螺旋より外れて

 黄泉の客間は、幽助が以前来た時と同様に、綺麗に整えられている。

 雷禅、食脱医師、幽助、永夜の雷禅一家四人に、軀、飛影の軀陣営の計六人の客は、木目の美しい座卓の置かれた客間で、それぞれの仕草で座りながら、ある意味歴史的な会見に臨んでいる。
 雷禅によると、三竦みが一堂に会すのは今までなかったそうで、彼は幽助に

「おめえはバカだが、しかし、この歴史的会見を可能にしたって点では、どんな天才にも勝るヤツだぜ」

 とのたまう。
 幽助としては、バカにされているのか褒められているのか、だ。

「さて。どうも、状況は俺が把握しているより、切羽詰まっているようだな。是非、今までのような化かし合いは抜きで、率直にお話をうかがいたい」

 茶が運ばれて来た後で、黄泉がこう切り出す。

「雷禅にとっては至上の喜びといった状況なのだろう。数百年越しの恋煩いだったのだから。だが。奥方様がこの時代にわざわざ転生して来られたのはそれ以外の訳があるはずだ。先ほどの敵のお話と関係してのことではありませんかな?」

「そうじゃ。とりあえず、我がおおよその話をしよう。先ほど申し上げた通り、端的に申し上げて、魔界も含む三界は、ある敵に狙われておる。その敵の力は、三界の通常の生き物の力では、例えどれほど鍛えても、及ぶことはないという性質のもの。力の次元が違うのじゃ。ここまでは良いかな?」

 黄泉は、元々の色白な表情を更に青ざめさせて、聖果にうなずき、質問を繰り出す。

「雷禅は、霊界魔界人間界が実は一つの世界だと考えていたようですが、それは正しかったと、その、三界を狙っている敵というのは、これらの世界の何を狙っている、何者なのですか?」

「それを申し上げるには、まず、この三界が、他の世界と違う性質を持つと知っていただかねばならぬ。巨大な世は一つの大きな水槽のようなもので、我らが世界と呼んでおるのは泡のようなもの。だが、三界だけは、他の泡と違って、特殊な性質を持つ」

「ほう、それというのは?」

「この三界に影響のあったことは、水槽の内部全ての世界に影響がある、ということじゃ。早く言えば、この三界を制圧すれば、この水槽、世の全ての別世界に影響を及ぼせる」

 この答えは意外だったようだ。
 黄泉が表情を険しくする。
 雷禅、軀、そして飛影の顔にも、厳しい表情が見える。

「なるほど……。一つの区切りの中の世界全ての征服を狙っている、と。その正体とは」

 黄泉が更にたたみかける。

「異世界の邪神、とでも言うべきかの。そやつは、様々な仮面をつけて、三界のあらゆる場所に食い込んでおる。宗教団体、政治団体、結社の類や、魔界にはその支配国家まであるのが確認されておる」

 聖果の言葉に、流石に黄泉は息を呑む。
 ふん、と軀が鼻を鳴らす。

「わかるか、黄泉。俺らは三匹とも、魔界の覇権を争っている気でいて、実は邪魔にならねえように、本当の争いの蚊帳の外に置かれていたんだよ。奴らにとって、俺らは有難かったはずだ。絶対奴らに適わねえ奴らが、俺こそお山の大将とばかりに一見派手に争って、奴らの活動を目立たなくしててくれたんだからな」

 かすかな呻きのようなものは、黄泉の怒りのせめてもの表明か。

「知ってるか。上の倅、この永夜が調べたところによるとだな、霊界の上層部、意思決定権を握る連中の五分の一くれえが、奴らの目くらまし団体に所属してるんだとよ。閻魔大王の奴が、過激なことをさせるのに都合がいいからと、とどめを刺さずに泳がせているって話だぜ」

 雷禅が更に駄目押しする。

「バカなジイサンだぜ。上手く転がしてるつもりなんだろうが、実際、世界三ついいようにしてるのは、相手の方なんだ。奴らが表舞台から消えた風なのも、その方が結果として活動しやすいってだけの話なんだとよ」

 転がしてるつもりで転がされているって訳だ。
 良く聞く話ではあるな。
 雷禅はそんな風に嘲笑する。

「しかし……それは、何か確固として確証のあるお話なのでしょうか? 何の証拠もないのでは」

黄泉の問いは、自らに冷静になれと言い聞かせているような響きを帯びている。

「この異世界の神仏の力を得てる、永夜とやってみな、おめえ」

 雷禅が待ってましたとばかりに煽る。

「全盛期に近い体力のあった俺が、見事死にかけた。虫の息で狂暴な妖怪の徘徊する場所に放り棄てられた時、軀が通りかからなかったら、俺はここで呑気に茶を飲んでねえよ」

 にやりと笑って玉露をすする雷禅を見、黄泉は永夜に顔を向ける。
 いきなり、幽助が声を張り上げたのに、注意が取られる。

「おっし、黄泉、俺と組んで、兄貴に挑戦しようぜ!! 親父全盛期を上回るってんなら、俺と組むくらいで丁度いいだろ?」

 幽助の提案に、黄泉がふっと笑う。
 と、飛影が鋭く割り込む。

「おい貴様、永夜とやら。それより、俺と戦え」

 永夜がふと飛影に目を向ける。

「貴様に勝てれば、その気色悪い邪神の手先にも勝てるということだろう。ちょうどいい」

「……魔界でどれだけ強くとも、三界の内部の話でしかないものなので」

「黙れ。やるのかやらんのか」

 鋭く迫られ、永夜は小さく溜息。

「まあ、そう難しく考えることもねえんじゃねえか? 怪我の治療なら、百足に医療ポッドがある」

 軀がなんということもなさそうにこう告げ、続ける。

「ただし、使用の許可を出すには、俺ともやりあってくれねえと、だが。あの赤ん坊がどれほどのものになったか、知りたいからな」

 忌呪帯の奥で笑う軀に、永夜は柔らかく笑いを返す。

「他の方はともかく、軀様の願いは無碍にできませんね」

「おう、永夜、俺も忘れるな。もっかいぶっちめてくれてもいいぜ?」

 雷禅が強気で言いかけると、永夜はにわかに冷たい表情で、

「いいですけど、あなたはついでです。軀様や黄泉様に納得していただくのが先決ですから」

 が、更に割り込む声が。

「無明聖様。まさか、可愛い狐のことも、無碍にはしませんよね? いやあ、あの時大変だったなあ。他のおっかない法師には目を付けられて、お礼は確かにもらいましたけど、あれでも足りないくらいにしばらく活動しにくく」

 しれっとした、割と可愛らしいくらいの笑顔で、蔵馬が黄泉の隣で笑っている。
 黄泉が不気味なものでも見るような表情だ。
 永夜は思わずしげしげ昔なじみの妖狐を見やり、

「……あなた、そういう人でしたっけ?」

「俺は大体こんな本性ですよ。あの時やけにキメていたのは、あなたみたいなおっかない術師に囲まれてたからですね」

「……人間の方のお母様が知ったらお泣きになる図々しさですね」

 と、その時。
 廊下を渡る軽い音が近づいてくる。
 子供の足音特有の軽やかさと騒々しさ。

「なあ、ケンカだろ!? ケンカするんだろ!? 僕も混ぜろ!!」

 姿を見せた、額に一本角で黒髪の幼子に、黄泉以外の面々が、不思議そうな顔を見せたのだった。
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