦飛び離れた飛影が見たものは。
「馬鹿な……!!」
永夜の一見優雅な直垂にすら、焦げ跡一つ付いていない。
直垂に縫い取られた月と流水と揚羽の紋様は、相変らず土埃に汚れてすらいない。
「剣呑にございますね」
まるで瞬間移動したように、永夜は飛影の背後を取る。
かすかにかがんだ、その姿勢で、飛影の耳に何事か囁いた――のを確認できた者はいたものか。
飛影が、喪心したように、膝から無造作に崩れ落ちる。
まるで吹き消された蝋燭のように、妖気が消えている……つまり、完全に死亡しているのを、幽助も蔵馬も信じられないように見つめるしかない。
「……さて、まだやりますか? 大体どういうことか分かったなら、次に移りたいのですが。無駄な血は流したくないのですよ。これから提示する何らかの手段を取れば、あなた方も私ともう少しは打ち合えるように……」
だが、蔵馬も幽助も動いている。
永夜の足元から伸びた、槍のような植物は、闇の帳に触れた途端に塵となって崩れ、幽助が打ち込んだ拳は、永夜をのけぞらせることすらできない。
まるで、磁極同士が反発するような奇妙な力で、幽助の攻撃は弾き飛ばされるだけ。
その隙をついて、薔薇鞭刃。
絡みつくかと思わせて、永夜はその先端を、なんと手でひっつかむ。
「月夜ばかりでなく、武器にもお気をつけを、狐さん」
黒い衝撃が奔る。
まともに受けた蔵馬の全身が、形を保ったのは一瞬だけ。
次の瞬間、黒い塵となって、小さな山が形作られる。
「あ……あ……」
幽助は全身を恐怖の震えが蝕んでいることに気付く。
こんな身も蓋もない恐怖は、戸愚呂と戦った時以来。
いや、それ以上だろう。
もはや何をどうしていいのかもわからないのだ。
戸愚呂の方が、能力の性質がシンプルであるだけに、まだどうにか打開できるのではという闘志が湧いたものだ。
だが、目の前のこの男、自分の、紛れもない兄は違う。
奇妙で圧倒的な、悪夢めいた力であり、どう打開すべきか、全く手段の見当すらつかない。
「もう、いいだろう、幽助? これでわかったね?」
穏やかとすら表現できる声で、永夜はそっと弟に語り掛ける。
「こういうことだ。神の力を宿した人間と、単純に『三界基準』で最高レベルにあるとされる者との間には、これだけの開きが出る。何をどうしていいかわからないだろう? そもそも、性質が違い過ぎて、太刀打ちできるようになっていないのだよ。わかるね?」
幽助はがくりと膝をつく。
挫折だ。
兄はそういう訳ではないと言ってくれるかも知れないが、自分の予想がとことん甘く、お話にもならなかったという点で、完全な挫折である。
ここまで比べ物にならないとは。
「これから、どうしたら、少なくともまともな打ち合いくらいに持ち込めるように、つまり同一次元の力を身に着けられるか、説明しよう。その前に、皆に起きていただかねば」
永夜は、百足に向かって大きく手を振る。
その、ちょうどテラスがあったあたりから、瑠璃色に輝く、大きな蛍のような発光体が、緩やかな円を描きながら、それぞれ絶命した魔族たちの元に飛んで行ったのだった。