螺旋より外れて
「神々やそれに特別な加護を受けた存在に、地上の者の力が一切通じないことを説明するためには、霊界魔界人間界の三界と、それ以外の世界の仕組みを、おおよそ把握していただく必要がございます」
永夜がこう切り出す。
「魔族の方々、皆様方は、密教の神々はじめ、魔族が歪めて伝えられたのではない、実効性のある加護を与える神々は、どこにおわしますとお考えでしょうか?」
「それが長年の疑問だったんだよ。聖果が神仏に仕えていたってんなら、そんで実際の術としてその加護に力があるなら、そいつらはどこから聖果に力を送っていやがるんだ? 俺は感知できたことがねえ」
雷禅がたたみかけるように質問を飛ばす。
「俺も気になっていた。人間が高位の魔族を勘違いしたのではない、実際に力を分け与える神仏って連中は何者だとな。直近に何かしてくる訳でもねえんで、放置はしてきたが、疑問を解消する手段があるなら放置はここまでだ」
軀も同意する。
いままではっきりとは明言していなかったものの、魔界の行末を強烈に意識していた軀にとっては、喉にひっかかる小骨だったというところか。
「この世界は、霊界魔界人間界の三界だけではございません。途轍もなく大きな水槽に浮かんだ、幾つもの泡。その泡の一つ一つが、一つの世界となっております。そして、泡はこの水槽の中に山ほど満ちております」
永夜は、手元にあった紙に、大きな長方形の枠を描き、その枠内に、更に幾つもの小さな円を描く。
そして、日常でもよく見られるような、三つほどの泡がくっついて一つの大きな泡になっている形状のものを描き込み、そこに「三界」と記す。
「この大きな三つくっついた泡が、我らのいる魔界も含めた三界です。そして近くに、密教の神仏の存在する泡、また違う世界が存在しています」
その泡に、永夜は「密教神界」と記す。
「密教以外の神仏のおわします泡も無数にございます。基本的に、この真ん中の大きな三界の泡の力は、他の泡を害することができません。しかし、密教神界はじめ、無数にあるこれら『神界』の泡の力は、三界の内部同志のごたごたとは比べ物にならぬ強度で、三界に影響を及ぼすことができます」
理不尽なようですが、これがこの世の仕組みなのです。
永夜は、静かにそう断言する。
「それは世界自体だけではなく、そこに住んでいる生き物同士の関係も、そうだっていう訳なんだな?」
軀が質問を重ねる。
「その通りにございます、軀様。基本的に、他の神界の力を得ない状態の三界の生き物は、その内部の基準でどれだけ強大であろうとも、他の神界の存在、すなわち神仏や半神の力に対抗できないのです。打撃は無効化され、術は存在しないも同然なのです。そういう性質を帯びてしまうのが、三界、つまり我らなのです」
永夜が静かに、だが前にも増してきっぱり断言すると、魔族組の目が底光る。
「……正聖神党とやらの掲げるゲテモノも、その泡の中のどっかにいるんだな? んじゃあ、そいつに対抗するために、他の神界ってところにいる奴らの力を借りないと、そもそも喧嘩できねえってか」
幽助は彼らしいシンプルな問いをぶつける。
「そういうことだよ、幽助。他の世界の神仏の力を借りる方法は幾つかあるが、もし、『呼ばれざる者』に対抗しようと思ったら、いずれかの方法で力を借りないと、一方的になぶられるだけになる」
永夜はその質問を肯定する。
「むかつく話だ。魔族に神仏を崇める習慣なぞない。すなわち、魔族はどれだけ強くとも、決してそのバケモノに対抗できんということか」
飛影が唸るが、永夜は首を横に振る。
「いえ、決してそういう訳でもないのですよ。人間は、他の世界の神仏の力を借りる上で、最も有利なのは間違いございません。しかし、魔族の方々にも、魔族独自の神への信仰は、かつて存在しておりました」
そこで永夜は言葉を切り、
「魔族の方々は、確かに人間のように神仏の分霊を自らに神降ろしすることはできません。しかし、神仏と『リンク』はできるのです」
「リンク……だと?」
飛影が突き刺しそうな目で、永夜を見据える。
「テレビのチャンネルを特定の周波数に合わせて、そのチャンネル、つまり、神仏の力を自分の身で再現するというようなものです。神々に許可を得て、その周波数に自分をチューニングするのですね」
「お前」
飛影はぎろりと永夜を睨む。
「今すぐ、俺をその神仏とやらがいる異世界へ連れていけ。その方法は、知っているのだろう」
永夜は更に静かになだめるだけだ。
「落ち着いてくださいませ。お気持ちはわかります。飛影様のご性格では、今のままでは対抗手段のない敵がいるという情報を得てしまったなら、到底落ち着いておられませぬでしょう。しかし、神仏の元に押し掛けて、そう上手く加護を得られるものではないのです」
「なら、どうすればいいのかを教えろ」
冷厳と申し渡す飛影に、永夜は落ち着かせるためか、殊更穏やかに応じる。
「魔族の方々には、種族別や個別の性質が強くお出になります。それに近い神徳や威徳の神仏を頼り、そのお方のために働くことを誓えば、リンクをご許可いただける可能性はございます」
人間界に住んでいる魔族の中には、種族を挙げて特定の神仏に仕える方々もおられます。
永夜は悠然と説明する。
「そいつのために働くとは、具体的にどうしろというんだ」
飛影は更に突っ込む。
「神仏は、特定の神徳や威徳を持ち合わせます。自らが加護を与えた者を通じて、三界に自らの神徳または威徳を広め、理想の世の中に近づけようとするのが、神仏の性質です。その実現のお手伝いをすればいいのです」
飛影が目をすがめるのを尻目に、更に永夜は続ける。
「例えば……災難を避けるという威徳の仏に仕えるならば、他の三界人が災難に巻き込まれないように、守るといったことでございますね」
こういうことを一種の生業として行い、「神使」という地位にある魔族の方も、数が多くはありませんが、人間界におられますよ。
永夜はそう説明する。
「気に入らんな。使い走りか」
「神使とは、奴隷のようなものではございません。神仏も、神徳威徳を広めるためには、神使の性質に気を配ります。要するに、その神仏と気が合うかどうかが問題にございますね」
飛影は、フン、と鼻を鳴らして、そのまま口をつむぐ。
考えたいようだ。
「永夜。魔族が神仏の加護を得るのに、神使以外の方法は?」
軀が更に突っ込んだ質問を繰り出す。
永夜は一瞬考え込む。
「例外的ではございますが……肉体を亡くした神仏の魂と自分の魂を融合させ、その神仏と合体するような形もございますね。こうなるとその魔族の方ご自身が神となりますが、なにせ、神仏と融合するのでございますから。神仏に乗っ取られて、本来のその方の人格は消滅、ということも珍しくはございません」
「ほお。だが、力を使う上では、有利そうではあるな。人間のように分霊とやらを受け入れられない以上、魔族として最も効率的なやり方はそれか」
軀は何事かを考え込む様子だ。
「兄貴さ……俺みてえに、人間の血が入った魔族だと、どうなるんだ?」
幽助が、不意に問いかける。
「人間の血が入っているなら、母上や私と同じように、神仏の分霊を受け入れられるはずだ。さて幽助、君を気に入る神仏は、恐らく多いだろうと思うが……」
「まず、魔界の体制を整えないと。個人で動いても、どうしようもないぞえ、そなたら」
食脱医師が全員を、順繰りに見渡したのだった。
永夜がこう切り出す。
「魔族の方々、皆様方は、密教の神々はじめ、魔族が歪めて伝えられたのではない、実効性のある加護を与える神々は、どこにおわしますとお考えでしょうか?」
「それが長年の疑問だったんだよ。聖果が神仏に仕えていたってんなら、そんで実際の術としてその加護に力があるなら、そいつらはどこから聖果に力を送っていやがるんだ? 俺は感知できたことがねえ」
雷禅がたたみかけるように質問を飛ばす。
「俺も気になっていた。人間が高位の魔族を勘違いしたのではない、実際に力を分け与える神仏って連中は何者だとな。直近に何かしてくる訳でもねえんで、放置はしてきたが、疑問を解消する手段があるなら放置はここまでだ」
軀も同意する。
いままではっきりとは明言していなかったものの、魔界の行末を強烈に意識していた軀にとっては、喉にひっかかる小骨だったというところか。
「この世界は、霊界魔界人間界の三界だけではございません。途轍もなく大きな水槽に浮かんだ、幾つもの泡。その泡の一つ一つが、一つの世界となっております。そして、泡はこの水槽の中に山ほど満ちております」
永夜は、手元にあった紙に、大きな長方形の枠を描き、その枠内に、更に幾つもの小さな円を描く。
そして、日常でもよく見られるような、三つほどの泡がくっついて一つの大きな泡になっている形状のものを描き込み、そこに「三界」と記す。
「この大きな三つくっついた泡が、我らのいる魔界も含めた三界です。そして近くに、密教の神仏の存在する泡、また違う世界が存在しています」
その泡に、永夜は「密教神界」と記す。
「密教以外の神仏のおわします泡も無数にございます。基本的に、この真ん中の大きな三界の泡の力は、他の泡を害することができません。しかし、密教神界はじめ、無数にあるこれら『神界』の泡の力は、三界の内部同志のごたごたとは比べ物にならぬ強度で、三界に影響を及ぼすことができます」
理不尽なようですが、これがこの世の仕組みなのです。
永夜は、静かにそう断言する。
「それは世界自体だけではなく、そこに住んでいる生き物同士の関係も、そうだっていう訳なんだな?」
軀が質問を重ねる。
「その通りにございます、軀様。基本的に、他の神界の力を得ない状態の三界の生き物は、その内部の基準でどれだけ強大であろうとも、他の神界の存在、すなわち神仏や半神の力に対抗できないのです。打撃は無効化され、術は存在しないも同然なのです。そういう性質を帯びてしまうのが、三界、つまり我らなのです」
永夜が静かに、だが前にも増してきっぱり断言すると、魔族組の目が底光る。
「……正聖神党とやらの掲げるゲテモノも、その泡の中のどっかにいるんだな? んじゃあ、そいつに対抗するために、他の神界ってところにいる奴らの力を借りないと、そもそも喧嘩できねえってか」
幽助は彼らしいシンプルな問いをぶつける。
「そういうことだよ、幽助。他の世界の神仏の力を借りる方法は幾つかあるが、もし、『呼ばれざる者』に対抗しようと思ったら、いずれかの方法で力を借りないと、一方的になぶられるだけになる」
永夜はその質問を肯定する。
「むかつく話だ。魔族に神仏を崇める習慣なぞない。すなわち、魔族はどれだけ強くとも、決してそのバケモノに対抗できんということか」
飛影が唸るが、永夜は首を横に振る。
「いえ、決してそういう訳でもないのですよ。人間は、他の世界の神仏の力を借りる上で、最も有利なのは間違いございません。しかし、魔族の方々にも、魔族独自の神への信仰は、かつて存在しておりました」
そこで永夜は言葉を切り、
「魔族の方々は、確かに人間のように神仏の分霊を自らに神降ろしすることはできません。しかし、神仏と『リンク』はできるのです」
「リンク……だと?」
飛影が突き刺しそうな目で、永夜を見据える。
「テレビのチャンネルを特定の周波数に合わせて、そのチャンネル、つまり、神仏の力を自分の身で再現するというようなものです。神々に許可を得て、その周波数に自分をチューニングするのですね」
「お前」
飛影はぎろりと永夜を睨む。
「今すぐ、俺をその神仏とやらがいる異世界へ連れていけ。その方法は、知っているのだろう」
永夜は更に静かになだめるだけだ。
「落ち着いてくださいませ。お気持ちはわかります。飛影様のご性格では、今のままでは対抗手段のない敵がいるという情報を得てしまったなら、到底落ち着いておられませぬでしょう。しかし、神仏の元に押し掛けて、そう上手く加護を得られるものではないのです」
「なら、どうすればいいのかを教えろ」
冷厳と申し渡す飛影に、永夜は落ち着かせるためか、殊更穏やかに応じる。
「魔族の方々には、種族別や個別の性質が強くお出になります。それに近い神徳や威徳の神仏を頼り、そのお方のために働くことを誓えば、リンクをご許可いただける可能性はございます」
人間界に住んでいる魔族の中には、種族を挙げて特定の神仏に仕える方々もおられます。
永夜は悠然と説明する。
「そいつのために働くとは、具体的にどうしろというんだ」
飛影は更に突っ込む。
「神仏は、特定の神徳や威徳を持ち合わせます。自らが加護を与えた者を通じて、三界に自らの神徳または威徳を広め、理想の世の中に近づけようとするのが、神仏の性質です。その実現のお手伝いをすればいいのです」
飛影が目をすがめるのを尻目に、更に永夜は続ける。
「例えば……災難を避けるという威徳の仏に仕えるならば、他の三界人が災難に巻き込まれないように、守るといったことでございますね」
こういうことを一種の生業として行い、「神使」という地位にある魔族の方も、数が多くはありませんが、人間界におられますよ。
永夜はそう説明する。
「気に入らんな。使い走りか」
「神使とは、奴隷のようなものではございません。神仏も、神徳威徳を広めるためには、神使の性質に気を配ります。要するに、その神仏と気が合うかどうかが問題にございますね」
飛影は、フン、と鼻を鳴らして、そのまま口をつむぐ。
考えたいようだ。
「永夜。魔族が神仏の加護を得るのに、神使以外の方法は?」
軀が更に突っ込んだ質問を繰り出す。
永夜は一瞬考え込む。
「例外的ではございますが……肉体を亡くした神仏の魂と自分の魂を融合させ、その神仏と合体するような形もございますね。こうなるとその魔族の方ご自身が神となりますが、なにせ、神仏と融合するのでございますから。神仏に乗っ取られて、本来のその方の人格は消滅、ということも珍しくはございません」
「ほお。だが、力を使う上では、有利そうではあるな。人間のように分霊とやらを受け入れられない以上、魔族として最も効率的なやり方はそれか」
軀は何事かを考え込む様子だ。
「兄貴さ……俺みてえに、人間の血が入った魔族だと、どうなるんだ?」
幽助が、不意に問いかける。
「人間の血が入っているなら、母上や私と同じように、神仏の分霊を受け入れられるはずだ。さて幽助、君を気に入る神仏は、恐らく多いだろうと思うが……」
「まず、魔界の体制を整えないと。個人で動いても、どうしようもないぞえ、そなたら」
食脱医師が全員を、順繰りに見渡したのだった。