螺旋より外れて

 癌陀羅は、妙に浮足立った気分に包まれている。

 魔界屈指の近代都市は、雷鳴に浮かび上がりながらも、高層ビル群の窓には無機質な明かりが満たされており、自然の条件を無視した人工的な環境を保持している。
 その癌陀羅の中心部。
 人間界で言えば、ちょっとした公営イベント施設の一角に、魔界統一トーナメントの出場者登録窓口が設置されている。
 受付業務担当者が、基本二人一組で控えていて、出場希望者からの申請書類を受け取る仕組みだ。

 そこに姿を現したのは。

「うっし、書類はこれでいいはずだ。ほら、永夜、おめえも出せや」

「……もう一度うかがいますが、本当に私に出場資格があるのですかねえ。魔界に居住事実もほとんどない訳ですが」

 数枚の書類を片手に意気揚々と窓口に近付く雷禅。
 すぐ後ろに、渋い顔の永夜。
 更に後ろには食脱医師と幽助が面白そうに笑いながらついてくる。

 更にその後ろには、軀と飛影がぶらぶら、一見やる気なさそうについてくる。

「とりあえずはよ、提出してみろや。あれこれ条件がつくなら仕方ねえが、最初からあきらめたら、内部から警戒することにならねえだろ」

 雷禅が、そう永夜に言い渡し、窓口に書類を放り出す。

「おい、受付のニイチャン方よう。ここから黄泉に連絡取れねえのか? 俺はこういうモンだが」

 受付業務にしてはゴツイ見た目の男性妖怪たちが、その申請書類に目を落とすや否や、ぎょっとする。

「らっ、雷禅……!?」

「ああ、あの三竦みの雷禅だよ。地獄から舞い戻ってきた。面白そうな催し物なんでな。これで書類に不備はねえはずだ。ついでに、黄泉に連絡つけてくれ。雷禅と軀が、会いてえってな。大事な話がある」

 受付の二人は、泡を食っている。
 が、すぐに軀が口を挟む。

「その必要はねえぞ。百足で大音声を立てながら来たんだ。黄泉が気付いてねえはずがねえ。……黄泉、そこにいるんだろ? 出てきな、気取ってるんじゃねえ」

 受付スペースの脇の、スタッフ用の出入口。
 そこが軽い音を立てて開く。

「よう、黄泉!! 蔵馬も一緒か」

 幽助は父親や軀の棘のある緊張も知らぬげに、姿を見せた黄泉と、久し振りの仲間、蔵馬に挨拶する。

「……本人だな。まさか、本当に生き返っていたとは。そんなことを、息子に見習う必要はあるまいに」

 黄泉は、瞬時に雷禅を本人と認め、そんな風に揶揄する。
 かすかに顔を上げ、

「しかも、何故か天敵の軀とつるんでいるとは。それに、そちらの、恐らく術師の人間の方々は……」

「女性の方は見当をつけるくらいしかできませんが、男性は知っている。……お久しぶりです、無明聖様」

 蔵馬が、すいっと前に進み出た。
 視線は、永夜に向いている。
 永夜は、いつものラフな格好ではなく、直垂姿である。

「えっ、蔵馬って兄貴のこと知ってんのか!?」

 幽助が声を跳ね上げる。

「兄貴……ということは、彼も雷禅の子供。なるほど、年代的にぴたりと一致するな。……皮肉ですね、聖様。魔族があんなに嫌いなあなたが、魔族の血を引いていたとはね。噂は本当だった訳だ」

 蔵馬は更にそう畳みかける。
 黄泉は無明聖という名前に明らかに動揺している様子である。
 しばらく蔵馬に話をさせて、様子をうかがおうというのか、注意を彼に向けている。
 もちろん、背後のライバルたちに対しても警戒しているらしい。

「伝統の様式でございますね。鬼を狩るには、鬼の血を引く者をかみ合わせるのです。有用性が立証され尽くした黄金律でございますね。ああ、それから」

 無明聖こと、永夜はふいっと笑う。

「魔族が嫌いだったのは、昔の話でございます。今は大好きですね。特に、あなたみたいな流行のもふもふしてる人とかは」

「……その長広舌を引っ込めないと、ぶっ殺しますよ」

 黄泉が不意討ちをくらって、思わずふすっと吹き出す。
 雷禅が素早く長男の後頭部をどつき倒す。

「なーーーに、昔なじみと出会うや否や、漫才してんだオメーは。話が進まねえわ」

「……さて、気になるのはそちらの女性だが……雷禅、お前さんが絶食した恋煩いの話は、幽助から聞いたが、もしかしてそちらは……」

「お初にお目にかかる、黄泉殿。我は、食脱医師をしていた者。お世話になった幽助と、こちらにいる永夜の母親じゃ。世話になっておいてなんじゃが、今回はあなた様のお力も借りなければ難しい事態となってな。取り急ぎ、この面々でお話に来たという訳じゃ」

 礼を執って、中世の姫君のような豪奢な打掛姿の聖果がそう告げると、黄泉は目が開いていたら、底光らせるような表情を作る。

「……人間の術師のあなたが、恐らく転生した上で元の姿で顕現されるのだから、魔界以外の要因で何かがあると?」

 黄泉は流石に察しが良い。

「そうじゃ。魔界は今現在、外部の力で脅かされようとしておる。じゃが、それは人間界も霊界も同じで、一蓮托生でどうにかなりかねない危機なのじゃ」

 静かに、だが厳然と言い放つ聖果に、黄泉は怪訝そうな表情を見せ、永夜を、そして再度聖果に顔を向ける。

「あなた様と、御長男から、不思議な気配を感じる。膨大な、星みたいな力が……人間の気配でコーティングされていると申しますか」

「黄泉殿も、やり方によっては身に着けることができる、有利な条件。そして、これを身に着けねば、恐らく魔界トーナメントにも入り込むだろう者に、黄泉殿は対抗すらできまい」

 静かに言葉を重ねる聖果に、黄泉は意識を集中している様子だ。

「わかるか、黄泉。俺たち三竦みが呑気に睨み合ってこれたのは、外敵がいないからだよ。霊界にしても、直接的には何かしてくる訳じゃねえ、と思っていた。俺も、おめえも、雷禅もだ」

 軀が一見穏やかに言葉を紡ぐ。
 黄泉は、ライバルの言葉に強く注意を引かれたようだ。

「それはつまり」

「……ここでは話せねえ。どこか俺らだけで話せる場所に案内しな」

 軀が促すと、黄泉はうなずく。

「ついてきてくれ。人払いした場所で、ゆっくり話そう」
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