螺旋より外れて
「こら、修羅!! なんだお客様の前で!!」
黄泉が、いきなり客間の襖を開けて顔を覗かせた幼児に向かって、険しい表情で叱りつける。
「ん? なんだこいつ、オメーの子供か? 子供なんていたのか」
幽助が、聞いてなかったな、という顔だ。
その横で、雷禅と軀が素早く目を見かわす。
どちらも知らなかったのを確認したようだ。
「ほう? こいつは感知してなかった情報だな。よう、坊主。名前は?」
雷禅が面白そうに笑いながら、修羅に話しかける。
「坊主じゃない!! 僕は修羅だ!! お前は雷禅? 軀?」
修羅と名乗る子供は、物怖じすることなく、大きな目でじろりと雷禅を睨む。
「修羅、いい加減にしろ!! なんだその態度はみっともない!!」
鋭い黄泉の怒声に、修羅は思わず首をすくめる。
「まあ、そうガミガミ言いなさんなパパさんよ。おめえ、俺らのことをこの子にもう教えてるんだな? この様子じゃ、ついこないだ生まれたばっかりなのに、”教育熱心”だな?」
軀がくくく、と喉の奥を鳴らす。
黄泉がぴくり、と震えたように見える。
「おや、この若さで素晴らしい力をお持ちの若様でいらっしゃる。しかし、戦いにはお連れできませんね。まだ少し御小さくていらっしゃる」
永夜がぴりぴりした空気を変えるように穏やかに口にする。
「いやだ!! 戦いなら、僕も行く!!」
修羅が頬を膨らませる。
「オイオイ、ややこしいことに」
幽助ががしがし頭を掻く。
「おい、修羅。これは大人の話なの!! 子供はすっこんでるんです!!!」
「うるさい!! お前だって、大人ってほどじゃないじゃないかっ!!」
返す刀で切り返されて、幽助は鼻白み、雷禅が噴き出す。
「確かになあ。そらそうだ。ガキがガキに、おめえはガキだなんざ、お話にならねーや」
「話しがまとまらんゆえ、強引にまとめるぞ」
食脱医師が、こほんと咳払いする。
「永夜は、修羅殿を除く大人の希望者全員を、まとめて相手取ってみよ。修羅殿は最初大人を見学して、それでも永夜を相手取りたかったら一対一でかかってみるということにするのはいかがか」
修羅は一対一という言葉に目を輝かせる。
「うん、それでいい!! やる!!」
「おいおい、おふくろ……。兄貴とやりたい奴はこの中じゃ誰だ?」
幽助がぐるりと周囲を見回すと、食脱医師を除く全員が手を挙げる。
「多分、結果はわかっている。でも、やり合いたいんだ。彼の物凄さ、再確認したい」
蔵馬が冷や汗と共に、だがどこか不遜に呟く。
「ほう。蔵馬がここまで言うのは珍しい。ますます興味が湧くな」
手を挙げたままで、黄泉が微笑む。
「今ならわかるぜ。俺はあの時、委縮してた。罪悪感ってやつでだ。そのことに後悔はねえ。殺されても仕方ねえって思ってたのも事実だしな」
雷禅がへらっと笑う。
「だが、今のこいつは、その時と比べ物にならねえくれえに、霊気が落ち着いてる。何より、伏流している膨大な力が感じ取れる。今のこいつを知りたいんだ。幽助(コッチ)がそれでどう変わるかも含めて、な」
「もう後戻りはできんぞ。神の力だか何だか知らんが、その秘密は見せてもらう」
飛影が首筋に刃物を突き付けるように。
次いで、軀が軽やかに笑い、永夜に忌呪帯の奥の目を向ける。
彼女にしては、穏やかだ。
「ああ、永夜と本格的にやり合うのは初めてだな。手加減しなくていい。お前の今の最高の力を見せてほしい。それでこそ、あの時、おめえを人間の寺に放り込んだ甲斐もあるってもんだ」
永夜は、ふうっと息を吐く。
「回復は母に任せます。一時魂が肉体を離れるかも知れませんが、落ち着いてくださいませ」
さりげなく「全員コロス」の宣言をこれきり穏やかに突き付けられて、挑戦者たちはそれぞれの表現で、喜悦を表現したのだった。
◇ ◆ ◇
魔界の大地が鳴動し、移動要塞百足の威容が、荒野の真ん中で止まる。
「よし、ここでいいだろう」
軀が停止命令を出す。
広い魔界の中でも、ひときわ人気(ひとけ)がない一角。
「さて、やるぜ、永夜」
軀を筆頭に、百足のテラスには、雷禅、黄泉の三竦み、幽助、蔵馬、飛影のスカウトされ組に、ついでに足元を修羅がちょろちょろ駆けている。
修羅は百足に大興奮しているが、実は敵本隊要塞に搭乗できた黄泉も同じくらいに興奮しているのは、読心術の異様に得意な軀にはバレバレである。
「そなたら、永夜は大人しそうに見えるが、油断していると殺されるぞ。まあ、すぐに蘇生はさせるが、油断はできる相手ではない。人間と侮るような相手ではない、とだけ申しておく」
食脱医師が雷禅の横でそう断言し、そっと永夜に目配せする。
「もちろん、理解しております。かの無明聖の芳名は、この俺も聞いたことがあります。人間だからと侮った奴らは、あの時代に粗方死んだはずですね」
黄泉が一見愛想よく、そう言葉を返す。
修羅に大人しく待っているように言いつけ、テラスから直接下へ飛び降りる。
「さて、なぜか悪い予感はしねえな。面白いものを見られるはずだ」
「ふっ、お前がそうまで買っているのなら、期待してやらんでもない」
軀と飛影が飛び降りる。
「さて、行くぞガキども」
「てめえがやられるとここ、思いっきり見てやるぜ」
雷禅と幽助が続く。
蔵馬が食脱医師に一礼して飛び降りる。
「では……参ります、母上」
「うむ」
永夜が食脱医師の足元にひざまずいて一礼し、まるで羽のようにひらりと飛び降りる。
荒野は、緊張に包まれる。
永夜を中心に、魔族たちは同心円を描く。
雷禅が一声吼えて、とてつもない妖気を放出したのを皮切りに、永夜を除く全員が噴火のような妖気を噴き上げる。
同時に。
永夜の姿が、一瞬見えなくなる。
轟音。
気が付いた時には、真っ二つに砕けた雷禅の体が、土煙を上げて転がっていくところだった。
黄泉が、いきなり客間の襖を開けて顔を覗かせた幼児に向かって、険しい表情で叱りつける。
「ん? なんだこいつ、オメーの子供か? 子供なんていたのか」
幽助が、聞いてなかったな、という顔だ。
その横で、雷禅と軀が素早く目を見かわす。
どちらも知らなかったのを確認したようだ。
「ほう? こいつは感知してなかった情報だな。よう、坊主。名前は?」
雷禅が面白そうに笑いながら、修羅に話しかける。
「坊主じゃない!! 僕は修羅だ!! お前は雷禅? 軀?」
修羅と名乗る子供は、物怖じすることなく、大きな目でじろりと雷禅を睨む。
「修羅、いい加減にしろ!! なんだその態度はみっともない!!」
鋭い黄泉の怒声に、修羅は思わず首をすくめる。
「まあ、そうガミガミ言いなさんなパパさんよ。おめえ、俺らのことをこの子にもう教えてるんだな? この様子じゃ、ついこないだ生まれたばっかりなのに、”教育熱心”だな?」
軀がくくく、と喉の奥を鳴らす。
黄泉がぴくり、と震えたように見える。
「おや、この若さで素晴らしい力をお持ちの若様でいらっしゃる。しかし、戦いにはお連れできませんね。まだ少し御小さくていらっしゃる」
永夜がぴりぴりした空気を変えるように穏やかに口にする。
「いやだ!! 戦いなら、僕も行く!!」
修羅が頬を膨らませる。
「オイオイ、ややこしいことに」
幽助ががしがし頭を掻く。
「おい、修羅。これは大人の話なの!! 子供はすっこんでるんです!!!」
「うるさい!! お前だって、大人ってほどじゃないじゃないかっ!!」
返す刀で切り返されて、幽助は鼻白み、雷禅が噴き出す。
「確かになあ。そらそうだ。ガキがガキに、おめえはガキだなんざ、お話にならねーや」
「話しがまとまらんゆえ、強引にまとめるぞ」
食脱医師が、こほんと咳払いする。
「永夜は、修羅殿を除く大人の希望者全員を、まとめて相手取ってみよ。修羅殿は最初大人を見学して、それでも永夜を相手取りたかったら一対一でかかってみるということにするのはいかがか」
修羅は一対一という言葉に目を輝かせる。
「うん、それでいい!! やる!!」
「おいおい、おふくろ……。兄貴とやりたい奴はこの中じゃ誰だ?」
幽助がぐるりと周囲を見回すと、食脱医師を除く全員が手を挙げる。
「多分、結果はわかっている。でも、やり合いたいんだ。彼の物凄さ、再確認したい」
蔵馬が冷や汗と共に、だがどこか不遜に呟く。
「ほう。蔵馬がここまで言うのは珍しい。ますます興味が湧くな」
手を挙げたままで、黄泉が微笑む。
「今ならわかるぜ。俺はあの時、委縮してた。罪悪感ってやつでだ。そのことに後悔はねえ。殺されても仕方ねえって思ってたのも事実だしな」
雷禅がへらっと笑う。
「だが、今のこいつは、その時と比べ物にならねえくれえに、霊気が落ち着いてる。何より、伏流している膨大な力が感じ取れる。今のこいつを知りたいんだ。幽助(コッチ)がそれでどう変わるかも含めて、な」
「もう後戻りはできんぞ。神の力だか何だか知らんが、その秘密は見せてもらう」
飛影が首筋に刃物を突き付けるように。
次いで、軀が軽やかに笑い、永夜に忌呪帯の奥の目を向ける。
彼女にしては、穏やかだ。
「ああ、永夜と本格的にやり合うのは初めてだな。手加減しなくていい。お前の今の最高の力を見せてほしい。それでこそ、あの時、おめえを人間の寺に放り込んだ甲斐もあるってもんだ」
永夜は、ふうっと息を吐く。
「回復は母に任せます。一時魂が肉体を離れるかも知れませんが、落ち着いてくださいませ」
さりげなく「全員コロス」の宣言をこれきり穏やかに突き付けられて、挑戦者たちはそれぞれの表現で、喜悦を表現したのだった。
◇ ◆ ◇
魔界の大地が鳴動し、移動要塞百足の威容が、荒野の真ん中で止まる。
「よし、ここでいいだろう」
軀が停止命令を出す。
広い魔界の中でも、ひときわ人気(ひとけ)がない一角。
「さて、やるぜ、永夜」
軀を筆頭に、百足のテラスには、雷禅、黄泉の三竦み、幽助、蔵馬、飛影のスカウトされ組に、ついでに足元を修羅がちょろちょろ駆けている。
修羅は百足に大興奮しているが、実は敵本隊要塞に搭乗できた黄泉も同じくらいに興奮しているのは、読心術の異様に得意な軀にはバレバレである。
「そなたら、永夜は大人しそうに見えるが、油断していると殺されるぞ。まあ、すぐに蘇生はさせるが、油断はできる相手ではない。人間と侮るような相手ではない、とだけ申しておく」
食脱医師が雷禅の横でそう断言し、そっと永夜に目配せする。
「もちろん、理解しております。かの無明聖の芳名は、この俺も聞いたことがあります。人間だからと侮った奴らは、あの時代に粗方死んだはずですね」
黄泉が一見愛想よく、そう言葉を返す。
修羅に大人しく待っているように言いつけ、テラスから直接下へ飛び降りる。
「さて、なぜか悪い予感はしねえな。面白いものを見られるはずだ」
「ふっ、お前がそうまで買っているのなら、期待してやらんでもない」
軀と飛影が飛び降りる。
「さて、行くぞガキども」
「てめえがやられるとここ、思いっきり見てやるぜ」
雷禅と幽助が続く。
蔵馬が食脱医師に一礼して飛び降りる。
「では……参ります、母上」
「うむ」
永夜が食脱医師の足元にひざまずいて一礼し、まるで羽のようにひらりと飛び降りる。
荒野は、緊張に包まれる。
永夜を中心に、魔族たちは同心円を描く。
雷禅が一声吼えて、とてつもない妖気を放出したのを皮切りに、永夜を除く全員が噴火のような妖気を噴き上げる。
同時に。
永夜の姿が、一瞬見えなくなる。
轟音。
気が付いた時には、真っ二つに砕けた雷禅の体が、土煙を上げて転がっていくところだった。